【病室の道化師】氷を溶かすもの

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2007年03月30日

●オープニング

「‥‥あなた、ウォルフリードの事なのだけれど‥‥」
「死んだか?」
 その日の朝、着替えを手伝いながら切り出した妻の言葉に、ウォルの父は何の感情も交えずに言った。
 その余りに冷たい言葉と態度に憤りを覚えながら、それを隠して妻は続ける。
「いいえ。でも、あの子が療養所に入ってもう半年‥‥一度くらい、見舞いに行かせては頂けないでしょうか?」
 父親は、妻にさえ息子の見舞いに行く事を許可していないらしい。
「甘やかすな。あれが王国騎士に相応しい体と心を得たなら、俺が迎えに行く。それまでは手出しも口出しも無用だ」
 そう言って、父親は出掛けて行った。
 どこかで大きな戦があるらしく、暫くは戻らないと言っていたが‥‥
「戻らない方が、この家は平和ね」
 妻は諦めたように首を振りながら、そう呟く。
 庭では大きな犬が尻尾を振りながら、活発そうな少年と共に主人を見送っていた。


「‥‥やっぱり不味い‥‥」
 ベッドに半身を起こしたウォルは、シスターが差し出したスープを一口飲むと、ぷいっと突っ返した。
「でも、教わったレシピの通りに作って貰ったのよ?」
 シスターは困り果てた顔でそれを受け取ると、自分で飲んでみる。
「‥‥美味しいと思うのだけれど‥‥?」
 しかし、本人が不味いと言うのだから仕方がない。
 漸く体力もほんの少しではあるが回復して来た所であるし、このままきちんと食事を摂れるようになれば、新緑の頃には自分の足で散歩に出られるかもしれないと思っていたのだが。
 仕方がない。
「‥‥もう一度、皆さんにいらして頂きましょうか」
 だが、ウォルの返事はそっけない。
「べつに、どうでもいいけど」
 そう言いながら実は喜んでいる事を、シスターは相手の微妙な表情の変化から読み取った。
「ねえウォル、皆さんに何かして欲しい事はある?」
「‥‥べつに」
 さて、今度の「べつに」はどういう意味だろう。
 シスターは前回の訪問の時のウォルの反応を思い出してみる。
 そう言えば、ウォルは犬達の芸をとても気に入っていたようだ。
 自分でも犬を飼っていたと‥‥いや、あれは父親の犬だと言っていた。
 家族の事に触れるのはまだ早いかもしれないが、何とかその犬だけでも連れて来られないものだろうか?
 それに勿論、食事の面でも‥‥そろそろスープに浸したパンでも食べてくれると良いのだけれど。
「じゃあ、ちょっとお願いして来るわね。今度はどんな方がいらっしゃるのかしら」
「‥‥あ」
 残ったスープの皿を手に部屋を出ようとしたシスターを、ウォルが呼び止めた。
「それ‥‥」
 と、手を出す。
 飲むから寄越せ、という事らしい。
 シスターは嬉しそうに微笑むと、スープ皿を仏頂面の少年に手渡した。

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7212 プリマ・プリム(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「‥‥なんだ、また来たの?」
 2つのスープ皿を手に病室を訪れたマイ・グリン(ea5380)に、ベッドに起き上がったウォルはそっぽを向きながら言った。
 しかし、その態度とは裏腹に鼻がヒクヒク動き、お腹が鳴る音が聞こえる。
 体の調子はだいぶ良いようだ。
「‥‥こんにちは、ウォルさん。今日はまた新しいスープを作って来ました。‥‥味見してみませんか?」
 この間も毎日違ったスープだったが、まだレパートリーがあるのか‥‥と、感心しながら、ウォルは素直にスープ皿を受け取った。
「‥‥どう、でしょうか?」
 マイの問いに、ウォルはぶっきらぼうに答える。
「べつに‥‥まあまあ、かな」
 そう言いながら、スープを口に運ぶ手は止まらない。
 その様子に、マイは安心したように微笑む。
「‥‥そろそろ‥‥スープだけでは物足りないのではありませんか?」
 少し固形物‥‥パンを食べてみないかと勧めてみる。
 だがウォルは、いかにも嫌そうに首を振った。
「ここのパンはスープより不味い。固くてボソボソで‥‥あんなの、食べ物じゃない。それに、家じゃ‥‥」
 と、ウォルは何かを言いかけたが、それっきり黙ってしまった。
 何か家の事を思い出したらしいが‥‥。
「‥‥わかりました。パン焼き釜を使わせて貰えないか、頼んでみます」
「パンまで作れるの?」
「‥‥ええ、何か食べたい物がありましたら、可能な限り挑戦させて貰いますよ。私はウォルさんにスープだけで満足して欲しくないと思っていますから」
「食べたい物なんて、べつに‥‥」
 そう言うと、ウォルはベッドに潜り込んでしまった。

