【病室の道化師】春を待つ君へ
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■シリーズシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月08日〜04月13日
リプレイ公開日:2007年04月16日
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●オープニング
「‥‥ジョンはどうした?」
いつもなら真っ先に主人の帰宅を歓迎する筈の犬の姿が見えない。
戦いから戻った王宮騎士――ウォルの父親は、夫の生還をさして喜ぶ風もなく出迎えた妻にそう尋ねた。
「ええ、少し前から姿を消してしまって‥‥一体、どこへ行ったのかしら?」
どことなく棒読み口調の答えに違和感を感じないでもなかったが、このところ夫婦の間は冷え切っている。
いちいち追求するのも面倒だ‥‥妻の態度も、消えた犬の事も。
いなくなったなら、また新しい犬を飼えばいい。
上の息子が期待に添わなくても、下の子がいる。それも駄目なら、また作ればいい。
妻が拒むなら、取り替えれば済む事だ‥‥。
この男は、そうした考えの持ち主だった。
「ウォン、ウォン!」
療養所の庭を、大きな犬が嬉しそうに走り回っている。
その犬‥‥ジョンは家に帰る気はないらしく、あれからずっと小さな主人と共に過ごしていた。
ウォルはそれを2階にある病室の窓から見下ろし、呟く。
「‥‥また、ジョンと一緒に走りたいな‥‥」
「走れるようになるわ。きちんと食べて、しっかり治せばね」
シスターは微笑みながら食事のトレイを差し出す。
そこにはスープの他に小さなパンと、一切れのリンゴが添えられていた。
「少し歯ごたえのあるものはどうかと思って‥‥良く噛めば大丈夫だから、ね?」
「うん、ありがと」
ウォルはトレイとシスターの気遣いを素直に受け取り、リンゴを一口囓ってみた。
「‥‥すり下ろしたのより、美味しい気がする」
‥‥良かった‥‥。
シスターはほっと胸をなで下ろす。
体力が戻るまでには、まだ時間もかかるだろう。
けれど、治したいと思う気持ちがあれば大丈夫、きっと元通り元気になれる。
ただ問題は‥‥。
元気になってこの療養所を出ても、彼に居場所があるかどうか。
「僕は家には戻らないよ。僕のものは全部、弟にあげる」
ウォルはそう言っていた。
相続する筈の、財産も名誉も、そして騎士の資格も。
「僕は騎士にはならない。‥‥他に何になるかは、まだ決めてないけど‥‥騎士だけは絶対に嫌だ」
かつて父が自慢げに見せた勲章の数々。
あれは人を殺して貰ったご褒美だ‥‥ウォルはそう考えているらしい。
騎士にも色々いるのだろうが、彼にとっての騎士とはただ、目の前にいる父親のみだった。
そして彼は、父の期待に応えるべく、懸命に頑張ってきた‥‥父に愛されたいと願う一心で。
だが、突然襲った病魔によって全てが奪われ、そして、真っ暗な中に見えた小さな光。
その光の中に、父の姿はなかった。
新しい世界に、ウォルは今、何を見ているのだろう。
「‥‥あまり先の事を考えても、仕方ないわね」
シスターは小さく溜め息をつくと、首を振った。
とにかく今は、きちんと病気を治す事。
そして、出来るだけ楽しく過ごす事。
「もう一度、来て頂こうかしら」
空になった食器を片付けながら、シスターはそう呟いた。
●リプレイ本文
「‥‥見舞い、だと?」
訊ねて来た冒険者達に向かって、ウォルの父親は冷ややかに言った。
「良くなったなら、戻って来れば良い。そうでないなら戻る必要はない‥‥あれにも、そう言ってある」
「しかし」
と、その余りの言い分に憤りを感じつつも、サクラ・フリューゲル(eb8317)は務めて冷静に言った。
「御子息はこれまで長い間、病魔と闘って来られました。目に見える敵と戦うだけが騎士ではありません‥‥立派に闘った彼に、少しでも暖かい言葉をかけては頂けないでしょうか?」
「相手が何であろうと、戦いに勝つのは騎士として当然の事。労いの言葉など不要だ」
「‥‥私の知る騎士とは、何より人を護る人達の事です」
サクラは静かに‥‥しかし確信を持って言った。
「ご自分の家族を大切にできぬ方に、どうして何かを護る事ができましょう?」
