【ミノタウロスの花嫁】もう二度と‥‥!

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 66 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月18日〜02月25日

リプレイ公開日:2008年02月27日

●オープニング

 ‥‥奴等の事だ、必ずまたやって来る。
 完全に叩き潰すか、こちらが潰されるか‥‥そのどちらかでない限り、何度でも。

 村長は村の子供7人と共に目隠しと猿轡をされたまま、どこへ向かうのかもわからない馬車の荷台に揺られていた。
 今更こんな事をしても無駄かもしれない。
 子供達を差し出しても、結局村は滅ぼされるのかも‥‥。
 だが彼に出来る事はもう、それしか残されていなかった。残されていないと思い込んでいた。
 村人達が半ば共犯だったとしても、最初に人買いの要求を呑み、それを長年に渡って続けて来たのは自分だ。
 このまま村長として村に留まる事は出来ない。
 だが、村を去るなら何か少しでも彼等の役に立てる事はないか、そう考えていた時に、奴等から連絡が来た。
 最後にこの要求を呑むなら、残った村の者には二度と手出しをしないと。
 奴等がその約束を守るか否か、それはわからない。
 だが、信じるしかなかった。
 人買いに頼らずにやっていく方法は、あのお節介な冒険者とかいう連中が探しているらしい。
 もし彼等が役に立たなくても、ここが手を切る潮時だろう。
 子供の口を減らせば今の状態でも何とかやっていける‥‥。

 やがて馬車は止まり、子供達がどこかへ移される気配がした。
 だが、誰も村長には動くようにとは言わなかった。
 その代わりに聞こえた声、それは‥‥
「ご苦労だったな。小汚ぇガキどもだが、磨けば少しはマシになるだろう。約束通り、お前の村にはもう二度と手出しを‥‥」
 相手は、そこで少し笑ったようだ。
「しない、とでも言うと思ったか?」
 村長の意識はそこで途切れた。
 彼が最期に強く願ったのは、残った村人達の無事と‥‥後悔。
 もっと他にやるべき事、出来る事があったかもしれないのに、結局は最期まで過ちを正せないまま‥‥

 彼は知らなかった。
 7人の筈の子供の数が、いつの間にか一人増えていた事を。
 そして彼等を救うべく、冒険者達が追跡を続けていた事を。


「‥‥ああ、大体の位置は掴んだ。後はまた、どこかに場所を移される前に助け出すだけだ」
 冒険者ギルドのカウンターで、ガルムは言葉少なにこれまでの経緯を語った。
「マーカスって坊主が、囮になって潜り込んでる。そいつを助け出すのが今度の仕事だ‥‥まあ、ついでに組織も潰せれば言う事はねえんだが‥‥」
 そちらには正直、余り期待はしていない。
「だがとにかく、俺達がしつこく食い下がりゃ、少なくともあの村を狙う事はなくなるだろう‥‥あそこを狙うと面倒な事になる、奴等にそう思わせる事が出来りゃ上出来だ」
 今現在は、他に人を雇って周囲の監視に当たらせている。今の所これといった動きはないようだが、マーカスとテレパシーで会話出来る者がいない。彼等が運ばれたと思われる建物、その中で何が起きているのか、彼や他の子供達が今どうしているのか、それはわからなかった。
「とにかく事は一刻を争う。まだ全員が一ヶ所に留まってるうちに手を打たねえと‥‥」
 彼等が出荷されてしまった後では、追うのは不可能に近い。マーカスでさえ、テレパシーが通じるとは言え、それで発信源の場所を探れる訳ではない。センサー系の魔法とは違い、テレパシーが届くならその周囲の一定の範囲内にいると、そんな大雑把な事しかわからないのだ。実際、前回も目視による追跡が主だった。
「連中は色々と小細工をしやがるからな。誤魔化されない為には、まあ役には立ったが」
 乗り換えた馬車のどちらに乗せられているかわからなくても、テレパシーが届く距離まで近付いた時に反応がある方を追えば良い。
 運び込まれた建物が正確にわからなくても、範囲内にあるアジトに使えそうな建物は限られてくる。
「まあ、連中が好んで使いそうな建物は大体わかってるからな」
 町なかにある、一見それとはわからないような建物。或いは地下に改造を施した廃屋や、人気のない場所に口を開けた洞窟など‥‥。
「今回は町のド真ん中だ。見た目はちょいと豪勢な商家って所だが、少なくとも表向きは、何かの商売をしている気配はねえ。出入りしてる人間も至ってマトモに見えるが‥‥」
 だからこそ、廃墟や洞窟のような使い捨てのアジトとは違い、上の連中がいる可能性も高い。
「ま、それならそれで、裏口や抜け道なんかの用意も万全だろうがな」
 場所はマーカスの村から歩けば丸一日はかかる小さな町。
 建物に出入りしている人間は一般人と区別が付かないので、間違って無関係な人間に危害を加えないよう、襲撃の際には注意が必要だろう。
「奴等は最悪、逃がしても仕方ねえが‥‥ガキ共だけは何としても奪い返す。頼むぜ」

