死者の森1〜子供達が消えた
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月23日〜09月28日
リプレイ公開日:2004年09月29日
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●オープニング
ごうごうと風が窓を吹き付け、カタカタと振動音をさせている。薄く顔を照らし付ける蝋燭のあかりの中、不安そうに七人は顔をつきあわせていた。
六人は若い男女、残る一人は年老いた老人であった。六人の男女は、ちらちらと老人を見ている。
「‥‥村長‥‥」
「これだけ探しても居らんのじゃ‥‥森に入っていったに違いない。やはりギルドに‥‥」
そう老人、村長が口にすると、若い女の一人がわっと泣き出した。
可哀想なわたしの子供‥‥。
可哀想な子供達。今頃、森の中で泣いているだろうに。
今頃、森の中で怖い思いをしているだろうに。
しかし、何故“あんな”森に入っていったのだろう。
「ギルドに頼むなら、早くしてくれ! 子供達は、あんな暗い森にたった四人で過ごしているんだ。最近は、ズゥンビが彷徨いているという噂もあるじゃないか。そうでなくとも、あの森には‥‥」
ドンドン、という低い振動音を聞き、男は口を閉ざして振り返った。再び、ドンドン、とドアが音をたてる。
こんな夜更けに、いったい誰が尋ねてきたというのだろうか。
ゆっくりと村長が立ち上がり、ドアの方へと向かった。
ドアの前に立ち、村長が声を掛ける。
「誰じゃね?」
「‥‥“死者の森”で子供が消えた、と聞いた」
低い男の声だった。村長は、ドアの施錠をゆっくりと外し、ドアを開いていく。
ドアの向こうには、壮年の男性が立っていた。
体つきはしっかりとして逞しく、頬からのど元にかけて、大きな火傷のような傷があった。腰から大きな剣を下げている所を見ると、腕には自信があるのだろう。
「お主は一体‥‥」
「俺はロイ・クローゼット。‥‥山向こうの村から来た」
ロイと名乗った男は、家に入ると、ドアをぴしゃりと締めて人々を見回した。鋭く輝く瞳に睨まれ、誰もが口を閉ざしたままじっと身を竦めていた。
「ギルドに人を頼むなら、俺が金を出そう。事件が片づくまでは、俺がこの事件を引き受ける」
「見ず知らずのお主に、そんな事まで頼むわけにはいかんよ」
「いや‥‥俺にさせて欲しい。何故かは聞くな」
村長はその男の顔をじっと見ていたが、何かはっと気付いたように目を見開き、表情を和らげた。
「‥‥わかった。“死者の森”から子供達を連れ戻してくれ」
ロイは力強く、こくりと頷いた。
子供達が姿を消したのは、二日前の昼の事であった。男の子三人が連れ立って外で遊んでいたのを、一人の母親が目撃している。
それからしばらくして、一人の妹が兄を追いかけようと声を掛けているのを、家の中からその母親が聞いていた。母親がちらりと窓から外を見ると、妹が三人の男の子を追いかけているのが見えた。
おそらく、村はずれの川に行くのだろうと思った。川は村の人家から近く、さほど危険も無い。
しかし、それきり子供達は戻って来なかった。
川向こうに、恐怖があるのを両親達は知っていた。
自分たちが小さな頃から、その森にゴーストが出るようになっていた。村の老人達は森を恐れ、一言たりとその件について話そうとはしない。
ただ‥‥森には危険なゴーストが出没し、ごくたまに‥‥本当に希に、迷い込んだ旅人などが戻ってこなかったりする。
そしてついに四人‥‥。
子供達が姿を消した。老人達が恐れる、あの森で。
●リプレイ本文
彼らを待ち受けていたのは、聞いた通りの風貌の男だった。事情は分からないがこの男、ロイ・クローゼットが依頼主でありながらこの村と何の縁もゆかりもない男だというのは確からしい。
「メンバーはこれで全員だな。この周辺に詳しい者は居ないだろうが、探索方法は話をしたか? どうやら、体力に自信がなさそうなヤツが居るが」
ロイがちら、と見回すと、ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)が口を開いた。
「私達は森について、情報を持っていません。少し調べ物をして行きたいのですが」
「ちょっと待って、子供は森の中に入ってずいぶん経つのよ? 子供を助ける方が先じゃないかしら」
引き締まった体と鋭い眼光と対照的に、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が柔らかい口調でラスターシャに言った。とはいえ、彼の声色は決して落ち着いては居ない。
