【魔本解放】再臨

■シリーズシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 20 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月03日〜12月14日

リプレイ公開日:2005年12月09日

●オープニング

●『暗部』前
「‥‥‥」
 漆黒の服を身に纏う冒険者風の男達がアイコンタクトで合図を取り、少しずつ入口と思しき場所へ木々の隙間を縫って近付く。
 その数、六人はやがて集結すると事前に打ち合わせていた通りに行動を開始しようとし、地下に伸びているのだろうか小高い丘の木々に隠れているその扉に手を掛けた‥‥その時だった。
「っ!」
 周囲を業火が覆い、次いで何処に潜んでいたのか『暗部』の兵達が飛び出して来たのは。
「‥‥悪いが、容易く抜けられると思うな」
 扉がある、その丘の上で着流しと束ねた長い髪を風に靡かせ佇む浪人風の男に歯噛みして、六人は自身らを包囲する網を脱すべくそれぞれ得物を抜いた。

●ナシュト
「馬鹿な奴らめ」
 それから暫く、浪人風の男から先の戦闘に付いて報告を受けるナシュトは侮蔑の言葉を今は亡き侵入者達へ送り、立ち上がる。
「‥‥我が負ける訳には行かない、彼女の想いに応え続ける為に」
 呟くその決意は果たして今、歪んでいないとは言えない。
 だが彼は気付かない。
「‥‥我が負ける訳には行かない、最早二度と愚かな事を繰り返さない為に」
 呟くその決意は果たして今、歪んでいないと言える。
 だがやはり、その真意は既に歪んでいると言う事に彼は気付かない。
「しかし此処が気付かれた可能性があるか、ならいずれ‥‥奴らが来るな」
「恐らく」
 全ての綻びはあの時から、セルナを失った時から、魔本を手にしてそれを開いた時から。
 全てはナシュトが引く血から‥‥だが彼はその事に気付かない。
「‥‥来るならば丁度いい。この機に、魔本を取り返す‥‥準備だけ怠らずに行なっておけ」
 それでも全てを破綻へ導く様に、魔本は何も語らず蒼き騎士へ道標を指し示した。

●オーウェン
「偵察だけ、と言う話だったがこの時間になっても帰って来ないとは」
 その翌日、ノッテンガム城。
 オーウェン・シュドゥルクの呟きはゼストが携えて来た答えに付いて先んじた予想を含んでおり、だがそれでも彼は告げる。
「全滅、だろうな。だが果たしてそこが本当に『暗部』の拠点かまでは‥‥」
「分かった。ならばアシュドへ連絡を‥‥魔本にも携わるだろうこの件に関しては彼に一任する、厳しくもあるがそれが最適だろう。それとこの手紙に書いてある『騎士』も同道させる様、併せて文に認めてくれ」
 その答えに領主はキャメロットにいる友人から届いたばかりの手紙を見て、それに記されている『暗部』の拠点が何とか探し当てた場所と合致はするも、ゼストの言葉から罠と言う可能性も踏まえて考え込み‥‥だがやがて傍らにかしまづく執事へ指示を出せば
「それとレイだが未だ、見付かってはいない」
「そうか‥‥」
 続くゼストの更なる報告に相槌だけ、辛うじて打つ領主。
「しかし常に騎士団が動いていると言う事態は私が覚えている限り、初めてと言ってもいいが‥‥その様子はどうか」
 それは一時振り切って此処数ヶ月の間に起こった事を再び思い出し、その中で一番に奮戦しているだろう騎士達の置かれている状況から厳しい表情を浮かべ呻くオーウェンだったが、それでも此処まできた以上はやり通さなければならずにその騎士達を束ねる騎士隊長のヴリッツから近況を尋ねれば
「封印が強化、増加された為にレギオンはその数を大分減じましたがそれにも拘らず動きは活発なまま‥‥未だ防衛と奮戦を続けております。士気は高くもやはり各員、疲弊しております」
「そうか。ロットの動きが未だに分からぬのが引っ掛かるが、そちらの兵も含めて増員に再配備を検討せねばならないな。この後で纏め、早急に動こう」
「はっ!」
 淀みなく返って来る騎士団長からの答えに領主はその腹を決め、先の方針を打ち出すも
「数が減っているにも拘らず、力押しか」
 しかし何か、オーウェンの心の中で何かが引っ掛かっていた。