●今回の参加者

 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●サポート参加者

マロース・フィリオネル(ec3138)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793

●リプレイ本文

「‥‥まったく無茶をしよるわい」
 いつもの様に近くの酒場に顔を揃えた冒険者達。
 カメノフ・セーニン(eb3349)は自ら敵のアジトに飛び込んだマーカスの無茶を嘆く。
「じゃが、わしらもそれくらいせねばのう‥‥」
 この件に関わって以来、目の前の事件については何とか成功を収めて来たが、それはあくまで対症療法の様なもの。残念ながら、根本的な解決にはなっていなかった。
「マーカス殿が、その身を懸けて与えてくれている好機だ。子供達の救出は無論、今度こそ彼奴等を‥‥!」
 これまでガルムと共に組織を追い続けて来たエスリン・マッカレル(ea9669)‥‥今度こそ、という思いはひときわ強いだろう。
「ええ、これ以上、悲劇を増やす訳には行きません。必ず、子供達を助け、組織の上層部を叩き潰しましょう」
 その為には建物の構造や間取り等を調査する必要が有る、と、ロッド・エルメロイ(eb9943)が言った。だが、相手も警戒しているだろう。悟られずに調べるにはどうすれば良いか‥‥
「確かに、普通にやれば目立つだろうな」
 空木怜(ec1783)が言った。
「それを避けるためにも幌付きの馬車位は用意したい所だが‥‥借りるのは難しいか」
「そうだな、高価なもんだし‥‥見ず知らずの人間に、そうそう貸せるもんでもないだろう」
 来生十四郎(ea5386)は以前にも仲間が貸出を断られた件を思い出す。
「借りるのが難しいなら買うまでだ。相場以上の額でも積んでやるさ。それで救える命の価値なんざ天秤にも乗せられない」
 怜はそう言うが、そもそも馬車など持っている者の方が珍しいのだ。いくら金を積まれても手放せない事もあるだろう。
「‥‥そう言えば、連中が途中で乗り捨ててったのがあったわよね?」
 前回、村長と子供達を乗せた馬車を追ったカイト・マクミラン(eb7721)が言った。
「あれ、まだ残ってないかしら?」
「そうだな‥‥連中も、慌てて回収したんじゃ足が付く恐れがある。暫くはあそこに置きっ放しだろう」
 だが‥‥と、ガルム。
「流石にそのままじゃ使えねえだろ。何かしら、持ち主がわからねえように細工する必要があるな」
「それなら、私が何とかしてみましょう」
 メグレズ・ファウンテン(eb5451)が申し出る。木を使った細工物は得意だった。
 これは泥棒とは言わない。多分。そう、借りるだけだ‥‥そして奴等のアジトが暴かれた暁にはきちんと返すか、或いは正式に譲渡を申請すれば良いだろう。
 まずはそこに向かい、馬車を調達する。全てはそれからだ。

 岩と砂だらけの荒れた土地。所々に低木が僅かに根を張っている以外は何もないその場所に、一軒の打ち捨てられた屋敷があった。既に屋根もなく壁も半分以上崩れかかったその廃屋の影に、一台の馬車があった。
「流石に馬は連れて行った様だが‥‥まあ、馬に不足はないな」
 十四郎が仲間の連れている馬達を見て言い、何か手掛かりになるような物が残されていないかと馬車の中を覗き込む。
「‥‥!!?」
 そこにあったのは‥‥もう随分前に旅立ったのだろう、村長の亡骸。一体何があったのか‥‥それは遺体に問わずともわかる気がする。
「‥‥すまねえ‥‥」
 十四郎は持っていた毛布にその体を包んで馬車から運び出すと、雨風の当たらない場所にそっと寝かせた。
「‥‥申し訳ない事をしました。どんな手を使っても止めていれば‥‥」
 アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が手を合わせる。
「いや、私のミスだ」
 その後ろで、レイア・アローネ(eb8106)が拳を震わせていた。
「彼らが賊に逆らうという事がどれほどの事か‥‥それが、わかっていなかった。もう少し気を使って‥‥配慮をしていれば‥‥!」
「仕方ねえさ」
 その肩を、ガルムが軽く叩く。
「そうするしか、なかったんだろう‥‥ここまで来ちまった以上は、な」
「戻ったら、きちんと埋葬してやろう。出来れば、村の墓地に」
 十四郎が言った。それが無理なら、せめて村の見える場所にでも‥‥。
「だから、少しの間ここで待っててくれ」
「貴方の為にも、子供達は必ず助け村を救います」
 アクテが言い、最後にサクラ・フリューゲル(eb8317)が祈りを捧げた。
「子供たちは必ず助け出しましょう‥‥これ以上、悲しい事のないように」

