【タンブリッジウェルズ】疑念
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■シリーズシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 95 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月17日〜05月23日
リプレイ公開日:2007年05月25日
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●オープニング
「‥‥そう‥‥ですか‥‥」
玄関の戸を開けるよりも早く、出迎えたルルに質問を浴びせたボールスは、その答えに魂が抜けるような溜め息と共にその場に座り込んだ。
「とにかく、無事なんですね。良かった‥‥」
「良くないわよっ! あたしの言った事、ちゃんと聞いてたっ!?」
ルルは、まるでボールスが諸悪の根元であるかのように怒鳴り散らす。
「もう、あのバカロラン、前からバカだバカだとは思ってたけど、ここまで真性の大バカヤローだとは思わなかったわ! チビさんを誘拐してどうしようってのよ、まったく!」
これが夫婦関係なら、家庭を顧みず子供の面倒も全く見ない仕事中毒の夫に愛想を尽かした妻が子供を連れて逃げた、という事になるのかもしれないし、それならばまあ、納得は行く。
だが、何故ロランが?
そして、ボールスには詳しく伝えなかったが、ロランが言いかけてやめた、自分で聞きに来いと言った何か。あの時彼は何を言うつもりだったのか?
エルの事を、返して貰っただけだと、そうも言っていた。
そこから考えられる事‥‥確かに、中身はともかく金髪で青い瞳のエルにはボールスに似た所は殆どない。寧ろ‥‥
「そんなコト、ある筈ないじゃない!」
ルルはブンブンと首を振り、嫌な方向に向かった思考を頭の中から追い出そうとした。
そんな事、ある筈がない。
フェリスとは自分がヤキモチを焼く隙さえない程、仲が良かったのだから。
‥‥確かにボールスは不在がちで、留守を守るのはいつもロランの役目ではあったが‥‥
「だからっ! あたしのバカっ! そんなコト絶対ないんだからっ!!」
だが、ひとり悶えるルルとは対照的に、当のボールスは落ち着いていた。
「とにかく、ロランと一緒にいる限りエルは安全ですし、あの子も喜んでいるなら‥‥」
「だからっ! 良くないって言ってるでしょっ!? あいつは誘拐犯なのよ!? 裏切者よ!? なんでそんなに信用しちゃってるわけ!?」
「何故、と言われても‥‥」
ボールスにとっては信頼する部下の裏切り行為よりも、その彼が浚った息子を怖がらせたりせず、寧ろ喜ばせてくれている事の方が余程重要らしい。
息子さえ無事なら、自分への仕打ちなどどうでも良いのだ。
「話がしたいという事ですから、とにかく行ってみますよ。話し合いの如何では彼も戻ってくれるかもしれませんし‥‥」
「ちょっと、アイツを許しちゃうつもり!?」
「ほんの少し、魔が差しただけかもしれませんし、ね」
ボールスは微笑んだ。
それなら一緒にピクニックを楽しんで、何事もなかったように戻る事も出来るかもしれない。
彼の思考はあくまでポジティブだった‥‥度が過ぎる程に。
だが、ルルにはそう言ったものの‥‥本当はボールスにもわかっていた。
ロランが、ただ魔が差したくらいで凶行に走るような、馬鹿な男ではない事を。
何か自分でも気付かないうちに、彼の怒りや‥‥怨みを買っていたのだろうか?
