【守ること、戦うこと】背中合わせの正しさ
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■シリーズシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:12人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月17日〜04月23日
リプレイ公開日:2008年04月26日
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●オープニング
「ぼ‥‥、ぼぼぼぼボールス様っ! たたたたタイヘン!!」
ボールスの執務室に血相を変えて飛び込んで来たルルは、わたわたと両手を振り回しながら叫んだ。
「出た! じゃなくて、来たのよ! アレがっ!」
アレとは何かと問う前に、そのアレが二人の前に姿を現す。
「‥‥ジャスティン‥‥!?」
思わず声を上げたボールスの耳を思い切り引っ張りながら、ルルが言った。
「ボールス様に会いに来たんだって‥‥信じられる? 夢よ、絶対! しかも悪夢!」
引っ張るなら自分の耳にしてくれ‥‥そして、痛い。どうやら夢ではなさそうだ。夢でないなら‥‥確かにこれは、大変な出来事だ。
姉が亡くなってからというもの、この城に足を踏み入れる事のなかった‥‥いや、クラウボローから出る事さえしなかったジャスティンが自分から、しかもボールスに会いに来るとは。
冒険者達の努力が漸く実ったのだろうか?
「天変地異の前触れよ! きっと何か良くない事が起きるに決まってるわ!」
こらこら。
「お客様に向かって、失礼ですよ」
何かの前触れなら、きっと良い事が起きるに違いない。いや、それはもう起きているか‥‥訪問の理由が何であれ、ジャスティンが自分を訪ねてくれたその事を、ボールスは素直に喜んでいた。
「ああ、すみません。折角来て頂いたのに、こんな所では落ち着いて話も出来ませんね。今、客間に‥‥」
「ここでいい」
先に立って案内しようとしたボールスから目を逸らしながら、ジャスティンは言った。
「大した用じゃない。すぐに済む」
そしてそのまま、用件を切り出す。
「この城は、人手が足りないそうだな。この間お前の部下から勧誘された‥‥仕事を教えて欲しいと。お前は部下の教育さえ満足に出来ないのか?」
それを言われると痛いが、確かにその通りだ。ボールスの仕事も一頃よりは随分楽になったが、それでも部下の仕事ぶりまでは、なかなか気を回す余裕がない。
「‥‥クラウボローのような小さな田舎町など、纏めて管理した方が手間も金も掛からない。そう、父さんが言っていた」
確かに、自治領だからと言って任せきりには出来ない。管理の手間はかかるし、宗主への依存心が強くても、反対に独立心が旺盛でも、共に厄介な存在だ。併合してしまった方が楽には違いない。
「さっさと取り上げたらどうだ?」
「ジャスティン‥‥?」
「僕に遠慮しているなら、そんなものは必要ない。僕にも、領主の肩書きは必要ないし、欲しくもない」
「しかし、それでは‥‥」
領主をやめて、どうするのか。
「そういう世話は、雇い主がするものだろう?」
雇われ領主というのも、余り聞いた事はないが‥‥まあ良い。世話をしろと言うなら、宛はいくらでもある。だが‥‥
「‥‥ここで働いて貰う訳には‥‥いかないのでしょうね」
ジャスティンは相変わらず自分の方を見ようともしない。顔も見たくないような相手の部下になど‥‥
「べつに、構わないが」
ボールスは耳を疑った。ルルもその隣で自分の両耳を引っ張っている。
「聞こえなかったか? お前の部下になってやると言ったんだが?」
夢ではない事を確認し、二人は顔を見合わせた。片や目を輝かせ、もう片方は苦虫を噛み潰したような顔で。
「でも、本当に‥‥良いのですか?」
横を向いたままのジャスティンに、ボールスは不安げに尋ねる。
「私の部下になれば、毎日のように‥‥嫌でも顔を合わせる事になりますが」
「べつに、嫌じゃない」
「え‥‥!?」
「お前は嫌いだし、許した訳でもない。でも、嫌いな相手と仕事が出来ないほど、僕は子供じゃない」
それを聞いて、ルルが「どうだか」と言うように肩をすくめる。
「ただし、ひとつだけ条件がある」
ジャスティンはそこで漸く、ボールスに正面から向き直った。
「姉さんの忘れ形見‥‥エルディンと言ったか? あの子を、返してほしい」
「‥‥!?」
「ちょ、ナニ血迷ったこと言ってんのよ!?」
その余りに唐突な要求に言葉を失ったボールスの代わりに、ルルが噛みついた。
「返すも何も、あの子はボールス様の‥‥っ」
「そうじゃない事は、わかってるんだろ?」
証拠はない。だが、信じるに足るいくつかの証言があった。