●アシュド
「此処にある筈もない、か」
 先の依頼からキャメロットへ着くなり、皆と別れ一人図書館へ足を運び『魔本』に付いて調査を開始するアシュドだったが、当然の事ながらそれに関する記述は全くなく‥‥未だに掴めない器と『狂気』を分離する手段が見付からないまま、途方に暮れる。
「これ以上‥‥何処を探せと」
「アシュド様」
 焦りに苛立ちだけが募る中で彼はその拳を本棚へ叩きつけようとした時だった、不意に背後から呼び止められたのは。
「至急のお手紙がアシュド様宛に届きましたので、急ぎ持って参りました」
 聞き覚えのある声に、振り上げた拳を慌て収めながら振り返るとそこには彼に仕えている執事の姿があった。
「手紙?」
 一瞬訝るも、それが何かと理解すれば差し出された一枚だけで纏められている羊皮紙を開き、すぐに畳む。
「また暫く此処を空ける‥‥悪いがまた、留守を頼む」
 彼の指示に執事は嫌な顔一つせず、恭しく一礼すればアシュドは踵を返し図書館を後にする。
「何であれ、縋れる物がまだあるのなら」
 そして彼も外へ出て、風にはためく外套はそのままに険しい表情のままでアシュドは冒険者ギルドへ向かうのだった、その冷静さを欠いたままに。
「ちょぉっと待ったぁー!」
 だがそんな時だった、背後よりアシュドを呼び止めているのだろう声が鳴り響いたのは。

●ルルイエ
「‥‥後もう一押し、と言う所か」
 シャーウッドの森‥‥梢のその高み、ルルイエ・セルファードと言う器を借りる『狂気』は各所の報告を受け順調に事が進んでいる事から満足げに嗤う。
「冒険者達がまた来る事だろう、な」
 奴とは恐らく『暗部』がナシュト、その存在は知っている様でそれならば結託する事も可能だろうに、『狂気』は未だシャーウッドの森から動く気配を見せず。
「ならばその後だな、狙うのであれば」
 そして新たな指示をレギオンの指揮種へ下す『狂気』が狙いは果たして‥‥その真意はこれより後に分かる事となる。
 だが今は、森は、ノッテンガムはいつもと変わらず静かなまま。

――――――――――――――――――――
 ミッション:『暗部』の本拠地を探し出し襲撃、壊滅せよ!

 成功条件:ナシュトを倒した時
 達成条件:『暗部』本拠地を叩き、その機能を麻痺させた時
 失敗条件:挫く事が出来なかった時
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 内容:今回の依頼はアシュドさんへ託された魔本回収の任から、『暗部』本拠地の捜索及び襲撃を協力して行なって頂きます。
 場所に付いては確定されていませんのですが、別件にてその情報を知っているだろうヴィーと言う騎士を連れて『暗部』本拠地を捜索‥‥見付かり次第ですが、襲撃を掛けます。
 非常に難しい依頼かと思いますが宜しくお願い致します。

 その他:レギオンの封印に付いて、元よりあった封印の強化及び三つの封印が再構築された事を先んじて此処で報告しておきます。
 また、ノッテンガム市街までは馬車が出ます。

 傾向等:シリアス、『暗部』本拠地の捜索と襲撃、状況によっては死者が出る可能性も
 NPC:アシュド、ヴィー
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0606 ハンナ・プラトー(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1180 クラリッサ・シュフィール(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2269 ノース・ウィル(32歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4460 ロア・パープルストーム(29歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)

●サポート参加者

ソムグル・レイツェーン(eb1035

●リプレイ本文

●道中
「探し物は何ですかっと‥‥見付かるかって? 見付けるしかないよねー」
「あぁ、そうだな」
「大丈夫大丈夫、何とかなるって! 焦るなって言う方が無理かも知れないけど‥‥ね」
 冒険者ギルドを前に、集う一行の中で吹く風に髪を靡かせ呟くハンナ・プラトー(ea0606)の言葉は今回の依頼人であるアシュド・フォレクシーへ響くも、何処か精細の欠いた声音に彼女はそっと励ます。
「誰かと思えばあの時の、女難と遭難の相が出ていた長マフラーだったか」
「そう言う貴様は万年腹減り娘!」
「‥‥誰がだ!」
「何だ、やる気か!」
 かと思えばその傍ら、今回同道する事となった元『暗部』の一員であるヴィー・クレイセアへ、一行の中で彼を知る少ない人物の一人であるノース・ウィル(ea2269)が問い掛けに、彼もノースの事を覚えていたらしく以前に呼んだ二つ名を口にすると静かに周囲から漏れる笑い声に彼女は頬を染めながら、ヴィーの頭を引っ叩いたり。
「味方を信じる事も大事な戦い方だよね‥‥だから今度こそちゃんと聞いてあげるし、色々と教えてね」
 そして始まる二人の口論だったが、それを気にせずヴィーへ呼び掛けるチョコ・フォンス(ea5866)の優しく響く言葉に騎士からその口論を止めると
「うむ、良きに計らえ」
『‥‥‥』
 次いで胸を反り返し偉そうに抜かす騎士の様子には皆絶句し、だが負けじと一斉に睨みを利かせれば
「あぁ、嘘だ嘘! 勿論協力するさ! その為に我は此処まで来たのだからなっ!」
 案外あっさり折れ、笑顔を溢す騎士に深い溜息を漏らす。
「‥‥まぁ此処で話していてもしょうがない、皆馬車に乗ってくれ。話はそれからにしよう」
「そうですね、急ぎましょう」
 だがそのヴィーが作った違う意味での沈痛な雰囲気を振り払いアシュドが皆へ呼び掛けると、ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)がその二人を続け見て微笑み頷けば、皆はヴィーのせいで忘れ掛けていた用件を思い出し、急ぎ馬車へ乗り込むのだった。

