【リトルバンパイア】彼女の幸福

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月26日〜08月31日

リプレイ公開日:2008年08月30日

●オープニング

「結局、な〜んの進展もなかったって訳?」
 冒険者達からの報告を聞いて、アンジェはいかにも失望した様子で首を振った。
「‥‥ま、仕方ないわね。調査に時間をかけるのは悪い事じゃないし」
 でも、と、アンジェは続けた。
「これっきりよ。今度何も出来なかったら、あたしが自分でやる。良いわね?」
 そう言い残して、アンジェは何処ともなく去って行った。

 確かに、依頼人にしてみれば「アデレードを解放する」という当初の目的が果たせなかった以上、何の進展もないという事になるのだろう。
 しかし、相手の事情や置かれた状況など、何も調べずにただ無責任に解放するだけなら、冒険者でなくても出来る。彼女を強制的に外へ連れ出すだけなら、野盗の類でも構わないのだ‥‥それがもたらすであろう、悲劇さえ考慮に入れなければ。
「でも、そんな事は出来ない‥‥よな」
 冒険者ギルドに新たに貼り出されたアンジェからの依頼を前に、テリーは溜息をついた。
「彼女、アデルだっけ‥‥あの子を幸せにしたいと願うからこそ、冒険者達もこの仕事を引き受けたんだろうし」
 その気持ちはテリーも同じだった。
 だが、その傍らで無表情に突っ立っているリューは‥‥
「これが失敗すれば、次はあの吸血鬼が依頼人ではなくなる、という事だな」
 腕組みをしながら、そう呟いた。
「ならば、その方が好都合だ」
「どういう事だ?」
「流石に、いかに吸血鬼と言えど依頼人を殺してしまっては冒険者達の面子も立たぬだろう。まして、奴は巧妙に正体を隠しているのだからな」
「‥‥今回も、大人しく‥‥我慢してくれるのか?」
「連中には色々と借りもあるしな‥‥。だが今回だけだ。次は、奴があの娘を解放しに動く所を狙う。私が依頼人になれば、冒険者達の手も借りられよう」
 それは、そうかもしれない。だが‥‥何となく、何か引っかかる。
 そもそも、アデレードを解放したいと願えば‥‥それがどんな意味の「解放」だろうと、あの吸血鬼には人の手を借りる必要などないのだ。建物の中にはミミクリーで自在に入れるのだし、後は父親を下僕化してしまえば、唯一の障害もなくなる。
 なのに何故、わざわざこんな‥‥面倒とも取れる手段を用いるのか。
「お前は、あの吸血鬼が本当に人助けなど望むと思うのか?」
 腑に落ちない様子のテリーに、リューが尋ねた。
「それは‥‥わからない。俺はあんたほど場数を踏んでる訳でも、あいつに関わってる訳でもないからな」
「騙されるなよ。奴に人間らしい感情など、ある筈もない。全ては芝居だ。奴なりに、生を楽しむ為の、な」
 そう言えば、何故リューがあの吸血鬼を追っているのか、詳しい話は聞いた事がなかった。
 だが、それを尋ねようとする度に、こう言われるのだ。
『聞いてどうする。お前の戦いに、私の事情など関係なかろう? それとも、お前自身の理由以外に何かが必要なほど、お前の決意はヤワなのか?』
 そうではない。だが、共に戦う者として知っておきたいから、というだけでは、リューは何も話してくれそうになかった‥‥今回も。
「とにかく、今回の結果次第だ。それに、もし奴の言う解放が自分の眷属にする事なら、私は躊躇いなく奴を討つ。例え冒険者達の不利益になろうと、な。‥‥行くぞ」
 さっさと歩き出したリューの後を、テリーは慌てて追いかけた。心の隅に、小さな迷いと躊躇いを抱えたまま‥‥。

 そして、同じ頃。
 森の中の屋敷を、遠巻きに眺める少年がひとり‥‥
「笑うとおかしくなるなんて、やっぱりバケモノじゃないか‥‥でも、笑うときっと可愛いのに‥‥いや、だからあれは化け物だって!」
 独り言を呟きながら頭を抱える少年の背後で、低い声がした。
「そう‥‥あれは化け物だ。関わらん方が良い」
「‥‥!!?」
 それは、アデルの父親だった。
「君か‥‥事の発端になった少年は」
「あ、あの、オレ‥‥っ」
「怖がる事はない。何も知らなかったのだから、君を責めるつもりはない‥‥だが、今後一切、娘とは関わらないで欲しい。良いね?」
「あ、当たり前だ! 誰があんなバ‥‥っ!」
 言いかけて、ピーターは慌てて口を塞いだ。父親の前で娘を化け物扱いは流石に拙いだろうと思ったのだが‥‥いや、さっき本人が娘を化け物と呼んでいた様な‥‥?
