【リトルバンパイア】封じられた少女

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月22日〜07月27日

リプレイ公開日:2008年07月31日

●オープニング

「‥‥ハーフエルフ‥‥?」
 森の中、例の屋敷からほど近い場所で、アンジェと共に冒険者達から報告を受けたピーターの顔色が、みるみる蒼白になる。
「あの子、ハーフエルフだったの!? 笑うと災いが起こるって、そういう事!?」
「ちょっと、どうしたの? 顔色が真っ青よ?」
 まるで下僕の様な顔だと思いつつ、アンジェが尋ねた。
「まさかあんたも、ハーフエルフは化け物だとか、そんな風に思ってるワケ? あんた、あの子を助けたいんじゃなかったの?」
 どんな事態になっても、何があっても彼女を諦めない‥‥ピーターはそう言った筈だ。
「それは、あの子が人間だと思ってたから‥‥っ! ハーフエルフなら、笑いながら人を殺すような奴なら、閉じ込められてて当然だ!」
 少年は小刻みに震えている。
「‥‥良かった、オレ‥‥あいつ笑わせてたら、殺されてたかも‥‥!」
「そうとは限らないわよ。笑うっていっても程度があるし‥‥ちょっと微笑むくらいでソレが起きるなら、生かしておくのだって難しい筈でしょ? だいたいあんた、男らしくないわよ? あんたが助けたいって言うから‥‥」
「うるさい! しょうがないだろ、知らなかったんだから‥‥ハーフエルフなんて、悪魔や吸血鬼と同じだ。神様の言いつけに背いたから、だからバチが当たって生まれた‥‥あれは、モンスターなんだ!」
 そう叫ぶと、少年は背を向け走り去った。怯えた様子で、まるで何かに追われる様に。
「‥‥田舎者って、そうなのよね。お人好しのくせに、やたら偏見が強くて。本当の事を知ろうともしないで、頭の中は迷信でいっぱい。あんた達もそう?」
 アンジェは冒険者達を振り返る。
 黙って見守っている彼等に、アンジェは軽く鼻を鳴らした。
「どっちにしろ、あたしは諦めないわ。アデルを自由にしてあげたい。‥‥協力してくれるわよね?」
 ただの気紛れか、それとも本気なのか。或いはこれも、面白い余興のひとつに過ぎないのか‥‥。
 アンジェの表情からは、今は何も読み取れなかった。


 その数日後。
「たまには大きな町に出てみるのも悪くないわね」
 キャメロットの往来は、無防備な餌達で溢れ返っている。
「流石に都会はバラエティも豊かで目移りするけど‥‥」
 今日は餌を探しに来た訳ではない。目的は冒険者ギルド。逃げ出したパシリ、ピーターの代わりに依頼を出しに来たのだ。
「この間、ピーターって子が出した依頼を覚えてるかしら?」
 カウンターの前に立ち、アンジェは言った。
「その続きを頼みたいの。内容は殆ど変わらないわ。閉じ込められてるアデル‥‥アデレードって女の子を自由にしてあげたいって、それだけ」
 詳しい経緯は前回の報告書を見ればわかる‥‥と、アンジェが立ち去ろうとしたその時。
「‥‥貴様、ここで何をしている」
 背後で低く抑えた冷たい声がした。
「あら、久しぶりねオバサン」
 アンジェは振り向きもせずに、クスクスと笑う。
「暫くあたしの事を見失ってたみたいだけど‥‥ここにいればあたしが現れるって誰かに教わったのかしら? 良かったわね、協力してくれるお友達がいて」
「‥‥ハーフエルフの少女を助けようとしていると聞いたが‥‥今度は何の悪巧みだ?」
「あら、人助けが悪巧みになるなんて、初めて聞いたわ」
 そう言いながら、アンジェは店の隅、他の者には声が届かないような場所まで行くと、相手の女性‥‥リューに「来い」と言う様に顎で示した。
「貴様が人助けなど、する筈がなかろう」
 顎で使われるのは気に入らないが、リューもとりあえずその指示に従い場所を変える。
「吸血鬼が人助けをしちゃいけない? 人間なら何でもかんでも餌って訳じゃないわ。それに‥‥人間を餌にしなくちゃ生きられないのは、あたしのせいじゃない。あたしが望んだ事でもないわ。‥‥あの子が、望んでハーフエルフに生まれた訳でも、厄介な狂化条件を持ってる訳でもないのと同じ。なのにどうして‥‥」
 アンジェはミミクリーで変化させた真っ青な瞳で相手を見据えた。
「どうしてあたしだけ、悪者扱いされなきゃいけないの?」
「当然だ、貴様はハーフエルフとは違う‥‥存在そのものが悪であり生命とは対局にある、我々とは相容れないものだ」
「あら、アデルも人間とは相容れないと思われてるみたいだけど? だからああやって閉じ込めて、被害が出ないようにしてるんでしょ? あたしが吸血鬼だってバレたら、皆が寄ってたかって殺そうとするのと同じよ」
「違う。その少女は周囲の偏見さえなければ、適切な配慮をした上で人間として生きる事も出来るだろう。だが貴様は‥‥貴様がこれまでにしてきた悪行の数々を、忘れたとは言わせん」
「あんた達だって、生きるために他の生き物を殺して食べるでしょ? それと同じよ」
「村や町を丸ごと全滅させる事が、生きる為に必要だったと言うのか?」
「人間だって、食べもしない動物や‥‥同じ人間だって平気で殺すじゃない。殺さないにしても、平気で暴力をふるったり、奴隷にしたり、閉じ込めたり‥‥一体どっちが残酷なのかしら?」
 アンジェは天使のような微笑みを浮かべた。
「とにかく、今あたしはあの子を助けたい気分なの。邪魔しないでくれる、オバサン?」
「‥‥邪魔などはしない‥‥私はただ、貴様が現れたら斬る。それだけだ」
「それを邪魔って言うのよ、オバカサン」
 アンジェはゆっくりとリューの脇を通り抜けると、ドアを開けて往来に吸い込まれた。

