●リプレイ本文
●桜咲き誇る中
京都某所、川がせせらぐその袂にて桜咲き乱れては花弁が舞う中‥‥そろそろ今年も見納めになるだろう花見に興じる人々の群れに一行の姿が見受けられたのは言うまでもなき事。
「場所取り、ご苦労様」
「ありがとうございます〜」
「‥‥うん、中々に良い場所だな」
「場所もそうだが一ヶ月も前から陣取っただけの事はあって、辺り一面に咲き誇る桜は実に気持ちが良い」
「えぇ、頑張って場所取りもしましたから尚更に。だからこそ楽しみですよー♪」
その中において花見当日の今日、一ヶ月も前からこの日の為に場所取りに励んでいた面子に合流を果たしたのは伊勢に住まう人々に東雲八雲(eb8467)で、その彼が先んじて待っていた皆へ挨拶と共に労いの言葉掛ければ真面目を体現する東郷琴音(eb7213)と、彼女とは逆に巨躯の割にマイペースな志士の雪桜火憐(ec0745)が揃い応じれば共に顔を綻ばせると
「あぁ、そうだね。しかしこの桜も美しいと言うのに、それよりも優る花ばかりが揃い踏みで‥‥全く、目に毒だね」
「あらあら、お上手ねぇ。でもやっと、お酒が飲めるわね。苦労した甲斐があるってものよ」
辺りを見回し、一行の殆どが女性ばかりである事から和久寺圭介(eb1793)も顔を綻ばせると直後、彼の恋人であるアリア・レスクードに窘められるより早く子持ちエルフの僧侶が淋羅(eb0103)に背を叩かれれば咽る彼を見れば気が済んでかアリアは苦笑を湛える。
その楽しげな光景を前、八雲と同様に花見の席に初めて参じた商人魂全開の大宗院沙羅(eb0094)は一人、視線を彷徨わせていた。
「さぁて、うちの送った服をどんな風に小次郎が着こなしているか楽しみや」
その理由は彼女が言う通りの事で先日、母である羅に頼んで十河小次郎へ送った女性用の着物の着飾り振りを見届ける為だった‥‥が。
「な、何で着てへんのやっ! この花見にバッチリあった服を選んだんやで‥‥こら酷い話や」
「‥‥んあ? 何を言っているんだ?」
「こら、小次郎が困っているわよ。こんな男らしい人が女装する訳ないでしょ」
しかし、普段と変わらない装いの彼を見付ければ沙羅は愕然として小次郎へ掴み掛からんばかりの勢いで迫るも、当の本人は間抜けな声を発しては首を傾げるだけで彼女は頭を抱えるも、次に響いた己の母が声を聞けば彼女。
「‥‥もしやあんたやな、この仕業は‥‥横暴やっ! ついでに無理解や! 故にうちの仕事の邪魔をするんやないっ! 誰がお飯食わせていると思っているねん」
「あらあら、そんな事まで言っちゃう? まぁとにかく、此処では迷惑が掛かるから向こうに行きましょうか‥‥ごめんなさいね、皆さん」
「あ、何すんねんこらぁ!」
ゆっくりと母がいるだろう方へ首を回し、羅を見つめると今度は彼女へ詰め寄るが娘の反抗にしかし母は動じず、逆にその首根っこを捕まえると皆に詫びては一時だけ場を離れようとするも
「沙羅がうるさい中で悪いんだけどこの着物、着てくれないかしら。着付けは私が後でちゃんとしてげるから心配しないで」
「え、あ‥‥その」
「あっ、勝手に渡すんやないっ! それはうちが小次郎に‥‥」
「はいはい」
