【リトルバンパイア】ひとつの結末

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月10日〜09月15日

リプレイ公開日:2008年09月19日

●オープニング

「‥‥眩しい‥‥」
 アデレードは初秋の気配が漂う柔らかな陽射しにも眩しそうに目を細め、細く足白い腕をかざして影を作った。
 一体どれほどの間、あの薄暗い部屋で過ごしていたのだろうか。外に出てからもう3日になるというのに、未だに昼間の強い陽射しには慣れない様子だった。
 それに‥‥
「何だ、もう疲れたのか?」
 歩みが遅れ始めたアデルの様子に気付き、リューが振り返る。ずっと部屋に籠もったままで、ろくに体を動かす事もしなかったのだろう。手足の筋肉は痩せ衰え、小さな子供ほどの体力も無い様子だった。
「これでは暴れたところで殆ど害はあるまいな」
 殺傷力の高い重い剣など持てないだろうし、あっという間に体力を使い果たして倒れ込むのが落ちだろう。監禁が功を奏した‥‥などと言うのは不謹慎かもしれないが、体力が戻るまでは一般人の中で過ごしても問題はなさそうだ。
「アデル、もう少しで宿のある町に着くから、頑張って歩こう。ね?」
 テリーが差し出した手をとり、アデルは少し足を引きずりながらも歩く。

 だが彼女も最初から、これほど素直に彼等の言う事を聞いていた訳ではない。
「もう‥‥帰る」
 父親の見舞いと母親の墓参りを済ませた後、アデルはあの家に戻ると言ってきかなかった。
「もう‥‥他にしたい事、ない。あそこで、お父さん‥‥待ってる」
 アデルの望みはただひとつ、母親の墓に花を添える事だけだった。薄暗い客間に彩りを添えていた、あの季節の花々を。
「でも‥‥アデル、君の償いはもう済んでるって、冒険者のお姉さんも言ってただろ?」
 テリーはアデルの目の前に膝を付き、その細い両手をとって自分のマメやタコだらけの手でそっと包み込んだ。
「さっきお墓に挨拶した時、お母さんは何て言ってた? まだ怒ってた? 君を許さないって、そう言った?」
 アデルは黙って首を振った。
「だから、もう君は自由にして良いんだ。勿論、帰りたいならあの屋敷に帰っても構わない。でもその前に、少しだけ見てみないか? 俺達が付いてるから、心配は要らない」
「‥‥‥‥」
「ほら、冒険者達が紹介してくれた村があっただろ? あそこに行ってみようよ。気に入らなければ、また俺達がここに連れ戻してあげるからさ。ね?」
 テリーの人当たりの良い笑顔に安心したのか、アデルは漸く、こくんとひとつ頷いた。

 だが、リューの目的は純粋にアデルを心配し、父性本能を刺激されたテリーとはまた少し別の所にあった。
 確かに彼女を保護するつもりはある様だが‥‥
「‥‥その村へ行く前に」
 陽も暮れかかった頃に漸く辿り着いた宿で、ベッドに倒れ込んだアデルにリューは言った。
「寄りたい場所がある。済まないが、付き合ってくれるか?」
 それは、セブンオークスの町外れにある、今では住む者もない荒れ果てた村。
「その村は、かつてあの吸血鬼に滅ぼされた。そして‥‥私が初めてあの吸血鬼に会い、そして敗れた場所でもある」
 つまり、因縁の地。
 あの吸血鬼にとっては今までに数知れず滅ぼしてきた村のひとつに過ぎないかもしれない。だが、彼女が執着していたアデルを連れて行けば‥‥
「奴が現れるかもしれない、と?」
 テリーの問いに、リューは頷く。
「勿論、安全は保証する。私の我侭に付き合わせるのだ、アデルは私が全力で守ろう。それに、冒険者達も雇うつもりだ」
 村までの護衛と、吸血鬼の退治に。
「今度こそ、決着を付けたい。あの村を奴の墓場としたいのだ」
 吸血鬼は命を失ってもただ消えるだけ‥‥墓を作るべき遺体など残りはしないのだが。
「‥‥吸血鬼‥‥あの、男の子? あの子‥‥悪い子、なの?」
 けだるそうに起きあがり、アデルが尋ねた。
 自分に初めて声をかけてくれた子。外に出ようと言ってくれた子。
「いや、もう一人いただろう? 少女の姿をした化け物の方だ」
 リューが答えた。
「化け物‥‥私と、同じ‥‥」
「アデル、君は違うだろ? 化け物なんかじゃ‥‥」
「‥‥でも、そう呼ばれた。これからも、きっと‥‥」
「呼ばせないよ。それに、これから行く所には君の仲間が大勢いるって言うじゃないか。だから大丈夫」
 テリーはアデルの頭を軽く撫で、もう一度ベッドに寝かしつけた。
「誰も君を、そんな風には呼ばないから」
「‥‥仲間‥‥だから? その子にも、仲間、いる?」
「さあ、どうだろうね‥‥」
 仲間など、いてもらっては困るが。
「‥‥その子、寂しいから、悪い事するのかな‥‥私‥‥」
 友達になっても良い、と言おうとした時、リューの冷たい声がそれを遮った。
「奴に同情は無用だ。人と同じように感情がある様に見えるのは、ただ我々の感傷や、そうあって欲しいという願望がそう見せているからに過ぎん。そして奴は、それを巧みに利用し、餌を釣る。アデレード、奴に釣られるなよ。‥‥テリー、お前もだ」
「俺が釣られる訳ないじゃないか!」
「どうだかな」
 テリーの抗議に、リューは鼻を鳴らす。
「お前は女子供に甘い。気を付けろよ」


