【拭えぬ情念】払拭

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2007年10月26日

●オープニング

●闇は未だ濃く
 京都より程無く離れた所にある、然程大きくはない一つの寺に未だいる老練なる僧侶は、その寺の跡取り息子が見てきた墓地の状況に付いての報告を受けると渋面を湛え、嘆息を漏らしていた。
「‥‥またか」
「はい、やはり『あの一画』から」
 その呟きに対し、跡取り息子が久慈司は頷くと最後に一言だけ添えれば安藤兵衛は額に深く刻まれた皺を尚寄せるも
「しょうがない、放逐するぞ。まだ数が数とは言えこのまま放置しておいても、こちらにとって一分の利にもならん‥‥とは言え、どうしたものか」
 やがて一つ、決断を下せば転がる錫杖を掴んでは鳴らし立ち上がるが‥‥司の傍らに佇んでいる己の孫娘が安藤牧を見つめれば、今度は困ったかの様な複雑な表情を湛える兵衛だったが
「連れて行きましょう、その方がまだ安全です」
「そうじゃの、では牧‥‥」
 司が珍しく、声を張って言えばそれを受けて老人は首を縦に振ると孫娘を促すが‥‥司の傍らからは離れず、彼が纏う衣の端を小さな掌にて握り締めれば
「ふぅむ、よくも懐かれてしまったものじゃ。こうなると梃子でも動かんからのぅ。そうなると、牧はお主に任せる他ないが大丈夫か?」
「えぇと‥‥頑張ります」
 溜息を付き、肩を落とす兵衛ではあったがその表情は何処か綻んでもおり暫く考え込んだ後に僧侶が尋ねれば司はそれを受け、先までの表情を変えて普段通りの頼りなさげな面持ちを浮かべては答えるのだった。

「数が増えておるか?」
 そして三人は墓地へ至り‥‥その光景を前、先に司から聞いていた話より蠢く屍の数が多い事に気付いた兵衛はその事実を確認すべく、墓守見習いへ声を掛けるが
「正確に数えた訳ではありませんが、何となく‥‥」
「余り、宜しくない状況の様じゃ。司殿、気を付け‥‥」
 予想通りに返って来た、曖昧な答えを聞きながら僧侶は辺りへ視線を配り‥‥一つの、とある事実に気付いて警告を促すが、それは途中にて司の悲鳴で遮られる。
「がっ!」
「え‥‥?」
「ちっ」
 そして唐突に吹き飛ばされ、地を転がっては土煙を上げるとそれを前に牧は唖然とすれば彼女の傍らに駆け寄ろうとする兵衛ではあったが‥‥それよりも早く、一つの影が場に躍り出れば牧の身を確保すると屍の群れが只中へまで平然と駆け出し、そこへ至ると漸く歩を留めては兵衛へと向き直り暗がりの中、口を開く。
「情に流され弱き所を露呈したままに戦場へ出るとは師と同じく、甘いな」
「遂に姿を‥‥現したかっ!」
 すると紡がれた言葉には裂帛を持って応じると直後、破壊の波動を放つ老いし僧侶だったが‥‥そのすぐ後、速く紡がれ完成した黒き聖光にて相殺されると舌打ちする老人に唯一つだけの影。
「お初にお目に掛かる、貴方の事は以前の師より伺ってはいたが‥‥まさか動かれていたとはな」
「あの杖の存在あればこそ、此処は常に気は払っていた。ならばいずれ、対していたのは必然!」
「流石に出来る、とは言え貴方の孫娘は私の袂にいる事を忘れるな」
 恭しく頭を垂れれば、今までにない表情を浮かべ激しい口調で応じる兵衛はそれを詠唱代わりに、再び破壊の閃光を放つも‥‥今度は影が展開する結界に阻まれれば歯噛みする老人に影は感心し、次いで警告すると
「杖は先日の一件にて上手く隠されているだろう事は容易に予見出来る。だからこそ杖を渡して貰う‥‥本物の杖をな、それとこの少女を交換しよう。因みに今は下手に動かない方が良い、手元が狂って彼女がどうなっても‥‥私は責任を取らん」
「く‥‥」
 静かに呻くだけの老人の姿に満足してか頬を緩ませると静かに抱かかえられている牧の喉元へ何時取り出したか、短刀を当てながら要求を告げれば
「一つ、言っておくが本物を私は見た事がある故にもし偽物を持って来た時は‥‥」
「‥‥分かった」
「それでは、準備が出来たらまた此処へ来い‥‥待っているぞ」
 最後に確かな警告だけすると頷かざるを得ない兵衛は確かに首を縦に振れば、それに満足して影は身を翻し闇の中へ姿を消すのだった。

