●リプレイ本文
●迷宮。それは壊して進むものだ。
「さて、ダンジョン自体がややこしいって言うのにさらにややこしい事態になってきたねえ」
ナタリー・パリッシュ(eb1779)は行く手を阻む謎の迷宮の前で以前作成した迷宮の地図を開く。
何度か領主の依頼でこの迷宮を訪れたことのあるナタリーには、謎の曲と共に姿を変えるこの迷宮の面倒さは良くわかっていた。
「使える者が持っていた方が良かろう・・・・私には無用の物だ」
アン・ケヒト(eb2449)がアルテマ・ノース(eb3242)にグラビティーキャノンの初級スクロールを渡す。
白のクレリックであるアンには使用できない代物だが、この未知なる迷宮においては重要な戦力となりえる。
「ありがとうございます。無事にこのご依頼を遂行できたら、お返ししますね」
アルテマは受け取ったそれを大切に懐にしまいこむ。
「なんていうか、前の報告書を読む限り気持ち悪いヒッキーだな。『お人形遊び』と『拉致監禁』か・・・・最悪だ」
領主からの緊急依頼だが、人手が足りないのを知って駆けつけた雅上烈 椎(ea3990)はこの迷宮に潜んでいると思われる迷宮の主を扱き下ろす。
なににつけ理想が高い雅上烈にとって、引き篭もり魔術師の印象は最悪のようだ。
「生業に精を出していたので全く気付きませんでしたが、大変なことになっておりますな。邪魔者を速やかに片づけ、すがすがしい気持ちで朝を迎えることをめざしましょう」
水のウィザードであり、法律学者でもあるカルヴァン・マーベリック(ea8600)は、赤い瞳で迷宮を見据える。
以前訪れたときとは大分形が違うそれは、謎の曲によって変化したのだろう。
カルヴァンはこの迷宮の謎を解き明かしたい気持ちもあったが、いまは依頼遂行に全力を傾けるべきと心を決める。
「年の瀬ってことで、悪党どもを大掃除するとしますかねィ」
にィっと笑ってヘクトル・フィルス(eb2259)が愛用のハンマーofクラッシュ+0を高々と構える。
「迷宮を破壊して進むか・・・・? 地下最下層までは床に穴を開けて最短距離を行けば良かろう」
「楽なもんでいいね」
アンとナタリーがヘクトルに頷く。
二人とも、もう分かっているのだ。
まさかまたという顔をするカルヴァンと、何が起こるのか分からないアルテマ。
そして報告書で知っているものの現実を目の当たりにするのは初めての雅上烈の目の前で、
「魔術師のヤローをその野望ごとぶっ潰ーすっ!!!!!!!」
ヘクトルのハンマーが迷宮の壁をぶち破った。
●沢山の罠。しかしそれは予想済みだ。
地上の迷宮を壁を壊して進み、さらにヘクトル達が前回地下迷宮から脱出した出口から再度進入した冒険者達。
「まて、ヘクトル。床の色が違うようだ」
アンが先頭を急ぐヘクトルに注意を促す。
薄暗い地下で、最後尾でランタンを照らしていた雅上烈は床に注意しつつ先頭のヘクトルの側に駆け寄り、床にランタンを近づける。
硬い、灰色の床の中で、道の真ん中辺りの床の色が微妙に違う。
「壁の位置、床の色合いを考えますと、設計上ここは落とし穴でしょうな」
罠に対する知識はあまりなく、解除は出来ないカルヴァンだったが、構造物設計に関しては専門だ。
構造上の設計を考えてある程度予測することは出来る。
微妙に色の変わったその床を踏まないように、ランタンで照らされたそれを避けて先を急ぐ。
「・・・・歌?」
アンが立ち止まる。
どこからか聞こえてくるそれは、低い男性の声を思わせる歌声は、美しくもあり禍々しくもある。
「あたしには聞こえないね。だけど、歌ってことは、この地下も形を変えるってことかい?」
ナタリーは警戒して周囲の壁を伺う。
地上の迷宮は、謎の音楽と共にその姿を変えたのだ。
地下の迷宮が歌声で変化してもおかしくはない。
ヘクトルはいつ壁が動いても破壊できるようにハンマーを構え、雅上烈は少しでも辺りを多く照らそうとランタンを高く掲げる。
「左側の道から、何かがきます。数は・・・・おそらく7匹です」
動く迷宮のことは良くわからずとも、敵に対する警戒は常にし続けていたアルテマが目を細める。
他の者たちにはまだ姿が見えない。
「やり過ごせるならやり過ごしたいね」
ナタリーは自作の地図をもう一度見る。
領主の依頼は、魔術師の撃破。
雑魚は出来るだけ無視して先へ進みたい。
「右側の通路の奥には、何本も枝分かれした道が伸びている。そこに行けばモンスターをやり過ごせる可能性は高いね」
「モンスターなんか殴り倒してしまいたいけれど、そうも言ってられないな」
高く掲げていたランタンを下ろして、雅上烈は敵に気づかれないように布をかけて必要最低限の光だけを右の通路に向ける。
●迷宮の奥。歌声と共に時は満ちる?
