【タンブリッジウェルズ】暗雲

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月02日〜05月08日

リプレイ公開日:2007年05月10日

●オープニング

「‥‥エルが‥‥!?」
 ラーンスの説得に関する依頼をギルドに出した後、屋敷に戻った円卓の騎士ボールス・ド・ガニスを待ち受けていたのは、彼の従者ロラン・フロベールだった。
 報告を受けてボールスの顔色が変わる。
 彼の息子エルディンが、いなくなったと言うのだ。
「どういう事ですか、ロラン! あなたが付いていながら、何故‥‥!?」
「‥‥ああ‥‥済まねえ」
 ロランは相手の目を見ずに、呟くように言った。
「子守女と散歩に出かけてな‥‥勿論、俺も付いてったんだが‥‥ちょっと目を離した隙に‥‥」
 消えた、らしい。
 自ら姿を消したのか、それとも誰かに連れ去られたのか、それはわからない。
「どこへ行ったかは?」
「多分、森の中だ。ウィールドに‥‥」
 ウィールド、それはタンブリッジウェルズの南に広がる大森林。
 土地勘のない者が下手に踏み込めば、たちまち方向感覚を失い、迷う。
 だが、それを聞いてボールスは安心したように小さく溜め息をついた。
「それなら‥‥彼等に聞けば、何か手掛かりを掴めるかもしれません。或いは、既に保護されているかも‥‥」
 森の中には、エルフの小さな集落があった。
 殆ど外界との接触を持たず、異種族との関わりも好まない‥‥早い話が人間嫌いの彼等ではあったが、そこは何の拘りもなく全てを受け入れてしまうボールスの事。
 彼はこんな所でもきっちり良好な関係を築いていた。
「ロラン、あなたは彼等との接触をお願いします。私の部下だと言って事情を話せば、彼等も会ってくれるでしょう。ルル、あなたも一緒に」
 ボールスは黙って話を聞いていたルルにそう言うと、踵を返して部屋を出て行こうとした。
「私はギルドに戻って‥‥」
「おい、待てよ」
 ロランがそれを引き止める。
「お前は? 行かないのか?」
「私は‥‥仕事がありますから」
「おい、冗談だろ!? てめえの息子が危ねえって時に、仕事もクソもあるかよ!?」
 そう言って掴みかかるロランの手を静かに払い、ボールスは言った。
「しかし、一度引き受けたものを途中で投げ出す訳にはいきません‥‥例え、どんな理由があろうと」
「王の命令だからか?」
 ロランは苦々しげに、吐き捨てるように言う。
「この前もそうだったな‥‥命令だからと、お前はフェリスを置いて行っちまった」
 そして、彼の帰りを待たずに妻は死んだ。
「今度は息子を見殺しにするつもりか!?」
「違う!」
 ボールスは珍しく声を荒げ‥‥そしてすぐに、いつものように静かな調子に戻って言った。
「ラーンスを連れ戻す事は、円卓の騎士であり、彼の従弟でもある私に課せられた使命です」
 彼が戻らなければ、この国の揺れが収まる事はない。
 自分がまず優先すべきは、より多くの命を守る事‥‥例え自分の大切なものが、そこに含まれていないとしても。
「でも、自分の手が届かないなら、他の誰かの手を借りれば良い」
「‥‥冒険者、か?」
 ボールスは黙って頷く。
 それを見て、ロランは呆れたように首を振った。
「奴等は所詮、雇われ者だ。金の切れ目が縁の切れ目‥‥まあ、金さえ続けば、それなりに信用は出来るんだろうがな」
「‥‥働きに対して正当な代価を支払うのは当然でしょう。それに‥‥」
 ボールスは静かに微笑んだ。
「例え報酬がなくても、来てくれる人はいますよ」
「どこまでも、オメデタイ奴だな」
 ロランは口の端を歪め、ふんと鼻を鳴らす。
「少しは人を疑えよ‥‥あのエルフのお嬢さんだってそうだ」
 その言葉に、ボールスは何故ここでその話が出るのか、そして何がそうなのかと、明らかに気を悪くした様子でロランを見た。
「お前、エルフが本気で人間に惚れるとでも思ってんのか? 奴等にとっちゃ、人間なんてあっという間に目の前を通り過ぎてく、面白いオモチャみてえなもんだ。お前を本気にさせて、からかってるだけだとは思わねえのか?」
「‥‥ロラン、例えあなたでも、彼女を‥‥いや、彼等を侮辱する事は許しません」
 二度と言うなと、ボールスはロランに鋭い視線を向け、そして‥‥目を伏せた。
「それに‥‥もし、そうだったとしても‥‥後悔はしません」
 だが、自分に向けられたあの笑顔が偽りだとは、正直なところ全く考えていなかった。
 疑うくらいなら、最初から関わりなど持たない方が良い‥‥誰とも、どんな事にも。
 そのまま、ボールスは部屋を出て行き、後を追おうとするルルの目の前で、ドアが静かに、しかし断固たる拒絶の意志をもって閉じられた。
 その閉じたドアに向かって、ロランがぽつりと呟く。
「‥‥敵が、敵の顔をしてるとは限らねえのに‥‥何であいつは、あんなに他人を信じられるんだろうな‥‥」


