●リプレイ本文
●イゴール君を起こす
イゴールがいる家に冒険者達が来たのは、かなり遅めの朝の事だった。
フードを深くかぶったハーフエルフのアルジャスラード・フォーディガール(ea9248)が、お爺さんに
「冒険者ギルドから、イゴールに関する依頼を受けた」
と事情を話すと、お爺さんは心配した様子。それでも、昔、冒険者達に依頼をした縁があるので、屋根裏まで案内してくれた。
「イゴールはん、久しぶりやで〜」
と言って、勢いよくドアをあけるミケイト・ニシーネ(ea0508)。
ボハッ‥‥。
『ホコリ』が舞った。
そして、一斉にむせる一行。‥‥一時撤退。
「なんか、ものすごい事になってへんかった?」
アストレア・ユラン(ea3338)は、飛び回りながら、困ったなあ、という様子である。
「イゴールはん、何時までも寝とるのはアカンが‥‥掃除をせんのも、アカンで〜」
ミケイトは、ゆっくりと恐る恐るドアを動かしたが、空気がよどんだ気がしたので、また閉めた。
「アレを、あたいが掃除せなあかんのか〜」
アストレアは、『屋根裏の掃除』と見せかけ、『家捜し』をするつもりらしい。
(「それにしても、ここまでとは‥‥。イゴールめ」)
カンター・フスク(ea5283)は、袖(そで)で口の辺りを押えながら、屋根裏に入り、イゴールを『寝袋ごと』引っ張ってきた。
ズズズ‥‥。
アルジャスラードは、深くため息を吐いた。
(「妹から最近の様子は聞いていたが‥‥」)
寝袋を引っ張るアルジャスラード。それに、寝袋をあげたのは、アルジャスラードである。イゴールは、寝袋のあつかいに慣れた彼の手によって、またたく内に寝袋から出されてしまった。
地面に転がるイゴール。そして‥‥
「‥‥‥」
まだ寝てる。
「このポカポカ陽気なら、無理もありませんわ。イゴールさんは、日当たりの良いお家(うち)に住んでらっしゃるのね」
オットリした様子で、そう語るエディン・エクリーヤ(eb1193)は、小脇に『自分の寝袋』を抱えている。どうやら、彼女は、今日という日をやる気なく過ごしてみるらしい。
ごしごし。
さっきから、目をこすっている。
「ふあ‥‥」
イゴールを見て、眠くなったようだ。
「起きろ!」
「‥‥あうあ!」
起きる様子のないイゴールに、軽くボディーブローをかますアルジャスラード。
カンターも、イゴールを軽く小突いていた。
「そんな恐れ多い事を‥‥!」
そう言ったのは、ハーフエルフ至上主義のフランカ・スホーイ(ea8868)。
「でも、こうでもしないと起きないんだよ」
からかいも入っているが、カンターの言う通り、起きあがる様子を見せるイゴール。
フランカは、アワアワしながら、その様子を見ている。
「優良種であるイゴール様をお起こしするにしては、あまりにも不憫で‥‥」
彼女は、イゴールを『調査』するというよりは、『お世話』をしてあげたいと思っている。
寝るのをあきらめたのか、イゴールがヨロヨロと起きあがってきた。
「‥‥おはよ」
一瞬固まる一同。
「拝謁(はいえつ)させていただき、誠に光栄の極みでございます。私めは、フランカと申します。イゴール様の、すべてのHEの下僕にございます」
と、丁寧に言葉を続けていくフランカ。
「‥‥‥」
難しい言葉を並べられ、寝るイゴール。
アルジャスラードとカンターの二人に、叩き起こされる。
ボーッとしているイゴールに、セフィナ・プランティエ(ea8539)が話しかける。
「またお会いできましたわね。お元気でしたか? イゴールさん」
「ん〜」
セフィナに頭を撫でられながら、元気かどうか迷うイゴール。
「ふふ‥‥その様子なら、お元気ですわね」
なんとなく笑みがこぼれるセフィナ。彼女にとって、彼は『手のかかる弟』になっていた。言われてみればそうなので、頷(うなず)くイゴール。
とりあえずはイゴールを皆で連れ出す事となり、
「イゴールはん、綺麗になった部屋を見て驚かんといてな〜」
くるくるぱたぱた、羽を忙しく動かすアストレアに見送られながら、一行は屋根裏を後にした。
●イゴール君を調査する
カンターが
「イゴールを借りていっていいか?」
と言うので、他の冒険者達は、冒険者街近くの『原っぱ』で待っていた。
天気も良く、そよ風が草を揺らし、花が隅っこで寄り添っている。
「こうして日なたぼっこしながら気を抜いてみると、イゴールさんのお気持ちが分かりそうですの」
ウトウトしているのは、エディンである。
寝袋を人形のように抱いて、コックリ、コックリ。
(「お昼寝したいですけれど‥‥駄目です! ハーフエルフの皆様のために働くのが私の義務なのです!)