「‥‥ふ〜ん‥‥あの子を餌にしようってワケ?」
 彼等の後を付かず離れず、秘かに追っていたアンジェが屋根の上で呟く。
「人間ってわりと平気で酷い事するのよね。それであたしを邪悪だの何だのって、ナニサマのつもりかしら? あんな奴等と一緒にいる位なら、あたしと来た方がずっと楽しいのに‥‥」
 だが、向こうがその気なら。
「付き合ってあげても良いわ。‥‥そうだ、あたしが勝ったら、あの子を貰っちゃお♪」
 そうしたら、あのお節介な冒険者達はまた自分と遊んでくれるだろうか。
「でも‥‥負けちゃっても良いかな‥‥。なんか最近、つまんないし」
 人間達をからかって遊ぶのにも飽きてきた。何かもっと、刺激が欲しい‥‥
「なんかもう、退屈で死にそう」
 いっそ殺されてみるのも良いかもしれない。
 アンジェは退屈そうに足をぶらぶらさせながら、闇に沈んで行く小さな宿場町を見つめていた。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb8896 猫 小雪(21歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 秋の気配を増した空を、一羽の鷹が舞っている。
 その鷹‥‥ラクリマは一通り周囲の見張りを終えると、一休みしようと眼下の街道を歩く主人の肩に舞い降りた。
「ご苦労だったな。少し休んだら、また頼むぞ?」
 レイア・アローネ(eb8106)は鷹に労いの言葉をかけ、一欠片の干し肉を肩越しに差し出す。
 そうして歩きながら、レイアは先頭を行くリューの背を見つめていた。何時にも増して他を寄せ付けず、突き放す様なオーラを発するその背中。
 いよいよ決戦の時だ。これで、恐らく決着が付く‥‥いや、付けねばならない。ここまで来た以上、レイアにも躊躇いはなかった。
 だが、彼女はどう思っているのだろうか。そしてテリーは‥‥。
 レイアには‥‥いや、他の誰にも、彼等の本心を伺い知る事は出来ない。だが、アンジェを倒す権利は、あの二人にある。
「‥‥ならば私は、その為に全力を尽くそう‥‥」
 鷹が、再び秋空へ舞い上がった。