「構わないよ。いくらでも罵倒して構わない‥‥遠慮する事はない、それを生み出したのは私なのだから。だが‥‥ここに居るのが迷惑なら、もっと他に人気のない場所を探そう」
 そしてひとつ、大きな溜息をついて、屋敷へと戻って行った。
「‥‥神も、罰を当てるなら私一人にして下されば良いものを‥‥」
 そう小さな声で呟きながら。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 件の村に続く、街道沿いの町。
 一軒の小さな酒場に、冒険者達が顔を揃えていた。
「ハーフエルフだからと言って、幸せに暮らす権利を放棄して欲しくは無いんだけどなぁ‥‥」
 色々と考えすぎて思考の出口を見失ったのか、七神蒼汰(ea7244)が大きく溜息をつく。
「罪は償えば良い、殺したくて殺した訳じゃないんだから」
「しかしアデル本人と、その周囲のことを考えれば、現状維持は最善とは言えないまでも、悪い選択とは言えぬ状況ではあるまいか?」
 メアリー・ペドリング(eb3630)が言った。
「あの吸血鬼‥‥アンジェさえ関わりにならなければ、事はもっと簡単に運んだ筈だ。これほど事を急ぐ必要もなかったであろう。だが、今は‥‥アデルを無理に動かすか、アンジェが動かすことを座視するか、それを選ばねばならぬのであるからな」
 アンジェにとっては、自分に振り回され、冒険者達が苦しむ姿を見ることが楽しみなのだろう。
「悔しいが、アデルを不幸にしない為には乗るしかないのも事実だ」
 メアリーは悔しそうに、その意志の強そうな口元を更に堅く引き締めた。
「今まで ‥‥アンジェの事をこれほど憎いと感じた事はない」
「しかし‥‥そうなのだろうか?」
 レイア・アローネ(eb8106)はメアリーの言葉に疑問を投げかけた。
「我々を弄んで楽しみたいなら、ピーターが一度アデルを見捨てた事で結果は出たのではないか?」
「それだけでは遊び足りぬという事なのであろう」
「‥‥それも考えられる、か」
 しかしレイアは、どうにも腑に落ちないといった様子で考えに沈む。
「仲間が欲しいなら初めから自分でやればいい。我々をからかっている‥‥のなら、最後までやらせなければ意味はない」
 あの吸血鬼はアデルの解放を真に望んでいる様に見える。そして、それを出来るかぎり冒険者の手で‥‥と。
「‥‥もしかして‥‥いや、馬鹿らしいか」
「何だ?」
 何かを思いついたように呟き、しかしすぐさまそれを否定するように首を振ったレイアに、マナウス・ドラッケン(ea0021)が尋ねた。
「とりあえず、思いついた事は何でも口に出しておこうぜ? どんなに些細で下らない事の様に思えても、案外それが重要なヒントになる事もある」
 この席は、そうして仲間達が自分の考えや想いをぶつけ合い、多少なりとも事態を良い方向に向かわせるべく設けられたものだ。
「ああ、そうだな。いや‥‥」
 レイアは自分でも半信半疑の様子で言った。
「奴は寂しいのではないかと、そう思ってな。それがどんなに悪意に歪んだカタチでも」
「‥‥人にとって一番悲しい事は『誰にも記憶して貰えない事』‥‥それは人ならざる者にとっても同じかもしれない」
 それに応えるように、マナウスはとうに空になった盃を弄びながら呟く。
「誰とも関わりが無い事は死人と同じだ。体は生きていても、心が死んでいる。それは不幸じゃないが、幸福でもないだろう。‥‥アンジェは、心の同類を嗅ぎ取ったのかね‥‥」
「アンジェに、そのような『心』があると?」
 メアリーが首を振る。
「私には、とてもそうは思えぬ。もし心があったとしても、それは我々とは相容れぬものだ。その存在が相容れぬものであるように」
「確かに、アンジェさんは白の教えでは逃す事はできぬ者‥‥ですわね」
 しかし、とサクラ・フリューゲル(eb8317)は迷い、悩む。
「そう決め付ける事は、確かにハーフエルフへの偏見と変らないのかもしれないですね‥‥」
 サクラにはハーフエルフの友人も多い。彼等が謂われのない偏見に晒され苦しむのは、自分にとっても辛い事だ。だからもし、アンジェに対する評価が偏見や悪意ある差別であるなら‥‥
「人を襲わないオーガと人との共存例などは何度か耳にした事がありますけど」
 しかし、その言葉に対しては、シエラ・クライン(ea0071)が首を振る。
「人を襲うモンスターと人の共存例は聞いた事がありませんし‥‥性格の合う個人相手なら分かりませんけど、種としては成立しようがないと思います」
