【人の想い】ダイジナモノ.3

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 2 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月27日〜05月03日

リプレイ公開日:2005年05月08日

●オープニング

●動き出した者達
 何者からの手紙で呼び出されたイアンは手紙の主の思惑通り、村へ到着していた。
「‥‥もう此処へ来るな、と言った筈じゃが何故にまた来た」
「この手紙が届いて、気になって」
 唯一彼を出迎えた村長は一人、冷たく言い放つとイアンの差し出す手紙に目を通し鼻息荒く背を向けた。
「世迷言を‥‥ズゥンビ共にこの村が襲われている? 見れば分かるじゃろう、いつもと変わらぬ日々を過ごしておるよ。この様な手紙まで準備して何が目的じゃ」
「嘘も何も、実際に誰かからこの手紙が届いて‥‥ただ目的は以前言った事と変わりません。母さんが住んでいたこの村を、母さんが辿った歴史を見たいだけです」
 イアンの言葉と真っ直ぐな瞳に、だが村長は揺るがず背を向けたまま。
 その時、老人の耳に幾人かの足音が聞こえて来ると僅かに下げていた視線を上げる。
「ハーフエルフは出て行け!」
「この村に混乱と破壊を齎した者めっ!」
 イアンの来訪を誰からか聞いて駆けつける一部の住民達は口々にそう叫ぶと、石の礫を彼目掛けて放る。
(「耐えろ、過去の過ちを繰り返せない以上‥‥わしはお前の在り方を見届けねばならぬ」)
 その最中、彼は母親から聞いた話がこの村の歴史である事を確信すると同時、僅かに芽生えた負の感情に戸惑いながらそれを押さえ、その場に佇んでいた時だった。
「ひでぇな、人間って奴はよ。なぁ‥‥あんたもそう思わないかい?」
「俺等も人間なんだけどな、兄貴」
「‥‥」
 何処からか響いてきた声に、場に居合わせた皆の動きが止まると近くの木ががさりと揺れ一つの影が飛び出せば、イアンが弓を構えそれを射るより僅か早く影が村長の体を拘束する。
「武器は下ろしな、でお前。俺等の命令に従って貰う、別に言う事聞かなくてもいいが、その時は‥‥」
「出て来い」
 その影と思われた漆黒の鎧と先程揺れた木から現れる同じ格好の鎧を身に纏った二人組の男達が現れ言う命令と決意に、数は少ないながらも周囲に出てきたズゥンビ達を見て彼は番えていた矢を持つ手を止める。
「‥‥何の用ですか? 私に用があるのなら、村の人達は関係ないでしょう。離して下さい」
「お前がこっち側に付くまで、そう言う訳には行かないんでな‥‥答えはノーだ」
 それでも毅然とした態度でイアンは村長を拘束する男を睨み付けるも、彼はそれに怯まず強気な態度を変えないその様子にイアンは止むを得ず、弓を背後に投げると
「何が望みですか」
「お前だよ、さっきも言っただろう。後は‥‥そうだな、これから来るだろう冒険者共と一つ殺しあって欲しい。なぁに、お前が死にそうになったら俺等が助けてやるからよ」
「それに何の意味が‥‥」
「答える義理はない、ただこのまま連れて行っても役に立ちゃしねぇだろうからな。儀式みたいなもんさ」
 男がピシャリと言い放つと歯噛みするイアンに笑みを浮かべ見下し、一部の住民とイアンに村長を連れて二人の男は逃げ惑う住民達には目もくれず、村の中を堂々と歩き出した。
「あんた、知ってるだろ? あの教会にあるものをさ。それを出してくれよ」
「‥‥‥‥そんなものは知らん」
「へっ、けどその様子じゃあいつにも言ってないか。過去の過ちを繰り返さない為に‥‥偉いですな、村長様は。ま、そのおかげでこちらは“扉”を開く事が出来るあいつを取り込む手間が省けそうで感謝はしとくぜ‥‥けど、悪いがあんたに色々やられると困るから、寝てなっ」
 その最中で村長の耳にだけ聞こえる様、呟く男だったが返って来た答えに溜息を漏らすと拳で彼を昏倒させ、その歩を進めるのだった。
 教会目指して。

●見守る者
「‥‥一足遅かったか、それどころかこちらの動きもばれている」
 その村より僅かに離れた木立の中で呟いたのはレイ・ヴォルクス。
 ノッテンガム領主の命を受け、この村を訪ねようとした矢先に起こった出来事を冷静に捉えこれからの動きを考えていた。
「一人ではいささか危険だな‥‥あの手の者が二人ともなれば。だが話の通りであればすぐに動く事はない、か。ならば釈然としないがもう少々情報を集めた上で奴らのメッセンジャーになるとするか」
 そして決断すると彼は森の中を再び駆け出した。

――――――――――――――――――――
 ミッション: 不審人物により占拠された村を救え!