「お前は、赤の他人だ」
「とーさま、おやすみなさーいっ!」
その夜、エルを寝かしつけたボールスは、暫くの間その寝顔をじっと見つめていた。
赤の他人。似た者親子とはよく言われるが、氏より育ちという事もある。認めたくはないが、それが事実なのかもしれない。
『僕も、姉さんがそんな事をするとは思わなかった。でも、それならお前が姉さんを見殺しにしたのも、おあいこってわけだ‥‥お前は裏切られたんだから。例え原因がお前の仕事中毒だとしてもね。だから、僕はもうこれ以上お前を責めない。お前はもう姉さんの夫でも、僕の義兄でも、子供の父親でもないんだから。他人だと思えば、何だって我慢も出来るさ』
ジャスティンも、ここに来て漸く気持ちの整理が付き、あの出来事についても冷静に振り返る事が出来るようになったらしい。それは良い事だし、ボールスも、力になってくれた冒険者達も望んでいた事だ。
そして、母親は亡くなり、本当の父親は行方不明、ならば唯一の肉親が引き取って育てるのが筋だというその主張も正しい。正しい事ではあるのだが‥‥
その正しさはボールスにとって、そしてエルにも、到底受け入れられるものではなかった。親子として過ごしてきた4年の歳月は、事実を前にしても揺るぎない絆を彼等に与えていた。離れる事など出来る筈もない。例え実の父親が望んだとしても。
『そしてまた、同じ事を繰り返すのか? その他大勢は救えても、自分の一番大切なものは救えない。それが円卓の騎士だ。‥‥それがわかってなかった姉さんにも、非はあるんだろうけどね』
何度繰り返そうと、その巻き添えで誰が不幸になろうと構わないが、甥っ子だけは自分が守るとジャスティンは言った。
『僕は自分の大切なものしか守らない。大切なものの為にしか戦わない。普通の人間にはそれだけで充分だし、普通の人間が望むのは、そんな小さな幸せなんだ。‥‥僕も、姉さんもそうさ。僕達はお前みたいな特別な人間じゃないんだ』
そしてジャスティンは、最後にこう言った。
『拒むなら、僕はデビルに魂を売る。その力を借りてでも、僕があの子を守ってやる。僕があの子を幸せにしてやるんだ』
ついこの間、自分はデビルの力を頼るほど落ちてはいないと言った筈だ。なのに、何故?
とにかく、エルを手放す事など論外だ。少なくとも今は‥‥あの子が自分で判断出来るようになる迄は。しかし、かといってジャスティンをデビルの眷属にする事も、無論出来ない。
そのどちらも選べない事は、流石のジャスティンにもわかるだろう。その上でどうするか、それを試すつもりなのだろうか?
そもそも、ジャスティンは本気でデビルの力を借りるつもりなのか、それともあれはただの脅しなのか?
エルの事など、つい先日まで顔を見た事もなかったのに。確かに、姉の分まで幸せにしてやりたいと願う気持ちはわかるし、彼が自分以外の誰かの為に動こうとするのは喜ばしい事なのだが‥‥
決心がついたら屋敷に来いと、ジャスティンは言っていた。
「こうして考えていても、始まらないか‥‥」
ぐっすり眠っているエルの金色の髪を軽く撫でると、ボールスはそっと子供部屋を後にした。
●リプレイ本文
「‥‥なんか、良い匂いがする‥‥」
城に到着した冒険者達の中から漂って来る、美味しそうな匂い。
ウォルは子犬のように鼻をヒクつかせながら、その出所を探る。そして行き当たったのは‥‥壁。じゃなくて。
「流石に鼻が利きますね。はい、お土産です」
メグレズ・ファウンテン(eb5451)が差し出した「幸せに香る桜餅」を遠慮なく受け取ると、育ち盛りの子供は早速それにかぶりついた。
「ね、食べて良いよね?」
それは食べながら言う台詞ではないと思うが‥‥
「うめーっ! これ、和菓子ってヤツだよね? 材料なに使ってんだろ‥‥」
貰ったひとつをあっという間に平らげ、それでもまだ物欲しそうに見上げる子犬に、メグレズはにっこりと微笑んだ。
「後は、皆さんの分ですから」
「でもさ、研究の為には一個じゃ足りないと思うんだ。ほら、オレが作れるようになればさ、皆も好きなだけ食べられるだろ?」
「まったく、食いしん坊ですね‥‥はい、どうぞ?」
クスクスと笑いながら、自分が貰った分をボールスが差し出す。
「え、良いの!? さすが師匠、太っ腹‥‥」
と、そこまで言って、ウォルは急に何かを思い出したらしい。ぷーっと頬を膨らませ、顔を真っ赤にして叫んだ。
「そ、そんな事じゃ誤魔化されないぞ! オレは今、もーれつに怒ってんだからっ!!」
誤魔化されてたくせに。それに、ちゃっかり頂く物は頂いて、口に放り込んでるし。
「あの、ウォルは何をそんなに‥‥?」
何となく察しは付きながらも、とりあえず尋ねてみたサクラ・フリューゲル(eb8317)に、ボールスは苦笑混じりに答えた。
