【魔本解放】解放
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■シリーズシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月18日〜12月31日
リプレイ公開日:2005年12月28日
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●オープニング
●決死
「何だ、こいつ等は」
「レギオン、だろうな」
「それにしたって‥‥何で今更になって、見た事もないレギオンが」
混沌と、所々が炎に包まれ‥‥それより出でる煙にも渦巻くノッテンガム城内。
騎士団長であるブリッツ・シュバルツァの命を受けて状況確認の為、潜入していたゼストらだったが内部の状況を探っている内に新たなレギオンを確認し、今までと違うそれを気にせずに城内の様子もある程度探る事が出来た為、一先ず撤退を図る。
「今だからこそ、だろう。恐らくは『狂気』の影響か」
もその途中、何時来ていたのかレイ・ヴォルクスが彼らと合流すれば今は四人、脱出を試みていた‥‥尤も、まだその数が多くない事からそれは果たせそうだったが
「これでは恐らく『狂気』が待つだろう玉座の間へ辿り着くまで、この様子だと相当骨が折れるな。それと、此処にはもう」
今までのレギオンとは段違いな強さを持つ新種の能力と、あくまで想定だけだがこれに加え他のレギオン同様に数で攻めて来られた場合を懸念し、レイは嘆息を漏らせば次いで城内で『生きている』人間をただの一人も見なかった事にその表情を歪めるも
「‥‥簡単だが状況に付いては把握した。先の為にも今は、全力を持って引くしかないだろう」
そんな彼を宥める代わりか、冷静に今やるべき事をゼストが告げると皆は更に駆ける速度を上げた。
●決断
それから僅かに時を経て、キャメロットは冒険者ギルド。
「魔本を回収し滅却する事が、我が受諾した主命だ」
普段とは違う、厳かな口調で語るレイに彼を知る冒険者達は彼が地上に降り立った理由を聞く事となる、そして魔本が生まれた頃からそれの見聞と有事に備えてのカウンターの為にやって来たともその口から、紡がれた。
「魔本が生まれた経緯に付いて皆が知っているだろう、その通りだ。少々込み入った話ではあるがな」
だが今日はいつもの皮ずくめの格好で、椅子の背もたれに寄り掛かれば自身でも良く分からんと言わんばかりに両手を勢い良く上げる。
「それ故に今回、皆には俺の手伝いをして貰いたい‥‥内容は魔本の回収だ。赴くべき場所はノッテンガム城」
しかし次いでその両手を卓の上に突いて、真剣な表情の中で紡がれた本題にさっきまでのレイの様子を様々な反応で見ていた冒険者達はその表情を即座に引き締める。
「状況は?」
「城内の様子から察すると『狂気』の存在は当然ながら健在で、それに加えて新しいレギオンが確認された。恐らくは『狂気』の影響で新たに派生した種だと思われるが、今までのレギオンとは明らかに強さが違う‥‥個体数についてまでは把握出来なかったが、今までの様に数で押されると宜しくないだろうな」
誰かの問いに、まずは城内と新たに確認されたレギオンに付いてざっと話すと
「それと騎士団に付いてだが、少ないながらも未だレギオンがいる以上‥‥下手に森を離れる訳には行かない事から引き続き、封印の防衛から動く事は出来ない。尤も、騎士団がいたとしてもあれが相手となると‥‥少々荷が重過ぎる」
次には帰りの道すがら、確認してきたのだろう森の状況も語ればやがて立ち上がり、卓の上に置かれている三冊の魔本を自身の袂へ引き寄せる。
「魔本は一先ず、俺が預かる」
「けど」
「何、負けなければいいだけの話だ」
誰かの不安げな声音が響くも、帽子のつばを押し上げ笑えば
「ナシュトとの戦いを越えられたのなら‥‥きっと『狂気』の元へ辿り着く事が出来る筈だ。後は」
すぐ傍にある窓の外を見やり、広がる蒼い空を悠然と流れる雲を見上げた。
「‥‥知る事は少ない、だがこれだけは言える」
その同じ空の下、キャメロットにあるアシュド・フォレクシーの実家にてベッドに有り余る巨躯を横たわらせ、ナシュトはその傍らにいるアシュドへ『狂気』の事に付いて淡々と語り出そうとしていた‥‥因みにアシュドも先日負傷した右腕を釣っており、もう当分はまともに動かす事が出来ないらしい。
「『狂気』は未だ、本来の肉体を持たぬ存在。ならば引き剥がす事が出来る筈」
