【タンブリッジウェルズ】疵痕
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■シリーズシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:10人
サポート参加人数:9人
冒険期間:06月14日〜06月24日
リプレイ公開日:2007年06月22日
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●オープニング
「ここから4日ほど歩いた所にあるシケた町に、ボロ宿屋がある」
ジャイアントかと見紛う程の大男は、冒険者ギルドに入って来るなり低い声でそう言った。
「そこに転がってるバカの面倒を頼む‥‥ただし、報酬はナシだ」
「は‥‥はあ‥‥」
受付係は相手の大きさと睨み付けるような目つき、そして体全体から滲み出る妙な迫力に圧倒されながらも、職務を遂行すべく質問を返した。
「それで、その方のお名前や特徴は‥‥」
それに、依頼人であるあなたの名前や職業、その人との関係など、その他色々。
「‥‥心当たりのある連中はいるだろうさ。俺の事はどうでもいい‥‥ただの通りすがりだ」
それから、と、男は付け加えた。
「それだけじゃ簡単すぎて、ベテラン冒険者様には申し訳ねえからな、ついでにもうひとつ‥‥」
ここから少し離れた郊外の廃屋に、反逆者が部下と共に立てこもっていると、男は言った。
「そいつらの主人はてめえの部下の処分も満足に出来ねえ腰抜けの大馬鹿野郎でな。そいつの代わりに奴等を始末してやってくれ。ただし、元は下らねえただの内輪揉めだ。上の耳には入らねえように頼むぜ」
依頼書に必要最低限の事だけ書き込んで、男はギルドを後にした。
「足りねえ情報はてめえらで調べろと、連中に伝えろ。それに‥‥仕事ってのは言われた事だけやってりゃ良いってモンじゃねえ、とな」
と、言い残して。
どうやらこの依頼人は冒険者達に余り良い感情を抱いていない様子だった。
‥‥その数日前。
例の町にあるもう一件の‥‥今にも崩れそうな古びた宿屋の一室で、小さなシフールが怒り狂っていた。
「ちょっと! 殺そうとしたり、助けてみたり‥‥一体どういうつもりなのよ、バカロランっ!!」
その小さな体に似合わない大音量の怒鳴り声に、天井の梁がビリビリと震える。
それでも、傍らの寝台に横たわる人物は目を覚まそうとはしなかった。
「‥‥男心ってのは、意外に複雑なんだよ。女子供にはわからねえだろうがな」
「わかりたくもないわよ、そんなもんっ!!」
「とにかく、このバカが起きたら伝えろ‥‥守りたいモンがあるなら、円卓の騎士なんぞやめちまえ、とな」
円卓の騎士などと言っても所詮は上の命令がなければ何も出来ないし、命令に逆らう事も出来ない。
思い通りに生きたいなら、自分が上に立てば良いのだ。
「こいつにはそれが出来るし、望む者もいる‥‥海の向こうには、な。どいつもこいつも忘れてるようだが、こいつは王子様だぜ?」
「でも、国は完全に滅びたんでしょ? もう何も残ってないって‥‥」
「こいつや、こいつの親父の事を忘れていない連中は多い。やろうと思えば、建て直しはそう難しい事じゃねえさ。だが、こいつは‥‥」
「好きじゃないもん、そういうの。自分の思い通りに、好き勝手する為に権力使うなんて、そんな人大っキライだし」
そんな人間に、自分からなろうとする筈がない‥‥余程、追い詰められない限りは。
「でも‥‥案外、追い詰められてキレちゃったら、ものすごい暴君になりそうな気がするわ、この人」
と、ルルがボールスの寝顔を見ながら言った。
「珍しく意見が合うじゃねえか」
ロランが苦笑いを返す。
確かに暴君というのは元から粗暴で優しさの欠片もない、残虐非道な人物という訳でもないのかもしれない。
寧ろ、その正反対の人が世の中や人の心に希望を見出せなくなり、絶望の淵に立たされた時に生まれるものだとしたら‥‥
「今のこいつは、デビルにとっちゃ格好の餌だな」
今もどこかで、そっと様子を窺っているのかもしれない。
そして、自分が介入しなくても、人というのは容易く人を裏切り、傷付け、騙し合うものだという事を見て、さぞかし楽しんでいる事だろう。
「追い詰めた張本人が、よく言うわね」
ルルが睨み付ける。
「それで、アンタはどうすんの? 言っとくけど、ボールス様がアンタを引き止めたがってるのは、古い付き合いだからとか、そんな甘ったるい理由だけじゃないからね?」
補佐役である彼がいないと物理的に困るのだ。
一人で留守を任せられるような部下は他にいないし、膨大な雑務を振り分け、必要なものだけをボールスの手許に回す、その判断の的確さでも彼の右に出る者はいない。
そこに穴があくと想像しただけで‥‥目を覚ましたくなくなるのも無理はないかもしれない。
「俺程度、探せばいくらでもいるさ」
「そりゃそうだけど、迷惑なのよね、そーゆーコトされると」
ルルは容赦ない。
「出てくなら、代わりを置いてきなさいよ。そういうのは、辞める本人が用意するモンでしょ!?」
‥‥そうなのか?
