【魔本解放】争奪
|
■シリーズシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 39 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月18日〜11月26日
リプレイ公開日:2005年11月27日
|
●オープニング
●過去
「済まないがアシュド、彼女の世話を頼む」
ある晴れた日、父が一人のエルフを連れて私の部屋に来た。
実年齢は私より大分年上な事だけ分かったがその彼女は部屋に入って来てから常に無表情で、口は噤まれたまま何も発しない。
「‥‥お姉ちゃんを?」
その様子に幼かった私は首を捻る、何故その役目を私に任せるのか分からなかったから。
「あぁ、ちょっと訳があってお話しする事が出来ないが一人だと寂しいだろうからな」
「‥‥うん」
「それじゃあ、頼んだぞ」
その私に父は端的にそれだけ言うと、それでも幼い私は彼女をそのままにしておけなかったらしく頷けば、父も表情を変える事無く彼女を私に託して部屋を後にした。
「‥‥‥」
そして次に部屋に広がるのは沈黙、私は何を話したものか困ればそれでも彼女は変わらず口を開こうとしなかったから当然と言えば当然だが。
『一人だと寂しいだろうからな』
その時、さっき父が紡いだ言葉が脳裏を過ぎると私は彼女に『誓った』。
「お姉ちゃんは僕が守るよ! いつでも、一緒にいてあげる!」
「‥‥あり、が‥‥とう」
その頃の私が勢いで言ったのだろうが、それでも彼女はそれに僅かに反応して初めて唇を震わせた。
そしてそれが彼女の、私が初めて見た笑顔だった‥‥だが時間とは残酷で、だからあの時私は答えを返す事が出来なかった。
『何かを、誰かを、守れる力が欲しかった』のは何故?
●現在
「それから暫く年月を経て聞いたのだが、その時より以前の記憶がないと言っていた」
その昔話をノッテンガム城内で語るのは他でもない、アシュド・フォレクシーで過去に起きた何らかの要因からルルイエ・セルファードが魔本の封印を解いたと睨んだ彼は俯いていた顔を上げるとシャーウッドの森を一番に知ると言う、長老へ視線を向け問い質す。
「‥‥何があったか、分からないか?」
「魔本はその昔、レギオンを生み出したものを封じたもの。魔本はその血族によってしか封印を解く事が叶わず、それ故に」
その質問は非常に簡単だったが、彼の心情を察し長老は未だ謎に包まれている魔本の事に付いても踏まえ、語り出すがそれは途中で途切れる。
「昔、ある一家が皆殺しにされた。森の未来を案ずる想いが強かった同胞達の手によって‥‥な。あの頃までは魔本の守り手はそれを封印した血族がそのまま、受け継いで来ておったからのぅ。封じたままであれば、鍵たる血族は不要‥‥封印を解く事すら出来なくなるのだから」
「‥‥まさか」
だが暫しの間を持ってそれは完全に紡がれるとアシュドは遠回しな答えに顔面を蒼白にし、呻くが長老は冷静な面持ちのまま、残酷に頷く。
「恐らくおぬしが考えておる通りじゃと思う、その事件で両親の死体は確認されたが娘だけが見付からずにの‥‥それがルルイエと名付けられた子なのだろう。それが起きてから経った年月とその娘が生きていたらなっているだろう年の頃は、合致する」
それでもまだ続く長老の言の葉に、アシュドは後悔だけ脳裏を過ぎるが長老の話は終わらない。
「その一件以来、魔本はあえて外へ出した。森を訪れた冒険者達等に協力を乞い、託してな、一部は既に『暗部』に渡っている物もあったが何とか干渉し、外へ持ち出す事にも成功した。そして今となっては殆どの本に付いて鍵も分からなくなった‥‥じゃが」
その続く話はそれから後の話ではあったが
「じゃが、魔本は今になって解放された主の元に集おうとしている。封印されているものの力はシャーウッドの森でレギオンを封じている樹がある限り、解放はされない筈だがそれでも‥‥その当時の文献は最早なく、何が起こるか分からない。封印の再構築もそうじゃが、魔本もきゃつらの手から守り通さねばならぬだろう」
「魔本は何冊、ある?」
所詮、既に過ぎ去った話で長老は再び紡ぐのを止め、深い皺が刻まれている表情を険しくすれば改めて今を語り、それによって領主は魔本に付いて再度の確認をする。
