●リプレイ本文
●迷宮
「歌う迷宮ですか‥‥。なんとも厄介な」
謎の迷宮で。
厄介だと呟きつつもその迷宮を作り上げている不思議な石壁を、頬擦りせんばかりに顔を近づけて調べているのはカルヴァン・マーベリック(ea8600)。
自在に変形し、修復する不思議な壁は、設計をそれなりにこなせるカルヴァンの興味を引いてやまない。
「カルヴァンさん、そろそろ行きますよ? この迷宮は突如として動き出すのですから、そのように顔を近づけていては危険ですぞ」
そんなカルヴァンの首根っこを掴む勢いで壁から引き離すのはオイゲン・シュタイン(eb0029)。
いつ動き出すともわからないこの迷宮で、パーティを分断される事は出来るだけ避けなければならない。
この迷宮に来る前にサラサ・フローライトが皆の幸運を祈ってくれたのだから、決して無駄にしないようにしなくては。
「ふむ。この間来た時とほぼ同じ構造ぢゃな。動くとはいえ、大まかな位置までは変わらぬようぢゃの」
以前、領主の依頼でこの不思議な迷宮を訪れたグングニィル・アルカード(ea9761)が、領主から預かった迷宮の地図と自分の記憶、そして今ある迷宮を比べながら、罠などの位置を皆に伝える。
「しかし、油断は禁物だ。なにせここにはアレがいるのだから。‥‥まさか私にアレと戦う機会が巡ってくるとはな‥‥」
グングニィルと共に前回この迷宮を訪れていたアン・ケヒト(eb2449)は、迷宮の奥を見据えてグングニィルに注意を促しながら、感慨深げに呟く。
グングニィルの言う通り、アンの目から見ても迷宮は前回とそれほど変わった様子はない。
けれどこの迷宮にはゴーレムがいるのだ。
勝つか負けるか。
勝負は5分5分の強敵が。
「まあ、面倒な事は良くわからねぇが、ようはあのゴーレムぶっ飛ばせばいいんだろ? 気楽にいこーぜ?」
眉間に皺を寄せるアンの肩を叩いて、気分屋のレン・ゾールシカ(eb2937)が笑う。
レンも以前この迷宮に来て、今回倒すべきゴーレムの姿と恐ろしさを目の当たりにしたはずなのだが、少しも気負うところがない。
明るいレンを見て、初めてこの迷宮を訪れる面々の緊張がほぐれていく。
「形を変えるダンジョンにゴーレム。やれやれ、少々やっかいな依頼を受けちまったね。まあ、逆にそれが面白いといえば面白いけどねえ。できないことをやる、その達成感があるからこそ、この仕事はやめられないね」
ナタリー・パリッシュ(eb1779)は迷宮から空を見上げ、微笑む。
雲一つない空に輝く太陽は、夏の日差しほど強くは無いものの、この不思議な迷宮を隅々まで照らしだし、冒険者に希望を与える。
「おうっ、ゴーレムはこっちの方角にいるのか?」
ヘクトル・フィルス(eb2259)がその巨大な身体に見合ったハンマーを構えて北西の壁を指差す。
「キミ、まさか壁を壊したりはしないだろうな?」
一見、華奢な少女に見えるベアータ・レジーネス(eb1422)がその色白の頬をよりいっそう青ざめさせて訊ねる。
「ん? 当然壊すぜィ。報告書によればこの壁壊れるんだろ?」
「いや、まて。確かに壊れるが‥‥おっと!」
どごーんっ!
アンが止めるのも間に合わず、ヘクトルの渾身の一撃が壁を粉砕する。
「すっきりするねィ」
特徴的な目をにかっと笑わせて、「くうっ、早くぶっ倒してルーヴァちゃんに勝利を捧げたいぜィ」とうずうずするヘクトル。
愛しの(?)シャリーキャンのルーヴァに勝利を捧げる気満々。
もっとも、愛しいのはルーヴァではなく、ルーヴァの作るお酒という説が有力だが。
「‥‥行くとするかの」
「‥‥ああ」
ドゴーンドゴーンとハンマーで壁を壊して最短距離を目指すヘクトルにあっけに取られるグングニィルとアン。
マッピングもへったくれもあったものではなかった。
●ゴーレム
壁を粉砕しつづけ、雑魚モンスターを倒しつつ。
向かう先に現れた強敵――ストーンゴーレム。
その姿は圧倒的だった。
『GUGAGAGAGAGGAaaa!!』
石造りの道を踏みぬき、地響きを鳴らし、雄叫びを上げるストーンゴーレム。
ジャイアントのヘクトルですら見上げるその巨体は、見るもの全てに恐怖を与える!