ともあれ、それには答えず、ロランは黙って部屋を出て行った。
どこへ行くとも、どうするつもりだとも言わずに‥‥。
ルルは傍らで死んだように眠り続けるボールスの寝顔を覗き込んだ。
頬をひっぱたいても、耳を引っ張っても、テレパシーで呼びかけても、何の反応も示さない。
「‥‥疲れてる、だけだよね‥‥?」
まさか、憑かれてる、とか?
いや、それはない。
何かに憑かれているなら、もっと苦しんだり、色々と反応を示す筈だ。
「やっぱり、あたしじゃダメなのかな‥‥」
ルルは眠れる王子様の枕元に座り込み、深く溜め息をついた。
●リプレイ本文
「‥‥お前等、いいかげんに帰れ」
キャメロットの町外れに佇む一軒の廃屋‥‥そこに立て籠もる反逆者達の頭目が、部下達に向かって溜め息混じりに言った。
「お前等は俺に従う事を強要されただけだ‥‥そう言えば咎めはない。あいつは、そういう奴だ」
「だとしても、我等の主はあなたです、ロラン殿。主が戻らぬとあらば、我等だけおめおめと戻る訳には参りません」
部下の一人が迷いのない瞳を主と決めた男に向ける。
「この道がどこへ続こうとも、我等は最期まで共に参ります」
「‥‥バカだな、お前等も‥‥」
「仕方がありません、部下は主に似るものですから」
その言葉に、ロランは口の端を歪め、黙って窓の外を見た。
人の気配はない。
果たして討伐隊は来るのだろうか‥‥。
「試させて貰うぜ、お前と、お前が信じた連中の覚悟を、な」
「ふーむ、なんだか大変そうだねえ」
見送りに来たガイン・ハイリロードがリュートを奏でながら、ざっと事情を聞いた感想を述べる。
「どうもボールス卿は自分を殺しすぎるきらいがあるようで、それが逆に周囲の者を傷つけるといった所か」
「もう少し我侭になっても良いと思うんだけどね」
と、ケイン・クロード(eb0062)が独り言のように呟く。
「嫉妬でも怒りの感情でもいい、それを素直に表現出来て、それを受け止めてくれる相手がいるだけで、大きな支えになるんじゃないかな‥‥まあ、大の男がそう簡単に素直になれるか、ていうと難しいだろうけど」
かく言う本人も見送りに来たエスナがボールスの事ばかり心配するので、秘かにヤキモチを焼いていたりするのだが。
ダメだよお嬢さん、恋人の前で他の男の心配なんかしちゃ‥‥男心は複雑で繊細なんだから。
「とにかく、重傷を負って転がっているというボールス卿の身柄を確保しない事には始まりません」
リースフィア・エルスリード(eb2745)がペガサスのアイオーンに飛び乗り、その後ろにクリステル・シャルダン(eb3862)を乗せた。
「多少強行軍をしてでも、時間を稼いだ方が良いでしょうから」
それに、馬とは違ってペガサスは落ちたら一巻の終わりだ。熟練した技術がなければ乗りこなすのは難しいだろう。
「クリステルさんのペガサスには後から付いてきて貰って‥‥帰りは、まあ、言うまでもありませんね」
「意識が無くても声は聞こえてる場合がある。呼吸の数で会話したケースもあるって聞くぞ。ま、意識回復には魂を揺さぶるのが一番‥‥多分」
という空木怜の微妙にアテになるようなならないようなアドバイスを受け、二人を乗せたペガサスは空へと羽ばたいた。
「‥‥では、こちらも」
出来る限り正確且つ事務的な現状報告が必要と判断したマイ・グリン(ea5380)と、ボールスのお目付役(?)を志願したサクラ・フリューゲル(eb8317)が地上からその後を追った。
「化合がされた結果がこの状態ですか。更なる化合が必要ですね」
問題の廃屋を遠巻きに見ながら、エリス・フェールディン(ea9520)が例によって一般人にはよくわからない錬金術的感想を述べる。
新たに参加した者達には、七神蒼汰(ea7244)が大まかな経緯を説明していた。
「根が深いんだか浅いんだか‥‥まあ、エルが無事だったのが幸いかね」
と、マナウス・ドラッケン(ea0021)。
「あーうん、とりあえず全部終わったらどっちもぶん殴ることで決定だな」
「俺も‥‥あの顔見たらマジで殴りそうな気分。じゃれ合い程度でも本気の一発でもどっちでも良いから」
