【ミノタウロスの花嫁】狙われた村

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月18日〜01月24日

リプレイ公開日:2008年01月28日

●オープニング

 ‥‥あれ以来村には何事もなく、平穏な日々が続いていた。少なくとも、表向きは。
 だがあの娘は難を逃れ、村へは戻らなかった。恐らくそのまま、弟と共に婚約者の元に落ち着いたのだろう。
 娘の家族には、二人とも怪物に襲われて死んだと伝えてある。この村に真実を知る者は他にいない筈だ。いや、大人達は薄々勘付いて‥‥それどころか、知っているのかもしれない。
 誰も、何も言わないのは、恐らく知っているからだろう。それがなければ、この村が立ち行かない事を。
「しかし‥‥」
 と、村長は腕を組み、足でカタカタと小刻みに床を鳴らす。
「あの娘がどこまで知っているかはわからんが‥‥怪物の件は既に余所者に知られておるだろう。知られれば、また誰かが調べに来るかもしれん」
 怪物はただの作り話だ。その実体は、毎年のように若い女性を要求してくる人買い組織。
 そしてこの村は、その代金として支払われる金に命を握られていた。この周辺は土地が痩せ、どんなに頑張っても村人全員を養えるような収穫は得られないのだ。あの金で食糧を買わなければ、毎年2〜3人は育たない子供が出るだろう。
 それでも、この土地を捨てる事は出来ない。
「ここが、わしらの故郷だからな‥‥」
 しかし、今年はその収入がなかった。そして例の組織からも何の連絡もない。
 あれは、これからも続くのだろうか?
 続いて貰わねば困る。人買いに売られるからといって、必ずしも不幸になるとは限らない。一人の犠牲で村の全員が助かるなら、安いものだ。
 だがこちらから連絡を取ろうにも、その手段がない。
「さて、どうしたものか‥‥」

 村長がそんな事を考え、思い悩んでいた矢先。
 彼の家の玄関先に、一本の白い矢が突き刺さった。
 そこに結ばれていた文には赤い文字でこう書かれていた。
『近く参上。三人の花嫁を用意されたし』
「さ‥‥三人!?」
 村長は思わず声を上げた。
 これは今だけの事なのか、それともこれから毎年‥‥? だとしたら、三人とは多すぎる。それでは若い娘がいなくなってしまうではないか。
 しかし断ればどうなるか‥‥考えたくない。
「‥‥村を守る為‥‥仕方あるまい‥‥」


 そんな折、村外れにある一件の小さな家では小さな事件が起きていた。
「‥‥父さん、母さん!」
 誰もが寝静まった夜中、声を潜めたその呼び掛けに、なかなか寝付かれずにいた両親は驚いてベッドから飛び出した。
「‥‥マーカス‥‥? マーカスか!?」
 父親が小さく開けた戸の隙間から転がり込んできたのは、姉と共に怪物に殺されたと言われていた息子の姿だった。
「父さん、母さん、僕、迎えに来たんだ。逃げよう!」
「‥‥逃げる‥‥?」
「うん。今、兄さん‥‥あ、姉さんの旦那さんね。姉さんも無事だから。それで、兄さんが今、詳しい人に頼んで色々調べてくれてるんだ。それで、怪物なんかホントはいなくて、人買いの仕業だって‥‥」
 だが、それを聞いて父親は首を振った。
「‥‥それは、知っていた。だが、だとしても俺達はここを動く事は出来ん。お前とリンダが無事だとわかっただけで十分だ。‥‥さあ、帰れ。他の者に気付かれないうちに」
「何で!? 知ってるなら、なんで黙ってたの!? なんで姉さんを生贄に出したの!?」
「子供は知らなくていい。さあ、帰れ。お前達はもう死んだんだ。二度とここへは来るな!」
 そう言うと、父親は息子を外の闇に放り出し、ピシャリと戸を閉めた。