 そして吸血鬼は、人とは絶対に共存不可能な存在だ。
「あれは、倒すべきものです‥‥今すぐに、とは言いませんけど」
 見たところ、現時点でアンジェを倒す事に積極的なのは自分とメアリー、それに少し離れて会話を聞いているリューの三人だけの様だ。今はまだ様子を見るつもりらしいテリーもいざとなれば加勢はするだろうが、それでも手が足りているとは言い難い。現状では逃走の阻止さえ困難‥‥いや、それどころか最悪の結果を招く可能性が高い。
「‥‥一通り、意見は出揃った様だな」
 奥の席でリューが立ち上がる。
「だが‥‥そこの男」
 腕を組み、顎で指したのは、先程から聞き役に徹しているルーウィン・ルクレール(ea1364)。
「お前の意見は? お前は何を思ってここに来た?」
「私は‥‥皆さんの作戦通りに。人手がないところとかで動くつもりです」
「人手がない所? ならば私と共に吸血鬼を倒すか? だが、それは仲間の支持を得られない‥‥つまり、作戦からは外れた行動となるな。矛盾しているぞ」
「それは‥‥」
 煮え切らない返事に、リューは苛立たしげに手近の壁を思い切り叩いた。
「はっきりしろ。お前の思いはどこにある? お前は何をしたくてこの仕事を受けた? お前自身の意志は無いのか?」
「‥‥リュー、ちょっと‥‥」
 問い詰めるリューの袖を、テリーが遠慮がちに引っ張る。だが、リューは構わず言い募った。
「この仕事はただ、敵を倒せば良いというものではない。自分の頭で考える事もせず、ただ金と名声が欲しいだけなら他を当たれ。もっと楽で儲けの良い仕事はいくらでもあるだろう」
「リュー、言い過ぎだよ」
 先程よりも強く引っ張られ、リューは短く溜息をついた。
「‥‥悪い。場の空気を悪くしたか」
 気拙そうに視線を逸らし、或いは心配そうに見つめる冒険者達に軽く詫びを入れ、リューは再び腰を下ろした。
「出過ぎた事を言った様だな。依頼人でもないのに‥‥」
 だが、とリューは続ける。
「この仕事が成功しても‥‥或いは失敗に終わっても、次の依頼は私が出す。奴を野放しにする訳にはいかんからな。その時には、楽をして金が入るとは思うなよ」
 しかし、とりあえず全力を注ぐべきは、この目の前にある仕事だ。
 冒険者達は重い心と共に席を立ち、目指す場所‥‥依頼人アンジェがいる森、そして例の屋敷へと向かった。


「‥‥何か少しでも力になりたい‥‥とは言え、私はまだアデレードさんにお会いしてないんですよね‥‥」
 森の屋敷へと向かう仲間達と途中で別れ、サクラはその手前にある村へ立ち寄ってみる事にした。
 最初の依頼人、そもそもの発端となった少年ピーターに会ってみたいと思ったのだ。会って‥‥話を聞いてみたいと。
「なんだよ‥‥また?」
 呼び出されたピーターは、いかにも渋々といった様子でサクラの前に現れた。
「何の用? オレ、もう話す事なんか何もないけど?」
 と、ピーターはサクラの顔を遠慮もなくしげしげと眺め、ふと首を傾げる。
「あの‥‥何か?」
「こないだ来たのは変な異国の奴だったけど‥‥あんたも、なんか変だな」
 生粋のイギリス人には見えない、という意味らしい。
「ああ‥‥私はハーフですから」
「ハーフ‥‥!?」
 にっこりと微笑んだサクラの言葉に、ピーターは思わず身を引いた。
「で、でも‥‥耳、尖ってないじゃないか」
 どうやら、ハーフエルフの意味だと思ったらしい。
「ああ、ハーフというのは‥‥」
 東洋人との混血という意味だと聞いて、ピーターは緊張を解いた。
「何だよ、紛らわしい‥‥!」
 どうやら、この子に刷り込まれた先入観は相当なものらしい。前途多難ではありそうだが‥‥しかし、このまま放っておいても偏見は拭えない。それどころか、ますます頑固に凝り固まってしまうかもしれない。
「あの、もう言いたくないかもしれませんけれど‥‥」
 前置きをしてから、サクラは切り出した。
「お屋敷の中の女の子はどんな風に見えました?」
「ど、どんなって‥‥知らないよ、よく見えなかったし」
「よく見えなかったのに、どうして助けたいと思ったのでしょうか?」
「そんな事、思ってない! ‥‥いや、思ったけど‥‥あれは、あいつが化け物だって知らなかったから‥‥!」
「そう‥‥化け物、ですか」
 この子は本当に、まだ彼女を化け物だと思っているのだろうか。それとも‥‥
「では‥‥その娘が本当に貴方の言うような者であれば」
 サクラは一呼吸置いて、じっと少年の目を見つめた。
「倒さなければなりませんね」
 ――びくん!