前回ひとりで特攻しやがった事とか、庇うつもりが逆に庇われて見せ場を取られた事とか‥‥と、蒼汰も心の中でブツブツと文句をたれる。
「ロラン殿にも言いたい事はあったハズなんだが‥‥なんかもう良いや。とにかくボールス卿だ。全部片付いたら後頭部にハリセンで一撃かましてやる!」
‥‥本人は殴られるような事をした覚えはないと思っているのだが‥‥少なくとも男共には。
しかし、冒険者達は殆ど誰も、そうは考えてくれないようだった。
「まったくあの二人は‥‥どっちもどっち、似たもの主従ですね。自分だけ傷つけば良いと思っている所が特に!!」
シルヴィア・クロスロード(eb3671)は怒りを隠そうともしない。
「それに、ロラン殿は天の邪鬼に過ぎます。皆さんのお話を聞く限り、どれもこれも結局はボールス卿の為に動いているような気がして‥‥なのに、今度は自分を討伐しろなどと!」
「やはり、ギルドに来られた方はロラン殿であろうな」
メアリー・ペドリング(eb3630)ひとり呟く。
「しかし、なぜそこまでして自分を追い詰めたいのであろうか。逃亡すれば、ボールス殿の性格上追わぬと思うが、むしろ、ボールス殿に滅ぼされたいと思っているようにすら見える」
ロラン殿がボールス殿に禁断の愛を芽生えさせているが故の行動と考えるのは考えすぎであろうか‥‥と、そこの所は流石に口には出さないが‥‥
って、こらこら、何を考えていますか、そこの妖しい錬金術師は。
「‥‥それにしても、こんな場所に留まらないで早く逃亡すれば良いのにね。誰かが来るのを待ってるのかな?」
退治されるのを待ってるのか、ボールスが来るのを待ってるのか、と、ケインは考えてみる。
「‥‥後者っぽいんだけどなあ」
とにかく、眠れる王子様が合流するまでは手出しは出来ないし、するつもりもない。
向こうも逃げるつもりはなさそうだ‥‥となれば。
「ここで張っていても仕方ないかね?」
とりあえず中の者に姿を見られないようにこっそりと周辺の様子を調べ、大まかな見取り図を作成し終えたマナウスはそれを荷物の中にしまいこんだ。
後は直前になってから仲間のセンサー系魔法などで敵の位置を調べ、進行ルートを決めれば良い。
「何にしても、ボールス卿の動き次第ってとこだな」
念のために見張りを何人か残し、冒険者達はひとまずその場を離れた。
そして‥‥眠れる王子様は相変わらず眠っていた。
「‥‥何しに来たのよ?」
開いたドアの前にふくれっ面をしたルルが立ち塞がり、行く手を阻む。
「あの、ボールス様は‥‥?」
自分の体越しに心配そうに中を覗き込むクリスに向かって、ルルは寝台を顎で示した。
「見ての通り、ビクともしないわ。起こせるもんなら起こしてみなさいよっ!」
ルルはそう叫ぶと、ぷいっと外へ出て行ってしまった。
「今は放っておくしかなさそうですね‥‥それより」
と、リースフィアは軽くクリスの背中を押し、自分は部屋の外へ出た。
「王子様の眠りを覚ますのは、お姫様のキスなのですよ」
「‥‥!」
恥ずかしそうに頬を染めながら、クリスは寝台に近付き傍らの椅子に腰を掛ける。
そっと触れたボールスの手は、冷たかった。
呼吸も浅く、まるで息をしていないようにも見える。
クリスはその手を暖めようとするかのように、両手で包み込んだ。
「‥‥安心して下さい、エルは無事に取り戻しましたわ。今はお城でボールス様の帰りを待っています。それから‥‥」
あれこれと語りかけるうちに、話すつもりの無かった本音が涙と共にこぼれ落ちた。
「あの時駆け寄らなかったのは、また怪我をしてボールス様を傷つけるのが怖かっただけ‥‥ごめんなさい‥‥」
だが、その程度の「本音」では魂を揺さぶる事など出来はしない。
ましてや相手は野暮天の朴念仁なのだ、もっとストレートに誤解の余地のない言葉をぶつけなければ‥‥。
「‥‥私はボールス様に幸せにしてほしい訳ではありませんわ。ボールス様と一緒に幸せになりたいのです。何があっても私はずっと傍にいます。だから‥‥戻って来て‥‥!」
ぴくり、と、指先が動いた。
同時に、冷え切っていた手にも徐々に温もりが戻ってくる‥‥呼吸も先程までと比べて深く、穏やかになっていた。
