【求めし力】紅鎌形斬

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 60 C

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:10月28日〜11月12日

リプレイ公開日:2005年11月06日

●オープニング

「さて、これでとりあえず頼まれた数だけの製造は完了か‥‥後は現地で残る作業を終わらせ、稼動させるだけだな。皆、お疲れだった。今日はもういいぞ」
 ノッテンガム城の何処か、拵えられてから余り日が経っていないものの随分と乱雑になっているアシュドの現ゴーレム研究所兼製造場にて対レギオン戦に投入する、ゴーレムの製造に一区切りついたのを見守れば、手伝って貰った人達へ労いの言葉と同時に解散を告げた。
「そう簡単に作れるものではないから次の一陣を投入出来るのはまだ‥‥暫く先だな」
 その言葉に従い去って行く作業員達の背中を見送りつつ、研究所の一角に横たわるゴーレム達を見て領主の言葉を思い出せば、一人ごちたその時。
「ふむ、ルルイエか。お疲れだったな」
 背後で何かが崩れる音が響き、振り返ればワタワタと崩れた本の山を築き直すルルイエの姿が視界に入り、声を掛けるも
「いえ‥‥」
「どうした、調子でも悪いのか?」
 歯切れの悪い、彼女の返事に珍しく心配しては尋ねるアシュド。
「‥‥何か、嫌な予感だけが頭から離れなくて」
「此処の所、色々と任せ切りだったから疲れているだけだろう‥‥済まないな」
「大丈夫、です」
 次いでルルイエが紡ぐその答えへ彼は詫びるも、エルフの魔術師は首を左右に振って我健在をアピール。
「ルルイエ‥‥君にもまだ手伝って貰わなければならない事が沢山ある、だから余り無理はしないでくれ」
「それは自分が一番、分かっています。だから大丈夫」
 だがそれでも、いつもと違う冴えない表情を浮かべる彼女へ再び言葉を掛けるも口調だけはいつもの調子で断言すれば
「ならいいが‥‥とにかく、今日はもう休む事にしよう。シャーウッドの森へ出立する日も近い、今の内になるだけ休んでくれ。それじゃ」
「はい‥‥お休みなさい」
 取り付く島がない事を悟ったアシュドは肩を竦め、苦笑を浮かべると不意に湧き上がる欠伸を噛み殺しては踵を返し、彼女に手だけを掲げ応えれば城内にある自室へと引き上げるのだった。
「‥‥本当に、私は必要とされて‥‥いるのでしょうか」
 そんな彼の背中を見送りながら、通路へ出れば何を思ってか不安に駆られたルルイエは己の肩を抱き静かに呟きをもらせばそれと同時、走る頭痛に顔を顰め‥‥暫くの間、彼の背中が見えなくなっても研究所の扉の前に一人、佇むのだった。

「準備は整ったね」
「‥‥何も待つ必要は」
 同時刻、アシュドと同じく欠伸を噛み殺し研究所内の光景を目に留めれば微笑むのは長い、赤い髪を尻尾の様に束ねている紅の鎧を身に纏う、大鎌を携えた女性。
 その彼女へ今更ながらに反論するのも紅の鎧を身に付けるショートカットの女性。
「あるわね、余りに早く叩いては相手に与える影響が少ない‥‥ならギリギリまで待った上で完全に叩き潰し、抗う気力を喪失させる。今回はそこまでやる必要があるわ」
 マリゥと言ったか、大鎌を手にする『紅』の幹部が部下を嗜める様に囁けば
「戦いたいだけじゃ、ないですか?」
「まぁね」
「‥‥でも気を付けて下さい、彼らとていつまでも」
 その部下、マシアの的を射た発言へ素直に頷くと内心では溜息を漏らしているだろう彼女が続けて紡ぐ言葉にマリゥ。
「そうじゃないと詰まらないわ、ギリギリの駆け引きがある戦いこそ‥‥あたしが求めるものっ!」
 好戦的な性格なのか、笑ってはそう言い放つとやがて立ち上がり城内の通路をのんびりと歩いているアシュドへその視線を向け
「‥‥悪いけど、今度は前の様には行かないからね」
 鎌を回しては甲高い音を響かせる中でそれだけ呟き、部下を伴っては準備を整える為に闇の中へ姿を消すのだった。

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 ミッション:アシュドさんとゴーレムを守り切れ!