 そして、場所は移って冒険者ギルド。
 舞い戻って来たボールスの先程までとは全く違った表情に、受付係も気を引き締める。
「‥‥まだ、詳しい事はわかりません。誰かに浚われたのか、それともただ森で迷っただけなのか‥‥」
 城から森までは子供の足でも行ける‥‥と言うか、城下町から南へ一歩外へ出れば、そこはもう森の中なのだ。
 よく森の際で遊んでいるエルに対しては、森の住人達も普段から目を配ってくれていた。
 ただ迷っただけならば、彼等が保護してくれている筈だ。
「ロランとルルが同行する予定ですが、ロランは彼等の事を余り良く思っていない様ですので‥‥彼等もそれを察して、出て来ないかもしれませんね」
「人間嫌いなエルフ、ですか‥‥こういう仕事をしていると、つい忘れそうになりますけど‥‥」
 受付係はそう言いつつ、目の前の相手をじ〜っと見つめた。
「‥‥何ですか?」
「いや、まあ、ある所にはあるんだな、と‥‥そういう垣根みたいなものが」
「一般的には、まだまだそれが普通でしょう」
 冒険者の間では、異種族の組み合わせもそう珍しいものではないが。
「それで、その彼等は‥‥ボールス卿以外の人‥‥と言うか人間には会ってくれないんですか?」
「そういう訳でもないと思いますが‥‥でも今の所、私と息子くらいしか集落に入る事を許された者はいないようです」
 余所者とは余り積極的に関わろうとしない人々のようだ。
 彼等親子の受けが良いのは、まあ、体質のようなもの、だろうか。
 会うだけなら、誰であろうとあからさまな敵意を示さない限りは問題ないだろうが‥‥。
「協力を仰ぐなら、私の信頼を得た者だと証明する手だてが必要かもしれませんね」
 それを証明する物を、誰かに与えた覚えはある。
 問題はその人が来てくれるかどうかだが‥‥恐らくは大丈夫だろう。
 ‥‥いや、もし来てくれなくても、紹介状でも書けば済む事なのではあるが。
「とにかく、まずは彼等と接触して‥‥もしそこで保護されていなければ、彼等に協力を頼んで捜索をお願いします」
 そしてもしこれが誘拐なら、考えられるのは‥‥
「‥‥デビル‥‥?」
「もしそうなら、深追いは危険です。居場所と‥‥無事な姿を確認出来たら、すぐに引き上げて下さい」
「でも‥‥」
「相手がデビルなら、餌をすぐに‥‥殺す、ような事は‥‥しない筈です」
 ボールスはその単語を、喉から絞り出すように、やっとの思いで口にする。
「こちらの仕事が終わったら、私もすぐに行きますので‥‥皆さんには自重するように伝えて下さい」
 そして、店の隅で注視し、聞き耳を立てていた冒険者達に一礼すると、足早にギルドを後にした。