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 依頼目的:成すべき事を成せ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要なので確実に準備しておく事。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
 (やるべき事に対し、どの様にしてそれを手配等するかプレイングに記述の事)

 対応NPC:久慈司(墓守)、安藤兵衛(老練の僧侶)、安藤牧(僧侶の孫娘)
 日数内訳:目的地まで二日(往復)、依頼実働期間は三日。
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●今回の参加者

 ea6437 エリス・スコットランド(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5301 護堂 万時(48歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5581 東天 旋風(34歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb7343 マーヤ・ウィズ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ec1173 大神 萌黄(33歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ec2502 結城 弾正(40歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

久方 歳三(ea6381)/ タケシ・ダイワ(eb0607

●リプレイ本文

●もう一つの、真実
 京都より僅かだが、離れた所にある然程大きな規模でもない一つの寺にて丁度今‥‥一つの悲鳴が盛大に上がった。
「あいたたーっ!」
 その悲鳴の主は寺を(一応)継いだ久慈司のもので、その悲鳴の原因はと言えば彼とすっかり顔馴染みとなった冒険者が一人の鷹峰瀞藍(eb5379)が包帯で硬く固めてある彼の右肩を叩いたから。
「また随分と、派手にやられたなぁ。ま、それだけの悲鳴を上げる元気があれば一応は大丈夫か‥‥それにしても災難だったな」
「‥‥いいえ、僕よりも」
 その様子に肩を竦めながらも微笑むが次いで表情を真剣な物に変えると、司もまた表情を強張らせては首を振り老練の僧侶が安藤兵衛の方を見やると、毅然な表情こそ浮かべる老人の目の下には誰の目にも明らかなくまが見て取れ、墓守見習いは益々表情を曇らせる。
「腐れ坊主め、人に法を説く者が誘拐とは世も末だ。今まで爺さんの依頼は敢えて刃物を使わなかったが‥‥今度ばかりは、斬る」
「ですが加減は誤らないで下さいね、殺してしまっては元も子もありません」
「それに生きて尚、罪を贖って貰わなければなりませんから」
「‥‥分かっているさ」
 その、場の余り宜しくない雰囲気の中でしかし憤る結城弾正(ec2502)は一連の依頼で初めて携える事となった二刀の小太刀が手入れに励むも、直後に東天旋風(eb5581)とエリス・スコットランド(ea6437)の二人に揃い宥められれば、憮然とした面持ちながらも頷く侍‥‥密かにだが、自身と同じ憤りを覚えていると感じたからこそ。
「‥‥大分応えているでしょうが、わたくしは司さんに自らの意志で立ち上がり牧さんを助けに行って貰いたいのですわ」
 その傍ら、一行の中で長く生きるエルフの魔術師がマーヤ・ウィズ(eb7343)は司の元へ歩み寄ると努めて冷静に彼へ今回、成して欲しい事を告げれば
「これから一人になってもきっと、物事にしっかりと向き合える様な成長の糧となる筈です。だから‥‥」
「言われなくても‥‥こうなってしまった以上は今回の一件、僕だけ傍観している訳には行きません!」
「それならば先ず、治療を施しておかなければなりませんね」
 次いでその理由をも確かに告げると、まなじりを上げて応じる司‥‥その意思を前にして大神萌黄(ec1173)が頷けば、未だ傷が癒えていない司に魔法と薬を用い治療を始めながら彼女。
「司様、それに兵衛様‥‥件の杖ですが奪われても、万が一に壊れても良いでしょうか? 本来だとあの様な杖はこの世にあってはならない物ですが、司様のお父様が唯一遺されたものでもありますし」
「あぁ、構わん」
「‥‥良いのですか?」
 兵衛の方へ視線を走らせては件の杖に付いてその扱いをどうするか、相談すべく尋ねると‥‥いともあっさり首を縦に振る老人の反応に首を傾げた護堂万時(eb5301)は老人が湛えている、密かな笑みに気付くとその真意が気になって再び尋ね掛ける。
「何か、可笑しい事を言ったでしょうか?」
「いや、実はですね‥‥」
 すると次いで、兵衛の代わりに司がその答えへ応じるべく口を開けば‥‥直後、場は何が起きてか一気に騒然となった。