「もちろん、森の地理について調べるのには賛成だけど」
「‥‥私が先に行かせて頂きます。あなた方を待っている余裕はありません」
冷たい口調で言い放ち、さらりと銀の髪をなびかせてエルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)が背を向けた。その手を、レオンスートが掴んで引き留める。
「ちょっとお待ちなさい、不慣れな土地の森の中に、一人で行こうっていうの? 俺達が迷子になったら、どうするの」
「無理にとは言いません、先に行かれても構いませんよ。子供の捜索が先であるのは分かっていますから‥‥。ですが、探す私たちが危険にさらされては意味がありません。探索は日中、皆で固まって探すべきかと思いますが」
冷静にエルフェニアに言うナスターシャを、レオンスートが眉を寄せて見返す。
「ナスターシャ、もっと子供の事を考えてちょうだい。子供は更に危険な目にあっているのよ。固まって探しては効率が悪いわ」
レオンスートが言うと、続けてエルフのクレリックであるマリー・アマリリス(ea4526)が言った。
「子供達についても聞いておきたい所ですし‥‥」
ロイは少し考え、口を開いた。
「では、二手に分けよう。先に行く者と情報を集めて行く者。川沿いに上流と下流とに分かれて捜索、俺達は上流側に探索する。合流ポイントは、支流の先に広くなっている所がある、後で場所は教えておこう。では、先行する者は出立だ」
ロイはそう言うと、森の方へと視線を向けた。
皆が出立したあと、マリー・アマリリス(ea4526)は一人、行方不明になった子供達の親の元を訪れていた。
あの死者の森について、ナスターシャやテュールは老人達から話を聞こうとしているようだ。しかし、堅く口を閉ざしている村長達から話しを聞くより、あの両親達から話を聞く方が早い。
「死者の森‥‥ですか?」
あの兄妹の母親が、泣きはらした目でマリーを見つめた。きっと、子供の姿が見えなくなってから、いくらも寝ていないのだろう。
何故死者の森と呼ばれるのか。あの死霊が出没した事がきっかけか、それ以前からなのか。
「あの森の話は、私たちが物心ついた頃にはありました。ですが、そう古く無いと思うんです」
と、母親が父親を振り返ると、父親は何かを思い返すように眉を寄せた。
「死霊が先‥‥なのかな。そういえば、俺達が小さい頃にこのあたりに騎士団が来た事があったな。何か騒ぎがあったんだと思うが。ギルドから人が来るやら、騎士団やら‥‥」
それより前に死霊の話があったのかどうか、彼らの記憶はもう定かでは無い。
しかし、騎士団が‥‥?
マリー達を置いて、ロイを先頭にエルフェニア達は一足先に出発した。
時折周囲を確認しながら、ロイは迷わず歩いている。エルフという事もあり、目のいいエルフェニアと狩猟が得意で森林での活動に長けたシルア・ガブリエ(ea4359)が、子供達の足跡が無いかどうか、地面に目を向けて必死に手がかりを探していた。
また、唯一この中でシフールのエリナ・サァヴァンツ(ea5797)は、時折木々の上に抜けながら、ふわりと飛んで探す。飛行出来るエリナにしか行けない場所があるし、加えてエリナはこの森の中でも遠くまで見渡せる視力を持っている。
子供についての細かい容姿や特徴は聞いて来なかったが、名前はロイが聞いていた。
「ケイン、アンジェ! 答えてちょうだい!」
必死に声を上げるレオンスートに、返事は返らない。
日が落ちれば、また暗く危険な夜がやって来る。夜の森が危険だという事は、ここに居る誰もが分かっていた。
周囲に視線を配っているロイの後ろを歩いていたラヴィ・アン・ローゼス(ea5780)が、すう、と目を細める。
「この森の中では、あなたにお任せしておけば迷いそうにありませんね」
ちら、とロイが振り返る。エルフェニアが口を開いた。
「‥‥聞きたい事があるのなら、はっきり聞いたらどうですか」
「子供を捜すのが先です。‥‥今は聞く必要は無いと思いますが」
と微笑するラヴィに、エルフェニアは険しい表情を向ける。
「みんな聞きたいんじゃないのカ? 話が長くならないなら、聞いてやってもいいナ」
エリナがそう言うと、ロイはふ、と唇を釣りあげて笑った。
「‥‥何故俺が依頼者か、聞きたいのか」
「はい。あなたは山向こうから来たと聞きました。それがこんな所まで、わざわざ子供を助けに?」
見ず知らずの子供達の為にお金をはたいてまで、何故彼が‥‥。エルフェニアが聞くと、ロイが足を止めた。
