裏切りの刃

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月01日〜08月06日

リプレイ公開日:2007年08月09日

●オープニング

 真夜中、流石に人気も途絶えた冒険者ギルドに、一人の男が妙にオドオドした様子でドアの隙間から体を滑り込ませた。
「あ、あの‥‥」
 男は店の隅、物陰に隠れるようにして受付係を手招きする。
「ここって‥‥その、秘密は守ってくれるんだよな?」
 受付係は相手の余りにも不審な様子に、何か武器でも隠し持っているのではないかと疑ったが‥‥それは大丈夫のようだ。
 男はただ怯えているだけらしい。誰かに追われてでもいるのだろうか?
「その、俺の事は‥‥内緒にしといて貰えるんだよな!?」
「‥‥ええ、勿論です」
 犯罪か何か、拙い事に関わっていない限りは‥‥と、受付係は心の中で付け加える。
「そ、そうか‥‥」
 相手の心の声など聞こえない男は、安心したようにほっと息をついた。
「あ、あのな‥‥ここから歩いて1日くらいの洞窟に、男が一人、倒れてる‥‥筈だ、多分」
「‥‥多分、というのは?」
「あ、いや、俺は‥‥その、現場は見てないんで‥‥仲間が、そう話してたから‥‥でも、もしまだ生きてるなら‥‥いや、生きてたら、ひと思いに殺して貰ったほうが、良いか‥‥」
 男の話はどうにも煮え切らない。
 その男を助けて欲しいのか、それとも‥‥止めを刺して欲しいのだろうか?
「だ、だってよ‥‥奴が生きてたら、絶対復讐に来る‥‥!」
 男は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「‥‥俺は、反対したんだ。罠にかけるなんて、卑怯な真似はやめようって‥‥でも、仲間の言う事には逆らえなくて‥‥っ!」
 どうやら彼は、何やら後ろめたい組織で後ろめたい事に加担したらしい。
 それを今では後悔している様子だが‥‥。
「奴がもしまだ生きてるなら、助けてやってくれ。でも‥‥奴が、お、俺も見逃してくれないようなら、そ、その場で‥‥片付けて、ほしい」
「殺人の依頼は受けられませんよ」
 受付係の言葉に、男は見るからに落胆した様子で言った。
「‥‥ああ、そりゃ、そうだよなあ‥‥。でも、そうでなきゃ、俺が殺される!」
「‥‥先程から聞いていると、その人は余程恐ろしい人物のようですが‥‥一度は裏切ったとは言え、あなたはその人を助けようとしている‥‥それを知った上で、それでも刃を向けるような人なんですか?」
「‥‥ああ、まあ‥‥腕は立つけど‥‥人望は、なかったな。俺の物は俺の物、他人の物も俺の物、って感じで‥‥」
 その横暴に堪りかねた仲間達が、今度の事を計画したらしい。
 財宝が眠っているという話をでっち上げ、複雑な構造の洞窟に誘い込む。
 だが、待っていたのは財宝ではなく‥‥
「罠だった、って訳さ」
 足元が崩れやすいように細工した洞窟内の崖に誘い込み、崩れた崖ごと下へ突き落としたらしい。
「‥‥多分、生きちゃいないだろうけど‥‥とにかく、生きてるのか、それとも死んじまったのか‥‥その確認だけでも頼む。生きてるなら‥‥俺は逃げなきゃならんし、そうでなかったら‥‥化けて出たりしないように、何とかしてくれ!」

●今回の参加者

 ea3783 ジェイス・レイクフィールド(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3333 衣笠 陽子(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「イギリス紳士としては、助けを求めている人が居ると知っては助けに行かぬ訳には行きません」
 例えその相手が如何なる人物であろうと‥‥と、依頼人から改めて話を聞いたロッド・エルメロイ(eb9943)は言う。
「まあ野郎が死んでいれば丸く収まりそうな感じもするが‥‥依頼の趣旨にも合いそうも無いから仕方あるまい。助けに行ってやるか」
 ジェイス・レイクフィールド(ea3783)はいかにも気乗りしない様子で腰を上げるが、本当に死んでいても構わないと思うならこんな所にはいないだろう。
「時間が無い。まず、依頼人。名前を教えてくれ。じゃないと誰を許すように言えばいいのかわかんないから」
 空木怜(ec1783)の問いに、依頼人はトムだと答えた。
「‥‥ありふれた名前だな‥‥まあいい。それとその男の特徴。洞窟の中で倒れてる、イコールその男って判断するわけにもいかんから。洞窟までの道順ももちろん頼むぞ」
「あ、道順ならここに‥‥」
 怜は手渡された地図をざっと見ると、オドオドとした様子でこちらを伺っている依頼人に視線を移した。
「‥‥というか、その男に許して貰いたいなら、あんたが一緒に来て助けるって手も無くはない」
「俺が!?」
「洞窟内は危険だが、洞窟までの案内だけでもポイントにはなるだろ」
「でも‥‥」
「そうだな、あんたもとりあえず加担したって事は、洞窟内の道順もある程度わかってるって事じゃないか?」
 と、ジェイス。
「それは、そうだけど‥‥でも、一緒に行って、もしあいつが生きてたら俺、殺される!」
「それは大丈夫です。復讐を思い留まらせるべく、私達が説得しますから」
 再び頭を抱えてその場に座り込んだ依頼人に、衣笠陽子(eb3333)が言った。
「あなただって、その人に生きていて欲しいからこそ私達に助けを求めたのでしょう?」
 その問いに、曖昧な様子ではあったが、依頼人は確かに頷いた。
「だったら、案内は必須だろ。あちこち迷って時間を食ったら助かるモンも助からないからな」
「行くか行かないか、さっさと決めろ。何しろ時間がないんだ、あんたが迷えば迷う程そいつが助かる可能性は低くなるんだぞ?」
 ジェイスと怜に詰め寄られ、依頼人は渋々ながらも同行を決めた。