「‥‥ボールス様‥‥?」
クリスはその肩をそっと揺すってみる。
「‥‥う‥‥ん」
手のかかるねぼすけが、漸く目を覚ました。
その頃、宿屋の外では少し遅れて到着したマイとサクラがリースフィアと合流していた。
「もうそろそろ、目を覚まされた頃でしょうか‥‥」
「知らないわよ、そんな事っ!」
周囲を警戒しつつ、愚痴でも聞ければと話しかけてきたサクラにルルは遠慮なくぶちまける。
「でも、違うのよね」
いつものように盛大に悪態をつきまくった後、ルルはふと真顔になった。
「違う‥‥何が、でしょうか?」
「フェリスの時と反応が、ぜんっぜん。あんなにみっともなくうろたえたり、赤くなったりしなかったもん」
と、ルルは他人の恋愛事情を勝手にバラし始めた。
「元々、三人一纏めで仲が良かったのよね。それをフェリスが‥‥ほら、ボールス様ってああいう性格だから、押されるとよっぽどの事がない限り断らないでしょ? 自分の気持ちより相手の事を優先しちゃうから‥‥」
「‥‥愛してもいないのに結婚した、という事でしょうか?」
「ううん、そうじゃないわ。仲は良かったし、ものすごく大事にしてたし‥‥」
だが、愛はあっても恋ではなかったような。
その「違い」には本人も少々戸惑い、持て余している様子だった。
思わず目を逸らしたボールスに、クリスは柔らかく微笑みかける。
「どうか全てを抱え込まないで下さい。お役に立てるかは判りませんが、傍にいて話を聞く事位はできますわ」
それとも‥‥と、クリスは視線を落として続けた。
「私はそれほど頼りになりませんか?」
「ち‥‥違います! そうじゃ、なくて‥‥っ」
ボールスは慌てて首を振った。
「その‥‥逆です」
負担をかけたくないと思いながら、気が付けばその姿を探していた。
傍にいて、支えて欲しいと‥‥。
「何があっても私はずっとボールス様の傍にいますわ」
クリスは先程の言葉を繰り返した。
「どうかボールス様のお心のままに‥‥」
その言葉に心の奥底に溜まった何かが溶けていく‥‥
と、その時。
「そろそろ、糖分の補給は足りたでしょうか?」
リースフィアがドアを開けて入って来た。
「お説教の時間ですよ」
「貴方は私に円卓の騎士として生涯を捧げる覚悟があると言った。その結果がこれですか?」
「そうです」
リースフィアの問いに、ボールスは躊躇いもなく答えた。
「寧ろ、だからこそこんな結果になったのでしょう」
「そうじゃないでしょう。貴方にはそんなものよりも大切なものがあった」
「確かに、大切なものはありますよ」
騎士として大切なものと、個人として大切なもの。
どちらも重さは同じだ‥‥建前上は。
だが、本音を口にしてしまったら、そしてそれを実行に移してしまったら、円卓に留まる資格はない。
「でも今のあなたは個人としてここにいる。ならば、自分の好きなように出来る筈です。ロランさんを手放したくないんでしょう!? だったら! 言葉で通じなかったんなら! ぶん殴ってでも連れ戻しなさい!」
「‥‥相手が、それを望んでいないのに?」
ボールスはリースフィアの勢いに気圧されながらも、きっぱりと言った。
「殴って戻れる位なら、とうに戻っている筈ですよ。でも、既に命がけの説得を拒否されていますからね。私はこれ以上の切り札は持ち合わせていません」
「それは、貴方が本音を言っていないからでしょう!? ロランさんにだけ本音を言わせて自分は言わないなんて卑怯です! ロランさんに溜め込んでいたものをぶつけた事がありますか? ずっと歯がゆい思いをしていた筈ですよ」
「本音を言わないのはロランの方ですよ。私は本当に、誰を恨んでもいないし、腹を立ててもいません。言いたい事は全て言ってきましたし‥‥何より、隠し事が出来る性分ではありませんからね」
「ともあれ、身から出た錆です。元の鞘に収まるよう自分で何とかしてください。露払いくらいは手伝います」
「‥‥元の鞘に‥‥収まるのでしょうか」
マイが口を挟んだ。
「‥‥容姿が似ていると言うだけでは理由に出来ませんし、今となっては証明する術など無いでしょうけど‥‥彼は公然と不義を口にしています」