「五冊と、文献には残っておった」
「ルルイエが一冊、それに先日図書館から奪われた一冊」
「確かそれ以前、ナシュトとか言う騎士が魔本を持っていた話を聞いた‥‥そして今はキャメロットにいるだろうイアンが一冊、持っている」
「残るは一冊か‥‥今となっては何処にあるか分からない、かっ!」
場に居る皆から寄せられる情報に、だがアシュドは苛立たしげに拳を壁に打ち据える‥‥何も出来ないかも知れない自身に対して。
「いや、分かる」
そして沈黙が舞い降りるもそれは意外にも僅かに一瞬、切り裂いたのはオーウェン。
「レイがこれを残していった、『後で必ず必要になる』と言ってな。恐らく此処が最後の一冊が眠る場所‥‥場所に付いては何とか、調べがついた」
言葉と共に一枚の紙片を皆の前に翳す、それに記されている簡素な地図に皆は食い入るが
「所で長老、解放された魔本を改めて封印するにはどうすればいい?」
「シャーウッドの森にある、封印の樹と同様に今ある本へ再度封じる方法と新たな本を作り術式を刻んでそれに封印する方法じゃ」
アシュドはそれよりルルイエを元に戻す方法が気になり、誰よりも早く長老を見つめ尋ねると思いの他、その解答はすんなり返って来た。
「じゃが、新たな本を作る技術は既に残されておらず‥‥再度封じる場合にも、その本に『狂気』の断片を封じた血族が改めて封じねばならぬ」
「‥‥何と言った?」
だが次に紡がれたのは再びの絶望、アシュドは思わず尋ね返すが
「ルルイエとか申す者に憑いている『狂気』を封印する手段は彼女以外に血族がいない以上、最早ない。救うには、滅する以外に何も残されては‥‥」
答えは変わる事なく、更に現実味を帯びて部屋中へ静かに響き渡る‥‥が彼は決意した。
「それでも、それでも私は」
その声音はまだ何処か頼りなく、未だ部屋に残る残酷な残響に掻き消されそうになるも
「此処に行ってみる、何か‥‥鍵がある筈だ」
それだけ言えば、アシュドは唇を噛み締めた‥‥折れそうになる自身の心へ抗う為に。
――――――――――――――――――――
ミッション:魔本を回収せよ!
成功条件:魔本を敵より先に回収出来た時
失敗条件:魔本を『暗部』に奪われた時
必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)
その他:今回はレイさんが残した手掛かりより、アシュドさんと共に残る一冊の魔本を回収して来て貰う事が依頼の主たる目的です。
どうやら現状では、魔本が揃った所ですぐに何か出来るという事はない様ですが‥‥それでも今後を考えれば一冊でも多く手にしておく必要はあるかと。
で肝心の洞窟に付いては過去に数度訪れてはいますが、隠し通路が未だに残っているでしょう。
それを鑑みて、必要な道具の準備や『暗部』も来るだろう事が予想されますので作戦も綿密に。
傾向:洞窟探索、シリアス
NPC:アシュド
――――――――――――――――――――
●リプレイ本文
●Darkness(闇の中)
「それは確かか?!」
「あぁ、間違いないさ。この目でしっかり見た」
仄暗い何処か‥‥『暗部』の一人であるマリゥが告げる、ルルイエが持っていた魔本の封印が解けた事と今までの彼女とは違う、別の意思を持って動き出したそれの報告を受けて感情を露わにするナシュトの様子へマリゥも少なからず驚くが
「‥‥ならば、早急に魔本を集める必要があるな。森の封印は残っているが‥‥それならば我らが気にする必要はないな」
「じゃあ次は魔本かい。一冊なら目星が付いているよ、尤も迂闊に手の出せる相手じゃなかったから監視だけ今もさせている形だけど」
「‥‥ならマリゥ、その一冊を回収して来い。『鍵』も含めてな」
それは束の間でナシュトがいつもの冷静さを取り戻すまで然程時間は掛からず、早々と判断すれば紅の鎧纏う女戦士へ命令を下すと
「‥‥我は魔本があるだろう場所に思い当たる節があるので、そちらへ向かう。任せたぞ」
「あぁ、大丈夫さ」
別行動を取る旨だけ、彼女に伝えればナシュトは彼女の返事に頷いた後‥‥『魔本』を静かに閉じた。
●Turning Point(分岐点)
「五ヶ月振りだな、元気そうで何よりだ」
「ノースさんも元気そうだねー、良かった良かった!」
