【リトルバンパイア】窓のない家
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■シリーズシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月31日〜06月05日
リプレイ公開日:2008年06月10日
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●オープニング
薄暗い森の中にひっそりと佇む一件の屋敷。そこには、まるで城の狭間の様な細長い開口部が幾つかあるだけで、窓と呼べるような物はない。
その狭間から時折ちらりと見える人影と煙突からうっすらと立ち上る煙だけが、辛うじてそこが廃墟ではない事を示していた。
「‥‥人の出入りは殆どない、おまけに昼間でも薄暗い屋敷‥‥あたしの住処には丁度良いんだけどな」
近くに立つ大きな木の枝に座って、赤い瞳をした少女が呟く。
「でも、人間って普通は明るい所が好きなのに、こんな薄暗くて辛気くさい所に閉じこもってるなんて‥‥一体どんな連中なのかしら?」
少女はそう言うと、祈るように両手を合わせた。途端にその体がぐにゃりと歪む。まるでアメーバのように体を変形させたそれは、枝を伝って手近な狭間へと這い寄り‥‥ズルリと中へ入り込んだ。
ボトリと床に落ちたそれは、再び少女の姿を取る。
そこは、床に赤い絨毯が敷かれただけの殺風景な部屋。薄暗い中にぼんやりと浮かんでいるのは、小さなベッドがひとつきり。他には何もない。いや、その奥、狭間から漏れる光さえ届かないような場所に、椅子がひとつ置いてある。奥の壁を向くようにして置かれたその椅子には‥‥
「びっくりした。人がいるとは思わなかったわ」
少女は椅子に座った人影に近付き、声をかけた。しかし、返事はない。
「あんた、ここに住んでるの? 暗い所が好きなの? もしかして、あたしの仲間‥‥なワケないわよね。この匂いは正真正銘、人間サマだもん」
少女は人影の前に回り込んでみた。後ろから見た背格好の様子から、自分とそう違わない年頃の娘‥‥少なくとも外見は‥‥だろうと予想していたが、果たしてその通り。
それは、痩せて青白い顔をした少女だった。
「ねえ、あんた‥‥あたしの言ってる事わかる? もしかして耳が聞こえないの? それとも、目が見えないのかしら?」
いくら話しかけても、相手はじっと壁の一点を見つめたまま‥‥人形のように無表情に押し黙っている。
「目が見えないんじゃ、明かりなんかなくても平気かもしれないけど‥‥でも、なんかワケアリっぽいわよね」
少女は相手の目の前で手を振ってみたり、手を叩いて音を出してみたり‥‥更には彼女にしては珍しい事だが、おかしな顔を作って笑わせてみようとさえしてみた。
だが、それでも反応はない。
その時。
「‥‥アデレード‥‥どうした?」
頑丈な扉の外から、くぐもった男の声が聞こえ‥‥
――カチリ。
鍵が外された。
入って来たのは眉間に深い縦皺を寄せた、目つきの鋭い中年の男。男は部屋の中を子細に見渡し、アデレードと呼ばれた娘の他には誰もいない事を確かめると、煩わしそうに言った。
「独り言か。だが‥‥近頃は屋敷の周辺をうろつく小僧がいるらしい。間違っても、そのような輩と口をきいてはならんぞ」
その言葉に、アデレードは僅かに頷く。
(「なんだ、耳‥‥聞こえるんじゃない」)
天井に張り付いた少女が心の中で呟く。
「‥‥まさか、この二階まで登って来るとも思えんが‥‥この窓も塞いだ方が良いかもしれんな」
独り言のようにそう言って、男が部屋を出て行ったのを確認すると、少女はストンと天井から床に降りた。
「これが窓ですって?」
壁に開いた隙間を見てそう小声で呟くと、少女はその「窓」からニュルリと外へ出る。
「牢屋の窓だって、コレよりはマシよ‥‥見た事ないけど、多分」
草の上に落ちたそれが再び人の姿を取り、顔を上げる。と、目の前に‥‥
「お、お前っ! 出られたのか!?」
腰を抜かさんばかりに驚いた様子で少女に向かって指を突き付けている少年がひとり。それに気付いた少女は、慌てて赤い瞳と口元から伸びた犬歯を隠す。
「あ‥‥? い、いや、違うな‥‥あの子はもっと、黒っぽい髪で‥‥もっと、ずっと可愛い筈だ。お前、誰だ?」
咄嗟の変身には気付かなかったらしい。少年は人差し指を付き付けたまま言った。
