●リプレイ本文
●恒例? 地下への入り口へは最短距離で。
「ちょ〜りゃ〜!」
掛け声と共に、目の前に立ちはだかる迷宮の石壁をハンマーofクラッシュでぶち壊してゆくヘクトル・フィルス(eb2259)。
ジャイアント特有の大きな身体で軽々とハンマーを振り上げて邪魔な壁を叩き壊してゆく様は壮観。
どかーんどかーんといっそ気持ちよいぐらいにヘクトルに破壊されてゆく迷宮の壁を見つめつつ、
「段々と慣れてしまっている自分が恐いな‥‥」
アン・ケヒト(eb2449)が淡々と呟く。
前回は壊されてゆく壁に呆然としたものだったがこの展開も2回目。
普段から冷静なアンが慣れてくるのはある意味当然なのかもしれない。
「さてはて、前回の探索もゴーレムとの戦いで大変だったけど、今回の地下迷宮の探索も大変そうだねえ」
壊されてゆく壁の欠片を踏み越えて、こちらも平然としているナタリー・パリッシュ(eb1779)。
今いる場所も何かのきっかけで動き出し、形を変える危険な迷宮なのだが、迷宮を作り上げている肝心の壁を壊してしまえばそれほど危険もないと踏んでいるのだろう。
心は既に未知なる地下への迷宮のことで一杯のようだ。
●地下迷宮〜魔術師〜
「ランタンは私が持とう。近接戦闘では役に立てないからな」
ベアータ・レジーネス(eb1422)が、壁を壊して辿り着いた地下への階段を下りながらランタンに火を灯す。
「ランタン用の油が切れたら言ってくれ。予備はヘクトルに預けてある」
「了解」
長めの階段を下りたその先は、やはり迷宮と呼んで差し支えのない場所だった。
人の手で造られたことが明らかなその地下迷宮は、入り口から漏れる日の光以外はランタンの灯火だけが頼りで、暗く、狭い通路の影からは今にもモンスターが現れそうなぐらいに不気味だ。
そして‥‥。
ギ、ギギギギギ‥‥ガコンッ!!
いま降りてきたばかりの階段までもが突如として閉まるではないか!
「まずいっ!」
「ちィっ!」
全力で駆け上がるものの、時、既に遅し。
地下迷宮を照らす日の光は完全になくなり、硬く閉じられた出口はヘクトルの力をもってしてもビクともしない。
ハンマーで殴れば壊せるのかもしれないが、ここは地下。
地上の迷宮と違い、石壁を壊せばその壊れた壁は間違いなくヘクトルに降り注ぐ。
「まいったね、こりゃ。完全に入り口を塞がれちまったね」
やれやれといいながら、こんっと入口を塞ぐ石壁を叩くナタリー。
「罠が発動したのか? 気づかなかった‥‥」
石の天井と化してしまった入り口を見つめ、奥歯を噛み締めるアン。
罠が仕掛けてられてないか、暗闇でも見える目の良さを生かし、チェックしながらの移動を心がけていたというのに。
『私の趣向は気に入りましたか‥‥?』
不意に。
くつくつと耳障りな嘲笑と共に、地下迷宮に男とも女とも判別のつかない声が響く。
「だれでィ! 出てきやがれィ!!」
声はすれども姿の見えない相手にヘクトルが吼える。
ぞくり。
ナタリーの背筋を冷たいものが走る!
「みんなっ、伏せるんだよっ!」
咄嗟に隣にいたヘクトルの腕を引いて地面にひれ伏すナタリー。
次の瞬間、稲妻がヘクトルのいた壁を貫いた!