「あの魔本に『狂気』の断片を封じた血族であるルルイエがいない以上‥‥魔本を用いて『狂気』を封じる事が出来ないのに、それを一体どうやって!」
だがその最初に紡がれた言葉にアシュドは激昂し、激しく手を振り全身に包帯を巻いた男へ感情のまま、言葉を叩き付けるも
「教えればいいのだ、『痛み』と言うものを‥‥いや、それ以外にもあるだろう様々な感情を」
ナシュトは彼の叫びを意に介せず、話を続ける。
「『狂気』とはそもそも、何だ?」
「‥‥無垢なる存在、それ故に無知なるもの。だからこそ『狂気』は『狂気』たりうる」
だがナシュトの答えに目を瞬かせ、それ故に思い浮かんだ問いへ調子を変えずに青き騎士は彼が尋ねた『狂気』に付いて語ると
「自身を変えるきっかけを与える事でもしかすれば‥‥だが、その後がどうなるかは知らん。しかし戦うしか今は道がないと言う事だけ、言える」
色々と知っているかも知れないがナシュトは早々に結論を口にし、横たわるその身をアシュドとは反対の方へ傾がせれば
「どうするかは勝手にするがいい、だが我は約束を果たした‥‥最早歩くべき道を見失った我だ、後は好きにしろ」
「では早く怪我を治せ、そして生きろ‥‥それが今を生きている、彼らの願いだ」
抑揚のない調子で言い捨てるもアシュドはそれだけ彼に告げ、部屋を後にした。
眼光だけ鋭く、何もかも振り払った表情を湛え‥‥だがノッテンガム城へ行く事をレイには許されず、それ故に歯噛みしながら。
●決戦
「時は来たれり」
ノッテンガム城、玉座の間。
気にする事無く玉座へ腰掛け、悠然と頬杖をついて『狂気』が漏らした言葉は結果が見えて紡がれたものか。
「一先ずこれで、封印はいつでも壊す事が出来るだろう。そうなると後は」
窓の外、城の下に広がる森の光景を見ていた視線を移動すると部屋の扉を見つめるも
「ふむ、まだ抗うか‥‥面白い」
次に僅か、表情を歪めると自身の中で未だに眠る者へ嗤い掛ける。
「何、まだ始まったばかりだよ。本当に面白くなるのは‥‥あぁ、これからだ」
だが『狂気』はそれを気にする事無く、彼女を嘲る様に嗤うと次いで尋ねるのだった。
「さぁ、次はどうすればいい?」
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ミッション:ノッテンガム城を奪還すべく、『狂気』を止めろ!
必須道具類:防寒服一式は忘れずに。
それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)
概要:『暗部』本拠地襲撃のタイミングとほぼ同時期、ノッテンガム城が急襲に遭い『狂気』の手に落ちました。
皆さんには今回、ノッテンガム城を奪還する為に、魔本を、ルルイエさんを取り戻すべく『狂気』と戦って貰います。
尚、今回はアシュドさんが馬車と保存食を手配して出してくれるとの事です。
NPC:レイ、アシュド(アシュドは相談期間中のみ)
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●リプレイ本文
●The Power(その力)
ノッテンガムにおける長きに渡る一連の騒動を遂に収めるべく、大天使であるレイ・ヴォルクスの元に集った十人は出発を前にガイエル・サンドゥーラ(ea8088)の友人らが提案からちょっとした持て成しを受けていた。
尤も最初はどうしようかと悩む一行だったが
「こう言う時だからこそ、ゆとりを持つべきだな。アシュド、まだ時間はあるのだろう?」
と言ったレイの発言に今回は同行せず皆のサポートへ回るアシュド・フォレクシーが頷けば、出発まで僅かある時間を最後の晩餐に決める。
「預かったもの、お返しします」
その中、何時もと変わらない様子で準備された食事を頬張るレイへ静かな表情を湛えたままアンドリュー・カールセン(ea5936)が以前、彼より預かっていた古ぼけた十字架を差し出す。
「別に気にしなくても良かったんだが、まぁアンドリューでは使い道がないか」
「肯定です、所でその十字架に刻まれている呪文は何を意味しているのですか?」
「それは秘密だ」
それを受け取りレイは素っ気無く言うも、何処か懐かしげな瞳で見つめている事に気付いたアンドリューが気になり問うも、レイは謎めいた笑みだけ浮かべて言ったその時。
「心配を物凄ーく掛けた女性に、何かしてあげてもいいんじゃない? おかんむりだよ、ロア」
まともに話すのは二度目なのだが、それを別段気にせずにチョコ・フォンス(ea5866)が彼の皮のコートを引っ張り言えば次いで響く、誰かの怒声‥‥怒声?