「陰気な歌だな」
カルヴァンに庇われ、雅上烈が切り捨てたモンスターにアンは眉を潜める。
嫌な歌声は、モンスターを操るのだろうか?
今目の前に横たわるそれは、腕を切り落とされても怯まずに、ただただ冒険者に襲い掛かってきたのだ。
それだけではない。
歌声が聞こえる中心部に近づくにつれて、モンスターの量は増え、やり過ごすことが出来なくなっていた。
「迷宮の主を倒す事が目的なので、本人を見つけないといけないわけです。恐らく、迷宮の奥に居るはずですが・・・・この歌は何かの呪文ではないでしょうか」
通常の呪文とは違い、歌のように聞こえるそれは精霊碑文学を修めるアルテマの耳には、所々精霊の言葉を交えているのが分かる。
『破壊』『死』『破滅』・・・・あまり聞いていていいものではないその歌は、もう直ぐそこまで近づいている。
「モンスターが多く見られるってことは、いよいよ核心に近づいてきたって事だね。ヘクトル、あんたやってくれるかい?」
ナタリーが床を指差す。
歌声は、下から聞こえてきているのだ。
「準備は万端ですぞ」
アンを庇うように、足場を見つめるカルヴァン。
「私もです」
ムーンアローのスクロールを手に、アルテマ。
「迷宮探索の様式美もなにもあったものでは無い・・・・だがまぁ、我々らしくて良いか」
アンも頷く。
「敵が途切れた今がチャンスだな」
最後に雅上烈が頷いて、
「最短距離、いくぜィ!」
ヘクトルの掛け声と共に、今、最終決戦への幕が上がる!
●最終決戦。破滅の魔法陣。
そこは、部屋というより広場のようだった。
壁に取り付けられたいくつもの蝋燭は規則性があるのだろうか?
中央に飾られたエルフの少女の石像を、幾重にも照らし、影が模様を織り成す。
床に赤く描かれた魔法陣にはピンク色の砂と小石がちりばめられ、歌い終えた歌に呼応して一つ、また一つと文字が輝きだしている。
そして諸悪の根源は。
「精霊よ、悪しき歌声の主を討ち滅ぼさん! ・・・・ムーンアロー!」
用意していたスクロールに念じ、アルテマがムーンアローを撃ち放つ。
だが。
「消えたっ?!」
一直線に魔術師へと伸びた光の矢は、けれど魔術師へと届くことはなかった。
魔術師の頭上に浮かぶ黒く丸い霧のようなものに吸収されてしまったのだ!
「ふふふ・・・・私に、そんなモノは効きませんよ。さあ、美しいお嬢さん、貴方にはこれを差し上げましょう」
「くっ・・・・!」
魔術師の手に瞬時に現れたクリスタルソードが、アルテマの左腕に深々と突き刺さり、魔術師の側に控えていた風を思わせる緑の魔獣が冒険者に襲い掛かる!
「貴様の我侭に地上の皆を付き合わせる訳にはいかんのでな・・・・その下らん魔方陣は我々が破壊する! ・・・・ニュートラルマジック!」
アンの魔法がアルテマに突き刺さるクリスタルソードを消し去り、そしてもう一度唱えられた魔法により魔術師のブラックボールが消え失せる。
「あれさえなければ、チャクラが作れるはず」
カルヴァンが呪文を唱え、アイスチャクラを作り出す。
「これ以上あんたの好きにはさせないよ」
ナタリーが受け取ったアイスチャクラを魔術師に撃つ!
