●リプレイ本文
●密偵
「‥‥‥‥何か引っかかる」
その日、改方の伊勢同心にとある茶屋の座敷にて、密偵のまとめ役と言っても過言ではない庄五郎が来るのを待っていた大蔵南洋(ec0244)が呟けば、側に腰を下ろしていた所所楽銀杏(eb2963)が小さく首を傾げます。
辺りがじりじりと焼け付くような暑さの中、茶屋の二階の座敷では障子を開けて風通しを良くしながら約束の刻限を待っていたのですが、大蔵は何やら気になる事柄に僅かに眉を潜めつつ口を開き。
「いや、盗賊が自分から目立ってどうしようというのだ? と思ってな」
「‥‥‥‥その人達にとって、目立つ方が、都合が良いです、か?」
「もしくは、そちらに目をひきつけておいて何かをするのか、それとも‥‥?」
銀杏が聴く言葉に李連琥(eb2872)も少し考え込むような様子を見せて呟けば、雀尾嵐淡(ec0843)が出されたお茶を啜りつつ口を開きます。
「まぁ、まずは襲撃者たちの全容の解明からはじめましょう。相手の動機などは、いずれわかるでしょうし」
「そうだな、まずはどういった者たちに狙われているのかがわからなければいざというときの対応もできない」
頷きながらいう天馬巧哉(eb1821)は小さく息をつき続けます。
「でも、この長谷川さんがいない時に密偵の人達もさぞ心細いだろうな」
「へぇ‥‥御陰様でお手をお借りできることとなり、心強く思っております」
そこへ、かかる声と共に案内されてやってきたのは密偵の庄五郎。
「遅くなって申し訳ございません、ちょいとこちらに来るまで手間取りまして」
そう言って軽く頭を下げる庄五郎は、何やらじろじろと値踏みするかのような室斐鷹蔵(ec2786)の視線にも気にした風もなしにすと室内に入り一行を見回して。
「では本題に入ろうか。これは他の密偵達の協力が不可欠‥‥気になる点が有れば遠慮無く頼もう」
大蔵の言葉に了承の意を込めて頷く庄五郎。
暫しの間、一行との遣り取りの末、庄五郎は深く頷きます。
「俺は主に密偵達の護衛に当たるつもりだが‥‥」
「では、若いあの2人が無茶をしないよう、宜しくお願いできますか?」
山本剣一朗(ec0586)が庄五郎に告げた言葉に少し考えて返せば、鳳爛火(eb9201)も口を開き。
「では、僕も‥‥その都度護衛の対象は変わると思いますが、護衛を担いたいと思いますので、連絡の方を宜しくお願い致します」
その言葉に頷き、一行がそれぞれの役割に付こうとする中、庄五郎に歩み寄るのは連琥と銀杏。
二言三言言葉を交わして場所を庄五郎の店へと移動すれば、そこには銀杏のお手伝いに来ていた所所楽石榴とおさえが何やら相談している姿があります。
「ああ、勿論、束ねて大切に仕舞ってあるよ。あれだけの量だ、確かに‥‥ちょっとやっては見るかね」
母子の語らいのように言葉を交わしていれば、銀杏に気が付いて暫く石榴と銀杏の2人は話し込んでおり。
「そう言えば、出かけた村のお隣さんから、連絡がきた、です」
先日に銀杏や連琥が出かけた村の関連で届いた便りを、銀杏に沢という少年が伝えに来たようで、どうやら怪我人の姿を隣村の村長はよく見ていなかったようですが、先日の依頼の時には外に出ていた村の船頭が確かに人相書きの人物を確認したとか。
「その時は、酷い怪我で運ばれていた様子、らしいです、よ?」
姉へと伝えたかったことを伝えれば、その言葉の意味を知っておさえも庄五郎もうっすらと目に涙を浮かべて頷き。
「今まで一緒にやってきて、手伝って貰ったり教わってばかり‥‥今度は僕らが手伝う番だよ」