 その、少し前。
「ボク、猫・小雪だよ。よろしくね!」
 キャメロットの冒険者ギルド前。誰もが口数少なく、挨拶もそこそこに黙り込んでしまう様なその場に飛び込んだ猫小雪(eb8896)は、務めて明るく元気な様子で言った‥‥が、特に計算しての事ではなく、これが彼女の素なのかもしれない。
「あだ名は猫。あ、苗字がじゃなくて、色々猫っぽいからそう呼ばれてるんだ♪」
 やはり、この明るさは天然物らしい。
「それで‥‥キミがアデレード? サクラから話は聞いてるよ」
 にっこり笑って手を差し出す。アデルがテリーと繋いだ手を離す事はなかったが、猫は気にしない。そのままニコニコと、何事もなかった様に話を続けた。
「あのね、見ての通りボクもハーフエルフなんだ。ね?」
 猫は自分の尖った耳を両手で指差す。友人のサクラ・フリューゲル(eb8317)や他の仲間達から、アデルの事情については一通り聞いていた。
「どう? ボクと友達になってくれないかな?」
「‥‥え」
「やっぱりハーフエルフだからって避ける人も多いし‥‥友達が増えるのは嬉しいから。ね?」
 それを聞いて、アデルは不安そうにテリーと繋いだ手に力を込めた。
「ねこさん‥‥も? やっぱり、避けられたり‥‥嫌がられたり‥‥化け物とか、言われるの?」
 明るくて人懐こくて‥‥優しそうな人なのに。
「アデル、化け物とは何だと思う?」
 レイアが静かに言った。
「定義は人により様々だと思うが‥‥、私は『自分は化け物だ』と考えた者が本当にそうなってしまうのではないかと思っている」
「自分が‥‥考えた‥‥? でも、私だけじゃ、ない。皆が、そう言った」
「皆ではないだろう?」
 くすり、とレイアが笑う。
「例えば、ここにいる者達だ。ここにいる誰かが、君を化け物と呼んだか?」
 アデルは黙って首を振る。
「そうだろう? 皆ではない‥‥いや、中にはこれからも、また君を化け物と呼ぶ者も出るかもしれない。けれど、君自身が自分を化け物だなどと思わなければ――断言する。君は化け物なんかではないと」
「でも‥‥私、は、皆と違う」
「皆と違うのは当たり前だよ」
 猫が陽気に笑った。
「人間同士だって、エルフだって皆違うし‥‥ましてやボクらは違う種族が混ざってるんだから。個性的な、とびっきりの一点モノだって、そう思わない?」
 れっつ、ぽじてぃう゛しんきんぐ。
「‥‥そりゃ、なんでボク達が‥‥とか思わなくも無いけどね。でも仕方ないよね。こういう風に生まれてきちゃったんだし。でもどう言ったってボクらは今生きてるんだからさ、精一杯生きなきゃ‥‥ね?」
「そうだな。これから君の人生は楽なものではないかもしれない。だが、それでも精一杯生きる‥‥それが、君の母親が望んでいた事ではないかな?」
「生きる事は苦しいし、悲しい事も多い。時にはその手を血に染める事もある。自分を幾ら正当化してもその罪は消えない」
 俯いたアデルの様子を横目に、マナウス・ドラッケン(ea0021)が独り言の様に呟いた。
「罪に苦しみ続け、忘れない事が命を奪ったモノの義務でもある」
「おい‥‥!」
 冷たく響いたその言葉に、レイアが思わずマナウスの袖を引いた。だが、マナウスはそのまま続ける。
「酷い事を言ってると分かってる。でもな‥‥」
 アデルに向き直り、視線を合わせる様に背を屈めた。
「苦しむって事は、それが大事なものだったって事なんだ。忘れてしまえば、考えなくなれば楽にはなるだろう。でも、それは奪った命を『その程度のもの』としてしまうんだ」
 アンジェは彼女から父親を奪う事で、それに気付かせようとしていのだろうか。
「‥‥そこは、聞いてみなけりゃわからん、か」
 尋ねる余裕があれば良いが‥‥そして、答えを聞く時間が。
「準備は整ったか?」
 先程から黙って皆の様子を見ていたリューが口を開いた。
「じゃあ‥‥行こうか?」
 テリーがアデルの手を引く。
 素直に従い、アデルは歩き出した。冒険者達の言葉を胸に、その意味を噛みしめながら。
 すぐにはわからなくても良い。忘れてしまっても良い。それでも、その言葉は支えになるだろう。


 アデルのペースに合わせてゆっくりと街道を歩きながら、サクラはこれから対峙する事になる吸血鬼アンジェについて、自分の知る限りの事を話して聞かせた。
「必要ではないのかも知れないですが‥‥彼女がいなければ、貴女が今こうしている事もなかった事ですし、話す事は義務ではないかと思うのです。ですから‥‥聞いて頂けませんか?」
「‥‥うん」
 頷いたアデルに、サクラは仲間に聞いた話や報告書で読んだ事などを思いつくままに、まるで歌うような節に乗せて。
 特に、アンジェにその名を与えた少年の事は、詳しく。
「‥‥その子‥‥吸血鬼になれば、もっと、生きられた?」
 アデルの問いに、サクラは首を振った。
「それは、生きているとは言えません。血を吸われて吸血鬼にされた者は、ズゥンビなどと同じ生ける屍です。意志も感情も‥‥何も残らないという意味でも」
「吸血鬼は、感情‥‥ない、の? でも、アンジェは‥‥皆と同じ様に、喋ったり、話したり‥‥それに‥‥笑ったりも、出来る、でしょ?」
「そうですわね。でも‥‥アンジェは生まれついてのバンパイアですから」
「そう‥‥なんだ。でも‥‥悲しいとか、辛いとか、ちゃんと感じるのに‥‥仲間、増やしても、お話‥‥出来ないんだ」
 話し相手になるような、彼女と同じ貴種のバンパイアは他にいなかったのだろうか。
「‥‥辛い、ね」
 アデルは呟き、空を見上げた。
 コウモリに姿を変えるのが得意だというアンジェが、そこにいないかと探す様に。
 だが空は明るく‥‥まだ、コウモリが飛び交うような時間ではなかった。