「ジャスティンの事ですよ。どうしてもブン殴らないと気が済まないと言って‥‥」
やっぱり。
「なあ、皆もあいつのトコに行くんだろ!? オレも一緒に‥‥っ」
「ダメです」
「なんでっ!?」
という具合に、今の今まで喧嘩をしていたらしい、この師弟。
「この件は皆さんにお任せすると決めたのですから、あなたも大人しく留守番していて下さい」
「だから、なんでこんな大事な事、他人任せにするんだよ!? あいつだって一応、身内なんだから‥‥身内の事は身内で片付けるモンだろっ!?」
「私もそう思います」
そう言ったのは、とりあえず依頼を受けてはみたものの、どうにも気が進まない様子のシエラ・クライン(ea0071)。
「どれだけ付き合いがあろうと、家庭や親族間での揉め事に口を挟むのは‥‥どうも、筋が違うと言いますか」
「そうであるな。これはある意味ボールスどのを中心とした家庭の問題。最終的な裁量はボールスどのによって決められるべきであろう」
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)も、自分達冒険者はその後押しをすれば良いという意見のようだ。
「余はここに残って、ゆるりと一献杯を傾けながらボールスどのと話でもするであるかな」
と、懐からエチゴヤ限定販売の銘酒を取り出す。そして、お菓子も。
「ウォルくんとも少し話をしたいであるな。怒りはもっともであるが、徒に成敗するならば戒律に生きるだけになってしまうのだ。そこをどう切り抜けるか‥‥」
その為にも、ウォルを一緒に連れて行った方が良いような気はするのだが。これまでは出来るだけ現場に触れる事が出来るようにと、弟子を指導していた様に見えたのだが‥‥何か考えがあるのだろうか。
「それで、ボールス様はどうされますか?」
グラン・ルフェ(eb6596)が尋ねた。
「俺としては、やっぱりきちんとボールス様の考えを伝えて、話し合って頂くのが良いと思いますが」
なんとか余って憎さ100倍でも、ジャスティンにとってボールスは特別な存在。大詰めはやはり、彼の言葉なくして理解はないだろうとグランは考えていた。
「そうですね、過去を乗り越えるためにも今が勝負の時でしょう。中途半端なことを伝えるのではなく、向き合って話をするべきでしょうね」
と、ルーウィン・ルクレール(ea1364)が言い、大宗院透(ea0050)がそれに言葉を継ぐ。
「ジャスティンに『円卓の騎士として国王を守らないといけない状況でエルさんを守れるか』と言われたら、仲間またはジャスティンさんを信じて託せばいいのではないでしょうか‥‥」
今までも、そうして来たつもりなのだが。それに、これからも。そもそも、だからこそ冒険者達をこの場に呼んだのだ。
「私は今回、ジャスティンに会いに行くつもりはありません」
ボールスは言った。
「彼の方から出向いてくれるなら、その限りではありませんが‥‥私は、ここで皆さんの帰りを待っていますから」
ボールスは一体何を考えているのか‥‥冒険者達の頭上で疑問符が舞っていた、その頃。
「‥‥エルはどこだ?」
七神蒼汰(ea7244)は城内でエルの姿を探し歩いていた。もう流石に何がどこにあるか、それに各人の個室の場所などはすっかり把握している。
「確かさっきまで、クリステル殿と一緒にいた筈なんだが‥‥」
自分の部屋だろうか。
蒼汰はドアが開いたままの子供部屋を覗き込む‥‥ああ、いたいた。
「あのねー、とーさまとかーさまと、えりゅと、そえにね、ふわちゃんと、くまさんと‥‥」
どうやらお絵描きの最中らしい。相変わらずの前衛芸術が羊皮紙の上でのたくっている。
「はい、かーさま。こえでいい?」
「ええ、ありがとう、エル。とても上手よ」
差し出された絵‥‥と、本人が主張するモノを受け取ったクリステル・シャルダン(eb3862)は、その金色のふわふわ頭を優しく撫でた。この際、本当に上手いかどうかは関係ないのだ。と言うか、もう何でも上手に見えるのが親心‥‥いや、親バカ心。ボールスに見せればさぞかし喜ぶ事だろう。だが今回それを見せたい相手は‥‥
「それ‥‥ジャスティンに?」
声をかけた蒼汰に、クリスは頷く。
「ええ、手紙の代わりにと思って。でも‥‥」
その絵の中に、ジャスティンの姿はない。先日のピクニック(?)の際お互いに紹介はされたが、それ以上の接点は全くなかった。ジャスティンがエルに興味を示した様子はなかったし、その逆もまた然り。エルは叔父の事を全く覚えていなかった。
「多分、逆効果だろうな」
それを見せてジャスティンの反応を伺うつもりなのだろうが、と、蒼汰は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり‥‥そうでしょうか」
クリスは悲しげに目を伏せた。