 成功条件:村の解放、(人的、物的)被害は極力少なく抑える事。
 失敗条件:村の解放が達成出来なかった時。
 必須道具類:保存食は忘れずに。
(ちなみに初回の熊の肉のストックはありません、忘れれば致命的になる恐れがあります)

 その他:街道から少し離れたその村は森に覆われており、その入り口は一箇所だが周囲は大人の腰位まである高さの柵で囲われているものの飛び越える事は容易。
 村の入り口から中央の広場を通った、北側の一番奥まった場所に教会があります。
 レイの話に寄れば、その教会近辺の小屋に一部住民と村長を人質に二人の怪しい男とイアンがいると言う話です。
 もしかすればイアンさんと戦う事になるかも知れない、とレイさんが言っておりました。
 ちなみに教会脇に小屋で捕らえられている住民以外の人達は、その数こそまだ少ないものの村内部を無作為に闊歩するズゥンビ達を恐れ、家から出るに出られない様子。
 状況の悪化こそすれ好転は見込まれない為、迅速に行動を起こす必要がある。
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea1716 トリア・サテッレウス(28歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5541 アルヴィン・アトウッド(56歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

サリトリア・エリシオン(ea0479)/ 和紗 彼方(ea3892)/ アルカーシャ・ファラン(ea9337)/ レイモンド・アトウッド(ea9887

●リプレイ本文

●Piercing Destroy
「知人の話から、ノッテンガムの騎士達の死体を何者かが操っては進軍していたと言う話を聞いた。それを追ってレイ殿はこの村へ? それに村を占拠している連中に心当たりがお有りなのか?」
 イアンの母親が生まれた、村へと至る道を急ぎ駆ける一行の中で今回の依頼を持ち込んで来たレイ・ヴォルクスへ知人から仕入れた話等について尋ねる僧侶のガイエル・サンドゥーラ(ea8088)に対して彼は
「まぁ、そうだな‥‥村を占拠している者達についてはまだ調査中で詳しい話は暫く出来んが‥‥尤も私は、あの村には別の用事があって伺おうとしていた」
「あの村について、何か知っているんですか? それに村を襲撃した人達の目的とか‥‥」
 隠す事無く、だがまだ自身の中でも纏まらない情報を濁して伝えるレイに逢莉笛鈴那(ea6065)も問い質すと彼は、皮の帽子を目深に被り直し呟いた。
「あの村には一冊の本がある。何が記されていて、いつからあるのかは知らん。だがそれを集めては何事か企てている奴らがいて、先んじて奴らより本を回収しようとしたんだが。オレが知っているのは精々それだけだ、村の歴史については良く分からん」
 その答えに逢莉笛が呻けば、ガイエルはふとある事を思い出した。
「本、か。以前ルルイエ殿がある遺跡から回収した黒い本と同じ物なのだろうか」
 だがそれにレイは反応する事無く途端に音が止めば一行に再び沈黙が舞い降り、まだもう暫くだけ皆は疾駆するのだった。
「ルルイエ、か」

 途中で一行より分かれ、森に潜み村へ進む叶朔夜(ea6769)とリィ・フェイラン(ea9093)、隠密行動に長けた二人はレイの話から人質が捕らえられていると言う教会近くの小屋目指す道すがら、辛うじて見えた村内の様子に
「レイの話よりもズゥンビの数が増えている、か?」
「あぁ、残念ながらまだ新しい死体もある。この村を占拠した輩にやられた者もいるかも知れない」
 その目に映った状況に紡いだ言葉と同時、やり切れない表情を浮かべるリィ。
「急ごう、これ以上の被害を出さない為にも」
 叶の言葉に彼女は頷くと、二人は己の存在を殺して再び森の中を歩み始めた。