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

火射 半十郎(eb3241

●リプレイ本文

「‥‥おいおい、そんなに急いだって状況は変わりゃしねえぞ?」
 背後からの声に、クリステル・シャルダン(eb3862)は弾かれたように顔を上げ、馬足を緩める。
 振り返れば、仲間達との距離は二馬身以上離れていた。
「俺より前に出ないで貰いたいな、お嬢さん。あんたにまで何かあったら、あのバカに殺されるんでね」
 追い付いたロランの口調がいつもに増して辛辣なのは、エルの失踪について多少なりとも負い目を感じているから、だろうか。
「ごめんなさい、一人で飛び出しては危険ですわね」
 突出するつもりはなかったのだが、無意識に足を早めてしまったらしい。
 クリスは自分を落ち着かせるように胸元のマント留めに軽く手を触れると、小さくひとつ溜め息をついた。
「しかしご苦労だね。自分のガキでもねえのに、何だってそんなに必死になれるんだか‥‥これが芝居でなけりゃ大したモンだが」
「そのような言い方は‥‥失礼ではないでしょうか」
 独り言のように吐き出したロランの言葉に、少々控え目に異を唱えたのは、すぐ後ろに続くサクラ・フリューゲル(eb8317)だった。
「私も、ボールス様やクリステルさんには及ばないかもしれませんが、エルさんの事はとても心配していますわ」
 それに、もし全く面識がないとしても、幼い子供が行方知れずになったと聞けば、心を痛めるのは人として当然の事だろう。
「貴殿こそ、なにゆえそのように落ち着いておられるのか‥‥貴殿にとっても、エル殿は大切な存在ではないのか?」
 愛馬クリウスの頭に乗ったメアリー・ペドリング(eb3630)も、ロランの淡泊とも取れる態度には少々疑問を抱いていた。
 ロランはボールスにとって最も信頼する部下であり、そして親友だと聞いている。それに、エルも彼に懐いていた筈だ。
「奴も言っていたように、ただの迷子なら心配は要らない。誘拐だったとしても、具体的な要求を出す前に人質をどうこうする事はないだろうさ」
「それは、そうなのであるが‥‥」
 メアリー自身は、エルがボールスの気を惹きたくて、意図的に姿を消した可能性もあるのではないかと、そう考えていた。ロランも同じ考えなのだろうか?
 だが、それをロランは一笑に付した。
「3歳のガキに、そんな頭があると思うか?」
 それはわからないが、少なくとも事の発端はそうだったのではないか‥‥誘拐などではなく、そんな可愛い理由であって欲しいと、メアリーは思う。
 尤も、それをデビルなどが悪用した可能性は十分高く、油断は出来ないが。
「‥‥只の迷子なら良いんだがな」
 前方のやりとりを聞きながら、殿を行く七神蒼汰(ea7244)が呟く。
「それとも『ヤツ』がとうとう動いたのか‥‥どちらにせよ早いトコ見つけないとな」
 以前、何度か見かけた大男の影。
 あれはデビルではないのか‥‥そして、エルを狙っているのではないかと蒼汰は感じていた。
 だが今の所はその気配もなく、指に填めた指輪に宿る蝶も、その羽根を休めたままだった。