「ちょっと! 生きているなら生きている、天使なら天使だと一言位あっても良かったんじゃない? 別に心配なんて全然してなかったけど‥‥お元気そうで何よりです事っ!」
そして床を踏み締め徐々にレイへ迫るその声の主はロア・パープルストーム(ea4460)のもので、彼女はレイが大天使であろうと気にする事なく‥‥ただ今までの経緯等に付いて秘匿にしていた事から毒を吐けば、だが最後の言葉と同時に彼女がそっぽを向いた時に宙を舞う光の粒に
「あー‥‥敵を欺くにはまず、味方からと言うし大天使の存在を早々知られる訳にも行かなかったからな。まぁ、その、何だ‥‥迷惑を掛けた」
しかしレイは気付く事無く、それでも言い訳らしい言い訳を口にして宥めれば彼女は益々そっぽを向く‥‥尤も今の表情をレイに見られたくなかったからだろうが。
「だが余り皆、驚いてはいない様だな」
「何者であろうとレイ殿はレイ殿‥‥それは変わらぬよ。あの白き羽、美しかった。護りに一枚頂こうかと思った程だ」
そんな彼女のやり取りからレイは辺りを見回し呟くと、ガイエルの言葉に一先ず安堵を覚えて微笑むが
「なら、後で貰いましょう。むしろ全部毟る?」
「‥‥それは流石に勘弁してくれ」
まだ根に持っているロアが物騒な事を平然と口にして怪しげ笑えば、流石のレイも鼻白んで一歩後ずさった。
かたやもう一つのグループは同じ頃、『狂気』に付いて随分と重い話をしていた。
「城を占拠するとは『狂気』はノッテンガムを‥‥いや、イギリスまでも闇に落とす気か? ルルイエ殿の事もあるし‥‥何とかせねばな」
その途中、卓上にあるチーズの欠片を手に取りながらノース・ウィル(ea2269)が紡いだ不安が払拭出来るか否かは一行の肩に掛かっている事を改めて、場にいる皆へ知らしめると
「無垢にして無知なる『狂気』‥‥差し詰め『我、我を知らず。故に我、汝を知らぬ』と言った所かしらね」
「先にも言った通り、無知ではないと思うが‥‥無垢、まぁ純粋とも置き換えられるそれは人に安らぎや希望を与えるが、時には非情で残酷にもなる。『狂気』は明らかに後者の方向性が強いだろう、それを考えると‥‥」
その根源である『狂気』の事について自慢の金髪を梳きながらロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)が自身の考えを口にすれば、アシュド・フォレクシーも彼女に合わせあちこちで聞いた話から憶測するも
「どんな終わりを迎えるか‥‥それが分からないから、アシュドさんの剣である以上の事をするのが私達のすべき事ですね。アシュドさん、必ずルルイエさんを連れ帰りますから」
「ルルイエさんを助けましょう〜!」
それを途中、ルーティ・フィルファニア(ea0340)がそっと手を翳して遮り言うが遠回しに言われたルーティの決意へクラリッサ・シュフィール(ea1180)がシンプルに纏めると、周囲にいた面子は強く頷き
「ルルイエさんの帰る場所はアシュドさんなんだから、連れて帰ってくる時までには元気になっていてよね」
「だから‥‥私達を信じて待っていて下さい」
いつの間にかレイの元を離れ来たチョコが何時もより口調厳しく、アシュドへ釘を刺すとそれに賛同してルルイエを慕う小さな魔術師のシェリル・シンクレア(ea7263)もまた、いつもとは違う真剣な面持ちと口調で言えば、次いで彼は苦笑を浮かべる。
「所で‥‥だ、彼女に言うべき事を白状して貰おうか? 責任を持って届けよう‥‥何、役目を果たすだけで決して楽しんではおらぬぞ?」
「あー、それは大事だねー!」
「‥‥むぅ」
言葉の割、唇の端を綻ばせるガイエルと決戦を前にしながら普段と変わらずやたらと明るいハンナ・プラトー(ea0606)が笑えば、緩んでいたアシュドの表情は途端引き攣るも
「さぁ、さぁ!」
笑顔でアシュドへ迫るハンナに彼は閉口しながら‥‥だがやがて、その口を開いた。
「悪いが‥‥期待している意味合いを含ませた答えではない事だけ、最初に言っておくぞ」
「想いだけでも、力だけでも果たせぬ願い。共に兼ね備え、人の輪が加わってこそ切り開ける未来がある」
さりとて最後の晩餐はあっと言う間に終わり、出発の時‥‥見送る者の中から不意に紡がれた言の葉へ皆は誰もが頷けば
「どうか諦めぬ様、最後まで貫き通す事こそ最善の道‥‥貴殿らの願いが届く様、拙者も祈らせて頂こう」
「‥‥任せた」
その彼に続き、言葉少なくアシュドがそれだけ言えばそれを合図に馬車は動き出す。
「必ずです、約束します〜!」
「だから帰って来たら、私の歌‥‥聴いてねー!」