「エルを守りたいという言葉の全てが嘘だと思っている訳ではありませんが、愛だけが理由だとは思えなくて‥‥私の考えすぎなら良いのですけれど」
「あ、悪い。まあ、あんまり期待出来そうにない気はするけど‥‥会ってみなくちゃわからないよな」
蒼汰の言葉に頷き、クリスは立ち上がった。
「エル、すぐに帰って来るから、良い子でお留守番していてね?」
「はぁーい!」
うむ、良いお返事。
そのまま一緒に出て行こうとした蒼汰は、ふと何かを思いついたように立ち止まり、見送るエルの上にかがみ込んだ。
「エルはとーさま好きか?」
「うん、すきだよ? かーさまのつぎにだいすき!」
あ、そう。まあ良い、二番目なら上等だ。
「ルルもウォルもこの城も、みんな好きだよな?」
「うん、そーちゃもすきー!」
「そーかそーか、ありがとなー」
わしゃわしゃ。
まあ、訊くまでもないだろうとは思ったが、やはり訊くまでもなかったか。今更あの二人‥‥いや、三人を他人の関係になど出来る筈がない。
「ったく、あのお子様が‥‥!」
蒼汰は手にしたハリセンの柄をぎゅっと握り締めた。
「さて、皆さん出掛けられた様ですね」
何人かはまだ城に残る様だが、殆どの者はクラウボローへ‥‥勿論、ウォルは留守番だが。
「ウォル、腐っている暇はありませんよ。パーティの支度を始めないと」
「‥‥は?」
この人は突然何を言い出すのか。ウォルでなくても頭の中は疑問符で一杯の事だろう。
「パーティって‥‥何で? 何の? ってか、今はそんな呑気な事してる場合じゃ‥‥っ!!」
「勿論、ジャスティンの補佐役就任祝いですよ。用意を頼みます」
「ちょ‥‥師匠っ!?」
マジか?
「ってか、ほんとに何考えてんだよ!?」
ウォルのそんな叫びには構わずに、ボールスは「仕事があるから」と自室へ引っ込んでしまった。
「心の籠った説得ですか‥‥。自分自身も物と考えている私には無理ですね‥‥」
クラウボローへ向かう道中、透がぼそりと呟く。
「ジャスティンは、最近は良くなっていたと思っていたのであるが‥‥いかなる理由であれども、悪魔の力を借りると言った事は許すわけには行かぬ」
「う〜ん、でもジャスティン様が本気で悪魔を使ってエル様を‥‥と考えているとは思えないんですよねぃ‥‥」
メアリー・ペドリング(eb3630)の呟きを聞いて、グランが言った。エルの身辺警護とジャスティンのお守り、どちらに付くか決めかねていた彼は、ボールスから直接「ジャスティンの周囲を警戒して欲しい」と頼まれていた。
「ボールス様も、何だか全然心配されている様子がありませんでしたし」
しかも、こんな大事な事を冒険者達に丸投げ。一体何故?
「ジャスティンは、ボールス卿が姉上のときのようにどう動くのかというのを確かめたいのかもしれませんね。つまり、国のためとかで見捨てるのか、助けようとするのか‥‥いざという時国のために見捨てるのではないかという思いがあるのではないでしょうか」
ルーウィンが言った。その手の意見は既に何度か聞いたような気もするが‥‥他の冒険者から。それに、それを踏まえた上でどう行動するか、それが肝心なのだが。
「ボールス卿の中では既に答えは出ていると思います」
と、メグレズ。
「エルさんもジャスティン卿もモノではなく、一人の人間である、という事、自分の生き方は自分で決めさせるべきなのは、ボールス卿もわかっていらっしゃると思いますから」
だが、それなら何故、自分達に託したのか‥‥その答えはまだ見付からなかった。
そんな仲間達の話を聞きながら、トゥルエノ・ラシーロ(ec0246)は先程ボールスと交わした会話を思い返す。
「卿のお考えも聞かせて。出来るなら本音で話して欲しい」
そう言われて、ボールスは苦笑いを浮かべた。口に出した事の殆どは本音なのだが‥‥まあ、口出せない本音というのはあるとしても。
「ジャスティンに自立して欲しいのならそれでもいい。でも――出来れば彼の心の支えくらいにはなってやってはくれないかしら」
憎まれ役としてでもいい。彼には他に頼れる人間がいないのだと、トゥルエノは感じていた。
「一人ぼっちの苦しみはわかるわ‥‥私だってそうだから」
「確かに、今の彼は独りなのでしょうね」
少年期に弟以外の家族全員を、そして故郷さえも失ったボールスも、その苦しさはよくわかっているつもりだった。そして、そんな時に手を差しのべてくれる人の温かさや、それに気付いた時の嬉しさも。
「でも、彼はもう気付いていると思いますよ。差しのべられた手が沢山ある事に。ただ‥‥その手をとっても大丈夫なのか、意地悪をして引っ込められたりはしないか、それを確かめたいのだと思います」
それに、とボールスは続けた。
「家族になるつもりがないからといって、支えにならないという訳ではありません。あなたも、家族だけが心の支えだった訳ではないでしょう?」