「失礼ね。あんたこそ誰よ?」
「ぼ、僕‥‥いや、オレは‥‥」
だが、相手が答えようとするより先に、少女が言った。
「わかったわ。囚われのお姫様を助けようとしてる王子様ね?」
「お、王子様!?」
「じゃあ、勇者様が良い?」
くすくすと可笑しそうに笑う少女に、少年は顔を真っ赤にして下を向く。
「あたしは‥‥そうね、アンジェって呼んで、王子様」
「あ、お、オレは‥‥ぴ、ピーター‥‥。森の外の、村に住んでる」
「ふうん、ピーターね‥‥気に入ったわ。あたしの美貌を見ても動じない男の子は、あんたが初めてよ」
「美貌って‥‥自分で言うかフツー‥‥あ、いや、そんな事はどうでもいい!」
ピーターは再び、人差し指をアンジェに突き付けた。
「お前、あそこから出て来ただろ!? どんな魔法使ったんだ!? オレにも出来るか!? あいつ、外に出せるか!?」
「はいはい、質問は一度にひとつにしてちょうだい」
アンジェは、その指を煩そうに払い除けながら言った。
「あんた、あの子を外に出したいの?」
ピーターは黙って頷く。
「なんで?」
「なんでって‥‥可哀想じゃないか! ずっと、あんなとこに閉じ込められてて‥‥誰とも口をきいちゃいけないとか、笑ってもダメとか!」
「あの子、口きけるの?」
「うん‥‥一度だけ、話した事あるんだ。なんか‥‥笑うと災いが起こるとか、そんなこと言ってた。どういう意味か、よくわかんないけど‥‥」
それを聞いて、アンジェは暗がりの中で見た少女の姿を思い起こしてみた。
普段は人間もエルフも、その他のどんな種族であろうと、単なる「獲物」として区別などしない。だが、確か‥‥あの少女は耳が中途半端に長かったような。
「あんた、あの子の姿ちゃんと見た事ある?」
その問いに、少年は首を振る。
「だって、薄暗いし、ほんのちょっとしか隙間ないし‥‥でも絶対、笑うと可愛いんだ! だからオレ、あの子を自由にして、思い切り笑わせてあげたい! だから、お前‥‥力、貸してくれよ。オレの話、あの子に伝えるとか、その位でも良いからさ」
「そうね‥‥良いわ。なんか面白そうだし」
アンジェは何かを企むように、くすりと笑った。
「でも、あたし一人じゃ多分、どうにもならないわ。だから‥‥あんた、冒険者ギルドって知ってる? お金さえ出せば、どんな頼みでも聞いてくれる便利屋さん」
「聞いた事はあるけど‥‥でもオレ、金なんか」
「大丈夫、あたしが出すわ」
アンジェは重たい皮袋を少年に押し付けた。
「うち、お金持ちだから。人助けに協力するなら、お父さんもお母さんも喜んでお小遣いをくれるわ‥‥困ってる人の為にお金を役立てるのも立派な貴族の仕事だって。だから、好きに使って」
自分は一度家に帰って、父母に了解を得て来るから、その間にギルドに依頼を出して来て欲しいとアンジェは言った。
「依頼人はあんたで良いわ。でも、あたしの名前もちゃんと出しておいてね。そうじゃないと、お父さん達に信じて貰えないかもしれないから」
「う‥‥うん、わかった。ありがとう!」
走り出した少年の背に向かって、アンジェはひとり呟く。
「これで、もっと面白い事になるわね。さて、この依頼を見たらあいつらはどうするかしら‥‥まさか、あたしを退治しようとか、そんなこと思ったりしないわよね?」
くすくすくす‥‥薄暗い森の中に、少女の楽しそうな含み笑いが漏れた。
●リプレイ本文
依頼人ピーターは、村外れの人目に付かない場所で冒険者達を待っていた‥‥天使の様な少女、アンジェと共に。
今ここで「この女は吸血鬼だ!」とアンジェの正体をバラしたら、ピーターはどんな反応をするだろうとグラン・ルフェ(eb6596)は考えてみるが‥‥
今その事実を明かしても反発を招くだけだろう。何か、彼女が尻尾を出す様な真似でもしない限り。
それでも敢えて彼女の正体を明かして関係者の安全を図るか、それともこのまま正体を伏せて打倒の機会を狙うか‥‥シエラ・クライン(ea0071)の思いは揺れる。どちらも一長一短だが‥‥
「幽閉は手間も場所もお金もかかる手段の為、それなりの身分や資産がある家でないと選べない選択肢ですから‥‥下手につつくと大事になるかも知れません」
結局、この先彼女の気が変わった時に狙われる危険性を見過ごしても、今は少年の想いを尊重すべきと判断し、シエラは尋ねた。