石榴がおさえの手を取り任せてと頷くのに合わせ銀杏もこっくり頷くと、おさえは何度も2人に礼を言うのでした。
●偽密偵とこれから
飯屋の一階部分の入れ込みで小女達と共に立ち働いている銀杏は、小女2人とおさえにお店でのお客さんのあしらい方などを教わりつつ襷がけに前掛け姿でお昼時などは忙しげに働いていて。
それなりに所の人達の間に人気のある様子で付近からやってくるお客の出入りもなかなかに多い小さなお店なのですが、それでも昼時を過ぎれば客足は一旦落ちれて離れ、連琥は頃合いを見計らって庄五郎へと声をかけました。
「庄五郎殿に折り入って頼みがある‥‥常々私は密偵の仕事というものに興味を抱いてきた」
「連琥さん、お天道様に顔を向けて生きられる方が、何もわざわざそんな‥‥」
「いや‥‥考えた末だ。頼む、密偵としての心得を教えて頂きたい」
連琥の言葉に暫しの間迷うように思案していた庄五郎は、やがて小さく息を付いて頷くのでした。
「じゃ、お前さん、ちょいとおじさんの所へご機嫌伺いに行ってきますよ」
おさえが表から声をかけるのにおうと声を返した庄五郎、連琥は頷いて笠と手拭いを手に裏からこっそりと抜け出すと、先に歩くおさえと銀杏の姿を追い。
「お市はおじさんの所は初めてだったねぇ?」
「‥‥」
おさえの言葉にこっくりと頷く銀杏、2人が通り過ぎるのをちらり横目で確認したのはぼろを身に纏い辻占いに姿を変えた天馬。
天馬がそれをテレパシーを使い銀杏に行程を確認し、大蔵と連琥に伝えれば、道に潜んでいた大蔵は注意深く周辺を確認し、連琥もおさえと銀杏を追う中で何度か視線を受けているかのような意識に神経を研ぎ澄ませて。
そんな、銀杏の偽密偵作戦の最中、庄五郎へと接触する影が。
それは一行にとっては同じ仕事を受けている者だったため特に可笑しい行動とも取れなかったのですが‥‥。
「しかしうぬらもとんだ忠義者よ。武士にでもなったつもりか‥‥?」
夕刻に向けての仕込みの最中だった庄五郎へと降りかかったのは、鷹蔵の声。
「元の役目に戻ればよかろう? 渡りに船じゃろうが? もはや江戸は源徳の治世に非ず。かの遠山を知らぬでか? 長谷川もまた然りとなろうぞ‥‥無駄じゃ」
「私どもはね、あんた様にゃ分からないでしょうがね‥‥別に命なんぞ構わないのでございますよ、少なくとも私はね」
ちらりとも目を向けることもなく涼しい顔で魚を捌き、出汁に浸しながら言う庄五郎。
「ほぉ? そこまでするものを、お前に奴は与えたと言うのか? 源徳の犬が‥‥何を?」
せせら笑った鷹蔵の視界から庄五郎が消えたときには、既にぴったりと身体を寄せた庄五郎の持つ鋭い包丁が首筋へとぴたりと当たっており。
「あんた様にゃ分からないでしょうがね? 過去に私は冒険者の皆さんと、信頼関係にヒビを生じさせてしまった事があるんでございますよ‥‥ただね、そこから学んだのは、全ての人に、個々の性質があるって事」
ぴくりとでも動けば殺られる、そんな気配を感じてじろりと庄五郎へと目を落とす鷹蔵。
「そして、その人もそう、きっとあんた様も言うんでございましょう? 試した、と‥‥果たして、それはどこまで本当か‥‥」
言って身体を離すと包丁を洗いつつ低く続ける庄五郎。
「ですがね、あんた様に言っておきましょう。長谷川様を悪く言うことと、密偵仲間を愚弄することは‥‥‥‥‥‥‥‥この俺が許さねぇ」
正面を切って闘えば、刀が捕らえることは多少難しいながらも鷹蔵に敵うことはないであろう庄五郎ですが、潜った修羅場の数と度胸、そして覚悟も経験も上であると言うことを十二分に見せるかのような物言いで、庄五郎はその後鷹蔵を見ようともしないのでした。