 そして道中、馬車の中でヴィーと交わされたやり取りはこんな感じだった。
「ヴィーさんが『暗部』に入った理由って何ですか?」
「旦那に拾われたからだ。その頃の事は良く覚えてはいないがその恩を返そうと思って、な」
「『暗部』ってそもそも、誰が作ったの?」
「ハンナさんは知らないんでしたね、『暗部』とはシャーウッドの森に住まうエルフ達の一部の方が作ったのですよ」
「ふーん‥‥とそう言えば急に性格が変わっちゃった様な人とか、新しく入ったのに偉そうにしている人とかいなかった?」
「何を考えているのか、分からない奴ならいる。性格が変わった‥‥と言うのが正しいか分からないが旦那が一番、心変わりしたと思う」
「炎を操る志士とかは?」
「そいつが一番分からん‥‥マリゥの姐さんは戦い一辺倒で自分を強くする事だけ、興味を覚えているみたいで一番に分かり易いが、他の奴の事は我もよく知らん」
「何故、『暗部』から離脱をしたのか」
「‥‥何時の頃からだったか、その心変わりした旦那が昔の旦那じゃない事に気付いたのだ。昔から厳しかったが‥‥少なくとも今の旦那は昔の旦那じゃなくて、何処か冷たくて‥‥だぁっ! 何と言ったらいいのだっ?!」
(『馬鹿だ‥‥』)
「‥‥『暗部』の本拠地の構成と暗部全体の人数はどの位だ?」
「‥‥本拠地に付いては間違いなく、案内する。我が知っている頃の『暗部』の総数はお前達が思っている程、多くはないと思うぞ」

「何で私達‥‥と言うか、こちらに都合の良い様に協力してくれるんですか?」
 とそんな、所々で抜けつつも続け様に紡がれた質問に一区切り付いた時。
 ルーティ・フィルファニア(ea0340)の、彼自身へ対する最後の問いが場に響いたのは。
「この様な事をして、ヴィーさんに利がある様には思えませんし‥‥こんな事をして得られる名前は、『絶対無敵のアリンコ』所では済まないでしょう。むしろ『裏切り者』とか‥‥それが丁度良い名だと言われ、呼ばれても仕方ありませんよ?」
「それでも、譲れない物がある‥‥決めた事がある。その‥‥旦那を止める為ならば我は何と呼ばれようとも構わない、だから此処にいる」
 確かに彼女の言う通り、今まで敵だったものが掌を返して味方になるのだ‥‥普通に抱くだろうルーティの疑問へ、彼は今までとは全く違った表情で至って真面目に彼女へ言うと
「主君に忠義を尽くすのが騎士の務めだ。だが主君の無法を正すのもまた、騎士の務めだ」
 その彼の真意を汲んで表情は厳かなまま、チョコの騎士となったアンドリュー・カールセン(ea5936)が自身の抱いていると思われる騎士道に付いて語れば‥‥ヴィーの表情は本当の意味を持って引き締まる。
「ま、何はともあれ、宜しくお願いしますね‥‥って知っています? 私よりも貴方の方が皆さんとお付き合いが長かったりするって事にね、アリンコさん♪」
 だが次いでルーティがヴィーへ笑顔を振り撒き、からかう様に言えば次いでその肩を叩いて踵を返すと呻く彼を背に業者とアシュドが座る方へ向かい、顔だけ外に出す。
「もう少し、ですね」
「あぁ、そうだな‥‥」
 そして彼女の視界に初めて映る、ノッテンガム城とその町並みに見ながらアシュドへ呼び掛けるも返って来る素っ気無い答えにルーティはまだ付き合いの短い彼へ、次に掛けるべき言葉に悩むが
「アシュドさん、きっとチャンスは訪れるから! 守りたいって想う事は大事だから‥‥戻って来て欲しいって、そのままに伝えたらいいんだよ!」
 いつの間にか近くにいたチョコが彼女の代わり、続きを言えばアシュドは振り返って二人へ静かに微笑んだ。

「‥‥駄目ね、どうしても上手く行かないわ。これで必ず出来る筈なんだけど」
 その馬車の中で一人、スクロールを前に呻いていたのはロア・パープルストーム(ea4460)。手製のスクロールを作るべく一人奮戦していたが、イメージでは完全に作れると確信しているも実際にはそれとずれている巻物の出来上がりに納得が行かずにいた。
「やっぱり、環境が良くないかしら?」
 揺れる馬車の中でふとその事に思い至り‥‥馬車を止めさせ、皆を暫く遠くへ追い払った上で作ってみようかとも考えたが
「報告したい相手がいないんじゃね‥‥しょうがない、今回も見送りね」
 今は何処かへ姿を眩ました彼だけの為にそんな行動を取る訳にも行かず、肩を落とすとロアは筆をしまった。