二人の騎士が紡いだ決意響く中で、ノッテンガム城を目指して。
●Devil’s Castle(魔城)
やがて辿り着く、ノッテンガム城‥‥それを遠くに見つめ一行は以前とは変わり果てたその光景にただ呻くばかり。
「‥‥参ったな、先に来た時よりも痛んでいる」
「でもそうなると、何処かに生存者がいるのかも知れませんね。誰もいないのであれば此処までする必要はないでしょうし」
数は多くないとレイが言っていた新たなレギオンが城の周辺を旋回するその光景に、改めて城を見た大天使がその痛み具合から顔を顰めるが先から考え込んでいたロゼッタは希望を紡ぐ。
「とは言え相手は『狂気』だ、面白半分に壊している可能性もあるかも知れん」
「とにかく、進みましょう‥‥あれの相手をするのは気が引けますが、アシュドさんとルルイエさんの為にも」
しかし続くノースが言う事もまた可能性としてはあり得、再び皆は呻くが最早問答は不要とルーティが空飛ぶレギオンに悪寒を覚えながらもピシャリと言えば、一行は動き出す。
「ロア、行くぞ‥‥時間が惜しい」
「‥‥ちょっと位、いいじゃない」
がその中でロアだけは何事かを始めようとして輪を外れようとするが、レイに窘められると不満そうに首だけ回して彼を見つめ言うが
「悪いがスクロールを書く時間を与える程の余裕はない、何時ノッテンガムの何処が破綻するか分からない現状ではな」
「‥‥もぅ! 分かったわよ、でもこの事は良く覚えておいてねっ」
「知らん、忘れた」
淡々と今、皆にノッテンガムが置かれている状況を簡潔に語る彼へロアは折れ、だが捨て台詞だけは忘れず言うも、間髪入れずにボケる大天使。
「本当に、大天使様?」
「‥‥さぁ、な」
そしてロアが彼の襟首を掴むその光景を見て、ボソリと呟かれるチョコの疑問に珍しくアンドリューが苦笑を浮かべれば
「レイ殿、相談の通り先に城の様子を探って来ます」
「余り勧めないがそこまで言うのなら、任せたぞ」
レイへ断りを入れてから彼は一人、手を振り見送るチョコの声援を背に受けながら静かに駆け出した。
「自分はやれる‥‥やれる」
それから少々の時間を経て、やや疲労感の残る表情を携え戻って来たアンドリューから簡単に城内の状況を把握した後にノースの、己へ言い聞かせるかの様に反芻して呟いた言の葉と同時、皆は城へと足を踏み入れた。
「‥‥でどこら辺だろ、此処?」
「そうですねぇ〜、少なくとも一階ですよねぇ」
前に立ち、進む二人の騎士達が頭を巡らせる中でクラリッサの当然とも言える発言に一行は沈黙するが
「さっきも話した通り、裏口から城に入った事はないから俺も全く分からんぞ。何時もは一階の大広間にある階段から真直ぐ、三階にある玉座の間へ行っていたからな」
「大広間か‥‥普通に考えれば場所も広いだろうからそこにレギオンが集中しているだろうな。となるとやはりそこは避けたいが‥‥本当に何処か、別なルートから玉座の間へいける道はないのか?」
良く城に入り浸っている様に見えたレイがそんな事を呻くも、ガイエルは彼の話から冷静に判断すれば次に響く、クラリッサののんびりとした呼び掛け。
「オーウェンさんは何処にいますか〜、無事ですよね〜」
「ふむ‥‥まだ生きているのであればオーウェンを探した方が早いかも知れんな」
尤も、呼び掛けだけでなく内在する闘気を放出しては出来る限り遠くまでそれを伸ばし領主の探査もしており、だが炎の魔力で自身の士気を向上させ吐息を感知する魔法を維持しているシェリルが止めない所を見る限り、周囲にレギオンはおらず銀髪の騎士の呼び掛けからレイがその事に思い至ると
「あ!」
再び響くクラリッサの声へ皆、一斉に彼女を見やる。
「いました、こっちの方です〜!」
『‥‥‥』
「思い切り、壁ね」
だがその騎士が言葉と同時に見つめた先を皆、見つめるが‥‥その先はロアが言う通り、壁が立ちはだかっていた。
「それじゃあ〜」
「私の出番みたいですね」
しかしシェリル、別段気にせずルーティを見やれば次に皆の視線を浴びる事となった彼女は今まで担ってきた自身の役割を察して微笑むと壁へ手を当て、詠唱を織り紡ぐのだった。
「誰からも自分を認められないが故の寂しさは分からないではないが、そもそも他人を認めなかったから『狂気』になったのではないか」
「実際に事の発端を俺は知らないが、呼び出された時には『無垢』だったそれが変貌した可能性があればノースの言う通りかも知れないし、この地へ降り立った時から既に『狂気』は『狂気』だったのかも知れない‥‥正直な所、俺には何とも言えん。大天使とは言え、万能ではないからな」
