【憂愁】抄峰の勝次郎

■シリーズシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月29日〜02月05日

リプレイ公開日:2007年02月06日

●オープニング

 それは年を無事に越した人もそうでない人も、新しい年を迎え、江戸の町に活気が戻りつつあるそんなある冬の朝のことでした。
「んー‥‥今朝も冷えるなぁ、日が出て来れば‥‥? ‥‥‥‥あれ?」
 ギルドの表を掃いて水を撒こうと裏の方へまわった受付の青年、ふと視界に入った川になにかが見えた気がして目を懲らしつつ歩み寄ると、それに気が付き一瞬言葉を失って慌てて駆け寄ります。
「伊勢さんっ!?」
「‥‥ぅ‥‥」
「だ、誰か、医者を‥‥」
 船着き場に辛うじて引っかかっていたのは凶賊盗賊改方の伊勢同心。
 受付の青年が何とか引っ張り上げれば、どうも身体の前にも後ろにも傷を負っていますが、深手なのは背中からの傷のよう。
「‥‥‥、ねが‥‥芦、屋方の、ふ、ね‥‥」
 水に浸かっていたためか血を大分失っているようで、それを言うのがやっとで意識を失った伊勢を、同僚の手を借りて中へと運び込めば、やがて呼ばれて駆けつける医者。
「‥‥おかしい」
 連絡を受けて駆けつけた凶賊盗賊改方筆頭与力・津村武兵衛が小さく呟くように言えば、心配そうに奥の様子を窺っていた受付の青年は怪訝そうな表情を浮かべて武兵衛を見ます。
「伊勢は‥‥歩いて1日ほどの宿場に、鵺の松七絡みで裏付けを取りに‥‥」
「お一人でですか?」
「いや、孫次と行かせ、宿場役人へと協力を扇ぐように指示して‥‥出たのは一昨日だ」
 武兵衛の言葉に、受付の青年はぞくりと寒気を感じたように身を震わせるのでした。

「実は昨日、白鐘の紋左衛門より新年の挨拶と、あと奇妙な話が伝えられたところだったのだ」
「奇妙な話、ですか?」
「青い顔をして、寄場に入りたいと言い出す男がいたそうでな。腕のいい細工師の男で酷くなにかに怯えているようなのだと」
 武兵衛が言えば、考えるように首を傾げる受付の青年。
「それは、人の目が届く隔離された場所だから、って事ですかね?」
「恐らくはそうであろう。まぁ、こちらは人足寄場の方を主体に動いて貰っている者達へと頼むつもりではあるが、紋左衛門の話ではこの細工師は過去にここより歩いて一日ほどの宿場に滞在していた時期があるとか‥‥」
「それって、もしかして‥‥」
 伊勢さんと孫次さんが向かった? そう伺うように見れば頷く武兵衛、その宿場はあまり大きい場所でもなく、幾つか温泉宿やら素泊まりの宿やら、小さい宿が並んでいる以外は目立った大きな店はないところだそうで。
「店と店の繋がりもあまりないようで、小さな村と隣接していて、色々と隠れ住むには良いところだと聞いたとは、孫次の話でな」
 全く知らないところでもないため案内を買って出ていた孫次に、十分に注意をするように告げて伊勢と共に行かせたのですが、一緒にいたはずの伊勢が川から見つかり孫次の姿が見当たらないとなれば何かが起こったのは明白です。
「その宿場を改めて調べて貰いたい。噂によれば、ここで抄峰の勝次郎がやはり半年ほど前に見られているとか‥‥なれば孫次の身も案じられる」
「分かりました。‥‥‥ところで、気になったのですが、前回の麻目の玄三は‥‥」
「うむ、それなのだが‥‥玄三は勝次郎の持つ酒屋に今はじっと身を潜めているようだ。こちらでよくよく見張っている。時折声を掛けた様子の盗賊たちが出入りもしているが急いた様子もない」
 武兵衛の言葉に小さく首を傾げる受付の青年に武兵衛は考えるように目を落として。
「どうにも、火薙の樹一郎の件以降、暫く大人しくほとぼりを冷ますつもりのようだ‥‥といっても、あのような奴だ、そんなに長く大人しくはしておらぬだろう。なればこそ、今のうちに‥‥」
「ましてや、伊勢さんがあのような状態ですし、ですか?」
「伊勢を改方同心と知って襲ったか、何か不味いところに出くわしてああなったかは分からんが、どちらにせよ急がねばならん。舟・馬・駕籠、必要ならば手配もしよう。くれぐれも頼んだ」
 そう言うと武兵衛は、とにかく十分に気をつけて欲しい、と心配そうに眉を寄せて続けるのでした。