「くっ、腕がなるねィ!!」
恐怖を力に変え、ヘクトルがその一撃をストーンゴーレムに叩き込む!
「‥‥ぐっ!」
しかし、足を狙い叩き込もうとした一撃は、ゴーレムの岩の手で弾き飛ばされ、ヘクトルはそのまま壁に叩きつけられ、うめき声を上げる。
「セーラ神の加護よ、この者に癒しの力を分け与え給え!」
後方に待機していたアンがすかさず癒しの呪文を唱えてヘクトルを癒す。
ブンブンと力任せに振り回されるゴーレムのその腕は、自分を囮にしてゴーレムの意識を逸らそうとしていたオイゲンをも捕らえ、無慈悲にも叩き潰す。
「‥‥‥‥!」
声にならない悲鳴を上げ、血反吐を吐くオイゲン。
折れた肋骨が、肺を貫いたのかもしれない。
「慈悲深きセーラ神よ、いままさに貴方の元へと召されん命を、今一度この生なる大地へと繋ぎ止めたまえ‥‥リカバー!」
再びアンの呪文詠唱が響き渡り、オイゲンの傷を癒してゆく。
だが。
「北の方角に7個の呼吸。こちらに向かってます!」
ブレスセンサーを用い、常に不意打ちを警戒していたベアータが新たな敵の襲来を伝える。
「ちっ、マジかよ?!」
レンが後方から聞こえた獣の声に舌を打つ。
迷宮の北。
振り向いたレンの目に、細い路地へと続く道から向かってくる黒い獣達の姿が移る。
騒ぎと血の匂いを聞きつけて集まってきた獣達は、ゴーレムに比べれば赤子のように可愛い存在。
けれど狭い迷宮でゴーレムの攻撃を避けながらそいつらの相手をするとなれば話は別だ。
獲物を見つけ、嬉々として飛び掛ってくる黒い獣たちは、鋭い牙で避けきれないレンの肩を切り裂く!
「こんな事なら、前回全滅させときゃよかったぜっ、おらおらてめーらっ、自分の巣に帰りやがれっ!」
肩を押さえ、苛立たしげにファイヤーボムで獣達を路地に向かって吹き飛ばすレン。
続けざまに高速詠唱でファイヤーボムを放ち、仲間達に爆風が及ばぬように相殺しつつ、次々と呪文を完成させて獣達を撃破して行く。
「サポートする!」
レンの攻撃に合わせ、ベアータがスクリームを唱える。
追い風に煽られたレンの炎は勢いを増し、獣たちを包み込む!
しかし、断末魔の悲鳴を上げて倒れる獣たちにほっとしたその瞬間、レンの後頭部にゴーレムの拳が叩きこまれた。
獣に気を取られ、完全に無防備だったレンはそのまま意識を失い倒れ伏す。
「キミ、しっかりするんだっ!」
抱きかかえ、意識のないレンの口にポーションを流し込むベアータ。
「グングニィルさん、ナタリーさん、これを!」
体勢を立て直すべく、ゴーレムから距離を取りながらカルヴァンがアイスチャクラを作りだし、2人に手渡す。
「了解っ! 正直あたしの矢じゃあの化けもんにダメージ与えるにはちょっと心もとないからね。恩に着るよ!」
「ふむ、なんとか扱えそうじゃの」
ナタリーとグングニィルの2人は矢からアイスチャクラに武器を変え、ゴーレムに挑む!
『GUGAGAGAGAaa!』
再びゴーレムが吼え、アンに癒されたとはいえまだ動きの鈍いヘクトルにその拳を叩きこむ!
「ヘクトルさんっ!」
ガキインンッ!!!
オイゲンの剣が、寸での所でゴーレムの拳を止める。
けれど力任せのゴーレムの一撃は、やはり傷を負ったオイゲンをじりじりと追い詰める!