 馬車に細工を施してアジトの調査に向かった仲間達と別れ、メグレズはひとり村へと馬を進めた。隠れて調査をするには自分は目立ちすぎる。それに自分が村で活動をする事によって、冒険者がまだ村で防衛に当たっていると思わせる事が出来れば、敵への牽制にもなるだろう。恐らく、風当たりは強いだろうが‥‥
 だが、村人達の反応は良好とまでは言えないものの、少なくとも敵意や反感は抱いていない様子だった。
「先の襲撃で傷ついた家などの修復を手伝わせて頂けないでしょうか」
 彼女の申し出に、村人達は素直に喜んでくれた。
「すまんが、力仕事を頼んで良いかね? 子供達が戻る迄に、直しておきたいんでね‥‥」
「はい、お任せ下さい」
 仲間の襲撃に合流するまで、メグレズはここで手伝いを続けるつもりだった。

 一方、アジトの調査に向かった仲間達は‥‥
「わたくし、武器と薬草を商っております」
 商人に扮したアクテが酒場の主人に尋ねた。
「この辺りに、そのような物を必要とされるご職業の方はいらっしゃいますか?」
「武器と薬草とは‥‥妙な取り合わせだね」
 主人が首を傾げる。相手がエルフの美人さんだというのも、これまた妙な取り合わせだ。
「そうでしょうか? 武器を必要とされる方なら、怪我をされる事も多いでしょう?」
 そして、アクテはふと気がついた様に外を見る。
「‥‥ああ、もしかしたら‥‥商売をするにはどこかで許可を得る必要があるのでしょうか?」
 表の立派な建物は商人達の元締めか何かだろうかと尋ねるアクテに、主人は首を振った。
「まあ、確かに許可は必要だろうが‥‥あれはただの商家だよ」
「商家‥‥ご商売は何を?」
「さあ、よくわからないが‥‥何だか色々と手広くやってるらしいな」
 まあ、手広い事は確かだろう。手広く「商品」を集めているという意味では。
「どんな方が出入りされているのでしょうか? その‥‥私のような一見の者が尋ねても追い返されたりしないかと‥‥」
「そうだなあ。売り込みに行くなら、行ってみても良いんじゃないか?」
 どうやら、周囲には悪い噂は流れていない様だ‥‥知っていて、隠しているのでもない限り。
 アクテがそうして情報を集める間、彼女が乗ってきた馬車は往来に置かれていた。商人が荷運びに使う物に見えるよう改造を施されたその荷台に乗せられて、いや、隠れているのは武器や薬草ではなく‥‥
『マーカス聞こえる?』
 カイトがテレパシーで呼び掛ける。
『‥‥カイトさん!』
 マーカスの思念が返ってきた。
『良かった、まだ無事ね? あ、嬉しそうな顔とか、しちゃダメよ? 連中に気付かれるといけないから』
『うん、わかった』
 という事は、室内は表情が見える程の明るさがある、という事か。窓があるのか、それとも照明か‥‥
『きるだけのことを教えて欲しいの。詳しいことが分からないなら雰囲気だけでもお願いね』
 そして、カイトは矢継ぎ早に質問を浴びせた。
 そこからわかった事は‥‥子供達は男女に分けられ、別々に閉じ込められている事。男の子が5人と、女の子が3人。売り物だけあって待遇は良く、部屋の中ではある程度の自由が利くようだ。
『僕、こんなお腹いっぱいになるまで食べたの初めてだ』
 などと、喜んでいる場合ではないのだが‥‥商品の扱いが丁寧である事は、救いではある。
『馬車を降りてからは、そんなに歩いてない。ええと、下に下りた気がする。窓はないよ。でも、いつも明かりがついてる。寝る時もずっと。おかげで時間がわかんないや‥‥』
 そこまで訊くと、カイトはマーカスに合図を送るように頼んだ。
『アタシが頼んだら、暇を持て余した振りをして壁づたいに部屋をぐるぐるまわって貰える? わざとらしくならないように‥‥出来ればドアの辺りで一度立ち止まってくれたりすると助かるんだけど』
『わかった。歩けば良いんだね?』
 そして、カイトは脇で同じように身を潜めている怜に、準備OK、と頷く。
「よし‥‥ロッド、悪いがフレイムエリベイションを頼む。初級だと10秒しか持たないんでな」
 言われた通りに魔法を付与したロッドは、自らもブレスセンサーのスクロールを開く。
 テレパシーと、バイブレーションセンサーと、ブレスセンサー。馬車の荷台にすし詰めになった男達の連携で、子供達が囚われている場所と、その広さ、そしてドアの位置は大体見当が付いた。
「後は見張りの交代時間だけど‥‥」
 人数は二人、食事を運んで来た者がそのまま交代するらしい。という事は昼間は三交代か。マーカスには正確な時間はわからないが、暫くこうして張り付いたまま連絡をとっていれば、交代の場面に出くわすだろう。馬車の荷台は窮屈だが、男なら我慢だ。
 三人はその後も、宿の外に置かれた馬車の中からアジトの監視を続けた。
「部屋の中の状況や、内部の人数、服装から、魔法使い等が居るか‥‥それに、地面から延びている隠し通路や、隠された壁‥‥なるべく多くの情報を掴んでおきたいですからね」
 ロッドが言う。そこから建物の構造や出入りの人間、隠し通路や逃走手段などを割り出せれば、かなり有利に事が進められるだろう。