●暗部
 ノッテンガムへ降り立った一行はそれから休む事なく行動を開始する、全ては『暗部』を挫くが為に、ナシュトを止めるが為に‥‥そしてルルイエを元に戻すが為に。
「そう言えば聞くのを忘れていたんですが〜、方向音痴って本当ですか?」
「‥‥知らん」
 道中で聞いた『暗部』の本拠地は思っていたより市街に程近い森の中で、だがそれでもシェリル・シンクレア(ea7263)は忘れていた一つの問いを投げ掛けると、ヴィーはそっぽを向いて一言だけ‥‥どうやら図星らしい。
「もし本拠地の進入経路で‥‥秘密の通路があれば教えてね。そこまでは私達が連れて行ってあげるから」
 それが意味する事を察し、ロアが小さく笑っては彼を宥めると行軍は開始される。
「指揮官が落ち着かない様では兵も不安になる、もう少し冷静になれ」
 その先頭を暫く勤めるアンドリューが、周囲の状況を大よそ把握した後に予め皆に話していた通り、一人で動き出そうとする前に何処となく忙しない雰囲気を纏うアシュドを察し声を掛ければ
「無理はしても無茶はするなよ?」
「その時の状況にもよる‥‥故に必ずとは言えない」
 彼に続き、ノースも声を掛けるが変わらぬ雰囲気の中で紡がれる言葉に二人は肩を竦め
「とにかくだ、もう少し肩の力を抜け。まだ何も終わってはいないのだからな」
 それでもノースは彼を気遣って肩を優しく叩き笑えば、アシュドは何も言わなかったが少しだけ微笑んだ。
「無茶、しないでね」
「‥‥分かっている」
 その光景を目にし、僅かにだけ安堵を覚えると近寄って来ては不安げな声音でアンドリューの心配をするチョコへ、表情は静かなままで言葉少なくそれだけ言うも同時に彼女の髪を静かに撫でると
「後で合流しよう、皆‥‥無事で」
「アンドリューさんこそ」
 今度は皆を見回し、一時の別れを告げればロゼッタは整ったその表情に敢えて笑みだけ浮かべると頷きだけ返すアンドリューは森の闇に消え、皆もそれに併せて再び『暗部』本拠地を目指し、進み始めた。

 一人行動を取るアンドリューと別れた他の面子はそれから暫く森の中を進む、ヴィーが言う『真実』の入口を目指して。
「ん〜、ルルイエさん、ルルイエさん、何処にいますか〜」
 その中、口に手を当てつつも小声で近くにいるかも知れないルルイエへ呼び掛けては全方位に闘気を張り巡らせ捜すクラリッサ・シュフィール(ea1180)の取った行動は此処では残念ながら、徒労に終わる。
「けど、思っていたより意外に凝っているね」
「偽の情報も流している辺り、市街へも出入りしている様で」
 ヴィーが道中語った、領主が独自に掴んだ情報とは違う『暗部』本拠地の入口へ至る道を、ルーティが持つ知識を全開に極最近人が通った形跡がある道を見落とさず辿りながら、チョコにロゼッタは今更ながら『暗部』の手の込んだやり方に呻く。
「‥‥皆さん」
 その時、チョコと代わる代わる周囲の警戒をブレスセンサーで行なっていたシェリルが皆を手で制すると、次いで樹上からアンドリューが降り立つ。
「どうやら、もう近くと言う事か」
「あぁ、肯定だ‥‥それと領主が手配した者達が向かったと思われる『暗部』の者達が守る入口と、その近くで最近戦闘があっただろう形跡を確認した。伏せている兵の数も相当にいる筈だ」
 彼と再び合流出来た事からガイエル・サンドゥーラ(ea8088)は目指す入口が近い事を悟るとアンドリューも頷き、続けて偽装された入口に付いての報告を皆にすると
「だとすれば、ヴィーの話も鑑みるとあちらが偽の入口と言う事になるがその割、伏せている兵が多いのが引っ掛かるが‥‥」
「我は嘘など言わぬ!」
「まぁまぁ」
 冷静にヴィーから聞いた『暗部』の構成に人員を踏まえた上で所感を述べれば、激昂する騎士だったがそれをすかさずルーティが宥め‥‥暫く後に場は静まる。
「しかしそうなるとどうしたものかな、難しいものだ」
「信じる他あるまい、ヴィー殿を。故にこの時間なら襲撃するべきだろう、が‥‥」
「先の事を考えると、可能な限り戦闘は避けたいわね」
 そして再び歩き出す一行の中、様々な点を踏まえた上で逡巡するノースにガイエルとロアがそれぞれ小声で意見を上げ、皆の話も聞いた上で検討を進めるも今一つ纏まらないままにヴィーが言う、『暗部』が真実の入口の前に辿り着けば皆は腹を括る。
「‥‥とは言え、こっちもそれなりに人がいるね」
「当然と言えば当然か、流石に抜かりはないな」
 それを遠目に見つめ、見えるだけの兵にハンナが自身の額を押さえ空を仰ぐとアシュドも何処か感心した様に言い‥‥皆から突き刺す様な視線を浴びている事に気付けば、その身を縮こまらせるも
「‥‥さて、どう突入するかだが」
「此処は私とロゼッタさんにお任せ下さい〜」
「私も、ですか?」
 話を逸らし何かないかと皆を見回すと小さく、だが響く声と同時にシェリルが手を挙げればロゼッタは首を傾げるが、彼女の耳打ちに『それ』を理解すると
「そう言う事でしたら、ご協力しますわ」
 ロゼッタは微笑んで、シェリルの案を受け入れると彼女らは早々に動き出した。

