●リプレイ本文
●Flame
「我が心に未だ盛る炎、疼くこの傷はやはり彼が死した後に落ち着くのだろうか?」
「‥‥今はそれを考える時ではない。大局を見つめ、我等が主の為に成すべき事をまず成す‥‥自らが事はその次だ」
「分かっている、しかしあの時見つからなかったものを果たして彼が‥‥」
「それを確かめるのが此度の任務。何よりも優先され、どの様な事があってもそれは達成されなければならない」
そして広がる沈黙の中、虚空に見える小さな二つの点を見つけたブルーは笑みを浮かべた。
「どうやら時が来たようだ」
「お前が見せたあの時の狂気、『あの方』は高く評価している‥‥その期待には背くな」
「分かっている。あの場で救われなければ私は今、ここにはいないのだから‥‥『猟犬』達に命令を」
何かを振り切って、傍に佇む侍に命令を下すとブルーは静かに窓べりに立っては屋敷の周囲を見回すのだった。
‥‥それより時間は一日程遡る。
オーウェンの手紙に記された場所へと向かう冒険者達一行にゼスト達三人組は、道中を進みながらも一休みの時には必ず、屋敷内において道を切り開く三人を中心に連携の練習を重ねていた。
「少し動きが遅れているぞ、ゼスト」
ゼストとは初対面ながらも遠慮する事無く淡々と無表情に指摘するのは、仮の敵役を務めるアンドリュー・カールセン(ea5936)。
尤も、その言葉に当人は僅かに表情を曇らせるだけだった。
「そう言えば、キャメロットを出てから‥‥いや、もっと前か。様子がおかしかったな」
最近の彼の様子を気にしていたのか、叶朔夜(ea6769)が呟くとカシム・ヴォルフィード(ea0424)も同じ事を思っていたらしく、ゼストを見ては一つ頷く。
「戸惑っているだけだ、今ある感情に」
長い者では彼との付き合いももう三月にもなり、それが何を指すのか悟ると驚かざるを得なかった。
「悪くはない、この感じ‥‥けれど何に対してこの刃を振るえばいいのか、見えなくなってきた」
背中を向けて呟くゼストの表情は皆から見えないが、しかしそんな彼に構う事無くヲーク・シン(ea5984)が彼目掛けて軽く剣を振るえば慌ててそれを受け止めるゼストと目が合い、一つ笑う。
「真面目に考えていても、それ位体が動くなら大丈夫だ。それに悩むなとは言わないが今まで散々言ってなかったか、オレ達?」
「そうそう、カシムとか叶とか散々言ってたじゃない」
剣は引かず、目線も逸らさずヲークが紡ぐとプリム・リアーナ(ea8202)も意地悪そうな笑みを浮かべて呟いた。
「少なくともその刃は、誰かを傷付ける為に振るわれるべきものではありません。それだけは‥‥覚えておいて下さい、ね」
カシムがゼストに歩み寄っては微笑み、そう諭すといつもの調子にでも戻ったのだろうか、ヲークから身を退いては背を向けて一つ舌打ちをするのだった‥‥が直後、彼の眼前を通り過ぎるホイップと
「人の好意を無にしない! ‥‥たくこれだから、変にひねたのは扱い辛くて」
ヲークから先日貰ったそれを振るうシェリアの言葉に、しかし彼は気にせず一人離れて行くとその背中を静かに見送りながらグロウは呟く。
「まぁ少なからず、あんたらのおかげでいい方向には行っている様だ。感謝するよ」
「その言葉、非常に嬉しくありますがブルーを捕まえるまではまだ気は抜けません」
「兄貴にしちゃ、珍しくまともな事言うな‥‥けど確かに、いい方向に言っているかも知れないけどまだ何をするものか、分かったもんじゃないな」