●今回の参加者

 ea2988 氷川 玲(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea6982 レーラ・ガブリエーレ(25歳・♂・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea8922 ゼラ・アンキセス(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb2004 北天 満(35歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb2719 南天 陣(63歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2872 李 連琥(32歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 eb3605 磐山 岩乃丈(41歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●白鐘の元にて
「親分、改め方の依頼で、ちっと出てくることになった」
 氷川玲(ea2988)が白鐘の紋左衛門に頭を下げて言えば、そうかぇ、と頷く紋左衛門。
 ここは白鐘の紋左衛門の滞在する家で、それなりに広く茅葺きの塀に囲まれた、そんな落ち着いた場所。
 ですが付近は常に紋左衛門の配下が注意を払っているとのこと、何か変わったことが有れば直ぐに分かるとのことで。
「俺らの代わりというか、親分が言ってた案件について、別の奴らがお邪魔すると思うので、そいつらをよろしくお願いする」
「そうかぇ、別の冒険者の皆さんともお会いすることが出来るのかぇ。すりゃ、楽しみだ。ま、あたしゃ場所を提供するぐらいしかできないが、役に立てるなら幸いさね」
 にと笑みを浮かべる紋左衛門ににやりと笑い返す氷川。
「しかし、孫次めに限って裏切ることはないでござろうし‥‥」
「‥‥何処の誰よ、何者よ‥‥」
 氷川と紋左衛門の後ろでは磐山岩乃丈(eb3605)が顎を撫でて言うのに、小さく唇を噛むゼラ・アンキセス(ea8922)。
「伊勢さんの命に別状がないって言うのにはほっとしたけど‥‥こうなると孫次さんが心配だ。敵に捕まってるんじゃないか?」
 ウォル・レヴィン(ea3827)が言えば頷く李連琥(eb2872)。
「伊勢殿が斬られたのは川沿いだろう。斬られた後川に落とされたにしろ斬られて逃れたにしろ、川を流れてきたのを考えればな」
「短い刃物と斬りつけられた刀傷が傷跡か、最低でも2人は相手にしたのだろうな」
 考え込む様子を見せる李に南天陣(eb2719)も考え込んで言い。
「孫次さんも心配じゃん? 早く見つけなきゃー」
「掴まっているのか怪我をして動けないのかは分かりませんが、目立たないことは当然ですが、迅速に発見しませんと」
 むむーと腕を組んで眉を寄せるレーラ・ガブリエーレ(ea6982)に、北天満(eb2004)も頷いて答えるのでした。

●宿場へ
 旅装束を身に纏い、ウォルが宿場へと辿り着いたのはその日の夕刻。
「知り合いがこのあたりに泊まると言っていた気がしてさ、ちょっと捜しているんだけど」
「へぇ、ちょっときつそうなの浪人さんとがっちりした町人の二人組ねぇ‥‥そういや、見た気がするねぇ」
 髪を染めて目深に被る笠にも、そう言う旅人もそれなりにいるようで、また上方に陸路で向かう道筋に有る宿場の御陰もあってか人の行き来を確認するのはあまり珍しいものでもないようで。
 ウォルが忘れ物をしたという話も普通に信じた様子で頷いて。
「折角の旅で忘れ物しちゃぁ困っちまうからねぇ」
「それで、その二人組、どちらに行ったかは‥‥」
「ごめんねぇ、少なくとも街道を進んだんでないことは確かだけど、舟を使ったんじゃなきゃ先には進んでないとしか‥‥もしかしたら引き換えしたんじゃないかい? 忘れ物をしたって気がついて」
 街道沿いにある小さな茶店のおばさんが答えるのに少し聞いてみると言って礼を告げ、ぶらりと見て回れば本当にこじんまりとした宿場であり村であり。
「でも、街道沿いは思ったよりも人の行き来が多いんだな」
 意外と出入りが多い事を確認して、ウォルは一人小さく呟くのでした。
 江戸でいくつか調べ物をした陣と満、舟を出して貰い伊勢が見つかったギルドの傍から滑るように宿場の方へと流せば歩くよりは早くに着く舟、2人が宿場役人の詰所へと顔を出すと、直ぐに年若い細身の役人が出てきて迎え入れてくれます。
「‥‥顔を出していないのですか?」
「ああ、来るという報せは先に受け取っていたのですが、待てど暮らせどどなたも此方へとこられず‥‥」
 途中で何か気がついたか見つけたかして知らせが遅れている可能性もあるので心配はすれど、そこまで不思議には思わなかったと答える宿場役人。
「この宿場について幾つか教えて貰いたいのだが」
「答えられることでしたら」
 陣が切り出すのに頷く役人に、宿場の様子や隣接する村について尋ねれば、江戸に親類がいるといって、よく江戸へと行き来する家が幾つかあることと、舟を扱う宿があることなどを話す役人。
「舟を扱う宿と、行き来をする村の家か‥‥」
「江戸に程近い場所ですから、行き来をする家については詳しく調べないといけませんが‥‥宿のほうが気になりますね」
 陣と満はしばらく役人に確認を取ってから詰め所を出て舟へと向かうのでした。
「っと、このあたりで十分か?」
 宿場の朝、食料や防寒対策を施して宿場と道を挟んで向かいの山に登った氷川は、がっしりと根を張った横に生える木によじ登ると目を凝らして宿場の方を眺めます。
「さてと‥‥おーおー見える」
 木に腰をかけて見据えると、そこに広がる宿場の風景。
「早立ちの客やら仕入れの人間やら、今のところ不振なのは見あたらねぇなっと」
 言いながら握り飯を取り出し、氷川はそれにかぶりつきながらじっと目は宿場へと向けているのでした。