ロランは自分の部下を数人連れていたという。
彼に与えた部下のうち、何人が城に留まっているか、それも調べておく必要がある。
今はまだ、彼等と戦う事はないだろう。
‥‥戦いになったとしても、彼等に勝ち目があるとも思えない。
自分が本気を出せば、殆ど勝負にもならない事はロランにも分かっている筈だ。
それでもあえて挑んで来るとしたら、勝算があるという事だ。
「人質‥‥か」
‥‥いや、こうして考えていても仕方がない‥‥
ボールスはギルドに依頼を出すと、一足先に森へ‥‥エルフ達の許へ向かった。
「おばーちゃん、ぼーやが来たよ!」
ボールスの姿に気付いたハーフエルフの少女が、そう叫びながら駆けだしていく。
その呼び方は、彼女の祖母に倣ったものだ。
やがて、森の中に作られた小さな集落、その中にある格別大きくも、そして立派でもない家から少女の祖母が姿を現した。
「お久しぶりです、イス。今日はお孫さんが遊びに来ているのですね」
ボールスの笑顔を受け、エルフ達の長イスファーハの威厳に満ちた顔が僅かに綻ぶ。
「ああ、最近は外の村からここまで、一人で来られるようになった。子供の成長は早いものだな」
イスファーハの娘は人間と結ばれ、この集落を出た‥‥いや、追い出された。
20年ほど前は、禁を破った者としてそれが当然の事、そして勿論、ハーフエルフは禁忌の対象だった。
だが5年ほど前にこの変わり種の男が現れてから、その状況は少しずつではあるが、変わり始めていた。
「そなたの尽力がなければ、我はこの子に会う事はなかっただろう。それについては感謝している。だが‥‥」
中に入れと勧めながら、イスは続けた。
「変化を好まぬ者もいる、という事だ。今回の件‥‥あらかた聞いていよう?」
この集落からも行方不明者が出ている事、そして恐らくは、その者達がロランに協力している事。
「彼等はどうやら、そなたに怨みがあるらしい。そなたが石を投げたせいで、我等の生活が変わり伝統が失われ、森が騒がしくなったと、以前不満を漏らしていた」
実際のところ、彼等の生活はそう大きく変わった訳ではない。
森の外にある追放者の村‥‥異種族婚を選択したエルフや人間、その子供達、そしてハーフエルフに寛容な土地があると聞いて集まってきた者達が住む村との間に僅かな交流が生まれた、その程度の変化だった。
だがそれでも、記録にも残らぬ程の昔から外の世界との交流を断ち、森の中だけで生きてきた彼等にとっては、天地がひっくり返った程の大変化だったのかもしれない。
「私は、余計な事をしたのでしょうか?」
「いや‥‥石を投げたのはそなただが、それを受け入れたのは我等だ。そなたが気に病む事ではない。しかし」
イスは何か小さな物をボールスの前に置いた。
「これはどういう事だ?」
「‥‥これは‥‥」
紋章付きの、マント留め。
「それを持っていた娘は、そなたの事を知人と申しておった。だが、己の紋章とはそうやすやすと他人に与えられるような物ではない‥‥それ位の事は我も知っておる」
「‥‥それをご存知なら、知人以上の事が言えない理由もお分かりなのでは?」
それを聞いて、イスはニヤリと笑った。
「円卓の騎士というのも、面倒なものだな。まあ、覚悟が出来ているなら、もう少し気の利いた言葉を彫ってやることだ、坊や」
そう言って、イスはまるで小さな子供にするかのように、相手の頭を掻き回す。
なるほど、取り上げたのはそういう訳か‥‥本当に、意地悪なオバサンだ。
「余計なお世話です」
ボールスは僅かに頬を染め、乱れた髪を手櫛で整えながら、それを上着のポケットに無造作に突っ込んだ。
その時、イスの耳に報告が入る。
「‥‥坊や、お仲間が着いたらしいぞ。それに‥‥探し物も、見付かったようだ」
話があると言いながら、何故かロランは逃げ回るように居場所を転々と変えていた。
ここは下手に自分が動くよりも、エルフ達に探して貰った方が早い‥‥その判断は正しかったようだ。
「ありがとう、感謝します」
「なに、これは我等の問題でもある。気にするな。それより‥‥どうする、討つのか?」
その問いに、ボールスは静かに首を振った。
「まずは話を聞きます。後は相手の出方次第ですが‥‥出来れば穏便に済ませたいですね」