「俺様、いま最悪気分だぜ! これでもくらいやがれこの化けもんがっ!」
ベアータに抱きかかえられたまま、意識を取り戻したレンがその怒りに任せてファイヤーボムを打ち放つ!
ゴーレムの顔面にものの見事にクリーンヒットしたその炎はゴーレムの視界を奪う。
炎に巻かれたゴーレムがよろけたその隙を、ベアータは決して見逃さなかった。
「人と共に息づく大気の精霊達よ、その優しくも厳しい吐息で我が敵を吹き飛ばし賜え‥‥ストーム!」
呪文詠唱と共にゴーレムに激しい風が突きつける!
持ちこたえれずに片膝をつくゴーレム。
「ふんっ、巨体も形無しだね!」
「渾身の一撃じゃて、沈むが良かろう!」
間髪いれず、ナタリーとグングニィルの必殺技・シューティングPAEXでアイスチャクラがゴーレムの関節に深く、深く叩きこまれる!
「さっきは良くもやってくれたねィ? お返しだぜィ!」
ドゴオオォォンッ!!
ヘクトルのスマッシュEXがゴーレムの首に叩きつけられ、その首を折る。
これがとどめだった。
ぐじゅりと崩れ落ちるゴーレム。
「やれやれだね」
よこらせっと掛け声をかけて、ゴーレムの側に座りこむナタリー。
ゴーレムの体をくまなく調べ、何か文字などがかかれていないかチェックする。
「まだこの番犬の飼主が迷宮内に居るやもしれぬ。何者か興味はあるが‥‥流石に今は会いたくはないな」
傷ついた仲間達を一人一人手当てして周りながら、アンが呟く。
「まあまあ、あんまり物騒な事は呟かないで下さいよ。本当に出てこられたらひとたまりもありませんからね」
カルヴァンが苦笑しつつも周囲を伺う。
吹きすさぶ風が迷宮を鳴らす以外、これといって特に変化はない。
動きを変えるという迷宮も、なぜか今回は動く事が無かった。
自動ではないのだろうか?
「ふむ‥‥」
考え込むカルヴァンを、ナタリーの声が現実に引き戻した。
「みんな、ここを見ておくれよ」
崩れて消えたゴーレムの下の床を指差すナタリー。
1箇所だけ、ほかの場所とは色が違っていて、何かの文様が刻まれている。
「動きそうじゃな。罠かもしれんが‥‥」
罠なのか、それともなにかの仕掛けなのか。
グングニィルにも判断つきかねるようだ。
「うむ。この壁にも同じ模様がありますな」
オイゲンが丁度ゴーレムが遮るようにしていた壁を指差す。
「よっしゃ、ちょっと離れててくれィ!」
ヘクトルが拳をそこに叩きつける。
ガコンッ!
「おわっと!」
壁に刻まれた文様がのめり込み、ナタリーのいた床が動き出す。
「階段‥‥?」
「地下へと続いておるようぢゃな」
「おっ、いいねえいいねえ、冒険の匂いがするねえ♪」
「まだ入ってはいけません」
いまにも中に降りて行きそうなレンを、カルヴァンが止める。
「なんだよ? 俺のする事に文句があるのか?」
「今回の任務はゴーレムを倒す事です。地下の探索は含まれていません。それに、食料も何もかももう底をつきかけています。帰りの分があるかないかでしょう?」
「確かに今すぐに赴くのは得策ではないだろう。領主に伝えて指揮を仰ぐべきだ」
「わあったわあった、今すぐはいかねえよ」
レン好みの男装の麗人、アンにも諌められ、渋々頷く血気盛んなレン。
「無事に街に帰り着くまでが冒険です。気を抜かずに、待ちへ戻りましょう」
「そうぢゃな。帰りがてら、スクリーマーを引っこ抜いてゆかんか? 北西の方にスクリーマーの群生地があるのぢゃよ。獣たちの食料になっている可能性もあるでな」
グングニールの提案で、スクリーマーを退治しつつ。
冒険者達は無事、任務をおえたのだった。
●エピローグ
ゴーレム撃破。
そして未知なる地下への階段。
その報告を受けた領主から褒美として、今回の報酬とは別に、冒険で使用した矢やポーション、保存食など全てのものが冒険者に与えられたという。