確かに、家族というのは無条件で心に着込んだ鎧を脱ぎ捨てられる安全地帯だ。外の世界では許されないような事でも、家族の間なら大丈夫‥‥そんな安心感がある。
だが今のジャスティンには巣立ちが必要だった。家族を得るなら、自分の力で。その為の協力なら惜しまないが、いつまでも古巣に置いておく訳にはいかない。
「一人前の大人として戻って来るなら、いつでも歓迎しますよ」
そう言って、ボールスは笑っていた。
「‥‥確かめる‥‥?」
トゥルエノは、ぎゅっと拳を握った。
「引っ込める筈が、ないじゃない‥‥! 馬鹿!!」
その頃、城に残ったシエラとヴラドの二人は、仕事を終えたボールス、それに相変わらず膨れっ面をしたウォルと共に盃を傾けていた。と言っても、真面目なボールスは「いつ何が起こっても万全の体制で臨めるように」と酒は自重、お子様なウォルもお茶とお菓子ではあったが。
「身体が安全でないのに幸福になる事は難しいでしょうけど‥‥、身体が安全なだけでは幸福に届かないのですよ」
シエラに言われ、ボールスは微妙に視線を逸らした。どうも、耳が痛いらしい。
留守がちで、子供に構ってやる時間が余り取れない事は自覚している。しかし、だからといって仕事を放り出して遊んでやる訳にはいかないし、手放す事など言語道断。確かに、円卓の騎士である事を辞めてしまえば、彼が現在抱えている問題の大部分が解決するのだが。
「でもまあ、とても個人的な意見を言って良いのでしたら、卿が失いたくないと望んだ全てを守る。その覚悟と意志が折れない限り、どれだけ大きな困難でも最良の選択肢は自ずと見えてくるかと」
円卓の騎士でも、冒険者でも、或いは普通に生きているだけでも、不自由な二択を強いられる時は有り得る。
「私にも大切な人や想いはありますし、私はどれだけ足掻く事になっても諦めたくない‥‥」
「そうですね。それは誰しも同じでしょう‥‥勿論、私も」
穏やかに微笑んでいる姿からは想像しにくいが、頑固で欲張りで‥‥それに、意外に自信家で楽天家。神の領域以外なら、どんな強敵にも立ち向かい、絶対に譲らない覚悟は出来ている。どちらか、ではなく、両方。望むものを、全て。
「‥‥そうですか。申し訳ありません、出過ぎた事を言いました」
「いいえ、構いませんよ。こうして腹を割って話せる人が増えるのは、嬉しい事ですしね」
「しかし、ジャスティンどのはまるで少年のように感情の起伏が激しい御仁であるな」
ヴラドが言った。‥‥まあ、中身はお子様だし。
「余はあくまで『デビルに魂を売る』者に屈するべきではないと思っているのだ。家族を守る家長として、また鎮護国家の騎士として双方の責務から妥当と思われるのだ」
それは正論だが‥‥
「さらに、いかに近しい存在であってもデビルに魂を売るとは許しがたいのだ。万一の場合は肉親でも殲滅せねばならぬかもしれないのだ」
勿論、それも正しい選択ではあるだろう‥‥相手がもし本気ならば。
「ボールスどのは、彼が本気ではないと思われるであるか?」
ヴラドの問いに、ボールスは微笑みながら頷いた。もしジャスティンが本気なら、彼も黙って帰したりはしないだろう。
「しかし、何故そうと言い切れるのであるかな?」
「自分で言っていましたからね、そこまで落ちてはいないと」
「ちょ‥‥自分でって! そんなの余計に信じらんないじゃん!」
ウォルが割って入った。
「なんでそんなの、簡単に信じちゃうんだよ!?」
「何故、と言われても‥‥」
明確な根拠はない。例の「野生の勘」というヤツだ。
「でも、いつもあんな酷いこと言われて、憎まれて、怨まれて、嫌われてるのにっ!」
「‥‥多分、嫌われてはいないと思いますよ?」
え?
「普通、子供は信頼している相手にしか我侭は言わないものですし、何を言っても大丈夫だと思うからこそ悪態をついたり、反発も出来るのではありませんか?」
「そ、それは‥‥っ」
自分にも覚えがあるのではないかと問うボールスに、ウォルは顔を真っ赤にしてオロオロと狼狽える。
「そ、そうかもしれないけどっ」
やはりこの二人‥‥ジャスティンとウォルは似た者同士らしい。
「そう言えば、先程パーティがどうとか聞こえましたが‥‥」
「‥‥うん、師匠が‥‥ジャスティンの補佐役就任祝いにって」
「もう、就任するものと決めているのであるか!?」
三人の、何とも言えない視線が集中する。その視線が意味する所をどう勘違いしたのか、ボールスはニコニコと答えた。
「ああ、歓迎会でも構いませんが」
いや、そういう事じゃなくて。
まあ、それが実現するかどうかは冒険者達の言動次第、なのだが。
「‥‥余は何だか心配になって来たである‥‥色々と」
とりあえず、クラウボローに行って様子を見て来た方が良さそうな。
「あ‥‥私も一緒に」
「オレもっ」
――ぐいっ!