「‥‥ん」
 ガサリ、と梢と梢が擦れる音を耳に捉え見張りの一人が表情を変えずに目線だけそちらへ走らせる。
「‥‥‥」
 そして視界の片隅に映った人影から彼は皆へ手だけで警戒を怠らない様にと合図を送れば音も立てず歩き出し‥‥次に視界に映る森の奥で揺らめき蠢く、甲冑を纏った人の群れにその眉根を顰めた。
「‥‥ち」
 先日の偵察からいずれあるだろうと思われたノッテンガムの動きは意外に早く、彼は舌打ちし、一つの判断を下す。
 森には罠こそ仕掛けられてはいるが、警備している周辺はその逆に比較的開けている事と、此処までの距離はまだ遠く且つ気付いた風も見せていない事にそれなら地の利を生かし、森の中での乱戦に縺れ込むべく皆へ再び合図を出し、静かに駆け出したその時。
「‥‥っ」
「我、奇襲に成功せり! なんちゃって」
 横合いから不意に、様々な魔法が飛来すれば次いで数人の冒険者達が森の中から飛び出して来た事に、小さく歯噛みだけすれば猛烈な勢いで突っ込んで来る赤毛の騎士へ立ち直ると彼は両手に持つ短剣を掲げた。

 シェリルのマジカルミラージュとロゼッタのアッシュエージェンシーによる、連携した陽動は見事に嵌ると、内部との連絡を絶つ為ヴィーが先んじて扉を押さえれば奇襲の甲斐もあり、想定より早く見張り達を打ち倒した。
「お主、意外と強かったのだな。しかし協力してくれるは有り難いが、正直ナシュトを救う方法は判らぬ‥‥ましてや、倒し当人に聞こうかと思う位だ。それでも良いか?」
「何を今更、愚問だ。だが‥‥」
 その戦いの中で思っていた以上の奮戦振りを見せたヴィーに感心し、だが確認の意を込めて言うガイエルの問いに彼は惑う事無く答えるも、その語尾だけ僅かに濁すが
「分かっている、生きる者として、今を見つめて貰わねば困るからな」
 アンドリューが皆の無事を確認した後、男同士故にか騎士の気持ちを察しながら己が装備を一度確認してから立ち上がると
「行きましょう、皆さん〜。早くナシュトさんを止めましょ〜!」
「あぁ!」
 響くクラリッサの呼び掛けにヴィーが応え、怯まずに自らの手で『暗部』の最奥へ至る扉へ手を掛け、それを開けると一行は倒れている兵達を改めて見つめ動かない事を確認した後、内部への突入を開始した。