 ピーターの体が、僅かに震えた。
「‥‥だから‥‥倒しに来たのか?」
 サクラは答えない。ただ、ピーターの次の言葉を待っていた‥‥彼の本音を。
「オレ、あいつがあそこにいる事、誰にも言ってない。関わらなければ、何も起きないんだろ? だったら‥‥そっとしといてよ! オレ、誰にも言わないし、あそこにはもう近付かないから!」
「‥‥大丈夫、倒しに来た訳ではありませんわ」
「え‥‥」
 だが、あのままそっとしておく訳にもいかない。そっとしておいて、どうにかなるものでもない。
 しかしそれを彼に告げるのは‥‥多分まだ、早すぎるだろう。吸血鬼との戦いに巻き込む訳にもいかないし、今はまだ離れていて貰う方が良い。
 サクラは丁寧に礼を言うと、仲間と合流すべく小さな村を後にした。


「お前は、奴を倒す事に反対はしないのだな」
 道中、先程の酒場での会話を思い出したのか、傍らを行くメアリーにリューが声をかけた。
「私はあの陰険吸血鬼を信用などしていない‥‥いや、信用など出来ぬ」
 向こうから声をかけるなど珍しいと思いつつ、メアリーは答えた。
「今は殊勝な様子を装っているが、奴の本性は知れている。奴の言うとおりにアデルを解放したとして、その後で殺す程度は普通にありえるだろう‥‥それに関係した我々に嫌な思いをさせる為に」
 ただその一事の為に今までの全てが仕組まれていたとしても、特に驚きはない。退屈しのぎには丁度良いだろう。
「同意だな。奴には人と同じような感情など、ない。そう見えるように芝居をしているだけだ‥‥信用していると、痛い目を見る」
 リューは他の者には聞こえないように、声を潜めて言った。
「だが‥‥一度痛い目を見れば、目も覚めるだろう」
「しかし、その為にアデルが犠牲になる事は避けたい。それに現状では、アンジェを倒す際の人質にされかねぬなど、アデルは私達のアキレス腱になりかねぬ‥‥そこで、提案があるのだが」
「‥‥何だ?」
「アデルを預かって貰えぬだろうか?」
「私が‥‥?」
「理由は、今言った通りだ。この依頼で解放を果たせなければ、アンジェは自分がやると言っている。だが、解放した後で目を離せば‥‥」
「‥‥確かに、その危険はあるな」
「リュー殿ならば、アデルの狂化にも耐えられよう。このままでは、アンジェの為に不幸になる者が増えるばかりだ」
 アデルが身を落ち着けられ次第、本格的にアンジェを倒すしかない。
「そろそろ、本格的にアンジェを倒す為の策を考えたい」
「‥‥わかった、考えておこう」
 リューは何かを思い出すように遠くを見つめ、僅かに自嘲を含んだ声で言った。
「親と離され、見ず知らずの者に託される事が幸福と言えるのなら、な」


「‥‥何だ、またお前達か‥‥もう関わるなと言った筈だが?」
 疲れた様子の父親は、しかし追い返すのも面倒だと思ったのか、訪問者達を屋敷の中へ招き入れた。
 その部屋も、二階の監禁部屋ほどではないが、窓は少ない。薄暗い部屋の中で、季節の花を活けた花瓶だけが妙に明るく見えた。
「それで、今度はどんなご立派な説教をするつもりだ?」
「説教なんて‥‥ただ、俺達は‥‥いや、俺はただ、話を聞いて欲しいだけです」
 蒼汰が言った。
「俺はハーフエルフでもないし、その家族でもありません。だから、そんな俺の話なんか気にも留めて貰えないかもしれません。でも、少しでも伝えたいことがあるから‥‥」
「‥‥良いだろう、私のしている事が部外者にはどう映るのか、聞かせて貰おうか」
 部外者という言葉に引っかかりを感じながらも、蒼汰はそこは敢えて受け流し、話し始めた。
「俺はキャメロットでとある高名な騎士に仕えています。取りあえず名は伏せますが‥‥人間の神聖騎士でエルフの恋人が居ます。つまりあなた方と同じ立場‥‥いえ世間的にはもっと責められかねない立場です」
 話を切り、反応を見る。所詮は他人事だろうとでも言いたげな目が、蒼汰を見返していた。
「‥‥俺はこの上司殿に一生付いていくと決めています。当然、将来生まれるであろうハーフエルフの子供も全力で守るつもりです。例えどんな迫害が起こっても、どんな狂化内容だろうと変わらずにね」