不義に対する処罰を知らない筈はないだろうから、進退どころか生死を賭けているのは間違いないだろう。
秘密としておくにしても知っている人数はかなり増えている。
「‥‥それでも、元の鞘に収める事が出来るとお考えですか?」
その問いにボールスは何も答えなかったが、その表情から答えは明らかだった。
「‥‥とにかく、私が行かない事には何も始まらないようですから‥‥」
そう言って立ち上がったボールスの行く手をクリスが塞ぐ。
「怪我人にこんな事は言いたくないのですけれど、黙って出て行って、怪我をして、行方不明になって‥‥心配したんです、とても」
「お一人で行かれると言うなら、止めさせて頂きますわ。‥‥止められるとは、思いませんけれど」
サクラまでもが槍を構えて立ち塞がった。
「一人では、行きませんよ」
二人の様子にボールスは苦笑する。
自分はそんなに危なっかしいと思われているのだろうか‥‥。
「無理はしないと約束していただけますか? 」
「‥‥はい、無理も無茶もしませんから」
今回は、と心の中で付け加えた事は秘密だ。
「それに、私は怪我人ではありませんよ。休養も充分すぎる程にとりましたし‥‥」
と、クリスを軽々と抱き上げ、そのまま外で待機していたペガサスの背に乗せた。
「しっかり掴まっていて下さいね」
それはつまり、言い換えればしっかり抱きつけ、という事なんですが‥‥提案してくれたリースフィアさんに感謝だ、うん。
後刻、冒険者達と合流したボールスは‥‥ここでもお説教を食らっていた。
「許すことは大切です。ですが心を隠して無理に笑うことが人を傷付けることもあると学んで下さい!」
「‥‥無理をしているつもりはありませんが‥‥それに、隠してもいませんよ」
シルヴィアの言葉にボールスは苦笑混じりに答える。
自覚がない分、始末に負えないという事か。
「戦わずして、何も得られるものはないです。ロランさんもエルさんもフェリスさんも必要なら、奪い取ればいのではないですか。男の子はそれで仲直りできるものだと聞いた事があります」
と、エリスが言うが、ロランとの事は既に、拳で解決出来る段階を過ぎていた‥‥マイが言うように、相手は生死を賭けているのだから、こちらも生半可な対応は出来ない。
それに、拳や刃を交える事だけが戦いではない。
「とにかく2人とも腹の中に溜め込んだ事を全部吐き出させてスッキリして貰いたいもんだな。その上で納得しないと戻れないだろうし」
「ロラン殿は可能であれば捕縛するなりして、連れて来るつもりだ。その後でどうするかはお任せいたすが‥‥」
「ロランの処分は‥‥成長した後でエルに決めさせるべきだろ。判断は今は保留、暫くはいつも通りの業務と、時折ボールス卿の名代で討伐を肩代わりする。そんな所でどうだ?」
マナウスの言葉にボールスは首を振った。
「そんなに長くは待てませんよ。待てない、待つのが辛いからこそ、彼は今こんな事をしたのでしょう。問題なのは今この時点で彼が罪悪感に囚われ、自分を見失っている事です。先の事はその時に考えればいい‥‥」
とにかく、と、ボールスはクリスの手を引いて後ろに下がると、手近な大木の根元に腰を下ろしホーリーフィールドを張った。
「彼を連れて来て下さい。全てはそれからです」
「わかりました。ロラン殿は必ず連れてきます、私達を信じて待っていて下さい」
今までの手合わせとは違う、正真正銘の真剣勝負。
「‥‥負けられない‥‥!」
シルヴィアは四つ葉のクローバーに想い人の加護を祈ると、ロラン達が立て籠もる廃屋を真っ直ぐに見据えた。
「前回と編成変わってないなら、ナイトが三人で、神聖騎士と風魔法使いが一人ずつ、だな」
蒼汰が言った。
「部下の連中を早めに無力化出来れば良いんだが‥‥あ、ロラン殿は任せた」
エリスがローリンググラビティーで不意打ちをかけるべく、バイブレーションセンサーで位置の確認を試みる。
「では、私は裏手からウォールホールで穴をあけて侵入路を確保するといたそう。一度使った手ゆえ、相手が警戒している可能性もあるが、注意を向けることで正面突入組にとって有利になるのであればそれはそれで意味が‥‥」
と、その時。