 達成条件:ノッテンガム騎士団にゴーレムを譲渡するまで、ゴーレムにアシュドを守り切る事。
 失敗条件:ゴーレムが全数破壊された時、若しくはアシュドさんが死亡した時。
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 その他:対レギオンにおいて、数的に若干不利であるノッテンガム騎士団へ以前のテストを踏まえた上で時間が許す限り改良を施したゴーレムが遂に配備される事となりました。
 数は少なく、未完成ではありますが今後の戦況に影響を与えるだろうゴーレムにはノッテンガム領主も期待しています。
 ですが『暗部』がレギオンを重要視している事からこちらへも牽制を掛けて来る可能性が非常に高い為、今までアシュドさんとゴーレムの製造に携わって来た皆さんには今回、ノッテンガム騎士団へ譲渡するまでの間、それらの護衛をして頂きます。
 尚今回、譲渡する事となっているゴーレムは即座に戦線へ投入する事から、ノッテンガム城から視界の悪い森を行軍し騎士団の元へと届ける事になりますので、その道中は十分にお気をつけ下さい。

 傾向:コミカル時々シリアス? PC次第でどうにでも。
 索敵〜戦闘(対人、対レギオンの可能性も、森林)
 NPC:アシュド、ルルイエ
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●今回の参加者

 ea0606 ハンナ・プラトー(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5603 ユーウィン・アグライア(36歳・♀・ナイト・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea5981 アルラウネ・ハルバード(34歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

井伏 響(ea0347)/ アリアス・サーレク(ea2699)/ セラフィン・ブリュンヒルデ(ea4152)/ ヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)/ 緋芽 佐祐李(ea7197)/ 神哭月 凛(eb1987

●リプレイ本文

●Desire
「ノッテンガムまでの道中、注意すべき魔物等は居らぬか?」
「‥‥ん、変な人がいる位じゃなかったかしら? 道中は至って安全だと思ったけど」
 イギリスはキャメロットの冒険者ギルド前にて、集った一行の中、がっしりした筋肉の鎧を纏う武道家の明王院浄炎(eb2373)の問い掛けへアルラウネ・ハルバード(ea5981)が何処かそわそわとしながら答えると
「でも向こうにはレギオンとか言うのがまだ残っているから、注意しろって私の友達は言っていたよ」
「それは何か、特殊な魔物‥‥なんでしょうか」
 その話を聞いてから、逢莉笛鈴那(ea6065)が友人から聞いた話を口にすると初めて耳にする魔物の名に浄炎の妻である明王院未楡(eb2404)が疑問を投げ掛け周囲を見回すが、一人を除いて皆は首を傾げるだけ。
「私も詳細まで聞いていません。ですが友人にその詳細を調べて貰ったので、道中で確認しましょう」
「流石‥‥ぺふっ! アルメリアさんですっ」
 その、唯一首を傾げなかった魔術師のアルメリア・バルディア(ea1757)、友人から預かったレギオンに関する資料を掲げれば、彼女に駆け寄ろうとして唐突に転倒するシェリル・シンクレア(ea7263)はそれでも起き上がり、同族の彼女を褒め称える。
「皆、そろそろ発つ事にしよう」
 その光景に皆が微笑んだ時、集まってからそれなりに時間が経った事を感じて五百蔵蛍夜(ea3799)が促すと、やがて一行はノッテンガムを目指し歩き始めた。
「貴方方に、父なる神の加護あらん事を。そして、勇気を持ちて邪悪に打ち勝てます様に」
 友人達の見送りの中、誰かが囁く様に呟いた祈りを背に受けながら。