『暗部』が今後の動きを確定してから暫くの時間を経て、レイが残した手掛かりを元に魔本の回収へ向かう一行、久々に顔を合わせる者も多くノース・ウィル(ea2269)が事細かく会っていなかった期間まで言えば、リュートベイルを奏で楽器の練習に勤しむハンナ・プラトー(ea0606)も満面の笑みを浮かべて答えれば、あちこちで話に花が咲くも
「今度は、『お仕事』よりも『想い』で動ける様に‥‥と」
出発前に今回の依頼以前の報告書こそ読め、他の面子程に今回の依頼に付いて知らないルーティ・フィルファニア(ea0340)が気後れしながら、それでも独り言を決意に変えると
「改めてだが、ルーティとは初めて依頼を共にするが‥‥今回の依頼ではルーティの魔法に期待している。知らない者も多いだろうけど、何かあれば私でも皆でも遠慮なく言ってくれ」
「はい、頑張りますね!」
彼女の様子を察してアシュド・フォレクシーが誰よりも早く、彼女へ話し掛ければルーティも一先ず、今回に至るまでの難しい経緯を別な所に置いてからいつもの調子に戻って、明るい声音で彼へ宣言するも
(「去年、パーティで始めて会った時の笑顔がアシュド殿に戻れば良いのだが‥‥」)
そんな二人のやり取りをふと目にしたノースは、ハンナ以上に久々に見たアシュドの振る舞いを何処となく無理している様に感じ、どうした物かと考えを巡らせる。
(「レイ、どうしたのかしら‥‥まさかあの肩の傷が。でも行方不明なんてあの人日常茶飯事だもの。でもあの戦いで無傷って事は‥‥」)
そしてその傍らでは道中から、表情を様々に変えて螺旋の思考に陥っているロア・パープルストーム(ea4460)が佇んでいた。
「どうしたんですか、難しい顔をして?」
「レイ殿の安否を心配しているのだな」
その様子に気付いたルーティが皆の輪の中に入り首を傾げ尋ねると、先の依頼を共にこなした面子の一人であるガイエル・サンドゥーラ(ea8088)が彼女の思考を読み当てる。
「まさか‥‥心配なんてこれっぽっちも。殺したって死なないし、埋めたって生えて来るわよ、レイなら」
が、その内心とは裏腹に彼女はきっぱりとそれを否定する‥‥もう少し言葉は選んで欲しいものであるが彼女の心情を察し、ガイエルは苦笑を浮かべた。
『最初から諦めるより、最善を尽くしその先の後悔の方が良い。足掻くだけ足掻いてみるが良かろう。真に大切なものの為であらば尚の事』
『大事な人なんでしょ? 頑張りなさいね』
そのエルフ達のやり取りの中でアシュドはふと、キャメロットを発つ前に自身の背中を押してくれた者達の言葉を思い出せば嘆息と共に言葉を捻り出す。
「違うんだが、な‥‥」
「ん、何が?」
ボソリと呟いただけの独り言はハンナの耳に届き、問われる事となれば
「‥‥ただ、彼女を守りたいだけだ。それ以上でも、以下でもなく」
「それじゃあ、アシュドさんにとってルルイエさんって方は何ですか?」
詰まりながら答えるアシュドだったが、積極的に行動する事と決めたルーティが改めてハンナが紡いだ質問に付いて尋ねると、今度は小さく唸って頭を掻き毟るだけ。
「あ。そう言えばこの前のあれ、まだ答えていないんでしょー?」
『この前の、あれ?』
「‥‥っ」
だがそんなアシュドに構う事無く、ハンナが先日目にした衝撃的事件の事を暗に仄めかすと事情を知らない他の皆は好奇心から一斉に彼を見つめ、追い詰める。
「実はねー‥‥」
皆の視線に気を取られている間、ハンナが口を開けばアシュドがその口を塞ぐより早く、事の次第を早口で捲くし立てるのであった‥‥。
「暗い顔していても、始まらない。そんな暇があったら前に進もう、オー!」
「よく言う‥‥」
「それとこのハーブの薬効はですね‥‥」
「ふんふん」
それから暫く、中継地である洞窟近くの村まで僅かに迫った頃。
呻くアシュドに聞く耳持たず、ハンナは先程から延々とロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)が語る薬草に付いての講釈を飽きる事無く聞いており、自身が振った話にも拘らず答えを返さない赤毛の騎士が振舞いに頭を抱えるも
「アシュドさんもルルイエさんも大好きだよ、あたしの大事なお友達だからね! 皆もきっとそうだから‥‥一人じゃないから、だから!」