そして騎士二人に挟まれる形でルーティが先頭、魔法で壁に働き掛けて穴を開け進む中でノースが三人の後に続くレイへ対し背後から、『狂気』に付いての自身が考え推測した話に彼は曖昧な返事と共に肩を竦めるだけに留めると
「‥‥助けて、あげたいよね」
「レイ?」
ノースの話に呼応して、チョコは自身の気持ちを真直ぐに口にするがレイはその直後に押し黙り、彼の背後からロアが雰囲気の変わった事を察して呼び掛ければ彼もまた正直に、自身の考えを口にする。
「‥‥人は何かを否定して生きて来た、今までも、そしてこれからも‥‥だからその想いは『狂気』との戦いにおいて、足枷にしかならないと思う。誰しも全てを得る事は出来ないのだから」
その時の彼の表情は見えなかったが、口調は普段の彼からは考えられない重々しいもので場の雰囲気が途端に一変するが、次いで彼は振り返り口元だけ綻ばせ再び言葉を紡いだ。
「だが、それもいいかも知れない。アシュドはお前達に任せると言った、ならば俺が口を挟んでもな‥‥まぁただそれだけ、頭の片隅にでも留めて置いてくれ。冷たい事を言うが、それが現実だ」
「ん、発見!」
その時だった、何度目かルーティが壁に穴を開ければとある部屋に辿り着けばハンナの声が上がり次に皆の視界へ現ノッテンガム領主、オーウェン・シュドゥルクの姿が飛び込んで来た。
「‥‥すまん、助かった。最近になって昔の勘を取り戻そうと思って頑張ったのが幸いしたらしい」
「無事で良かったからいいが、余り無理はするな」
その彼の後ろに側近の騎士や従者だろう、数人の姿も見止めレイは言葉の割に安堵を込めてオーウェンへ釘を刺す。
「それじゃあ今度はルルイエさんですねぇ〜。ルルイエさん、どこにいますか〜。今度こそ見付けちゃいますよ〜」
「感動の再会の所、悪いんだけど大広間以外から玉座の間に行けるルートはないの?」
慌しい一行、今は安堵の溜息だけ漏らした後に早く次の行動へと移行すべく闘気の糸を今度は未だ見ぬルルイエへ向け、クラリッサが伸ばせばロアは領主へと別ルートの確認を取る。
「それなら‥‥」
「来ますっ!」
だが領主が答えより早く、シェリルが初めて響かせる警鐘の声と共に一行も見た事のないレギオンが三匹、後方より姿を現した。
それは話の通り、他のレギオンより一回り大きな体躯に『指揮』が持つ翼と『剣』が持つ爪、『盾』が持つ頑強な表皮を兼ね備えた上、その頭部には巨大な角を生やしている。
「先に行け」
「でも、新しいのが三匹も」
「まだ相手の手も分からないのにそれは無謀です」
「任せろ、自分はプロフェッショナルだ」
そのレギオンを前に、殿を務めていたアンドリューが決然とした声音で背後にいる皆へ告げればチョコとロゼッタは止めるも、彼は振り返らずレギオンだけ見据える。
「ならば任せよう」
「レイ!」
「先にも言った通り、時間が惜しい‥‥それにアンドリューは自身の闘いの場を此処に決めたのだ。ならば止める道理はない」
その様子にレイもまた背を向けたまま言えば赤毛の魔術師は思わず叫び、だがレイの言葉にルルイエの笑顔を脳裏に過ぎらせ悩むが
「仲間を守れ、それが唯一で絶対の命令だ」
背を向けたままアンドリューは彼女へは何も言わず、愛犬へそれだけ告げると最後まで皆を見る事無く約束を交わす。
「必ず、追い着く」
しかし返事は誰からもなく、背後に駆ける足音だけ響けばその事に彼は約束を必ず違えぬ様、改めて決意して短刀を抜き放つと彼らとは逆の方へと駆け出す。
「此処から先、通すつもりはない」
そして紡がれた言葉と同時に場は動き、三匹のレギオンが宙で散開すればまず目の前にいる一匹へ懐から銀の短剣を取り出し投げれば、翼を貫いた事を確認してから何よりも疾く地を蹴りそれへ迫る。
「っ?!」
だがそのアンドリューが視界の中、不意に開かれたレギオンの顎の奥底に揺らめく紅蓮を垣間見れば急ぎ速度を殺し、横へ飛ぼうとして‥‥それより早く放たれた業火が彼を包む様に広く、迸った。
●Last Song(最後の織歌)
「此処まで来れば流石に後は分かる、オーウェンは適当な部屋で身を隠していろ」
「だが」
そしてあれから駆け続ける一行の前にやがて、玉座の間へ至るのを阻む一枚の扉が目に入ればその中でレイがオーウェンへ告げるも、突然の急襲に自身何も出来なかった事からか食い下がるが
「済まないがお前の今の力では足手纏いだ」
「‥‥必ず、取り戻しますから。ノッテンガムの平和を」
「分かった」
その気持ちは汲みつつも、それでもはっきりレイが断言すればルーティがその後に続いて、彼へ微笑み諭すと領主は引く他なく自身が従えていた騎士達を連れ踵を返した。