沙羅の手から落ちた振袖を見止めれば、それを拾ったアリアへ告げると戸惑う彼女を傍目に尚も喚く沙羅を引き摺り、桜の木陰の中へ姿を消す。
「どうすればいいでしょうか?」
「‥‥知るか」
「女装させられるそうですね。頑張って下さい」
「もう決定事項かよ!」
「違うんですか?」
「違うわっ!」
そして二人が消えた方を見やり、アリアは思わず兄へ尋ねるが彼は肩を竦め嘆息だけ漏らすも次に見た目の割、感情の起伏が激しい桜あんこ(ea9922)に肩を叩かれ囁かれるとやはり憤慨する小次郎の姿はお約束で、皆は生温い視線を送りつつ苦笑だけに留めるのが精一杯。
「お久し振りですがお二人とも相変わらずで、安心しました」
「そう見えますか‥‥いえ、そうですね。でも緋雨さんもお元気そうで何よりです」
「えぇ、しかし去年もお花見をしましたけど、本当に一年が経つのは早いですね‥‥今日と言うこの日が一生の思い出になる様に大切にこの胸に刻みましょう♪」
「あぁ、そうだね」
「しかし、話してばかりいてもあれだな‥‥そろそろ乾杯と行こうじゃないか」
その久々に見た光景を前、安堵したのは茉莉花緋雨(eb3226)ですぐに己の傍らにいる親友のアリアへ挨拶交わせば、応じながらも彼女は瞳を細め‥‥最後には結局、うな垂れては同意すると友の反応を前に緋雨はしかし微笑を湛え、一年前の事を思い出しては感慨深げに呟くと彼女とは顔見知りの圭介も頷き応じるも、このままでは話だけで一日が終わりそうな勢いが場にはある事から漸く依頼人のレイ・ヴォルクスが立ち上がれば杯を片手に皆へ呼び掛け、乾杯を促す。
「乾杯っ!」
「なっ‥‥」
だが彼の呼び掛けと同時、今まで何故か沈黙を保っていた神子岡葵(eb9829)が底抜けに明るい声を発し、乾杯の音頭を奪えば唐突なそれにしかし皆は反応するとレイが唖然とする中で宴はいよいよ始まるのだった。
●宴は始まり、春風舞い香る
「楽しんでますか?」
「おうよっ」
「それは良かったです〜」
そして宴が始まれば程無く、あんこは皆の傍らにて騒ぎ立てている昨日の宿敵が今日の友であるチンピラ達ご一行へ声を掛けると、すぐに返って来た返事へ火憐もその表情を緩めては先日チンピラ達を率いていた兄貴分はばつ悪そうに頭を掻くと
「いやしかし悪かったなぁ、最終的には花見の場所の面倒まで見て貰ってよ‥‥」
「気にしないで下さい、こうしてお互いに分かり合えたんですからそれで良しです」
「‥‥良い奴だなぁ、お前らぁ〜」
取りあえずは向き合っている二人へ詫びの言葉を紡ぐと、あんこは頭を左右へ振れば桜の樹の下で人情と言う言葉を思い出してか兄貴分は感動から鼻を鳴らすと唐突に彼女へ抱き着こうとするが
「でも、お触りは無しですよ〜」
「‥‥参った」
相変わらずおっとりとしながら、だがそれは未然に防ぐべく火憐が手早く彼の右手首を掴み組み伏せれば、呻く兄貴分は残された左腕を掲げ振ると二人が微笑めば
「そこの姐さんは飲まないんですかぃ?」
「この様な席は余り出た事がないし、若輩者であるからこそ申し訳ないが遠慮させて頂く」
「‥‥硬いですねぇ」
「何、茶だけで十分に事は足りる。今を懸命に桜が咲き誇っている事だしな」
その傍らにて一人、マイペースを保つ琴音が茶を啜る光景を見止めた弟分が尋ねればつい数日前には一喝した彼へ琴音、今日は穏やかな声音にて答えると肩を竦める弟分に桜の木々を見上げて彼女は珍しく顔を綻ばせた。
