【華の乱】留守の勤め・追

■シリーズシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:18 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月08日〜05月23日

リプレイ公開日:2007年05月19日

●オープニング

 その日、ギルドへと姿を現した浪人姿の若い男性を見てあっと驚いた表情を浮かべる受付の青年はすと笠を被ったまま中に入るその男性を迎え入れて奥へと通すと口を開きました。
「田村さん‥‥その、何かわかったんですか?」
 そう言われ笠を外して目を伏せるのは凶賊盗賊改方の若い同心・田村吉之助で、田村同心は小さく息をついて首を横に振ります。
「‥‥御頭は相変わらず消息不明で‥‥他の皆の状態も入ってこない‥‥」
 小さく答える田村に小さく項垂れる受付の青年、凶賊盗賊改方は特殊な立場で、御先手組弓頭である長谷川平蔵は当然戦が起これば馳せ参じるのは当然の事。
 それゆえ僅かの同心と妻である久栄夫人に留守を預けて出ており、以降連絡は途絶えたまま。
 戦場から戻った者の話では乱戦の最中、それらしい者が殿を勤めていたと言う話もあり、生きていれば虜囚の憂き目を、最悪の場合は戦死している可能性もあります。
「如何な理由があろうと、正当な嫡流だと連れて来た子供を主張しようと、私は絶対に伊達なぞ認めないっ‥‥!」
 江戸に暮らした人間がどれほど死んで行ったか。
 恐らく戦地へと赴いた田村の同心仲間のうちの何れかが、もしくは全員が死んだ可能性もある中、そして他国より来た自称統治者が如何に善政を布いたように見せ寛大なところを見せようとも、兵達の略奪を拭い去るはずは無く。
他の者が築いた町を奪うとはそう言うこと。
「‥‥恐らく、長谷川様はどんな理由があろうと、伊達には従わないでしょうね‥‥」
 ぽつり、小さく呟く受付の青年に頷きながら目元を赤く染めた田村は、やがて深く息をついて口を開きます。
「だが、役宅を任された奥方様も、私たちもお帰りを待って守りきるしかない‥‥だが、任された物すらも、口惜しいが守れなかった‥‥」
 搾り出すように言う田村から詳しい話を聞けば、鬼騒動などで町も恐慌状態へと陥り、伊達兵の下の者たちが江戸を落として直ぐにあちこちで略奪を行う事もしばしば。
 そのどさくさで、役宅の一部塀と牢の辺りが壊され、処刑が決まっていた盗賊、凶賊の幾人かが放たれてしまったそう。
「それもあの伊達の兵たちがっ!」
 悔しげに唸る田村同心の話では、あろうことか人が出払った役宅を、金目の物があると見てか役宅を明け渡せと乗り込んできた訛りのある下級兵士たちが乗り込んできたそう。
『お下がりなさいっ! 夫・平蔵より預かりし役宅、わたくしの目の黒いうちには一歩たりとも立ち入らせませぬ!』
 ぴしゃりと入り口で言い放った久栄に追い返された兵達、そちらの対処の為の護衛をと事情を告げてから深く息を吐いて怒りを紛らわせようとでも言うかのような田村。
「そのごたごたの最中もあり、3名ほど捕らえてあった凶賊・盗賊が逃げ出してしまったのだ」
 伊達の者達を追い返すごたごたの中で、壊れた一部の塀と牢の所から逃げ出した盗賊に気付けるはずもなく。
「‥‥まさか、仙助一味とか‥‥」
 先日あった大がかりな捕り物の凶賊達を思い浮かべてさっと顔色を変える受付の青年に、仙助ではないがと暗い面持ちで答える田村に、逃れたのは凶賊であると確信を持って表情を曇らせる受付の青年。
 現状は伊達が市政に構っている余裕があるはずも無く、改方の役を思えば無理に討ちに来るいわれも無いであろう事は、奉行所などの様子を見ればわかりきったこと。
 恐らくは石川島を守るために、また人質を取られ表向きは従っているように見せている源徳旗本・彦坂昭衛か、筆頭与力の津村武兵衛でも戻れば何とか踏み止まれる可能性はあるそうで。
「今暫くは周りがどう流れるか判らない。だが、はっきり判っている事は、逃れた賊を捨て置けぬ事、そして奥方様を助け‥‥役宅と共に守る手助けをしてもらいたい!」
 頭を下げる田村に、少し考える様子を見せる受付の青年。
「では、留守を任されている改方の方から、盗賊たち相手の治安維持のための手助けを、そう言う形で出す事にしましょう」
 受付の青年の言葉に頷くと口を開く田村。
「役宅と、役宅以外で連絡が必要な場合を考慮し、綾藤のお藤さんにお願いをしてきた。わからないことなどがあれば、お藤さんに確認を取って欲しい」

