【レギオン】臨む者達

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 64 C

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:10月21日〜11月05日

リプレイ公開日:2005年10月28日

●オープニング

●ノッテンガム城にて
「レギオンの状況はどうだ」
 定期的にノッテンガム城にて開かれる会議、今日も決まって出だしは同じ。
 だがそんな事は気にせず、オーウェン・シュドゥルクの問い掛けにシャーウッドの森を駆け回るゼスト。
「‥‥最近は比較的静かだったが、また動き出した様だ。此処暫く、残っている一つの封印に群がっては小競り合いが続いている」
「そうか、では封印については?」
 その答えに淡々とした調子で返し、頷くとそれに深く関わる次なる問いへは
「早々に施したい所だが‥‥なんせ古い知識だ、恐らくは次の一戦を終えないと」
 その片腕と言っても過言ではない、レイ・ヴォルクスが端的に答える。
「そうなると、近々襲撃があると考えて間違いないか。冒険者達にも召集を」
「そう、だな」
 その答えに領主の判断は正しく、レイは革の帽子を深く被り直してから領主の言葉に歯切れ悪く同意すると、僅かな間を置いて再びオーウェンが次の議題を挙げた。
「そう言えばイアン・ヴェルスターの足取りはどうなっている」
「別件でノッテンガム内を独自に動いていた円卓の騎士が偶然、保護したそうです。今、彼はその円卓の騎士の元にいますので一冊の魔本は当分、安全だと思います」
 変わる話題に動じず、ノッテンガムの騎士を統べる団長のヴリッツ・シュベルツァがてきぱきとした口調で領主へと報告する。
「一冊はルルイエ嬢、もう一冊はイアン、そしてもう一冊が‥‥ナシュトが握り、残るは二冊」
 それにレイが魔本に付いて、所持する者を述べれば次には難しい表情を浮かべる領主。
「流石にそれを捜索させる部隊は今、編成する余裕なく仮に動かせる部隊があったとしても、時間がない以上‥‥」
「少なくとも二冊はこちらの手にある、それさえ守る事が出来れば最悪は封印が壊されても」
 シャーウッドの森に二重の封印で眠る『狂気』を解放させない様、魔本についても注意を払わねばならなかったが状況はそれを許さず、領主が歯を食い縛ればゼストが普段と変わらぬ、落ち着いた声音で諭すも
「いや、封印は何としても守り通してくれ。それが崩れればもう‥‥歯止めが利かなくなりそうな、そんな予感がする」
 オーウェンは彼の言葉に首を横に振り、次いで部屋に集まる者全てへ視線を投げると
「‥‥解散だ、各自死力を尽くしてくれ」
 それだけ告げ、場にいる一同は各々立ち上がってはそれぞれが出来る事をすべく動き出す。
「戦わねばならない、か‥‥ナシュト。まだ『彼女』を忘れる事が出来ないのだろうな」
 その中でレイは一人、椅子に深く腰を掛けたままで何事か呟くも
「人の事は言えんな、だがそれでも‥‥お前が進む道は間違っている。なら俺はそれを必ず止めてみせる、『彼女』の為にもな」
 だが自身が成すべき事を改めて見出せば、皮のコートを羽織って領主へ手だけ掲げて別れを告げるのだった。

●暗闇にて
「‥‥レギオンはあのままではただ破壊だけの存在、人の再生より早く破壊だけを成そうとするもの‥‥それを導き、人を絶望の淵に落とした上で更なる昇華を望むのが我ら」
 佇むのは『蒼』のナシュトと『黒』のツァール、苛立たしげにツァールが体を揺するその中でも平然と、ナシュトが遂げるべき目的を告げれば次いで踵を返し
「‥‥失敗は許されぬ。兄に代わってこの志、成し遂げよ」
「分かっているっ!」
 残された弟を見て、それだけ言えばツァールは激昂し足音うるさく響かせては扉を勢いよく開け放つと、その場を後にする。
「獅子身中の虫が‥‥まぁ、いい」
 その様子にナシュトは吐き捨て言うと、手元に置いていた槍を握っては一言だけ静かに、呟いた。
「もう少しだ、もう少しだけ待っていてくれ。貴女の願いはきっと我が‥‥叶える」

