【病室の道化師】心を閉ざした少年

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月03日〜03月08日

リプレイ公開日:2007年03月11日

●オープニング

「神様は意地悪だ」
 ベッドに横たわった少年は枕元に立つシスターから顔を背けたまま、そう言った。
 その隣には、空っぽのベッド。
 つい一週間ほど前まで、そこでは同じ年頃の少年が病と闘っていた。
「あいつは自分で歩けたし、食事だって普通に何でも食べてた。僕よりずっと元気そうだったのに」
 それに、あいつの親は時々会いに来てくれてた。
「なのになんで、僕は後回しなの? どうして早く迎えに来てくれないの?」
「あなたの病気は治るからよ、ウォルフリード。もうすぐ元気になれるわ」
「うそだ」
 シスターの言葉に、ウォルフリード‥‥ウォルは力なく呟く。
「ここに来てから、悪くなるばっかりじゃないか。スープしか飲めないのに、元気になんかなれるわけない!」
 ウォルはそう言うと、頭の上まで毛布を引き上げた。

 
「それで‥‥少しでも何か、気晴らしになるような事でもしてあげられないかと‥‥」
 シスターはギルドのカウンターの前で、深く深く溜め息をついた。
 美女の溜め息に、自分も溜め息をつきたくなる衝動を抑えながら、受付係は訊ねる。
「その子は何が好きなんですか?」
「それが‥‥療養所に来てもう半年になりますが、自分の事は何も話してくれないのです」
 彼は代々続く騎士の家に生まれ、当然のように父の後を継ぐ事を期待されていた。
 しかし、どうもその方面の才には恵まれていなかったようだ。
 その上、病を得てからというもの、両親の期待と愛情は全て弟に注がれるようになったと、彼は感じているらしい。
「‥‥自分は捨てられたのだと‥‥一度だけ、同じ病室にいた子に話していたのを聞いた事があります」
 その相手の子も、先日旅立ってしまった。
 以来、ウォルは毎日、早く迎えが来てくれるようにと、神に祈っているという。
「‥‥念のため、もう一度お伺いしますが‥‥」
 受付係が訊いた。
「その子の病気は、治るんですね?」
「はい。栄養をつけて、ゆっくり養生すれば治らない病気ではないと、お医者様も仰っています」
 ただ‥‥、と、シスターは続けた。
「あの子が自分で治そうとしない限り、状態が良くなる事はないだろう、とも‥‥」
 病は気から。
 生きている事が楽しいと少しでも思ってくれたなら、きっと病は快方に向かう筈だ。
「わかりました、そういう事ならお役に立てると思いますよ」
 冒険者には、様々な才能の持ち主が揃っている。
 子供の心をほぐすのが得意な者もきっといる筈だ。
「よろしくお願いします」
 シスターは丁寧に頭を下げ、一言、こう付け加えた。
「ただ‥‥ご両親や弟さんの話は持ち出さないでほしいのです。病気の事にも触れずに、ただ、少しだけ楽しい気分にさせてあげられれば‥‥」

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7212 プリマ・プリム(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●1日目
「今日は特別に、素敵なお客様がいらっしゃるのよ」
 いつもの朝のように何となく目を覚ました僕に、シスターが言った。
「お客様って‥‥父さん?」
 そんな筈ないって思ったけど、やっぱりそうだ。
 返事を聞かなくてもシスターの顔を見ればわかる。
「‥‥お腹すいたでしょう? 待っててね、今日はお料理も特別なのよ?」
 お腹なんかすかない。
 それに特別ったって、どうせスープだ‥‥いつもの不味いスープがちょっとマシになるか、それとももっと不味くなるか‥‥違いなんて、そんなもん。
 起きてても良い事なんて何もないから、また寝ようと思って目を閉じた時、ドアを叩く音がして誰かが入って来た。
 一緒に、何だか良い匂いも。
 横を向くと、知らない子が立ってた。
 僕と同じ位に見えるから、また新しい仲間かと思ったけど、違うみたいだ。
「‥‥マイ・グリン(ea5380)と言います」
 その子はペコリと頭を下げた。
「‥‥ウォルさんのお口に合うか、わかりませんけど‥‥少し、飲んでみませんか?」
 良い匂いはその子‥‥マイが持ってるトレーに乗った2つのスープ皿から漂ってくる。
 久しぶりに、口の中に生ツバが湧いてきた。
 でも、油断は禁物。いつもの不味いスープだって、匂いだけなら結構イケるんだ。
「‥‥私も一緒に、お食事させて貰っても良いでしょうか‥‥?」
 脇のテーブルに置かれた2つの皿には、同じスープが入ってるみたいだ。
 目の前で毒味して見せようって事かな‥‥毒味なんて言い方しちゃ悪いかもしれないけど。
 でも僕はほんの少し体が起こせるだけで、シスターに手伝って貰わないと満足に食事も出来ないんだ。
 そんなとこ、見られたくない。
 マイには悪いけど、出て行って貰った。
 でも、スープは美味しかったな。
 食事が美味しいと思ったの、久しぶりだ。
 シスターには不味い、なんて言っちゃったけど。
 それから暫くして、今度は別の人が入って来た。
「はじめまして、ウォルフリードさん。私はサクラ・フリューゲル(eb8317)と申します」
 その人はそう言って、僕に優しそうな笑顔を向けた。
 シスターとどっちが美人かな‥‥胸は確実に勝ってるな。
「私の事はサクラとお呼び下さいな。貴方の事は何とお呼びしたら良いですか?」
「‥‥べつに」
 そう言って横を向いた僕に、その人は気を悪くした様子もなく言った。
「では、ウォルフリードさんとお呼びしますね」
「‥‥ウォルでいい」
 その名前は嫌いだ、長ったらしくてカッコ付けで、それに騎士っぽい。
 僕なんか、ウォルで充分。
「では、あの‥‥ウォルさん、ええと‥‥何をしましょう? 何かして欲しい事はありますか?」
「べつに」
 何しに来たんだ、この人。
「何かお話でも‥‥」
「べつに」
 もうそろそろ、怒るかな。
 嫌になって出て行くかもしれない。
 でも、その人は怒りもしなければ出て行きもしないで、僕の枕元に座ってた。
「‥‥変な名前」
 僕は言ってみた。
「‥‥え?」
「サクラって、変」
 ほんとは変だと思ったわけじゃない。
 何だか不思議な響きだなって、そう思ったんだ。
「ああ、これは‥‥春に綺麗なピンクの花を咲かせる、異国の植物の名前なんですよ」
 変って言ったのに、気にしてないみたいだ。
 変な人。
「ジャパンでは、もうそろそろ咲き始める頃でしょうか‥‥少しジャパンのお話でもしましょうか?」
「‥‥好きにすれば」
 べつに、よりはマシな返事。
 でも僕は、いつの間にか眠ってしまったらしい。
 ‥‥悪い事、したかな。