 密かに森を進む二人とは逆に、堂々と村の入口にその姿を現す残りの七人は村内にいるズゥンビ達と対峙していた。
「退いて貰います!」
 家屋を破壊し生きている人達を引きずり出そうと生ける屍達だったが、彼らに気付いて群がるも眼前に盾を構えそれを押し退ける、今は厳しい表情を浮かべた皆の盾となるトリア・サテッレウス(ea1716)の前に蟠れば
「‥‥済まん」
 己が拳だけで突き進むレイと共に葉隠紫辰(ea2438)は日本刀を振るい、魂なき器の操り糸を断ち切って静かに詫びる。
 たかがズゥンビではあったが、それでもその数は多かった。
「おいで、大ガマさん!」
 しかしそれを打破しようと逢莉笛が大ガマを呼べば
「止まりなさい」
「速き飛べ、風刃」
 それに蹴散らされて舞うズゥンビ達に、アリッサ・クーパー(ea5810)とアルヴィン・アトウッド(ea5541)は瞬時に印を組めば、一体のズゥンビを拘束しては即座に吹き荒れる風の刃で切り飛ばすも
「これでは、もう暫くの間先へ進めそうにはないな」
 ガイエルは闇の領域で数匹のズゥンビを捕らえ、だが残る群れに辟易としながら呟く。
「でもまだ家の中に残っている人達が‥‥」
「行けっ、ここは俺が受け持つ」
 先を急ごうとする皆の中で村人達を心配し、逡巡するくのいちにレイは微笑を浮かべ言うと、皆は教会を目指して駆け始めた。

●Dark or Light
 ‥‥僅かな刻の後、教会へと急ぐ一行は待つ事に痺れを切らしたのか漆黒の鎧を身に纏った一人の男と拘束されている村長、そしてイアンと邂逅した。
「その様な方々の甘言に惑わされてはいけません。今は理解されてないとしても御自分の生き方を天に向けて仰られる事が大切と思います」
 アリッサの言葉に惑いを浮かべるイアンだったが、それを遮る漆黒の鎧を着た男。
「はいはい、ご高説ご苦労さん。でもこっちには爺さんがいる事を忘れない様に、って事でさ殺し合ってくれない? 従わなければ‥‥」
 そして村長の首元に短剣を掲げれば、空いた片手で指を弾き周囲にまた数匹のズゥンビを呼んで
「始めなっ!」
 男の声に様々な想いを暴発させてか、イアンはその髪を逆立たせると腰に指す短剣を抜き放ち飛び掛って来た!
「要求を聞いて、本当にそ奴が約束を守ると思うか? 母上殿の想いをお忘れか? 真に戦うべき相手を‥‥見誤れるな」
 彼の間合に入るギリギリのタイミングでガイエルは聖なる結界を張り巡らし説き伏せようとするも、答えの代わりに彼はその結界を次の一撃で破壊する。
「何の為にイアンさんはここまで来たんですか! 貴方はここで何をしていましたか! 今までして来た事を自身の手で崩すと言うのですかっ!」
「しっかりして、私も一緒に守りたい‥‥この村を。だからっ!」
「目を、覚ませ」
 狂化したイアンの目前に立ち尽くすガイエルを庇う、闘気を漲らせた騎士が見舞われる連撃をその身で受ければ、挟む形で二人の忍が飛び掛かるとイアンは己が頭を抱え鈍った動きで後退する。
「俺達はお前が守ると言った村を解放しに来た、手加減するつもりは無い。誰かがじゃない、母親がでもない、お前が今正しいと思う行動をしろ。迷う事無く‥‥お前の決意を見せてみろ!」
 後方より魔法を放ち、ズゥンビ達を牽制するアルヴィンは皆の言葉に揺らぐイアンへ自らの意思を明示すると
「う‥‥あぁあぁぁあっ!」
 そして絶叫する彼を見つつ、視界の片隅に先程から捉えている漆黒の鎧との距離を調整し終え、一つの巻物を紐解けばその効果を発動させた。
「神よ‥‥我らに力をお与え下さい」
 そしてトリアの祈りとガイエルの詠唱が同時に響き渡った。