「‥‥よく、我慢したな‥‥」
 いつ剣を抜いて飛びかかるかとハラハラしながら様子を見守っていたテリーが、大きな溜息と共に目の前に立つリューの背中に声をかける。
「いくら相手が奴でも、ここで騒ぎを起こすのは拙い‥‥それ位はわかっている」
 リューは振り向き、疑わしげな眼差しを向ける相棒に言った。
「行くぞ。仕事だ」
「今の依頼‥‥手伝うんだな?」
 だが、リューは首を振った。
「依頼など、どうでも良い。だが、そこにいれば奴は現れるだろう。人気のない森の中なら、こちらにも都合が良い」
「でも‥‥」
 不満そうな表情のテリーに、リューは冷たく言い放った。
「その少女はそれだけの理由があって、そうした処置をされているのだ。部外者が下手に手を出して良い問題ではない‥‥今以上の悲劇をもたらすのが落ちだ」
「だけど‥‥俺は助けたい。いくら何でも、もう少しマシなやり方がある筈だし、それに‥‥俺も最初は、その、ハーフエルフって奴にちょっと偏見持ってたさ。なんか怖いとか、普通とは違うとか。でも一緒に仕事とか、訓練とか‥‥付き合ってるうちに、そんなの忘れてた。だから、そのピーターって子も‥‥」
「慣れれば偏見もなくなる‥‥そう思うか?」
 リューの問いに、テリーは躊躇なく頷いた。
「なら、好きにするが良い。私は一切関与しない」
 自分の狙いは奴だけだ‥‥そう言って、リューはギルドを後にした。


 ‥‥さて、少女を封じているものは、牢獄の様な家の壁なのか、それとも‥‥?

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

火射 半十郎(eb3241)/ レア・クラウス(eb8226

●リプレイ本文

「‥‥お前は吸血鬼の味方をする気か?」
 村へ向かう道中、レイア・アローネ(eb8106)は今回の依頼人であるアンジェに対して好意的に見えるマナウス・ドラッケン(ea0021)に尋ねた。
「それは話を聞いてみないと何とも、な」
「話?」
「ああ、俺は彼女と少し話してみたい。今回は俺達の間には敵対する要因が『何もない』から、話すには良い時だ」
「真意を探る事には私も同感だが、お前程吸血鬼を好意的には見れんな。魔物がどうとかいう以前に人殺しだ」
 自分達もそれを糾弾できる職業ではないと思いつつ、レイアは続けた。
「ただ、私の知る情報は全て人から聞いたものだ。自身の目で見て判断したいとは思うが」
「それが良いだろうさ。最後に頼れるのは自分自身の感覚だからな」
 ただ、今回ばかりはマナウスにも自分の感覚が‥‥アンジェを信じてみたいと思ったその判断が、正しいと言い切れる自信はなかった。
 出発前、レア・クラウスに占って貰った結果は凶。だが、それでも‥‥