 その日ウォルが昼寝から目覚めると、部屋の中には3頭のボーダーコリーが勢揃いしていた。
 2頭はエスナ・ウォルター(eb0752)の愛犬ラティとカカオ、そしてもう1頭はリデト・ユリースト(ea5913)のおにぎりなのだが‥‥飼い主以外には区別が付かないような気もする。
 ウォルお気に入りのカカオは、先日来た時にはまだ小さかったのだが、あっという間に大きくなったようだ。
「‥‥どれが、どれ?」
 ちょっとトボけたように見えるのがカカオだろうか。
 それに、シフールの人は確か青い髪だった筈‥‥自分の見間違いだったのか?
「ウォルくんであるな。初めましてなんである。この子の名前はおにぎりなんである。よろしくであるよ」
 それを聞いて、この前とは別人である事に、ウォルも気付いたようだ。
 あの子は、こんな変な話し方(失礼)はしていなかった。
「‥‥おにぎり?」
 また変な名前が出てきた。
「ジャパンの食べ物ですよ」
 と、サクラ・フリューゲル(eb8317)が声をかける。
「こんにちは、ウォルさん。覚えてらっしゃいますか? サクラです」
 サクラは忘れられていたらどうしようとドキドキしながら微笑みかけた。
「‥‥あ、変な人」
 コラ。
 でもまあ、忘れられるよりは遙かにマシだ。
「初めに会ったころよりも顔色が良くなってきましたね。よかったですわ」
「‥‥まあね。で、なに? おにぎりって」
「ジャパンの伝統的な携帯食ですわ。白いごはんに海苔というものを巻いた、白黒模様の‥‥口で説明しても、よくわかりませんわね。ウォルさんが色々食べられるようになったら、作ってさしあげましょうか?」
「いらない」
 相変わらず強敵。
 だが以前より口数も増え、彼なりに打ち解けてはきているようだ。
 その間にも何とか場を和ませようと、リデトがおにぎりに芸をさせている。
 それに刺激を受け対抗意識を燃やしたのか、カカオがエスナを前足でぺしぺしと叩いた。
 自分にも早く芸をさせてくれと催促しているようなのだが‥‥
「お手」
 言われて、サッと出たのはラティの前足。
 カカオはきょとんと首を傾げ、だ〜いぶ遅れてから‥‥ぺしっ。
 エスナの手を叩いた。
 ‥‥それは、お手とは違う気がする。
「待て」
「くるくる!」
 やっぱりカカオはワンテンポ遅れ、しかも何か微妙に命令とは違う事をしているような。
 だが‥‥
「ハイタッチ!」
 ぺしっ!
 カカオは頭上に差し出されたエスナの手のひらに、得意気にタッチして見せた。
「良く出来たね」
 上機嫌で尻尾を振るカカオにごほうびのおやつをあげると、エスナはウォルに向き直り、おやつを差し出した。
「えと、あの‥‥ウォル君も‥‥やってみますか?」
 その誘いに、ウォルは嬉しそうに顔を綻ばせる。
 だがその表情は一瞬で消えてしまった。
「見てるだけで‥‥いい」
「どうして‥‥ですか? ウォル君、犬、好きですよね?」
 エスナが訊ねる。
「犬、てね‥‥自分を好きだと思ってくれてる人が分かるんだって。 ラティもカカオも‥‥ウォル君の事、好きだって言ってるから‥‥だから、そうなのかな、って」
 勿論、犬は大好きだ。
 だが触れ合えば、どうしても会いたくなる‥‥もう二度と会えないだろう、親友に。
 ベッドに潜り込み、頭まで毛布を被ったウォルの傍らで、カカオが「おやつちょーだい!」と、固いマットをぺしぺし叩いていた。

「犬‥‥ですか」
 翌朝、冒険者達から話を聞いたシスターは、自分もよくは知らないが、と前置きした上でこう言った。
「ええ、大きな犬と大の仲良しだった、とは聞いています。ただ、お父様の犬だそうで‥‥」
「会いたいのであろうな‥‥話を聞いた限りでは、家族に会わせるのは時期尚早かもであるが、犬は裏がない相手である。会わせてやりたいであるな」
 と、リデト。
「そうですね‥‥私も、ウォル君お母さんに会いたいかな、とは思いますけど、まだちょっと早いような気がします‥‥でも、わんこなら大丈夫かなって」
 エスナも少し心配そうに言う。
「では、私が行って交渉してみますわ。何とか犬さんをお借り出来ないかどうか」
 サクラが申し出、リデトも続く。
「私も行くである。何かウォル君の持ち物を持って行けば‥‥」

