●リプレイ本文
●刹那
それはある意味運が悪かったとも言えるかもしれません。
視界の端に映る赫い色彩、黒い影、そして、疑惑の眼差し。
「あれは、姐さんの知ってる輩かい?」
すぅと冷えた眼差しを向けられた所所楽石榴(eb1098)は、背筋に冷たい汗が伝うのを感じながらも末薪の新伍が言う輩が一瞬思い浮かばずに目を瞬かせて僅かに首を傾げて見せます。
「ここからじゃよく見えないから、わからない、かなっ?」
石榴の頭に浮かぶ心当たりは自身についてきているはずの貴由ですが、貴由ならばあんなに容易く見つかることも、斬り伏せられることもありません。
それ故に、ある意味では、運が良かったのかもしれません。
「改方は結構いろんな事件掛け持ちしたりするから、外部のお手伝いは結構入れ替わったりあるしっ?」
「‥‥まぁ、その辺はあれを絞め上げれば分かるだろうが、斬るのが往来になっちまったのが気に食わねぇな」
じろりと見透かそうとでもいうかのように見る新伍に石榴はさりげなくではありますが話を本筋に戻そうとしながら、斬られたであろう人物、可能性のない人間を除去していき、漸くに理解します。
土御門焔(ec4427)。
新伍が絞め上げればというからには一撃で命を奪うことはありません。
それでも、今石榴や貴由が割って入れば全てが水泡に帰すと耐えてはいても、彼女が連れ帰られてしまえば結局のところ同じこと。
石榴は胸中穏やかではないのを押し殺して、新伍の気を逸らせるためにお佐和から聞き出した言葉を口にするのでした。
●模索
「土御門さんがこちらに来られたらとも思ったのですが‥‥」
経典を手に小さく溜息をつくのはレヴィン・グリーン(eb0939)。
役宅では過去に留八が使っていたであろう盗賊宿や襲われた宿がらみでお佐和から何か読み取れないかとレヴィンが試みていたところで。
石榴が新伍に接触するならば少しでもその身の安全を、できるのはそれだけともどかしさを感じながらもレヴィンは自身に出来ることをと改めて強く思い。
「新伍については今皆が回っているからそれの報告待ちだけど、留八が押し込みをする前に抑えなければいけないからね」
リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)はそう言いながらも僅かに厳しい表情を浮かべてレヴィンへと目を向けます。
「土御門がどこに回ったか、知らない?」
各人が分担して事に当たるのは当然のこと、経験などもかかわってくるでしょう、もしものためにも繋ぎを怠ることはありません。
ですが情報の遣り取りを行った後指示を受けるとの話であったはずの焔は、どうやらこちらが新伍の探索を主として動く事になったと理解すると探索に出てしまったようで、リーゼは嫌な予感を押さえられずに問いますが、レヴィンも首を振り。
「おう、どうしたぃ?」
そこへ紙の束を手に入ってくるのは嵐山虎彦(ea3269)とジェームス・モンド(ea3731)。
2人は先程まで人相書きの元を作っていたようで、出来た数枚を先に探索用に持ってきた様子で。
「しかし2月‥‥仕事始めには少々遅いな」
モンドが手にしている人相書きをひょいと取る留を落とす霧島小夜(ea8703)、モンドはにかっと笑って頷くと口を開き。
「悪党共も新年ぐらいはゆっくりと過ごしたらしい。とにもかくにも、人々の為にも悪党共には今までやって来た悪事のつけ、しっかりと払わせてやらにゃ、なと」
「取り敢えずの所、それぞれのところで妙な動きは無いようだけど、新伍って奴は結構油断ならないようだからな」
助勢に来ているフレア・カーマインとクーリア・デルファから途中経過の報告を受けていた空間明衣(eb4994)が言えば、そこに顔を出すのは石榴とその妹で手伝いに来ている所所楽林檎。
「お佐和はふて腐れてはいるけれど、逃げられるかもと思ったのか随分と協力的になってきているよっ」
にっこり笑って言う石榴に頷く林檎、レヴィンはまだ心配そうな面持ちですが僅かに笑みを浮かべて。