●今回の参加者

 ea2702 時永 貴由(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2988 氷川 玲(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3220 九十九 嵐童(33歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea6780 逢莉笛 舞(37歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea6982 レーラ・ガブリエーレ(25歳・♂・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea7755 音無 藤丸(50歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8191 天風 誠志郎(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2413 聰 暁竜(40歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●逃げた者
「これを、久栄様に‥‥」
 綾藤で連絡の為にやって来ていた伊勢同心へと時永貴由(ea2702)がその長十手を差し出せば、受け取り一瞬怪訝そうな表情を浮かべる伊勢。
「お守りと言って私に下さった物だ。だからきっと、警護にあたる皆と共に久栄様を護って下さる‥‥そう思うのです。ですから、預かっていただきたいと‥‥」
「なるほど‥‥。責任を持って必ずお渡しする」
 貴由の言葉に口元に僅かに笑みを浮かべて頷くと、大事そうに包んで懐へとおさめる伊勢。
「昨今の状況ですから徒党を組まれると厄介ですね」
 音無藤丸(ea7755)が切り絵図を覗き込みながら言えば小さく首を傾げ眉を寄せるのは聰暁竜(eb2413)です。
「とにかく仁八を捕らえることだな‥‥徒党を組んだとして、義に厚い男というわけでも無いだろう、締め上げれば情報が手に入るだろうな」
 まずは兎に角情報を集めねば、暁竜の言葉に同じく切り絵図を覗き込んでいたレーラ・ガブリエーレ(ea6982)もむむむと眉を寄せていて。
「とにかく、どの辺りに逃げ込んだか、まずは調べるのが先決じゃん〜。うーん、見かけたって言う話があったのは、どっかの花街‥‥だったじゃん?」
 確認するようにレーラが目を向ければ、頷く暁竜。
「‥‥ともかく、俺は花街を当たってみよう」
 暁竜はそう言うと立ち上がり、それぞれ自身の役割を果たしに部屋を出て行くのでした。
「人相書きも難しいな。もっと学んで置くべきだった‥‥」
「ま、そりゃ本業じゃねぇだろうからなと」
「‥‥そちらは嫌にしっくりくるな‥‥」
 木材を纏めて抱え上げながら通りすがりに声をかける氷川玲(ea2988)、紙を手に筆を滑らせつつも息を吐いていた天風誠志郎(ea8191)はちらりと目を上げてそう言って。
「少なくとも、今出入りしている大工達に怪しいのは居なかったし、何より、棟梁が信用できるからな」
 面識があった人間だったようで、氷川は仕事を手伝いつつ大工達のことも確認したようで。
 とそこへ通りかかる嵐山に気が付いた誠志郎。
「丁度良いところに。虎彦、手伝え」
「お? あぁ、仁八と他2人の人相書きか」
 呼び止められれば、警護の休憩中という嵐山も誠志郎の側にどっかりと腰を下ろして筆を手に取り、捕まえたときに作った見本とも言える人相書きに目を通してから書き込みをしていきます。
「‥‥それにしても‥‥仁八はともかく、他にも逃げたという2人の特徴、当てはまる者の記述がなかなか見あたらない」
 小さく溜息を吐く逢莉笛舞(ea6780)に、誠志郎は眉を寄せて。
「‥‥元々前が見あたらない盗賊なのか、それとも余程用心深く詳細が押さえられないか‥‥情報の有りそうな者達と上手く連絡が取れればいいのだが」
「‥‥捜すしかないだろうな。まぁ、恐らくは今起きているごたごたで今まで通りの連絡手段が執れなくなっているのが原因だろう」
 接触して方法を考えないとな、九十九嵐童(ea3220)はそう言うと改めて密偵達についての心当たりを確認して小さく頷くと、そこで口を開くのは舞。
「牢内の点呼は滞りなく済んだ。今のところ調べ書きと照らし合わせても、他に逃げた者はいないようだが‥‥」
 言葉を濁す舞に一行が目を向ければ、仁八の捕り物の時も、もう1人、逃げた男の捕り物の時も、実のところ一網打尽とは行かなかったよう。
 今1人はどうやら流れ盗きのようで他に残党が居るという話とは無縁のようですが。
「厄介なことになっているな。どうにも調べ書きから分かるのは、それぞれが捕らえられた場所や理由ぐらいしかないようだ」
 捕らえて取り調べとなる前に、彼らにとっては幸運にも乱の影響によって厳しい本格的なものは後回しとなってしまい、残った者達は役宅や関係者を護るので手一杯だったようで。
「ま、しゃーない、とにかく捕らえられた場所って言うのから当たっていくしかないんじゃね?」
 木材を改めて抱え直して言う氷川の言葉に、その場にいた一同は頷くと嵐山によって描き上げられた人相書きを手に取るのでした。