「この森には、ちょいと縁があるからさ」
まだ聞きたげなエルフェニアに、ラヴィが微笑する。
「そう焦らずとも、いずれ真実は明らかとなるでしょう。神は、いつでも見ておいでですから」
「神が見てりゃ、こんな事にはなっちゃ居ない‥‥おっと、クレリックの前ですまんな」
「いいえ、信仰は自由ですから。かくいう私も、時折神聖魔法が使えなくなる位ですから」
とロイにラヴィがふふっと笑いかける。
「‥‥じゃ、捜索再開。いつまでもお喋りしてちゃ駄目よ」
「了解ダ。俺は後ろから来ている連中の様子を見に行ってくるヨ。多分まだ川沿いの方に居るだろうからナ」
レオンスートに答えると、ふわ、とエリナは飛び上がった。
先行隊から遅れる事二時間。
一歩前を歩く小さな影、テュール・ヘインツ(ea1683)に続いてマリーとナスターシャが歩いていた。人一倍鼻の利くテュールは、周囲の臭いや物音に注意しながら、子供につながる手がかりを探している。
ケイン、マシュー、ヨシュア。そしてマシューの妹のアンジェ。
いつもは明るいテュールも、少し曇った表情をしている。
「心配しているだろうね‥‥お父さんもお母さんも。せっかく帰るおうちがあるのに‥‥両親が待ってるのに、早く見つけて返してあげたいよ」
無言のナスターシャ。マリーは少し待って、テュールに声をかけた。
「あの‥‥あなたは‥‥」
「ああ。僕、肉親をモンスターを殺された事があるんだ。だから‥‥この依頼を見た時に放っておけなくて」
テュールは十歳くらいだろうか。マリーは、あの子供達とさほどかわらない年であるのに一人だちして依頼に加わっているテュールを、感心して見つめた。
ナスターシャはふう、と息をつく。
「‥‥冒険者は皆、依頼を受ける様々な理由を持っています」
テュールは空を見上げると、木々の影となったわずかに映る太陽を見上げた。
「お日様に聞いてみよう。‥‥日向に居るといいんだけど‥‥」
ポケットから金貨を取り出すと、テュールは詠唱をはじめた。ゆっくりと目を開け、テュールは金貨を見下ろす。
「お日様‥‥ケインとマシュー、ヨシュア、アンジェの四人はどこに居るの?」
息を殺して返事を待つ、マリーとナスターシャ。
やがて、返事が返ってきた。
三人は、ここから北東に進んだ所に居ると。
しかし、もう一人の居場所は分からない。
「三人を先に見つけましょう」
ナスターシャが言うと、マリーも彼女に同意を示した。ともかく、今見つかっている三人を先に保護するべきだと。
しかしナスターシャの言葉に、マリーとテュールは足を速める事となった。サンワードで確認できる太陽の下に居るなら、モンスターに見つかりやすい、と。
全力で駆けるテュールの後方から、少し遅れてマリーとナスターシャが続く。生きていて欲しい、と願いながら森を駆けるテュールの目にやがて、何かが映った。
地面に倒れこんだ一つの影。やや向こうにもう一つ、二つ。息を切らせながらテュールがその影に近づき、手を差し出したが‥‥。
追いついたマリーがテュールの肩を押し退け、抱えた。しかし小さな命は、すでに冷たい躯と化していた。子供を抱えたまま地面にへたり込むマリーの横に、呆然と立ちつくすテュール。
ナスターシャは静かに遺体を見回す。いずれも少年だ。だとすればあと一人女の子が居るはずだ。
「‥‥もう一人居るはずです。仲間に知らせて合流しましょう、サンワードで調べられる?」
「うん‥‥あ‥‥」
テュールも元気なく答え、空を見上げる。と、その視線の先に誰かが飛んでくるのが見えた。
「お〜い、エリナさん〜!」
テュールが手を振る先から、ちらちらとシフールが飛んでくる。シフール、エリナはテュールを見つけるとこちらに近づき、そして地面に横たわった子供の遺体を見つけた。
無惨に横たわる遺体の側に、シルアが静かに膝を着く。
「私たちがもっと早く来ていれば助かったんでしょうか‥‥」
マリーが、シルアを見上げて問いかける。すると、ラヴィが両手を組んで答えた。
「それはどうでしょう。その子達は、亡くなって時間が経っているようですから」
3つの遺体は、ズゥンビか何かに襲われたのか、殴られたり引き裂かれたような痕があった。遺体には更に、獣に囓られた痕跡もある。
マリーがシルアをじっと見つめると、ラヴィがマリーを見下ろした。
「あと一人はどうしました」
「まだ見つかっていません‥‥」
マリーが心配そうな表情を浮かべる。すると、レオンスートが厳しい口調で答えた。
「諦めないで、まだ生きているかもしれないわ!