●それから、シャーウッドの森にて
「揃いも揃って貴様ら‥‥俺の邪魔をするなぁっ!」
 『黒』の部隊と戦闘を繰り広げていた、シャーウッドの森を巡回する騎士達だったが‥‥いつの間にかその場にはただ一人だけの騎士しか残っていなかった。
「ヒトと言う生き物は、自分が助かる為なら簡単に他の奴を裏切る。他の奴が死んでも自分が助かるなら構いやしねぇ‥‥まぁお前らみたいな甘ちゃんにはそんな経験、無いだろうがな」
 ツァールが掲げた剣はやがて、その騎士を樹に縫い止めると辺りを見回しては淡々と語り掛ける。
「‥‥知っているか、寒さに厳しい地域では食い扶持を減らす為に親が我が子を平気で殺す事を」
 その調子は続いたまま、ツァールは彼へ顔を近付け囁くと
「知っているか。慣れ親しみ育った村へ助けの慟哭を上げても尚、拒絶された時の気持ちを‥‥っ!」
 過去の経験なのか、遂には激昂して叫べば苛立たしさを露わにその表情を歪め騎士を縫い止める剣の柄を蹴り飛ばす。
「おっ、お前達だって徒党を組んで‥‥」
「違うな、鼻から奴らを利用してやる腹積もりさ。こんなくだらねぇちっぽけな世界を壊す為に、それと俺が信じているのは‥‥兄貴だけだった。だからっ!」
 だがその痛みに負けず、彼は口を開くもそれは途中でツァールの更なる叫びに打ち消される。
「‥‥奴らに伝えろ、レギオンがどう動くかは分からねぇが‥‥今度こそ俺が貴様らを倒すと。封印はその後だ、このままじゃ俺の気がすまねぇ」
 暫くの沈黙が続くと、ようやく落ち着いたのか一つだけ息を吐いた後にそれだけを彼に告げ、ツァールは森に広がる闇の中へ姿を消すのだった。

 様々な者達の思惑が、意思が重なり渦巻き合う中‥‥決戦は目前。

――――――――――――――――――――
 ミッション:『暗部』の一角を打ち崩せ!

 成功条件:『黒』の捕縛、ないしは打ち倒す事。
 失敗条件:『黒』の捕縛等の失敗か、封印が破壊された時のいずれか。
 必須道具類:依頼期間中の食事は依頼人が提供しますので、保存食の準備は不要です。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 その他:次の一戦で、一先ずの決着が決しようとしているノッテンガム。
 ノッテンガムの未来を賭け、意思強く戦う騎士団に対するは過去からの妄執を成し遂げようとする『暗部』。
 そして長き封印より目覚める為、僅かな沈黙から再び動き出し封印を壊そうとするレギオン。
 『暗部』が何故、過去よりの妄執を引き継ぎ今に至るのかと言う理由は未だ定かではありませんが、『黒』の一人が抱く想いは復讐からその目的に賛同している様です。
 その詳細は分かりませんがそれでも私達は、戦わなければなりません。
 皆さんの活躍によって、誰かが、出来るだけ沢山の人が救われます様に‥‥今はそれだけを祈っています。
 以上、宜しくお願い致します。

 それと最後に。
 状況故に馬車の手配が依頼人よりされています、その為に以前より移動日数を除いた実働依頼期間が長くなりますので、消耗品の準備はくれぐれも忘れずに。

 傾向:シリアス、戦闘中心、状況によっては死者が出る可能性も
 NPC:レイ(但し序盤のみ。情報交換等の後、独自に行動)
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1180 クラリッサ・シュフィール(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2269 ノース・ウィル(32歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4460 ロア・パープルストーム(29歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

アルシャ・ルル(ea1812)/ 御神村 天舞(ea3763)/ アクテ・シュラウヴェル(ea4137)/ ラピス・リーフセルフィー(ea6428)/ 逢莉笛 舞(ea6780)/ 滋藤 御門(eb0050

●リプレイ本文

●Last Word(最後の言葉)
 長い依頼に備えて友人達と雑多にある様々な準備を共にこなし、それらを全て終わらせた一行は決着をつける為に一路ノッテンガムを目指し、馬車へと乗り込んだ。
「‥‥勝利を。そして、幸せな未来を」
 その折、誰かが紡いだ言葉は旅立とうとする一行へ響く。
 悲壮はなく、達観もなく、だが希望が見えている訳でも決してなく‥‥だからこそ祈る様に。
「ズゥンビが怖いですけど、頑張って来ますねぇ〜」
 そして見送る友人達の激励を受け、自慢の銀髪を舞う風に靡かせてクラリッサ・シュフィール(ea1180)が一行を代表し、相変わらずなマイペースさを発揮して応えれば皆が微苦笑を浮かべる中で遂に馬車は動き出した‥‥闇が渦巻く森を目指して。