 夕刻、一行は目的地であるセブンオークスの手前で宿をとった。
 そこから例の村までは歩いて数時間。明日の朝に出れば、陽が暮れるまでに調査や準備をする時間も充分にある筈だ。
「俺達は‥‥ちょっと出掛けて来るな」
 七神蒼汰(ea7244)がマナウスと連れだって外へ出ようとした、その時。
「‥‥生き証人なら、ここにいるぞ」
 リューがぼそりと呟いた。
「話して‥‥くれるのか?」
 思わず耳を疑った蒼汰が聞き返す。例え全てを知っていようと、リューが話してくれるとは思ってもみなかったのだ。
「‥‥質問によっては、な」
「では聞くが‥‥」
 と、マナウス。
「その村が全滅したというのは、どういう訳だ? 吸血鬼が出たとは言え、生存者一人と言うのは腑に落ちない‥‥」
 どんな時でも、どんな手段を使ってでも生き延びる者が何人かはいる筈だ。
「意図的に殲滅したのでもなければ、な」
「‥‥そうだろうな」
 マナウスの言葉を、リューは否定しなかった。
「私も死んでいる筈だった‥‥いや、死んだと思われていた筈だ。この傷は、その時のものだ」
 顔に残る大きな傷跡を指差す。
「その、傷が‥‥という事は、相手は吸血鬼ではない‥‥?」
 蒼汰の問いに、リューは首を振った。
「いや、吸血鬼に襲われたのは確かだ。ただ、それだけではなかったという事だな」
「‥‥詳しい話を聞かせては‥‥くれないんだろうな」
 村人の殲滅を指示した者については、何となく察しが付くが。
「今回の依頼は、あの吸血鬼を倒す事だ。過去を穿り返せとは頼んでいない‥‥それに、お前達には関わりのない事だ。余計な事は知らぬ方が身の為だぞ」
 ‥‥そうはいかないんだよ‥‥と心の中で呟き、蒼汰はリューの顔を睨み付ける様にじっと見据えた。
 不機嫌そうに見返す碧の瞳。それは蒼汰の記憶にある「彼」と同じ色合いだった。髪の色こそ全く違うが、他の部分にまだ大人になりきらない少年の面影を探すのは、そう難しい事ではなかった。
「まあ、良いさ。いずれあんたが嫌だと言っても、無理にでも関わらせて貰う」
 そう呟いた蒼汰を、リューは怪訝な表情で見つめる‥‥が、言葉を返す事もなく、それっきり黙ってしまった。
「村の建物や地理的関係の把握など、実地検分は明日の朝早く出れば良かろう」
 メアリー・ペドリング(eb3630)の言葉に、シエラ・クライン(ea0071)が頷く。
「そうですね、現地で色々と仕込みをしておきたい所ですし、今日は早めに休んだ方が」
「‥‥で、ひとつ確認なんだが」
 と、マナウス。
「アンジェは倒す‥‥それで、良いんだな?」
「現実に多数の犠牲者が出ていて、この先も犠牲者が出る公算が強い以上、私にはアンジェを倒す以外の選択肢を取るつもりはありません」
 シエラがきっぱりと答えた。
「生きる為に食べる。どんな生き物にとっても当たり前の事ですし、それ自体に良いも悪いも無いでしょうね。‥‥但し、どんな生き物も、食べられる側に立てば必死で身を守り、或いは逆襲に出ます。アンジェと戦うには十分な理由でしょう」
「このまま存在させては、新たなる悲劇を生もう」
 善悪などではなく、ただ不幸になる人が今後出ることを、少しでも防ぎたい‥‥と、メアリー。
「奴が、人に近い感情を持った存在である事は認める。だが、生物として違いすぎるのも事実だ。基盤が違う以上、行動が異なる事は、仕方ないであろう。ならば、人に対して害になるかどうかだけで、判断させて頂く。‥‥滅すると」
 他の仲間も、概ね同じ意見の様だった‥‥答える気がなさそうな者を除いて。
 決戦は、明日の夜。
 それぞれに複雑な思いを抱いて、冒険者達は眠りについた。


「陽が落ちるの、随分早くなってきたね」
 マナウスの提案で準備される事となった、大篝火。その材料となる藁や枯草を積み上げながら、猫が西の空を見上げる。
「急がないと、夜になっちゃう!」
 篝火が燃やされるのは、村の中心。他よりも少し大きめな石の土台がある‥‥恐らくは村長か、それに類する者の家があったのだろうその場所に準備された。
 地面が石で覆われていれば、下から亡者が湧いて出る事もないだろう。それに村の中心部なら見晴らしも良い。
「テリーさん、これを使って頂けませんか?」
 サクラから手渡された鳴弦の弓を、テリーは複雑な思いで見つめていた。それは確かに武器ではあるが、彼に期待されているのはその弦をかき鳴らし、アンデッドに対する結界を張る事。
 自分の腕では攻撃よりもその方が役に立つ事も、作戦遂行の為にそれが必要である事もわかってはいたが‥‥
「大丈夫だ、止めはお前達に譲る。これは、お前達の復讐だ」
 その思いを察したのか、レイアがテリーの背中を軽く叩いた。
「復讐‥‥か」
 テリーが軽く溜息をつく。
「リューは、そうなんだろうな‥‥。でも、俺は‥‥どうなんだろう」
 犠牲になった村人達の復讐がしたかったのか?
 テリーはかつて冒険者から譲り受けた魔弓ウィリアムを握り締めた。矢筒には、これも貰い物のシルバーアローが収めてある。
「これは、使わないかもしれないな」
「どっちにしろ、奴に止めを刺せる所まで追い詰めなきゃ話にならない。魔力が足りなければ、これを使ってくれ」
 蒼汰が富士の名水を手渡した。
「それでも魔力が尽きたら、後は好きなようにすれば良いさ」
「‥‥わかった。ありがとう」
 山と積み上げられた枯草の傍には、リューに背中を守られたアデルが不安げな様子で立っていた。
 テリーはその前に立つと、アデルの頭を優しく撫でる。
「まずは、この子をきっちり守らなきゃ、ね。後悔の種を増やすのは、もうこりごりだ」
「‥‥そろそろ、陽が暮れる。準備は良いな?」
 マナウスが仲間達の一人ひとりと視線を合わせる。
「ああ、昼間のうちに調べられる事は全て調べておいた。必要なら上空からの指示も出せよう」
 メアリーは村のあちこちに打ち捨てられ風化した遺体も、仲間と協力して丁寧に埋葬していた。
 それでもやはり、亡者達は蘇って来るのかもしれないが‥‥
「何もせぬよりはマシであろう‥‥と、思いたいな」
「これも、上手く行くかはわかりませんが‥‥」
 シエラは廃屋に絡み付いたツタや地上に出た木の根などの先に、七徳の桜花弁を仕込んでいた。プラントコントロールで自在に動かし、インクや樹液で貼り付けたそれを敵に叩き付けようというのだ。
 普通に投げ付けるには接近戦を挑まねばならないが、これなら遠距離からでも狙う事が出来る‥‥上手く行けば、だが。