 その頃、教会前での戦闘は静かに始まっていた。
 リィと目線で合図を交わせば叶はただ一人で居残る漆黒の鎧目掛け音もなく駆け寄って、男がこちらに振り返るより早く己が間合に飛び込むと首筋狙って得物を振るうが
「僅かに甘いな」
 その背後からの攻撃を微かな足音で察し、男は前に屈んで回避すれば叶の間合から飛び退ったが、叶は静かに微笑んだ。
「人の心は確かに弱い。傷つけられる事を恐れる余り、逆に相手を傷つける。でも、例え世界中が敵になろうと、ただ一人でも自分を信じてくれる者がいる限り‥‥決して闇に落ちない。私も、勿論イアンもだ。お前達の思惑通りにはならない!」
 それを見越して樹上よりリィ、着地点目掛け二本の矢を立て続けに放っては激昂するも
「‥‥はっ」
 漆黒の男も笑えば、中空で身を捻りマントを舞わせると着地と同時に飛来する矢を叩き落とす。
「その力に意思、確かに。さて‥‥どうしたものか」
 一瞬の攻防の後、ゆらりと男が立ち上がり二人を見据えた後に小屋に目線を移せば再び身構える冒険者達を傍目に暫し逡巡するも
「来ないのであれば、こちらから参る‥‥」
 構える刃の切っ先を僅かに上げて叶、再び間合を詰めようと身を屈ませハーフエルフの射手も矢を番えれば‥‥今度こそ、刃と刃がぶつかり合った。

「人の皮を被った外道‥‥楽に殺して貰えるとは、思わない事です」
「何者かは知らぬが、誇りも信念も無き凶刃に尽くす礼はない‥‥疾く、逝ね」
「ちっ!」
 視界を塞ぐ様にトリアが男に迫れば、その背後から現れる葉隠の鋭き一刃は僅かにその身に傷をつけた。
 あれからアルヴィンのクエイクに僅か足を捕られた男は直後に迫る冒険者達に村長を投げつけ、その場だけは回避するも形勢は逆転‥‥だが、それでも一行の攻撃は中々に当たらない。
(「どうにも解せません、本気では‥‥ない?」)
 ガイエルのスクロールで眠りに着くイアンを介抱するアリッサがその光景に考える中、やがてレイも駆けつけるとその状況に漆黒の鎧は冷静に思考を巡らせ
「愉しみが伸びた、って考えるべきか。出来れば欲しかったが‥‥総意ではない以上」
「逃がしはしませんっ!」
 判断早く男が飛び退ると追い縋るトリア達だったが
「奴らが出て行けば今はそれでいい‥‥また合い見える機会はあるだろう。それよりもまず、村人の様子を。我々より疲弊している筈だ」
「‥‥そう、ですね」
 そのの気持ちを汲んで尚皆を制するレイにトリアも冷静になるが、しかし後退する漆黒の鎧の姿を追いつつ、歯噛みしながら立ち尽くすのであった。

「考えが変わった、今はまだお前らに預けておこう」
 微かに聞こえた口笛を耳に捉え、掲げた剣を鞘に収めれば人質を気にする事無くその男は踵を返す。
「何が狙いか」
「さぁな‥‥だが最低限の任は達した、今はそれで十分だ」
 肩で息をするリィが問いにそれとも何か考えがあってか、そう静かに呟いては教会を睨みつけると森の中へ足早に消え‥‥二人は、今更の様に纏わりつく重圧を感じその場に腰を下ろすと、ただ静かに見送るのだった。
「どうせすぐ使えん事は目に見えている。が、ここまでやれば確実に託す事になるだろう‥‥まずは封を開けて貰わないとな」