「‥‥何とも妙な縁だね」
「ま、いいんじゃない? 人の縁ってそう言うものでしょ」
「そうね」
「‥‥あぁ」
そんなやり取りを前、遠目ながらに見ていた圭介の呟きにはあっけらかんと葵がその答えを紡げば、彼女の言葉に頷き応じながら小次郎へ酌をする羅は次に何処となく反応が鈍い圭介を見つめると
「ねぇ、圭介」
「‥‥何かな?」
「アリアに見惚れてた?」
傍らにいる小次郎へ聞こえない程度の音量で先から一つ所を凝視している彼の内心を予見し尋ねてみると沈黙する圭介‥‥その視線の先には沙羅が持ち込んだ小次郎用の着物に着飾っては羅と緋雨のコーディネイトによって普段より何処か艶かしい装いのアリアが言うまでもなくおり、言い当てられた彼は珍しく黙するも
「私の腕も捨てたものじゃないかしら?」
「そうねぇ、中々良いと思うわよぉ」
あまり見ない彼の様子にからかう様、言葉を響かせたのは彼女の着付けが手伝いをした緋雨‥‥何処か意地悪げに微笑む中で羅は真剣に彼女の手並みを認めると
「因みにあそこの紐を解けば、簡単に服が肌蹴るから頑張ってね」
「そこまでする必要はないと思うのだが?」
「うふふふふ、そう照れなくてもいいのに」
今度は視線を再び圭介へ向ければ今度はその耳元へボソリ、隣人が聞けば間違いなく怒るだろう事を囁くとそれには流石に呆れれば、何事か分からずに首を傾げる小次郎を視界の片隅に留めると肩こそ竦めるも、羅は微笑を湛え圭介の脇を肘で小突けば
「頑張ってね‥‥私ももう少し若かったら頑張れるんだけどねぇ」
「い、いや‥‥あんま頑張らんでいい。と言うかそんなにくっつかなくても‥‥」
「是非、頑張って貰いたいものだね。私がアリアと添い遂げる為にも」
「あ、貴様っ‥‥それだけは」
「まぁ、いいじゃないですか。そんなに目くじらを立てなくても。それとも圭介さんの事、僻んでいるんですか?」
「そ‥‥そんな訳はあるまーいっ!」
「子供の前で逢引する母親が何処にいるっちゅうねん‥‥」
彼を激励した後に今度は小次郎を見据え、その身を寄せては囁くと狼狽する彼を肴に緋雨と圭介も加われば小次郎を弄り倒す三人‥‥しかし、その光景を見つめて嘆息を漏らしたのは沙羅で、母親の振る舞いには毎度とは言え米神を押さえ頭を抱え込むも今度は四人へ向けていた己の視線を目の前のござの上に置かれている自身持ち込んだ商品である美麗な着物に注ぎ、次には華やかに咲く桜を見上げ今度は溜息を漏らす。
「しかし此処では流石に服は売れへんなぁ‥‥まぁ、主役が出張っていればそれもしゃあないか」
「何を、している」
「見て分からんか、商売や商売」
が次にはその視界に唐突に影が飛び込んでくると、頭をもたげた沙羅の視界に入って来たのは全身を皮のコートで覆うレイの姿で、至って真剣な声音で問う彼へ沙羅は肩を竦めながら答えを返すもしかし、相変わらずに剣呑とした雰囲気を湛える彼へ彼女は再び溜息を漏らすと一先ずは彼を宥めるべく一つの提案を掲げながら、。
「そうやな‥‥ショバ代を後で持って行くきに、それで勘弁して貰えんか? 準備もあるさかい、少し時間が掛かるんでな」
●宴もたけなわ‥‥?