廃屋のドアが開いて大男がゆっくりと姿を現し‥‥その後ろから、ストームの暴風が襲いかかった。
「‥‥!!」
不意打ちを食らった冒険者の何人かが足元を掬われ、吹っ飛ばされる。
「やれやれ、ざまぁねえな。立て籠もってると聞いたからには、打って出る事はないとでも思ったか?」
「く‥‥っ!」
風に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたエリスがローリンググラビティーを放とうとするが、その前に敵のライトニングサンダーボルトの直撃を受けて倒れた。
続いて混戦になる前にグラビティキャノンで一撃加えようとしたメアリーも、一瞬の差でオーラショットに撃ち落とされる。
どうやら、こちらが敵の戦力を承知しているのと同じく、相手もこちら‥‥特に以前から参加している者についてはよく知っているようで、早速、遠距離攻撃手段が潰されてしまった。
だがその時、白く暖かい光がエリスの、続いてメアリーの体に流れ込み、受けた傷がたちまち癒えていく。
「これは‥‥ギブライフ?」
こんな魔法が使えるのは、この場には一人しかいない。
「‥‥見物人の手を煩わせるとはな」
メアリーは苦笑する。
もっと慎重に‥‥藪の陰からでも狙っていくか。
一方、物陰から相手の術者を狙ってダガーを投げるマイは苦戦していた。
術者の前にはロランが立ちはだかっている。
マイの攻撃は彼にことごとく弾かれていた。
「‥‥あれを何とかしないと‥‥」
「任せて下さい」
シルヴィアが進み出る。
「‥‥よう、子狐ちゃんか。久しぶりだな、ちったあ腕を上げたか?」
「あの時よりは。‥‥手加減はしません」
「そいつはこっちの台詞だろうがよ」
相変わらず軽口を叩くロランを、シルヴィアは睨み付けた。
「誰よりもボールス卿を信頼するはずの貴方が槍を向けたこと、私は怒っていますからね。あの方のお人よしは今に始まったことではありませんし、今さら変えようとしても無理です。それに、そんなボールス卿だから助けになりたいと思うのです」
「助けになると思うのか? 本気でそう思うなら証明して見せろよ」
「言われなくても、そのつもりです!」
シルヴィアは腰の剣を抜き払うと、単身ロランに挑みかかった。
「‥‥真意を確かめる為には、話が出来るようにしないとね」
ロランが動いたと見るや、ケインは術者に向かって遠距離からソニックブームを放った。
そこにマイの放ったダガーが追い打ちをかける。
怯んだ隙に距離を詰めたケインは相手が体制を立て直す前に容赦なく攻撃を叩き込んだ。
「殺すつもりはないけど、ね」
そして戦闘不能に陥った相手を手早くロープで縛り上げる。
「よし、とりあえず厄介なのは封じたな」
その様子を横目で見ながら、蒼汰はひとりの騎士と対峙していた。
だが、ブラインドアタックは決まるものの、格上の相手はなかなか気絶してくれない。
その隣ではリースフィアが遠慮会釈なく剣を振り回し、たちまち相手を戦闘不能に追い込んだ。
そして苦戦していると見るや、蒼汰の助太刀に入る。
「あー‥‥同年代の女の子に剣技でも身のこなしでも負けてる俺って‥‥」
まあ、精進しましょう。
「どんな使い手でも絶対に癖があるもんだがね」
部下のひとりと戦いながら、マナウスは横目でシルヴィアと戦うロランの動きを観察していた。
今の所、彼女の攻撃は全く効いていないようだ。
「まあ、闇雲に突っ込んで勝てる相手じゃないだろうさ?」
その通り、シルヴィアは苦戦していた。
相変わらずの重い攻撃に、受け止める盾を持つ腕が悲鳴を上げている。
カウンターを狙って動いてはいるが、なかなか効果的な攻撃には繋げられなかった。
そろそろ限界が近い‥‥何か手を打たなければ。
その時、背後に回り込んだメアリーがサイコキネシスでロランが引き戻した槍の動きを僅かに鈍らせた。
その期を逃がさず、シルヴィアは足を狙って切りつける。
「つ‥‥ッ」
攻撃の手が鈍った隙に一気に畳みかけようとしたその時‥‥
「もう、いい‥‥」
ロランは手にした槍を取り落とした。
「‥‥!? まだ、勝負は‥‥!」
「いい、俺の負けだ」
ロランはその場に座り込むと、両手を上げた。