「これでまた、負けられない理由が一つ増えたな」
「あぁ」
その後姿を見送りつつ、ノースは改めて託された想いを感じて己の表情に決意を漲らせると、それを見取ったレイが被る帽子を脱いでは一つだけ頷くと
「皆、最後に聞くが‥‥『覚悟』に『自覚』はいいな」
この場に残る、九人を見回して尋ねるが‥‥皆の表情には一欠片の迷いも無し。
「ブラボーだ」
その皆の様子にレイが微笑むと次いで羽織る皮のコートを脱ぎ捨て、本来の姿に戻ればそれから僅かな間も置かず玉座の間へ至る扉を勢い良く開け放ち、次いで即座に戦いの輪舞を始めるのだった。
「ルルイエさんを返して下さいよ〜」
己が闘気を全開に放出し、玉座の間を所狭しと駆け回るクラリッサが玉座を前に立つルルイエと言う器を借りた『狂気』へ叫べばその中、騎士達は彼女同様に駆ければ思っていたよりも少ないレギオンの相手を務める。
尤も、先に見たばかりの新種がいれば今回はルルイエの体を依代に、一行と敵対する『狂気』もいる事から決して気は抜けない。
「ルルイエ殿っ!」
そしてクラリッサに続き、ノースもまた本来の彼女へ叫ぶが‥‥それに対して帰って来た反応は薄ら笑いだけで、それを見て今更ながらに『狂気』の存在感へ身震いする。
「‥‥最早遅いとでも、だがそう簡単に諦める訳には!」
「貴方は訴えたかったんですか? 怒りを、悲しみ‥‥その為に『狂気』が『狂気』であるなら、ただただ繰り返すだけです‥‥そうは、思いませんか?」
それでも彼女の為にノースは尚も叫ぶが、自身目掛け巨大な角を突き立てんと猛烈な勢いで迫る新種への対応が遅れ‥‥しかしそれを狙って詠唱の代わりに『狂気』へ問いながら掌に集う魔力を重力波へ変換し、解き放つルーティ。
「思わないな」
だが返って来た答えは素っ気無く、冷たい。
「私達は貴方の事を『狂気』さんと呼んでいますが、本当は何て呼ばれているのですか〜?」
「‥‥知らん」
しかし純粋な光を宿したままに再び『狂気』へ問うシェリルに返って来たのは僅かな間と、次いでやはり素っ気無い答えに
「『狂気』よ、偽りの名は本質をも歪める。故に改めて問おう‥‥汝が真の名は?」
「名等、ない‥‥あった所でそれは何を成す、何を生む? 何も、ありはしないだろう!」
再三に渡り、『狂気』の名を尋ねるのはガイエルで‥‥だが『名』の持つ本当の意味を知らない『狂気』はささくれ立った感情を叩き付ける様、詠唱を織る。
「何を想う、何を願う? 思い出せ、今までの自分を、周りに居た者を‥‥光と温もりと故郷が待つ。案じる者らの声に耳を傾けよ」
「‥‥下らない問答をっ!」
それに彼女は巻物を取り出し、綴られる難解な文字を意ともせず紡ぎ次いで呪歌を口ずさめば、それと共に業火の壁を一行との間、その視界をも阻む様に立ち上らせると一斉にレギオンが舞い、突貫を開始するがハンナはその新種が一匹を長い間使って来たリュートベイルで何とか捌き、何としても彼女に近付こうと試みる。
(「ごめんね、リュートベイル‥‥もうちょっとだけ頑張って」)
ミシリと嫌な音を立てる愛器を気遣いながら先の衝撃で宙を舞うそれを、掴む手を支点に取り回し抱えれば刻々と変わる戦況から止むを得ず今居る場所で弦を弾き、炎の壁の向こうにいる『狂気』へ己が意思を絶叫した。
「私には何の力も無いかも知れないけれど‥‥それでも、ぶつける! 届け、この想いっ」
ただ前だけを、ルルイエだけを見て何事にも負けぬ様に自身の歌声をガイエルが奏でる、魔力で織られた呪歌に乗せて紡ぎ出した。
『貴方は一人じゃない
決していらない存在なんかじゃない
誰かが必ず受け止めてくれる
私が受け止める
言葉だけじゃ届かないかも知れない
だからこの熱い想い、音に乗せて
届け、貴方に』
「だから、それが何だ、と‥‥」
「私も‥‥借りますっ!」
その歌の途中、紅蓮の弾を放り『狂気』はそれを遮り叫ぶも言葉の割にその表情はハンナが紡いだ歌によって心揺さぶられ、歪ませるとそれを見て取ったルーティは『狂気』に生じた混乱からかそれぞれ、ちぐはぐに動き出すレギオンに対し以前より更に強化された結界をガイエルが張り巡らせる中で彼女がさっきまで使っていたスクロールをすかさず借り受ければ
(「ルルイエさんの事、私は殆ど知りませんが‥‥それでも誓った約束は必ず!」)
難しい事は考えず、ただシンプルにそれだけ強く想えば立て続け見舞われるレギオンの攻撃に揺れる結界の中で臆さず引かず、彼女は『狂気』の中で眠るルルイエへ向け歌を織る。
『目を細め、前を見つめて、見えますか?