その複雑な面持ちを浮かべるアシュドの手を握り、チョコ・フォンス(ea5866)が精一杯の想いを込めて励ませば、返事の代わりに一つだけ彼女へ頷き返し「分かっている」その頭に手を置けば
「それに、あの頃の様にへこんで貰っても困りますからね」
ハーブに付いての話がやっと終わったのか、ロゼッタが彼女に続いて言えば淹れてくれたハーブティーを一口啜りつつ、彼女らの気配りからアシュドが僅かに微笑んだその時だった。
「む‥‥」
一枚の羊皮紙が風に舞って彼方へ飛んで行ったのは‥‥因みに飛んで行ったのは以前にノースが洞窟内部に付いて記していた地図で、見たいと言うアンドリュー・カールセン(ea5936)へ彼女が貸し出した直後の出来事だった。
「アンドリュー‥‥」
「何やってるのー!」
それを見届けながら呻くジト目で彼を睨むノースの未だ僅かにはねている髪は家捜しした結果、過去にその洞窟を訪れた際に残した地図を掘り出した苦労の証。
その姿に何となく察しの付いたチョコもノースに続き、アンドリューへ猛烈に抗議すると
「‥‥問題ない、地図は頭の中に入れてある」
僅かな間は何かを意味してか、珍しく表情を顰めながらそれでも自身の頭を指で小突き言うも、皆の視線だけ静かにアンドリューへと注がれる。
「‥‥うっ」
圧倒的に女性が多いこの一行の中、非常に厳しい立場へ置かれるアンドリューはその重圧にたじろぐも意図あっての事だった為に、頑として自身を曲げず
「大丈夫だ‥‥そろそろ、行こう」
呻く様にそれだけ言えば、誰よりも早く続く道の先を目指して歩き出した。
そんな彼の誤解が解けるのは、もう暫く先の話で‥‥だが再び動き出した一行の視界に村の入口が見えると一先ず皆はその事を棚に置き、村へと急ぐのだった。
●Tombstone(墓石)
「ナシュト、か‥‥久しい名を聞くな」
「レイ殿の友人だったと聞いている」
村にて、一時の休息を取る一行は少ない時間の中でそれぞれに休息を取っていたがアンドリューは『暗部』が『蒼』、ナシュトの事に付いて尋ね回っていた。
「‥‥そうじゃの、確かにきゃつらは仲が良かった。真面目じゃがいささか頑固で融通の利かないナシュトをセルナが宥め、馬鹿ばかりするレイはやはりセルナが叱り飛ばしての」
「‥‥あぁ、簡単には聞いている」
やがて辿り着いた先は村長の元で、目を細め語る彼に同意してアンドリューは半分納得してはその先の話に何となく想像がつき、再び言葉を紡ぎ出すと
「ナシュトとセルナは‥‥もしかして」
「レイからある程度、話を聞いておるもそれは知らぬか‥‥まぁお主が思うとる通り、恋人同士じゃったよ、ナシュトとセルナはな。後は‥‥」
そして語られる話は少し前にレイが自身の口から紡いだ話とほとんど同じく、得られる物はなかったが‥‥蒼き天蓋を仰ぎ、続いてナシュトの話を僅かに語り
「ナシュトは昔から、真面目過ぎるきらいがあったからのぅ‥‥何もかにも一人で背負い込んでは良くセルナに怒られておったわ。だからこそ、あの事件の後‥‥あ奴は誰にも、何も言わずに去っていった。誰よりも、自身が許せなかったのだろう」
やがて視線を彼の胸元に光る古ぼけた十字架へ移せば、小さく微笑むと
「結局の所は先に聞いた話が、私達が知る事の出来るレイ殿の『色々』か」
そこに割り込んで来る声が響くと、いつの間にかその場へ歩み寄って来ては二人の話を聞いていたガイエルが一人、納得する。
「しかしレイは昔の話を語ったか‥‥それを託されておる辺り、信頼するに足る者じゃと思っておる様だな」
「‥‥そんな事は、ない。自分はあの時、何も‥‥出来なかった」
彼女に応える代わり、一つだけ頷けば続けて語られる村長の話に、だがアンドリューはそれを否定して声音だけ落とすも
「レイが生死不明であると言う報は聞いておる、じゃがそう簡単にくたばらんじゃろうて」
慰める様に彼へ笑い、声を掛ければ
「それを託されたのなら、お主には出来る事がある筈じゃ。それに‥‥レイの事を信じてやれ、あ奴なら必ず応える筈じゃ‥‥お主達の気持ちにな」
(「‥‥レイ殿の行方に付いては村長も知らぬか」)
次いで紡がれる言の葉は自身をも鼓舞する為にその口から吐いて出、ガイエルはそれから尋ねたかった一つの案件に付いて遠巻きながらも答えを得て、アンドリューの背後で内心ごちる。
「了解した。所で、セルナと言う者の墓は今‥‥」