フランカは頭を振りながら、気持ちを抑えていた。
イゴールは気にしないだろうが、彼女の気持ちが許さない。
そうしている内に、カンターとイゴールが戻ってきた。
何か、イゴールの様子が何時もと違っている。違うのは、服と髪だ。
「イゴールはん、どないしたん‥‥?」
ミケイトが驚いて、声をあげた。
他の皆も、同じ様子である。
イゴールが、カンターを指差し、
「くれた」
と言うと、カンターが
「服を見繕(みつくろ)ってきたんだ。僕は、仕立て屋もしてるからね」
と語る。
カンターは、服を選ぶ間に、ちょっとした話もしていた。
「何かを与えてくれた人には自分も何かを返すべきだ。‥‥もちろん、返すものは、キチンと自分で働いて得た物でなければならない」
と諭してみる。
説教をボケーッと聞いているに見えたイゴールであったが、
「‥‥コレ」
と言って、『あるもの』を取り出した。干し肉だ。彼の『おやつ』らしい。
カンターは干し肉を口に運んで、噛みしめながら、
「キミは、幾つなんだ?」
と聞いてみる。‥‥人間にして、十五ぐらいだそうだ。
「残りの長い人生を、受身のまま終わらせるのは至極もったいないことだ」
と言ったものの、イゴールのトボけた顔を見て、軽く微笑むカンターであった。
髪もボサボサ気味ながら『ヘンにならない範囲』で整えてあげた。長い後ろ髪はそのまま、布切れで一つに纏(まと)めている。
やや痩せた体に、意外に整った顔、茶色の髪と瞳。ソバカスがあるのは、ご愛嬌といったところだろうか。
キチンとすると『それなり』の外見だ。
「イゴールさん、似合いですわよ。‥‥もうちょっとシッカリなされば、立派な紳士ですわね」
と、セフィナに褒められ、皆も褒めてくれた。
「昼飯にパンを持ってきた」
アルジャスラードは、二人を待つ間、皆の昼食用のパンを持ってきていた。
昼食として、ぱくぱくパンを食べる一行。
ハーフエルフのアルジャスラードに親切にされて、
「アルジャスラード様、そのようなことは、この下僕にお任せくださいませ!」
と言って、パンをスライスする係を交替するフランカ。
その後ろで、エディンがポケ〜っとダラけている。
寝袋に入ったまま、パンをかじっている彼女。その直前に、イゴールがやろうとして怒られた事だった。
(「ああ、この感覚‥‥なんて甘美なのでしょうか」)
なんとなく、こういうダレた生活をするのも良いかもしれない。そう思えてくるエディンであった。イゴールが干し肉を振る舞っていた(?)ので、食べ物に関する事を聞いてみる。
「イゴールさんは、好きな食べ物というのはありますの?」
「肉かなあ」
‥‥『ズバリ』であった。
アルジャスラードは、パンを食べているイゴールに話しはじめた。
「そろそろ夢をもってもいいんじゃないか?」
イゴールはパンを食べながら、上目づかいでアルジャスラードを見ている。聞いてはいるらしい。
「なんで町にいる人達は食べていける蓄(たくわ)えがあるのに働いているかわかるか?」
アルジャスラードの言葉を聞き、わからないといった感じのイゴール。
「それぞれの夢をかなえるために頑張っているんだ。目標がないと、面白味がないぞ」
そう言われて、イゴールは
「う〜ん」
と悩む様子を見せた。
「そうやで〜。目標がないなんてアカン」
と言って、横から顔を出すミケイト。
「前、大物獲(と)るって言ってたやないか、アレはどうしたん?」
ミケイトが大物を獲れたのか聞いてみると、
「獲りたいけど‥‥逃がした」
と答えるイゴール。やってみた経験があるらしい。
「あと‥‥大きいの怖い」
とも言った。
(「いちおう狩りの目標はあるんやな〜」)
それを聞いたミケイトは、ちょうどイゴールの狩りの腕前をしりたいと思っていた事もあって、罠を作らせてみることにした。‥‥それなりに『食べている』腕ではあるようだ。
アドバイスはするが、手伝いはしない。
「工夫なしで、大物獲りは厳しいで。うちは、弓の方が得意やねんけど、仕掛け罠だって作れるんや。罠を仕掛けるだけなら怖くないやろ?」
「うん」
「自分で工夫するんや。誰かがくれるから言うて、アテにしとったらアカン。何時までもあると思うな、獲物と金やで?」
何度もコクコク頷くイゴールであった。『獲物と金』の関係は、ちょっと間違ってるかもしれないが。
セフィナはというと、
(「惰眠をむさぼるのはどうかと思いますが‥‥この陽気ですしね」)
と思っている割には、聞き(?)疲れた感じのイゴールを前に、
「部屋を貸してくれているお爺さ様には、親切にしていますか?」
などの説教をしていた。
「出来れば、ご両親のことを‥‥」
と口に出したのだけれど、それを聞いて落ち込む様子のイゴール。
「わからない」
そういった感じで首を振っている。
「‥‥誰だって、触れてほしくない事はありますわね。ごめんなさい」