「好きこのんで幽閉の道を選んだのではなく、他の道を選べなかった場合もあります。‥‥助けたいと願う気持ちは分かりますけど、乗り越えなければいけない問題は大きいですよ?」
「わ、わかってるよ‥‥でも、あんなの絶対間違ってる!」
世の中、正しい事だけが正義ではないし、例え間違っていてもやらなければならない事はあるものだが‥‥それを知るには、少年はまだ幼すぎた。
だが、この件に関わるならいずれは知る事になるだろう。
「ピーターと言ったな。どんな事態となっても彼女を諦めない覚悟があるか?」
レイア・アローネ(eb8106)の問いに、少年は何の迷いもなく頷いた。
「‥‥ならば、私達も最後まで付き合おう」
例え何があろうと。
「では‥‥まずは知っている事を聞かせて貰おうか?」
ピーターが仲間達に話をする間、七神蒼汰(ea7244)はアンジェに向かって小声で囁いた。
「ホントに何も企んでないんだろうな‥‥?」
それを聞いて、アンジェは怒り出すかと思えば‥‥一瞬その青い瞳を大きく見開き、そして伏せる。
「どうせ、芝居だと思ってるんでしょ? あたしが本気で人助けなんか、する筈ないって」
「い、いや‥‥」
上司の話では、吸血鬼はデビルなどと同じく問答無用で滅ぼすべき「絶対悪」であるらしい。確かに、人の生命を糧にする以上は生かしてはおけないだろう。血を吸われても死なずに済むなら共存の余地もあるだろうが‥‥
「‥‥あぁ、判った悪かった。泣くなよ、今は別にアンタに何もする気はないから」
いずれは決着を付けなければならないにしろ、今はその時ではない。
「だから‥‥屋敷の少女の様子、聞かせてくれないか?」
「じゃあ、俺は屋敷の周囲を見張って、中の人数や行動パターンを調べておきますね」
二人を家に帰した後――アンジェの家がどこにあるのか、どこに帰ったのかは知らないが――耳を隠し、地黒の猟師に扮したグランが言った。どうやらこれは、ハーフエルフの狂化に絡んだ事件らしい。ならばこの辺りではハーフエルフが他の土地以上に忌避されているかもしれない。
「その間に、私達は村で屋敷の事について調べてみます。慎重に動かないと危険かな‥‥」
ルーウィン・ルクレール(ea1364)が言う。
「小さな村の様ですから、余り大勢で行っても怪しまれるでしょうね」
シエラは、自分は他の村にも足を伸ばすつもりだった。聞き込みのついでに、それとなく原因不明の高熱の病と、治療には医者でなく教会に頼る必要があるとの話を流しておいた方が良いかもしれない。鳳美夕に描いて貰った吸血鬼の似顔絵も役に立つか。
「いつ気紛れに人を襲うかわかりませんし‥‥そうでなくても、いずれ食事は必要になるでしょうから」
「ここ何年かの間にさぁ、変わった事とかなんか無かったか?」
小さな酒場で酒を奢りつつ尋ねる蒼汰に、村人達は揃って首を振った。
「こんな田舎の村に、都会モンが聞いて面白いような事は何もありゃせんよ」
確かに何もなさそうな、平和でのんびりとした村の様だが‥‥
「なんか、森ん中にぽつんと屋敷が建ってたけど‥‥アレは? 何か知らないか?」
その話を振った途端、村人達の顔色が変わる。
「あんた、あの屋敷を調べてるのか? やめた方が良い、あそこには悪魔が封じられてるんだ」
「いや、俺は吸血鬼だって聞いたぞ?」
「俺は化け物を隠してるって聞いたが‥‥禁忌を犯した報いだとか何とか」
一方、同じく村で情報収集に当たっているレイアもかなりの苦戦を強いられている様だ。
「ここに来る途中に森の中で屋敷を見かけたが‥‥あれは誰のものだ?」
「あんた、まさかドアを叩いたりはしなかっただろうね?」
井戸端会議のオバチャンが胸元で十字を切りながら言った。
「あそこは化け物屋敷なんだよ。どこの誰だか知らないけど、余所からやって来て勝手に家を建てて‥‥しかも、あんな窓のない棺桶みたいな家! ありゃどう見たって真っ当なモンじゃないよ。住んでるモンだって真っ当な筈がないさ!」
二日ほどを調査に費やし、冒険者達は村外れの野営地でそれぞれの成果を報告するが‥‥
「‥‥結局、村の者は殆ど何も知らぬ様だな」
自らもあちこち飛び回って情報を集めていたメアリー・ペドリング(eb3630)が言った。
あの屋敷に住むのは村の関係者ではなく、どこか余所の土地から移り住んだ者らしい。屋敷の外観と、生活感のなさ、それに森の中の一軒家という条件が重なり、村人達の想像力を刺激したのだろう。様々な噂や憶測が飛び交うばかりで、確かな情報は殆ど得られなかった。