「そう言えば皆‥‥皆はこの戦い、どの様な信念を持って臨もうとしているのだ?」
 仄暗い森の道、何処までも静けさだけが続く中で様々な想いを巡らせる一行は誰しも、口を開く事無く草を踏み締めていた。
 がこの雰囲気を良くないと思ったか、仲間達への気配りを常に忘れる事がないノース・ウィル(ea2269)が一つの問いを皆へ投げ掛ければ
「一つでも多くの人の命を救う‥‥それが私の誓いだ」
 見た目麗しく、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)がその見た目とは裏腹に素っ気無く返すとそれを皮切りに皆は厳かに、それぞれの決意を口にする。
「封印は死守する、我が命に代えても」
 簡潔に、一言だけ呟いたのは今まで此処にいる誰よりも深くノッテンガムに係わって来たガイエル・サンドゥーラ(ea8088)。
 頑固だからこそ、一度決めた信念は揺るがない。
「私を支えてくれる、この愛剣を下さった人とその時に交わした『力なき人々を夜闇より護る、月の盾となる』との誓い、それを果たす為に」
 銘のない、だが大事な人から貰ったのだろう長きに渡って使って来たクレイモアを掲げ、その時に抱いた想いからセリア・アストライア(ea0364)が凛々しい表情を湛え、誓いを新たに言えば
「依頼を受けた以上、完遂する。プロとして当然の事だ。そして、森が失われている現状は看過出来ん‥‥それだけだ」
 その彼女とは逆に、仮面の様に変わらぬ表情のままアンドリュー・カールセン(ea5936)は静かに呟くも、目の前に広がっているノッテンガムの貴重な自然を想う。
「ただ守りたいものを守る為に。その為だけに‥‥私はここに在るのだ」
 そんな無表情の彼の隣に佇むリィ・フェイラン(ea9093)も同様に森を見渡し、だがアンドリューとは違う想いから来る信念を静かに、天高く伸びている木々の幹を愛おしそうに触れては堅く言の葉を紡ぐと同時に心へ決める。
「何者にも愛されなかったからと、だからと言って何者をも拒絶しては何も生み出さないと思います‥‥だから、あたし達が彼を食い止めなければ」
 そして悠然とロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)が『黒』を止めると決意すればその中で、ふと肝心の話題を振った当人からそれについて聞いていない事に思い至ると、ノースへもその質問をそのままに返す。
「そう言えば、ノースさんはどの様な想いを?」
「‥‥封印を破壊されたら、力を持たない人が多く傷付く。ならば、少しでも力を持つ自分が止めに行かねばな‥‥命を賭しても。だが、全力は尽くすが力尽きるつもりはないぞ?」
「無論だ。未来はそれを信じる者と、美しきお嬢さん方の為にこそ存在する物だ。だから俺は皆を守るし‥‥俺達はその未来を切り開けると、信じている」
 決然とした表情を浮かべ紡ぐ彼女の決意に最後、当然と言わんばかりの表情で皆の顔を見回し最後を締めれば真幌葉京士郎(ea3190)は彼女に応え、口元から白い歯を覗かせ微笑んだ。
「最後には必ず、笑って帰ろう」
「えぇ、そうね‥‥誓いましょう」
 その言葉にノースが笑顔を浮かべれば、それに釣られロア・パープルストーム(ea4460)も艶やかな笑みを浮かべて応える。
「そう言えばレイ殿、あの槍を託すと言っていた大事な友が‥‥ナシュトなのか?」
 そのやり取りの中、珍しく静かに佇むだけのレイ・ヴォルクスへ声音だけ心配げに、だが先日の光景を思い出しガイエルが尋ねれば
「‥‥あぁ、そうだ」
「レイ殿、『蒼』とはどの様な因縁が?」
 彼は皮の帽子を目深に被り直しながら、答えを返すと次いでアンドリューの問いには嘆息を漏らし、それでも歩みは止めず一瞬の間だけ置き‥‥再び口を開いた。
「少し、長くなるぞ」

●Old Tale(昔話)
 そして紡がれる彼の話は、ナシュトに切り飛ばされた蒼い布が巻かれた槍が眠っていた村ふらりと立ち寄った所から始まる。
 数日だけの滞在予定と考えていたレイだったが、その村で生まれ育ったナシュトと言う青年とセルナと言う女性に出会い意気投合すれば、『数日間』が『暫くの間』に変更される。
「あの頃はまだ、キャメロットに居を構えてなく行き当たりな旅を続けていたからな‥‥居心地が良かった」
 それから三人は皆が皆で切磋琢磨し、特にレイとナシュトは互いに得意としていた槍へ赤と蒼の布を巻き、それで日々切り結べば気付いた時にはレイは村へ住み着き、そして三人で冒険者として様々な依頼をこなしていたと言う。
「だが、始まりがあれば終わりもまたある‥‥」
 印象に残っている依頼の話を交えつつ、過去に想いを馳せてか微笑むレイだったがその言葉を吐けばふと現実に戻り、表情は固く、厳しくなりその続きを語る。
 そして口を開き紡ぐのは、とある依頼の際に起こった悲劇。
 多くは語らなかったが、その依頼においてナシュトがいない間に起こった戦闘の中で自身は瀕死の深手を負いながらもセルナを守り切る事が出来ず、死なせてしまったと語る。
「ナシュトが来た時には既に‥‥彼女の瞳は既に虚ろで、ただ最後に『負けないで』とだけ言い‥‥息を引き取った」
 そしてそれから絶望の念に駆られたのだろうナシュトは一人、何もかもを捨てては何処かへと姿を消したと話せば
「あれ程、あの時程絶望した事はなかった‥‥あの時の世界はそれが全てだったから」
 血を吐く様に顔を歪め言い、だがその際に現ノッテンガム領主であるオーウェン・シュドゥルクに救われ村へ辿り着けばそれから傷が癒えるまでの間、彼に面倒を見て貰ったと苦笑を浮かべながら話す。
「それからだな、あいつの鞘になろうと誓ったのは。過ぎた事は取り返せなくとも‥‥これから同じ様な悲劇を防ぐ事は出来ると教えてくれた。だから俺は今、此処にいる。全てを護る為に」
 やがて自身が貫くべき今の信念を口にし、次いで僅かに覗くレイの表情が曇る。
「だが過去に縛られているナシュト‥‥あいつは」
 そして紡がれる言葉の最後は、突如シャーウッドの森を駆け巡る風に掻き消された。