●2日目
 今日もマイがスープを運んで来た。
 僕の食事作りの他に、教会の仕事を色々手伝ってるらしい。
 僕とひとつしか違わないって聞いたけど、もうちゃんと働いてるんだ。
「‥‥昨日とは、少し変えてみました。今度はどうでしょうか‥‥」
 昨日、不味いって言ったの、気にしてるみたいだ。
「‥‥嘘だからな、あれ」
 そう言うと、マイはちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「‥‥食の幸福は誰に対しても平等です。ウォルさんがスープしか飲めないのなら、特別美味しいスープを作りますよ」
 それから今日はもう一人、変な人が増えた。
 シャラン、と鈴の音がして、犬の着ぐるみを着た人が入って来た‥‥と思ったら、いきなり思いっきりコケた。
 トロい。
「え、えへへ‥‥転んじゃいまし‥‥きゃ!」
 後ろから歩いて来た小さな犬に、ぷぎゅっと踏まれてる。
 その犬の頭を、もう一頭の大きな犬が前足でぺしっと叩く。
 お笑い一座かと思ったけど、本当はボールを使った曲芸を見せたかったみたいだ。
 犬に踏まれた人はエスナ・ウォルター(eb0752)、利口そうな大きい犬はラティ、飼い主に似てトロそうなのはカカオって名前らしい。
 そう言えば昨日、窓の外で犬の鳴き声が聞こえてたけど、もしかして練習してたのかな。
 でも、あんまり成果はなかったみたいだ。
 ラティは慣れた様子でボールをキャッチするけど、カカオは全然ダメ。
 飼い主もやっぱりダメダメで、わたわたとボールを取り落としてはカカオにぺしっとやられてる。
 そんで、そのカカオの頭をラティがぺしっ。
 カカオはどうして自分がぺしっとやられたのか、わかってないみたい。
 可愛らしく小首を傾げてる。
 ボール投げより、そっちの方が面白いや。
「あ、あの、また後で‥‥もう少し練習して来ますね」
 エスナは真っ赤になってそう言ってたけど、僕はあんまり期待してない。
 って言うか、今のままで良いよ。