「ウォル、あなたはパーティの準備があるでしょう?」
首根っこを掴まれた。どうやら本気らしい。大丈夫なのだろうか‥‥色々と。
「ボールス様とエル様の親子関係をお守りし、なおかつジャスティン様をダークサイドに落とさない‥‥」
クラウボロー領主館。その玄関先で石の中の蝶を握り締めながら、グランが言った。
「う〜ん、何故、後半部はとても難しく感じるんでしょうかね?」
「難しいのか? 俺は詳しい事情はわからんが‥‥」
とりあえず護衛として参加したクロック・ランベリー(eb3776)が尋ねた。
「ジャスティン様がお姉さまを客観的に語り出したのは良いのですが、今度はどうにもそれが寒々しいのですよ」
「ふむ‥‥話し合いで納得出来れば良いのだがな」
そして、館の中では‥‥
「‥‥どうして、あいつは来ないんだ?」
珍しく自ら出迎えたジャスティンが、冒険者達を胡散臭そうに眺め渡して言った。
「貴方はボールス卿がどういう結論を出すか、もうご存じなんじゃないですか? 恐らく、来ない理由も」
幸せに香る桜餅を差し出しながら、メグレズが言う。だがジャスティンはそれをちらりと一瞥しただけで、ふんと鼻を鳴らした。
「どうせ、僕の事なんか信じてないんだろ? あいつも、お前達も‥‥僕が本気で悪魔の力を借りる筈がないと、そんな度胸がある筈がない、どうせ腰抜けだと思ってるんだ」
ジャスティンが本気で悪魔の力を借りる筈がないと、ボールスがそう信じているのは確かだ。だが、それは腰抜けだと思っているからではない。
「そんな事をして、フェリシア殿が喜ぶと思うか?」
メアリーが言った。
「悪魔の力を借りることをフェリシア殿の墓前で報告できるであろうか? もし、それが出来るとして、フェリシア殿が本当に喜ばれると思うのか?」
ほら、やっぱり信じてない‥‥ジャスティンは口元を歪めて首を振る。
「出来るさ。死んだ人間は、喜びも悲しみもしない。それにもう、姉さんなんか関係ない。僕がいつまでも、あんな女に縛られてると思ったら大間違いだ!」
「あんな女‥‥!? ジャスティン殿、貴殿はエル殿を幸せにして、フェリシア殿を安心させたいと、そう願ってあのような事を言ったのではないのか!?」
「あんな言葉、馬鹿正直に真に受けたのか? おめでたい連中だな」
「あれは‥‥嘘だと? でしたら、尚更‥‥」
サクラの言葉には怒りが滲み出ていた。
「エルさんを引き合いにした事に憤りを感じます。エルさんを引き取る。ボールス様は他人‥‥その言葉だけは見過ごせません。あの二人は親子なんです! 血の繋がりがどうとか言う前に! それは貴方にもわかるでしょう!?」
なのに、徒に人の心を弄ぶような事を。
「‥‥ボールス様を恨むな‥‥とは申しません。肉親を失った貴方の想いを想像はできても理解まではできないと思いますから‥‥けれど‥‥!」
「‥‥許せないわ」
トゥルエノの怒りは更に激しい。
「僕は大切なものだけを守れればいい‥‥貴方、そう言ったわね? 不謹慎だけど、私にとっては貴方が悪魔の力を借りるかどうか、それは正直どうでもいい。本当にエルを愛しているなら‥‥エルの為に命を懸けられるなら。でも‥‥! そうじゃないなら、それが出来ないのなら、嘘でもそんな事言わないで!」
トゥルエノはジャスティンの瞳を真っ直ぐに見据えた。その瞳から、大きな滴がひとつ頬を伝って流れる。
「ねえ、ジャスティン、貴方はいつになったらもっと自分を大切にしてくれるの!? 確かに今、貴方は独りかもしれない。でも手を伸ばせば届く所にたくさんの人がいるのよ!?」
「‥‥確かに、数だけはいるらしいな。でも誰も、僕の事なんか信じてないじゃないか!」
信じてさえくれたなら、その手をとる事も出来たのに。
――すぱーんっ!!
蒼汰のハリセンが飛んだ。
「信じてるさ。エルを守るためにデビルに手を借りるなんて本末転倒な話、ただの脅しだって。クレリックのお前がそれを本気で言う訳ないよな。でも‥‥」
再び、すぱーんっ!!