「最早戦いでしか答えは見出せぬやもな。護りたいものが違う以上、相容れぬ‥‥だが、想いを伝え全てをぶつける事は出来る。躊躇いは死を意味す‥‥覚悟を以って槍を取られよ、貴殿の信念の為に」
 やがて話が終わり、再び草を踏み締める音だけが響く中で乾いた枝を誰かが踏み折る音に弾かれてガイエルが忠告はシャーウッドの森に木霊する。
「‥‥あぁ、誓おう。誰でもない俺自身の為に」
 その進言にレイは頷き、皆へ誓い‥‥その光景を後ろから見ていたロアは自身でも気付かぬ内、静かに揺れる十字架のネックレスを握って祈るのだった‥‥脳裏を過ぎる、嫌な予感を振り払う為に。
「皆が、私が、ノッテンガムが、そしてレイが‥‥無事にこの試練を乗り越えられます様に」

●Fierce Battle(激戦)
「状況次第ですが、やはり浮遊するレギオンを潰した方が『暗部』に対しての牽制にもなります‥‥尤も、こちらもそれ相応のリスクを負う事となりますが」
 ノッテンガム騎士団の大部分が駐屯する、氷の檻に包まれた最後の封印を前に騎士団長であるヴリッツ・シュベルツァは一行へ取るべき作戦を話していた。
「『暗部』の動きが見受けられない場合は、浮遊するレギオンは捨て置いて防御を主体にレギオンの波状攻撃を防ぎ‥‥反撃の時を狙います。皆さんもこれだけは徹底して頂きたい」
「確かに下手には動けないからな、所で俺達は好きに動いて構わないか?」
 ヴリッツが話す、掻い摘んだ作戦の概要を聞き終えてから自身が知りうる兵法からも出された無難で確実な案であるそれに頷いた後、京士郎が問えば騎士団長は皆を見据えてから肯定する。
「『暗部』の行動は先の戦闘から非常に素早い事が分かっていますので、我々では対応出来ないだろうと考えられます。皆さんには是非『暗部』の対応をお願いします」
 失敗に終わったとは言え先の戦闘から早々に学習している辺り、若いながらも騎士団長として認められている事はある様だった。
「とは言え、戦力は拮抗している。血路は自ら開く必要があるな」
「それとレギオンに対しても有効な策は特にない、か‥‥個々の能力が低いのがまだ救いなだけ」
 だがそれでも払拭されない問題点は残されており、ガイエルとノースが次々に残されているそれを上げれば二人は次に、揃って嘆息を漏らす。
「それでも此処まで来た以上、我々に残された道は戦う事しかありません」
「そうね‥‥怖いけれど、やるしかないのよね」
 そんな二人を宥め、真っ直ぐな瞳でヴリッツが決意を紡げばその中で既に単独での行動を開始したレイの姿を何処かに追いつつ不安に襲われるロアだったが、彼の言葉を受けてようやく迷いを振り払えばその瞳に強い光を宿す。
「シャーウッドの森は死しても尚、我々を守ってくれる‥‥ならば自分達もそれに応えなければならない。だからこそ、今は戦う時。もう時期‥‥レギオンが来るぞ」
 その時、激しい戦闘になるだろう事から倒れ付した木々を利用し所々に壁を構築していたアンドリューが皆の頭上からルクスと共に姿を現し、レギオン襲来の旨を通達すれば
「‥‥貴方方に、祝福と勝利を。苦しい戦いですけれど、人々の安らぎと平和の為、もう少し供に頑張りましょう」
「行くぞ、皆! 今こそノッテンガム騎士団の勇気と決意を!」
 緊張感が場を包む中、普段と変わらない柔らかな声音で皆へセリアが呼びかけ、その心を奮わせれば次いで響く騎士団長の叫びへ場にいる一同は鬨の声を上げ、木々の隙間から続々と飛び出して来るレギオンの群へ、騎士達は剣と盾を構えて迎え撃つ‥‥そして、此処に最後の封印を巡る戦いの幕は切って開かれた。