「では訊くが、戦いに負けて誰かを守れるのか? 敗れた者が、家族を、部下を、国を守れるのか?」
その問いに、リデト・ユリースト(ea5913)が答えた。
「それでも、勝てば良い‥‥勝ちさえすれば良いというものではないである。それに、弱ってる者を見捨てるのは騎士でなく、主の教えにもないである」
だが父親は誰の声にも耳を貸さず、犬の訓練があると言って奥の庭に引っ込んでしまった。
「‥‥ジョンの代わり、かな」
物陰に隠れ、黙って成り行きを見守っていたプリマ・プリム(eb7212)が漸く口を開いた。
「あたし、ウォルパパ苦手〜っ!」
「‥‥やっぱり、だめだったであるな」
「うん。でもでも、ね?」
と、プリマは小さな包みを抱えたサクラを見た。
「そうですね。それに‥‥」
3人は顔を見合わせる。
「ウォル、きっと喜ぶねっ♪」
「‥‥もう、ここまで煮込まなくても大丈夫そうですね‥‥」
いつものように具材の形がなくなるまで煮込んだスープを持って病室を訪れたマイ・グリン(ea5380)は、その硬い表情を張り付かせた顔をほんの少し綻ばせた。
「うん、こないだはリンゴをちょっと囓ってみたけど、なんともなかったし‥‥なんか最近、すごくお腹がすくんだ」
ウォルはスープに浸したパンを食べながら、明るい表情で素直にそう言った。
「‥‥では、明日からはもう少し歯ごたえのあるものを作りますね」
「うん。‥‥でもさ、キミ、僕とそんなに変わんないのに‥‥どうしてこんなに料理が上手いの?」
その問いにどう答えるべきか、マイは迷っていた。
自分の事情‥‥家を出て苦労してきた事を話すべきか否か。
彼の身の振り方に関して、口を挟んでいいものかどうか‥‥。
「‥‥元々家事が好きだったのと‥‥後は運が良かったのでしょうね。それに、多少は腕も」
「僕にも何か出来れば良いんだけどな。騎士になる事しか考えてなかったから、なんにも思いつかないや」
「‥‥ゆっくりで‥‥良いと思います。そんなに、急がなくても」
まだ子供扱いされる年頃で家を出ても、良い事など1つもない‥‥そう、マイは考えていた。
例えそれが自ら選んだ道で、後悔などしていないとしても。
ウォルが食事を終え、マイが食器を片付けに下がったのと入れ替わるように、一頭の茶色い小柄な犬が病室に姿を現した。
「わんっ!」
その犬は、くるんと丸まった尻尾を盛んに振って、ベッドに起き上がったウォルと、その脇に控えるジョンに挨拶をしている。
「キミ‥‥どこの子?」
その問いに答えたのは、その後ろから入ってきた銀の髪の女性だった。
「お初にお目にかかる。私はエスリン・マッカレル(ea9669)と申す者‥‥」
いや、と、エスリンは途中で言葉を切った。
騎士である事を隠す為に、わざわざ普通の町娘の格好をして来たのに、この話し方ではすぐにバレてしまう。
「あ‥‥ええと、エスリンと呼んで下さい。この子はセタンタ、勇敢で忠実な私の友達です」
「セタンタ‥‥変わった子だね」
柴犬はイギリスでは余り見られないかもしれない‥‥冒険者達の間では比較的多く飼われているようだが。
「ジョンと‥‥それに君の友達になりたいと言っています。勿論私も」
「わん!」
セタンタがゴキゲンな声で吠えた。
その日の午後じゅう、犬達を間に挟みつつ、エスリンは自らが関わった冒険や、人づてに聞いた話、それに故郷に伝わる不思議な話などをウォルに披露した。
それはどれも初めて耳にする事ばかりだったようで、ウォルはその間ずっと、ベッドに起き上がって耳を傾けていた。
それでも「疲れた」とは言わないし、寝てしまう事もない。
ウォルの体力は着実に回復していた。
そして翌日、今度は両脇にお馴染みのボーダーコリーを従えたエスナ・ウォルター(eb0752)が病室に顔を出した。
「こんにちは、ウォル君。今日は遊んで貰えますか‥‥?」
その返事も待たずに、カカオはボールを口にくわえ「遊んでっ」と、ウォルのベッドをぺしぺし叩いている。
「わかったよ‥‥じゃあ、それ貸して?」
ウォルが差し出した手にボールをポトンと落とすと、カカオは行儀良くお座りしてそれが投げられるのを待った。
「ほら!」
だが、自分で催促した割には‥‥カカオの演技はやっぱり今ひとつ。
しかしそのトボケ具合がカカオの良い所‥‥かな?