 やがて一行は城に着くと、馬や余分な荷物を預け、休む間もなく森へと出掛けた。
「ああ、俺はいいわ、自前の部下と行くからよ。お前らはお前らで、まあ好きなようにやってくれや」
 同行を渋るロランの袖を握り締め、マイ・グリン(ea5380)が遙か遠くにあるその顔を見上げて言った。
「‥‥単独行動はロクな結果になりません。‥‥ましてや森の中は勝手を知った者でないと迷うと言われています‥‥あなたはそんな場所で迷わずに行動出来るのですか?」
「犬でも連れてきゃ大丈夫だろ? 大体あいつは、あのエルフどもに気を遣い過ぎなんだよ」
 だが、マイは握った袖を離さない。
「困った時は、その道の専門家に助けを求めるのが筋でしょう。‥‥住人の方達の協力無しに、闇雲な捜索で見つかるとは思えません」
 マイはロランの返答次第では彼と共に森の外で待機するつもりだった。
 そして、勝手に一人で行こうとした場合は引き摺られてでも一人にはさせない、とも。
「‥‥しょうがねえなぁ‥‥」
 年齢も身長も自分の半分程しかない少女にそこまでされては、流石の彼も折れるしかない。
「言っとくがな、俺はあのエルフどもには嫌われてんだぜ? いきなり攻撃されても知らねえぞ」
 ガサツで口が悪く、粗暴に見えるのが原因のようだ。
「しかしお嬢ちゃん、良い度胸だな。6年後が楽しみだぜ」
 ロランは豪快に笑った‥‥どうやら彼のナンパ基準は20歳以上、らしい。
「瑪瑙、ちゃんとご褒美やるから頼むぞ?」
 蒼汰は自分の犬にエルの持ち物の匂いを嗅がせ、頭を撫でた。
 ちゃんと言う事を聞いてくれるかどうか少々心許ないが、この程度の命令なら大丈夫だろう。
 瑪瑙は先に駆け出して行ったクリスの犬、瑠璃の後を追って行く。
 続いてお手製の非常用消耗品入りリュックを背負った救助犬仕様のラビが続いた。
 飼い主のマイによれば特別な訓練はしていないようだが、他の二頭に刺激されたのか、何やら使命感に燃えた様子だ。
 だが、そんな犬達の後を追って、ほんの僅か森に足を踏み入れた途端‥‥
「止まれ」
 木々の間から声がした。
「ほ〜らな、だから言っただろ?」
 肩をすくめたロランの視線の先では、ひとりのエルフが弓に矢をつがえ、こちらを狙っていた。
 エリス・フェールディン(ea9520)がバイブレーションセンサーで捉えた所によれば、その数は
「‥‥20人ほど、いるでしょうか」
「囲まれたって事か」
 蒼汰が軽く舌打ちする。
 事前に聞いた所では、余所者に武器を向けるような事はないという話だったが、何か事情が変わったのだろうか?
「何者だ? この森と我等に害をなす者ならば、生きて帰る事能わずと心得よ」
 声と共に人垣を分けて現れたのは、中年のようだがどことなく年齢不詳な、そして全身から威厳を漂わせた女性だった。
「申し訳ありません、無断でこの森に踏み込んだ事についてはお詫び申し上げますわ。ただ‥‥」
 クリスはボールスの知人だと名乗り、胸元のマント留めを外すと、それを両手でそっと差し出した。
「‥‥坊やの‥‥?」
 円卓の騎士も森のエルフにかかると坊や扱い、らしい。
 そこにある紋章、十字と猟犬の姿は確かにボールスの物のようだ。
「これは、そなたの名か?」
 裏に刻まれた名前を見て、女性が訊ねる。
「‥‥はい」
「だが、ただの知人が持つには過ぎた物ではないか?」
 女性は疑わしげな様子でクリスを見た。
「いや、それは‥‥まあ、大人の事情って奴で‥‥なあ?」
 蒼汰が助け船を出すが、世間とは隔絶された世界に住むエルフに「知人」以上の事が言えない事情を理解させるのは難しいようだ。
「‥‥まあ良い、その事情とやらは後で本人に訊くとしよう。それまで、これは預かっておくぞ」
 どうにも頭の固い、そして微妙に意地の悪いオバサンはしかし、一行がボールスの知己である事だけは理解してくれたようだ。
「‥‥して、我等に何の用だ?」
 この森に住むエルフ達の長、イスファーハと名乗ったオバ‥‥いや、女性は、武器を下ろすように命じるとクリスに訊ねた。
 その様子では恐らくエルの事については何も知らないのだろうと思いつつも、クリスは事情を説明する。
 だがやはり、誰もその姿を見た者はいないようだった。
「しかし、そのような大事に、何故あの坊やは自ら動かぬのだ?」
 その問いにはメアリーが答えた。
「確かに、子を思いながらも親が直接出向けぬ、それが問題なことは事実として認めよう。だが同時にボールス殿は従兄殿のことで難しい立場にいることも確かなのだ」
「それも外の世界の事情とやらか?」
 メアリーは頷き、続ける。
「戻ってきてからのエル殿が変わらぬ日常を生きていく場を確保する為にもやむを得ぬ行動であろう。問題が解決すれば、ボールス殿も即座にエル殿のために駆けつけようし、暫しの間だけでも協力していただけぬであろうか?」
「エルディンさんを一番心配しているのは、紛れもなくボールスさんでしょうし‥‥」
 相手に悪い印象を与えないよう、黙っていようと思っていたエリスも、思わず口を開き‥‥しまった、と言うように目を逸らした。
 だが、相手は彼女がハーフエルフだという事には気付いているようだが、特に気にした風もなく言った。
「‥‥まあ、それも後で、本人からじっくり聞かせて貰う事にしよう」
「あの‥‥ご協力はお願い出来るでしょうか?」
 サクラが訊ねた。
「何人かの方に協力して頂ければ、捜索も随分楽になると思うのですが‥‥」
「勿論、協力はしよう。‥‥実は我等の間でも行方の知れぬ者が数名おって、な」
 イスファーハは居並ぶエルフ達を見て言った。
「そなた達をこのような形で出迎えたのも、その者達が人間と行動を共にしていた事がわかっておるから、なのだ」
 と、ロランを見る。
「そう、ちょうど、その者のような気配を感じさせる‥‥そなた、何か知らぬか?」
「いや、俺は何も」
「そうか‥‥。だがともかく、彼等はその人間どもに拐かされたのではないかと、我は睨んでおる。坊やの息子の事も、無関係ではないやもしれぬな」