「あぁ、それなら」
だが彼はそこまで思い至らず、最後に今はもういないセルナの墓に付いて尋ねれば村長の話を聞いた後、早々に踵を返す。
「‥‥ガイエルは行かないか?」
「いや、村長殿にもう少し聞きたい事がある。時間があれば後で向かおう」
そして歩き出して暫く、今更の様に思い出したのかガイエルへ振り返り様に尋ねるアンドリューだったが素っ気無い彼女の返事に、再び前進を開始する。
「まだ何か聞きたい事が?」
「以前に私達が来てから後、レイやナシュト‥‥他に誰でも構わないが誰か来なかっただろうか?」
やがて遠ざかる彼の背中を見送りつつ、だが村長からの問い掛けに彼女は本題を切り出すと
「大きな街道から外れている村じゃからのぅ、誰かしら立ち寄れば幾ら年老いたわしでも流石に覚えておる」
「そうか」
「過ぎた事に余り囚われ過ぎるなよ、過去に縛られれば行先を見据える瞳は簡単に曇る」
あっさりと返って来る答えに彼女は微動だにせず呟くと、彼は何を思ってか一つの忠告をガイエルへ告げる。
「分かっている」
年の功から言う事が出来るその忠告、ガイエルは受けて尚静かに返すと一礼だけは忘れず頭を垂れ、次いでその身を翻せば
「全く‥‥何処で油を売っておるのじゃ」
自分の元より去っていった二人の事を思い、昔は自身も良くレイの事を叱っていた頃を思い出し、村長は既に白くなった髭を摩った。
「あら、アンドリュー」
「ロアか」
やがてセルナの墓に辿り着いたアンドリューだったが、先客であるロアに出迎えられると
「此処だな」
「えぇ」
アンドリューがセルナの眠る場席へ花を捧げながら言葉少なく交わす二人は次に揃って、今は静かに佇むだけの墓石へ向けて黙祷も捧げる。
「彼女は今、どう思っているかしら‥‥」
「それは分からない、だがこの様な結果は望んでいないだろう」
風だけが静かに漂う中、黙祷を終えたロアの声が風を打ち消す様に響けばレイから預かった十字架を意識せず握り締め、アンドリューが毅然と答えたその時。
「まさか、ね‥‥」
鷹の鳴き声が聞こえた気がしてロアが頭上を仰ぐと、虚空の高くを舞う鳥を見付け先日酷く嫌われたレイの鷹、ゼピュロスではないかと勘繰るが‥‥彼女の肩を叩くレンジャーが何も言わず、首だけ左右に振ればその鳥が飛ぶ間近、更に高みにある太陽の位置から集合時間が近い事を悟れば彼らはその場を後にした。
アンドリューが手向けたばかりの、名も知らぬ花の花弁がその背後で舞う事に気付く事がないまま。
その二人がセルナの墓を後にした、丁度その頃。
「‥‥果たして魔本の封印が解ける事で皆が皆、ルルイエ殿のようになる可能性は不明だがシャーウッドの森に残る封印が一つでもあれば、魔本が全て揃おうとそれは脅威ではない‥‥らしい」
「まぁ一先ず、そんな所か」
「うんうん」
「むー、難しいです!」
「‥‥だね」
今回の依頼における鍵である『魔本』に付いて二人より先に戻って来たガイエルの、時折ハンナ(相槌担当だったが)やアシュドが注釈を付け沿えながら知り得る限りの話を語れば、意外にも難しい話が苦手な魔術師のルーティを筆頭に残りの面子は皆、話が終わったと同時に根を上げ草原へ倒れ伏す。
その光景にアシュドは笑いを噛み殺すも
「‥‥悩むな、と言っても無理だろうけれど、私達はルルイエ殿やノッテンガムの力なき人々の笑顔を守り、取り戻す為に動いている。ならば私達は苦しくても笑ってないとな」
やはり、先から変わらず無理をしている雰囲気だと察したノースが気を遣い、静かに彼へ囁けばアシュドの返事より早く頭上を見上げ
「しかし、先日使った地図がないのは痛いな‥‥」
「先にノースから借り受けた地図なら、ここにあるぞ」
集合時間が近い事に気付けば苦労して探した地図が飛んで行った事を思い出し、嘆息を漏らしたその時‥‥タイミング良く戻って来たアンドリューの声が響くと共に、一枚の羊皮紙を風にはためかせ皆に見せ付けたのは。
「‥‥尾行していると思われる敵に偽の地図を掴ませて誤導させる為だ、敵を欺くにはまず味方からとも言う」
そして皆の元へ歩み寄り、ノースの地図を宙へ舞わせた理由を小声で言う彼だったが
「でも必ず敵が拾う訳じゃないでしょ?」
「‥‥肯定だ」
未だ草原に寝そべっているチョコの突っ込みは否定せず渋面を浮かべ頷き、それに皆は嘆息を漏らす。