「脅しでも何でも、不用意に馬鹿な事を口にするんじゃないっ!」
ぺしぺしぺし。蒼汰はハリセンでジャスティンの頭を軽く叩きながら続ける。
「本当は別に言いたい事や聞きたい事、あるんだよな? 言ってみ? ボールス卿には内緒にしてやるからさ」
「話す事なんか何もない」
ジャスティンはそのハリセンを煩そうに払い除けた。
「お前達の助けなんか要らない。誰の助けも‥‥悪魔の手も借りない。僕は独りで良いんだ。お前達も、あいつも、姉さんも、皆どうでもいい。誰も僕の世界に入って来るな!」
エルの名前は出て来ない。やはり、守りたいと言った言葉は嘘だったのか‥‥クリスは手に持ったまま渡しそびれていた絵をぎゅっと握り締めた。
「ジャスティン、どうして気付いてくれないの!?」
トゥルエノがジャスティンに手を差しのべる。
「誰も、貴方の手を振り払ったりしない。だから‥‥!」
――バシッ!
「余計なお世話だ」
振り払ったのは、ジャスティン自身。
「生憎だが、冒険者ってのはお節介が身上なんでね」
額に青筋を浮かべながら、蒼汰が微笑む。
「お前もしかして‥‥自分がどれだけ大事にされてるか、それを確かめたかったのか? だからエルと自分と、天秤にかけてやろうと思った‥‥とか?」
ジャスティンは答えない。表情も全く動かなかった。それでも‥‥
――ぺちっ!
蒼汰はその額にデコピンを喰らわせる。
「ばーか、大事に決まってんだろが。天秤に掛けて『どっちの方が大事』とか『どっちか片方だけ選ぶ』なんて単純な事、子供と違って大人は簡単に出来ないんだぞ? どっちだって大事なんだから」
「嘘だ。それに、そんな事はどうでも良い」
あれはただ、反応を見る為に無理難題をふっかけてみただけ。
「いいえ、嘘ではありませんわ」
とりあえず絵を渡すのは諦めたクリスが微笑む。
「私はジャスティンさんも、エルと同じ様に愛しています」
「‥‥なんだ、早速浮気か? 可哀想に、あいつもつくづく女運が悪いな」
嘲笑いながら吐き捨てるように言ったジャスティンに、クリスは首を振った。
「ボールス様は‥‥恋人として愛しています。でも、ジャスティンさんは家族の様に‥‥」
子供の様に、とは流石に言えない。
「もし、ボールス様とジャスティンさんが同時に危険な目に遭っていたら、先にジャスティンさんを助けに行きますわ」
「そりゃそうだ、あいつには助けなんか必要ないからな」
いや、必要ですってば。必要なさそうに見えるからこそ、余計に。
「それに‥‥知ってるか? お前みたいな奴を八方美人って言うんだ」
本来は誉め言葉の筈なのに、実際に言われると嫌な気分になるのは何故だろう。
――すぱかぁーーーん!
案の定、蒼汰のハリセンが飛んだ。
「‥‥お前、ボールス卿がいなくて良かったな‥‥」
この場にいたら、ハリセンでは済まなかっただろう。絶対。
「とにかく、ボールス様から何かを奪ったとして、それが貴方のものになる訳ではありません」
サクラが言った。
「貴方は貴方です。ボールス様にはなれないし、ボールス様が貴方の代わりになれる訳でもないんです。貴方はまず貴方になるべきなんです。他の誰でもない‥‥貴方に」
「私は‥‥今のままで良いと思いますが」
メグレズのそれは、恐らく少数意見だと思うが。
「貴方は繊細で頑張ってる人です。少なくとも、私はそう思いますし信じてます。一人くらいは『貴方は今の貴方でいいんです』と言う人がいてもいいでしょう?」
「信頼、ですか‥‥私の生甲斐は主の物として必要悪となることですので、信頼など無用の長物ですね‥‥」
と、透。‥‥それなら余計に、信頼がなければ関係が成り立たないような気もするが。
「私が言いたいのは人は其々に役割があり、貴方には貴方しか、ボールスさんにもできない役割があるということです‥‥。何かは自分で探してださい‥‥」
「ご大層なお説教、痛み入るね」
ジャスティンは肩を竦めた。
「でも、もうたくさんだ。話は終わりだ‥‥お前達と話す事は何もない!」
「おおっと! そうはいきません、よっ!」
席を立とうとしたジャスティンに、様子を窺っていたグランが頭からぶち当たる。
「まだ話は終わってないでしょう? それに俺は、ジャスティン様を連れて帰るようにってボールス様に頼まれてるんですから!」
グランはどこから取り出したのか、ロープでジャスティンの体を簀巻きにし始める。
「そうでしたわ。私もボールス様から伝言を預かってきましたの」
先程の暴言にも動じずに、クリスが言った。
「お城で補佐役就任祝いのパーティを開くので、ジャスティンさんも必ず来るようにと」
「ふざけるな! 誰がそんな所に‥‥!」