そろそろ、エルも家が恋しいと泣き出す頃合いだ。
「では、行ってきます」
大切な一人息子を迎えに‥‥。
●リプレイ本文
森の中に開けた花畑には、春の陽射しが降り注いでいた。
「かーさま!」
背後の森から姿を現した一団の中にクリステル・シャルダン(eb3862)の姿を目ざとく見付けたエルは、くまのぬいぐるみを放り出すと一目散に駆け寄ってきた。
「か−さま、むかえにきてくえたの?」
「そうよ、エル。一緒に帰りましょう?」
その言葉にエルは満面の笑みを浮かべ‥‥だが、次の瞬間クリスの背後を睨み付け、頬を膨らませる。
「や。かーさまいないとこには、かえんない! かーさまかえっちゃうなや、えう、ずっとここにいゆ!」
エルの視線の先ではボールスが静かに佇み、悲しげな微笑みを浮かべていた。
――その少し前。
「‥‥どうかしたのですか? 今日は皆さん口数が少ないようですが‥‥」
ロラン達の居所を突き止めたエルフの案内で森を進みながら、何か重苦しいような空気を感じたボールスが傍らの七神蒼汰(ea7244)に訊ねた。
「いや、まあ、その‥‥」
いつ切り出そうかと機会を窺っていた蒼汰は、その問いかけに覚悟を決めた。
「その、なんだ‥‥気を落ち着けて聴いて欲しい」
いつものように彼の肩に乗っているルルを引き剥がし、例の伝言の件を詳しくは聞いていない事を確認すると、蒼汰は小声で‥‥しかもゲルマン語で話し始めた。
「この伝言内容から邪推出来る事もあるが‥‥」
と、ちらりと相手の顔色を窺う。
「俺はあり得ないと思ってるから口にはしない」
いつの間にか、一行は歩みを止めていた。
ボールスは表情を変える事もなく、ただ静かに視線を落とし、話の内容を噛みしめているようだった。
「‥‥つまり‥‥あの子はロランの‥‥?」
異国語で交わされる話の内容を予め聞き、そっと見守っていたクリスが、ふと目を合わせてきたボールスに穏やかな微笑みを返す。
「あり得ないだろ? エルの容姿は奥方似ってだけだろうし‥‥性格っつーか性質はボールス卿そっっっくりだし」
だが、冗談めかした蒼汰の言葉にボールスは首を振った。
「いや‥‥でも、まさか‥‥」
ロランがフェリスに想いを寄せていた事は知っていた。
彼女が亡くなった時のロランの取り乱し方は尋常ではなく、その時に本人から聞いたのだが‥‥
「俺はデビルには詳しくないが、人心を操る位の事はやれる様な連中なんだろう? 今回の件、何らかの影響を受けている可能性も考えるべきかもな」
「そう‥‥かもしれませんね‥‥」
自分の世界に沈み込もうとするボールスを蒼汰が慌てて引き上げようとするが、相手の答えは上の空。
「‥‥誰が何と言おうと、エルさんのお父様はボールス様です」
見かねて、サクラ・フリューゲル(eb8317)が口を挟んだ。
「ボールス様とロラン様にいかなる事情があるにせよ、ボールス様とエルさんが育まれて来た親子としての時間は覆せるものではありません」
珍しく強い調子で言うサクラに、ボールスも思わず顔を上げ、碧の瞳を覗き込むようにその視線を合わせる。
「例えロラン様がエルさんに危害を加えるつもりが無いのだとしても、ボールス様は怒るべきだと思いますわ。ロラン様が如何に言おうともこれは誘拐であって、エルさんを利用しているに他ならない行為だと思います」
サクラは怒っていた。
ロランにどんな事情があるにしても、そしてそれが仮に事実だったとしても‥‥子供を使わなくとも、何か方法は必ずあった筈だと。
「ボールス様は父親としてロラン様に当たらなくてはならないと思います」
言葉はわからないが何となく話の方向を察したエリス・フェールディン(ea9520)も、錬金術師としての独特の価値観に基づいてフォローを入れる。
「人間もエルフも同じ血肉と骨と霊でできたもので、皆、同じです。要は各々の気持ちの問題だけではないでしょうか」
つまり、血縁関係など取るに足らない問題だ、という事だろうか。
錬金術の事など全く知らないボールスには、その発言の正否はわからない。
だが、言いたい事と、気持ちは伝わったようだ。