「行きましょう、それが功を成しているか分かりませんが‥‥あたし達は前に進まないと」
だがロゼッタが皆を嗜め立ち上がれば、天空高く聳える太陽を見つめ目を細めると一行を促した。
●Hole Being Lazy(穴だらけ)
「ふぅ‥‥丁度、到着ですね」
あれから一つ、夜を越えて一行は目的とする洞窟に辿り着く。
朝方からの行動で皆は防寒着を纏い、動き辛いながらも行軍の中でロアとアンドリューを加えて更なる魔本の講釈を受けながら、頭から煙を出しかねなかったルーティが洞窟の入口を見止めると、安堵の溜息を漏らす‥‥ウィザードなのに難しい話が苦手だと言うのは珍しいタイプの気も。
「特にあれから、変わった様子はなさそうね」
それはさて置き、周囲を警戒して先刻訪れた時から変化がないかだけロアがざっとだけ見回し判断すると、皆を手で招く。
「いつまでもしょげてない! これからが本番なんだから、ね」
「‥‥あ、あぁ」
その中で未だに偽地図の事を気にしているのか、僅かだがいつもより表情が冴えないアンドリューに気付いたチョコが彼の背中を勢いよく叩けば、彼は顔を背けながらも頷く。
「むぅ‥‥」
感情を表に出す事のないアンドリューにしては珍しく、頬が先程より赤くなっているのはチョコの事を意識してか‥‥だがノースの視線には気付く事がないまま、彼は一行の先頭に立つべく急ぎ駆け出した。
「この道は‥‥どうだったか?」
「‥‥どうだったかしらね?」
その洞窟内部、ロゼッタが構築した灰の人形二体が先行する形でアンドリューとハンナが照明を掲げその後ろから周囲を警戒しつつ皆を導けば、以前此処に来たノースとロアが地図を睨みながら首を傾げる。
‥‥人の記憶とは意外に頼りにならないものであるが、以前に訪れてから四ヶ月も経っていればそれも当然かも知れない。
「確か、此処に槍があった筈だ」
だが三人もいれば少なからず覚えている者もいる訳で、辛うじてガイエルが記憶の片隅から過去の情報を掘り起こして地図の一箇所を指差せば一先ず、先日の情報を整理し終えると
「とりあえず、怪しい所を片端から掘っちゃおー!」
ハンナの無駄に明るい発言の元、そうするしかないだろうと皆も腹を決めれば人力に魔法を全開に、洞窟の大発掘を開始するのだった‥‥今更ながらにはた迷惑な事をしてくれたレイを恨みながら。
「楽しいですね〜」
だがそれでも意外に楽しんでいるのはルーティ、ひたすらにウォールホールを唱えては壁を削り取っていくだけの単純な作業にも拘らず、皆が呆れる勢いで掘り進むその様子は純粋に楽しんでいると見て取れる‥‥天真爛漫な性格故だろうか。
「んー、見付からないねぇ〜」
と言う事で洞窟のあちこちを掘り進んで暫く経つが、ロアとアンドリューが警戒こそすれ敵が現れそうにない中で他の者が行なう作業は確実且つ効率的に進むも、シャベルを片手にチョコが唱えたクレバスセンサーの反応する箇所をもう何度目か掘り終え呟くハンナが言う通り、今の所は魔本を見付けられずにいた。
「どれだけ掘っているのよ、レイは!」
「‥‥まぁ、落ち着け。気持ちは分かるが」
流石に呆れ、遂には叫ぶロアだったが残念ながら怒るべき相手はいない。
先日訪れた際もそれなりに掘ってはいる筈なのだが、未だ新たな部屋が残っている事に彼女が怒鳴りたくなる気持ちも分かるが、アシュドが思わず彼女を宥めるも
「しかもろくな物がないわ! レイの倉庫じゃなかったの、此処!」
「此処は倉庫ではないだろうが‥‥これではそうも思いたくもなるな」
「全くだ」
「‥‥一度、休憩を挟みましょうか。外の新鮮な空気を吸って」
「だね〜」
部屋から出て来るゴミに近しき物の山を前にその効果は殆どなくノースとガイエルも彼女に賛同すれば結局、ロゼッタの提案に皆が頷くと、入口へと向かう事と決めた一行。
「ん、どうした。ハーティ」
が外まで僅かな所まで戻って来た時、アンドリューの飼うボーダーコリーが立ち止まれば地面の一つ所をぐるぐる回り、その鼻を鳴らした。
「風の流れよ‥‥その隙間を見出し、あたしを導いて」
「どうだ?」
今までにはなかったボーダーコリーの反応に皆が訝るのは当然で、もう何度目かクレバスセンサーの呪文を唱えるチョコが反応ありきと頷けば
「ルーティさんは休んでいて、此処は私がっ!」