「‥‥ほんの僅かな隙に姿を消したとなると、もし誘拐だった場合は‥‥余程手際がいい者の仕業でしょうね」
 前後をエルフの若者に挟まれ、マイ、メアリー、サクラ、そしてロランの3人は、エルの名前を呼びながら水のある場所など生存確率が高そうな場所を探して回った。
 だが、手掛かりらしい手掛かりも得られず、時間だけが過ぎて行く。
「この森で迷わず、我等にも気付かれずに行動するのは、まず不可能なのだがな」
 周囲に目と耳を配りながら、先頭のエルフが言った。
「‥‥我等のような案内人がいない限りは」
「あなた方の中に協力者がいるかもしれないと‥‥そう仰るのでしょうか?」
 サクラの問いに、エルフは苦笑を交えながら答えた。
「我等も一枚岩という訳ではないのでな。それに、我等とて少々耳と寿命が長いだけで、中身は人間と変わらぬ」
「‥‥人並みの問題も、色々あるという事のようだな」
 メアリーが納得したように頷いた。

 一方、クリスとエリス、そしてルルを肩に乗せた蒼汰の3人も、案内を伴って森の中を探し歩いていた。
「しかし、こー言うときは自分が侍じゃないのが悔やまれるなぁ」
 蒼汰がぼやく。
「オーラセンサーって言う便利な魔法が使えたら楽だったろうに‥‥」
 だが、使えたとしても結果は大して変わらなかったかもしれない。
 エリスが時折使うバイブレーションセンサーにも、何の反応も現れなかった。
 そして、石の中の蝶も動く気配はない。
 しかしエルフの長が言っていたように、これが人間の仕業だとしても安心は出来ない。
 それどころか、個人的な怨みなどが根本にあるとしたら、デビル相手よりも人質の危険度が高まる事も考えられた。
「エル、どうか無事で‥‥」
 一刻も早く探し出し、抱き締めてあげたい。
 だが、そんなクリスの願いも虚しく、時は過ぎていった。