「さてと、ここまでは順調だが‥‥」
 依頼人にセブンリーグブーツを貸し、全員で急ぎに急いだ洞窟までの道中。
 問題はここから先だ。
 依頼人も下見に付き合った事はあるようだが、道順などは殆ど覚えていないらしい。
「折角ここまで来たんだ、潔く最後まで付き合えよ。ますますポイント上がるぜ?」
 洞窟内には入りたくなさそうな依頼人の背を怜がどつく。
「でも俺‥‥自慢じゃないけど役に立たないし」
「その下見の時に、何か目印になるようなものは残さなかったのでしょうか?」
 全員にフレイムエリベイションをかけながら、ロッドが訪ねた。
「そう言えば小石を積んでたけど、帰りに全部崩してたし‥‥」
「万が一、そいつが生き延びたとしても戻って来られないように、って訳か。意外と用意周到と言うか‥‥そこまでやるからには、生きて出てきた時にどんな目に遭うか、覚悟は出来てるって事だな」
 ジェイスがニヤリと笑う。
「その場所までは、どれ位かかるんだ?」
 怜はランタンに灯をともし、先頭に立って歩き出す。
「‥‥道を知っていれば1時間程度‥‥かな。それほどの難所はなかったと思う」
「それでも、俺らなら2〜3時間かかると見といた方が良いか」
 一行はランタンの明かりと、依頼人のいかにも頼りない記憶、そして冒険者としての勘を頼りに洞窟を進む。
「何度か人が出入りしたなら、多少の痕跡は残ってる筈だな‥‥こっち、か?」
「ああ、何となく人に踏まれたような跡がある‥‥ような気がするな」
「ここに散らばった石、何となく不自然な気が‥‥しませんか?」
 分かれ道の度にそんな会話が交わされ、選んだ道にロッドが陽子から借りたダガーで目印を刻んで行く‥‥目印を付けるというアイデアは良かったのだが、道具を用意する事までは思い至らなかったようだ。まあ、それは誰かに借りれば済む事だが。
 時折、陽子がテレパシーで呼びかけるが、相手の事をよく知らなければ通じる事も、返事が返って来る事もない。
「‥‥迂闊でした。これでは探しようがありませんね‥‥」
 落ち込む陽子に、ジェイスが声をかけた。
「そこは地道に足で探すさ。通じたとしても、気を失ってたら返事は出来ないし‥‥死んじまってる可能性もある訳だしな」