確かに今更何を言われても、例え事実がどうだろうと、エルが自分の大切な一人息子である事に変わりはない。
「すみません、皆さんには随分ご心配をおかけしたようですね。でも、私は大丈夫ですから」
ボールスはいつもと同じ笑顔を見せた。
そして、ロランの口から「事実」を聞いた今も、彼は穏やかに微笑んでいる。
その様子を黙って見つめながら、メアリー・ペドリング(eb3630)は先程ルルに聞いた話を思い返していた。
「‥‥フェリスの態度が変わった事‥‥?」
もし罪となる関係を結んだ事が事実であれば、その態度にはどうしても何らかの変化が出ただろうし、勘の鋭いルルがそれに気づかないとは思えなかった。
「罪の意識から贖罪行動に出るなり無理に強がるなり、行動に何らかの変化が出ても不思議はないと思うのだが」
「う〜ん、でも、赤ちゃんが出来た時って色々不安定になったりするじゃない? だから、そのせいだろうって‥‥ロランだって、別に変わった様子もなかったし‥‥」
メアリーとしてはロランが不義を行ったのではないという確証を得ておきたかったのだが‥‥。
本当に何もなかったのか、それとも二人とも周到に隠していたのか、ルルの話を聞いた限りでは、そのどちらとも判断が付かなかった。
「‥‥ロラン殿、貴殿は自分で自分の過去を誤解しておられぬか?」
何も言わず、ただ黙って聞いているボールスに代わってメアリーが口を開いた。
「それに、私が先日エル殿の事に関して、ボールス殿の気を惹きたくてやったのではないかと申した折に、3歳の子供に思いつけるかと言われたが‥‥貴殿もまた、自分以外の何かにささやかれて行動しておるのではないか?」
「何が言いたい?」
「それが本当に自分の意思か考え直していただきたい‥‥デビルは巧妙ゆえな」
それを聞いて、ロランは乾いた笑いを漏らす。
「なるほど、デビルの仕業なら仕方がないと、全て丸く収まると思ったか。お優しい心遣いだがな、生憎と俺がこいつを裏切ったのは事実だ‥‥残念だったな」
「‥‥それは、フェリスが望んだ事ですか?」
相変わらず穏やかな表情でボールスが訊ねた。
「‥‥ああ」
その答え聞いた彼が次に発した言葉は、恐らく誰にとっても意外なものだっただろう。
「‥‥ありがとう、ロラン」
「な‥‥ん、だと!?」
「‥‥フェリスが望んで、それが叶えられたなら‥‥きっと彼女は幸せだったのでしょう。少なくとも、その時だけは」
大切な人に寂しい思いをさせ、望む時に傍にいてやる事が出来なかった自分には、二人を責める資格も、権利もない。
「責めを負うのは私の方です。償えるものなら、どんな事をしてでも償いたい」
だが、彼女はもう誰の手も届かない所へ行ってしまった。
「ならば、せめて今ある幸せを守るのが‥‥」
「お前に出来ると思うのか?」
こちらの会話が聞こえないように、少し離れた場所で話をしている「大切な人達」にちらりと目をやったボールスにロランが言った。
「奴等を幸せに出来ると本気で思ってるのか? どうせまた、同じ事の繰り返しだ。信じて伸ばした手は、お前には届かない‥‥。知ってるか? デビルってのは、絶望に沈んだ魂が好物らしいぜ?」
「‥‥言ってる事は判らなくもないがな‥‥」
蒼汰が割って入る。
「王に仕える騎士達の模範となるべき円卓の騎士が、私情を優先させて王命を無視したらどうなるか‥‥騎士のはしくれなら、アンタにもわかるよな?」
大切な息子の元へ直ぐにも駆けつけたい想いを押し殺すしかなかったその苦しい胸の内を、乳兄弟ならわかる筈だ。
「ボールス卿の心が傷ついてる事を、一番理解出来る立場に居る筈のアンタが何をやってるんだ!」
「‥‥子供は親の背中を見て育つものですしね」
と、エリス。
「私も父親一人に育てられ、父は常に錬金術の研究に勤しんでいましたが、特に嫌いにはなりせんでした。むしろ、父の研究を見て育ちましたから尊敬していたくらいです。父親としての役目は子供に見せても恥じない仕事をすることだと思います。もっとも‥‥」
男性に触れると女王様モードになってしまう彼女を、父親がどうやって育てたかは今もって謎なのだが。
その頃、クリスとマイ・グリン(ea5380)は駄々をこねるエルの説得を試みていた。