「無理はするなっ、傷の深い者は後方に下がって治療を!」
 熾烈を極める戦闘の中で魔力が宿る木剣を振るって、数多迫るレギオン薙ぎ払い自身は血に塗れながらも騎士達へノースが叫べば、その数を改めて確認し‥‥うんざりとする。
「多少間に合わなかったとは言え、この木々の壁がなかったらどんな事になっていたか」
 彼女同様、レギオンの多さに辟易としていたのはガイエルも同様で、氷の檻で封鎖された封印の上から更に聖なる結界を展開、維持し雪崩れ込んで来るレギオンの群を押さえながら呆れ見つめていたが、その結界が不意に音もなく消え去る。
「ロゼッタ殿! ロア殿!」
 それが何を意味するのか‥‥一瞬で察し、ガイエルは氷の檻が健在である事を確認してから印を組み直すと同時、叫べば
「問題、ないわ」
「ご名答。来たわ、頭上から一‥‥四、七‥‥数えるのが面倒ね! とにかく沢山っ!」
『‥‥‥』
 次いで二人から返って来た言葉に一行は、頭上を見て言ったロアの返事に対し絶句。
「ロアさ〜ん〜」
「ごめんなさいね、今掛け直すから‥‥宿れよ、炎の御霊‥‥」
 そのいい加減な回答を紡いだ魔術師へ、相変わらずのんびり口調で訴えるクラリッサへロアは詫びながら、バーニングソードの詠唱を開始するが
「そうではなく〜」
「‥‥間違いは言ってないわよ?」
「ツァールだ‥‥間違いない」
 突っ込む彼女へロアが開き直ってそう答えた時、悟られた事を認識して高みより舞い降りる『黒』の部隊‥‥だったが、その中枢であるツァールが木々の間を飛翔し迫る姿を確認しながらリィ、恐ろしい勢いで次々に目標を捕捉し矢を射掛ける。
「行く他あるまい‥‥なっ!」
 堆く積まれている木々の壁の隙間より這い出て来るレギオン達と周囲の状況を冷静に見極めてから、ツァールまで至る道を見切った京士郎は気合と共に掲げては、陽光に煌く長巻の刀身から衝撃波をその方へ放つと
「今だっ! セリア嬢、この道を駆け抜けろ!」
 僅かに開いた蟲の壁の隙間を指差して叫び、視線を配した先にいるセリアは静かに一つだけ頷き、次いで駆け出す。
「私達も行こう」
「お願いします」
 その動きにルクスが鋭く静かに皆を呼べばヴリッツへ手だけを掲げて答え、先を行く皆の後を追い駆ける。
「さぁ、私達も負けていられません! 意思強く! 意気高く! 今こそノッテンガム騎士団の力を見せる時っ!」
『おおぉっ!』
 そして駆け出す者達の後ろ姿を見送ってから騎士団長が檄を飛ばせば、騎士達の雄叫びはシャーウッドの森中へ響き渡り、森の意思を体現すべく勢いを増すレギオンと激突する。
「‥‥私達も負けてはいられない。全力で封印を死守しよう」
「この命、賭しても」
「愚問ですわ」
 その最中で封印の袂へ残るリィ、ガイエル、ロゼッタの三人も意気高く誓えば蟲と、その間隙を縫って迫り来る『黒』の部隊を迎え撃つ。
「シャーウッドの森は私の‥‥」
 そしてリィが紡いだ最後の言葉は更に荒ぶる戦闘を止めるべく放たれた、二本の矢が切る風の音に掻き消された。