 やがて陽が沈み、大篝火に火が放たれる。
 冒険者達はその篝火を背に、襲撃を待った。
「来る‥‥かな?」
 吸血鬼との戦いはこれが初めてになる猫が、少し不安げに呟く。
「来る。こいつがいれば、な」
 リューが答えた。
「‥‥アデレードさんをこのような形で‥‥」
 言いかけて、サクラは口をつぐんだ。アデルをリューに託したのは自分達だ。ならば、護り抜くしかない。
 篝火に照らされた廃墟の村は、死んだ様に静まり返っていた。篝火を背にして円陣を組む彼等以外に、生き物の気配はない。この季節なら煩い程に鳴いている筈の虫の声さえ聞こえなかった。
「静かすぎる、な」
 マナウスが隣で剣を構えるサクラに目配せをする。
「余り広範囲には探れませんが‥‥」
 言いながら、サクラは覚えたばかりのデティクトアンデッドを唱えた。
 最初は、何の反応もなかった。だが、やがて‥‥
「‥‥あ、近付いて来ます‥‥!」
 ゆっくりと、だが着実に。亡者達は篝火を取り囲むように、命ある者達に近付いて来た。
 シエラが念の為にと篝火の明かりが届く輪の外に置いたランタン。その光に照らし出されたのは‥‥
「何だ、この数‥‥!?」
 蒼汰が思わず声を上げる。動きの鈍さから見て殆どがズゥンビだろうが‥‥上空をふわふわと漂っている青白い炎はレイスだろうか。
「怨念が渦巻く場所には、自然とそうした者達が集まるという事だろうな」
 リューが落ち着き払って答えた。
「見たところ、雑魚ばかりの様だ。この程度、脅威でもあるまい?」
 それは、そうだが。
「とにかく、これなら味方を巻き込まずに魔法が打てます。まずは数を削らないと」
「そうであるな。まずは露払いと行こうか」
 メアリーがグラビティーキャノンで敵の一群を薙ぎ払い、シエラがマグナブローで追い打ちをかける。
「じゃあ、行くよ!」
 レイアと蒼汰、そして自分にオーラパワーをかけた猫が、囮になるように前へ飛び出す。派手に立ち回り、逃げ回るその動きに釣られて群がった者達を、レイアがありったけの力を込めて薙ぎ払い、打ち砕いた。
「御雷丸、皆にレジストデビルを!」
 蒼汰はペガサスにそう声をかけると、自らはオーラエリベイションを纏い、敵陣へ突っ込む。
 アデル達を背にしたサクラはホーリーフィールドを唱え、更にデティクトアンデッドで敵の動きを探った。その報告と、自らの目に映った戦況から、マナウスは仲間達に向かって矢継ぎ早に指示を出す。
 そして、ルーウィン・ルクレール(ea1364)は各種オーラてんこ盛りで前衛に立っていた。
「数だけは多いが‥‥雑魚ばかり、か」
 戦場を見渡し、マナウスが呟く。
 アンジェとの戦いを控えた前哨戦としては、少々物足りない。
「だが‥‥幸い、と言うべきかね」
 強敵を相手にする場合、連携が取れない味方は敵も同然になる。しかし、とにかく数を減らせば良いこんな戦いでは、戦力になりさえすれば良いのだ‥‥それだけで良い、とは思わないが。
 やがて、味方にも流石に疲れが見え始めた頃‥‥
「‥‥来ました。これは、多分‥‥」
 サクラがそれまでの雑魚達とは違った反応に気付く。
「アンジェ‥‥さん」
 同時に、石の中の蝶が僅かに反応を示す。
 姿は見えないが‥‥
 マナウスは手にしたダガーを投げ付けようと身構えた。だが、蝶の反応は弱い。恐らくはダガーの射程外だろう。
「どこだ、デビル野郎っ!?」
 蒼汰が叫んだ。
「テメェは関係ねぇだろーがっ! しゃしゃり出てくるんじゃねぇ!」
『‥‥その様だな』
「‥‥!?」
 蒼汰の頭の中に、声が響いた。
『手助けは、要らぬ様だ。残念だよ』
「だから言ってるでしょ、余計なお世話だって」
 闇の中から、聞き覚えのある声がした。
「‥‥アンジェ‥‥」
 蝶の反応は、消えた。
 代わりに現れたのは、豊かな金色の髪を黒いリボンで留めた、黒いドレスの少女。
「ご期待通りに、出て来てあげたわよ?」
 いつの間にか、亡者達の攻撃も止んでいた。
 今、敵と呼べる存在は彼女ひとり。
「まったく、あのお節介デビルったら」
 アンジェは片手で髪をかき上げると、煩そうに鼻を鳴らした。
「あたしを助けるだなんて、大きなお世話よ。って言うか、なんでデビルが人助けなんて思いつくわけ?」
 人助けならまだしも、吸血鬼を助けるなど。
「‥‥ロシュフォード、だな」
 リューが低い声で呟いた。
「吸血鬼、お前もその名に聞き覚えがあるだろう?」
「だから、吸血鬼なんて無粋な呼び方はやめてって言ってるでしょ、オバサン」
 アンジェはむくれて腰に手を当てる。
「でも、そうね。確かに聞き覚えはあるわ。この村‥‥あいつに言われて滅ぼしたのよね。それに、あの男も」
 ぺろり。
 赤い舌で唇を舐める。その下からは鋭い犬歯が覗いていた。
「あんたの大事な人。あんまり美味しくなかったけど」
 くすくすくす。
「どうやら、覚えてはいるらしいな」
 リューは腰の剣を抜き放った。アデルをサクラに託すと、二歩、三歩と前へ出る。
「リュー。はやるなよ、焦るな」
 蒼汰の言葉に、リューは歩みを止めた。
「わかっている。今度こそ‥‥焦って討ち漏らす訳にはいかん」
「なら、良いが‥‥しかし、ロシュフォードって‥‥」
 この村を襲ったのは、ただの食事目的ではなかったのか?
「おおかた、奴はまだこの吸血鬼に利用価値があると見たのだろう」