●再臨
「‥‥魔本はあるか」
 アシュドとロゼッタが入口を二重に氷で閉ざせば薄暗く、誰もいない静かな洞の中を駆け抜ける一行、ヴィーが言う最奥に辿り着くも人はおらず、だが地上へ伸びる道を見付けると警戒だけ忘れず進むその先に待つ、蒼き鎧を全身に纏うナシュトと未だ名の知れぬ紅蓮の志士に数名の部下達。
「持って来ている、これでいいか」
「アシュドさんっ!」
 ナシュトの第一声にアシュドが応え、それを掲げればチョコが嗜める様に叫ぶも二人は揺るがず、動かない。
「だが後で教えて貰うぞ、お前が知り得る限りの『狂気』‥‥その事に付いて。それまでは死んでも魔本は渡さない」
「安心しろ‥‥貴様らを全員屠るまで、それに手は付けん」
 風だけが吹く中、暫くの沈黙の後に今までに見た事がない険のある表情を湛えたアシュドの要求に、怯まず今度は蒼き騎士が応えると
「それだけ‥‥騎士道を重んじていながら、どうして貴方は」
「誇りだけで、人が、命が守れるか」
 いつもとは違う様子でクラリッサの、静かなその呼び掛けにナシュトは言葉でだけ切り捨てると
「武器を取れ、魔道を振るえ‥‥今、全てを決するのは力のみ!」
「引く訳には‥‥行かないんだよね?」
 これ以上の問答は不要とばかりにナシュトは叫び、巨大な槍を手に取るもそれでも紡ぐハンナの呼び掛けには一閃でだけ応じると彼女もまた決意して、闘気の盾を構築し無銘の小太刀を掲げれば
「どうしても越えたい人はいて、望みを叶えるお手伝いをしてあげたい方もいて‥‥欲張りですが、ならばまずは貴方をっ!」
 それを端に、ルーティが叫び地の精霊を手繰って重力波を解き放った事で遂に場は動き出す。
「‥‥‥」
「っ、追い着かないか。済まん、あの志士を押さえてはみるが皆気を付けてくれ!」
 それに続き、志士が炎の壁を間髪開けずに駆け出すハンナらの前に放てば借り物のスクロールを紐解きアシュドがそれを打ち消すも、その向こうから次いで飛来する火の礫に慌てそれを水の礫を放って相殺し、叫ぶ。
 戦場は皆が思っていたより混沌と化すが、それでも僅かに数の多い一行は紅蓮の志士が率いる部下達を軒並み様々な魔法で牽制し、傷を負いながらも確実に一人ずつ行動不能に追い込む。
「足枷嵌めよ、その動き‥‥」
 その中で一瞬の隙を垣間見たシェリルがいつもとは違う、厳かな声音で巻物に封じられている魔法を放てば途端、動きが鈍くなるナシュトを見て安堵するも
(「これだけで止まればいいのですけど〜」)
「教えて‥‥レイは?」
「知らんな、それよりも‥‥自身の心配をしろっ!」
 その彼女の考えは果たして‥‥そしてその傍ら、喉を震わせ声を捻り出しては戦いの只中で遠くからナシュトに尋ねるロアへ返って来たその答えは何を含むものか、分からなかったが僅かに走る動揺を彼は見逃さず、懐に抱いていた短剣を彼女目掛け放る。
「ロア殿っ!」
 それは風を切り裂き、ナシュトへ迫っていたノースが叫ぶも‥‥短剣は間違いなく彼女の額へ吸い込まれる様に飛翔し、誰しもその軌跡を止める事が叶わないと悟るがその時‥‥何処からか風を打つ音が皆の耳に聞こえると、次にはロアの視界を白だけが覆ったのは。
「な、何が?」
 そして次に来るだろうと思っていた衝撃はなく、代わりに甲高い金属音が響けば彼女は事態の急転直下な不明瞭さに狼狽したが
「注意が過ぎるな、ロア」
 次に響いた、酷く懐かしく耳を打つ男の声を聞いてそんな事はどうでも良くなると
「‥‥っ! このっ! 人の気も‥‥知らないで!」
 ロアは次いで憤慨し、その背を叩くがその時になってようやくある事に気付く。
 皮の帽子やらコートをいつも纏っていた筈の彼、レイ・ヴォルクスの普段と違う白を基調とした格好に‥‥付け加えて背に生えている、白い翼の存在を。
「本当にレイ‥‥なの?」
 その舞い降りた珍客に、唖然とする皆を代表してロアが問うと変わらず背は向けたままで彼は頷き
「余りこの姿、見せたくなかったのだがな‥‥状況がそうも言っていられなかった」
 僅かにだけ苦笑を含ませ言えば、視線だけ彼女へ巡らせ微笑むと次いでその視線は真正面にいるナシュトへと向けられる。
「今日こそ、決着を付ける」
「大天使の力を持ってして、止められるのであればな」
「ちょ‥‥大天使、って」
「‥‥‥」
 決然とした声音に表情を持って、手にする槍を掲げれば続くナシュトの言葉に皆は再び驚き‥‥だがアンドリューだけ、珍しく目を見開くだけで沈黙を何とか保つ。
「詳しい話は後にする」
 集まる皆の視線にうろたえる事無く、それだけ静かに皆へ言えば
「その力、人が持ち振るうには余りにも危険過ぎる。それがまだ、分からないのか?」
「それでも‥‥この命を賭してでも、変える必要があるのだよ! あの時、セルナへそう誓った以上は最早引く事叶わず!」
 レイ自身にとって最後の確認に紡がれた問いへナシュト、槌が如く手に持つ槍を地へ叩き下ろし衝撃波を撒き散らせば、皆が散開する中に響くナシュトの叫びを持って闘争以外の道しかない事を突き付けられた事に大天使は目を細め、眼前に聳え立つ土の壁の向こうにいる蒼き騎士を見据える。
「済まない」
 そして土の壁を立ててくれたルーティへ礼だけ言うと、彼女が何と返そうか悩んでいる間
「‥‥ナシュトは俺が抑える。皆はその後、動きが止まった時を」
「レイ殿ばかりに任せる訳には行かないだろう」
「その通りだな」
「全てはルルイエさんを救う為にっ!」
「そうです〜、だから今は私が出来る事を精一杯に!」
 静かに通る声で簡潔にそれだけ言うも、先程まで前を駆っていた者達の力強い言葉に微笑んで‥‥だが彼は何も言わず二対の翼で風を掴むと誰よりも早くナシュトと激突する。
 その激突を持って戦闘は再び激しく、始まった。