 他の仲間も、それぞれの方法でアジトの周辺を調べていた。
 エスリンは町娘の服に着替え、散歩を装って辺りを探る。この町は街道沿いにあり、人通りもそれなりに多い。見知らぬ顔があったとしても怪しまれる心配は少なかった。
「しかし、町の周囲には身を隠せそうな場所はないか‥‥」
 マーカスの村の周辺よりはマシなものの、この辺りもそう土が肥えている訳ではなさそうだ。崖や洞窟などもなく、ただひたすら平らな地面が続いている。逃亡された時に追うのは楽そうだが。
 そして、例の建物には隠す風でもなく、当然のように何台もの馬車があった。商家ならば当然の事かもしれないが‥‥そこからは町外れに向かって一直線に道が伸びていた。
「まさか、ここから堂々と逃げるつもりではあるまいな?」
 秘密の通路などを作ってコソコソするよりは、その方が却って目立たないかもしれない。
「ふむ‥‥」
 そしてここにも、暇そうに町を散歩する爺さんがひとり。カメノフは建物の外観を一通り確認すると、露地に入ってエックスレイヴィジョンの巻物を広げた。
「ふぅむ‥‥」
 透視の対象を地面に指定し、地下室や抜け道を探す。だが‥‥
「真っ暗で何も見えんのう‥‥」
 この魔法で透視出来る対象は一つ。地面を透視しても、壁があればその向こうは見えない。壁がなかったとしても真っ暗な状態では、やはり何も見えない。
 仕方なく、カメノフは対象を変える‥‥道行く女性の服へと。って、何を見てますか爺さん。
「むうぅ‥‥」
 だから、透けて見えるのは一枚だけなんですってば。この時期、そんな薄着で出歩く女性などいる筈もない。上着を透かしても、見えるのはその下に来ている服だけだった。カメノフはがっくりと肩を落とす。
「仕方ないのう」
 諦めて、真面目に仕事をする気になったらしい。壁一枚のすぐ内側だけとは言え、何も見えないよりはマシだ。
 そして十四郎もまた、旅行者を装いながら町を歩き、様々な情報を仕入れていた。周辺の抜け道と、その経由点になりそうな入り組んだ裏路地を歩き、大体の地理を頭に入れる。
 その後、サクラと二人で自警団の本部へと向かおうとして‥‥ガルムに止められた。
「その中に、連中に通じてる奴がいたらどうする?」
「勿論、不審な動きをする者がいないかは、よく注意して見ておきますわ」
 サクラが言った。
「もし何かあれば、隠密に優れた方に知らせて後をつけてもらいつつ、他の方に素性を伺って‥‥」
「出がけにオグマの姉ちゃんも言ってたが、自警団も‥‥いや、この町丸ごと、奴等とグルだって事もあり得るんだぜ? 手は欲しいが、そいつは止めた方が良い」
 もし事前に襲撃の知らせが漏れれば、幹部などは当然逃げるだろう。
「だが、相手は商人を装ってるんだ。とっ捕まえたとしても、無関係なただの商人ですと言われりゃ、こっちには証拠も何もない。みすみす見逃すしかなくなっちまう‥‥まあ、どうやっても逃げられそうな気はするがな」
 それでも襲撃現場で捕まえた方が尻尾を掴みやすいのは確かだろう。
「そうだな‥‥自警団がまともに機能してるなら、騒ぎが起これば駆けつけて来るか」
 ただ、こちらが賊だと思われては困ると十四郎。
「では、説得と説明はその際に。助け出した子供達を連れていれば、信用して下さると思いますわ」
 その時には子供達も証人になってくれるだろう、とサクラが言った。