●再会
「‥‥こちらも留守、か‥‥」
 小さく呟くように言う嵐童、そこはとある密偵の住む茶屋。
 今は戸が閉じられており、中を改めて暫く戻っていないことを確認すると小さく息をつく嵐童ですが、一部の者を除いて改方の現状で逃げたのではという疑念はあまり起きて来ず。
「‥‥次は‥‥」
 書き記した物を見られる危険を考えて覚え込んでいた、平蔵の密偵達の居場所へと思いを巡らせて急ぎ足で歩き出した嵐童はその酒場に辿り着くと、そこは開いているのに気が付いてほっと息を吐き。
「おや‥‥おお、あんたも無事だったかよ」
 入ってきた嵐童に気が付いたのは店の老人・喜十で、昔の戦乱中は荒稼ぎをしていたとも言われており、平蔵とも古い馴染み。
 土地柄か船頭が客に多い舟越酒場で、嵐童は中へと入って喜十の言葉に聞き返します。
「あんたも‥‥? 誰か、他に無事な奴が居るのか?」
「へ‥‥入れ替わり立ち替わりでなぁ、数人、てめぇんとこからこっちに移ってきて、上や奥で休んでるぜ」
 今は奥で、先程戻ってきたおさえが休んでいると笑って言う老人に目を瞬かせる嵐童。
「ここに集まっているのか?」
「へぇ、ばらばらで何かあっても危ねぇ、長谷川様が戻るまできぃつけなぁと‥‥」
 集まってこの乱に乗じての盗賊が現れないか、ごたごたでもまだ役宅に平蔵や同心達が戻ってきていない様子に、それとなくですが乱の様子を聞いて回って無事を祈っていたり。
「今までは上手く繋ぎを付けてくれていた同心の旦那方も居たがね、状況も違う今ぁ下手な動きをして俺らが捕まっちゃ、長谷川様に申し訳がたたねぇってな」
「‥‥そうか、上が変わったとなれば下手をすれば元盗賊を使っている、と言うことに悪意を持って見る者がいるかも知れないと‥‥」
 役宅が今まで通りに動いているのがはっきりと分かっていれば連絡を取りにも行ったかも知れないのですが、江戸城を乗っ取った他国の城主に役宅へと他国の兵がうろついているという現状に戸惑っていた、と言ったところでしょうか。
「‥‥今この状況で、大変なことが起きた。手が足りないのだ」
 そう言って頼む嵐童に、店の主は頷いて戻り次第それぞれに伝えようと約束するのでした。
「‥‥庄五郎殿?」
「誰で‥‥これは‥‥ご無事だったんで‥‥」
 舞が声をかけた男は密偵の庄五郎、一瞬今にも泣き出すかのように顔をくしゃっと歪めるも、袖でぐしぐし顔を乱暴に拭ってからほっとしたような笑みを浮かべて。
「いや、先の乱で冒険者の方も大分戦地へ行かれたとお聞きして‥‥へぇ、心配しておりやした」
 そう言う庄五郎は盗賊探索の時と同じく、身軽な町人姿で頭を下げると、側の茶屋へと舞を促して。
「実はですね、あの乱以降長谷川様の戻られた様子も見えず、いつ何時捕縛の命が出るかも分からぬ状態で‥‥もし捕まれば、罪人を信用して使っていたという風に、長谷川様にご迷惑がと思いまして‥‥」
 盗賊を張るのも続け、手分けをして平蔵の行方や同心達の安否を尋ね、ギルドへと顔を出して良いものかも悩みと、互いに連絡の取れる密偵達は神経を磨り減らしながら動いていたようで。
「まだ皆さんの様子はわかりませんが、本当に、ご無事でようございました‥‥」
「いや、庄五郎殿も無事で何よりだ。もし無理ならば仕方がないが、私は必ず日に一度は綾藤へと顔を出しているようにしている。繋ぎをそちらにと思っているのだが‥‥」
「宜しゅうございます。ですが、むしろお役に立てるんでしたら、直ぐにでも使っていただきたく‥‥」
「‥‥わかった、手を借りたい」
 舞の言葉に庄五郎は笑みを浮かべると早速その指示に耳を傾けるのでした。