鎖の隙間と隙間を辿って
自分の力で息をして
自分の足で意志の一歩を
貴方は何処に居ますか?
何が見えますか?
声は聴こえますか?
抗いの歌を
誓いの舞を
想いの宴を』
「や、め、ろぉーーー! これ以上‥‥『私』に触れるなぁっ!」
心込め、ルーティが織る歌へ叫ぶ『狂気』が言う『私』とは果たして誰の事か‥‥だが先よりも激しく動揺を露わにする『狂気』を見て結界より飛び出し、まだ残るレギオンにも無作為に放たれる業火の魔弾にも怯まず、彼女目指して駆け出せば抱き着く者が一人。
「勝手に呼ばれ、挙句に封印‥‥信じられるものなんて無くなるよね」
それはチョコ‥‥今もまだ『狂気』に囚われ、慕って止まないルルイエを助けるべくその身を挺して彼女の動きを拘束し、優しく『狂気』の耳元へ話し掛ければ
「『人』はどうしようもない勝手な生き物かも知れない‥‥誰かを守る為に力を欲するし、皆身勝手、完全な『人』なんて居ない。でも貴方にも‥‥欠けている物があるんじゃない?」
「何も‥‥私は何もない、何も要らない! ただ全て、拒絶し破壊するのみ!」
『狂気』へ続き、諭し掛けるも‥‥彼女はただあるがままに己を解放し、手に灼熱を一瞬で宿せば彼女の肩を掴み、叫んではそれを焼き焦がす。
「復讐を果たしても残るは虚しさと孤独、己を傷付ける。共に歩み、道を探そう」
「出来れば、封印せずに元の場所へ帰してあげたい‥‥帰れるまで一緒に成長しようよ」
「何を‥‥今更に! 今更にぃっ!」
だがそれでも、狭い空間にも拘らず縦横無尽に駆け巡るレイが切り開いた道を駆けて崩れ落ちそうになるチョコを支え、やはり『狂気』へ抱き着くガイエルが諭し掛けに赤毛の魔術師も走る激痛に負けず尚も言葉を織るが‥‥眼前に突き付けられた、感じた事のない感情から『狂気』は暴力と言う名の拳のみ、走らせる。
「あたしにとってルルイエさんは大事な人‥‥アシュドさんも待っている‥‥だか、ら」
「何も見出す事のない、戦いは‥‥」
灼熱する拳に顔に、腕に、腹に打ち据えられて二人は痛みから表情を歪めて言葉をまだ紡ぐが‥‥やがて意思折れて、意識が薄らいでいく。
「何を嘆いているのかは知らんが‥‥そう絶望する程のものでもないぞ。この世界は」
「アン、ドリュ‥‥」
そしてずるりと嫌な音を立てて暗転するチョコの世界の中に響いた、愛しき者の声に彼女は表情を緩ませると感覚のなくなった体に最後、力を何とか込める事に成功すればルルイエをもう二度と離さない様に、きつく抱き締めた。
『貴方は何処から来たの』
『しら、ない‥‥』
様々な感情の奔流渦巻く『狂気』の精神へテレパシーの巻物を用い、呼び掛けたロゼッタへ答えるそれの声は酷く揺れていた。
『貴方があたしを否定しても、あたしはあたしを否定すると言う貴方を肯定し受け入れます‥‥それに貴方が世界を怨んでいても世界は貴方を受け入れますから』
『‥‥‥‥』
一行の会話から、確かに様々な感情を‥‥特に『温もり』を感じ取っただろうと考えているロゼッタの呼び掛けに『狂気』はしかし、言の葉を返す事はなかったがそれでも彼女はまだ、語り続ける。
それを此処に、存在付ける様に、『狂気』へ名を与えた。
『貴方は確かにそこに存在します、だから名前がなければあたしがそれを与えます。名前は‥‥そう、マリア』
『マリ‥‥ア、それが私、か‥‥マリア‥‥』
『えぇ、それが貴方です。マリア』
そして自身の名を反芻する『マリア』にロゼッタが微笑むとその次、不意に『マリア』の存在が掻き消えた事を感じ‥‥涙するのだった。
『もう一人ではないですよ〜。皆さんの歌、聴こえましたか〜? 皆さん、ルルイエさんに居て貰いたいんです〜!』
「アシュドも待っているわ‥‥」