 その夜。宿の一室に顔を揃えた冒険者達は、それぞれが調べた結果を持ち寄り情報の整理に当たる。
 見える範囲と、各種のセンサー、それにマーカスの証言。それらを照らし合わせて簡単な見取り図を作った。それで見ると、子供達が囚われているのは建物の地下、その中心付近のようだ。人が歩く振動から得られた結果から察するに、階段は北側にあるらしい。正面の入口は南。
「正面からだと少し距離がありそうですね」
 アクテが言った。
「北にある裏口付近にウォールホールで穴を開けて貰った方が良いかもしれません」
「では、救出班はそこから侵入しましょう」
 と、ロッド。
「救出には私も加わります。途中でブレスセンサーと、エックスレイビジョンを使えば、より正確な位置が割り出せるでしょうから」
「襲撃は明け方が良かろうと思うのだが、どうだろうか。出来れば皆が寝静まった真夜中の方が良いのだろうが、それでは闇に紛れた敵への対処が難しくなる」
 エスリンの言葉に怜が言った。
「夜中よりも寧ろ、明け方の方が油断してるかもしれなな。真っ暗なのはこっちも困るし」
「では、それで。襲撃の合図はカイト殿のテレパシーでお願い出来るだろうか?」
「ええ、任せてちょうだい」