「余り出歩くなと言われませんでしたか?」
微苦笑気味に言う雀尾ですが、青い顔をして神妙に腰を下ろす男に怪訝そうな表情を浮かべ。
「‥‥どうしました?」
手に乱雪華が書きおおよその位置に丸く印を付けた地図を持ち、宿奈芳純が確認した襲撃時の様子を照らし合わせようとして、彼等が隠れているお役目を知っている堅気の茶屋にやって来ていた雀尾でしたが、流石に様子がおかしいのにそう聞いて。
「あ‥‥い、いえ‥‥しょ、庄五郎さんってぇのは、長谷川様と違った怖さのある方だなぁと改めて‥‥」
僅かに震える声で言う若い密偵は、雀尾に先程庄五郎に渡さなければ行けない物があるとちょっと立ち寄ってみた、その端から見ればの諍いに胆が冷えたとのこと。
「‥‥そりゃ、俺等は元々‥‥俺なんかはけちな盗賊でしたがね、その、やっぱりこういお仕事で手伝って貰う人達にも疑われているもんなんだなぁって‥‥」
「‥‥皆が皆じゃありませんよ」
そう言って暗い面持ちの年若い密偵へ言う雀尾は、これからの関係に支障をきたすのでは無いかという漠然とした不安に小さく息を付くのでした。
●襲撃者の影
その日は既に夕暮れ時、舟越酒場の裏口に近付いてくる人間の気配があります。
「何でぇお前達はっ!?」
押し入ろうとしたところに、舟越酒場の老爺・喜十が声を上げるのと同時に匕首を手に躍りかかる男達。
「させませんよ」
そこに割って入る鳳の手には赤い盾、匕首を受け止めれば、喜十を庇うように立ち。
今1人が舟越酒場の中へと駆け込んでいき階段を駆け上がれば、開けた障子の先には山本が立ちはだかっています。
「念のため張り付いておいて良かったな」
そう言うと、山本はつらっと刀を抜き放つのでした。
赤く染まった夕暮れの道を1人歩くのは銀杏。
1人でお使いに出るのをおさえは酷く心配して反対したのですが、重々気を付けるんだぞ、とその身を心配しながらも頷いて言う庄五郎にこっくりと頷いて出かけた銀杏は、役宅へのお使いお包みを抱えててくてくと歩いていました。
少し後を連琥がこっそりと着いてきているし、人気がはける一角には大蔵と天馬が伏せており、空には時折過ぎる大きな影が雀尾の存在を知らしめていて。
「それに、きっと‥‥」
あの様子ではおさえは留守を任されるでしょうが、きっと庄五郎自身もこの囮に一枚噛んでいるのではないか、そんな予感に小さく息を吐く銀杏。
悪意のある視線に晒され続け、それに気付きながらも気付かないふりをするのは存外に答えることで、銀杏は緩やかな峠の道で立ち止まって一度大きく深呼吸をします。
もうすぐ通りかかるのは竹林、この時刻に少し蔭りのあるその場所に向かうのは普通は得策とは言えませんが、役宅に抜けるのにその道を通った方が早いのは事実だし、そしてきっと、襲われるならばこの辺りだろうと思われる道で。
だから、ここに誘き寄せる心積もりでその細い道を踏み入れる銀杏。
銀杏がそろそろ通りかかる刻限、天馬と大蔵も息を押し殺して竹林の中に身を潜めていました。
そして、銀杏の後をひっそり後を尾けていた連琥は、銀杏の後を追う1人の男の姿をはっきりと捉えていました。
だから、その後から更に後を付けてくるもう一人の男の存在と、その男に目を光らせ、懐に手を入れたまま慎重に後を尾ける庄五郎の姿にも気付かないのは仕方のないこと。
そして‥‥信頼関係を結ぶことが出来なかった鷹蔵が、庄五郎が出て行ったことに気がつけなかったのも、仕方のないことなのでした。
「ちょいと、嬢ちゃん‥‥」