 リューが答えた。
「奴がデビルと手を組んだ事は噂に聞いた。その上でまだ、吸血鬼さえも利用しようとはな」
「ええと、つまり‥‥」
 蒼汰は話の‥‥いや、頭の整理が追い付かないらしい。
「この村を滅ぼした元凶は、あの男だ。あれがこいつを雇い、吸血鬼の仕業に見せかけてこの村を潰した‥‥たった一人の男を葬る為に」
「悪い取引じゃなかったわよ? あたしは存分に食事が出来たし」
 さて、この場合‥‥悪いのはどちらか。存在そのものが悪である吸血鬼か、それさえ利用する人間なのか。
 そして、ロシュフォードはそこまでして何を得ようとしたのか‥‥
「話しては、くれないんだろうな」
「当然だ。今のこの状況と、何の関係がある。それとも‥‥まさかこいつを見逃す気ではあるまいな?」
「いや‥‥」
 言われて、蒼汰はアンジェを見た。
「やはり‥‥お前さんを野放しにするわけにはいかない。どうしても‥‥例え、それ以上の悪が存在するとしても」
 確かに望んでバンパイアとして生まれた訳ではない事は判る。だが、だからといって罪悪感すら持たずに人を襲える彼女を放っておく事は出来ない。
「だから、アンジェ‥‥アンタを倒すよ」
 蒼汰は腰の刀に手をかけた。
 しかし‥‥
「‥‥待って」
 止めたのは、アデルだった。
「アンジェ‥‥さん」
 アデルはサクラの許を離れ、ゆっくりとアンジェの方へ近付いて行く。
「ごめん‥‥ね?」
「な‥‥何よ?」
「お話‥‥してあげれば、よかった。ごめん、ね?」
 父親にさえ感情が乏しいと言われたアデルの目に、涙が溢れていた。
「あの、ね。私、化け物じゃ、ないんだって。自分がそう、思わなきゃ、化け物にならない、て。だから、アンジェも‥‥」
「あたしは正真正銘のバケモノよ? あんたも聞いたんでしょ? あたしがどれだけ悪行三昧してきたか!」
「うん‥‥でも、きっと‥‥仕方なかった、よね? 狂化、止まらないのと‥‥同じ」
「同じじゃないわよ!」
「でも‥‥ごめん、ね。話しかけて、くれた、のに。返事も、しなかった。きっと‥‥傷付けた、よね?」
 ――ぽとり。
 小さな滴が、アデルの胸を濡らした。
「だから‥‥私、食べて」
「アデル!?」
 冒険者達が息を呑む。
 だが、アデルは引き戻そうとする腕を振り払った。
「でも、食べたらお話‥‥出来ない。けど‥‥私、食べなかったら、他の人、食べる、よね? そしたら、きっと‥‥退治、される」
「そうよ。だから、どっちにしたってアンタに出来る事は何もないの!」
 ――ドンっ!!
 アンジェはアデルを突き飛ばした‥‥思い切り。
「‥‥きゃ!」
「アデル! ‥‥大丈夫か?」
 アデルの体は、地面を転がる寸前でマナウスに抱き止められた。
「‥‥アンジェ‥‥君に、聞きたい。君は何故、この子の父親を襲った?」
「‥‥」
「母の事で感じる事を止めたアデルに、父を奪いかける事で大事なものを教えようとしたのか? 其れすら理解できないなら、下僕とした方が良いと‥‥」
「あんた、バカじゃない? あたしはただ、お腹がすいてただけよ」
「なら、獲物はあの場にいる誰でも良かった筈だ。なのに、君はわざわざ‥‥」
「うるっさいわね! どうだって良いでしょ、そんな事!」
「いいえ、良くありませんわ」
 口を開いたのはサクラだった。
「彼女にはこの世界に対してまだ望みがあります。ですから自ら外を望んだのですから‥‥生きたいという意志があるからこそ」
 でも、とサクラは続ける。
「‥‥貴女はどうですか? 貴女はアデレードさんと同じですか?」
「どういう意味よ? 生きたいかって事?」
 アンジェは思い切り鼻を鳴らした。
「生きたいって言ったら? でも、あんた達はあたしを殺す気なんでしょ? だったら、さっさと殺せば良いじゃない!」
「‥‥そうだな」
 レイアが呟く。
「だから‥‥これで最後になるだろうから問いたい。お前は何がしたかったのか。何を望んでいたのか」
 結局、やはりアンジェは寂しかったのではないか。本人や周囲が否定しても‥‥自身で気付いてさえいなかったとしても。
「――だって『退屈』とはつまり、そういうことだろう? 自身の命すら顧みないほどお前は『退屈』だったのなら――」
 だが、今更何を言っても詮ない事。例えそうだとしても、リュー達にとっての仇ということには変わらない。彼女の存在が「悪」である事も。
「だが、それでも‥‥」
「‥‥知ってるなら、教えてよ」
 そう答えたアンジェの声は、微かに震えていた。
「あたしは何がしたかったの? あたしの望みは何? あたしは‥‥どうして‥‥どうしてこんなものに生まれて来たのよ!?」
 何故、自分が今のように在るのか。何故、もっと違う存在として生まれなかったのか。それはきっと、誰しも一度は感じた事がある疑問。
 そして、その疑問に答えはなく、ただ受け入れるより他にない。
「最初は‥‥人間を見て練習したのよ? どうすれば涙が出るのか、出し方がわかんなくて‥‥」
 なのに、今は。
「ねえ、誰か教えて。これ‥‥どうすれば止まるの?」
「‥‥ごめんな‥‥俺には、わからない。教えてやれない‥‥」
 刀に添えられた蒼汰の手は、微かに震えていた。
「だけど、今度は‥‥泣く事なんて覚えなくていいように、いっぱい遊んでやるからさ‥‥」
 だから、次に生まれて来る時は、せめて共存出来る種族として――