●Truth
 村から悪漢を追い出す事に成功した一行、休憩を挟みつつ教会の前で今は村長と見えていた。
「イアン様を危険から遠ざけようと、冷たく当たられているかと思いますが彼を信じてみては如何でしょうか?」
 事の次第を、何故この様な事が起きたのかを冷たい口調ではあったがその芯は柔らかく尋ねるアリッサに
「イアン殿の母上の願いを村長殿、貴方も持っているのだろう? ならば道は同じ。この様に歪んだ想いを悲しまれるのではないか? 託されし物が重ければ尚の事、共に歩む事は出来ぬか?」
 白き僧侶も続けば最早隠す術がない村長は厳かに、今まで堅く閉ざしていた口を開き始めた。
「‥‥この教会には、イアンの母親が遺した一冊の本がある。彼女はこの本とイアンの行末を託しこの村を後にした。詳しい話は聞いていないが、この本は隠された何かを秘めているらしい‥‥」
「何か、って?」
「分からぬ、だがイアンならこれを開く事が出来ると彼女は言っていた。それ故に託す日が来たのなら持つに相応しいか見極めて欲しいとも彼女は残して‥‥だからわしは」
 一息入れて老人は皆を見回した後に再び言葉を紡いだ。
「わしは彼女から託された想いを受けて、丁度あの時に起こった事件の真実を捏造して村の歴史へ残す事にしたんじゃ、何処へ報告する事無く。彼女と教会の存在価値をこの村の中でだけ貶め誰もそこに近付けない為に」
「そこまでして‥‥その本とは一体」
 紡がれる事のなかった真実にリィが誰にともなく呟くも、村長は最後に
「それが彼女の意思じゃった。一人真実を抱える事になるわしの事を案じながら‥‥自分とて辛かったろうに、優しい方じゃった」
 そして場は沈黙するが
「つかぬ事を尋ねるが、村長はイアンの‥‥」
「違うわ、わしは知らんが父親は別におる。それこそ今も生きているのか分からんがな」
 露骨なまでにイアンに対して頑なな態度を取っていた村長に、皆が気になっていただろう事を問う魔術師に苦笑を浮かべ否定するとイアンを見やる。
「闇が心に根付こうとも、それもまた、己自身。種族が異なろうと、ヒトの心の有り様は皆同じなのだ。母上の生まれたこの村を、厭われようとも守らんとする貴殿の心の尊さを、俺は今も信じている。真実を知ることは、時に痛みと苦痛を伴う事もあるだろう‥‥願わくば、貴殿の願いを叶える為の力になりたいのだ」
「えぇ、私は貴方様の今までの生き方を誇って良いものと思っています」
 葉隠の申し出と同時、村長の許可を得て教会を掃除しようとその内部に入っていたアリッサが扉の隙間から顔を出して業務的な笑顔を浮かべるとイアンは葉隠と握手を交わした後に二人へ
「ありがとう」
「‥‥‥それで誠に申し訳ないのですが、掃除のお手伝いをして頂けないでしょうか? どうにも一人ではやりようがなくて」
 笑顔と礼を返せば彼女は戸惑ってか少しの間を置いて皆に、その重々しい扉を全開に中の荒れ果てた様子を見せ付ければ一行は困るも、まず真っ先にイアンが教会へ進めば手伝わない訳には行かなかった。
「最早、イアンに託す他あるまい。悩んでいるだけの猶予はもう‥‥ない様だしの」
「持ち主がいるのなら、ひとまず私も戻る事にしよう。それと村長、暫しの間この村にノッテンガムの騎士団を駐屯させる。恐らくもう奴らが来る事はないだろうが念の為、な」
 そんなイアンに一行の様子を目に留めて村長は決意すると、今まで静観していたレイの申し出に頷いた後、彼もまた教会へと入って行くのだった。
 数十年の刻を経て、親から子に託されるべき物を渡す為に。
「‥‥ブラボーだ」

●Next Step
 それから数日後、イアン・ヴェルスターは辿り辿れば自身の母親から託された事になる、まだ開かない一冊の本を携えて再び旅に出る。
「‥‥さぁ、これから何処に行こうかな」
 そう口にしつつも、村長が僅かに聞いていた話から母親の足跡を辿ろうと今日も暖かく降り注ぐ陽光の下、旅を続けるのであった‥‥一行から託された『ダイジナモノ』を道標に。

「任務ご苦労だった‥‥報告は以上か」
「あぁ、今はまだ問題にはならないだろう。力が意思に追い付いていない。だがいづれ‥‥それと“扉”は“鍵”に託された」
「手筈通りか‥‥だが余り急くなと肝に銘じておけ」
「‥‥あいよ」
「面白そうでいいねぇ。次の任務、あたいが行こうか?」
「任せる、私は別にやる事がある‥‥しかし『紅』よ、『あ奴』は後々厄介になるかも知れんが今はまだ、余り派手にやり過ぎるなよ」
「分かってる、『黒』の様にヘマは踏まないさ」
「‥‥俺等は『あれ』の封印をまた探してくる、『紅』の姐さんに負けたくないからな」
「解散だ。まだ先は長い、各々自重して行動せよ」
 蒼い鎧を纏いし者が場を取り仕切る中、皆の話を纏め最後に釘を刺して解散を告げれば闇の中に佇む三人はその姿を消すのだった、次なる一手の為に。