●花街
「しかしなんだね、玲、お前様の所のまわりは、いっつも大変な事になっているじゃぁないかえ」
 煙管を薫らせて笑うのは白鐘の紋左衛門。
 ここは白鐘の紋左衛門の屋敷、数日前にリーゼを伴ってやって来たときのことを思い出してか笑う様子に軽く頭を掻く氷川。
「それで、その花街についてだね」
「ああ、親分はその色町について‥‥?」
「あたしのシマじゃぁないがね、知り合いはいるさね。必要そうなもんはそこで整えさせるよ。存分に仕事をおやんなさい」
 若頭に手ぇ貸すのは当然さね、そう笑って言うと紋左衛門はその店の名と場所を告げるのでした。
「仁八‥‥仁八ねぇ‥‥陣八ってぇのなら、最近聞いた気がするが、仁八はしらねぇなぁ」
「そうか‥‥」
「しかし、その仁八って男、何者なんで?」
「‥‥何、食い逃げの払いを、押しつけられてな‥‥」
 人から名を聞いた、そう何気ない風に答えるのは、人遁と声色で浪人者に身を変えていた貴由。
「似たような名前って言うのは存外いる者だからな」
 答える貴由の言葉に頷きながら、酒場の親父はどこかの店に上がりっぱなしの、ちと乱暴な奴でねぇ、と付け足して。
「まぁ、また来るからな、もし耳にしたら教えてくれればいい」
「へぇ、毎度どうも」
 店の親父に見送られながら遊女や店の男達の呼び込みが賑やかな通りを眺めて、貴湯は小さく息をつくと再び歩き始めるのでした。
「あら、また来てくれておいでなのかぇ、嬉しいねぇ」
 暁竜が部屋へと案内されれば、のんびりと煙管を薫らせていた二十半ばのほっそりと色白な遊女が目を上げて微笑みかけ。
 店の者にお酒を運ばせて追い払うと、杯を差し出し持たせお酌をしながら遊女は声を落として。
「名前を確かめた訳じゃあありませんけどね? 二件向こう側にあるお店‥‥廉屋‥‥あそこに居漬けの客が、ちょいと乱暴で酷いらしいんですが、どうも、聞かせていただいた男と同じく、背に縦に刀傷が、肩口から腰までと‥‥」
 そう言ってちらりと見る遊女の目はどこか心配げに暁竜を見ており。
 暁竜は仕事が始まり花街の位置を聞いてから直ぐにこの辺りの様子を窺い、たいそう評判の良いこの遊女・穂積の元へ、客としてやって来て。
 言葉を交わしこれならばと見定めて尋ねれば、思った以上の度胸で辺りのことを上手く世間話に紛れさせて聞き出してくれたよう。
「只、あの男が‥‥陣八と名乗っていましたが、この辺りに今まで居たという伝手があって転がり込んできたようには思えませんわ」
 たいそう金を持っているようで、廉屋としても無下に扱えなかった為に置いているようですが、その金払いですら遊女達が根を上げるほどに手酷く痛めつけられ弄ばれるそうで。
「諫めようとした店の者も殴られたりと‥‥廉屋さんも大変ですわ」
「‥‥その男は1人なのか?」
「ええ、知り合いが尋ねてきたら通すようにと言われているようですが、それ以上無理に尋ねるのはどうかと思いまして‥‥」
 穂積が言えばそれで良いと頷く暁竜。
 暫くの間、暁竜は穂積の部屋で廉屋についてと、その客の事で聞いたことを事細かに確認しているのでした。