彼の礼に兄弟のフェザー・フォーリング(ea6900)とレイニー・フォーリング(ea6902)が冷静に状況を鑑みて返事する。
「それでも、きっと見つけてくれる筈だ‥‥ゼストなら。その刃を振るうべき理由をな」
「信じましょう、今は。そして彼の枷になっている鎖を断ち切る手助けを私達はしましょう」
始めは刃を交え、敵対していた彼ら。
ひょんな縁から再会し、今は肩を並べて戦う仲になった彼らは叶とカシムの言葉に誰一人欠ける事無く、力強く頷いた。
そして、様々な者達の想いが錯綜する中‥‥最後の、そして始まりの日はやって来た。
●Moment
「‥‥‥」
黙して語らず、何事があっても機敏に対応出来る様にか軽い装備に身を包んでは屋敷の周囲を警備する兵士達、その数は十には届かない。
彼らは皆一様に青い染料で染めたバンダナを頭に巻き、周囲の警戒を厳しく行っていた。
「‥‥作戦開始だ、始めるぞ」
その光景に事前に行ったレイニーとフェザーの偵察から得た情報を元に綿密に作戦を練っていた五人は慌てる事無く、アンドリューの合図に頷いては動き出すのだった。
兵士達が配る視線は研ぎ澄まされた刃が如く厳しく周囲を見回していたが‥‥しかしそれは直上にまでは向けられていなかったが為、直後に降り注ぐ雷撃の直撃を一人の兵士が受けるとその近くにいた二人の敵は予期せぬ攻撃に、その場を離れては上空を見上げる。
そして捉えたのは漂うシフールの女性‥‥ではなくいつもの様に女装させられているレイニーの姿。
「もう一発、喰らっときなよ!」
詠唱の変わりに叫ぶ彼が一瞬で再び同じ呪文を完成させれば、それに遅れて口笛を吹きその場から飛び退って動き出すも、一人はまばらに生える木々の向こうから飛来する矢に運悪く足を止められては再び放たれた雷撃に焼かれ、また一人はいつの間にか仕掛けられていた雷撃の地雷を踏みつけ、その場へ崩れ落ちる。
やがて聞こえる口笛の音に、厳重に正面を守る兵士達はその数を半分に割いてそれが聞こえて来た方角へと駆けて行く。
「行くぞっ」
「これで終わりにする‥‥待っていろ、ブルー」
警備が僅かに薄くなった事を確認すると彼らの行動は早かった。
ヲークにゼストを先頭に駆け出す主力部隊は、その場に残る二人の見張り達を勢いで切り倒すと、殿を務めるプリムが正面玄関をアイスコフィンで閉鎖してから屋敷内へ駆け込んで行った。
残された屋外で戦う五人と敵の増援数名を加えた兵士達は程無くして戦端を開く。
「ヲーク達、中に入って行った様だぞ」
「取り敢えずは成功だな、しかしこいつら‥‥死ぬ事が怖くないのか?」
上空からまだ雷撃を落としながら、屋敷内に駆け込んで行く別働隊を辛うじて視認し手は呟くレイニーに唯一の前衛を務めるグロウは、振るう刃に一人の敵が首の頚動脈を断ち切るもそれに構う事無く剣を振り抜く様に驚きながら、ゆるりと振り下ろされるそれを簡単に避けては蹴り倒す。
「たく、とんだ気違いな輩がいるものね!」
「全くだ」
魔術師なのに何故か前に立ってはホイップを扱うシェリアに、アンドリューが返事する中で最近貰ったばかりとは思えない鞭捌きを見せる。
「やはり、似合っていますね‥‥過去に何かしていたんでしょうか」
「女ってのはね、色々と秘密があるのよ」
「ま、こいつに関しては余り深く知らない方がいいぞ。後が怖いからな」
そんな彼女の近くでフェザーが雷撃の地雷を展開しつつも、戦闘とは全く関係ない事を尋ねれば意味深に彼女は微笑みまた一人の敵が足を絡め取っては、友人の言葉に聞く耳持たず設置したばかりのそれに叩き込む。