「‥‥キャンプは楽しいですけど、ずっと続けていると同じ様な食事になりがちなので大変ですよね」
と、マイは持参したお土産‥‥箱いっぱいに詰められたクッキーをエルに見せた。
「‥‥エルさん、ご飯はちゃんと食べてます?」
「わー、いいにおい! ねえ、こえ、たべていい? いい?」
涎を垂らしそうな勢いのエルに、マイは言った。
「‥‥じゃあ、一枚だけ‥‥」
手渡されたそれをエルは口一杯に頬張り、実に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「‥‥美味しいですか?」
「うん! おねーちゃ、じょーずだねー」
「‥‥お家に帰って皆で‥‥お友達や、お家の犬や猫達と一緒に食べたら、きっともっと美味しいと思いますよ」
それを聞いて、エルは目の前で嬉しそうに尻尾を振るボーダーコリーのラビと、空っぽになった自分の手を見比べた。
「ごめんね、えう、ひといでたべちゃった‥‥おねーちゃ、もーひとつちょーだい? あとね、かーさまにも」
「ありがとう、エルは良い子ね。だからきっと、わかって貰えると思うの」
小さな手からクッキーを受け取ったクリスは、そのふわふわ頭を愛おしげに撫でながら、優しい口調で言い聞かせるように、自分が帰ってしまう理由を話した。
自分が冒険者である事。冒険者とは困っている人達が笑顔を取り戻せるように手伝いをする人達である事。
「エルも、誰かが困っていたら助けてあげたいと思うでしょう?」
エルは、こくんと頷いてから言った。
「とーさまがいじめてゆんじゃないの? いじわゆじゃないの?」
「勿論、違うわ」
「‥‥とーさまとかーさま、なかよし?」
ええ、と、クリスは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「でも、かーさまかえっちゃっても、とーさまなかないよ?」
それはまあ、大人だし。
「エル、一緒に帰りましょう? エルがいないと寂しいわ」
「うん、えう、かえゆ! おうちかえゆ!」
「エルを渡す訳にはいきません」
サクラが言ってくれたように、親子として育んできた時間は覆せるものではない。
「それに今は、母と慕う人もいますし‥‥」
ボールスはエルを抱きしめたクリスの姿に目を細める。
例え血の繋がりはなくても、共に暮らす事が出来なくても、家族にはなれるし、そんな家族があってもいいだろう。
「父親が二人いる家族というのも良いかもしれませんよ。だから‥‥戻りませんか?」
このまま戻るなら今回の事は不問にする‥‥微笑みの下でボールスはそう言っていた。
自分が傷つく事で誰かを守れるなら、いくらでも矢面に立つ。
それが大切な人達なら、尚更。
「ロラン、私にとってはあなたも大切な家族の一員です。例え、何があっても‥‥」
「お前のその度を超した博愛主義には虫酸が走るんだよ」
ロランは吐き捨てるように言うと、片手を上げ、その掌をクリスに向けた。
「これでもまだその善人ヅラを続けるつもりか?」
「‥‥!?」
その瞬間、凝縮されたオーラの光が放たれる。
「きゃあぁっ!」
無防備な背中を直撃されたクリスは気を失って倒れ、その衝撃でエルも投げ出された。
「‥‥クリス! エル!」
「かーさま!?」
十字架に手をかけようとしたボールスの腹に、ロランは強烈な蹴りを見舞った。
「ぐ‥‥ッ」
「言っただろ、お前には誰も守れない‥‥」
油断していた。
せめてホーリーフィールドを張っておけば‥‥だが、まさか彼が二人に攻撃を加えるとは予想もしていなかった。
そして、それは冒険者達も同様だった。
メアリーが咄嗟にロランの足を止めるべく呪文を唱えようとするが、敵の攻撃は一瞬早かった。
花畑の向こう、森の奥から吹いてきた突然の暴風に、冒険者達は抵抗する間もなく足元を掬われ、吹き飛ばされる。
漸く起き上がった時、そこに残されていたのは薙ぎ倒された花畑と、汚れたくまのぬいぐるみ‥‥
「‥‥エルは‥‥?」
腕の中で目を覚ましたクリスの問いに、ボールスは首を振る。
「‥‥私のせいです。私が、油断していたから‥‥っ!」
お前には誰も守れない‥‥ロランの言葉が、彼の心に重くのしかかっていた。