●伊勢の足取り
「いんやぁ、船を使わねぇ人が通るからねぇ、上方に行くのに。なんで、近頃この辺りでそこまで珍しいもんじゃないからねぇ」
 ゼラとレーラに言うのは宿場の中にある一つの宿で、白鐘の息が掛かっているわけではありませんが、逆に誰かの息が掛かった事はないだろうと勧められていた温泉宿。
 先に磐山もここに荷を置いて先程出て行ったそうで、レーラが孫次と伊勢の姿見を見せれば考えるように口元に手を当てるおばさん。
「あぁ、なんだか舟が急に入り用になったとかで、舟が使えないかと言われたねぇ」
「急に入り用になった‥‥? その時何か言っていたかしら?」
「なんでも、急いで江戸に戻らないとって。浪人さんだけ戻るみたいで、一緒にいた兄ぃさんは連絡がどうこうだから残るとか‥‥」
「連絡のために残ったの?」
 ここに用があったみたいでね、と言うおばさんにかくんと首を傾げるレーラ。
「戻ってこないから、心配してたんだけどねぇ」
「ではここに泊まっていたのね、2人は」
「泊まっていたというか、荷を置いて戻ってきてないから、役人に届けた方が良いかと様子を見ていたんだよ」
 暫くゼラとレーラはおばさんに話を聞いて、伊勢の向かった船宿と孫次がどちらの方に向かったかを確認すると、途中ウォルと合流しつつ村の方へと向かうのでした。
「む‥‥これは‥‥」
 川沿いに屈み込むと、連琥は眉を寄せてそこに残った僅かな痕跡をそっと指でなぞりました。
「‥‥血、だな」
 僧形に目深に被った笠を指で軽く押し上げて周辺を見ると、宿場からほど近いところで、川に舟があったとして、よじ登ろうとすればよじ登れる場所。
「‥‥やはり‥‥伊勢殿はここをよじ登ったのではないだろうか? でなければ、他にここで血を流した者がいるはず」
 僅かに残る血の跡は、軽く洗い流されたのか場所が違うのか、周辺を見渡して眉を寄せる連琥は、その少し先にぽつ、ぽつと小さく見える黒い点を追い、それが宿場と逆の方向に向かうのを確認し。
「砂をかけられてはいるが、ここに血が溜まっていたようだな。縁に血も付いているし、恐らくは‥‥」
「李殿」
 不意に声をかけられて連琥が顔を上げると、舟が通りかかりそこには陣と満の姿が。
「大分宿場より下ってきたところだが、先程気になるものを見つけたぞ」
「こちらも気になるものを見つけた。恐らく、伊勢殿はここより転落し、流されたのではないかと思われるが‥‥」
 陣が声をかければ返しながらも口元に手を当てる連琥。
「何か気になることでもあるのですか?」
「ギルドまで流されるほど、水の流れは強いのだろうか、そう思い‥‥」
「逃れるためならば自ら泳いだ可能性もあるな」
 満に聞かれ答える連琥、頷きながら答える陣は眉を上げて船頭を見れば、思いの外深く流れが強いとのこと。
「流れが強いですからね、流されてというのはあると思いますが、江戸までとなると多少は泳いだんじゃねぇかと」
「‥‥辛うじて引っかかっていた、と受付殿は言っていたな。それに芦屋方と残していたことからも‥‥」
「自力で岸に上がれなかった、だが意識は助け出されるまでは保っていた、ということであろうか?」
 船頭の言葉に少し考える様子を見せる陣が口を開けば、同じ事を思ったか言葉を継いで返す連琥。
「ところで、先程気になったものというのは‥‥」
「宿場と村の境目辺りに芦屋という船を扱う宿があったこと、それと‥‥」
「藪に隠された、血の跡のある舟を見つけました。とは言っても、怪しまれないようじっくりと確認してきたわけではありませんが」
 陣と満の言葉にむと眉を寄せる連琥は、一度集まって情報を確認しようと告げるのでした。