●Intention(意思)
 ‥‥やがて七人はレギオンの壁を乗り越え、ボロボロな体を引き摺りながらも遂に『暗部』の一端である『黒』のツァールと接触を果たす。
「‥‥兄貴の仇は討つ。討って、奴らを解放し‥‥全部ぶっ潰す!」
「お前にも信念があるかも知れないが、こちらにも譲れない信念はある!」
 その七人を見つめ、口上を述べるツァールへ更なる激しさを持ってノースが叫べばそれを皮切りに『黒』は指を弾き部下とズゥンビを伴って、一行も駆け出す。
「怖い‥‥ですけど、私も騎士です〜。この事を知らない人達の為にも此処は必ず〜!」
「そうだ、残る封印は何としても‥‥守るっ!」
 そんな、痛いまでの緊張感が走る場に身を置いても、クラリッサは相変わらずのんびりと自身を貫く決意を紡ぎ闘気を纏って戦場の只中へ駆け込めば、正義感の強い京士郎も悪を倒す為に彼女から遅れじと裂帛と共に剣閃を炸裂させれば、ツァールの前に立ちはだかる黒衣の者達を薙ぎ払おうと試みる。
「一本の木を見て森を判断する者はいまい。一部に裏切られたとてそれを人全部と断ずるも同じ。その若さで絶望を‥‥語るな」
「五月蝿いっ! お前らに‥‥俺の何が分かるって言うんだっ!」
 その衝撃波の影に紛れ、近寄り蠢くズゥンビ達を拙い剣技で牽制しながら隙間から僅かに覗いたツァールへ向け、相変わらずの冷たい口調でそれだけ言ってルクスは一瞬で構築した拘束の光輪を放つも、それは迫る京士郎とクラリッサの連撃を身を捻っては避け、次いで響く彼の絶叫に掻き消される。
「まるで駄々を捏ねる子供だな‥‥」
 その光景に呆れるも出来た一瞬の隙を見逃さず、呟きながら照準を自身に迫る部下からツァールへ移せばアンドリューは即座に矢を放ち、『黒』の左腕を抉りながら自身も切り伏せられ、樹上から地へと叩き落される。
「真の闇を知らないからそんな事が言えるっ! だからそれを払う為‥‥俺達は」
「がっ!」
「けれどもう、俺には何も残されちゃいねぇ‥‥何もいらねぇ、だから全部ぶっ潰す!」
 その光景を見るまでもなく激情に身を委ねるツァールが駆け出しルクスへ迫れば、絶叫を周囲へ響き渡らせ、痛みの走る左腕に構う事無く両手に握る短剣を十字に振るって彼女を切り伏せる。
「‥‥私には、貴方の過去など分からない! でも、人は困窮すれば他者に厳しくなる、それは‥‥悲しいけれど仕方の無い事」
 そして疾風と化す彼が先頭に、『黒』の部隊の激しいに仲間達は傷付き崩れ‥‥だが、躊躇う事無くセリアは『黒』の部隊が立て続けに振るう剣陣の中に飛び込み、血飛沫に舞い上げながらも軍馬を駆ってツァールへ恐るべき速度で肉薄すれば金属同士がぶつかり散る火花の中、彼へ顔を寄せ鍔迫り合いに持ち込むセリアは目線を伏せながらも次いで
「仕方がない‥‥だとぉ! お前はこの世界を認めると言うんだな、この腐った世界をっ!」
「それでも‥‥だからこそっ! 此処で貴方に封印を解放させ、その時の貴方の想いや哀しみを今、幾千幾万の人々に味合わせる訳には行かない!!」
「っぐあぁあっ!」
 自らの意思を露わにして決然と彼を見据え叫ぶと、遂にツァールが持つ二振りの短剣はセリアの意思に屈してか、軋み砕かれ‥‥阻む物がなくなったクレイモアはその胸部を深く、切り裂けば
「な、何で‥‥だ。どうしてお前達はそうも他人を‥‥簡単に信じられ、る‥‥? どうして知らねぇ赤の他人を、守ろうと‥‥する!」
「そうしたいからです〜」
「そう、だな‥‥それに私は知らぬ者で信じたいと思っているからだっ! それが例えお前でも!!!」
 血を吐き、辛うじて疑問を紡ぐ『黒』へ闘気を纏うクラリッサがセリアと垂直に交わる様に突っ込むノースへ闘気の力を宿し言えば、銀髪靡かせる騎士に賛同して頷くノースが叫びは行く手を遮る部下達に血肉と共に削られるも‥‥それは届き、ツァールの腹部へ深々と、木剣を埋め込んだ。
「ちっく‥‥しょぉおおぉおっ!!!」

「うぁああぁっ!」
「っ‥‥止むを得ぬ、か」
 最後の封印を巡る攻防戦はその頃、更に激しさを増していた。
 呪われた血が遂に疼いて、リィは真っ赤に染まった瞳をギラギラと輝かせ木々の間を飛翔し、レギオンも『黒』の部隊も騎士団も構わず矢を乱れ打つ光景にガイエルは戦慄を覚え呻くも、奮戦する騎士達と共に混沌の極みとなっている場を崩す一縷の希望を託す。
「でも、援護は出来ますわ。いざとなったら私が‥‥止めます」
「そうだな、出来るだけ沢山の人を救う為に今は出来る事を」
 『黒』の部隊を中心に、氷の檻へ封鎖していくロゼッタへ頷き静かに呟くと草木を操るスクロールを広げ、狂気に駆られる彼女と騎士達を支援すべく封じられていた呪文を解き放った。
 戦場の只中で響く慟哭は未だ、鳴り止まない。