「‥‥泣くな、坊主」
 闇の中、しゃくり上げながら戻ってきたマーカスの頭を、待っていた男が大きな手でぐしゃぐしゃと掻き回した。
「大丈夫だ。黒幕を潰せば、きっと全部が元通りになる。いや、元通りとはいかねえな。姉さんは嫁に行っちまったんだから」
 寂しいか、と、笑いながら更にぐしゃぐしゃ。
 少年は黙ってされるままになっていた。その無精髭が伸び放題になった厳つい顔つきの男は、一見怖そうだが悪い奴ではない。いや、信頼していいと、ここ数日行動を共にした少年にはわかっていた。
「親父とお袋の安全は、俺や冒険者達が必ず守る。いいな?」
 ふと笑うのをやめ、真面目な調子でそう言った男の言葉に、少年は黙って頷いた。
「‥‥よし、じゃあ行くか」
 少年を馬の後ろに乗せ、男は静かに鄙びた村を後にした。
「奴等には俺も、ちょっとした因縁があるんでな。今度こそ、根っこの最後の一本まで引っこ抜いて灰にしてやるぜ‥‥!」
 そう独り言のように呟いて‥‥。


 そして翌日。
 キャメロットの冒険者ギルドには、また新たな依頼が張り出される事となった。
 内容は、とある村を食い物にしている人買い組織の調査と撲滅。
 まずは近いうちに新たに差し出される三人の「生贄」を守り、引き渡しを阻止する事。
 だが、下手に動くと組織の逆鱗に触れ、村を壊滅へと導く事になるかもしれない。
 それに、村にそうせざるを得ない事情があるなら、組織を潰しても根本的な解決にはならないだろう。
 色々と難しそうな依頼だった。

●今回の参加者

 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レア・クラウス(eb8226)/ サスケ・ヒノモリ(eb8646

●リプレイ本文

 その日、村の広場には楽しげな楽の音が流れていた。
 人々の行き交う街道からも外れたこの村を、吟遊詩人が訪れる事は滅多にない。いや、外から人が訪れる事自体が、この村にとっては珍しい出来事だった。
 その吟遊詩人、カイト・マクミラン(eb7721)は歌と演奏を披露しながらさりげなく周囲に気を配る。村の戸数と大体の位置関係の確認、それに様子のおかしい者はいないか‥‥生贄を差し出す家には目印として黒い矢が放たれるというが、それらしき物はまだ、見当たらなかった。
「生贄の件はまだ村長さんの胸の内って事かしらね?」
 夕暮れ、人影の消えた広場でカイトはひとり呟き、宿を乞う名目で村長の家に向かった。

「このままだと、そのうち年寄りしかいない村になっちゃうんじゃないの? 見た所、この村にはもう若いお嬢さんは残り少ないみたいだし」
 半ば強引に上がり込んだ村長の家で、周囲に誰もいない事を確認すると、カイトは単刀直入に言った。
「‥‥何の事だ?」
 しらを切り通すつもりらしい村長に、カイトは構わず続ける。
「村長さんは村を守るつもりでいるのかもしれないけど、そうなってしまったら村が消えてゆくのは避けられないわよね? ここらで何か手を打たなきゃ‥‥奴らの恨みはアタシ達が買ってあげるから、ね♪」
「そうか、お前‥‥この間の連中の仲間だな!? 言っただろう、余計な事はするなと!」
「だが『余計な事』をしなければ、奴等はつけ上がるばかりだぞ」
 戸口の向こうから声がした。
「‥‥誰だっ!?」
 声の主、レイア・アローネ(eb8106)は二人の仲間と共に、僅かに開けられた戸の隙間から闇に紛れて室内に滑り込む。
「‥‥生贄が、増えたのだろう? このまま奴等の要求を呑み続けるとして、いつまで続けられると思う?」
「何故、それを‥‥!?」
「知り合いに、人買い組織を追っかけてる爺さんがいてな‥‥」
 先日の手荒な真似を詫びてから、来生十四郎(ea5386)は少しでいいから話を聞いて欲しいと村長に頼み込んだ。
「あんた、何であんな連中の言いなりになる? 事情があるなら聞かせちゃくれないか?」
「先日は関わるなと言われたが‥‥既に関わってしまった事だ。このまま放っておけようか」
 エスリン・マッカレル(ea9669)が言った。
「生贄を出せと言われたなら、私達がそれに成り代わろう。だから教えてくれぬか。何故、彼奴等の言いなりになっておられるのか?」
「どちらにしろ我々は奴等を潰す。ならば‥‥」
「や、やめろ! 奴等には手を出すな!」
 レイアの言葉に村長は血相を変えた。そして、この村の「事情」と「奴等」がいかに恐ろしいかを、渋々ながらも語り始める。
「逆らえば村ごと潰される。だから‥‥どうか、このまま帰ってくれ。言う事を聞いている限りは、この村は安全なのだ!」
「安全‥‥か。確かに生贄にされる心配のない者にとってはそうかもしれんが」
 今年は誰が生贄にされるのかと怯えながら暮らす事の、どこが安全なのかと十四郎が問う。
「このままじゃ、村も村人も食い物にされ続けるだけだ。それでも今のままが良いってのか?」
 だが、村長の答えは変わらなかった。