 明け方近く。建物の裏に回った十四郎は、中庭の隅にある物置に忍び寄る。中には馬を繋いだままの馬車があった。こんな時間でも馬を繋いだままにしてあるとは、いかにも緊急時の逃走手段らしい。
「しーっ。頼むから大人しくしててくれよ」
 十四郎は馬から引き具を外し、ついでに馬車の車輪をひとつ、音を立てないように気を付けながら軸から引き抜いた。
「これで、こいつは使えねえ、と」
 そして、そのまま襲撃の合図を待つ。目の前の扉は閉ざされたまま、中に人の気配もない。
「外れなら外れで他に回りゃ良い‥‥」
 と、言った所でふと気付く。
「もしかして、このドア‥‥アイスコフィンかなんかで固めて塞いじまった方が良かったか?」
 その時、頭の中に合図が響く。
「まあ、今更しょうがねえか」
 十四郎はドアの前で身構えつつ、敵が懐に飛び込んで来るのを待った。
 そして正面玄関では仲間と合流したメグレズがバーストアタックでドアを破壊し、嫌でも人の目を引き付けていた。
 突然の襲撃に驚き、逃げ惑う人々‥‥住込みで働く者か。だがその中に、彼等とは明らかに異質な者がいた。それは武器を手にメグレズと、後ろに続くエスリン、そしてガルムに向かって来る。
「妙刃、破軍!」
 メグレズはそれを派手に吹っ飛ばし、更に追い打ちをかけた。
「牙刀、剽狼!」
 敵の攻撃など、ものともしない‥‥と言うか、魔法ならまだしも生半可な物理攻撃は彼女には通用しなかった。まさに歩く壁。お陰で後ろのエスリンは落ち着いて敵の様子を観察する事が出来た。
 この組織に裏表があるなら、裏の顔を知らないのであろう一般の従業員が逃げ惑うのとは逆の方向に向かう男がひとり。
「‥‥伝令か!」
 幹部連中に知らせに行くのかもしれない。エスリンは狭い通路では役に立たない長い槍をその場に捨てると、愛犬セタンタと共に松明だけを手にその後を追う。階上の部屋に入ったのを見届け、エスリンは物陰に身を潜めた。
 暫く後、先程の伝令に伴われて部屋を出る男の姿が‥‥。彼等は余程慌てていたのか、目の前を通り過ぎてもエスリンの存在には気付かなかった。その後を、再び追う。
 彼等は隠し扉から隣の建物へと移り、そこから地下へ下りる。地下道は冒険者達の予想よりも遙かに遠くまで延びていた。やがて出口に辿り着いた時、そこにはいつの間にどこで調達して来たのか、二頭の馬が待ち構えていた。
「馬車ではないのか‥‥!」
 男達は馬に飛び乗ると、一目散に町の出口を目指して走る。
 エスリンは愛馬オーベロンを口笛で呼び、先回りすべく最短距離を全速で駆け抜けた。
「‥‥多少の怪我は我慢して貰おう」
 馬上から、乗り手の腕や足を狙う。暁の曙光が射す中、彼女の腕と視力なら、まず外す事はない。
 二人の乗り手はバランスを失い、地面に叩き付けられる。乗り手を失った馬達は暫く走ったあと、大人しく引き返してきた。
「‥‥さて、これが幹部の一人であってくれれば良いのだが‥‥」
 一方、子供達の救出に当たった者達は‥‥
「賊が一度獲物と狙った相手を逃さないというなら、私達は何度でも立ち塞がりましょう! ここで終わりにさせていただきます!」
 正面で騒ぎが起こって暫く後。敵がそちらに気を取られたと見たカメノフがウォールホールで壁に穴を開けるが早いか、サクラが周囲の状況を確かめもせずに突っ込んで行った。
「ほう、見かけによらず案外熱いのう」
 それに気付いて群がってきた敵をグラビティーキャノンで薙ぎ倒したカメノフが言う。
 サクラは目の前の階段を下り、地下室へ。アクテ、怜、ロッド、カイトの4人がそれに続いた。以前にもとった手法だが、組織に横の繋がりがないというのはこういう時には便利だ。こちらの手口を予め予測されずに済む。
「サクラ、下がれ!」
 見張りの攻撃をサクラが受け止めているその後ろから、怜がローリンググラビティーの呪文を唱えた。
「屋内の重力魔法は凶悪だぞっ!」
 確かに。敵はまず天井に叩き付けられ、次には床に激突する。連続でやったら、とても素敵な事になりそうだ。
「ま、一回で止めといてやるけどな」
 そして、倒れた所にカイトがスリープをかける。
「暫くそこでオネンネしてなさい♪」
 その間にアクテが壁に穴を開ける。直径1メートルの穴では華麗に走り込むという訳にもいかないが‥‥とにかくそこから中に入ったロッドは子供達が人質に取られないようにと背中に庇う。
「隣に女の子達がいるんだ!」
 マーカスの言葉に、ロッドは背を向けたまま頷いた。
「大丈夫です、全員無事に助けますから」
 その言葉通り、冒険者達は見張りを全て片付けると、部屋のドアを次々に開けていく。捕まっていたのは子供達だけではなかった。皆、似たような状況でここに来る事になったのだろうが‥‥助けられた事を素直に喜ぶ者もいれば、複雑な表情を見せる者もいた。だが、今はそれを気にする余裕はない。
「とにかく今は、ここを出ましょう!」
 冒険者達に守られ、地上へ向かう。
「ほれ、邪魔をするなと言うんじゃ」
 階段を塞ごうとした敵を、カメノフがアイスコフィンで固める。
「固めておけば、塞ぐ壁にもなるじゃろ」
 だが、既に敵の大半は戦意を失っていた。
「‥‥待ちくたびれたぜ」
 逃げた抜け道の先で、十四郎が待ち構える。既に戦意を失った敵達は、スタンアタックの前に為す術もなく崩れ落ちた。
 もう一つの抜け道の先にはレイアがいた。転がり出て来る敵の中に果たして幹部クラスの者がいるのか、それはわからないが‥‥自分の目を逃れた者は、鷹のラクリマの目で探す。とにかく、一人も逃さずに‥‥!