 相変わらず、何か心を動かされた様子はない。
「でもこれだけでは貴方は説得には応じないでしょう。ですから、もう一つ俺の知っている具体例をあげます。‥‥俺の友人にハーフエルフの13才の少女が居ます」
「また、他人の話か」
「良いから、黙って聞いて下さい。彼女はハーフエルフと言う理由だけで住んでいた村の住人達に殺されかけ、両親の命と引き替えに助かりました」
「良くある話だな」
「‥‥でも彼女は人を恨まず逆に、少しでも自分の力を人の為に使おうと人を癒す為の道を選び、母の後を追って白クレリックになりました。しかし、彼女の狂化条件は『多量の血を見る事』です。戦場で怪我人を治療しようにも、狂化するとまともに動く事すら出来ない。それでも彼女は勇気を持って自分の運命に立ち向かっているんです。だから‥‥諦めないで、お願いです。きっと母親も‥‥あなたの奥さんも、娘さんを自由にさせてあげたいと、そう願って居る筈ですから‥‥!」
 だが、父親の表情は変わらなかった。寧ろ余計に冷めた様にも見える。
「だから、何だと言うのだ? その娘はまだ運が良い方だ。血を避ければ普通に生活が出来るのだからな。それをわざわざ、自ら不利な状況に飛び込むのだから、酔狂としか言い様がない」
「な‥‥っ」
「まして、飛び込んだところで何の役にも立たぬだろうに」
「そんな事‥‥っ! それに、役に立つか立たないかなんて、そんな事を言ってるんじゃない!」
 思わず激昂した蒼汰に、父親は鼻を鳴らした。
「その騎士とて、運が良ければさほど酷い事にはなるまい‥‥せいぜい、世間体が悪くなって騎士としての体面が保てなくなり、罷免される程度で済むだろう」
「‥‥‥‥」
「だが、私の娘はその程度のものではない。人の命がかかっているのだ。そう易々と‥‥」
「しかし、人の手で抑えられない程の力でもない」
 マナウスが言った。
「狂化は別段当人が強くなる訳ではない。ただ激情のままに動くだけです。娘さんを抑える手段を持つならば、無理に感情を抑える必要も無い‥‥そうではありませんか?」
「‥‥何が言いたい?」
「絶対的な力などない、という事です。何か手段がある事は貴方も理解出来るのでは?」
「‥‥確かに、手段はある」
 父親は、上着の袖をまくって見せる。そこには大きな傷跡が何本も走っていた。
「だが、娘は感情の変化に乏しい子だが、自分が誰かを傷付けた事を知って平気でいられる程、感情が欠落している訳ではない」
 寧ろ完全に欠落しているならば、楽だっただろうに。
「でも、傷付けるのではなく‥‥遊びや訓練の一環に出来るなら?」
 ふと思いついた様に蒼汰が言った。
「貴方には悪いけど‥‥貴方には娘さんから傷を受ける程度の戦闘力しかないって事だ。でも、世の中にはきっと、その程度の攻撃ではかすりもしない様な人が、きっといる」
 と言うか、心当たりもある。ついさっき、話に出た人物が‥‥まあ、今すぐには無理だろうが。
「そこまでは行かなくても、訓練だと思って喜んで受け入れてくれる人が、冒険者の中にもいる筈だ。それなら、娘さんが傷付く事もないんじゃないか‥‥いや、ないのではありませんか?」
「まあ、世の中には色々な見方や考え方があるという事で‥‥俺からも提案をひとつ」
 と、マナウス。
「これはあくまで俺自身の感情論だと理解しています。その上で貴方と交渉を行いたい。一度、娘さんを同族の村等にしばらく預かって貰う訳にはいきませんか?」
「同族の‥‥村?」
「ああ、南の方にあるらしいな。私も詳しくは知らないが‥‥いや、サクラが詳しいか?」
 レイアがサクラの姿を探す。だが、彼女はここにはいない様だった。

 ‥‥その頃。
 サクラはピーターがアデレードの姿を見たという場所に立っていた。とは言っても、ピーターが居た場所は正確にはその傍らの木の上なのだが‥‥流石に木登りは、とりあえず自重しておく事に決めた様だ。
 そして、窓の下で静かに歌を歌い始めた。