「さって‥‥数も減ったし私達も裏口から中に行きましょう。この調子だと屋敷内の方に人手を集めている様だし」
「少し待ってくれ、準備が必要だ‥‥しかしレイニー、こんな時になんだが本当に男なのか?」
見張り達が皆、倒れ動かない事を確認してからシェリアが提案すれば、緊迫する場の雰囲気を察してアンドリューがそれを和らげようと、疑問に思っていた事を女装するシフールにぶつけた。
「なんだよ、悪いかよ! 色々あるんだよ、色々‥‥」
「ならせめて短髪に‥‥いや、むしろ坊主頭を推奨しよう」
「やらねーよ!」
「ダメだ、そんな事は兄が許さんっ! やるなら私を、アンドリュー様!」
「やらない、ってんだろうが兄貴!」
「‥‥全く可笑しな奴らだな、お前達」
「褒め言葉として受け取っておこう、グロウ‥‥さ、行こうか」
途端、騒がしくなる場にグロウが呆れ呟けば気にせずアンドリューは淡々とした返事と同時、皆を促しては屋敷の裏口へと向かうのだった。
それから内部に潜入したアンドリュー達の撹乱によって少なからず混乱する兵士達に、それを掻き分けては進むヲーク達。
所々で伏せている兵士達を迎撃しフェザー達の偵察から予想された、ブルーが待つと思われる大きな広間へと辿り着いた。
「ようこそ、我が御許へ。来る事を信じていたよ」
「‥‥何が狙いだ、ブルー」
彼らを出迎えるのはブルーとその彼にかしまづく侍と僅かな兵士のみ、広間の奥に佇むブルーが静かに語りかけると、それを気にする事なくゼストの問い掛け。
「あの時、埋める事が出来なかった私の餓えを埋める為‥‥そしてそれ以上に『あの方』が求めるものを君が持っている可能性があったからあのリストを君に渡し、この舞台に呼び出したのだよ‥‥」
「自分の部下を餌にまでして、何をオレに求めるっ!」
「本、だよ。ただ一冊の‥‥君の家に古くから伝わっていた、ね」
「‥‥それだけの為にお前はっ!」
そして紡がれる彼の答えに憤るゼストは今にも飛び掛らんとしたが、それをヲークは手で制してブルーに宣告する。
「まー、あれだ。積もる話もあるだろうが、今はまず大人しく捕まってくれない? 話は後でじっくり聞かせて貰うからさ」
「‥‥私を屈服させる事が出来れば、考えなくもない」
「その言葉、後で後悔するのだな」
パチン
叶の言葉に直後、広間に響き渡る指を一つ鳴らせば緊迫していた場の雰囲気は一気に戦いへと飲み込まれる。
「‥‥‥」
「荒れ狂えよ、風‥‥全てを薙ぎ払う疾風の爪を我に、ストーム!」
静かに駆ける侍と兵士へストームを放つカシムに、敵は散開してそれを避けるもその隙間を縫ってブルーに詰め寄るヲーク達だったが
「って、こいつ‥‥出来る」
しかし駆ける二人の動きに素早く反応しては振るう侍の一撃を剣で受け、ヲークは舌打ちをすると渋々ながらも相手を務める事にする。
「く、ゼスト。一人で無理はするな」
「あの時から始まったこの因縁、断ち切らせて貰う!」
「出来ればいいがな」
全体の動きを読み取って、ブルーの懐に飛び込むより二人のウィザードを守る事を選んだ叶が警告するがゼストは一人、ブルーと対峙して叫ぶと彼もそれに応え両手に短剣を掴んでは振るわれる一刃を受ける。
そして始まる刃の舞に、だがゼストが優勢の事を運んでいたのはその場にいる誰しもが確信する。
「見込み違いか‥‥次の手を打つ必要があるな」
「お前は‥‥一体」
その一方で同じく刃を激しくぶつけ合うヲークに侍、その言葉に尋ねるも返ってくるのは更なる速さを持った刀の一振り。