「うおっ?!」
黒く焦げた壁に目を剥くヘクトル。
『避けるとはまた随分と小癪ですね‥‥ますます持って許しがたい。私の可愛いゴーレムを壊した罪‥‥必ず受けてもらいますよ‥‥。だが残念です。私はこれから少しばかり用があるのですよ‥‥貴方達ごときの相手をしている暇などないのでね‥‥一生‥‥この迷宮の中で過ごすといい‥‥くくくっ‥‥」
くつくつと。
嘲笑う声は心底楽しげに遠ざかってゆく。
「あれがこの迷宮の主かね。随分と性格がゆがんでそうだよ」
どっこいしょとかけ声をかけて立ち上がるナタリー。
軽口を言いつつも、額に冷や汗がこぼれる。
「一生って言ってたな。つまり塞がれたここにしか迷宮の出口はないということか?」
深刻な面持ちで、塞がれた入口をランタンで照らし出すベアータ。
「いいねェ、未知と逆境は! 漢の意地と闘志が燃え上がってくるぜィ」
パアンッと派手な音を響かせ、大きなこぶしと手のひらを合わせてやる気満々のヘクトル。
地下に閉じ込められ、帰れる見込みのないこの状況も、豪快なヘクトルにとっては屁でもないらしい。
「‥‥そうだな。ここでこうしていても仕方あるまい。待っていてもこの入口が開くことはおそらくないだろう。予定とは多少ずれたが、想定の範囲内だ。この地下迷宮が未知であることは先刻承知の上。ただ出口を探す手間が増えただけだ。ならば予定通りこの迷宮を探索しようではないか」
幸い、アンの申し出により領主から支給されたソルフの実やポーションがある。
ソルフの実は貴重品ゆえ、それほど多くはもらえなかったが、魔力を消耗してしまい、怪我人がいるのに治癒魔法を使えないなどという状況だけは避けられそうだ。
「この地下迷宮を踏破してみせるぜィ!」
ヘクトルの宣言が迷宮に高らかに響いた。
●黒い敵
「どうやらこの地下迷宮は上の迷宮と違って変化はしないようだね」
ナタリーがマッピングをしつつ呟く。
敵の奇襲を受けてから数日。
罠や雑魚敵との遭遇、道幅まで詳細に記されたそれに加え、ナタリーは入口からの歩数まできちんと数えていた。
これにより、視界の効かない地下迷宮内でも4人は方角を消して見失なわなかった。
だが‥‥。
「今日こそ、何か手がかりがつかめるといいのだが」
アンが深刻な面持ちで聖書を握る。
昨日までの探索では、何一つ出口への手がかりが掴めていないのだ。
食料も明かりも、無限ではない。
「おうっ、ベアータ。ちょっとこっちにきてくれィ!」
ヘクトルがいびつな壁を指差して手招きする。
「これは、ゴーレムか?」
ベアータのランタンに照らし出されたそれは、壁にそのまま埋め込まれたかのような歪なゴーレムらしきものだった。
「ふむ。動く様子はないね」
ナタリーが慎重に歪なゴーレムを調べる。
こんな閉鎖空間で、ましてやこの少人数でゴーレムと戦うのはごめんだ。
ゴーレムは長い年月をこの地下で過ごしていたのだろう。
石でできていたと思われる頑強な足も、ぐずぐずと砂のように崩れていた。
「構造の変る迷宮に、地下入り口に居たゴーレム‥‥単に侵入者排除の為なのか? それとも‥‥」
思案するアン。
「現在北北西の方向。25、6m先に1個の大型呼吸。ものすごい速度でこちらに向かってきます!」
ランタンを掲げ、ブレスセンサーで周囲を探知していたベアータが何かの急接近を伝える。
「あれは、なんだ‥‥?」
歪なゴーレムから目を逸らしたアンの目も、接近してくる何かを捉える。
ゴゴゴゴゴゴゴッッ‥‥!
大地を揺るがし、どんどん接近してくるそれは、一見、饅頭形の水に塗れた黒曜石の様に見える。
だが、そのでかさは半端じゃない。
2mはあろうかという巨大な黒饅頭が、迷宮の狭い道を一気に突っ込んできているのだ。
「うおおおおおおっ! かかってきやがれィ!!」
一見黒饅頭なその敵を、同じく2mを越すヘクトルが両手を広げて立ちはだかり、仲間達への壁となる!
ビュニュイイイイイイイイイイイイイイ!
「ヘクトルッ?!」
アンの、ナタリーの、ベアータの目の前で、巨大な黒饅頭――ブラックスライムに飲み込まれるヘクトル。
半透明なその丸いゼリー状の身体の中に取り込まれたヘクトルは苦しげにもがいている。
そのスライムの身体にすぐさまナイフで切りつけるナタリー。
だが、ダメージが入っているのかいないのか、切られたブラックスライムはヘクトルを取り込んだまま周り中に酸を撒き散らす!!