「‥‥仕方ないわね。アタシ達が勝手にやった事にしましょ」
 村の外で待つ仲間の元に戻ったカイトの言葉に、全員が頷いた。
「しかし、土地が痩せて収穫量が足りない。よって食料の不足分を買う金が要る‥‥か」
 話を聞いた空木怜(ec1783)が言った。
「それで、どれ位不足してるんだ?」
「それがな‥‥」
 十四郎が援助を申し出たが、村長は施しは受けないと頑なにそれを拒否し、結局何も聞き出す事は出来なかったのだ。
「まあ、そうじゃろうな。毎年そうして援助する訳にもいかんじゃろうし」
 カメノフ・セーニン(eb3349)が言った。確かに、他人に頼るだけでは根本的な解決にはならない。
「一時凌ぎなのはわかってるさ。その間に何か良い方法を見付けられればと思ったんだがな‥‥」
「確か、痩せた土地でも育つような薬草か何かがあったと思ったんだが‥‥その辺りは後で調べておくか」
「私も、後で調べてみる事にしますわ。これといった知識はないのですが‥‥」
 と、サクラ・フリューゲル(eb8317)。
「でも今はそれよりも、いかにして生贄が差し出されるのを防ぎ、その後に予想される襲撃から村を守るか、ですわね」
「ああ、関わっちまった以上は、村に被害が出たらそれは全て俺達の責任だ。覚悟は出来てるんだろうが‥‥」
 ガルムが一同を見渡した。勿論、失敗が許されない事は誰もが承知している。
「覚悟は出来ていますが‥‥防衛するための方法どうするかな」
「おいおい、どうするかなって、それを考えるのがあんたらの仕事だろうが」
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)の言葉にガルムは肩をすくめて見せる。
「だが、すり替わりってのは、どうだろうな‥‥」
 冒険者を商品として送り込む、その手は既に一度使っている。それに今回も冒険者達が動くであろう事は相手も予想して来る筈だ。
「十中八九、その時と同じ組織だ。支部は違うかもしれんし、横の連絡は殆どないらしいが、それでも襲撃の噂位は聞いているだろう。まず間違いなく見抜かれるだろうが‥‥それでも、やるか?」
 その問いに、エスリン、レイア、サクラの三人は迷いもなく頷いた。
「正直、それ以外の手を思いつかなかった、というのもあるが‥‥な」
 エスリンが自嘲気味に笑みを漏らす。
「とにかく、マーカス殿は私が姉御の処へ送り届けよう。その程度の余裕はあるだろうからな」
「でも、僕の村の事だ。僕も何か‥‥!」
「ああ、気持ちはあわかるよ、お前は漢だからな。だが‥‥」
 今回は安全な所に居てくれるのが、村の為に一番役立つのだと怜に言い含められ、マーカスは渋々ながらも納得したようだ。
「‥‥わかった。だから、ちゃんと守ってよ? 父さんや、母さんや、村の皆‥‥」
 その言葉に、全員が力強く頷き返した。