そんな光景を眺めつつ、エスナは両手に抱えた花束をウォルに差し出した。
「あの、ウォル君はまだ外には出られないんですよね? だから、代わりに‥‥お部屋の中でお花見が出来ないかなって‥‥私じゃなくて、サクラさんの提案なんですけど」
「サクラの? お花見って‥‥何?」
その問いにはサクラが答えた。
「ジャパンのお祭りで‥‥本当は桜の花を見ながら楽しくお食事をしたり、歌や踊りを楽しむものなのですが」
桜はここにはないし、外へも出られない。
ならば病室を花いっぱいにしてしまおう。この際、花の種類は関係ない。
「‥‥変なの」
ウォルは率直な感想を述べた。
まあ、花見の情緒は大人にならないとわからないものかもしれない。
それに、桜と野の花では同じ花見でも随分感じが違う。
「サクラの話は変なのばっかりだ」
だが、気に入らない訳ではないようで、犬達と遊びながら、部屋を飾り付ける様子を眺めるその表情は楽しそうだった。
「それから、ほら」
サクラは小さな三角の、白黒の塊をウォルに差し出した。
「これが、おにぎりです‥‥この間、お話したでしょう?」
ちょっといびつな三角の、真ん中に黒い海苔を巻いたそれは、確かにボーダーコリーの白黒柄に見えなくもない。
そしてそれは、何だか食欲をそそる良い匂いがした。
「ちょっと‥‥食べてみようかな」
ウォルは恐る恐る一口囓ってみる。
「あれ、中に何か入ってる」
それは、焼いて摺り潰した鮭。
「‥‥よく、材料が手に入りましたね」
と、マイ。ジャパンの食材はイギリスではなかなか手に入らない物も多いのだが。
実は、それはウォルの母親が手配してくれたものだった‥‥ウォルには今の所ナイショだが。
結局ウォルは、赤ん坊の拳ほどのサイズとは言え‥‥おにぎり一個、完食。
「すごーい、随分食べられるようになったんだねっ」
プリマが嬉しそうに舞いながら言う。
「じゃあ、折角のお花見だし、この間来れなかった分も含めて、盛り上がっちゃおうっ! ってことで、今回は歌うよっ奏でるよっ!」
その宣言通り、プリマは陽気な音楽を奏で、歌う。
「ほら、ウォルも歌おうよ!」
「僕‥‥歌なんて知らないよ。うちじゃ、そんなチャラチャラしたものはダメだって、父さんが‥‥」
明るい雰囲気が、一気に陰りを帯びた。
「そんな事はないであるよ」
リデトが言う。
「歌と竪琴が好きで、良くフラフラしてる騎士の友人もいるである」
「ああ‥‥その人は、私も知っています」
エスリンは、とある騎士の面影を思い浮かべる。
「楽しい時には、歌って自然に出てくるものじゃない? うん、最初は出てこないかもしれない。だけど、最初は心の中で歌っていればいいんだよ。自然に体が、唇がついてくるしねっ」
「そんなもんかな‥‥」
「そう! でも、歌うのって結構体力要るから、休み休みにねっ。リハビリってくらいでいいの。そうだ、リハビリに歌おう! あたしが教えてあげるっ」
「あ、歌なら私も少し‥‥教えるとかじゃなくて、一緒に歌える、かな」
エスナが遠慮がちに言った。
そうして楽しく遊んでいるうちに、早くも最後の日。
ウォルは膝にサクラのペット、雛鳥のピヨちゃんを載せてそのふわふわの羽毛の感触を楽しみながら、おにぎりの芸を眺めていた。
おにぎりとは言っても、食べ物の方ではなく‥‥
「ほら、ジャンプであるよ!」
リデトが布のボールを空中で持ち、ボーダーコリーにそれをジャンプして取らせる。
主人ごとパックリいかないかとヒヤヒヤものだが、おにぎりは慣れたもので、失敗などしない。
「ジョンも何か芸が出来るであるか?」
「‥‥父さんがよく狩りに連れてったから‥‥取って来いなら出来るけど」
でも、狩りは好きじゃない。ウォルは膝のピヨちゃんを手のひらに乗せて言った。
「鳥とか兎とか狐とか‥‥可哀想だ。そんなのに付き合わされるジョンも可哀想だ」
「ウォルは動物が好きなんであるな。猫も好きであるか?」
「‥‥わかんない。父さんが嫌いだったから」
結局のところ、この子にとっては未だに父親が全ての基準なのだ。
「猫もなかなか良いであるよ。もし良ければ、犬と猫がたくさんいる知り合いの屋敷があるである。元気になったら一緒に行きたいであるな」
「猫屋敷‥‥ですね」
サクラがクスリと笑う。
「猫屋敷?」