こちらは微妙にヲークが押されていた、剣の腕前だけは同等だったがその俊敏な体捌きに彼は翻弄され、薄皮を少しずつ削がれていく。
ガキーーィン
だがそれでもと再び打ち鳴らされるヲークと侍の剣戟と同時、広間に広がる幾つもの鈍い音。
ブルーの手には何もなくゼストの手には変わらず残る大振りなナイフ、そして暫くの間を置いて‥‥ゼストはそれをブルーの頭上へ振り翳す。
「死は全てを喪失させる‥‥我が餓えが埋められないのであればそれもまた」
「その刃は誰かを傷付けるためではなく、大事なものを守る為に振るう刃ではないのかっ!」
ブルーの呟きに兵士の動きをやっと止めた叶がそれを止めようと駆けて珍しく叫ぶも、彼の刃は‥‥。
何処からか微かに聞こえた、何かが砕ける音を最後に先程まで断続的に響いていた金属音が鳴り止むのを聞いて
「任務完了、か‥‥」
アンドリューは静かに、戦いが終わった事を悟った。
●End of blade
「とりあえず、過去に起きた事件については犯人が捕まって解決ですね」
「あぁ、だけどこれからが始まりなんだろうな。色々な意味で」
翌日、ブルーを無事に捕縛した一行はその身柄を氷の棺に封じたまま駆けつけたオーウェンとその部下達に引き渡し、安堵の言葉を漏らした。
ゼストが振るう刃は、動く事も忘れ立ち尽くすブルーの眼前で引き止められた。
「何で‥‥お前達の言葉はこんなにもオレの胸に重く響く」
うな垂れ、その場で同様に動きを止める彼に
「形はどうあれ、任務は達成された。しかしブルー、お前は」
「悪いが、それはさせぬ」
侍は長い髪を翻し、標的をヲークからブルーに切り替えて駆けるがその動きを事前に読んでいた叶がその眼前に立ちはだかり、その動きを僅か止めると
「この氷夢の魔女、プリム様の考えに逆らおうだなんて百万年早いのよ!」
プリムのアイスコフィンによって保護されるブルーを見ては、判断早くまたも切り返すと窓に向けて走り
「‥‥我は意思を繋ぐ者、お前の意思が『あの方』に繋がる事で我らの目的が成就される事に近付くならブルー、お前が生き残るは些細な事になる。だから‥‥精々足掻くのだな」
逃げる直前に紡がれたあの男の言葉と僅かに劣っていた自らの実力に苛立ちを隠せず、ヲークは拳を強く固めるもそれにカシムはそっとその肩を叩いては、まだ何かを引き摺っている戦士に声をかけた。
「後の事はオーウェンさんに任せましょう‥‥それで、ゼストさんはこれからどうするんですか?」
初めて出会った時から今迄、心配していた彼が尋ねるとゼストはその視線を氷の棺に注いだまま逡巡し
「さぁな‥‥だが、今はセアトの顔が見たいかも‥‥な」
「それがいい。では帰ろう、キャメロットに」
その表情だけは誰にも見せず、だがその言葉に皆は微笑むとそんな彼に叶は賛同して促した時だった。
「ゼスト、私に力を貸して欲しい。ノッテンガムに真なる平穏を導く為に」
一行の前に来てはゼストに語りかけるオーウェンに、彼は
「今は何が正しいのか分からない、だから‥‥」
「分かった、今はそれでいい。私の言葉を覚えておいて貰えるならな」
古き知人の言葉に惑いながらも今は精一杯の答えを返すと、彼は踵を返して自らの馬車に乗り込み一行に礼を告げて、その場を後にした。
「じゃ、帰ろっか?」
領主が乗る馬車がノッテンガムの方向へ去って行くのを見えなくなるまで見送ってから、改めてそう呼び掛けるプリムに一行は街道を歩き出した。
始まりの道を。
〜Fin〜