 そうして進む事2時間余り。
「‥‥ここは、見覚えがあるような‥‥?」
 天井が高く広場のようになった場所に出た時、依頼人が立ち止まり呟いた。
「ああ、止まって! そうだ、そこの岩棚に仕掛けを‥‥!」
 指差された場所にランタンの光を向けると、確かにそこには崩れたような跡がある。
「あそこか‥‥」
 足元がそれ以上崩れない事を確かめてから、怜が光をかざして崖下を覗き込む。
「おおい、生きてるかー!?」
「だ‥‥誰かいやがるのか畜生! さっさと助けやがれバカヤロー!」
 下から、すぐさまそんな元気な声が返ってきた。
「‥‥憎まれっ子、世にはびこる‥‥いや、はばかる、だっけか?」
 ジェイスが溜息をつく。
 このまま見捨てて帰りたい気分が冒険者達の間に充満するが‥‥まあ、仕事は仕事。
「仕方がない、行きますか」
 紳士のロッドまでもが気乗りしない様子だが、それでもロープを取り出し、手近な岩にその端を結び付ける。
 だが、1本では下まで届かないようだ。
「けっこう深いな‥‥」
 怜がそこに自分のロープを継ぎ足し、所々に結び目を作る。
 誰もクライミングの技術を持たないのが不安ではあったが、まあ何とかなるだろう。
「あんたはここで、ロープが解けないように見張っててくれ」
 依頼人にそう言い残すと、冒険者達は次々とロープを伝って崖下へ下りて行く。
 彼等が到着するまでの間、要救助者イアンは自分を罠に填めた仲間達や、果ては神や悪魔にまで、ひたすら呪いの言葉と悪態を吐きまくっていた。
「どうやら、動くのは口だけのようだな‥‥それにしても、悪運の強い野郎だ」
 大きな岩の隙間に上手い具合にはまり込んだ形のイアンを見て怜が呆れたように呟く。
「だ、誰だ貴様!?」
「移動診療所『赤銀の羽根』参上。俺は院長の空木怜だ‥‥ってか、わざわざ助けに来てやった者に対してその言い草はどうかと思うが?」
「まあ、人間、傍若無人にやっていると何時かしっぺ返しが来るっていう典型的な話だよな。だからって殺してしまうっていうのはまた別の話だとは思うが‥‥何ならこのまま見捨てて帰っても良いんだぜ?」
 足首を岩の間に挟まれて身動きがとれないらしいイアンの傍らに座り込み、ジェイスがにこやかに微笑んだ。
「あ‥‥足が‥‥抜けねえんだ。頼む、助けてくれ、お願いします!」
「そうそう、そうやって最初から素直に頼めば、要らん波風も立たないってモンだ」
 言いつつ、ジェイスはイアンの足元に回る。
 片足が嫌な形に折れ曲がり、足首は大きな岩に押しつぶされていた。
「この岩は、俺達の力じゃ動かせそうもないな」
 ジェイスはどうする、と、怜を見た。
「寧ろこれだけの怪我で済んだのが奇跡だな」
 怜がざっと調べた所、それ以外には大した怪我もない。体力もまだ充分あるようだ。
「‥‥切るぞ。それが嫌なら、このままここで朽ち果てるのを待つか‥‥どっちが良い?」

「‥‥イアン‥‥!」
 足首を切断され、止血と応急処置が施されたイアンが崖の上に引き上げられる様子を岩の影から見守っていた依頼人が、おずおずと顔を出す。
「‥‥トム! この裏切り者‥‥っ!!」
 拳を振り上げようとしたイアンを怜が止めた。
「今あんたが生きてるのは、そいつのおかげではあるよな? もっと良い助け方があったかもしれないし、確かに一度は裏切ろうとしたようだが‥‥」
「こいつに仕返しするのはお門違いだろうぜ? 他の奴等にはどうしようと構わないがな」
 ジェイスは筆記用具を差出し、一筆書くように迫る。
「命を助けて貰った代わりに、こいつには決して仕返しをしないし近付かない‥‥そう誓って貰おうか」
「きちんと誓って頂かなければ洞窟の外へお連れする事は出来ません。あなたは今、おひとりで歩ける状態ではないのですよ?」
 陽子が手持ちの保存食を差出しながら言う。
「ここは復讐を思い止まり、自分の日頃の行いを省みるのが吉であると占いにも出ています」
「何故、こんな罠に填められるような事になったのか、心当たりはありませんか?」
 ロッドが問うが、本人は自覚も心当たりも全くないと言う‥‥まあ、よくある事だ、こういう唯我独尊タイプには。
「とにかく、手を汚し自らを歪めるような事は止めるべきです。そんな事をしても平穏は取り戻せません。もしもそれが大切な者を守る為の戦いならば、私には止められませんし、止める言葉も持ち合わせてはいませんが‥‥」
「ああ? んなムズカシーこたわかんねえよ!」
 イアンが吠え、依頼人を指差した。
「とにかくアレだ、こいつには手ェ出さなきゃ良いんだろ!?」
「‥‥まあ‥‥そうですね」
「わかった、誓うよ。で、どうすりゃ良いんだ? 俺は字なんか書けねえぞ?」
「指印押しとけ、それだけで良い‥‥嘘ついたら俺が地獄の底まで追いかけて叩きのめして、またこの洞窟に放り込んでやるからな」
 イアンは渋々ながらもナイフで自分の指に傷を付け、血判を押す。
「もし何か‥‥困った事があったら、我々冒険者を頼って下さい。出来る限り力になりますし、相談にも乗りますので」
「ま、あくまで合法的にやるなら、だがな。‥‥と、それより、まずはここを出るのが先だ」
 怜が毛布で即席の担架を作りイアンを乗せる。
 薬の効果で傷は治っているものの、すっぱり切られた足首から先は戻らない。
「教会には運んでやるが、治療費は自分で何とかしろよ?」
 崩れた崖から先、ランタンの光も届かない奥の方にはまだ何かがありそうな気もするが、その調査はまた後で、装備と人数を整えてからだ。
 一行はロッドが付けた目印を頼りに出口を目指した。