「ええ、そこのご主人は多分‥‥ウォルさんが知っている騎士とは、ちょっと違った方だと思いますよ」
「動物好きで‥‥きっと、ウォル君とも気が合うと思います。身分や生まれに関係なく、誰にでも普通に接してくれますし‥‥」
と、エスナ。
そして、その時になって漸く、サクラは気になっていた本題を切り出した。
「ウォルさん、貴方はどうしたいですか?」
「どうって‥‥」
「私は貴方の進む道のお手伝いをして上げたいです。でもこれより先は冒険者としてでは僭越な気もします。ですから‥‥」
サクラはそう言って、右手をウォルの前に差し出した。
「お友達になりませんか? 私は騎士です、それでもお友達になってくれますか?」
そう言えば、サクラも騎士だった‥‥ウォルが嫌いな。
そして‥‥
「すまない。身分を偽った事は謝るが‥‥私は君のお父上と同じだっただろうか?」
騎士の正装に、マントを纏ったエスリンが言った。
「‥‥やっぱり‥‥騎士だったんだね。なんか口調が固いから、普通の人じゃないだろうとは思ってたけど」
ウォルは動じた様子もなくそう言った。
それに、エスリンが答える。
「確かに戦いで人を傷つけた事もある。だがその刃は、邪悪を倒し弱き者を護る為に振るってきたつもりだ。騎士とはその為の存在なのだから」
「騎士も色々いるである。知り合いに、エルフで体が弱く、苦労しながら頑張ってる騎士もいるである。騎士に限らず、魔法使いも僧侶も、皆の笑顔を守るのが望みなんであるよ」
「今は道を違えていても、お父上にもその理想は眠っている筈。いつか君が、本当の意味で騎士を思い出させてあげられないだろうか…?」
「‥‥父さんは‥‥皆とは違うよ。皆は‥‥」
ウォルはそう言いつつ、まだ目の前に差し出されたままのサクラの手と顔を交互に見た。
「ねえ、これ、いつまで出してるの?」
「ウォルさんが握り返して下さるまで、です」
サクラはにっこりと微笑んだ。
「‥‥しょーがねーなー‥‥」
ブーたれながらも、ウォルはサクラの手を握る。
その頬はちょっと紅潮しているようだ。
「もう、いいだろ、これで。さっさと引っ込めろよ」
照れ隠しに、離した手をゴシゴシとシーツに擦り付けたりして。
「あー、赤くなったなっ! 赤くなったでしょっ!」
「なってないっ!」
ウォルはからかうプリマを手で払い除けるような動作をして、ふと真顔に戻る。
「‥‥でも、だからって‥‥騎士になりたいとは、やっぱり思わない。他に何かって言われても‥‥困るけど」
「あたしは‥‥ウォルの生き方だから、ウォルがなりないものになればいいと思う」
プリマが今し方とは全く違う、いつになく真面目な表情でそう言った。
「選択に後悔しても、やり直しはできるし‥‥なりたいものが見付からなくても、ゆっくり探せば良いと思うよ。だって、ウォルって自分のお家と、ここだけしか知らないんだもん」
「‥‥もっと色々な人に会って、色々な事を見れば‥‥きっと、やりたい事も、なりたいものも‥‥見付かると思います」 エスナが言った。
「でも、家族と離れるのは‥‥とても辛い事です。私も、本当の家族とは二度と会えないから‥‥」
ウォルには同じような経験はしてほしくない。
ここにいる誰もが、そう感じていただろう。
「‥‥私も家を飛び出した過去を持つ身なので、あまり偉そうな事を言える立場ではないのですけど‥‥」
マイが口を開く。
「お父様が嫌いだからと言ってお母様や弟さん、ジョンを残して家を出る選択に後悔しないだけの覚悟はおありですか?」
「違う!」
ウォルが叫んだ。
「僕が父さんを嫌いなんじゃない‥‥父さんが、僕を嫌ってるんだ。だから‥‥」
本当は、家を出たい訳ではない‥‥ようだ。
「急ぐ事はないであるよ。戻りたければいつでも戻れるであるし‥‥ウォルには、家も家族もあるんであるから」
「うん、ママは本当に心配してるし、慕ってくれる弟もいるし‥‥ほら」
プリマの言葉に応えるように、開け放したドアから誰かが飛び込んで来た。
「兄さま!」
それは、ウォルの弟ウィルフリード‥‥ウィルだった。
そして、その後ろからは‥‥
「母さん!?」
焼きたてのパンの匂いと共に、その人は現れた。
「‥‥パパもきっと、いつかわかってくれる‥‥よね?」
久しぶりの再会を喜ぶ3人を遠巻きに見ながら、プリマが呟いた。