「ふふっ・・・・動揺しているのですか? 随分と腕のお悪い」
嘲笑う魔術師を大きくそれて、アイスチャクラは壁に突き刺さる。
「私の剣の切れ味をその身に味わえっ!」
雅上烈が日本刀を構え、魔術師に向かって全力疾走で突撃する。
だが魔術師を切りつけるより早く緑の魔獣が切り裂く風を吐き出した。
「・・・・・・っ!」
身体を切り裂かれる痛みに、雅上烈は片膝をつく。
「小細工なんかいらねぇ、突撃あるのみ!」
ヘクトルが、ハンマーを振り回して魔術師に挑む!
「ふふっ、貴方が私の迷宮を壊した張本人ですね・・・・ストーンウォール!」
ヘクトルと魔術師の間に、石の壁が立ち塞がる。
「しゃらくせぇ!」
ハンマーで叩き壊したその瞬間。
「あぁっ?!」
ヘクトルの胸に、ロングソードが突き刺さっていた。
「ふふっ、備えあれば憂いなしですよ・・・・私には扱えないこんなものでも、取っておいて本当によかった・・・・こんなに素晴らしい使い道があるのだから・・・・あはははははははっ!」
血を吐くヘクトルに狂った笑いを響かせる。
「あんたの好きにはさせないって、言っているだろ」
ナタリーがアイスチャクラを投げつける。
「ふふっ、貴方の攻撃など、この私には・・・・うっ!」
深々と。
魔術師の喉をナタリーのアイスチャクラが切り裂いた。
「気づかなかったのかい? 的があまりにも外れてることに」
先ほどの攻撃は、わざと外したのだと。
ナタリーが不敵に笑う。
「・・・・・・がっ、ぐっ!」
喉を裂かれ、声の出せない魔術師を守るように緑の魔獣がナタリーを襲う!
だが飛びかかったその瞬間、
「さっきは、よくもやってくれたね?」
雅上烈の日本刀が魔獣を切り裂く。
断末魔の叫びを上げて、消える魔獣。
そして魔術師も。
「・・・・ギ・・・・ザマらぁぁぁっ!」
喉から血を溢れさせながら、最後の呪文を唱えることも出来ずに息絶える。
魔術師の流れる血と共に、魔法陣からは急速に光が失われていった。
「何をもってそうなってしまったのか・・・・可哀想な身の上なのかもしれないが、一線を越えてしまった奴に情けは意味ない」
そう呟きつつも、雅上烈は死した魔術師の身体を複雑な表情で見つめる。
『何をもってそうなってしまったのか』
普通に、幸せに生きてきたものにはない孤独な空気を、雅上烈は魔術師から感じとっていた。
●大怪我続出! でも大丈夫。アンねーさんがここにはいるから。
「起きたか? いま少々立込んでいるんでな‥‥挨拶は後だ」
アンのニュートラルマジックで石化から解除されたエルフの少女――シュタインは、ゆっくりと辺りを見回す。
最初に目に入ったのは、血まみれの冒険者達。
「これはっ・・・・!」
「おっと、嬢ちゃん、いきなり動くのはなしだぜィ。俺達なら大丈夫だ。アンねーさんがいるからな」
ロングソードを胸から引き抜き、アンの治療を受けたヘクトルがにかっと笑う。
「ここは、あなた方は、姉さんは・・・・っ」
「落ち着きな。もう、全て終わったんだよ」
ナタリーが、混乱するシュタインの頭を軽く撫でてやる。
(「あたしの子と、同い年ぐらいかねぇ? なんにせよ、無事でよかったよ」)
愛する子供を脳裏に思い浮かべ、その子の笑顔も守れたことにほっとする。
魔法陣が発動していたら、きっと子供の命もなかっただろうから。
「いったい何を目論んでこのようなことをしたのか・・・・ま、どうでもいいことですな。
時に独特な趣味嗜好を持つ者は現れるものですし、気にしても仕方がないことですよ」
ナタリーと共に、カルヴァンは魔法陣を念入りに壊す。
今回は発動を阻止できたものの、残して置いたらいつまた誰かが利用するとも限らない。
「さあ、地上へ帰ろう」
全員の治療を終えたアンが、上を指差す。
「またあれでいきますかィ?」
自分を貫いたロングソードを記念に腰に挿し、ハンマーを構えるヘクトル。
頷く全員に最高の笑顔で応じ、ヘクトルはハンマーを振り下ろすのだった。