「では、あちらの方々が捕らえたという剛蔵とお梶の2人の取り調べに早めにかかった方が良いですね。あちらからも何か得られるかも知れません」
「んじゃま、俺もあと少し人相書きを描いたら情報収集に出るかねぃっと。役宅と奥方様ぁ昭衛の旦那や兵庫に任せときゃ平気だろうし、近頃じゃ一太もなかなか良い面構えになってきたようだしよ」
「憂い無く探索に当たれるというのは助かるな」
軽く腕を回しながら言う嵐山に小夜も頷いて。
「さて、じゃあ私もこれを貰ってでようかね」
明衣も人相書きを受け取り、各人がそれぞれの仕事に付く中、リーゼはまだ何処か釈然としない面持ちで、剛蔵・お梶両人の取り調べ中の誠志郎の所へと歩を進めるのでした。
数刻後、モンドは上空を鳥の姿に模し新伍と関わりのある塒と思しき場所を偵察していました。
「この間はえらい目にあったが、今回は大蛇ではなく鳥だ、水をかけられたりはせんだろう」
日は翳り夕闇の中、今頃は石榴が新伍と接触している時分、上空のモンドに気が付かれる様子もなく、その建物からの人の出入りを眺めていたのですが‥‥。
「さて、これで奴らの動きがより鮮明になればいいんだがな‥‥ん?」
ふと違和感を感じ目を懲らせば、何やら小さな騒ぎが起こっている様子。
「あれは‥‥」
1人の男が塒に入ったと思えば、即座にばらばらと飛び出していく男達の様子は、遠目から見ても殺気立っているようで。
「何がおきたのだ?」
どうやら飛び出した男達の一人が刀を持って血相を変えて出て行った様子に一瞬迷うもその男を追えば、やがて向かうは石榴が新伍と接触をしているはずの蕎麦屋へと向かっている様子にモンドの表情は厳しいものに。
「‥‥ん? なんだあれは‥‥」
見れば視線の先には細い道へと2人の男が誰かを引き摺るように急ぎその場を離れる様子が見え、それが焔であることに気が付き絶句するモンド。
追っていった男は周囲を見回すようにして、何かを追っているようですが、夕闇にそれを見落としたのか付近の空桶を蹴た繰り、蕎麦屋から姿を現した男へと歩み寄って何やら耳打ちをしているようで。
「‥‥‥じゃ、姐さん、残念だが今日は日が悪い、また、こちらから繋ぎの方法を連絡するまで、大人しくしていて貰えるな?」
すうと細められた眼が有無を言わせない重圧を込めており、また新伍へと歩み寄った男の剣呑な様子に2人を相手にするは危険と理解し、またこれまでの事が水泡に帰す危険を冒したくない石榴は頷いて。
「ま、兎も角あんたぁお佐和を解放するための手引きでも考えておいてくれりゃいい。それこそ、その後も俺らに情報を流せるよう、留まって貰わにゃ、な」
「わかったけど、あまり待たせて欲しくない、かなっ」
「なぁに、直ぐよ、直ぐ‥‥」
耳障りなひゅーひゅーと漏れる笑い声を上げると、男に背を守らせるようにして、新伍は悠然と蕎麦屋を去り、石榴は掴んでいる手掛かりに暗い影が落ちたような漠然とした不安を感じるのでした。
●焦躁
焔が引き摺り運び込まれたのは、出原涼雲医師の診療所でした。
とは言え、重傷であったその状況は焔自身の持っていた薬を使うことにより回復しており、焔を運び込んだ若い男2人――白鐘の紋左衛門配下の若衆達は監視の役割を投げ出してきたことに少々悪態をつきながらも若頭である氷川へと報告に去っていきました。
その知らせが役宅へと運び込まれてきたとき、役宅に詰めて剛蔵とお梶の取り調べに当たっていた誠志郎や情報のとりまとめを行っていたリーゼは愕然としていました。
「直ぐに各人にそれを伝えて‥‥あと急いで動かないと‥‥」
「万一留八に繋ぎが有れば事を早めるか逃がしちまう」
動揺を押し隠そうとするも焦りに唇を噛むリーゼ、聞き込みから戻っていた嵐山が言えば、同じく戻っていた明衣が小夜を呼びに行こうと席を立ち。
「‥‥厄介なことになったな。総ての塒を引き払われ他所に移られたら事だ」