 元より少なかった部下の姿は最早見えないが‥‥それを今はもう気にする必要はない、この戦いは既に我の戦い故に。
「私にはこれしか出来ぬ‥‥ならば、最後まで貫くのみ。例え無駄であっても、譲れぬものがある故に」
 激痛に体の節々軋んでいたがそれでも戦意だけが高揚する中でひたすらに我が槍を振るう中、誰が紡いだかその声が耳を打ち‥‥苛立ちを覚えればその声がした方へ、周囲を取り囲むレイに騎士達もろとも巻き込む形で衝撃波を広く、放った。
「なら、我が前に全て打ち砕かれ無力さだけを噛み締めて逝けっ!」
「‥‥私とて己の無力さは知っている‥‥だが、それでも自分で有り続けねば意味は無い。狂気の力を借りる等、お主を愛し信じ慕った者らの想いを裏切っているのだぞ? お主にとって大切なものは何か、何を望んでいたかを思い出せ」
「そうだっ、旦那! 思い出してくれよ!」
 既にこれは手の内が割れている、迫る者達は素早く散開して回避されるがそれでも後方に控える魔術師達には直撃させ、声の主が張っただろう結界を砕き吹き飛ばすも‥‥よろめきつつも再び立っては厳かに告げる、そのエルフの背後から飛び出して来たのは
「‥‥ヴィーか」
 地を蹴り、空を駆って我目掛け振るわれる剣を割れた槍の穂で受け止めると、絡め彼ごと虚空へ投げ捨て‥‥だがそれでも立ち上ると再度、向かって来るヴィーに我は疑問を覚えた。
「‥‥何故だ?」
「旦那がいなかったら俺はあのまま野垂れ死んでいた! 旦那から生きる術を教えて貰わなかったら‥‥此処にはいなかった! だから今度は我が助けを求めている旦那を救う番だっ!」
 そんな事もあったか‥‥ふと、我の脳裏を何か懐かしいものが通り過ぎていく。
 そして思う、あの時にヴィーを殺しておけばこの様な事にはならなかった筈だ‥‥まさか、ヴィーの言う通りに我は誰かに止めて欲しかったとでも言うのか。
「‥‥彼女の為に、果たさなければならない事がある‥‥それが今、最も優先される。故に他の事は‥‥」
「もうっ、融通が利かないんだから! セルナさんはこんな事なんて望んでなんかいない‥‥ホントは分かっているんでしょ?!」
 だが我は沸いて出たその考えを振り切り、我は軋む体を揺り起こし戦うべき信念を口にし‥‥だが臆する事無く我が前に飛び出してきた赤毛の魔術師がそれを途中で遮り、動きが止まった。
 似てはいない、だが何故かその女がセルナに見えた気がして‥‥も、次に紡がれる詠唱を耳にした我は目を見開き、槍を掲げた。
「彼女は気付いていたんだ、貴様が血族である事を‥‥魔本に取り込まれる可能性がある事を! だからあの言葉を貴様に送ったんだ!」
『負けないで』
 だが我が槍を振り下ろすより早く、何者かが叫びと共に内懐に滑り込んで来ると脳裏に彼女の最後の言葉が響き‥‥その隙、黒衣の男が白刃を煌かせそれを我が腹部に埋めた。
「五月蝿い‥‥」
 そして走る痛みに我は血を吐き‥‥体が崩れたが、それ以上に土足で我が心に踏み込んで来る奴らに怒りを覚え、我の中の何かが静かに切れた。