 そこには、何も残らなかった。
 棺に収めるべき遺体も‥‥遺品さえ。
「‥‥せめて、抱きしめてやりたかった‥‥な」
 一人で逝くのは悲しいだろうから‥‥そう思って伸ばしたマナウスの手は、届く事なく空を掴んだ。
「貴女に関わって運命の歯車を狂わされた者は多く‥‥、私も少なからず影響を受けたように思えます」
 アンジェが消えた場所に、シエラが跪く。
「ですから、貴女の事は一生覚えていましょう」
「‥‥私も、忘れません。アンジェさん、貴女の事‥‥」
 サクラがその場所に向かって祈りを捧げる。慰めになるかは判らないが、彼女にしてやれる事はそれしか思いつかなかった。
「‥‥奴は、奴なりの論理で動いていただけ‥‥か。何も遺ってはいないが‥‥相手が吸血鬼だとて、何かで墓を作るくらいの事は神も許されよう」
 何もない地面に突き立てられた一本のシルバーアローが、アンジェの墓標だった。


「‥‥お前達には、世話になった」
 翌日‥‥殆どの者が眠れずに迎えた朝。
「心から礼を言う‥‥ありがとう」
 リューはそう言って片膝を付き、冒険者達の前に騎士の礼をとった。
「特に‥‥マナウス、シエラ、メアリー‥‥お前達とは長い付き合いになったな。だが‥‥これで終わりだ。ここから先は、お前達には関わりのない事‥‥と言っても」
 蒼汰と目が合い、ふうっとひとつ大きな溜息を漏らす。
「放っては置かんのだろうな」
「新たな復讐‥‥いや、奴が真の仇、か?」
 蒼汰が呟く。
「その前に、一度‥‥エストに会ってやってくれないか。‥‥母親、アンタだろ?」
 しかし、リューは眉ひとつ動かさなかった。
「私は誰の親になった事もない。覚えもない」
 関わるな、という事か。
「‥‥まあ、良いさ。だが、これからどうするんだ? 連絡先位は教えておいて欲しいんだが」
「そうだな、余計な詮索はしないが‥‥この先も、俺達の協力が必要になるかもしれない」
 マナウスの言葉にリューは暫し沈黙し、言った。
「‥‥今までと同じだ。必要ならこちらから依頼を出す」
「相変わらず、か」
「俺はアデルを村に届けたら、そのまま暫く一緒にいるつもりだ」
 テリーが言った。
「懐かれてるみたいだし‥‥知らない場所に一人で置いておく訳にもいかないだろうから」
 その後の事は、考えていない。今はまだ、考えられなかった。
 アンジェを倒したという実感はなかった。復讐を果たしたという満足感も。
「‥‥あいつを倒しても、誰も帰っては来ない。何も元には戻らない。俺のバカが治る訳でもない‥‥」
 自分が本当に望んでいたのは、復讐よりも、償いだったのか。
「その後は‥‥村へ戻られるのですか?」
 サクラの問いに、テリーは首を振った。故郷の村に戻るつもりはない。あの場所へ戻るには、自分はもう遠くまで来すぎた‥‥。
「暫くは修業を続けながら冒険者をやっていくつもりだ。どこかで一緒になったら、よろしくな」
 恐らく、リューの「仕事」にも手を貸す事になるだろう。
 その時には、一人前のレンジャーとして仲間達に認めて貰えるように。
「じゃあ‥‥一旦解散、かな」
 そう言われても、冒険者達はその場を動かなかった。
 特に何か用がある訳でも、互いに話をする訳でもない。
 ただ、何となく、そこに居たかったのだ‥‥時間の許す限り。