 聞こえているかどうかはわからない。だが、少しでも興味を持ってくれる事を願って。
「…私はサクラと申します。どうぞよしなに」
 暫く後、歌い終えたサクラは頭上に開いた窓‥‥とは呼べない様な細い隙間に向かって語りかけてみた。
「お話は貴方のお父様から聞いておりますわ。私もハーフです‥‥とは言っても、文化の違う人間同士の、ですが。でも、貴方には及ばなくても文化の壁の厚さはわかっているつもりです」
 反応はない、何かが動く気配も。
「けれど、であればこそ貴方は生きなければなりません。その罪を報いる事もありますが‥‥貴方を生んでくださった人と死んでしまった人の思いを無にしない為にも‥‥」
 その時、窓の隙間から小さな声が聞こえた。
「‥‥生きて‥‥る。罪‥‥償うため。だから私は、ここにいる‥‥」

「歌‥‥か。あれの母親も、好きだったな」
 庭から聞こえてくる小さな歌声に、父親は懐かしそうに目を細めた。しかし、それも一瞬の事。
「その村に行けば、娘が何の憂いもなく幸せに暮らせる保証があるとでも言うのか?」
「保証はありません。娘さんに危険があるのも事実です。しかし‥‥この提案の最大のメリットは、時間です」
「時間?」
「この間に、元冒険者として貴方にハーフエルフに対する正しい知識を近隣の村に広めて貰いたいのです。娘さんが帰ってくるまでの下地作りとして」
「‥‥簡単に言ってくれるな。お前達も、あの村には行っただろう? あの連中の思い込みがどれほど激しいか、わかっている筈だ。それに、どんなに言葉を尽くそうと‥‥狂化の現場を見られれば全てが終わる」
「だとしても‥‥今のままでは何も変わりません」
 父親の後ろ向きっぷりを見かね、シエラが口を挟んだ。
「都合の悪い物、手に負えない物には蓋をする、そのまま隠して問題と向き合うのを先延ばしにする。人なら誰でも、大なり小なりやってきた事だと思います。でも‥‥貴方達夫婦は禁忌を承知で乗り越え、アデレードさんを幸せにしようとしていたのではないのですか?」
 まずは当事者の父娘が前を向かない事には、この状況は変えられない。
「まだ貴方に娘の幸せを願う父親の気持ちが残っているなら、やるべき事は見えている筈です」
「無駄だと諦めたら、何も変わらない」
「‥‥変えたいなどと、誰が望んだ?」
 シエラと、そしてマナウスの言葉に、父親は首を振った。
「娘がそう言ったのか? あそこから出たいと? 出してくれと頼んだのか!?」
 誰も、答えられなかった。
 そして、遅れて部屋に入って来たサクラが静かに首を振る。
「それでも、アデルを幸せにする為には、現状を続けるだけでは駄目だ」
 メアリーが強い語調で言った。
「閉じ込めておいても、問題を先延ばしにするだけだ。適応させるには、外界の刺激の下に置かねばならぬ」
「お前は何か勘違いをしている様だな。狂化というものは適応で抑えられるものでも、消えてなくなるものでもない」
「それは承知している。だが‥‥このままアデルの時を止めて、貴殿が寿命を迎えたら、その時はどうするつもりだ? 誰かしらの手に委ねねばなるまい? だが、その時が来てからでは遅すぎる。どうか今、止めていた時を流れさせ始めてほしい。アデルを解放してほしい」
「貴方の苦悩は正しい。彼女は呪われた存在だ。だけど嘘でもそれを貴方が否定してやらずにどうする?」
 レイアの言葉に、父親の眉が苛立たしげにピクリと動いた。
「母を殺した彼女を許せるのは貴方だけだ。言ってやってくれ。そして、辛いのなら楽になっていい‥‥」
「‥‥嘘でも、だと? ‥‥そうか。やはりお前達にとっては、ハーフエルフは呪われた存在なのだな」
 父親は、クククッと笑った。楽しげに‥‥そして苦しげに。
「良かろう、確かにあれは呪われた存在だ。だが‥‥だが娘を呪った神にこそ災いあれ!」
 そして、壁に掛けられた一振りの剣を手にし、それを鞘から抜きはなった。
「神に愛されぬなら、悪魔の愛を求めるまでだ! 出て行け! 今度こそ、二度と顔を見せるな!!」
 ――ガシャアァン!