落ち込んだイゴールを抱きしめ、そのまま膝枕をしてあげるセフィナ。イゴールは、何も言わないまま‥‥彼女は、しばらく、そのままにして置いてあげた。
(「あらら?」)
何時の間にか、イゴールがまた寝袋に手を伸ばしてるのに気付くと、
「そういえば、あの寝袋、ずっとお使いになってますわね」
取り上げて『日干し』にした。姉気分の彼女は、結構強引だ。
エディンはというと、すでに夢の中の人になっている。
(「あのフワフワのものは、何かしら‥‥」)
夢の中で、何かを追いかけている。なんだか楽しそうだ。
彼女にも、イゴールの気持ちがわかってきたようである。イゴールも、寝袋はないものの、今は草のベッドの上で寝ている。
アルジャスラードは、昼寝姿をちょっとだけ羨ましそうに見ているフランカに、
「羨ましいのなら、昼寝すればどうだ?」
と話しかけた。アルジャスラードも草の上に横になっている。見ると、ポカポカ陽気に誘われたのか、何時の間にか‥‥皆で昼寝していた。
(「私のような下僕にも気をかけてくださるとは‥‥」)
とりあえずアルジャスラードが寝息をたてるまで待ち、それから日向ぼっこと昼寝を楽しむフランカであった。
●屋根裏を掃除する
さて、掃除担当のアストレアはというと‥‥。
「まずは、上からホコリを‥‥うわ、大量や〜‥‥」
雑巾を何枚も消費しながら、悪戦苦闘していた。
(「ん‥‥コレは、なんやろ?」)
小さい箱を見つけたので開けてみる。ヤギネックレスやエチゴヤ印の火打ち石など、変わったものが入っていた。その他にも、防寒具などが積み重なって置かれている場所は、そこだけ綺麗だった。
「もらった物かいな? 大事にしとるんやなー」
箱の中のものは、綺麗に使われているようだった。『宝箱』というやつかもしれない。
「あ、食べかす‥‥」
チーズの破片らしきものを手にとって、それが続いている方向を見ると、ネズミを発見。‥‥思わず、上に逃げるアストレア。
下を見てみると、『ふとっちょネズミ』が口を開けている。
(「食べたいんやろか‥‥?」)
チーズの破片を落とすと、ノロノロとした動きで近寄り、食べはじめる。
「そないな体格やと、どこにいくのも大儀じゃあらへん?」
あぶなくは無さそうなので、掃除と家捜しを続けるアストレアであった。彼女の動く方向に、トテトテ付いていくものの、とても追いつけないふとっちょネズミ。
その後、綺麗になりすぎた部屋を見て、ドコで寝たらいいかわからずに悩むイゴールと一緒に、
「う〜ん」
クルクル回りながら悩むアストレアの姿があったらしい。
●屋根の上の人
さて、誰かを忘れている。
裏世界では『ドルゲ』を名乗る老泥棒ルーロ・ルロロ(ea7504)である。
相棒の驢馬(ろば)ゲルゲは残念ながら、お留守番だ。
彼はフライングブルームを使って屋根の上に乗り、イゴールの様子を覗(うかが)っていた。
何かの話に出てくる『魔人』のように多芸な人である。
(「身分の高い者なら、わざわざ冒険者を使わずとも身辺調査ぐらいは出来るはず」)
彼は、この依頼を受けた冒険者達の多くと同様に、この依頼を興味深く思っているようだった。
(「イゴールを調べているのが知られたくない‥‥何かがあるのかの‥‥面白い」)
その事から、彼はイゴールを調べるというよりは、周囲の様子を覗っていた。
見ているだけなのを退屈に思いはじめた頃、彼はある変化に気付いていた。
(「ずいぶんとイゴールの事を気にしている様子‥‥はてさて、もしかしたらイゴールの関係者かもしれんの〜」)
エルフの女性だと思われるが、遠すぎて、よくわからない。三十は過ぎただろうか‥‥それなりの美人には見える。
女性は、何度も行ったり来たりしながらイゴールを見ている様子だった。地面に降りて、そっと近寄ってみる。
彼女もイゴールの様子を遠くから覗っているだけのようだ。しばらく経つと、人混みに紛れて消えてしまった。
容姿に、一つだけ気になる点があった。
(「それにしても‥‥」)
茶色の髪の瞳が、老エルフの記憶に刻まれていた。
(「どこかイゴールと似ていた気がするのじゃが‥‥」)
●その後
ルーロが、イゴールの前に顔を出したのは、もう日が落ちかけた頃の事で、イゴールもすぐに家に戻っていった。
「また」
と言って、手をブンブン振って戻っていくイゴールを見て、皆はクスリと笑った。
ルーロは、最後に
「日頃の訓練を怠ると猟の感覚や技術を忘れてしまうぞ」
と言ってあげた。
「うん」
という相変わらずの言葉が返ってくる。
その次の日、イゴールは目標を持て言われたからか、狩りに出掛けたようだ。
「大物獲るんだ」
と言っていた。
また、イゴールの屋根裏は、ホコリ以外‥‥数日で元通りになってしまったらしい。
依頼の怪しさを気にした何人かは、調査結果を誤魔化した。正確には、伝える事実と伝えない事実をわけた。
『調査結果』は、すでに依頼人に届けられている。