「さっさと殺せ」
「‥‥やはりあなたは‥‥自分を殺させるつもりだったんですね」
その両手を後ろで縛りつつ、ケインが言った。
「当然の報いだろう? 奴に出来ねえなら、お前等が代わりにやればいい」
「‥‥あなたは、ずるいですね。絶対怒らないと分かってる友人に悪戯を仕掛ける子供のようです」
マイの言葉に、ロランは鼻で笑った。
「子供の悪戯なら、良かったんだがな」
「騎士の生き方というのは不自由な事が多いのでしょう。ですが、貴方はそんなボールス様と一緒にすごされてきたのではないのですか?」
サクラが言った。
「例え何かがあったとして‥‥それが事実だとしても、これまで共にあった時間までを否定してしまうおつもりですか?」
ロランは答えない。
「ボールス様が何かを犠牲にしてしまっているというのなら! それを犠牲としないようお守りする事が貴方のやることではないでしょうか? 何かが変わったとして、それは本当に貴方の望む形になるのですか?」
「私だったら、どちらも捨てる事はできないです。両方とも大事なら、両方とも守ればいい話です。何故、諦めなければいけないのですか。男なのに女々しいです」
と、エリス。
「そうですよ、貴方こそもう少し我侭になるべきです。ボールス卿が円卓の騎士であることも、エル君の父親であることも、両方取るくらいの意地は見せて下さい!」
「‥‥だから言っただろ、あいつは俺の子だと」
「‥‥何の証拠もない筈ですが‥‥」
マイが突っ込む。
「不義だの何だの、その辺はエルが成長した後でエル自身に判断させろっての。それとも何か、エルの母の思いを勝手に決めていいとでも思ってんのか?」
「‥‥まあ、そんな事はどうでもいい。だが、俺に奴等の傍にいる資格があると思うか? ‥‥ああ、確かにそうさ。何をしても、あいつは怒らない‥‥例え自分の女房を寝取られようと、互いに望んだ事なら自分が身を引く道を選んじまうようなクソ馬鹿野郎だ。そいつを知りながら、俺は何も言わなかった。黙ってりゃ誰にもわからねえと‥‥」
だが、ある日‥‥ボールスがデビルに狙われている事を知った。
しかもそれが、人の過去を覗き見、暴く者だという事を。
もしも自分の過去を見られ、それをボールスに告げ口されたら‥‥
「あいつか? あの、黒い大男‥‥」
蒼汰はそいつに何度か遭遇している。
近頃は姿を見せないと思っていたが‥‥しかし、荷物から引っぱり出した石の中の蝶にも反応はない。
この近くにいる訳でも、ロランに取り憑いている訳でもなさそうだった。
「だから、今になって告げた、と?」
いつのまにか傍に来ていたボールスが訊ねた。
「‥‥おかしな横槍が入らねえうちに、言っておきたかった。これで俺が処分されれば、お前にはもうデビルに付け込まれるようなネタはなくなる」
「‥‥だとしても、もう少し他にやりようがあると思いますが」
「自分がいなくても、ボールス卿が大丈夫なように、ですか? それで私達を試したと‥‥?」
と、マイが呆れたように言い、シルヴィアが問う。
「まあ、辛うじて合格、だな。もう俺は必要ない‥‥どのみち、不義密通は死罪だ。死んじまえば、これ以上お前を裏切る事もない」
「必要かどうかは、あなたが決める事ではありません。そして、私は既に答えを出しています。言ったでしょう、戻って来いと。‥‥それに、あなたが死罪を望むなら、そんなものは与えません。望む罰を与えない事‥‥それがあなたに対する罰です」
「ふざけるな! もし、上にバレたら‥‥っ」
「被害にあった本人が許すと言っているのですから、とやかく言われる筋合いはないでしょう?」
ボールスは相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
無理をしている訳でも、自分を偽っている訳でもない‥‥とにかくそういう性分なのだ。
「今すぐに戻るのは無理だと言うなら、暫く離れていても構いません。でも、いつか‥‥戻ってくれると信じていますよ」
予想を超えた相手のお人好しっぷりに言葉もなくして呆然と突っ立っているロランの前に、クリスが進み出た。
――パアァン!