未だに元気なルーティがそれこそ二桁には乗っているだろう穴掘り呪文を唱えようとするが、それをハンナが手で制するとシャベルで地を穿つ事暫く。
「‥‥見付かりましたね」
「こんな所にあるなんて‥‥レイ、貴方って人は」
ロゼッタとロアの何とも言えぬ疲労感から吐き出した言の葉が洞窟内部へ響けば次いで、黒い表紙を纏った一冊の本が土中から皆の目に映る。
「面倒臭くなったのかな、あれだけ沢山掘ったから」
「槍と魔本、どちらを先に隠したのかは分からないが‥‥深い考えがあってのもの、と信じたい」
ガイエルが厳かにそれを浅く掘られている地面から取り出し、アシュドへ渡す中で推測するチョコとアンドリューだったがやはりこれも分からないまま‥‥まぁ分かった所でどうした事もないが。
「‥‥まぁ、とにかくだ。チョコ、外の反応はどうだ?」
「誰かいる、でも‥‥一人だね」
「ナシュト、と仰った方でしょうか」
その時、周囲の空気が変わった事に皆が気付くとアシュドの問い掛けにチョコの答えからロゼッタが紡いだ疑問へ
「恐らくは‥‥行こう、いずれ決着はつけなければならない」
表情を引き締め、ノースが言えば魔力の込められた月桂樹の木剣を抜き皆へ告げ
「私も初めて対峙するが、ルーティも気を付けてくれ」
「が、頑張りますっ!」
久々の実戦だと言っていたルーティへアシュドが声を掛ければ、彼女も覚悟を決めると一行は先を行く灰の人形達が健在である事を確認した後、まだ日差しが降り注ぐ洞窟の外へと僅かな間を置いて駆け出した。
ウォールホールが使えるなら洞窟周囲を予め探索した上で最短ルートを選定して別の出口を作成し、『暗部』を出し抜く事も可能だったろうがそれは記録係の者が思った今更な話であるし‥‥彼らとて、今更引ける筈もなかった。
●Roaring(咆哮)
「‥‥魔本を、渡して貰う」
その洞窟の外、一行の前に立ちはだかっていたのはナシュトがただ一人。
しかし一行を前にしても纏う気迫はそのままに、揺るぐ事なく静かに呼び掛ける。
「‥‥っ」
数の差など一向に気にせず呼び掛けるその様と、ナシュトから放たれる重圧にいつもは無駄に明るいハンナですら、呻き呑まれる。
「悪いが、渡す訳には行かない」
「‥‥そうね、魔本を使って良からぬ事を考えているみたいだけど」
だがその呪縛から皆を解き放ったのは、一時的にでこそあったがこの面子の中でナシュトと唯一接した事があるアンドリューとロア。
決然とした意思を持って二人が告げれば、蒼き騎士は自らが持つ黒き本を翳し呟く。
「腐っている枝葉は切り落とさねばならぬ、でなければその樹が如何に大きくともいずれ腐り果てるだろう‥‥尤も枝葉を切った所で既に遅いと判断したからこそ、これの力を借りる事にしたのだがな」
「‥‥まさか、貴方も」
「『狂気』を封印した血族だったか」
既に開かれているそれとアシュドが持つ魔本を見比べ、ロゼッタと掘り出したばかりの魔本を持つ彼が呻く中で彼は問い掛けに答える事無く続ける。
「いずれ、誰かがやらねばならぬ‥‥なれば」
しかし、それは最後まで紡がれる事はなかった。
「そんなのは‥‥違うっ!」
「‥‥あぁ、お前のその考えは独り善がりで余りにも短絡的過ぎる。どうして、信じる事が出来ない」
「信じる、か‥‥詰まらぬ」
ナシュトが紡ぐ意思を遮り否定するのはチョコと、それに続けてノースも己の意思を言葉に乗せ放てば、ナシュトはそれを突き放すも
「詳しい話は知らないけど‥‥けど、貴方はそれでいいのですか?」
一人まだ、把握しきれていない事が多いにも拘らずルーティの囁きに彼は肩を落とし‥‥次いで懐へ魔本をしまえば、両手でいびつな形状をした槍を掲げる。
「だからこそ、我は此処にいる‥‥故にその魔本を貰い受けるっ、貴様らを倒して!」
「皆、こっちへっ!」
それが戦いを告げるものだと察したガイエルが手近にいる皆へ呼び掛け、即座に詠唱を完成させては出来得る限り厚く、広範囲に聖なる防壁を展開し‥‥同時に振り下ろされた槍が地で炸裂すると、僅かな抵抗の後にそれは砕け散り
「くぅ‥‥流石に無理、か」
ガイエルら、幾人かの魔術師が吹き飛ばされる。
「全ては封じられた魔本を解放し、新たな世界を構築する為‥‥その道を切り開く為、彼女の為に‥‥!」
「あぁ、貴方‥‥っ!」