 色とりどりの‥‥妻が生前好きだった花と共に、花瓶が音を立てて飛び散った。


「‥‥失敗‥‥か?」
 屋敷を追い出された一行は、例の窓の下でアンジェが現れるのを待つ。
 誰もが下を向き、沈み込む中‥‥しかし、マナウスだけは上を向いていた。
「‥‥アデレード」
 そこにいる筈の少女に尋ねる。
「もし、誰も傷つけずに済むとしたら何をしたい?」
 答えは、それほど期待していた訳ではない。だが‥‥やはり何も返って来ないのは寂しく、切なかった。
「‥‥で、結局失敗ってわけ?」
 代わりに答えたのは、いつの間にか彼等の背後に現れたアンジェだった。
「アデルの返事がないって事は、あの子に自分から外に出たいって思わせるような何かを、あんた達は見付けられなかったって事よね?」
 誰も、反論は出来なかった。
「じゃあ、約束通りあたしが自分でやるわ」
「待て」
 アンジェの前に立ったのはレイアだった。
「お前はかつて、自分を慕う少年を一人バンパイア化に失敗しているな。それを後悔しているのか?」
 その少年が付けた名前、アンジェを名乗っている事からして、何か思い入れがある事には違いない。
「もし、それがお前の理由なのだとしたら、吸血鬼、私達は必ずお前の依頼に応えよう」
「あら、応えてないじゃない」
「‥‥今は、確かに‥‥だが、まだ日はある。お前は依頼人として、最後の一日まで待つ義務がある‥‥違うか?」
「まあ、そうかもね? 待ってあげても良いけど‥‥どうせ暇だし」
「だから、アデルには手を出すな。わかっているのだろう? お前では彼女を幸せには出来ないと」
「じゃあ訊くけど、幸せって何? あの子をあそこから出したとして、それだけで幸せなの? 外に出たって笑う事も出来ないんじゃ、ちっとも幸せなんかじゃないわ。それは解放とは言わないのよ?」
 アンジェは牙を剥き出しにしてニヤリと笑った。
「笑う事も許されないなら、喜びを感じちゃいけないなら、下僕になったほうがマシよ。あの子が人間として幸せに暮らせないなら、あたしの仲間にする。その方が幸せだもの」
「だから待てと言っているだろう!」
「‥‥アンジェ、俺は君に彼女を預けても良いと思っている」
 レイアを制し、マナウスが言った。
「ただし、条件がある。彼女を同族とせず、可能な限り傷つけない事。月に一度は父親に会わせても良い事。狂化した場合穏便に抑えてくれる事‥‥この三つだ。これを守る限り、俺は貴女の友として信用し、不条理な暴力から守護する事を約束する」
「それ、無理。特に最初のヤツ」
 だが、アンジェはあっさりと答えた。
「だってあたし、吸血鬼よ? それに、さっきも言ったけど仲間にして何も感じないようにしてあげた方が、アデルにとっては幸せなんじゃない?」
「そんな筈がないだろう!」
 蒼汰が叫ぶ。だが、アンジェは平然と言い放った。
「どんな境遇でも人間でいる方が良いなんて、そんなのあんた達の勝手な思い込みよ。人間でいられるだけで幸せなら、誰も悪魔に魂を売ったり、自殺なんかする筈がないでしょ?」
「だから‥‥俺達は彼女が幸せに生きられるように、ちゃんと笑えるように‥‥そんな場所を探してるんだ! ただ、急に言われても‥‥」
「じゃあ、どれくらい時間があれば良いわけ? その間にあのオジサン、悪魔に魂売っちゃうかもね? あ、それも面白そう♪」
 今のところ、悪魔の反応はない様だが。
 結局、アンジェにとって全ては「面白いか」「面白くないか」そのどちらかでしか、ないのだろうか。
「吸血鬼の思考は人間の猿真似だ。本当にそうした感情がある訳ではない‥‥全ては人に似せた芝居だ」
 少し離れて様子を見ていたリューが言った。
「騙されるな」
「あら、言ってくれるわね、オバサン」
 アンジェはふんと鼻を鳴らした。