微苦笑を浮かべ呟きつつ歩く明衣はそれで居て見据えるように昼間に小夜と立ち寄った酒場の当たりへと足早に歩を進めて。
「‥‥ちっ、そういうこと‥‥‥‥私に何か用か?」
立ちはだかるのは背を丸め低く匕首を構える1人の男。
その男の目に移る狂気と狂喜に、薄く笑みを浮かべると明衣は軍配へと指を滑らせて。
「――っ!!」
「はっ!! ――!?」
声もなく身体ごと突き入れてくる男を軍配で受け流し、男の足へと刀を突き立てれば、直ぐ後から藪を飛び出してくる男に僅かに体勢を崩しかける明衣。
と‥‥背後から飛びかかろうとした男が振り上げた小太刀を持つ『手』がぽんと小気味良く宙に舞い、血を吹き出し身を捻る男のその背後に見えるは小夜の涼やかな目。
「背後を取ろうとして、自身の背後が留守になるとは、な‥‥」
ふと小さく笑いを漏らせば残された手で匕首を掴み、口で鞘を抜き向き直る男にふうと溜息をつく小夜、と、次の瞬間には再び宙に舞う手と匕首。
「ぐぉぁぉぉぁあぁっ!!」
「殺すつもりは、無いのだがね――」
見れば足を引きずり壁に手を着き身体を起こした男が明衣に向かい凄まじい形相で匕首を振りまわしつつ突進してくるのに、明衣も再び軍配を男へと向けて。
「捕らえるつもり、なのだから」
不敵な笑みと共にもう一方の脚の腱を斬り払い倒させると、明衣と小夜は男達を引き起こし。
「ふむ‥‥そちらは大丈夫だろうと思うが、こちらは手当をしても助かりそうにないな‥‥」
「兎に角傷口を押さえ連れて行こう。何か聞き出せるかも知れない」
言って、明衣は小夜に事情を説明しながら男達を引き立てて役宅への道を急ぐのでした。
●浮舟
その時、役宅に集まった一行の表情には、厳しさと共にやるせなさが浮かんでいました。
誰を責めるわけにも行かない、不運。
その後の新伍の周辺に関しての動きは、流石としか言いようのないものでした。
新伍を追う貴由が何とか郊外までは追い縋るものの、後一歩のところで新伍は以下に攪乱され見失ったことを皮切りに、次々と分散し江戸の町へと消えていく新伍の配下達。
それを総て捕捉するのは残念ながら不可能で。
「良い度胸にも役宅を探りに来たらしい奴ぁぶちのめしてとっ捕まえられたが、ありゃなかなか口は割らねぇだろうな」
忌々しげに言う虎彦は、留八捕縛に回るつもりが石榴の様子を見極めようとでも言うかの様に付けてきた新伍の配下に足止めを食らい。
新伍配下より留八への警告が届くのとほぼ同じ時分に、もう一方では留八の捕縛に踏み切ることはなんとかできたのですが、当初の予定と異なり捕り物へと加わることが出来たのはリーゼとモンド、そしてレヴィンの3人のみ。
唯一の幸いと言えば、警告が届き強烈な抵抗を受けるも、寄せ手が死者を出すこともなく捕り物を終えたこと、そして留八を取り逃がすことはなかったという事で。
「我々も留八も、新伍が難を逃れるために上手く使われた、と言うことか」
小夜の微苦笑混じりの言葉、明衣が襲撃を受けたとき、駆けつける前に既に小夜も襲撃を受けていました。
そのどれもが新伍の配下の者で、手を落とした男は手当の会もなく間に合いませんでしたが、脚を明衣が刺した男に関しては一命を取り留め、今後の取り調べに繋がることでしょう。
「新伍達が逆にこちらの顔を多少なりとも覚えていて居ても可笑しくは無かった、と言うことか。まぁ、どちらかと言えば怪しまれた時点でその周辺で不審な動きに見えた私たちを狙った、と言う方が正しいのかも知れないが」
肩を僅かに竦めて苦笑する明衣は新伍の周到さと速い動きに次に打つ手を考えているかのようで。
「これは留八の方から聞き出す繋ぎの所も宛てには出来ないでしょうね」
新伍の方が潜伏してしまえばどうにもならない、その事を指してレヴィンが表情を曇らせます。
例え留八達から知っていることを聞き出したとしても、新伍の方で対策を練ってしまえば同じ事。
留八捕縛の残党探索と新伍の手掛かりを追う最中に、石榴へと繋ぎがあるのは、それからもう少しだけ後のことなのでした。