鋭い音を立てて、平手打ちがロランの頬に炸裂する。
「先日のお返しですわ」
クリスはそう言って微笑むと、あちこちに小さな傷を作っている相手にリカバーをかけた。
「‥‥後は、どうぞお好きなようになさって下さい」
「く‥‥くく‥‥っ‥‥あはははは‥‥っ」
一同がそれを呆然と見守る中、後ろでボールスが腹を抱えて笑い転げていた。
どうやらツボに填ったようだ。
「あ‥‥あはは‥‥クリスさん、あなたは最高です‥‥!」
「‥‥で、どうするね? ロランも部下も、逃げちまった訳だが‥‥」
「すみません、せっかく皆さんに力を貸して頂いたのに‥‥」
「いや、謝んなよ。自分がそれで良いと思ったなら、俺達がとやかく言う事じゃない。それより」
と、マナウスは事後処理計画を提案した。
一連の騒動は総て対外的には「人々を守る騎士としての勘を取り戻す為」の「戦闘演習」としてしまう事。
「負傷や此処暫くの休養の理由にもなるしな」
だが、その計画にもやっぱりボールスは首を振った。
「折角ですが‥‥やはり私には、事実を偽る事は出来ません。隠し事が出来る性分でもありませんし」
例え一時的には上手く誤魔化せたとしても、偽りはいつかどこかで、必ず破綻する‥‥しかも大抵は最悪のタイミングで。
「正直に報告しますよ。何かしらのお咎めはあるかもしれませんが‥‥」
咎められるとしたら、恐らく無断で行方をくらまし、同僚の仕事を増やしただろうその一点だろう‥‥その一点が、少しばかり怖いのではあるが。
そして傍らに寄り添う女性の事も、いずれきちんと公表するつもりだった。
勿論、相手に迷惑や危害が及ばない事をきちんと確認した上で、だが。
「この際ですから、一度フェリスさんのお墓参りに行ってみるのはどうでしょうか?」
エリスが訊ねたが、残念ながらそれも却下だった。
何故なら‥‥
「フェリスの両親は、彼女が死んだのは私のせいだと思っていますからね」
彼女の実家の敷地内にある墓地に、ボールスはまだ一度も立ち入りを許された事がなかった。
娘の死と引き替えに生を受けた孫の顔さえ見ようとはせず‥‥どうやらその辺りにも、まだまだ超えなければならない壁や溝がありそうだ。
だが、今ならどんな障害でも乗り越えて行けそうな気がする。
支えてくれる人と、力を貸してくれる仲間がいれば‥‥
――スパァーーーン!!!
「いっ‥‥っ!?」
その時、蒼汰のハリセンがボールスのうしろあたまに炸裂した。
「何するんですか、いきなりっ!?」
「いや‥‥何となくだ、何となくっ!」
「そう言や俺も、何となく」
マナウスが指の関節を鳴らす。
「ロランには逃げられたから、二人分、かね?」
冗談じゃない、何となくで殴られてたまるか!
いや、理由はちゃんとあるらしいが‥‥何だっけ?
「‥‥平和‥‥なのでしょうか、これも」
「まあ、ひとつの幸せではあろうな」
じゃれ合う男の子達の姿を眺めながら呟くサクラにメアリーが答える。
結末とするには、まだ少し時間がかかりそうではあったが。