●3日目
 どうも、変な人は日替わりで現れるらしい。
 僕が疲れるから、芸を見せるのは1日ひとりって決めたみたい。
 今日のメニューはプリマ・プリム(eb7212)っていうシフールの踊り子さんだった。
「こんにちはーっ!」
 やたら元気だ。
「ほら、見て見て! 空中の踊りって珍しいんだよ!」
 僕にとってはシフールそのものが珍しいんだけど。
 冒険者の間では、そんなに珍しくないらしい‥‥そうだ、この人達、冒険者なんだって。
 昨日、サクラが色々話してくれた。
 いつものように、僕は途中で寝ちゃったけど。
「ねえ、どう? 楽しい? 実はまだ練習中なんだけどね〜」
 クルクル回りながら、プリマが言う。
 あ、ごめん、見てなかった。
「‥‥音楽とか‥‥あった方が良いと思うけど」
「あ、そうだよね! でもさ、ここって教会の付属だから、あんまり騒いだら神父さんとかに怒られちゃうかな〜って」
 大丈夫だと思うけど。
「じゃあ、竪琴を演奏しながら踊る! ‥‥って、ムリかな?」
 無理だと思うよ。
「なら、歌いながら‥‥でも、やっぱり伴奏欲しいな〜」
「エスナが鈴みたいなの持ってたけど」
 今日も庭で練習してるみたいだ。
 時々声が聞こえるけど‥‥やっぱり手こずってるみたい。
 プリマはエスナに協力して貰う事に決めたらしい。
 呼ばれて、エスナがおずおずと部屋に入って来た。
 今日は変な着ぐるみは着てない‥‥うん、普通にしてた方がカワイイや。
 あ、年上の人にカワイイなんて言ったら失礼かな。
「じゃあ、伴奏お願いね!」
 伴奏って言っても、リズムに合わせて鈴を鳴らすだけなんだけど。
 でも、それだけでもさっきよりずっと良い感じになった。
 それに合わせて、プリマは踊りながら歌いだした。
 何だろう、即興の歌なのかな‥‥聞いた事ないけど、何だか楽しそうだ。
 空中で青いシフールさんがクルクル踊ってる。
 クルクル、クルクル‥‥催眠術みたいに‥‥。

●4日目
 今日来たのはロッド・エルメロイ(eb9943)っていう魔法使いの男の人だった。
 男の人は嫌いだ。
 すぐにお説教したがるし、何でも頑張れって言う。
 でもロッドは何も言わずに、黙って僕の枕元に座ってた。
「‥‥何しに来たの?」
 魔法で手品とか見せてくれるわけでもなさそうだし、ほんとに何しに来たんだろう?
 すると、ロッドは立ち上がって僕の腕に手を置いた。
 ブツブツと、何か呪文みたいなのを唱えてる。
 いや、みたい、じゃなくて、呪文を唱えてたんだ。
 ロッドが赤っぽい光に包まれたかと思うと、僕の中に何かが流れ込んできた‥‥いや、沸き上がってきた、かな。
「何、これ‥‥?」
「フレイムエリベイションという魔法ですよ。何となく、力が沸き上がってくるような感じがしませんか?」
 ‥‥する。
「この魔法には気分を盛り立てて、元気にしてくれる作用があるんですよ。もし良かったら、こんな風に魔法を使う方法など、お話しましょうか?」
「‥‥けど‥‥僕には必要ない。だって、僕はベッドから起き上がる事だって出来ないんだよ? いくら気分だけ元気になったって、これじゃ何にも変わんないじゃないか!」
 元気が湧いて来ても、体が動かないんじゃ余計に惨めだ。
「‥‥でも、最初の頃よりも長く起きていられるようになったと思いませんか?」
 一緒にいたサクラが言った。
 ‥‥言われてみれば、そうかもしれない。
 今だって背中にクッションを当ててベッドに座ってる‥‥前は食事の間にちょっとだけ体を起こしてるのだって辛かったのに。
 そう言えば、早く迎えに来て下さいって神様にお祈りするのも忘れてた。
 多分、毎日来てくれた皆のお陰なんだと思う。
 けど、そんなの素直に認めるのも悔しいし、恥ずかしいじゃないか。
 だから、背中を向けてベッドに潜り込んだ。
 こないだまで、そんな事さえシスターに手伝って貰わないと出来なかったんだけど。
 ごめん、今度はちゃんとロッドの話も聞くから。
 ‥‥もし、また来てくれたら、だけど。

●5日目
 僕は自分で食事が出来るようになった。
 だから今日の朝食はマイと一緒だ。
「‥‥今日のスープの材料を、当ててみて下さい」
 そう言われたけど、全然わかんなかった。
 この味は野菜だけで出してるって言われても、そんなの影も形も残ってないし。
「明日から、またあの不味いスープに逆戻りか」
「‥‥レシピは残して行きますから‥‥」
 ここの料理人には、あんまり期待は出来ないと思うけど。
 そして今日は、あのお笑い犬芸人が再挑戦。
 随分練習したみたいだけど、でもやっぱり、あんまり上達してないみたいだ。
 僕はその方が楽しくて好きなんだけどな。
 でも、犬達を見てたら僕も会いたくなってきちゃった。
「ウォルさんも犬を飼っていらっしゃるのですか?」
 サクラが訊ねた。
 そんなに馬鹿丁寧な言葉遣い、しなくて良いのに。
「僕じゃなくて、父さん」
 だから、きっともう会えない。
「‥‥会わせて貰えるように交渉してみましょうか」
 ロッドが言うけど、無理だよ。
 だって、僕はいらない子なんだから。
 僕の頼みなんか、聞いてくれる筈がない。
「じゃあ、最後に楽しいのを一曲! 騒がしいのは大目に見て貰っちゃおう!」
 プリマが竪琴を弾きながら歌い出した。
 やっぱり僕の知らない歌だったけど、何となく気分が楽しくなる感じだ。
 でも、歌が明るければ明るいほど、もう終わりなんだって感じが迫って来る。
 あーあ、明日からまた、退屈な毎日が始まるのか。
 明日なんて、来なければいいのに‥‥。