 やがて村の入口に辿り着いた一行は、そこで遊んでいる見覚えのある子供の姿に足を止めた。
「ピーター?」
 七神蒼汰(ea7244)の声に顔を上げた少年は、一目散に逃げ出すかと思えば‥‥
「あ、こないだの! 今度はあいつを退治しに来たのか!?」
 期待の眼差しで冒険者達を見つめる。
「ピーター‥‥余りふざけた態度を取ると、殴りますよ」
「いや、これが普通の反応だろう。責めるのは酷だ」
 拳を固めたルーウィン・ルクレール(ea1364)を、レイアが止めた。
「蒼汰、ここは任せた」
「ああ」
 例の屋敷がある森へと入って行く仲間達を見送り、蒼汰はピーターに向き直った。
「ピーター、少し話しがしたいんだが良いか?」
 村の様子を見た感じでは、アデレードの事は誰にも話さなかった様だ。
「話したら、オレがあの森に入ったってバレるじゃないか。あそこには化け物がいるから入っちゃいけないって言われてるのに‥‥!」
「化け物‥‥か」
 村人達も、森の屋敷が「曰く付き」である事は知っているらしい。或いは、村人が近付かない様に、あの父親が意図的に噂を流したとも考えられるが。
「なぁ、この間お前さんの依頼に集まった俺の仲間の冒険者達を覚えてるか? 彼らのことをどう思った?」
「は? 何だよそれ?」
 思いも寄らない質問に、ピーターは首を傾げ、疑わしげな眼差しを向けた。
「あんた達、あいつを退治しに来たんじゃないのか? だったら、話す事なんか何も‥‥」
「良いから、答えてくれ。大事な事なんだ」
 両肩をしっかりと掴み、真っ直ぐに瞳を覗き込む蒼汰の真剣な様子に、ピーターは思わず目を逸らした。
「べ、別に何も‥‥」
「彼らの中にモンスターと思えるのは居たか?」
「そんなの、いる訳ないじゃん!」
「そうか‥‥でもな、気付かなかったろうが、俺達の仲間にもハーフエルフが居る」
「え‥‥!?」
「誰か化け物に見えたか? 彼らだって俺達と変わらない。普通に生きてるんだ」
「嘘だ! だって、あいつらは神様に背いた‥‥」
「確かに、祝福されてないのかも知れない。けど、それは親同士が純粋に愛し合った結果だ。罰が当たったってのはちょっと違うんじゃないかな?」
「でも‥‥化け物が生まれるって、わかってて結婚したんだろ!?」
「いや、だから化け物じゃないって‥‥」
「化け物じゃないなら、何であんなトコに閉じ込められてんだよ!? 勝手に産んで、勝手に閉じ込めて‥‥そんなの、可哀想じゃないか!」
 そう叫ぶと、ピーターは走り去ってしまった。
「‥‥可哀想‥‥って事は、助けたいって気持ちはまだあるのか‥‥?」
 だが、無知と誤解、偏見、迷信‥‥そうしたものが混ざり合って、問題を複雑にしている様だった。