やはり自分の目で確かめてみるしかなさそうだ。
「‥‥グラン殿は何か掴めたのであろうか?」
メアリーの問いに、グランは待ってましたとばかりに目を輝かせる。
地黒の猟師は、たまたま屋敷を訪れた出入りの商人に「獲物を買い取って欲しい」と持ちかけ、そのついでに色々と尋ねてみたのだが‥‥
「元はここから少し離れた町に住んでいたお金持ちなんだそうです」
家の主人はその頃からの得意先で、今も出入りするのはその商人のみ。
「ここに移り住んだのは3年ほど前に奥様が亡くなってからの様です。それまでは、ごく普通の幸せそうなご家庭だったそうですよ」
奥方がエルフで、娘がハーフエルフである事を除けば。
「ただ、詳しい事はその商人も知らない様ですが‥‥」
「やはり本人に聞くのが一番か。思い出したくもない事である可能性は高いが」
「でも、狂化が原因なのか他に理由があるのか‥‥判らない事には安易に連れ出す事は出来ないよなぁ」
レイアが言い、蒼汰が溜息をつく。
少女の身分、どんな扱いを受けているか、何故閉じ込められているのか。屋敷の人間は少女をどうしたいのか。彼女が笑うことで過去に何かあったのか。監禁は誰の意志で行われているのか‥‥?
「少なくともご本人の意思だけは確認しておきたいですね。‥‥行ってみますか?」
夜間は流石に監視の目も緩い様だとグラン。森の中は昼間でさえ暗く危険だ。ましてや夜に近付く者などいない‥‥化け物屋敷や魔物を封じていると噂される場所なら特に。
シエラのブレスセンサーで捉えたのは静かな規則正しい呼吸が二つ。メアリーのバイブレーションセンサーにも歩き回る様な大きな反応はなかった。
「二人とも寝ている様ですし‥‥距離も離れています。今なら恐らく、気付かれる事もないかと‥‥」
少女に大声を出される様な事でもなければ。
「了解した。叫ばれるのも困るが、狂化の恐れもある。強い刺激を与えぬように気をつけよう」
メアリーは少女の部屋がある場所まで飛んで行き、そこにウォールホールで穴を開ける。他の者も入れる大きさではあったが、大勢で押しかけて少女を怖がらせても拙い。
自分もフェアリーのふりでもした方が良いのだろうかと思いつつ、メアリーは暗がりの中で少女の姿を探す。やがて暗闇に慣れてきた目に、ベッドに横たわる少女の姿がぼんやりと見えてきた。
少女は寝てはいなかった。ただ、ぼんやりと真っ暗な天井を見つめている。
「‥‥アデレード殿‥‥か?」
メアリーの呼び掛けに、かすかに瞳が動く。
「怖がらなくとも良い。貴殿に危害などは与えぬ‥‥このような場で何をいたしているのだ?」
耳元に舞い降り、小声で囁く。その耳は利いていた通り、半端に長かった。
「貴殿に会いたがっている少年がいるのだ‥‥一度だけ話をした事があると言っていたが、覚えているであろうか?」
反応はない。だが、メアリーは構わず続けた。
「だが、貴殿の事情がわからなければ、なんとも出来ぬ。貴殿の事情をお教え願えぬだろうか? 何故、このような場に閉じ込められているのであろうか? 外に出たいとは思わぬか?」
「‥‥構わないで‥‥」
微かに返事が返る。
「これは、罰なの。私は一生ここから出ない。出ちゃいけないの‥‥」
「何故‥‥と訊いても構わぬであろうか?」
「‥‥私は、笑いながら人を殺す化け物だから。私は、お母さんを殺した‥‥神様にも祝福されない、禁忌の産物だから」
少女は小さな声で、しかしはっきりと言った。
「だから、お願い。関わらないで‥‥」
「‥‥結局、リュー殿は間に合わなかったか」
ここに来る前、兄貴分のウィンディオ・プレインと連名でギルドに言伝を頼んでおいたのだが、と蒼汰。
だが間に合わなくて良かったのかもしれない。
「アンジェはリュー殿にとって誰かの仇らしいからな」
しかし次の機会には必ず合流するだろう。その時、彼女を止められるだろうか?
「優先されるべきは依頼人の意志だ。それ位は、そのリューという者にもわかるだろう」
レイアが言った。
とにかく、わかった事をピーターに伝えなくては。彼女がハーフエルフである事、そして笑う事が狂化の引き金になるらしい事。その結果、起こった事‥‥。
それを知った上で、まだ彼女を助けようとするのか‥‥もう一度、確かめる必要があった。