「くっ!」
まともに酸を浴び、後ろに飛びのくナタリー。
じゅわりと皮膚が溶ける。
「‥‥生命の根本、生きる力の源よ、今ここにその力の片鱗を見せるがいい!」
アンの身体が輝き、ナタリーをすぐさま回復する。
だがこのままではヘクトルが危ない!
「地下でこんなことしたかなかったけど、これでどうだい?!」
ナタリーが油に火をつけてブラックスライムに投げつける!
炎に一瞬怯むブラックスライム。
ヘクトルの腕が一瞬ブラックスライムの身体から飛び出した!
「ヘクトルッ、こいっ!」
ブラックスライムの身体からヘクトルの腕を渾身の力で引きずり出すアン。
「げふっ!」
激しく咳き込み、一気に空気を吸い込むヘクトル。
その背に手を当て、再びアンが癒しの呪文を唱える。
だが。
「あぶないっ!」
「?!」
ベアータが叫んだ瞬間、アンの背にブラックスライムが体当たりを仕掛けた!
吹き飛び、倒れ伏すアン。
それでもなんとか立ち上がり、ヘクトルと共に、酸を撒き散らすブラックスライムから辛うじて距離をとる。
(「まだナタリーさんの使った油も炎も残っている‥‥それなら!」)
「迷宮にさ迷う風の精霊達よ、大気を汚すかのものを怒りのままに吹き飛ばすがいい!」
ベアータが炎に、そしてその向こうにいるブラックスライムに向かってストームを発動する。
炎を巻き込んだ風は、即席のファイヤーストームと化し、ブラックスライムを包み込む!!
身体をぐにゃぐにゃと変化させ、苦しみから逃れようとするブラックスライムは、そのままアンに襲い掛かる!
「させないぜィ?」
ヘクトルが不適に笑ってハンマーを振り下ろす!
ぐちゅりと嫌な音を立てて、ブラックスライムは最後の呪いとばかりに酸を天井に、壁に、床に、冒険者達に、すべてに向かって撒き散らして動かなくなった。
●〜エピローグ〜
「キミ、痛む?」
かなりの量の酸を浴びてしまったアンに、ポーションを飲ませてあげるベアータ。
「すまないな」
短く礼を言い、軽く頭を振るアン。
まだ身体のあちらこちらが痛むが、じきに良くなるだろう。
「おや? ベアータ、あんたランタンは?」
「あそこに落ちてるぜィ」
ナタリーの声にベアータが答えるより早く、ヘクトルが床に落ちて火の消えたランタンを親指でくいっと指差す。
「‥‥うん、よかった。これならまだ使えるな」
拾い上げて壊れていないことに安堵するベアータ。
日の射さない地下迷宮ではランタンは命綱だ。
でも。
「あれ? 火が消えているのに何でこんなに明るいんだ?」
「気がついたかい? どうやら脱出の糸口が見えてきたようだよ」
ナタリーが不敵に笑って天井を指差す。
そこから、ブラックスライムの大量の酸で溶かされた天井がひび割れ、日の光が漏れていた。
「よっしゃ、ここはやっぱり俺の出番だねィ♪」
ヘクトルがハンマーを構える。
「いや、まて、天井を壊したら貴殿もただではすまない」
アンが慌てて止める。
「瓦礫に埋もれちまったら引っ張り出してくれやアンねーさん。さっきみたいにねィ」
特徴的な目でにかっと笑うヘクトル。
なぜだろう。
彼がそうすると、妙にアンは安心できた。
「このままここに留まっていたら、いつこの迷宮の主が戻ってくるとも限らない。スリルは好きだけど、命落とすことと天秤にしたら‥‥ねえ」
ナタリーも頷く。
「ヘクトルさん、骨は拾わさせて頂く」
ベアータが冗談とも本気ともつかない真顔で言い切る。
「おしっ、まかせたぜィ! こっからでて、ヒノキの風呂に入って、んま〜い酒を飲んでやるぜーーーーーーーーーーーー!!」
ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
ヘクトルの渾身の一撃が天井に叩きつけられる。
崩れ落ちた天井からは、溢れんばかりの陽光がキラキラと差し込むのだった。
〜to be continued‥‥