 一方、森の屋敷では‥‥
「この手紙を寄越したのは、お前か?」
 玄関先で、アデレードの父親はメアリー・ペドリング(eb3630)に一通の手紙を突き付けた。
「何のつもりから知らんが‥‥私は助けを呼んだ覚えも、助けが欲しいと言った覚えもない。帰って貰おうか」
 どうやら、シエラ・クライン(ea0071)がこっそり使ったチャームの魔法は効果がなかった様だ。
 だが、それでもメアリーは食い下がる。
「お節介なのは承知の上。だが‥‥貴殿は今、おいくつになられる?」
「私の歳がどうだと言うのだ?」
「失礼だが、アデレード殿が成人する頃には、貴殿はかなりの高齢になっている筈。いつまでもこうして貴殿の庇護の元に置く訳にはいかぬ事は、わかっておられるのではないか? 狂化が原因であると言うのであれば、そのきっかけが何かを知りたい。それによっては、対策がいくらでも取れるからだ」
「何故、娘の事を知っている? いや‥‥どこまで知っているのだ? これは、私と娘の問題だ。余計な口出しは無用に願おう」
「残念ながら、そうは行きません」
 シエラが言った。
「私達は現在、吸血鬼に関する依頼を受けています。そして、その吸血鬼がこの近辺に潜んでいるとの確かな情報を掴んでいるのです。この屋敷は人の出入りも少なく、陽の光も殆ど射さない‥‥吸血鬼にとっては格好の根城となります」
「‥‥まさか、それが屋敷に潜んでいると? 或いは‥‥娘がそうだなどと言い出すのではあるまいな?」
「いいえ、しかし‥‥そうなる可能性はあります」
 それを聞いて、父親の眉間に刻まれた皺が、ますます濃い影を作る。
「その方が‥‥良いかもしれんな。吸血鬼にでもなってしまえば、一思いに殺せる‥‥」
「ちょ‥‥ちょっと待って下さい! そんな‥‥!」
 グラン・ルフェ(eb6596)が慌てて叫ぶ。が、父親は落ち着いた様子で言葉を返した。
「お前もそうか‥‥。ならば、わかる筈だ。ハーフエルフが持つ特性が、いかに厄介なものか」
「でも、それをきちんと理解して‥‥周囲にも理解して、受け入れて貰えれば、俺達だって普通に生活が出来ます。俺だって、立派に‥‥とは言えないかもしれないけど、冒険者として一応、何とかやってますし」
 それはやはり偏見を持たない仲間や、依頼で出会う人達と親しくなっていく事で支えられているからだと思う。アデレードにも、そんな仲間が出来れば‥‥
「それは、お前の狂化条件が厳しいものではないからだろう。運が良かったな。だが、娘は‥‥」
「あの‥‥」
 サクラ・フリューゲル(eb8317)が、おずおずと口を挟んだ。
「出過ぎた真似かとは思いましたが、お二方が以前住んでおられた街で、少し調べさせて頂きました。事件については、本当にお気の毒です。娘さんをこの様な状態にしておく事は、彼女が犯した罪に対する罰なのかもしれません。けれど‥‥それで本当に、罪を償えるのでしょうか? 亡くなった奥様は、娘さんに対して罪を償って欲しいと、本当にそう望んでおられるのでしょうか‥‥?」
 それを聞いて、父綾は諦めた様に溜息を漏らした。
「‥‥人が封じ込めた辛い記憶を暴いて、傷口に塩を塗り込むのが冒険者の仕事なのか? ‥‥まあ、良い。それほど知りたければ教えてやる‥‥」

 アデレードは、生まれつき感情の起伏に乏しい子供だった。滅多な事では泣かないし、笑わないし、怒る事もしない。それは感情が高ぶった時に起こる事が多いとされている狂化に対する、彼女に備わった本能的な防御策だったのかもしれない。
 しかし彼女の母は、そんな娘の様子が不憫でならなかった。どうにかして娘に豊かな感情を持たせたいと、あらゆる手を尽くした。怒りや悲しみは要らない。だが、喜びの感情だけは知って欲しいと。
「‥‥嬉しそうに微笑む程度の事は、度々あった。だが、妻も私も、娘が心の底から楽しそうに笑う姿が見たかったのだ。親の我侭と言ってしまえばそれまでだが‥‥ハーフエルフを生み出してしまったという罪悪感もあったのだろうな。だからこそ、娘には誰よりも幸せになって欲しかった。生まれて来て良かったと、そう感じて欲しかったのだ」
 だが、その思いが仇になった。
「あれは、娘が生まれて初めて、大声で楽しそうに笑った‥‥その時だった。最初は、本当に楽しそうに‥‥だが、やがてそれが止まらなくなり、ヒステリックな笑いに変わった瞬間‥‥それが起きた」
 何が起きたのか、詳しい事は聞かないでくれと言ったきり、父親は黙ってしまった。
 暫くして、再び口を開く。
「何がそんなに可笑しかったのか、今となっては思い出せない。だが‥‥あの子は笑いの発作が起きると止まらなくなるのだ。そして‥‥そうなるともう、手が付けられない」
 冒険者達の間では、比較的偏見が少ない事は知っていた‥‥父親自身も、かつては冒険に身を投じていた時期があったから。だから、冒険者として生きて行ける様にと、魔法や武器の扱い方などを幼い頃から教え込んでいたのも事態を更に深刻にさせた。
「そんな状況で‥‥他にどんな選択肢があると言うのだ? 外に出たところで、娘に幸福などある筈がない。感情を押し殺し、心の底から笑う事さえ許されない人生など、何の価値がある? 刺激が多い場所で人と接して暮らせば、いつ、何がきっかけで笑いの発作が起こるか知れない。それに怯えて暮らすなら、いっそ誰とも付き合わない方が良いのだ」
 帰ってくれ。そう言った父親の耳には、もうどんな言葉も届かなかった。