「五月蝿い、五月蝿い、五月蝿いっ!」
「もう限界なのに‥‥どうして倒れてくれないんですか!」
 前に出ず、己に闘気を宿しその身をそのまま盾として魔術師達を守る壁の一つとなっていたクラリッサがその光景に目を向くのは当然だった。
 ほんのさっきまで、何時倒れてもおかしくない状態だったのに先程のやり取りから後は何事もなかったかの様に、地を蹴り駆けては槍を振るっていたから。
「精神が肉体を凌駕しているとでも言うか‥‥なら止めるには最早」
「誰が死なせるか。悲しみを乗り越えて彼女の墓前に立つまで、ナシュトは蘇生させてでも生き続けさせてやる」
 その様子にガイエルは呟き、唇を真一文字に結ぶも先の打撃で吹き飛ばされたアンドリューが挫ける事無く決意すると、小刀を構え再び疾く地を蹴り駆け出す。
「貴様は既に負けている! 彼女の死から目を背け、魔本に逃げたのがその証だ‥‥」
「もう‥‥こんな戦い、止めようよ!」
 その彼の叫びと同時、轟と風が唸ればそれに遅れてアンドリューは叫ぶ。ハンナとその逆に黙するノースが血飛沫を舞わせながら必死に押さえているナシュトへ一本のナイフを投げ付け、右肩の割れた鎧の隙間へと捻じ込み僅かに動きが止まれば、出来た隙を一陣の風に任せるとレイが携えていた槍は過たず、蒼き騎士の腹部を切り裂き次いで左足を貫き地へ縫い止める。
「がぁあっ! まだだ! セルナを放逐したこの世界を抹消する為に、我は‥‥っ!」
「な‥‥まだっ」
 だが魔本の力か、己の意思か‥‥既にボロボロとなっている彼はそれでも止まらず、ナイフが突き刺さったままの右肩を構う事無く動かし血を撒き散らしては己が持つ禍々しき槍を掲げると、それは何の躊躇いもなく友人の胸へと振り下ろされ‥‥
「レイ!」
「アシュドさんっ!」
 場に響く誰かの叫びと同時、その槍に貫かれたのは紅蓮の志士と対峙していたアシュドだった。
 その志士の姿はまた既に何処にもなく、逃げたのだろうその為に皆の注意がナシュトへ逸れていた間、詰め寄った彼がレイを庇ったのだ。
「だがこれで‥‥チェックメイトだ、そして約束だ‥‥全てを話して貰うぞ」
「な、ぜ‥‥だ」
「過去に縛られ、進めない貴方に私達が負ける道理はありません!」
 右肩を深々と貫かれ、鮮血に身を染めながらも彼の右腕を掴めば瞬時にそれを凍結させる事に成功したアシュドは血を吐きながらも笑えば、さも不思議な表情を浮かべ問うナシュトへクラリッサは決然とした表情を湛え、言い放ち
「信じ続けるか、それとも何もかもを信じないか‥‥それがお前と私の、私達の強さの違いだ」
 次に響くノースの言葉へ、視線だけ巡らせたナシュトは地を蹴った彼女を見据え‥‥その哀しげな視線と目が合うと、次に走る衝撃に意識は完全に黒く染まった。

「‥‥この傷なら辛うじてリカバーが効くか」
 先の激しかった戦闘は終わり、静かに風だけが吹く中で今となっては既に動かなくなったナシュトの全身に走る傷を見て、その横面を思い切り木剣で引っ叩いたノースが判断すれば素早く魔法により治療に取り掛かる。
「恐らく頑丈だろうから、これで持つ筈だ。急いで戻る事にしよう、アシュド殿の容態も少し、不安だ」
「けれど、ルルイエさんが‥‥」
 そして僅かなまでそれを施し、皆へ引き上げようと告げるがシェリルは未だ見ぬルルイエを想い、不安げに呟いたその時だった。
「‥‥向こうにあるものって、何?」
 ノッテンガムに土地勘のないルーティが辺りを見回し、その視界の片隅に立ち上る煙を見止め尋ねると、皆は一斉にそちらへ向き直り‥‥次いでその表情を強張らせる。
「してやられたか、様子だけ見て来る。皆は先にキャメロットへ戻っていろ! 深入りするつもりはないし、今はそれよりナシュトだ。今後の為に聞かなければならない事がある‥‥頼んだぞっ!」
 それはレイも同様で、羽をはためかせ言えば誰かが止めるより早く煙が上がる方‥‥ノッテンガム城へ向けて飛び立った。

●炎上
「人知を超えているな」
「元よりそうだ」
 その、所々が炎に包まれているノッテンガム城内にて数体のレギオンを引き連れた、ルルイエ・セルファード‥‥だった今は『狂気』と名乗るモノはオーウェン・シュドゥルクと対峙していた。
「それが一体、何を成そうとする」
 悠然と佇む『狂気』へ、既に倒れている騎士達の中で一人だけ立つ領主はそれでも毅然と常々疑問に思っていた事を口にする。
「‥‥ただ、本来の肉体を返して貰いたいだけだ」
「返した後、大人しく帰ると言うなら‥‥協力を考えなくもない」
 それに対し、返って来た答えは意外にもあっさりとしたものでオーウェンは試しに歩み寄ってみるも
「外法を持っては強引にこの地へ招かれ、長きに渡り封じられていた我がこのまますごすごと帰る?! はっ、嗤わせてくれる‥‥」
 次には憤怒の表情を持って『狂気』が返す答えに、これ以上の戦いを望まない領主の僅かな希望は絶たれ、呻く。
「あの森を、この地を灰燼と化す。頭上で蠢いていた者達の様々な意識の奔流からそう遠くなく再臨する日が来るだろう事から我はまず、それだけを想っていた」
「此処へ来られた以上、帰る道もある筈だ! それなのに、何故」
 そして続く『狂気』の言葉に、だが領主は何かに背中を押されまだ抗う。
「何と言ったかな‥‥そうだ、目には目を、歯には歯を‥‥だったか?」
 だが、彼の再度の提案に『狂気』は首を傾げると次いで指で頭を叩き、思い出した言葉を紡げば
「‥‥狂気の沙汰だな」
「それが我だよ」
 オーウェンの言葉に満足して、『狂気』は嘲笑を浮かべるのだった。