それより暫く、沙羅が手製でこさえた焼きそば等を頬張りながら夜も夜中であるにも拘らず、徐々に熱を帯びていく場の雰囲気にテンションを上げていた。
「あの辺りが天の川と呼ばれている所で〜、織姫さんと彦星さんはあれとあれになりますね〜」
「話では聞いた事はあったが‥‥なるほど」
がそれでもマイペースな火憐は夜空を見上げては天空に散りばめられる星に付いて、簡単な説明を挟みながら即興の観測会を周囲の熱気とは裏腹に、静かに執り行っていたりするも‥‥その中。
「さて。ここらで一つ、皆で出来るだろうささやかな遊戯を考えて来たのだが」
「ふむ、ブラボーだ」
唐突に八雲の声が場に響けば、レイが頷くと皆もやんや囃し立て始める中でいよいよ立ち上がった彼は再びその口を開く。
「先ずは‥‥仮装大会だっ! 当たりを引いたら男性は女装を、女性は男装をして貰うぞ!」
『おー』
『ぇー』
「ぶーぶー」
次に彼考案、第一弾の遊戯の概要がその口より吐いて出れば皆の反応は様々で‥‥若干一名だけはブーイングこそ上げるも、それは当然の様に無視して八雲は尚も解説を続ける。
「因みにこの色付きの籤を引いた奴が、選ばれた勇者だ! それでは‥‥」
しかし内容からして単純明快だからこそ、それはあっと言う間に終わると皆の前に八雲は手製の籤を握った手を差し出して‥‥直後、頭を殴られる。
「痛い、何をする!」
「下らないネタを持ち込むなーっ!」
「依頼人から頼まれたので考えて来たと言うに‥‥」
「それより、早く始めましょう」
言うまでも無く仮装大会を考案した彼の頭部を拳で打ち据えたのは小次郎その人で、非難する彼へ怒りを露わにしては叫ぶが、その反応にはすっかり慣れている面子の一人である緋雨がやはり何事もなかったかの様に小次郎の発言は軽やかにスルーして八雲へ呼び掛ければ彼は静かにその口を開くと改めて、籤を握る手を皆の眼前へ突き付けた。
「それでは改めて‥‥」
●
と言う事で早速、結果。
「まぁなんだ、別段変わった気はしないな」
「こう言った格好もたまにはいいかも知れませんね」
「ふ‥‥まさかこの俺にも当たるとは」
「でも案外、お似合いですね」
少々堅苦しい、糊がしっかり効いた男性用の紋付袴を身に纏う琴音と英国から来たばかりの客人がルルイエ・セルファードは思いの他に楽しげな表情を浮かべているも、沙羅が持ち込んだ女性物の色艶やかな着物をしっかりと着込まされる八雲は渋面を湛えるばかりで、あんこにこそ褒められるも彼は益々表情を険しくするだけ‥‥性別が異なればやはり、見る者も着る者も印象は違うもので。
「やっぱりか‥‥絶対にこれは誰かの陰謀だーぁっ!」
だがその中でも異彩を放っていたのは当然ながらに小次郎‥‥やはり着慣れている回数が他の三人とは段違いに多いからこそか、本人こそ何時もの様にいきり立ってこそいるが他の皆は別段吐き気すら催す事無く感心しては彼を見つめていた、生温い微笑を湛えて。
「そんな事はある訳が無い‥‥そして流石は小次郎だ、何でも着こなせるとは羨ましい限りだね」
「知らなかったわ‥‥あなたがお笑い芸人目指していたなんて!」
「お前ら、それは全部勘違いだっ!」
しかし、その光景を前にして皮肉を飛ばさずにいられない圭介が口を開けば葵は初めて見た彼の、その装いに唖然としつつも何処かずれた発言をすると頭の血管が全て切れそうなまでに顔面を朱に染めて大声を発する小次郎だったが
「じゃあもしかして、コレの気があるとか?」
「‥‥話、聞いてないだろ」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。年に一度の事だから」
「花見はな‥‥」