「あら、久しぶりね、エルフのおにーさん。また、あたしを退治しに来たの?」
 仲間達がアデレードの父親と接触を図っている頃、マナウスとレイアは森の外れでアンジェと対峙していた。
「‥‥いや、依頼人の安全は確保するつもりだ」
「へえ? でも、後ろのオバサンは殺る気満々っぽいけど?」
 アンジェは彼等の背後に控えるリューを顎で指す。
「俺は今回、彼女を討伐する依頼は受けていない。戦うつもりはないが‥‥彼女を襲うつもりなら、俺は全力で守る」
 マナウスの言葉に、リューは呆れた様に首を振った。
「情にほだされたか? 忘れるな、そいつは吸血鬼だ。人の生き血と、嘘偽りが大好物の、な」
「俺は自分が正しいなんて思わない、正義であろうとも思わない。でも、何もしていないものを傷つけるのは見過ごせないんでな」
「‥‥勝手にするが良い。血を吸われても、私は助けんぞ」
 マナウスは僅かに肩をすくめ、アンジェに向き直った。
「アンジェ、君が望むものは何なんだ? レナードの時、君は君なりの方法で助けようとしていた。以前村に集めた時もそう、俺達に村を守らせて君は賊を退治していた。今も自らを餌に、こうして人を集めてアデレードを助けさせようとしている‥‥」
 アンジェは吸血鬼の証である赤い瞳を隠そうともせずに、マナウスを見つめていた。
「俺はそれで判らなくなった、だから一度信じてみようと思ったよ。疑い続けるのは疲れるからな」
「本当に? 本当に信じてくれるの?」
 そう言いながら、アンジェは両腕を伸ばした。それに応える様にマナウスは腰を屈め、膝をついた。その首に、アンジェが腕を回す。
「‥‥おい‥‥!」
 レイアが腰の剣に手をかけた。が、マナウスはそれを片手で制す‥‥無防備な首筋を牙の前に晒しながら。
「ああ。その思いを利用するならすればいい、人が一人救えるなら安いものだ」
「ふぅん‥‥あんた、見かけによらず度胸あるわね。気に入ったわ」
 アンジェはクスクスと笑いながら、何もせずにマナウスから離れた。
「答えろ‥‥」
 剣に手をかけたまま、レイアが言った。
「何故彼女を助けたい? お前とは何の関係もない筈だ。もし、仲間が欲しいのだったら言っておこう。お前の都合に巻き込むな、と」
「そうね、あの子が人間と暮らせないなら、仲間にするのも良いかも。下僕じゃなくて、ね。でも、あたしはただ、あの子が可哀想だと思っただけよ。あたしは好きで吸血鬼に生まれた訳じゃない。あの子だって、好きであんな風に生まれた訳じゃないわ」
「つまり‥‥アデレードに自分を重ねているという訳か? だが、彼女は条件次第では人と共に生きられる。しかしお前はどうだ? 吸血は『生きる為に仕方なく』と言った、それが本音か否かはともかく、お前が大勢の人間を殺した事は事実だ。そこに理由は関係ない」
「なら、良いわよ。あたしを殺して」
 アンジェは両腕を広げ、無防備に突っ立っている。
「今日のあたしは、とっても機嫌が良いの。だから殺されても構わない気分。だけど‥‥依頼人を殺しちゃったら、依頼は大失敗よね?」
「く‥‥っ」
 これもまた、アンジェの策略なのだろうか。

「‥‥ピーターや村の人達に受け入れて貰うには、時間がかかりそうだな」
 後刻、それぞれの成果を持ち寄った場で、蒼汰が言った。
「でも、彼に関してはこの件に関わるのは別の意味で危険ですし、再度首を突っ込ませるよりは安全かもしれませんから」
 このまま放置して置いても良いのではないかと、シエラ。
「嘘をついているわけではないですし、この先アンジェと戦う為にも彼女の余裕と有利な条件を出来るだけ潰したいのは確かなのですけど、事実全てを伝えるのは難しいですね‥‥」
「場合によってはフォンテ村に連れて行く事も考えられますが」
 ルーウィンが言った。
「でも、そこで受け入れて貰うにしても、まずは狂化対策をどうにかしないといけませんし」
 グランが腕組みをしながら首を捻る。
 果たして、有効な対策はあるのだろうか? そもそも、外に出る事が今よりも幸せだと言えるのだろうか?
「父親はアデレード殿をこれ以上不幸にしたくないのであろう。だからこそ、敢えて幽閉という手段を選んだのであろうな」
「ええ、そのお気持ちはわかりますが‥‥難しい問題ですわね‥‥」
 メアリーの言葉に、サクラが溜息をついた。