 それから、先程まで周囲を飛び交っていた黒衣の影はどうした事か姿を消し、ズゥンビ達も主を失って崩れ落ちれば戦いが終わったと悟った皆はそれぞれその場にうな垂れ、へたり込む。
「ふっ‥‥例えどんな困難が降りかかろうと、未来はいつもそれを信じる者の手の中にある。過去に囚われ、未来を見つめぬ事。それがお前達の敗因だ」
 そして一行の中央、大の字になって空を仰ぎ寝転がるツァールへ満身創痍の京士郎が得物を杖代わりに自身の身を預け、語れば口元から溢れる血を拭う力も既にない『黒』は鼻を鳴らせば
「‥‥あの時‥‥から俺達は、もう‥‥あ、に‥‥‥き」
 やがて光を失う瞳に、唇も徐々に動きが鈍くなると‥‥遂にツァールは事切れた。
「済まない、レイ殿が心配だ‥‥これ以上の増援がないか、周囲の状況を見て来る次いでに探してくる」
「‥‥分かった、無理はするなよ」
 その最後に皆は目を伏せ静まるも、アンドリューは震える膝を押さえて告げれば京士郎の了承より早く、踵を返す。
「ちょ‥‥待ってよ、アンドリュー! 私も行くわっ!」
「なら、急ぐぞ。嫌な予感がする」
 それにロアも慌て立ち上がれば、急ぐアンドリューの後を追いながら
「大丈夫よ、レイに限ってそんな事は‥‥っ!」
 何かに焦っている彼を宥め、十字架のネックレスを握ったが‥‥鎖が不意に切れると背筋に一度だけ、寒気が走り‥‥先行くアンドリューを必死になって追い駆けるのだった。

●Ray(レイ)
「‥‥はぁ、はぁ」
 息が切れる、体が鉛の様に重い‥‥当然だ、さっきまで戦っていたのだから。
「‥‥はぁ」
 体中の各所が痛い、未だに傷口は疼き鈍痛だけ残る‥‥それでも駆けているのはどうしてだったか。
「くっ」
 薄れる意識に抗う為に唇を噛み、舌に広がる鉄の味に思考を覚醒させて思い出す‥‥そうだ、自分は。
「‥‥っ!」
 人を、探していた‥‥そして見付けた、槍と槍とを打ち鳴らす二人の中にその姿を。
「レイ!」
「レイ殿っ!」
「来るなっ、ロア! アンドリュー!」
 赤と蒼、槍に巻きつけられている布が舞う中でアンドリューは叫び、その内一人、レイ・ヴォルクスも応じて叫んだが、それは何人をも阻む叫び。
「いくらお前達でも、この戦いに関与する事は許さない」
「‥‥‥」
 改めて、はっきりとした拒絶にアンドリューは沈黙を返すと
「‥‥昔と変わらず、馴れ合いか。だから俺は‥‥お前はあの時、彼女を護れなかった。力がなかった故に。その温さから生まれる力に強さは、ない」
「それは違うぞっ、ナシュト!」
 鉄兜で覆われ隠された表情が今はどうなっているか分からない、が嘲るナシュトへ手を振るい否定するレイ。
「お前は彼女が残した最後の言葉の‥‥本当の意味を履き違えている!」
 続けて紡ぐ言葉に、蒼き鎧の騎士は鼻を鳴らすと巨大な槍を一度、器用に回転させれば
「‥‥あの時、あの場にいながらセルナを守れなかったお前が何を言うかぁっ!」
「っ!」
 激情と共に吐き出された言葉と槍は同時、ロア目掛け放られる。
 彼女も回避を試みるが思う様に体が動かず、足を縺れさせその場に蹲る‥‥が寸での所、レイがその間に割って入れば身を挺してその盾となり、右肩を貫かれ吐血する。
「がふっ!」
「レイッ!」
「‥‥そんな事をして一体何の得があると言うのだ、レイ」
 そして響く慟哭に、だがナシュトは淡々と地に膝を突くレイへ問うと
「そんな物‥‥ありはしないさ、ナシュト」
「なら‥‥何故だ」
 彼の答えに、変わらない口調のまま再度問うナシュト。
「‥‥忘れてしまったか、もう。ならやはり、俺はお前を」
 その問い掛けにレイは目を伏せ、それだけ返せば立ち上がって踵を返すと
「アンドリュー、ロア‥‥」
「‥‥‥」
 次いで二人へ振り返り懐を弄るが、音もなく現れた着流しの着物を羽織る男が振るった白刃がレイと二人の間を切り裂くと続けざまに印を組み、炎の壁を構築する。
「っ、これを‥‥!」
 その炎の壁が木々へ燃え広がる中、三人は距離を置く為に飛び退るとレイがやっと懐から取り出した『何か』をアンドリューへと投げた。
「これは‥‥」
「縁起でもない事を、言うな‥‥よ。預けておく、だけだ」
 その、古めかしい十字架を受け取った彼は炎の向こうへ着地したレイに対し疑惑の視線を投げ掛けるも、彼はそれを明るい声音で否定する。
「さぁ戻れ‥‥皆の元へ、俺も必ず‥‥戻る」
「だがっ!」
「お前達は成すべき事を成せ、これからの為に‥‥俺はまず此処で決着をつけねば、ならない」
 そして自身を貫いている槍を引き抜きナシュトへ放れば背を向けたまま、二人へ告げるが彼は食い下がるも尚、優しい声音で諭されると彼も遂には何も言えなくなり
「‥‥肯定だ、ご武運を」
「絶対に戻って来るのよっ!」
「‥‥あぁ」
 やがてレイを信じる事に決めると僅かに言葉を交わしアンドリューは十字架を握り締め、ロアを伴って踵を返した。
「‥‥今生の別れは済んだか」
「そのつもりは更々‥‥ないっ! あいつらとの誓い、守らねば怒られるからな」
「‥‥その温さ、お前を弱くした要因か」
 その光景を見下し、槍を手に取った後で彼に尋ねれば広がる炎にも怯まず皮のマントを靡かせ言い切るが、相変わらずレイの語る強さを否定するナシュト。
「過去に縛られているお前に、セルナが残した言葉の‥‥本当の意味に気付かないお前に言われる筋合いはないっ!」
「貴様如きが彼女の名を軽々しく口に‥‥するなぁっ!」
 だがレイも負けじと叫べば、二人の激昂は次いで動作へと変換され激しく衝突しては互いに持つ槍で、互いの体へと傷を刻み込む。
「‥‥分かった、どうやら『捨てなければ』ならない様だな。余り、気は進まないが」
「何を、する気だ」
「お前を止める為に‥‥『これから』を護る為になら、命すらも最早不要っ!」
 再度の激突で力量を悟るレイ‥‥『今の』自身の腕が、ナシュトには及ばない事を。
 だから決意すると共に裂帛の叫びを放てば、ナシュトを揺るがせると
「‥‥何を」
「捨てると言った、『今の』自分を。自覚に覚悟は済んだ‥‥お前も覚悟は、いいな」
「っ!」
 静かに動揺するナシュトの言葉を遮って、レイが宣言すると紅蓮の炎が荒れ狂う中で唐突に、風は舞った。