●暗がりの中
 それより一行は状況の確認と準備を整えると万時が念話の魔法を用い、牧との会話に本人である確証を得れば危険な杖を携えて彼女を攫った僧侶に指定された場へ足を向けると佇む死兵達の中心にある一つの墓標を背に、墓地の傍らへ座り込んでいる男が皆の目に映る‥‥歳の程は五十程度の男性。
「随分と待ちくたびれたが」
「それは申し訳ありませんでした」
 その彼が一行を前、鼻を鳴らすと深々と頭を垂れては詫びる万時を見れば、次にその場に介する皆へも同様に視線を巡らせて嘆息を漏らすと
「で、結論は‥‥如何に?」
「渡すさ、こいつをな」
「ですから、牧さんは返して下さい」
 明瞭簡潔に本題を切り出し、一行の対応を尋ねれば黒き僧侶に応じたのは瀞藍‥‥確かに一本の杖を掲げれば、それを暫く見つめる彼へ旋風が静かに呼び掛ければ
「あぁ、応じよう。だが」
「瀞藍さん」
 やがてその杖が過去に見たそれと同じであると判断してか、一行の申し出に頷き応じると万時が見た目艶やかな忍びを促せば彼は単身、黒き僧侶の元へ歩き出すと
「ふん、立場が分かっている様で結構だ」
「その前に一つ、聞かせて貰えませんか?」
「‥‥何だ」
 鼻を鳴らす彼の態度に僧侶はしかし、愉しげな笑みを浮かべるが唐突に割り込んできた萌黄の問い掛けには気分を害されてか、眉根こそ顰めるが歩みの遅い忍びが自身の元へ辿り着くまでの間の暇潰しとしてか、やがて応じると
「司様のお父様は、自分の思い通りに動かなかったから殺したのですか? 師と仰いだのであれば、理解して欲しかったのではないのですか?」
「‥‥何かと思えば。それよりも杖を早く渡して貰いたいのだが」
 それを受け厳かに言葉を紡いだ彼女の問いへしかし黒き僧侶は明確な答えを一切返さず、のんびりと歩を進める瀞藍を促すと静かに嘆息を漏らす彼だったが
「それよりも牧殿は、無事ですか?」
 漸く黒き僧侶が袂へ辿り着けば件の杖を掲げると同時、エリスの問いへ今度は僧侶が嘆息を漏らす番でやがて自身の背後より縄で縛った牧を無造作に引き摺り出せば、その光景を前にして皆は怒りこそ覚えるも‥‥それでも無事だった牧は瞳だけを皆の方へ向けると
「命と引き換えてにしてでも、牧様は守りますからね」
 その視線を受けて萌黄は確かに彼女と約束を交わせば、一度だけ頷く少女へ彼女は笑顔を返すが、遂に苛立ちを露わにして語気を荒げる僧侶。
「早くせねば気が変わる、何をするか分からぬが良いか?」
「あぁ、分かったよ。全く‥‥」
「だけど‥‥悪いな。俺らの勝ちだ」
 最後の勧告を一行へと告げるとそれを前に大仰な溜息を付いては瀞藍が彼の申し出に応じ、杖を差し出そうとするが‥‥直後、不敵に微笑み呟けば瀞藍は黒き僧侶との距離を一気に縮め、触れ合うまでに迫ると高らかに叫ぶ。
「Trick and treat!」
「氷の檻よ。今此処に、その形を成しなさい‥‥!」
 さすればそれを受け、織られた詠唱は万時が紡ぐもので‥‥それを聞き止めて僧侶は次に何が起こるか察し、眼前にいる瀞藍は一先ず気にせず巻物から程無くして放たれるだろう魔法に備えるべく心を固く持つが果たして万時が氷檻の魔法を対象としたのは牧だった。
「‥‥そっちかぁっ!」
「お生憎だったな。ほらよ、万時」
「わわっ、もっと丁寧に‥‥」
 そして一行の狙いを目の当たりに、初めて一行の前で僧侶は激昂するも瀞藍はそれを気にせず軽く一歩飛び退いては身を翻し、陰陽師へ手に持つ禍々しき杖を放ればその行動に対し非難する万時だったが、改めて僧侶へ向き直った忍びはそれを今は流し一言だけ告げた。
「もう、終わりにしようぜ」