それでも続いた黒髪艶やかな志士の、顎に手の甲を添えては再三に響かせた問い掛けを前にすればいよいよ答えを返す気力を無くした小次郎は深く、深く溜息を漏らすが‥‥古くから彼を知る緋雨がフォローならざるフォローを入れると、その表情は曇ったままに当分は着飾る事となる着物をはためかせて彼は頭上に咲く桜を見上げ頭を掻いて漸く、観念するのだった。
「これぜーんぶ、うちが取り扱っている品物やでー! 今此処で買うてくれるなら多少割引させて貰うき、おおきによろしくなー!」
「あ、俺達を出汁に何を勝手に宣伝しているんだー!」
「‥‥ま、もういいんじゃないか?」
「悟るなっ! 悟ったら負けだっ!」
が、特に他意はなく商売の為に沙羅が次に響かせた声を聞けばやはり小次郎は憤慨し、遠くを見つめる八雲の肩を掴み自身の仲間にするべく揺すれば、最後まで抵抗を続けたのは言うまでも無く‥‥それを前にして皆は揃い、呆れるのだった。
『やれやれ』
●雑談、相談、喧々囂々
とまぁこうして日々、桜の木の下で酒や料理に舌鼓を打ちながらも皆は花弁の舞い散る量が日に日に多くなる。「最後はこれだー!」
「良く持つな、そのテンション‥‥」
その、春との別れが迫る中‥‥それを最後まで賑やかなまま見届けるべく八雲が尚更に声を張り上げ皆を再三に喧騒の渦へ巻き込もうとすれば意外に平静なアシュド・フォレクシーはそれを前にいよいよ嘆息を漏らすが、その表情は紡いだ言葉の割に楽しげな笑みを湛えていればその最中においてレイは珍しく静かに傍観を決め込み、一人お猪口で冷酒を黙々と飲み干していたが
「ん、何だ」
「何となく、思ったのですが‥‥あんまり大事な女性を泣かせては駄目ですよ?」
「‥‥気にしているつもりなのだがな」
それに何時から気付いてかあんこが酌をしようと近寄れば次いで、彼が持つお猪口に冷酒を注ぎながらマジマジとその顔を見つめると当然の様に尋ねてきた彼へ思ったままの事を紡ぐあんこへレイは答えと共に帽子を目深に被り直すだけ。
とそのささやかな彼らのやり取りを機にして皆、長きに渡りそれでも未だに残る八雲立案の遊戯はさて置いて会話に興じ始めたのは果たして当然か。
「ねぇねぇ」
「何だ?」
「あたし、神子岡葵って言うの。この間は可愛い埴輪ありがとー。お兄さんの名前は?」
「そう言えば‥‥そんな事もあったな。名前はアシュド、アシュド・フォレクシーだ」
皆がバラバラと立ち上がる中で葵もまた久々に場所を動くべくして立ち上がると向かうは埴輪の作り手が元で、先日の礼が未だだった事から場を改めての礼に微笑を湛え尋ねられたままに己が名を紡ぐと
「ふぅーん。今後、機会があったらよろしくね‥‥ってあら、お邪魔だったかしら?」
「ん? あぁ‥‥別にそんな事はないが」
「とりあえず、そっちのお姉さんもよろしくねー」
あらゆる角度から彼の顔を見回せば漸く気が済んでか手を差し出すと、握手を交わしたアシュドの傍らにて慎ましやかに佇むエルフの女性を見かければ微笑み言うと、返って来た彼の答えはさらりと流してルルイエへも挨拶を交わせば今は無粋をせぬ様にと踵を返す葵だったが誰かに肩を直後、叩かれると振り返って彼女‥‥友人であるあんこの顔を確認すれば、何処となく頬が朱に染まっている彼女の表情に首を傾げ尋ねてみる。
「ん、なぁーにー?」
「実は、ね‥‥」
「何ーっ! 何時の間に恋人が出来たってのよー?」
「あーっ! しーっ!」
するとあんこは益々に頬を染めれば葵の耳元で小さく小さく、何事かを囁くと‥‥しかし葵は他人には聞かれたくなかっただろう、あんこの告白を大きな声で言い放てば当然にうろたえるのはあんこで、場の皆の視線が一斉に彼女へ注がれれば身を縮こまらせながら彼女は場を木陰へと移すべく葵の手首を掴んではそちらの方へ引き摺るのだった。