と、シルアが急に顔色を変えて地面に這った。それは、いままでの彼女とは全く違う表情である。
「そうですよね‥‥まだ生きているかもしれません!」
食い入るように地面をにらみつけ、残された少女の痕跡を探そうとするシルア。するとレオンスートも周囲に目を走らせて声を張り上げた。
「アンジェ! ‥‥どこなの!」
よろり、と立ち上がってマリーもレオンスートに続いて声を上げた。遺体を見つめるナスターシャが、何かに気づく。
「子供達は、同じ方向に向けて倒れています‥‥同じ方向に逃げたのだとすると、アンジェはその先に向かったと予想されますね」
「よし、皆でこの辺を探すゾ」
エリナ、そしてテュールもナスターシャが指定した方角へと捜索に走った。
エルフェニアやロイ達も声をあげる。
と、その時、エリナが森の中、何かが動いたのを発見した。遠くの茂みで微かにだが、何かが反応した。
「あそこに誰か居るゾ!」
エリナの声に、ロイ達が駆ける。
茂みがざわ、と動き、小さな影が反対側へと駆けだした。
「待って! 僕達、アンジェを助けに来たんだよ!」
テュールの声に、影が一瞬立ち止まる。ロイがゆっくり前に進む。
「‥‥アンジュというのはお前か?」
少女が口を開きかけた時、背後で咆哮が聞こえた。びく、と少女が体をすくめる。ロイの視界に、エリナが飛び込んでくる。
「ロイ、大変ダ! ズゥンビ達が来たゾ」
間髪入れず、テュールが声を発した。
「ここは僕が付いているから、ズゥンビはお願い!」
「シフール、ここを離れるなよ」
ロイにシフール(種族名)呼ばわりされたエリナはむっとしつつ、黙り込んだままの少女をそうっと見下ろした。
ロイが遺体の側に戻ると、すでに三体のズゥンビとレオンスート、シルア達が格闘していた。エルフェニアとレオンスートがソードで斬りつけ、後方からシルアが弓で、ナスターシャが魔法でフォローして片づけていく。遺体の側には、シルアとマリーがぴったりついている。
レオンスートがスマッシュで切り裂き、畳みかけるようにヘブンリィライトニングを落とす。続けて刃を返し下から剣を切り上げると、ズゥンビはようやく動きを止めた。
死肉のついた剣を振りながら、レオンスートが振り返る。
「子供はどうなったの?」
剣をおさめつつきびすを返したレオンスート、シルアはちらりとズゥンビと遺体を振り返ると、静かに目を閉じて手を組み、祈りの言葉を残した。ふと視線を横に向けると、マリーも同様に祈りを捧げている。
「‥‥せめて安らかに浄化される事を祈りましょう」
シルアはちいさく頷くと、レオンスート達が向かった先へと視線を向けた。
テュールが中腰でじいっと見下ろす先に、膝を抱えて小さな子供が震えている。この子供が、アンジェらしい。
「どうやらたいした怪我もなく、無事のようですね。‥‥しかし、ゴーストに憑依されているかもしれません」
とラヴィは、首から提げていた銀の十字架を見下ろした。すると、ラヴィの考えを読んだようにエルフェニアが鋭くラヴィをにらみつけた。
「ローゼスさん、銀の十字架で何をするつもりです」
「この銀のクロスに反応しないものかと思いましてね」
エルフェニアはふるふると首を振った。
「銀の十字架を押しつけると死霊が苦悶する、というのは単なる噂です。憑依されている霊を追い出すのには、やはり憑依されている方ごと魔法をかけるか、特殊な魔法をつかうなどするしかありません」
マリーはそう言うと、鞄からワインを取り出しているエルフェニアと少女を見下ろした。少女は、まだエルフェニアやマリー達に気を許していないのか、表情が硬い。
エルフェニアはワインを差し出したが、少女は手を伸ばそうとしない。
あまり子供の扱いに慣れていないのか、彼女はやや困惑しているようだ。すると、シルアがにこりと笑って少女の前に座り込んだ。
「少し‥‥いい?」
シルアはそっと目を閉じると、少女へと手をかざした。シルア、そして続けて少女を白い光が包み込む。やがてシルアは目を開き、少女の顔をのぞき込んだ。
「私たちは、あなたを助けに来たんです。‥‥もう大丈夫」
すうっと両手を差し出すと、少女が突然シルアに飛びついて泣き出した。
呆然としているエルフェニアを、シルアが見上げる。
「メンタルリカバーです。‥‥怖い思いをしたんですね」
行き場のないワインに視線を落としたエルフェニア。するとシルアが、少女の肩に手を置き、声をかけた。
「ワインをどうですか?」
すると、少女はようやく顔を上げ、涙で濡れた瞳をエルフェニアへと向けたのだった。
(担当:立川司郎)