 そして当日。
 生贄が出される筈の家に刺さった黒い矢は、早朝の散歩に出たカイトの手によって引き抜かれ‥‥つまり、その日に生贄が差し出される事を知っているのは村長と冒険者のみ。
 そして村長は、毛布で簀巻きにされ、猿轡をかまされた状態で自宅の納屋に転がされていた。
「すまんな、無事に事が済んだら解いてやるから、暫く我慢してくれ」
 奴らの目を誤魔化す為だが、余り良い気はしない‥‥と思いつつ、十四郎はその場を去る。
 やがて取引の時間が来た。既に夕刻。場所は‥‥いつもの通り、例の洞窟の前。
 村娘に化けた三人の冒険者は、すり替わりに気付かれる事なく洞窟の中へと連れ込まれた、かに見えた。
 だが‥‥
「どうやら、村長さんは村を潰されたいようだねぇ」
 洞窟の半ばまで進んだ頃、先頭を行く男が振り返り、言った。
「あんたら、村のモンじゃないだろ。聞いてるぜ、俺達のアジトを探ってるうるさいハエがいるって事はねぇ」
 同時に、周囲を取り囲んだ者達が一斉に剣を抜いた。
「あんたらアレだろ? 案内役? 困るんだよね、そういう事されちゃ」

「‥‥バレたわ!」
 洞窟の外からテレパシーで連絡を取っていたカイトが叫ぶ。
 同時にカメノフがウォールホールのスクロールを使い、入口を塞ぐ大岩に穴を開ける。そこからルーウィンが飛び込み、生贄役の武器を持ったカイトと、少し遅れてガルムが続く。
「‥‥ちっ、お仲間か」
 逃げようとした男達の後ろから、カメノフがグラビティーキャノンを放つ‥‥仲間をも巻き込んで。
「おお、すまんのう、お嬢さん方」
 だが、こうでもしなければ逃げられてしまう‥‥それに、村娘姿の彼女達が転倒する際にスカートがめくれるかもしれないという、淡い期待もあったり?
 しかし三人は踏ん張った。カイトが追い付き、それぞれに武器を手渡している間にサクラがリカバーをかける。
「さて、反撃開始だ!」
 武器を手にし、生気を取り戻したレイアが嬉々として叫んだ。やはり戦士たる者、丸腰では何かと不安なようだ。

 一方、洞窟の出口では異変を感じたのか、待機していた馬車がゆっくりと動き出した。
「残った仲間は見捨てるつもりか‥‥」
 ペガサスのブリジットに乗り、遠く離れて見守っていた怜が呟く。だが、まだ動けない。追跡は100m圏外から、それも相手に見つからないように。見失っても気付かれても終わりだ。
「しかし暗いな」
 隣でフライングブルームに跨った十四郎が言った。視力には自信がある方だったが、既に辺りは闇に呑まれようとしていた。月が出るにはまだ早い。頼りは僅かな星明かりのみ。果たして見失わずに追えるだろうか?
 幸いな事に‥‥いや、それがこの事件のそもそもの原因ではあるのだが、この辺りの土地は殆どが痩せた荒野だった。馬車の姿を隠すような物は何もない。やがて馬車は小さな町に入り、その外れにある廃屋の前で止まった。
 馬車から二つの人影が降りる。
「別の馬車に乗り換えるのか?」
 だが、その気配はない。怜は十四郎を見張りに残し、仲間を呼びに戻る。モタモタしているとまた動き出すかもしれない。失敗の報を受けた幹部が例によって逃げ出すかも‥‥。時間との勝負だった。

 やがて洞窟内の攻防を制した仲間達を連れて戻った怜は、廃墟の内部をバイブレーションセンサーで探ってみる。
 だが、中に人のいる気配はなかった。
「どういう事だ‥‥?」
「いや、出て行った者はいない筈だ。どこかに隠し通路でもあれば別だが‥‥」
 怜の問いに十四郎が答える。
「この場所はもしや、作戦が失敗した時の為の囮‥‥か?」
 エスリンが言った。用心深い彼等の事、それ位の策は講じてあってもおかしくない。
 一行はとりあえず中に踏み込んでみたが、やはり人の気配はない。それどころか、何かに使われていた形跡さえなかった。
「‥‥また、やられた‥‥っ!」
 誰かがそう、悔しげに呟く声が聞こえた。