【タンブリッジウェルズ】悔恨

■シリーズシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月03日〜06月13日

リプレイ公開日:2007年06月09日

●オープニング

 動くものの影もなく、鳥の声すら聞こえない、静寂に包まれた深い森の奥。
 その静けさを切り裂くように、突如として誰かの叫び声が響いた。
 腹の底から絞り出すような、自分の中に溜め込んだものと共に魂まで吐き出してしまいそうな、そんな叫び。
「‥‥くそ‥‥ッ!!」
 その声の主は肩を大きく上下に揺らしながら、手近な木の幹にどさりと背中を預け、天を仰いだ。
「目の前の小さな幸せさえ守れずに、何が円卓の騎士だ‥‥!」
 彼の記憶の中では、妻はいつも幸せそうに微笑んでいた。
 その笑顔に翳りがさしていた事には気付かなかったし、その可能性を考えてみた事さえなかった。
 円卓の騎士として、自分の一番大切なものを優先する訳にはいかない事を、彼女もわかってくれていると、そう信じていた。
 どんなに長く家を空けても、あの変わらぬ笑顔で待っていてくれると‥‥。
 だが、そうではなかった。
 変わらないのは、絵の中に閉じ込めた記憶の中の笑顔だけ‥‥そんなものはただの幻にすぎないのに、それを本物だと思い込んでいた。
 自分の力が及ぶ限りは命に代えても守ると誓ったものを、彼はその手で壊したのだ。
 そしてこれからも、同じ事が起きないとは限らない。
 しかも条件は、かつてとは比べものにならない程に厳しかった。
 祝福されず、認められもせず、いつ果たされるともわからない、そして叶う保証もない約束を待たせ、我慢を強いる中で‥‥あの笑顔を守り抜く自信は、今の彼にはなかった。
 木の幹に背を預けたまま、彼はその場にズルズルと座り込んだ。
 その頬に光る滴が、握った拳に落ちる。
 その中に握り締めた小さな何かが、そこに込めた誓いが、ひどく重いものに感じられた――。


 その数日後、冒険者ギルドでは‥‥
「お願いっ! ボールス様を探してっ!!」
 血相を変えて飛び込んで来たルルが、受付係の胸ぐらをひっ掴んで叫んだ。
「ちょっと散歩に行くって森に入ったっきり、帰って来ないのっ! 森のオバチャンに聞いても見てないって言うし‥‥っ!!」
 森で迷子になった、などという間抜けなオチなら構わないが、恐らくその可能性はない。
 犬を連れていたし、それに‥‥
「あの時、自分のせいだって言ってたから‥‥きっとチビさんを助けに行ったのよ!」
 誰にも言わず、助けも乞わずに、自分ひとりで。
「でも‥‥相手は、その、こう言っちゃ失礼かもしれませんが」
 と、受付係が躊躇いながら言う。
「円卓の騎士にとっては雑魚も同然でしょう? いくら子供を人質に取られていたって、負けるような相手では‥‥」
「わかってないわね。 アンタ、ボールス様のコト、ぜんっぜんわかってないわ!」
 そりゃまあ、ただの受付係だし。
「ボールス様が裏切者をバッサリやっちゃえるような人だったら、心配なんかしないわよっ! てゆーか、だったらとっくにアイツの首なんか海の向こうまで飛んでってるわっ!!」
 だが、きっと最後の最後まで説得を諦めないだろうし、何しろあの性格だ。相手の攻撃さえ甘んじて受けかねない。
「まあ、いくら何でも黙ってやられちゃう事はないと思うけど‥‥」
 でも、嫌な予感がする。
 彼の様子に変わった所はなかった‥‥少なくとも表面上は。
 だが、付き合いの長いルルにはわかる。
 彼が今、自分の心に触れるもの全てを、やんわりと、だが断固として拒絶している事を‥‥ちょうど、妻を亡くしたあの頃のように。
 早く連れ戻さないと、もう二度と戻って来ないかもしれない。
「ああもうっ! あたしが人間サイズだったら、思いっきりぎゅーってやって大丈夫だよって言ってあげるのにっ!!」
 ルルは自分をシフールとして世に送り出した運命に対して思いつく限りの呪いの言葉を浴びせかけ、神様に向かって罵詈雑言の限りを吐き尽くした後、頭から湯気を噴きだしたまま受付係に向き直った。
「だからっ! モタモタしないでさっさと募集かけるッ!!」
「はいぃぃっ!」