ミミクリーで縄抜けをしたジャスティンは、そのまま大きな鳥に変身し、開け放した窓の桟に飛び移る。
「‥‥お前は言ったな‥‥あいつと僕と、同時に危険な目に遭っていたら先に僕を助けると。だったら‥‥試してやろうじゃないか、そいつが本当かどうか。本当なら、僕もお前達を信じてやっても良い」
「ジャスティン!? どこへ‥‥!?」
「ふん、心配するな。悪魔の力は借りない‥‥言っただろう、僕はそこまで落ちてないと。もっとも、お前達は信じちゃくれなかったけどね」
「バカヤロウ、信じてるって‥‥何度言えばわかるんだ!」
蒼汰の叫びに、しかしジャスティンは首を振る。
「残念だけど、僕はお前達を信じられない。お前達は僕の仲間じゃない!」
「お、おい!!」
ジャスティンはそのまま、大きな鳥に姿を変えて‥‥
「射落としちゃ‥‥ダメ、ですよね?」
弓を構えながらグランが誰にともなく尋ねる。うん、流石にそれは拙いと思う。
そして、鳥は夕闇の中に消えた。
「‥‥申し訳ない、ジャスティン殿の思いを見誤っていた様だ‥‥」
城に戻ったメアリーは、思い切り気落ちしていた。自分が彼の気持ちに気付いていればと悔やむが、その思いは多かれ少なかれ、誰もが感じているだろう。
「そう気に病む事はありませんよ。寧ろ‥‥これで良かったのかもしれません」
報告を受けたボールスが言った。
「デビルの手に落ちる心配はないでしょうしね」
身内の所で甘やかされるよりも、世間の荒波に揉まれた方が彼の為にも良いだろう。もっとも、部下になったからといって甘やかすつもりは毛頭なかったのだが。
「とりあえず、自分で道を選んだ事については良かったのでしょうね」
ルーウィンが言った。
「でも‥‥行く宛てはあるのでしょうか? それに‥‥いつかは戻って来てくれるのでしょうか?」
前にもこんな事があった様な、と思いながら、心配そうにサクラが言う。彼の先を見てみたい。それに、放ってはおけなかった。自分の大切な人に似ているから‥‥。
「大丈夫でしょう。彼も腕は確かですから、冒険者でもやって行けるでしょうし‥‥それに、暫く離れていれば色々と冷静に見つめる事も出来るでしょう」
過去を冷静に見つめた結果、彼の中には大切にしていた姉の居場所さえなくなってしまった様だ。今の彼にとって大切なのは、ただ自分自身のみ。だが、いずれ彼も気付くだろう。冒険者達が気付かせようとしていた何かに。
「戻る頃には他の誰かの為に戦える、そんな人間になっていてくれると良いですね」
自分以外の誰かの為に動く時、人は最も強くなれる。それが実感出来た時、彼はもう独りではない。
今はただ待つとしよう。巣立った若鳥が一回り大きくなって帰ってくる日を。
だが、クリスはジャスティンが自分に言った、あの言葉が気にかかっている様だ。その不安げな眼差しを受けて、ボールスは「大丈夫」と微笑みを返した。彼が何を企んでいるのか、それはわからないが‥‥それもやはり、彼が外に目を向け、自分以外に大切なものを見付ければ自ずと意味を失うだろう。
「ふむ、こうして誰かの帰りを待つのも、また良いものである‥‥か」
ヴラドが呟いた。
「しかし、そうなると‥‥ますます人手が足りなくなりますね」
ボールスは溜息をつく。
領主不在が続けば、クラウボローはタンブリッジウェルズに併合せざるを得ない。領地が増えるのは喜ばしい事なのだが、この人材不足の折、それを手放しでは喜べない現実があった。
という訳で。
「ええっ!? み、見習い解除って‥‥っ!!」
頓狂な声を上げる、元補佐役見習い。
「はい、今日からは正式に補佐役として働いて貰いますから」
「ちょ‥‥っ、早すぎます! まだ、俺なんか全然っ!!」
しかし、こういう事は早すぎる位で丁度良いのだ。それに、常に自分は未熟であるという意識を持たなければ、それ以上の成長はまずないと言って良いだろう。
つまり、期待値も含めた大抜擢という事だ。
「その代わり、遠慮なくコキ使いますからね?」
にっこり。
「は、はい‥‥が、頑張りますっ」
「そうすると、これは‥‥七神さんの見習い解除祝いパーティになるのかな? かな?」
グランの言葉に、ボールスは呆気にとられているウォルに向かって悪戯っぽく微笑んだ。
「ほら、用意しておいて良かったでしょう?」
その目は、まるでそう言っている様だ‥‥。
「‥‥やっぱオレ、師匠には敵わないや‥‥」
軽く凹んだ弟子に向かって、昇進したばかりの同僚が言った。
「まあ、100年は早いだろ‥‥お互いにな」
「おめでとう、蒼汰」
トゥルエノがその肩を叩く。それに続いて、四方八方から飛んでくる祝いの声。
周囲を取り巻く様々な脅威がこれで去った訳ではないが‥‥ひとまずは、暫しの休息といこうか。