「おーい‥‥」
辺りに咲く桜の様に、話に花を咲かせる皆へ尚も呼び掛けては遊戯の参加者を募集する八雲はそのままに。
●
「私の恋人さんは別に、接吻や物で誤魔化したりしないのですよ。勝手に拗ねて、勝手に怒って、勝手に泣いてる私が悪いのです‥‥だから、私が泣いてる事も恋人さんは知らないのです。えぐえぐ‥‥」
「そうね、そうよね‥‥良し良し」
「‥‥はぁー、聞いて貰って何かすっきりしました」
と言う事で遊戯は一先ず中断し、それぞれが歓談に励む中でやはりあんこと葵は先の話を続けており、愚痴るあんこの語った一通りの話を聞いた葵は彼女の頭を撫でてやると漸く沈んだその表情に笑みが宿れば感謝しつつも気が抜けてだろう、あんこが肩を落とせば
「しっかし、色々あったのね〜」
「ですです。あ、後そう言えば‥‥」
「羨ましい話‥‥なのかな、だが今は」
苦笑を湛えながら頷く葵と今度は別な話題に話を咲かせるあんこ‥‥そんな彼女らを遠目に見つめながら圭介、なんとはなしに聞こえて来た話を自身に置き換え考えてみるも刹那主義の彼がじっくりと考えこむ事はある筈もなく、やがて未だに女装で弄られている小次郎へ向き直れば
「折角だから辺りに咲き誇る桜に合わせて、これを着てみてはどうだい?」
「うっさい! アリアを誑かしたお前になど従う理由はない!」
「小次郎さんも恋人でも作って妹さんを見返してやれば良いんですよー♪」
手近に何故かあった桜の桃色で染まる派手派手しい柄の着物を彼へ差し出すが、それははっきり拒絶されると肩を竦める圭介だったが少々乱暴な小次郎の言い回しに圭介へ助け舟を‥‥と言う訳ではなく、自然にマイペースなままで火憐が口を開くと
「そうよね、うんうん」
「‥‥見返す、って何もそこまで」
「こんな子持ちのオバサンじゃ、小次郎は別に何とも思わないわよねぇ。因みに私は久し振りに男の人に抱きつけて嬉しいわね」
「むぐ‥‥そ、そうか」
何時の間にか彼等の元に馳せ参じた葵も頷けば、先の勢いは何処へやら‥‥途端にもにょる小次郎だったが、相変わらずに身を寄せてくる羅にもう何度目か迫られると未だ慣れない彼は遂に言葉を詰まらせる。
「だがアリアは別に見返す必要は無いんだが‥‥圭介は何時の日か、切り捨てなければならないだろう」
「な、何もそこまでしなくとも〜。せめて切腹位にしませんか?」
(「変わらないのは気のせいではない、な」)
「また、口塞がれたいの?」
しかしそれも僅か、変わらず羅に組み付かれたままではあるが小次郎は圭介をねめつけると至って真面目な面持ちで呪詛の如く呟けば、これには流石に狼狽する巨人の志士だったが‥‥次に彼女の口から出た発言には圭介、何とか口に出す事こそ堪えるも小次郎の宣言と殆ど変わらない火憐の妥協案に内心でだけ呻くが、次に葵の爽やかな声が辺りに響くと今度は皆の前にて先以上の狼狽を露わにする小次郎だったが、その反応は一切気にする事無く彼女は言葉を続ける。
「何だか小次郎の事、気に入っちゃったわ」
「んなーっ!」
「じゃー、続きはあっちで‥‥」
「あ、一寸待ちなさいよ〜」
その、告白とも受け取られかねない彼女の発言に小次郎は今度こそ声を大にして叫ぶと微笑む葵はやはり、小難しい事を考えず彼の襟元を掴んでは人気のない方へ引き摺り出すと、密かに小次郎を狙っているのか羅も二人を追い駆けるべく呼び止めながらも駆け出せば
「‥‥見ない内に大分、状況が変わっているみたいですね。えーと‥‥」
「あ、ちょうちょさんです〜。こんな夜更けにめずらし〜なー」