 シスターからの紹介状を持って家を訊ねたサクラとリデトを出迎えたのは、優しそうだが、どことなくくたびれたような、人生を諦めたような雰囲気を漂わせる女性だった。
「‥‥ウォルさんのお母様でいらっしゃいますか?」
 事情を説明するサクラに、その女性‥‥ウォルの母親は深く溜め息をついた。
「そうですか‥‥あの子は、元気なのですね」
「元気‥‥と、言えるかどうかは‥‥」
 サクラが言う。
「徐々にではありますが、良くなっていると思います。ですが、また悪くなってしまう可能性もあります。ですから‥‥元気付けるためにも、仲良しだった犬に会わせてあげたいのです」
「ウォル君の病気は治るものなんだそうであるよ。でも、それには何かきっかけが足りないようであるな。本当は家族全員にお見舞いに来て貰うのが良いのであるが、それも難しそうであるし」
 と、リデトは庭で少年と戯れる大きな犬を見やる。
「‥‥あれが、ジョンであるな?」
「色々とご都合があるのはお察しします。でも、失礼を承知で申し上げれば、ウォルさんは今、ご家族の助けを必要とされているのです。何とか‥‥彼を救うためにもご協力をお願い出来ないでしょうか?」
 サクラの言葉に母親は再び溜め息をつく。
「そうね‥‥今はちょうど主人もいないし、連れ出した事がわからないようにして貰えるなら‥‥」
 本当は自分も見舞いに行きたいのだが、と言い、母親は庭で遊ぶ犬を呼んだ。
「兄さまに会いに行くの? 僕も行く! 僕も兄さまに会いたいよ!」
 一緒についてきた弟が話を聞いてそう言うが、リデトは首を振った。
「それは、もう少し待ってほしいである。会うのは一度に一人ずつ、順番なんである」
 なるほど、健康で活発そうな子だ、と、弟を見てリデトは思う。
 噂に聞いた父親の人物像‥‥代々続いた王宮騎士の家柄に誇りを持ち、息子達にもそれを継がせるのが当然と考えている彼にとっては、自分の理想に近いであろうこの子に目をかけるのは当然かもしれない。
 この子は無条件で兄を慕っているのだろうが‥‥。
「ごめんなさい、お兄さんがもう少し良くなってから、ね?」
 まずは父親との和解‥‥自分の思い通りにならない息子の存在を、ありのままに受け入れて貰う事が先だろう。
 母親から聞いた話では、それもかなり難しそうではあるが‥‥。
「では、行くであるかな」
 リデトはウォルの使っていたハンカチをジョンの鼻先で振った。
「この匂い、覚えているであるか?」
 ジョンは一声吠えると懐かしそうに尻尾を振った。
「では、付いて来るであるよ。勝手にウォル君の居場所を探し当てたとすれば、バレたとしても咎められはしないであろう?」

「‥‥どうでしょうか‥‥?」
 ウォルの病室‥‥いや、療養所全体に、焼きたてパンの食欲をそそる匂いが漂っていた。
「‥‥うん、匂いは良いね」
 ウォルはその匂いを鼻いっぱいに吸い込むと、一口‥‥ほんの少しだが、口にしてみた。
「でも、なんか違うんだよな‥‥」
「‥‥何が、でしょうか?」
「‥‥家で‥‥」
 と言いかけて、ウォルは慌てて口をつぐむ。
 家で食べていた馴染みの味‥‥所謂お袋の味とは違う、と言いたかったのだろう。
 ウォルは未だに、家や家族の事を話題にするのを避けていた。
「では、これならどうですか?」
 マイはカリカリに焼き上げたパンの小片をスープに浮かべてウォルに手渡した。
「‥‥これなら不味いパンでも美味しく食べられますよ」
 と、苦笑しながら。
「‥‥べつに、不味いとは言ってないけど」
 ウォルは独り言のように口の中でモゴモゴ言いながら、それを食べてみる。
「‥‥ほんとだ‥‥」
 その時、療養所の庭から犬の鳴き声が聞こえてきた。
 ラティもカカオもここにいる。おにぎりも大人しく留守番している。
 また誰か新しく連れて来たのかな‥‥そう思いながら耳をすます。
 声は庭を横切り、建物の中に入ったようだ。
 だんだん近付いて来る。
 何だか聞き覚えがあるような気がするが、でも気のせいだ。
 連れて来れる筈がない‥‥。
「ウォンッ!!」
 開け放たれたドアの前に、大きな白い犬が姿を現した。
「‥‥まさか‥‥ジョン‥‥?」
「ウォン、ウォンッ!!」
 ジョンは一目散に窓際のベッドに駆け寄ると、そこに起き上がったウォルに飛び付き顔じゅうを舐め回した。
「うわ、くすぐったいよ、ジョン、やめ‥‥っ」
 シスターも、そして勿論冒険者達も、初めて見る笑顔。
「でも、どうして‥‥父さんが許してくれたの?」
 ウォルは期待を込めて冒険者達を見る。
 どうしよう、事実を告げるべきか、それとも‥‥。
 サクラの一瞬の躊躇いはしかし、ウォルに見抜かれてしまった。
「‥‥そんな筈、ないか。黙って連れて来たんだよね?」
「‥‥お父様は、ちょうど今ご不在で‥‥でも、お母様にはきちんと了解を頂きましたわ」
 ウォルはジョンの頭を撫でながら、穏やかな表情で呟いた。
「‥‥良いんだ、僕はもう‥‥病気が治っても、あの家に戻るつもりはないから‥‥ありがと」
 最後の一言は声にならなかったが、冒険者達の耳には確かにそう聞こえた。