 そして始まる戦いの最初は、言うまでもなく瀞藍と黒き僧侶の激突だったが
「‥‥っ!」
「一時でも凌げれば、それで十分」
 先の暇の間、平静を瞬時に取り戻した彼は既に詠唱を完成させていた結界を自身の周囲、瀞藍を取り込まない程度に小さく張り巡らせれば、不可視の壁を前に振るった刃が寸での所で弾かれた忍びが舌打ちする間、惑わずに一行との距離を置くも
「ぬおおぉっ!!!」
「全ての不義に鉄槌を‥‥!」
 その一瞬の間、裂帛を放つ弾正とエリスを先頭に一行は纏まって一筋の閃光が如く戦場の只中を疾駆して僧侶の元へと迫るが、その行く手を阻む肉も朽ちては骨だけとなった罪人‥‥余程この世に未練や恨みがあるか、今までに対した怪骨よりも俊敏に動いては一行と言う名の波を塞き止めるも
「罪を悔いて後に再び、現世へ降り立ちなさいな」
 それは一瞬でしかなく、マーヤが重力波の魔法で薙ぎ払うと万時と共に戦場を駆る皆を援護すれば更に駆ける速度を上げる一団。
「ふん、この程度か‥‥っ!」
 その勢いを前、次々に挫かれる死兵を前に思っていた以上の手応えがない事から弾正は黒き僧侶を嘲り迫るが、血気に逸って突出し過ぎた彼の足首に衝撃が唐突に走れば、今までの加速を殺し切れず前のめりになって盛大に転がる弾正。
「目に見えるものだけが全てではない‥‥良く覚えておけ。そして、死ね」
 次いで彼の背後の土中から二体の死人憑きが現れれば、舌打ちこそするが次に響いた僧侶の嘲りを耳に、直後印を組んでは一瞬で完成される様を見て侍は覚悟を決めるが、その掌から放たれた漆黒の衝撃波が彼に当たる寸前。
「もうこれ以上、誰も傷付く所を見たくはありません! だから‥‥っ!」
 見えない障壁が侍の周囲を覆いすぐに砕け散れば、その術者である司が皆の前で初めて憤りを露わに叫ぶと
「どれだけ罪を重ねたとしても、どれだけ憎愛に塗れても‥‥今はその姿を現世に現してはなりません。ですからただ、安らかに眠って下さい」
「ちっ」
 その間隙を縫い、蠢く屍に怯む事無く萌黄が弾正目掛け錆びた刀を振り下ろさんとする怪骨へ、兵衛の援護を受けながら迫り何とか詠唱を織れば全てを浄化する魔法を解き放つと崩れ去る死兵を前に数的有利をいよいよ危ぶみ、踵を返す僧侶。
「逃がすかよっ!」
「その通りです。これ以上、悪事は重ねさせません。それに‥‥」
「外道抹殺だ」
「駄目ですっ!」
 惑う事無く一行へ背を見せる彼へ叫び、弾正が漸く立ち上がっては追い縋ると次いで黒き僧侶の眼前を旋風が立ちはだかれば何事か告げようとするが自身の正義を貫かんとする侍と、それを静止するエリスの声が凛と場に響けば出来た一瞬の空白を見逃さずに旋風は掲げた剣の腹で、彼の首筋を打ち据えると‥‥マーヤや万時が放っていた魔法を被って尚、良く今まで持たせていた体力は漸くその一撃にて尽き、黒き僧侶はその場で昏倒する。
「‥‥だとよ、助かったな」
「これで、お終いです」
 それを前、弾正が舌打ちこそする中で生真面目な忍びは一連の騒動がこれで終わった事に今は密かに内心でだけ安堵し、まだ他にいる死兵へ向き直るのだった。