「さー、ゴーレム君を守ろー。ここまで来たからには、最後までねっ」
「アシュド君も気楽にね、私達もいるから‥‥まぁなる様になるなる!」
 その後、ノッテンガムへ辿り着いた一行はハンナ・プラトー(ea0606)とユーウィン・アグライア(ea5603)の明るい挨拶を始めに、依頼人達と邂逅すれば早速騎士団へゴーレムを届ける為、移動の準備を始める。
「以前、銘打った奴らは元気か?」
 ゴーレムに付いては大よそ搬出が終わり、馬車に積まれたゴーレム達を見て蛍夜が以前に警護し、自身が『望』と刻んだゴーレムに付いて尋ねると
「あぁ、実は未だ改修の目処が立っていない。色々とやってはみたんだが、あの知識だけではどうにもならなくてな」
「へぇ、興味深い話ねー」
 未だに未稼働と告げるアシュドへディーネ・ノート(ea1542)が呟いた言葉のまま感心すれば彼も肩を竦め、うな垂れる。
「あぁ、そうだな。どうした所で動いてくれやしない」
「それは残念だな」
 その答えに蛍夜が僅かに表情を曇らせたそんな折
「アシュドさん、話の途中で申し訳ありませんが襲撃されるかも知れないと言う事でしたけれど、何か心当たり‥‥ありますか?」
 三人の会話の腰を一つの疑問で折る未楡だったが、それにアシュドは首を横に振って口を開いた。
「ゴーレムを狙う人間はいてもおかしくはないが‥‥どうにも情報が少な過ぎる。以前、襲撃してきた者達が『暗部』だと分かってはいるが」
「‥‥」
「どうした、アルラウネ。元気がないのは気のせいか?」
 その傍ら、皆と話すアシュドをいつもと違う雰囲気を纏って静かに眺めていたアルラウネへ、その様子に気付いた彼が声を掛けると彼女は目を瞬かせた後
「だ、大丈夫よ。それよりもアシュド君‥‥」
「うん?」
 狼狽しながらも彼の名を呼べば僅かな間の後に一つだけ微笑み、囁いた。
「頑張りましょうね、お互いに」

●Crash
 移動を開始して二日目、今日も木漏れ日の光を浴びながら進む中で影を落としているルルイエが変わらない風景の中を変わらない雰囲気のまま、歩いていた。
「元気がないですね‥‥一体どうかされたのですか?」
「そうですよ〜、昨日からずうっと上の空で〜」
 その変わらない彼女の様子に心配したアルメリアが尋ねると次いでルルイエへ飛び付きシェリルも彼女の顔を見上げ
「アシュドさんにはちゃんと『アシュドさんが解る様に』行動しないと伝わりませんよね〜。ルルイエさんはどんな関係を望んでいるのですか〜?」
 視線を合わせ問い掛ければ彼女へ、くしゃりと表情を歪めてからルルイエはその口を開く。
「以前の様に、変わらない事を。アシュドさんがどんどん、遠くに行ってしまう様で‥‥怖いんです」
「直接‥‥お聞きしてはどうですか? 言葉や行動にしないと、判らない事もあるんですよ」
 そしてシェリルを抱き締めたまま森に入ってから襲い来る頭痛に顔を顰めるも、その肩を優しく叩き未楡がルルイエの耳元で囁けば
「浄炎さんも、中々‥‥気付いてくれなくて。だから」
 次いでちらりと静かに佇む夫を見て苦笑を浮かべると彼女の背を押し、ルルイエを前に踏み出させた。