「‥‥本当に、あんたらは賊じゃないんだろうな!?」
 とりあえず片が付いた後、胡散臭そうな目で冒険者達を見る自警団の団長に、マーカスが食ってかかる。
「だから、何度言ったらわかるんだよ! この人達は僕達を助けてくれたんだ。僕達はここで、ブタやヒツジみたいに売られる所だったんだよ!?」
「しかし‥‥信じられん。こんな町の真ん中で、堂々とそんな事が‥‥」
 尚も言いつのる団長に、リシーブメモリーの巻物を開きながらカメノフが言った。
「本当に、何も知らんかったのかのう? まあ良いわい、この魔法でちょいと調べればわかる事じゃ」
 それは嘘を見抜く為の魔法ではないが、この場合は嘘も方便。
「知らんものは知らん。何でも好きに調べるが良い」
「ふむ‥‥嘘はついとらんか」
 しかし、事実を伝えようと懸命に事情を説明するサクラの真摯な態度と「商品」達の証言を聞いて、団長も漸く納得したようだ。
「‥‥すまぬ。我等がきちんと役割を果たしていれば‥‥」
「いや、貴殿らのせいではない」
 エスリンが言った。
「我等とて、彼奴等には何度も逃げられて‥‥今度も完全に潰す事が出来たとは、正直、思えないが‥‥」
「まあそれは仕方ない事かのう。もしここで完全に潰したとしても、こうした組織はなくならんものじゃ」
「そうだな。ここも恐らく、支部のひとつにすぎないのだろうし‥‥」
 ちょっと弱気モードなエスリンとカメノフに、カイトがさらりと言ってのける。
「向こうも商売なんだから、割に合わないと感じたら手を引くでしょ。これでダメなら何度でも、連中が気付くまで叩き潰してやるだけよ♪」
 二人も、それはわかっていた。彼等を潰せる、潰したいという思いがなければ、二人とも最初からこんな依頼など受けていないだろう。
 今回捕縛したのは15名ほど。案外簡単に落ちたのは、襲撃など予想していなかったせいか。
「甘く見られてたって事かね」
 怜が鼻を鳴らす。まあ、そのお陰で助かった面もあるが‥‥
「とにかくこれで、俺達が一度食いついたら放さないって事は奴等にもわかっただろうさ」
 捕らえた者の詳しい尋問や内部の調査は、自警団や官憲に任せた方が良いだろう‥‥結果には余り期待出来そうにないが、組織の存在が公の知る所となる、それだけでも大した収穫だ。
「‥‥じゃあ、村へ帰るとするか。一刻も早く、親御さん達に無事な姿を見せてやらねえと」
 十四郎はマーカスの頭を掻き回した。
「それに‥‥村長の埋葬もな」