「‥‥なん、だ」
 同刻、来た道を引き返すアンドリュー達の視界に白い何かが舞うのを見止めれば、彼は速度を緩めそれが何か、理解する。
「羽毛‥‥?」
 掌に落ちてきたそれを訝り、首を傾げるもレイの言葉を思い出して二人は再び駆け出した。

●Wheel of Destiny(運命の輪)
「何者にも愛されなかったからと、だからと言って何者をも拒絶しては何も生み出さないと‥‥思います」
 そして再び集う一行、それぞれ傷だらけだったが皆の安全に騎士団の尽力によって守り通す事が出来た封印の無事を知れば安堵の溜息を漏らすも『黒』の打倒を知り、その最後を聞いてロゼッタは静かに想いを紡ぐ。
「虐げられて来たからと、仕返しの繰り返しでは終わりの無い連鎖ではないかしら‥‥時が解決しなかったのですから、尚更に力任せな決着ではダメの様な気がしますわ」
 それは過ぎた事だと、今となってはどうしようもない事だと分かってはいる。
 けれど‥‥それでも、彼女は抱えていた想いを吐き出さずにはいられなかった。
「環境が人を作り、運命を作ると私は思うのだけれど‥‥彼がもし、別の場所に生まれ育ったなら、どんな人生を送ったのかしら」
 その彼女の言葉を受けて、ふとそんな事を考えたロアは静かに呟きながら今となっては分からない答えに顔を顰める。
「あたしが得意としますコフィンの魔法は時をも拒絶する魔法です‥‥がただ一つ、温もりだけが弱みであり、溶かす術なのです」
「温もりを、本当の温もりを知らなかっただけで‥‥」
 血に濡れ、今もまだ肩で荒く息をするリィがロゼッタの話から自身を彼の立場に置き換えて一つ、身を震わせる。
 自身がツァールと同じ立場だったなら、彼の様にならなかったとは‥‥言い切れなかったから。
「どうして‥‥人は皆、こんなにも路が食い違ってしまうのでしょう」
 そして悲しげに呟くセリアの問いには誰も、答える事は出来なかった。
「‥‥しかしレイ殿が無事だといいが」
「あぁ、きっと‥‥無事だ。すぐに戻って来る」
 やり切れなさに周囲へ視線を泳がせ、いつも皆の傍にいる筈の皮ずくめな男が今はいない事に気付いたノースがアンドリューへ問うも、彼はレイから預かった十字架を握り締めそう返すだけで精一杯だった。
 ‥‥しかし、それから数日経ってもレイは姿を現す事がなかった。

「はぁ‥‥はぁ‥‥」
 肩で荒く息をして、ナシュトはふら付く足を懸命に動かして森を彷徨う。
「あり得ん‥‥まさか、そんな」
 割れた鉄兜の隙間から露わになっている瞳は驚愕に揺れていた、が
「だが‥‥だが」
 それでも動揺を必死に抑え、露わになる瞳を手で覆い隠すと肩を震わせる。
「もう、誰も我を止める事は叶わぬ‥‥」
 その、指の隙間から覗く瞳は狂気の光を宿し‥‥それでも込み上げてくる笑いだけは堪え、何処かへ姿を消した。
『負けないで』
 その言葉だけ、心の中で反芻させて。