「ゴーレムを庇って怪我とか、ナシにしてね?」
「分かっているさ」
 その彼女が見つめる先、随分と見慣れた光景になったディーネと鈴那が拵えた食事が振舞われる中、笑顔で動いているゴーレム達の様子を見ているアシュドへ釘を刺す鈴那に彼は苦笑を浮かべると
「運搬用のゴーレムが間に合えば‥‥良かったのですけど」
「中々に難しくてな、少々難航している。いい材料が見つからないんだ」
 ゴーレムと言う単語に反応した未楡、以前に別の依頼で提案したゴーレムに付いてアシュドへ尋ねたがそれをユーウィンが小樽を差し出し遮ると、明るい声音で彼の前にそれを置く。
「まー、その話はそこまで。ゴーレムも一段落したんだから他にも目を向けてみよう♪」
「それがこれ、か」
「まぁまぁ、固い事は言いっこなしよ。それに最近寒くなって来たから、暖を取る意味合いでも最適じゃない?」
 そして満面の笑みを浮かべる彼女へ、しかめ面でアシュドはそれを見据え呻くがディーネの追撃が決まると口元をへの字に曲げると
「決まりね」
 彼女は指を鳴らして勝利宣言を告げると、器を差し出せば
「『何かを、誰かを、守れる力が欲しかった』‥‥今、君が守りたいのは、誰なのかな?」
 その器へベルモットを注ぎ、柔らかい声音で問い質すユーウィンにアシュドは詰まり
「ちゃんと周りも見なきゃ駄目だよ、意味は自分で考えてね」
 それに続いてハンナも、いつもとは違う優しい声音で彼に笑い語り掛ければ彼は言葉のままに辺りを見回して皆を呆れさせ
「あ」
 だが立ち尽くすルルイエの姿をその視界に見止め立ち上がった、その時だった。
「皆さん」
 辺りにアルメリアの声が静かに響き渡ると、それが何事か察した皆が緊張感を走らせると同時、まだ明るいにも拘らず頭上から聞き覚えのない声が降って来た。
「何だってそんなしち面倒臭い事をしているのか、参ったわね」
 だがその声は正確にはアシュドと蛍夜だけ、過去に一度だけ聞いた時がある。
「また君か、よくよく逢うな」
「呼んだ覚えはないけどね」
 その主へ蛍夜が笑い掛ければ、紅の鎧を纏う女は嘆息を漏らしながらも応える様に嗤う。
「しかしまぁ、呆れたよ‥‥此処までやられちゃ、あたし達でもそう簡単に壊せそうにないね」
「なら、諦めたらどうかしら?」
 その彼女が見つめる先、魔法の氷に覆われた幌が包む荷台を改めて見てから先程より深く溜息をつくとディーネの提案にマリゥは鎧とお揃いの真っ赤な髪を掻き揚げれば
「そう言う訳には行かないんだよ‥‥ねぇっ!」
 大鎌を構え、地上目掛け樹上より飛翔すればその部下達も一斉に梢の闇より飛び出した。
「神皇が志士、五百蔵蛍夜‥‥参る!」
「牙無き者の牙、不動明王の浄炎が御相手いたす」
「貴方方の御相手は私、ですわ」
「いっくよー!」
 それに一行の前衛を務める面子もそれぞれ事前に打ち合わせた通りマリゥへ、その部下達へ、アシュドへ目掛けて駆け出せば次いで森の中に木霊する剣戟の木霊達。
「封印は暴くわ、人のゴーレムに手を出そうとするわ‥‥暗部ってのも困った連中だよね」
 その一団へ呆れながら矢を放つユーウィンの攻撃を寸での所で避ける敵の数は一行とほぼ同程度で見た所、戦士ばかり。
「く‥‥」
「っ、だが未楡をやらせはせぬ」
 森の奥からレギオンが沸いて出る雰囲気はないが、その腕は皆優れており敵部隊の頭を抑える明王院夫婦を防衛一辺倒へ専念させれば、馬車へとにじり寄る。
「ガマちゃん、ゴーレム君の盾よろしく!」
 尤も、その狙いはゴーレムではなくその作り手へ変更されていたがその彼を守る様に鈴那も印を組んでいた手を解き大ガマを呼び出せば、後方に控える魔術師達も一斉に雷撃に水礫を放ち前行く戦士達を援護すると、数台の馬車を前に攻防は熾烈を極める。
「そこのおねーさんっ、きっと恋人を人質に取られて止むを得ず私達と戦っているんですよね! 自分の手を汚しても彼だけは‥‥」
「そんな事、あるかっ!」
 だがその中でシェリルが紡いだ言の葉は全くもって場に似つかわしくなく、だが蛍夜と愉しげに刃を交わすマリゥへ響けば、彼女の叫びからそれを好機と悟り畳み掛ける。
「あーん、怒るおねーさんも格好いいですぅ〜!」
「調子が狂うねぇ、でもっ!」
 志士の横合いを縫う様に奔り、目標を変わらぬ調子のシェリアに変え漆黒の鎌を振り下ろす。
「悪いなっ」
 蛍夜、マリゥの背後へ詰め寄り翳した霊剣で舞う風ごと彼女を叩き切ろうとし、しかしそれは紙一重で避けられるも
「連なり響く、音叉の束‥‥その振動を今、止めなさい」
「それがど‥‥!」
 アルメリアの詠唱から完成した魔法がマリゥへ施され、紡ごうとした裂帛はその途中で掻き消え微笑む魔術師だったが
「申し訳ありません、我々は遊撃を主とする部隊‥‥指示を下さずとも、それぞれが成すべき事は理解しております」
 彼女の援護に参じた部下の一人が一行の考えを読んでマリゥの代弁を行なえば、携えていた剣を蛍夜へ向け煌かせる。
「我が弓は敵を撃つ悪と魔を討ち、貫かぬは仲間と平和なり‥‥なんてね」
 しかしユーウィンが放った一条の矢がそれを阻み、だがその瞬間に出来た蛍夜の僅かな隙から志士の脇腹を深く抉り、駆け出すマリゥはその標的を部下達が捉え切れずにいるアシュドへ変えるが、その眼前に両手を掲げて立ちはだかるのはルルイエと共に彼の近くに佇んでいたアルラウネ。
「大丈夫だ。あの鎌さえ氷に封じてしまえば多少、危険は減する」
 その彼女を案じアシュドは彼女を下がらせようとしたが彼女は動かず、だが白刃迫る中で踵を返しアシュドを見つめれば
「‥‥アシュド君の気持ちは分かるけど私の気持ちも、ね」
「っ?!」
 何か言おうとした彼の言葉を遮れば、アシュドの唇を自身の唇で塞ぎ目を白黒させる彼から身を引いて笑い、自身が抱えていた気持ちを耳元で囁いた。
「こう言う時は目を瞑るものよ、アシュド君‥‥でも私は、そんな貴方が好きよ」
 だがその光景に憤怒の表情を浮かべ迫るマリゥ、それでも彼女は落ち着き払って周囲を見回した後にその身へ眩しい光を宿すと、目前に迫る彼女の目を灼いた。
「!」
 予想もしない彼女の攻撃にマリゥは怯み、歪む視界の中で振るった刃はアルラウネの肩口を切り裂き、血飛沫を舞わせた‥‥その時。
 ルルイエの絶叫がシャーウッドの森に『再び』響いたのは。