「村の人間は村長の行動を知っていたのだろうか?」
 村へ戻る道すがら、レイアが十四郎に尋ねる。
「‥‥まあ、俺達に知らせてくれたのは村の者だからな。知っていると思うが」
「ああ‥‥そう言えばそうだったな。いや、もしまだ知らないのなら、村長は賊から子供達を守って死んだ事にしておきたいと‥‥そう思ったのだが」
 彼を英雄にする事で村人達の決起を促せるかもしれない、と。
「‥‥なによりこれ以上の悲劇はまっぴらだ。明らかにする必要のない事なら隠しておくのも間違いではないと‥‥」
「そうだな。だが、恐らく難しいだろう。村の墓地に埋葬させてくれるかどうか、それさえ微妙な所だ」
 しかし、村人達の反応は予想外だった。
「‥‥まあ、薄々気付きながら何も出来なかった俺達も同罪だからな。村長を責める資格はないさ」
「ああ、この人はこの人なりに、村の事を一生懸命に考えてくれてたんだし‥‥」
「最初に生贄を出したのも、村長だったな」
 それは初耳だ。
「村長には娘が二人いたんだがな‥‥下の娘も、数年後に」
「じゃあ、村長さんご家族は? 奥様はご健在なのかしら?」
 カイトの問いに、村人は首を振った。二人の娘を失った直後に病死したらしい。
「じゃあ、天涯孤独ってわけね‥‥なら、当座の生活費として、村長の資産を処分するっていうのはどうかしら? 遺産を受け継ぐ人がいないなら、村の為に役立てた方が村長さんも喜ぶと思うんだけど」
 だが、遺産などと呼べるようなものを遺せる者は、この村にはいなかった‥‥村長を含めて。
「では、何か収入を得る方法を考えねばなりませんね‥‥しかも、早急に」
 アクテの言葉を受けて、エスリンが懐から先日受け取った蕎麦の種を取り出し、栽培方法を書いた説明書と一緒に村人に渡した。
「痩せた土地でも育つ植物と聞いた。収穫が望めるようになれば自分達で食べても良いし、売って現金収入を得るのも良いだろう。ただ売るのではなく、自分達で一加工すると少量でも利益を上げ易いかもしれないな」
「いや、種は有難いんだが‥‥それは何て書いてあるんだ?」
 その小さな袋を押し戴くようにして受け取った村人が言った。村長が亡くなった今、この村に字を読める者は殆どいなかった。
「あら‥‥じゃあこれもダメかしら」
 カイトがマーカスの父親に渡そうと思っていた、作物についてのレポートを引っ込める。
「栽培方法なら私が教えられます。一度で覚えきれなければ、手が空いた時にでもまた寄らせて頂きますわ」
 アクテが言った。
「実際に栽培を始める時にも、必要ならお手伝いを。でもその前に、この痩せた土地をどうにかする必要がありますね」
 いくら荒れ地に強い作物とは言え、限度がある。
「それについちゃ、隣村の方法が良いだろう」
 怜が前回そこで聞いてきた手法をざっと教える。
「詳しい事は、現地を身に行ったり指導に来て貰ったりした方が良いだろうな。マーカスの義兄さんなんか、頼めば喜んで来てくれそうだったぜ?」
 とは言え、それですぐに食料が手に入るわけではない。
「どうだろう、俺からひとつ、村の皆に依頼したい事があるんだが」
 怜は絵入りの薬草リストを見せながら言った。
「俺は医者だ。治療の際には薬を使用するんだけど、あまり流通が安定しない薬草も結構ある。しょうがないから自分で採りに行ったりもする事あるんだけど‥‥凄い手間なんだよね、やっぱ」
 そして、字が読めないと言った村人達の代わりに、絵に対応した薬草の名前をひとつずつ読み上げる。
「この薬草のうち、どれかを栽培して俺に直接、売ってくれるようにして欲しい。それが依頼内容だ。期限は5年以内、報酬は前払いで‥‥100Gでも200Gでも」
「いや、ちょっと待ってくれ」
 村人の一人が言った。
「そんな、成功するかどうかもわからんものに、いきなりそんな大金を出すと言われても‥‥」
「遠慮はいらない。これでも結構稼いでるんだぜ?」
「そうは言われても‥‥」
「ねえ、探しに行くのが面倒なの?」
 マーカスが口を挟んだ。
「だったら、必要な時に僕を呼んでよ。その薬草探し、手伝うから」
 そうして採集した一部は村に持ち帰り、栽培が可能かどうかを試してみる。栽培が定着する迄は、そうして知識を増やしつつ小金を稼ぐ‥‥
「ついでに僕にも薬草の名前とか、使い方とか、それに、字の読み方とか‥‥そういうの、教えて貰えない?」
「‥‥そうだな‥‥」
 暫く考え、怜は言った。
「じゃあ、マーカス。このリストはお前に預けておく」
 この村でも怪我人や病人が出ない訳はない。いくら不毛の地と言っても多少の薬草くらいは手に入るだろう。
「次に来るまでに、この近くで何が採れるか調べておいてくれ。勿論、手に入れておいてくれたら高く買うぞ。それで良いか?」
「うん!」
 マーカスは仕事が出来たと大喜びだ。
「それだけでは、何とも心許ないのう。どうじゃ、土が出来るまでの間、村の特産物として木彫りのお守りや置物なんぞ作ってみんか?」
「あ、それでしたら私がご指導出来ます」
 カメノフの提案に、メグレズが身を乗り出す。
「見事ミノタウロスから救ってくれた猟犬の像とかのう‥‥」
 と、カメノフはガルムをちらりと見た。
「いや、この村を救ったのは俺じゃねえ」
 こいつさ、と、ガルムはマーカスの頭をいつもに増して勢い良く掻き回す。
「そうだな、マーカス殿が声を上げなければ、今も何も変わっていなかっただろう」
 エスリンが言った。事態が動いた故の悲劇もあったが‥‥それは仕方がない。
「今回の事も‥‥」
 と、サクラ。
「マーカスさんの勇気のおかげで皆さんを助けられました。ありがとうございます」
 冒険者達に口々に褒められ、持ち上げられて、マーカスは真っ赤になる。が、それでのぼせ上がるような器ではないようだ。
「村長さんの分まで、僕達が頑張らなきゃね。これで何も良くならなかったら怒られちゃうもん」
 そして、自分を見つめる冒険者達の顔を見上げる。
「また何か困った事があったら‥‥皆に頼んでも良い?」
 その問いに、全員が快く頷いた。
「では、村人達の許可も取れたし‥‥丁寧に弔ってやろう」
 最後まで分かり合えぬ相手ではあったが‥‥と、レイアが言った。
 村の為、自分なりに最善を尽くした男。英雄でも勇者でもないし、方向も手段も間違っていたかもしれないが、それでも最期まで戦い抜いた男を、村の墓地に。