 そして‥‥ルルの予感は当たっていた。
「‥‥どこへ行くつもりですか、ロラン?」
 そこは、タンブリッジウェルズから更に2日ほど南に歩いた、とある小さな町。
 その宿屋に、ロランとその部下、それに子守女に連れられたエルが滞在していた。
 森の中で協力していたエルフ達の姿は見えない。
「‥‥追いつかれちまったか」
 ロランが溜め息まじりに言う。
「こっから少し行けば港がある。その先は‥‥」
 わかるだろう、と言うようにロランは相手を見た。
 その先、海の向こうには彼等の故郷がある。
「‥‥あなたが帰りたいと言うなら、止めはしません。でも、私の息子を連れて行かれるのは困ります」
「言っただろう、あれは俺の子だと‥‥寝盗られ王子様?」
「私も言った筈です、そんな事は関係ないと。それに‥‥私を怒らせようとしても無駄ですよ」
 ‥‥いや、確かに怒ってはいた。
 だがその矛先が向けられているのは、自分自身‥‥決して、相手に向けられる事はない。
 ボールスは相変わらず穏やかな表情で相手を見つめていた。
「返して下さい。そうすれば、あなたも、あなたに従った者達も、このまま見逃します。本当は‥‥あなたには戻って欲しい所ですが」
 親友であり有能な部下である彼を、こんな事で失いたくはなかった。
「何で‥‥どうしてお前はそうなんだよ!?」
 相手とは反対に、加害者である筈のロランは何故か苦しげだった。
「俺はお前の一番大切なものを奪ったんだぞ!? しかも、長い間それを隠して、お前を騙し続けて‥‥っ!」
「‥‥やっと、本音が聞けましたね」
 ボールスは嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりあなたは、昔からちっとも変わってない‥‥私を傷付ける事を恐れて、何も言えなかったのでしょう?」
 親友への裏切行為と、それを隠し続ける事によって生じた罪悪感。
 相手に少しでも非があったなら、良心が咎める事もなかったかもしれない。
 だが、ボールスは無類のお人好しで、しかもどんなに酷い事ををされても怒らず、咎めもせず、ただ悲しげに微笑んで、全てを自分の中に溜め込むだけ。
 いっそ罵り、怒りをぶつけられた方がどれほど楽になるか‥‥
「ふざけるな!」
 ロランは手にした槍を振りかざした。
 その穂先が、一直線にボールスの鳩尾に向かって突き出される。
 ‥‥当然、避けるだろうと思っていた。
 こんな怒りに任せた直線的な攻撃が、当たる筈もない。
 だが‥‥
 ボールスは無防備に突っ立ったまま、微動だにしなかった。
「な‥‥ッ!?」
 間一髪の所で、槍の穂先は僅かに方向を変える。
 しかし、それは相手の脇腹をえぐり、鮮血の花を散らした。
「‥‥馬鹿野郎! 何故避けない!?」
 辛うじて立ったまま、ボールスは答える。
「急所は避けてくれると‥‥信じていましたから」
 今のロランには、その信頼が痛い。
「‥‥私は‥‥償いなど求めてはいません‥‥何に対しても。でも、あなたが‥‥それを望むなら、機会は‥‥」
「い‥‥いいから、さっさとその傷を治せ畜生!」
 傷口を押さえた指の間から赤黒い血が滴り落ち、足元に血溜まりを作る。
 ボールスはその中に膝をついた。
 十字架に手をかけてはいるが、呪文を唱える気配はない。
「‥‥治しません‥‥あなたが‥‥戻ると言うまでは‥‥」
 ロランは躊躇っていた。
 そして、二人とも気付いていなかった。
 傍らの建物の影から、ボールスの背中を狙う二人のエルフの射手の存在を‥‥。

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「しっかしなんつーあからさまに残ってるんだロラン殿達の痕跡」
 森の中を急ぎながら、七神蒼汰(ea7244)が呆れたように言う。
「捕まえて欲しいのか待ち伏せしているのか‥‥とにかく警戒はしておこう」
「私としては、ロラン殿の部下のことが気になる。今も共にロラン殿の元にいるのか‥‥」
 メアリー・ペドリング(eb3630)も警戒を促した。
「エルフの方ともなれば、狙撃で狙ってくることもありえよう」
 あのエルフ達はロランと一時的に手を結んだだけのようだが、彼等の目的が達せられていないならば、まだ行動を共にしていると考えた方が良いだろう。
 その目的とは、恐らくボールスの排除。
「卿には自身の身が危険に晒されているという自覚があるのだろうか‥‥」
「まったくだ、こんな時に一人で突っ走りやがって」
 メアリーの言葉に蒼汰が苛立たしげに言う。
「少しは俺等を信用しろってんだ」
「何でも一人で責任を感じている様ですからね」
 と、エリス・フェールディン(ea9520)。
「でも、錬金術において1つの物質による変化などありえないのですが」
 本当かどうかはともかく、全てを錬金術の事象になぞらえて解釈するのが彼女流のやり方だった。