 やがて全ての蠢いていた屍を屠った一行は今、厳重に拘束した僧侶と向き合う。
「後一歩だったと言うに‥‥」
 言葉を交わしたかったからこそ、今は猿轡こそ外しているが聖印も取り上げているので彼は魔法を行使する事は出来ず、強がりを言うのが精一杯。
「いいえ、そんな事は決してありませんよ」
「何、だと」
「既に件の杖は滅却されています、司様のお父様の手で」
 だがその強がりすら旋風が否定すれば瞳をすがめる僧侶へ、事の真相を明らかにする萌黄‥‥一行がこの場へ赴く前、兵衛から聞かされた事実を彼へ伝えると唖然とする僧侶へ
「まぁ、当然ですね。話だけでも十分に危険な杖をどうして長年に渡り保管出来ると言うのでしょうか」
「ふっ‥‥はっ、はっはっはっは!」
 万時も頷き、司の父親が件の杖を滅却した理由を想像容易く言うと滑稽な自身を嗤うかの様、盛大な哄笑を上げる黒き僧侶を見て一行は果たして何を思ったか。
「ですがその杖を使ってまでして一体、誰を蘇らせようと言うのです?」
「‥‥話す義理はない」
 しかしそれよりも萌黄は自身、気にしていた事に付いて尚も嗤い続ける彼へ問えば、それを聞いて彼は哄笑をピタリ止めると酷く冷たい瞳で彼女を見つめ、その問い掛けを一蹴する。
「せめて、司様のお父様を手にかけた動機‥‥その時の事だけでも教えて下さい。結論や結果だけでなく、その理由やそれに至った過程も見聞きして私はちゃんと、受け止めたいのです」
「‥‥あの魔性なる杖を持っていたから、ただそれだけだ。あの杖こそ、俺の願いを叶えてくれる一縷の希望だったから奴を越えるべく離反し、修練を積み‥‥」
 だがそれでも、萌黄はどんな理由から湛えられたかその瞳の光を前にしても今まで経てきた自身の生い立ち故に新たな問いを紡げば、果たして口を開いた僧侶。
「杖を手にするべく奴と対した。だがやはり師は強く‥‥それでも唐突に場へ割り込んで来た子供を助けるべくして死んだよ。先までとは裏腹な程、呆気無くな」
「貴方は、それでも‥‥」
 身動ぎせず、吹く風に黒い衣を靡かせながら初めてまともな答えを返せば淡々と司の父と対峙した時の状況を語り、最後には笑みを浮かべた彼を前に萌黄が呻き終えるより早く司が彼の元へ歩み寄れば‥‥墓守見習いは何も言わず、拳を掲げてはやがてそれを振り下ろした。

●想いとは
 結局、最後まで真意に名を明かす事のなかった破戒僧を拘束したまま馬へ乗せ京都へと戻ろうとする一行の中、果たして嘆息を漏らす弾正。
「全く、とんだ依頼だった。まさか依頼人にまで騙されていようとは」
「敵を欺くには先ず味方から、と言うではないか」
「確かに。下手にこの事実を私達が知っていてあの僧侶に杖が既にないものと知られたなら‥‥」
「それにしたって、なぁ?」
 その嘆息を前、老練な僧侶は平然と肩を竦めては彼へ応じると兵衛の考えに賛同してマーヤも頷けば渋面を浮かべる侍は周囲を見回し、自身の賛同者を募るも
「所で司さんはこれから、どうされるのですか?」
「何かを、守れる様になりたいです。だから僕は、此処を‥‥そうすれば何時か」
「そうですか、でしたら是非これからも頑張って下さい」
「何かあれば必ず、駆けつけますからその時は遠慮なく私達を呼んで下さいね」
 それよりも未だ頼りない‥‥とはもう言えないだろうか、司と最後の別れを交わす萌黄は弾正の呼び掛けに気付かず、しかし墓守見習いから返って来た曖昧な答えに頷けば最後には笑顔で告げると旋風も続き握手を交わすと
「それでは、兵衛さんも牧さんも‥‥そして司さんも、今後ご健在でおられます様に祈っておりますわ」
「ありがとう、ございました‥‥」
「ありがとー、皆ー! またねー!!」
 マーヤが笑顔で告げた別れを最後に、一行が踵を返せばその背へ静かに礼を述べ頭を垂れる司とそれよりも大きな声で牧が確かに皆へ叫び手を振れば、複雑な表情を湛える墓守見習いだったが
「やるよ、餞別だ」
 密かに残っていた瀞藍が最後だけは素っ気無くそれだけ告げ、一つの数珠を託せば漸く駆け出すと一行へ追い付いて後、未だ解決していない事を思い出しては頭を掻いた。
「あ、そう言や‥‥」

「‥‥想い、ですか」
「見定めたか?」
 そして一行が寺を離れる中、未だその背中を見送り続ける司が果たして呟くと‥‥それを聞き止めた兵衛は尋ねるも、それを受けて首を左右に振る墓守見習い。
「父の事はやはりまだ、分からない事の方が多いです‥‥でも何時か、その父にも誇る事が出来る様な僕に、なりたいです」
 しかし次にはその表情へ揺るがぬ決意だけを表すと、笑みを浮かべる兵衛だったが‥‥子供故に持つ無邪気さ故にその雰囲気を読めず、牧が彼へ飛びつくと途端に何時もの頼り無さげな表情が現れるが、老人は今こそ晴れ渡る空を見上げるのだった。

 〜終幕〜