『私も、アシュドさんも‥‥皆、皆居ますから〜!』
ロゼッタが『狂気』へとテレパシーの巻物を通じ、語り掛けていたその傍らでルルイエの精神へ、やはり同様に直接揺さぶるシェリルに続けと借り物である事から憮然とした表情こそ浮かべるも、静かに優しく『彼女』へ呼び掛けるロアは手に持つその巻物を解放し、揺らぐアシュドの幻像を生み出しそれで『彼女』を覆う様に纏いつかせると
『だから‥‥帰って来てっ!』
次に重なり響く、ルルイエへ目覚めを促すシェリルの嗚咽とロアの静かな慟哭に
「‥‥アシュド殿が、言っていた‥‥『必ず、守るから』と、たったのそれだけだったが‥‥彼、は‥‥」
崩れ落ちそうになるチョコを支え、抱えながらガイエルは自身の意識薄らぐ中でアシュドの想いを代弁し微笑むと‥‥二つの精神が一つの器の中で弾けた。
まどろんでいた精神が徐々に研ぎ澄まされ、ルルイエは久方振りに自身の感覚を取り戻していく‥‥体を、自らの意思で動かせそうだと実感しながら。
その意識の中で彼女は振り返り、膝を抱えるまだ朧げな影を見つめる‥‥これがきっと『マリア』。
『おやすみ、おやすみ貴方‥‥皆さんが私の手を引いてくれるからもう、行かないと‥‥だけど、皆さんが貴方へ誓った事は絶対。だから私は貴方を』
寂しげに見えるそれへルルイエが紡いだ言葉に対し、『マリア』から返事はないが‥‥徐々に自身を覆い、取り囲んでいた壁が無くなって行くのを感じると『マリア』から遠ざかりつつも意識を浮上させた。
待つ人達の元へ。
「‥‥人の想い、と言うものは知識だけでは分からぬものだ」
やがて目を開くルルイエを見て、感慨深くノースが呟けば
「お帰りだ、ルルイエ殿」
「良かったです、良かったですよ〜!」
次には笑顔を浮かべ、久方振りに彼女へ声を掛ければまだ少し虚ろな瞳を浮かべるルルイエに、それでも構わず抱き着いたクラリッサにキョトンとする。
「全く‥‥とんだ聖夜だな」
目覚めた彼女に一行の反応はそれぞれだったが、皆に囲まれ抱き着かれやっと微笑むルルイエを見て皮肉めいた言葉を吐くその割、表情に笑顔を宿してアンドリューがノースの治療を受けるチョコの髪を撫でるが
「済まないがまだやる事は完全に終わっていない、封印が未だ完全ではない以上‥‥悪いが城内にいるレギオン全数の掃討まで、付き合って貰うぞ」
玉座の間に崩れるレギオンの大半を一人で処理したレイが翼をはためかせ一行へ嘆息を漏らしながら告げるが、やはり彼もその光景に心の底から笑顔を浮かべるのだった。
一つの疑問を抱きながら。
「‥‥しかし、ルルイエの中にいた『マリア』は一体何処へ?」
●Life Like Love and‥‥
キャメロット、アシュドの自室。
「‥‥‥」
ただ黙して窓の外を眺めるアシュド、あれから然程時は経っていない為に未だ右の腕が動く事はないが十分に療養を取った為、それ以外に関してはすっかり回復した。
「皆、無事だといいが」
ルルイエのみならず、一行の無事だけを願うアシュドだったがその時。
「っ!」
首元からスルリと落ちる、タリスマン‥‥それはもう大分昔に彼女から買い与えられた、彼女が持つ物と同じ物でそれが床に落ちては乾いた音を響かせると、彼は何事か感じて後ろを振り返れば‥‥先までそこにはいなかった筈のルルイエが扉の前に立っていた。
そして開かれる口から何事か呟くが‥‥それは聞き取れず、アシュドが次の瞬きの後に彼女の姿は掻き消えていた。
「一体、何が‥‥」
だがそれを見てからか、背筋に走る悪寒だけ感じると彼は次いで未だ動かない右腕を抱え、部屋を飛び出した。
〜The Last Truth Word to Next The End〜