●欠駒の仁八一味
 花街の夜は明るく、遅い。
 彼らは浅黄屋という紋左衛門に縁のある店で静かに辺りが静かになってくる頃合いを待っていました。
 やがて、あちらこちらのらんちき騒ぎも静まる、夜明け前。
 客引きの絶えた道を進む彼らは、廉屋という店の前へやって来れば、店の者に戸を開けさせた直後、声を発そうになるのを口を塞いで十手を見せ、物音を立てないようにと小さく告げる誠志郎。
 その間にするりと脇を通り素早く二階へと駆け上がるのは暁竜と氷川。
「っ、誰でいっ!!」
 穂積から聞き出していた部屋の襖に手をかければ、中で荒上げられる声と人の動く物音、そして上がる甲高い悲鳴。
「それ以上近付いてみろっ!」
 開いた襖の向こう側の部屋、後ろから羽交い締めにするように遊女を掴んで喉元へと匕首を突きつけて見る男は、人相書きで見た目の血走った不健康に浅黒い顔の男。
 捕まえられている女はあちこち噛まれた後や幾つか付けられた匕首での浅い切り傷を体中に散らばらせた状態で、先程の悲鳴が精一杯だったのかぐったりとした様子であきらめにも似た目を2人に向けてきます。
「――抵抗してみるのも良いだろう。貴様の命を賭ける覚悟があるのならば」
「んだとぉ‥‥――っ!?」
 言葉を返すよりも早くに女へと突きつけていた匕首を持つ手はしっかりと暁竜へと捕まれており。
 転がるように仁八の腕から逃れた遊女は散らばる着物を何とか身体に書き付けるようにして、這うように這うように廊下の方へと進み、氷川は手を貸して廊下の外へと出るのを見送ると、凶暴な笑みを浮かべて振り返り仁八を見ます。
「ま、言われたとおり、抵抗してもいいが今の命の保障はしない‥‥手前らみてぇな野郎どもは大っ嫌いでなぁ」
 次の瞬間上がる絶叫、仁八が役宅へと布団に簀巻きにされて運び込まれたとき、顔は人相書きでは確認できないほどに変わっていたとか居ないとか。
 その日の夜。
 一件の酒場へと、一行は討ち入りました。
「あ、逃がさないじゃーん!」
 1人すばしっこい男が塀へと飛び乗りかけたところへ、レーラのコアギュレイトが決まり転落したり。
 その中で、1人様子の違う男があわあわと飛び出してきたのに気が付いた藤丸が、押しつぶすかのように覆い被さり当て身で昏倒させれば、他の者達も田村同心や舞たちの手によって引っ括られて、そのまま放り込まれた役宅の牢は、それはそれは賑やかになったようなのでした。

●2人の凶賊
 その訃報が耳へと入ってきたのは、捕らえた一味のうちの、妙に気の弱そうな小ずるそうな男を拷問の末聞き出した情報で皆が駆けずり回っていた、10日目の昼頃のことでした。
「同心が3人、亡くなっていたそうだ‥‥これからこちらに戻ってくるらしいが」
「役宅では、門番の文吉が殺されたそうだ‥‥」
「文吉君って、あの亥兵衛さんのとこの?」
「いえ、名前が同じだけで、煙草屋の文吉さんはご無事ですよ」
 お藤から伝えられる言葉、幾つかの訃報と共にもたらされた、数名の生存。
「さて、こちらはまずは流れ盗めの雹害の八十助を追うしかないって事か‥‥」
「もう1人の身元は、結局まだ分かっていないそうですからね」
 顎をさすって深く息をつく氷川に、なかなか集まらない情報に眉を寄せる藤丸。
「だが、2人を早く捕らえねばならないというのに、なかなか先へと進めないとはな。くっ‥‥御頭が早くご無事で戻られれば‥‥」
「焦っても仕方有るまい。一つ片を付けた。次も確実に片付けていけばいいことだ」
 遅々として進まない捜査に溜息混じりに誠志郎が言えば、新たに作られた人相書きに目を落としながら言う暁竜。
 難しい顔で資料を見比べる舞と貴由。
 嵐童と密偵の庄五郎がとある稲荷での目撃情報をもたらすのは、その3日後の夜半のことなのでした。