「でも、あたし良い子に育ったでしょ? きっとお手本が良かったせいよね?」
 くっくっくっ、と笑う。
「戯れ言はいい。それに、お前の顔も見飽きた」
「そうね、あたしもアンタの顔は見飽きたわ。でも、今はまだ、もう少し遊んでいたい気分。それに、今は手が出せないわよね? あたし依頼人だもの」
「だが、お前はリューに討たれる義務がある」
 レイアが言った。
「あら、あんた裏切る気? 依頼放棄って、ギルドの信用に傷が付くんじゃない?」
「そうではない‥‥だが、それは善悪関係なく、人を殺めた者の宿命だ」
「あたしは殺してないわ。ただ、食べただけ。それは自然の摂理ってヤツじゃないの?」
「何が自然なものか。お前は邪悪な化け物で、人殺しで、相容れない敵だ。だが‥‥その上で――対等に接しよう、アンジェ。どうか、もう少し待って欲しい」
 その言葉に、アンジェは首を傾げた。
「何だかよくわかんないけど‥‥仕事を続ける気はあるって事? なら‥‥」
 ニヤリ。
「あたしも少し手伝ってあげる」
「おい、何をする気だ!?」
 アンジェは、背後の窓に吸い寄せられる様に近付いた。そこは、先程追い出された、父親がいる客間‥‥
「あれが邪魔なんでしょ? あいつが、アデルをここに縛り付けてるのよね? じゃあ、あいつを消しちゃえば良いんだ? ちょうどお腹も空いてきた所だし、あれなら食べて良いでしょ?」
 するり。
 アンジェは体を粘土細工の様に伸ばし、窓の隙間から中へと入って行った。
「‥‥拙い!!」
「待て! やめろ!!」
 冒険者達は一斉に走り出す。閉ざされたドアに向かって‥‥
 だが、内側から鍵をかけられたドアをぶち破り、部屋に辿り着いた時。
「‥‥遅かった‥‥!?」
 部屋の真ん中に、父親が倒れていた。首筋には、二つの噛み跡。
 雪崩れ込んだ冒険者達と入れ替わる様に窓から外に抜け出たアンジェの声が聞こえた。
「これで、仕事がしやすくなったでしょ? じゃあ、アデルをよろしくね?」
 アンジェは、それっきり姿を現さなかった。


 そして、後日。
「‥‥お父様はご無事ですわ。私の仲間が馬に乗せて、近くの教会に運びました」
 薄暗い部屋の中、相変わらず無表情な少女に向かって、サクラが話しかけていた。
「でも、、回復には時間がかかるでしょう。暫く教会に預かって頂く事になるでしょうが、その間、貴方のお世話をする方は誰もおりません」
 少女は黙って頷く。
「ですから‥‥ここを出ましょう? こんな形になったのは本意ではありませんが‥‥」
 だが、その言葉には首を振った。
「‥‥何故、ですか?」
「これは‥‥私の、罰、だから」
「確かに罰は受けなければならないでしょう。でも‥‥もう充分なのではありませんか? お母様もきっと‥‥ね?」
「‥‥‥‥」
「ここにいると、吸血鬼が襲って来る。お前も人ではないものになど、なりたくはなかろう?」
 壁際に寄りかかって様子を見ていたリューが言葉を継いだ。
「その間、私達がお前を預かる。私は、それにこの坊主も‥‥」
 と、隣のテリーを顎で示した。
「お前などに傷付けられはしない。寧ろ‥‥誰かが言っていたが、丁度良い訓練になる。だから、安心しろ。私達といる時は、泣いても怒っても、勿論、笑っても良い」
 差し出された手を、アデルは拒まなかった。
「では、まずはお父様のお見舞いに行くとしまして‥‥」
「もう一度訊く」
 彼等の様子を黙って見ていたマナウスが尋ねた。
「君は何をしたい? どこに行きたい?」
 その問いに、アデルは小さな声で答えた。
「‥‥お母さんの‥‥お墓‥‥」

 そして、アデルは何年かぶりに‥‥もう何年が過ぎたのかも覚えていないほど、久しぶりに外の世界へと足を踏み出した。
 その姿を、一人の少年が物陰からじっと見つめている事に、気付いた者はいたのだろうか‥‥。