竹林の中を少し進めば、後からかけられる声に小さく振り返る銀杏は、そこに何とも言いようのない不気味な暗い目をした男が立っているのに気が付きます。
「あんたぁ、あの家のなんだい? あの家の主や女と身内のような動きぃしてっけど、あんたみたいな餓鬼を使えるほど、彼奴等は器用じゃねぇ、噂の通りならな?」
「‥‥」
「答えたかねぇのは、まぁ、分かるがなぁ‥‥なぁ、嬢ちゃん? おめぇさんも薄汚ねぇ狗だってんなら、まぁ、容赦するとこじゃねえんだがよ? その前ぇに、何者かってぇのをはっきりさせてぇわけだわな、俺としてもよ?」
何気ない風で距離を縮めてくる男に、思わず身体を引きながらもぴっと見返す銀杏に、何やらにたっと嫌な笑いを浮かべた男は、匕首を抜いてその刃をちらちらと見せつけるようにゆらし。
「まぁ、あんたを痛めつけてききゃ済むことなんだよなぁ、俺としても」
言って、男が後一歩の間合いまで詰めたとき。
「そこまでだ」
飛び出し匕首を受け止めたのは大蔵。
「っとぉ、聞いてねぇぞ、俺はよ、役人の狗がこんなに居るなんてよ?」
刃が受け止められたのに素早く身体を引くと同時に数歩距離を取って、嫌らしいにやにや笑いの顔に僅かに苦笑が浮かび。
「あんたもどっかでお盗めしていた名無しの男ってか? 冗談きちぃなぁ、おい」
言っていて自分でも信じていないような軽口の男に、大蔵は何も言うことはないとばかりに刀を一閃すれば、信じられない事にその刃をギリギリで交わして身を翻す男。
「っ!」
予想以上に速い動きにはっとする天馬ですが、自身が植物を操り作り上げた障害を飛び越えるでもなく、誘導通りに逃げ去っていく姿にほっと息を付いた天馬は、後を追う事となっている雀尾の姿を求め空を仰ぎ見て。
銀杏の側に歩み寄り安否を確認しようとしていた大蔵と天馬の耳に竹藪の入口で別の諍いの音が聞こえてきたのは、その時でした。
時は僅かに遡ります。
丁度男が銀杏へと歩を詰めていたとき、同じように気配を殺して連琥へ歩み寄った1人の男がいました。
「なっ!?」
男が連琥に、手に持った匕首で身体事突き入れようと突進してくる男に別の男が飛びかかり。
咄嗟に振り返った連琥は気が逸れた男が自身へと襲いかかってきたのだと瞬時に理解すると、その男の腕と胸ぐらを掴み投げ飛ばして。
「ちぃっ! おのれ狗共めっ!!」
その男は庄五郎が取り押さえようとするよりも早く身体を跳ね起こして、竹林を駆け抜けて逃げた男と正反対の方へと駆けだし。
「大丈夫か?」
「ああ‥‥油断したようだ」
僅かに悔しさを言葉に滲ませて応える連琥。
一行は雀尾と、そして近くの川で身を隠して待ち構える密偵の孫次に後を任せて、庄五郎の店へと戻るのでした。
●その蔭りの向こう側
「あぁ、大丈夫だったかい?」
銀杏が帰ってくるのを落ち着かない様子で待っていたおさえはその無事な姿を見てほっとしたように声をかけつつ涙ぐんでおり。
「しかし‥‥これで絞り込めればいいのだがな」
大蔵が目を落とす先には、雀尾が受け取っていた簡易地図とその目印。
その辺り一帯は一部のところが人の住まない廃屋敷なのですが、持ち主が居ないわけではないため、理由も事情も、そして証拠もなければ乗り込める場所ではなく。
やがて戻ってきた雀尾の表情は余り芳しい物ではありませんでした。
孫次と共におおよその屋敷の位置はあたりりを付けられたものの入り込むところを確認することは出来ず。
「‥‥あの男は相当な手練れだ‥‥気を引き締めねば、な‥‥」
そして、倒すつもりが無かったとはいえ自身の剣先をかわしきった男を思い出し呟く大蔵。
一行は暫しの間、何とも言えない重い蔭りを思って思案に耽るのでした。