 そして、その夜‥‥事件は起こった。
「ロラン殿はどうした?」
 見張りをを交代する為に起きてきたマイに、蒼汰が訊ねる。
 だが彼がいる筈のテントに、その姿はなかった。
 荷物もなくなっている所を見ると、用足しに行った訳でもなさそうだ。
「‥‥すみません、油断しました‥‥」
「いや、マイ殿のせいじゃないさ。最初から一人で行きたがってたし‥‥なんか居心地悪そうだったもんな」
 円卓の騎士の従者を務めるような男だ、何か考えがあるのだろうし、当てもなく闇雲に行動するような事もあるまい。
「案外、さっさとエルを見付けて戻って来たりしてな‥‥」

 冗談半分に言った蒼汰の言葉は、やがて現実になった。
 冒険者達の前に再び姿を現したロランに肩車をされて喜んでいるのは‥‥
「‥‥エル!」
「あ、かーさま!」
 だが、駆け寄ろうとしたクリスの前に、武装した男達が立ち塞がった。
「やれやれ、どいつもこいつも‥‥よくもまあ、お人好しがこれだけ集まったもんだぜ。類友ってヤツか?」
「‥‥どういう‥‥事ですか?」
 人を馬鹿にしたようなロランの言葉に、マイが静かに訊ねる。
「どうもこうも、見りゃわかんだろ、なあエル?」
「あのね、えうね、りょやんとぴくにっくしてうの。てんとにおとまりしたんだお♪」
 相変わらずくまのぬいぐるみをしっかりと抱えたエルがゴキゲンな様子で言った。
 どうやら、ロランがエルを連れ出した張本人‥‥らしい。
 だが、何故?
「ちょいと試してみたかったのさ。だが、奴は息子の命より下らん仕事を選んだ」
「つまり‥‥狂言のつもりだった、と?」
 メアリーが詰め寄る。
「だが、ボールス殿が抱える事情については、貴殿が一番よくお分かりの筈ではないか?」
「俺なら何を置いても最優先で駆けつける。ましてや、色ボケの果てに国を乱したバカヤロウの相手なんざ誰でも出来るが、こいつの父親は一人しかいねえんだぜ? 尤も‥‥」
 と、何かを言いかけて、何故かロランは口を閉じた。
「どんな理由があろうと、有望なる錬金術師になる可能性のある子供を浚うなど、もってのほかです!」
 エリスはサイコキネシスでエルを救えないかと考えるが、当のエルには浚われたという自覚もなければ恐怖も感じていない様子だ。ここで下手に手を出しては逆効果だろう。
「これは誘拐とは言わねえ‥‥俺はただ、返して貰っただけさ」
「返して貰ったとは‥‥どういう意味だ?」
 蒼汰の問いに、ロランは口の端を歪めた。
「まあ、本人のいない所でそれを言うのは酷ってモンだな。聞きたきゃ聞かせてやる‥‥そう、あのバカに伝えろ」
「ねえ、かーさまもいこ? えうといっしょにぴくにっくいこ!」
 だが、その誘いにクリスは悲しげに首を振った‥‥首を振るしかなかった。
「やっぱい、とーさまがいじわゆしてうんだね?」
 エルは、クリスがいつも自分を置いて帰ってしまうのは、父親が意地悪をしているせいだと思っているらしい。
「いいもん、えう、りょやんとあそぶかや。りょやん、いこ!」
「‥‥エル‥‥!」
「おい、待てよ! おいでエル、とーさまが物凄く心配して‥‥」
 だが、エルを肩に乗せたロランは振り向きもせずに森の奥へと消えた。
 その後に武装した男達と、数人のエルフが続く。
 後に残された冒険者達は、ただ黙ってそれを見送るしかなかった‥‥。