その光景を前にアリアと話していた緋雨は以前では見る事の無かった彼の人気振りに目を疑いながら、小次郎同様に狼狽こそするも‥‥己の気持ちを僅かだけでも確認するべく、やはり先を行く三人の後を追い駆けるようと立ち上がれば火憐もまた何事か見付け、フラフラと立ち上がりその場を去ると先までの喧騒は嘘の様に、アリアと二人きりで静まり返る場に取り残されるのは圭介。
「やれやれ、何か皆には助けられっ放しで申し訳ないな」
「ふふっ」
皆の再三なる心遣いに感謝すると微笑むアリアと見つめあい、何時もとは違う真摯な面持ちにて言葉を紡ぎだす。
「一時たりとも共に過ごしたい、と言うのも私の我儘でしかないのだが‥‥だがアリア、以前にも言った通り私と共に同じ道を‥‥私の隣を歩いて貰いたい気持ちは今でも変わらない。だから‥‥」
「‥‥だから?」
「‥‥‥」
だが連ねられる言葉は普段の彼から紡がれる事がない真直ぐな想いだからこそ、徐々にその勢いを失えばその最後は遂に黙してしまうと、普段とは違った圭介の表情を見たアリアは珍しく言い淀む彼へその後を尋ねれば呻くだけの圭介を見つめ彼女は微笑んだ‥‥やはり彼と同様に普段とは違い、何処となく悪戯めいた笑みを湛えて。
「冗談です、何時も圭介さんには押されっぱなしだからたまにはこんな意地悪をしてもいいですよね?」
「‥‥やれやれ」
そして懲りた風も見せずに首を傾げて逆に尋ね返してみれば、圭介は一本取られたと嘆息を漏らすも真摯な表情は崩さないまま、意を決して簡潔ではあったが自身の想いをアリアへ告げた。
「私と共に、一生を‥‥添い遂げて欲しい」
「‥‥はい。此方こそ、宜しくお願いします。でも、兄様を説き伏せる役目は圭介さんにお任せしますのでそちらも宜しくお願いします」
「‥‥あぁ、そうだね」
すると返って来た彼女からの答えに圭介は満面に笑みを宿すが‥‥次に響いた申し出を聞けばそれには流石の彼も難しい表情を浮かべると、彼女の兄が消えた方を見やっては深い溜息を漏らすのだった。
「もぎゃひぃー!」
何があったか、彼方から小次郎の絶叫が響き渡る中で‥‥。
●桜散る中、飛ぶ鳥は後を濁さず
そんな訳で賑々しくも五日間に渡る花見を終えた一行は今、場を去る前に長く寝食を共にし、今年一年の仕事を終えようとしている桜の木々を労うべく辺りの人々に呼び掛けては掃除に励んでいた。
「やはり商売に印象は大切やからな、金に繋がる事なら何でもするでぇ」
「世の中、お金だけが全てじゃないんだけど‥‥」
「色々な人がいますから、そこは大目に‥‥ね。それに悪い事をしている訳でもありませんし」
それは無論、あこぎな商売人の沙羅も‥‥計算づくだからこそ、ほくそ笑みながらも手伝うその光景に騎士然たる行いを英国にて学んだ緋雨は彼女のその様子に呆れるがしかし、アリアに宥められれば箒を手にしたまま改めて場を見ると
「その調子ですよー」
「‥‥む、こんなんか?」
「そうね」
火憐が的確なる指示の元、掃除に慣れない沙羅は戸惑いながらそれでもしっかりと掃き残しがなき様に取り組んでおり、それを見ては漸く微笑む緋雨に頷いたアリア。
「末永くお幸せに、なのですよ」
「‥‥ありがとうございます」
そんな折にも周囲は花見の時と同じく賑やかなもので、小次郎が叫べば皆は一様に笑う中で何時、圭介と交わした生涯の契りが一端を見ていたかあんこがアリアを静かに祝えば頬を染める彼女は笑顔を湛え、唐突に舞った風と散る桜の花弁を見つめると
「ふむ‥‥刀を振るうだけでなく、今まで愛でた桜の為にこんな事をするのも悪くないな」
「えぇ、だから今年もありがとう」
出会いと別れの季節である、春の象徴が桜の散り行く様を見つめながら火憐より手解きを受けた箒の正しい扱い方を思い出しつつ、それを振るう琴音が表情を綻ばせては呟くと緋雨も頷いて枝を震わせている桜の木々へ今年も感謝を述べた‥‥また来年、同じ頃に出会える事を願って。
〜終幕〜