 やがて一行は森を抜け、川沿いの小さな町に出た。
 あからさまな痕跡は既にないが、三頭の犬は僅かに残された匂いを辿り、やがて‥‥
 何か異様な気配を感じたのか、一声吠えると一斉に走り出した。
「ボールス様!?」
 人気のない路地裏の空き地で二つの人影が対峙していた。
 膝をついたボールスの足元に広がる血溜まりを見てクリステル・シャルダン(eb3862)が息を呑む。
 彼の目の前には血の付いた槍を構えた大男‥‥誰が見ても即座に割って入るべき状況だ。
 だが足が竦んだのだろうか、クリスは動かなかった。
 代わりにルルが飛び出して行く。
「このバカロラン! 血迷うのもいいかげんにしなさいッ!!」
「‥‥ルル!?」
 その声に、ボールスは顔を上げて冒険者達を見た。
 殆ど同時にマイ・グリン(ea5380)がロランの足元を狙ってダガーを投げ、怯んだ隙に二人の間に割って入る。
 しかしボールスが求めた相手は動かない‥‥自分を見てさえいなかった。
 恐らくエルを探しているのだろう。
 それはきっと、自分の為‥‥大切なものを一刻も早く取り戻してやりたいと、そう願っての行動だと、それはわかっていた。
 だが、それでも‥‥頭では理解していても、心に小さな痛みを感じる。
 ‥‥ああ、そうか‥‥
 フェリスも、こんな痛みを感じていたのかもしれない。
 その時、突然地面が揺れた。
「‥‥ッ!?」
 その衝撃に十字架にかけていた手が外れる。
「ちっ、邪魔が入ったか‥‥」
 どこかで小さく呟く声が聞こえた。
 同時に、弓を引き絞るような音。
「‥‥どこだ!?」
 蒼汰が周囲を見渡す。
 エリスがバイブレーションセンサーで探知を試みるが、物陰で息を潜め、じっと動かない敵の存在を捉える事は難しい。
 ましてや町中では他の色々な動きに邪魔をされ、目当てのものを特定するのは至難の業だった。
 だがそんな時こそ犬達の出番だ。
「ワン、ワンッ!」
 敵の気配に気付いた二頭の忍犬が、別々の方向に飛び出して行く。
 しかし矢は既に放たれていた‥‥しかも二本同時に。
 それに気付いたクリスは駆け寄りながらホーリーフィールドの結界を張ろうとするが、通常の詠唱では発動までに時間がかかる‥‥とても間に合いそうになかった。
 一本の矢はメアリーがサイコキネシスで捉え、何とか軌道を逸らす事に成功したが、もう一本は真っ直ぐボールスの背中を目掛けて飛んで行く。
「くそっ、間に合えッ!」
 蒼汰は自分の身を盾にするべく、矢の軌道に立ちはだかる。
 しかしその瞬間、彼は誰かに後ろ襟を掴まれ、地面に引き倒された。
 ――ドスッ!
 頭上で嫌な音がした。
「‥‥ぐっ‥‥ッ」
 見上げると、先程まで自分の後ろで膝を付いていた筈のボールスが目の前に立っていた‥‥脇腹と、肩から血を流しながら。
「ば‥‥っ馬鹿野郎! 人が折角‥‥っ」
「円卓の騎士を、庇おうなんて‥‥10年、早‥‥い‥‥」
 掴みかけた妻の形見の十字架は、彼をあざ笑うかのようにするりとその手を逃れた。
「くそッ、説教してる場合じゃねえか‥‥!」
 その場に崩れ落ち、意識を失ったボールスを漸く駆けつけたクリスに託し、蒼汰は逃げようとする射手達を追う。
「逃がしませんよ」
 先回りした犬達に行く手を塞がれた射手達を、エリスがローリンググラビティで地面に叩き付け、メアリーがグラビティーキャノンで追い打ちをかける。
「ひとつ聞いておきたいんだが‥‥」
 殆ど戦意を失った二人に、刀に手をかけたまま蒼汰が訊ねる。
「これはロラン殿の指図か?」
「‥‥自分が奴を殺し損ねた時は、我等の好きにしていいと‥‥」
 それだけ聞くと、蒼汰はスタンアタックをかけて気絶させ、マイが持っていたロープで縛り上げた。