「あっけなかった‥‥な」
 名残惜しそうにしていた冒険者達も一人、また一人と去り、傍に残るのはテリーとアデルの二人きりになった頃。
 リューがぽつりと呟いた。
 アンジェは、まるで倒される事を望んでいるかの様に、殆ど何の抵抗もして来なかった。いや、抵抗はしていたのだろう‥‥恐らくは全力で。だが、今まで散々弄ばれ、逃げられていた時の様子とは明らかに、何かが違っていた。
「‥‥逃げようと思えば、その隙はあった筈だ」
 だが、アンジェは逃げなかった。
「あれが消えたのは、どう考えても喜ぶべき事、なんだが‥‥な」
 リューは苦笑いを漏らす。長く付き合いすぎたか。
「10年以上、奴を追って来た。挑む度に逃げられ、逃げられてはまた追い‥‥」
 いつの間にか、そんな放浪生活が当たり前になっていた。
「早く奴を倒して、どこかに落ち着きたいと願った事もあった。だが‥‥いざ倒してみると‥‥何だか、つまらん‥‥な」
 吸血鬼の存在しない、平和な世界。それを指してつまらないなどと言っては不謹慎だろうが‥‥
「奴を追い続けていた事で、考えずに済んだ事もある」
「‥‥ロシュ‥‥なんとかの事、か?」
 テリーに言われ、リューは大きな溜息をついた。
「吸血鬼を追う事で、奴から逃げていたのかもしれん‥‥な」
「そんなに強敵なのか?」
「まあ‥‥な」
 彼が恐ろしいのは、武力ではないが。
「‥‥とにかく、アデルを村へ届けるまでは責任を持つ。その後は‥‥好きにすれば良い」
「ああ、わかってる」
 気楽そうに微笑むテリーの様子に、リューは肩を竦めた。
「物好きな奴だ」
「俺もそう思うよ」


 ‥‥その頃。
「‥‥また、お前か」
 窓のない屋敷の庭。その周囲に茂る藪の陰から様子を窺う少年に、壮年の男が声をかけた。
「あの子はもう、ここにはいないぞ?」
「お、オレ、別に‥‥っ!!」
 慌てて逃げようとする少年の襟首を、男は素早い動作で捕まえた。
「は、離せっ! オレは何も悪い事してない!」
「‥‥わかっている。それより‥‥」
 男は掴んでいた襟首を離すと、少年を自分の方へ向き直らせた。
「お前、大工仕事は出来るか?」
「‥‥へ?」
 突然何を言い出すのかと呆気にとられた少年に、男は屋敷の二階を指差す。
「あそこに‥‥窓を作ろうと思ってな。手を貸してくれるか?」
 屋敷を取り巻く森の木々。その間に見える薄暮の空に、コウモリの姿はもう、なかった。