●孫次の居所
「‥‥何やら慌ただしい様子ではあるが‥‥」
 芦屋の屋根裏、そっと様子を窺っていた磐山は孫次が捕らえられている様子がないことに安堵とも疑問とも取れる吐息を漏らします。
『‥‥連れがあったとか言う話も聞くが‥‥まぁ良い。しかしあの浪人、どういうつもりかは知らんが、おこうの顔を知っていたようだった‥‥』
『‥‥おこうをどうやら追ってきたのかも知れねぇからな。何処の誰かぁ知らねぇが、用心に越したこたぁねえからな‥‥』
 低く笑う男達は、宿の奥で酒を飲みながら言葉を交わしています。
『‥‥』
『まぁだあの男が反応したのが気になってるんですかい?』
『お前の突き入れた一撃を舟の上でぎりぎりにかわし、足場と状況が不利と見ての岸へ逃れる様子といい、確かに取ったと思ったあの一撃での致命傷を避けるとは‥‥』
 何やら不満げに鼻を鳴らす男に気にしすぎでさぁと言いながら酒を呷る男。
『ともかく、連れらしき男は取り逃したのだろう?』
『あの傷じゃあ遠くへは逃げられねぇ。宿にも戻っちゃいねえ用だ、今頃ぁ雲の上でさ』
 じろりと睨め付けられて肩を竦める男、磐山が注意深く耳を澄ませていると、勝次郎のお頭、という言葉を確認するのでした。
「‥‥お? なんか妙な動きをしてる奴が居るな」
 我慢に我慢を重ね、じっと宿場を確認していた氷川は、村から不審な様子で辺りを見ながら、一行の仲間が滞在している温泉宿に近付く若者に気がつきます。
「――っと、なんだ、あの男達は‥‥宿場の入り口に張っていやがる」
 暫くその様子を確認してから、氷川は枝から下りて荷を引っ掴むと宿場に向けて足を速めるのでした。
「‥‥その根付け――」
 言いかけて言葉を途切れさせるのはゼラ。
「あれ‥‥それにその札入れ、見覚えがあるな」
「あっ、それ孫次さんのじゃん!!」
 ウォルが言えばあわあわと驚いたように目を向けるレーラ。
「あんたがた、これの持ち主を知ってるんですか?」
 宿にやってきた若者はどこかほっとしたように様子で宿に残してある荷を宿場役人へと届けて欲しいと手紙を受け取っていたそうで、小さく息を吐きます。
「それの持ち主はどうしているの?」
「へ‥‥家のが街の方に言った帰りに、木陰に倒れていたのを見つけて、つい昨日意識を戻したところで‥‥」
 聞けば宿場の少々柄の悪い男達を避けて家へと戻る道を知っているそうで、案内をしてくれるとのこと。
 間もなく戻った磐山や駆けつけた氷川と共に、宿の女将に口止めをしてから向かった百姓家、そこの若い奥さんに様子を見て貰っていた孫次の姿があります。
「では、連れと思われているかは微妙なところと言うことでござるか?」
「宿の女将がいわねぇ限りは‥‥しかし、面目ねぇ」
 傷はそれなりのものなのですが、具合は大分良いようで手を借りれば急ぎ歩けるとのこと。
「どうせならば裏の桟橋から、自分の乗ってきていた舟で戻らせるのが良いだろうな」
「どちらにしろ、宿場の入り口は奴らが張ってやがるからな、陸路から戻すよりゃ確実だわな」
 陣が言うと、自分たちが帰るのにも面倒そうではあるがな、と肩を竦めて言う氷川。
「我が輩が孫次について舟で戻るでござる。少なくとも、孫次が死んで居るであろうと言うようなことを言っていたのだ」
 磐山の言葉に、各人が一般客として抜け出している間に、百姓家の裏にある桟橋から船を出してもらえば良いと確認する一行。
 少々氷川とウォルが宿場の入り口を固めていた男相手に気を向けさせて、そのついでにかなり痛い目に遭わせたりなどといったことがあったとかなかったとか。
「‥‥でも、本当に良かったわ、無事で」
 江戸へと戻る道の途中、ゼラが孫次へと緩やかに息を吐いて孫次に言うと、漸く微笑を浮かべて頷くのでした。