そしてその身を震わせ、天上目掛け咆えては駆け出すナシュトだったが
「私には正直分からない事ばかりなんですよっ! だから、今は大人しく帰って下さい‥‥私が皆さんと同じ想いで動ける様になるまでは!!」
先の衝撃波から立ち上がり、己の中に蟠る気持ちをナシュトへぶつけんと手を払い叫ぶルーティの声が響けば同時に魔術師達は各々に詠唱を始め、次いで周囲に舞う四色の淡き燐光はやがて形を成せば紅蓮はハンナへ、他は全てナシュトへと降り注ぐ。
その一色、僅かな詠唱で織り紡いだルーティの魔法がナシュト周辺の重力が反転させ、その身を宙へ放り出すとその途中、雷撃と氷檻が彼の身を打ち据え‥‥落下する蒼き騎士。
巨躯故に落下と同時に舞い上がる土埃に、魔術師達は目標を見失い再び詠唱だけ連ね‥‥だがそれを厭わずその身に闘気を纏ったハンナが、小太刀と闘気の盾を掲げ突っ込むが
「‥‥のっ!」
その土埃の向こうから突如、歪んだ槍が突き出されれば慌てそれを受け流し‥‥互いの武器を打ち合わせ対峙する二人は僅か固まり‥‥辺りを静寂が包む。
だが、それを切り裂かんとノースが木剣を掲げナシュトへ全体重を乗せた一撃を見舞おうとした事で、場は再び動き出す。
「邪魔だぁっ!」
その絶叫と同時、彼女の一撃を僅かに逸らし脇腹を抉られるだけに留めると禍々しき槍は煌き、地を穿つと再び扇状に地を奔る衝撃波にハンナとノースから‥‥その後ろに控える魔術師までをも薙ぎ払う。
「ちょ‥‥あの時より、何か強くなってない?」
肩で荒く息をしているも、ナシュトの振るう力に衝撃波の範囲から外れていたロアはたじろぐが、それでも自身が唯一出来る事は止めず、高らかに詠唱を紡ぐ。
「負け、ない‥‥」
「‥‥守るべき人がいる、理由はそれだけでいいだろう」
「あたしは、あたし達は最後まで‥‥諦めないよ」
そしてそれは皆も同じで‥‥吹き飛ばされても尚、信念を貫こうとノースがよろめきながら立ち上がれば次いで、その範囲にいたチョコを庇って手酷い傷を負うアンドリューに、彼女も抗いの姿勢を未だ崩さずに見せ付けると
「‥‥貴様らぁっ!」
遂にはナシュトが激昂は地を震わせる程に轟き叫び、場の空気が異常なまでに昂ぶり蒼き騎士は再び槍を掲げ
「魔本の事に付いて‥‥洗い浚い話して貰うぞっ!」
「っ‥‥アシュドさん、ここでそれはっ!」
それに呼応してか、アシュドもまた抑えていた感情を解き放ち叫べば詠唱を紡ぎ上げる。
その朗々たる詠唱から彼が放とうとしている魔法がアイスブリザードだと気付いたロゼッタが慌て、それを制するべく駆け出す‥‥それがどれ程の威力で何処までを範囲としているか分からないが、下手をすれば皆がその範囲に入っている事を察して。
「‥‥セルナが眠っているのだろう、この地には。貴様は此処を血で汚すつもりか?」
だが次の瞬間、槍が爆裂するよりも氷の嵐が吹き荒ぶよりも僅かに早くアンドリューの‥‥怒鳴るのでもなく、言い聞かせるのでもなく、ただ静かに言の葉が響けば、ロゼッタも辛うじてアシュドの詠唱を制し‥‥再び場は沈黙する。
その、ただ静かな領域の中で遊ぶ事に飽きた子供の様にナシュトが踵を返せば、その蒼き騎士を地に転げるアシュドは自身の視界に収め、尚も詠唱を紡ぎ上げようとしたが
「もう少し周りを‥‥己を見ろ、その余力はもうない」
「く‥‥っ!」
ガイエルのいつもと変わらない冷静な声音に彼はただ、叫ぶしかなかった。
●No Key(鍵はなく)
「これで一先ず、大丈夫だ‥‥」
‥‥その後、場を変えずに休む事無くノースが皆を魔法で癒し一時の処置を済ませると
「済まない、熱く‥‥なり過ぎた」
未だに静まり返る場にアシュドの詫びだけ響き渡れば
「だが、この魔本以外には何も‥‥」
続き紡がれる彼の言葉はいつも以上に暗く、澱んでいたが
「まだ諦めるのは早くない?」
いつも以上に明るい声音で彼の肩を叩き、そう呼び掛けたのはハンナ。
「こんないい加減な私が何で、ナイトになったのか‥‥こんな風に大事な人を守る為に、皆の笑顔が見たいから‥‥多分、今この時の為だね」
そして彼女はアシュドへ笑い掛けると自身が今まで、歩いて来た道を振り返り‥‥改めてそれを心に刻むと
「だから、待っててねルルイエさん‥‥きっと取り返してみせるから」
その視線を上げ、頭上を見上げては輝く太陽へ拳を掲げるのだった。