「‥‥ボールス卿は?」
 射手達を捕らえて戻った者達の問いに、クリスは黙って首を振った。
 リカバーの魔法で傷は癒えている。
 だが彼は意識を失ったまま、目を覚まさなかった。
「無理もないわよ」
 ルルが言った。
「ずっと、キツい事ばっかりだったのに‥‥誰かさんはチビの心配ばっかりだし! いくら円卓の騎士だって、いつもいつも強がってられるわけじゃないわ。誰かが支えてあげなきゃいけないのに‥‥っ」
 ボールスは見かけによらず打たれ強く強靱な精神力の持ち主だが、今度ばかりは痛手が大きすぎた。
 傷付き疲れた心には、差しのべられる手さえ見えない。
 冒険者達も気を遣ってくれてはいたのだが‥‥。
「‥‥どうしますか、出来ればロランさんが戻らないうちにエルさんを助けに行きたいのですが‥‥」
 ボールスの様子を気にしながらも、マイが仲間達を見渡して言う。
 一連の騒ぎの間に、ロランはいつの間にか姿を消していた。
 彼をこのままにはしておけないが、かといってのんびり回復を待つ余裕もない。
 先程ルルに確認して貰った所によれば、周囲には他に怪しい気配はないようだが、それでも何人か‥‥誰かがここに残ったほうが良いのだが。
「いいわよ、ボールス様はあたしが守るんだからっ!」
 ルルが顔と目を真っ赤にして叫ぶ。
 そんな彼女にボールスと捕らえたエルフ達を託して、冒険者達はエルが捕らわれていると思しき宿屋へ向かった。
「‥‥だから言ったろ、奴等を信用すると馬鹿を見るって‥‥」
 誰かが物陰で苦々しげに呟いた声は、誰の耳にも届かなかった。

「ここで良いのだな?」
 メアリーが宿屋の石壁に大きな穴を開けた。
 マイと蒼汰が事情を説明し、いくらか握らせてくれたお陰で間取りも確認出来、他の客の避難も済んでいた。
 空飛ぶ絨毯に乗ったマイとエリス、そしてクリスの三人は、問題の部屋の隣に舞い降りる。
 壁を隔てた向こうは二つの小部屋に仕切られ、奥の間‥‥自分達のすぐ目の前にエルがいる筈だ。
「そのようですね、大人が何か身動きしているような反応が二つ。エルさんは床で遊んでいるようです」
 エリスが相手の位置を確認し、攻撃の準備が整ったと見てメアリーが再び穴を開ける。
 目の前にエルがいた。
 その向こうには退屈そうにその様子を見ている子守女と、大欠伸をしている魔法使いと思しき男。
 マイは男にダガーを投げ付け、エリスがその目を狙って怪しげな薬をぶちまけた。
「うわ、め、目が‥‥っ!」
 驚き、慌てる男の動きをクリスがコアギュレイトで封じる。
「‥‥かーさま?」
 エルが突然目の前に現れたクリスの姿に目を丸くしていた。
 この分ならエルに血生臭い場面を見せずに済みそうだったが、クリスは念の為にその目を閉じさせる。
 そしてエリスがサイコキネシスでひょいと持ち上げ絨毯に乗せた。
 隣の部屋にいた男達が騒ぎを聞きつけてざわめく気配がしたが、その時入口のドアを蒼汰が蹴破った。
「‥‥こいつはちょっと、荷が重かったかね‥‥」
 四人の武装した騎士達を前に、冷たい汗が背中を流れる。
 だが、エルを無事に救い出すまで粘れれば良い。
「援護します」
 反対のドアから顔を覗かせたエリスがローリンググラビティで騎士達を天井に叩き付ける。
「お、助かったぜ!」
 蒼汰は床を血で汚さないように峰打ちを使いながら、騎士達の動きを出来るだけ封じるべく立ち回った。

「寂しかったわね、心配をかけてしまってごめんなさい」
 安全な場所まで避難した所で、クリスはエルを優しく抱きしめた。
「えう、さみしくないよ? りょやんにいっぱいあそんでもやったかや!」
 どうやら子供は大人が考えているよりも余程タフに出来ているらしい。
 そこへ、何とか騎士達の追撃を逃れた蒼汰が息を切らして駆け寄ってきた。
「エル、とーさまが待ってる。今度こそ帰るぞ!」
 彼等にもボールスに言いたい事、伝えたい事が少なからずあった。
 ぶつけてやろうと思っていた言葉が。
 ‥‥だが、そこには誰も、ルルの姿もなかった。
 目を覚ましてどこかへ行ったのか、それとも。
 だが、事情を聞こうにも残されたエルフ達は気絶したままだ。
 時間的に遠くへは行っていない筈だが‥‥
「追っ手だ」
 上空で見張っていたメアリーが緊張した声を上げる。
 倒し切れなかった騎士達の姿が、すぐそこまで迫っていた。
「ここはエル殿の安全を最優先にすべきであろうな」
 とにかくエルを安全な場所‥‥城まで届けるのが先だ。
「かーさま、とーさまどこ?」
 エルがクリスの袖を引いて訊ねるが、答えは返って来なかった。
「‥‥もしかしたら先にお家に帰っているのかもしれませんね‥‥」
 あり得ないと思いつつ、マイが代わりに答える。
「じゃあ、えうもかえゆ! はやくかえよ!」
 一行は縛り上げたエルフ達を馬の背に括り付け、急ぎその場を離れる。
 足取りと、心も重い大人達の中で、エルだけが無邪気にはしゃいでいた。