●A Book
『お前は必要、ない』
 過去の失われていた記憶がこの風景に、この光景を目にして瞬き走馬灯の様に脳内で巡り思い出されれば私は心の中で反芻する。
『必要、ない?』
『もう、必要ない』
 そして帰って来たのは幼かった私の心に響いた『あの時』紡がれた拒絶の言葉。
 それから私は一人になって‥‥でも、救われた。
 だから私は愛情でも、友情でも構わず欲しくて、一人にだけはなりたくなくて、誰かに必要とされたくて、歩いて来た。
 けれど今、此処にいるのは『あの時』と変わらない自分。
 力を欲した、皆との絆を守れるだけの力を‥‥そしてその想いに呼応して『鍵』は外れた、『狂気』を魔本へ封じた者の血を引く彼女によって。
「う‥‥っああぁあぁ!」

「なっ、何?!」
「か‥‥はっ。なんだい、今日って日は全く。何でもありだねぇ」
 木霊する、ルルイエの慟哭にマリゥと刃を絡ませアルラウネと共にアシュドを守るハンナが身を震わせれば、紅の女戦士は再び震え始めた喉から独り言を吐き出すと
「どうやらゴーレム所じゃないか、これは‥‥引き上げるよっ、お前ら!」
「逃がさないっ!」
「美人の断末魔を聞かずに済んだのは幸いか、だが」
 撤退の号令を出し、踵を返すマリゥ。だがそれを対象に詠唱を始めるディーネを制し、蛍夜は先程までとは明らかに違う雰囲気を纏うルルイエへ視線を向けると
「我は『狂気』なり。しかし我はまだ完全ではなく、だが此処に器を手に入れた」
 その彼女、本を胸元で大事に抱き厳かに皆へ向けて呟けば
「そして我は此処に成さんとする‥‥蟲を導き、人を、世界を狂気へと誘う事を」
 顔を上げ、整った表情を歪め別人の様に冷酷な笑みを浮かべるルルイエではない違う何かが叫んだ。
「さぁ、いまぞ高らかに謳う時なり! 聞けよ、我が破壊の旋律を!」
 その叫びは周囲の大気を揺さぶり甲高い音を辺りへ撒き散らすと周囲の梢が蠢き出す。
「あの占いはこの事だったの‥‥来るっ!」
 鈴那の鋭い警告と同時、その梢より現れるレギオンの群にルルイエは
「この器、上手く、馴染まぬ‥‥此処は引くべきか」
 それだけを小さく呟いて迫り来る蟲の群へ飛び退り、その身を投じる。
「間に、合って!」
「ルルイエッ!」
 だがその、彼女が宙へ浮遊した時を狙い済ましディーネが唱えていたアイスコフィンを完成させ、解き放てば僅かな印で次いでアシュドも同じ呪文を放つがそれは悉く抵抗され、彼女は群の中へ完全にその姿を消した。
「一体、何が」
「‥‥何だって、言うんだ」
 レギオンの数は多くなく、故に紡がれた浄炎の疑問にアシュドも理解する事出来ず、冷淡に二つの答えられぬ問を抱えたまま呻いた。

 その後ゴーレムを騎士団の元へ届けると言う依頼は、無事に果たされた。
 だが魔本を携えて去ったルルイエはあの時から今も尚、戻る事はなくノッテンガムを覆う暗雲は未だ、晴れないまま重く立ち込めていた。