死者の森2〜死臭アスター

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月08日〜10月13日

リプレイ公開日:2004年10月17日

●オープニング

 母親にしっかりとしがみついたまま、少女は男を見上げた。寡黙で厳ついその男が怖いのか、少女は眉を寄せて口を閉ざしている。
「‥‥一つだけ教えてくれ。ローゼは居なかったのか?」
 少女は、母親をちらりと見上げる。兄が目の前で惨殺される所を目撃した少女に、今詳しい話を聞き出すのは難しいだろう。また、この男‥‥ロイ・クローゼットもあまり子供の扱いが得意では無い。
 だが母親がそっと手を少女アンジェの肩に手を回すと、少し口を開いた。
「‥‥ゴーストのお姉ちゃん‥‥居なかった‥‥。いつも‥‥河原に行くと来てくれる‥‥でも居なかったから‥‥」
「‥‥探しに行ったのか‥‥」
 しかし、森に彼女達が待っていたゴーストは居なかった。代わりに彼女達を待ち受けていたのは、死霊の使い‥‥蠢く死者であった。

 もの言いたげな村長、そして老人達にロイが鋭い視線を向ける。老人達は、口にはしないがロイの行動を止めようとしているのが顔色から伺えた。
「もう一度、森に入る。廃屋に、俺の剣が残してあるはずだ‥‥」
「‥‥やはり追うのか‥‥ロイ、ヤツは‥‥」
 ロイは深く息をつくと、首を縦に振った。
「恐らく、ローゼは消されたのだろう。だとすれば、アスターの動向が気になる。‥‥この間の連中に、ギルドを通じてもう一度来るよう、伝えてもらっている」
 ロイは重ねて、死者の森にもう一度入る、と言った。
 あの森に何があるのか、
 アスターとは‥‥ローゼとは誰なのか、
 ロイは語らない。
 しかし、それを知ろうとする事までは、もう止めはしなかった。
 再び村に足を踏み入れた冒険者達を、ロイが待ち受けていた。
「‥‥あの森に、もう一度入らなければならなくなった。‥‥森の中に廃屋があってな、そこに忘れ物を取りにいかなきゃならないのさ」
 ふん、と鼻で笑うとロイが剣に手をかける。
「ちょいと、死霊を追う事になった。アスターという男だ。奴はゴーストだから、普通の武器じゃ傷つかない。森の中には、俺が忘れていった‥‥銀の剣があってな。‥‥それを取りに戻って、アスターを追いかける」
 なあに、森にはもうアスターは居ないだろうさ。だから、追う前に、武器を持っていくのさ。
 とロイは話し、それから苦笑した。
「だが、残念ながら俺はもう昔のようには戦えん。あの武器は、お前達は少しの間貸してやる。だから、もう少しだけ付き合いな。‥‥まずは、あの森の雑草刈りだ」
 奴の名前はアスター。
 通称、死臭アスター、だ。

●今回の参加者

 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2649 ナスターシャ・エミーリエヴィチ(30歳・♀・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3147 エルフェニア・ヴァーンライト(19歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea4359 シルア・ガブリエ(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea5780 ラヴィ・アン・ローゼス(28歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea5797 エリナ・サァヴァンツ(26歳・♀・ファイター・シフール・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 3つの真新しい小さな墓標の前に、小さな影が立っている。そうっと後ろから歩み寄りながら、彼の様子をうかがう。金色に揺れる髪がふわりと頬を撫で、ようやく小さな影が振り返った。
 少し涙が滲む目をぐい、と擦り、テュール・ヘインツ(ea1683)は眉を寄せた。
「お別れは済みましたか?」
「‥‥謝ったんだ、みんなに」
 テュールが見下ろしているのは、助けられなかった子供達の墓だった。ラヴィ・アン・ローゼス(ea5780)は、テュールの後ろに立ったまま、目を静かに閉じてその墓へと、静かなる眠りにつくように、祈りの詞を送る。
「また‥‥何も出来なかった」
 頭をうなだれたまま、ぽつん、とテュールが呟いた。
 こうして取り残される悲しみを、誰より知っている。自分が先に出立していれば、早く見つかっていただろうか。もう少し早ければ‥‥。
 真っ赤な髪を、そっと細い手が撫でる。テュールが見上げると、ラヴィがテュールを見下ろしていた。
「過去を取り戻す事は、誰にも出来ません。あなたにはあなたに、これから出来る事があるはずですよ」
「ラヴィさんはいい人だね」
「そうでしょう?」
 ふ、とラヴィが微笑した。

 閉じられたままの扉の前で必死に懇願するシルア・ガブリエ(ea4359)と重なり、低い青年の声が響く。
「シルア、もうお止しなさい」
「‥‥しかし‥‥」
 こうして詞を投げかけ続ける事が、相手に対する自分なりの誠意‥‥。シルアは、扉の前に立ったまま、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)を振り返る。
 レオンスートは、問答無用でシルアの手を掴む。
「私は‥‥」
「分かっているから、こっちにいらっしゃい!」
 ぐい、とシルアの手を引き、レオンスートは歩き出した。引きずられるようにシルアを連れ、レオンスートは広場まで戻っていく。
「あの森について知る事が‥‥これから起こる悲劇を止める手がかりになるかもしれない。だから‥‥」
「そんな事は分かっているのよ、シルア」
 レオンスートはようやく手を離すと、シルアを振り返った。
 厳しい表情で見つめるレオンスートを、シルアが見上げる。
「シルア、悔しい思いをしたのは、俺もそう。悲しい思いをしているのは、何よりあの子達の両親がそう」
「だから‥‥あの森が何故死の森と呼ばれるようになったのか、アスターとはどういう人なのか‥‥」
「今問いつめても、村長は何も喋りはしないわよ。ドアの前で叫んでも、迷惑なだけ」
 はっきりとレオンスートに言われ、シルアはうなだれた。
「まずズゥンビを追い出して、平和な森を取り戻す。そうすれば、あの老人方の口もきっと軽くなるわよ。今できる事をしなきゃ‥‥俺達はその為に来たんじゃない?」
 ちら、と視線を動かしたレオンスートの見つめる方をシルアが見ると、テュールとラヴィが歩いていた。沈んだ様子のテュールに、ラヴィが何か語りかけている。
 ラヴィはこちらに気付くと、すうっとこちらに足を向けた。

 空と山の境界線が、うっすらと光を滲ませていく。次第に広がる日の光を眩しそうにして、ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)は彼女より少し小柄な少女の体をしっかりと抱きしめていた。
 疲れているだろうに、それを見せずに馬を疾走させている少女の顔を肩越しに見つめる。
「‥‥やはりそうですか」
「というと‥‥何か分かったのですか?」
 彼女、エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)はナスターシャの方をちら、と振り返る。
「騎士団では、ロイという痣のある騎士の事は分かりませんでした。書類も10年前の戦争の混乱によって紛失しているものが多く、探し出すのも困難でしたから‥‥」
「パリのギルドでも、それは変わりません。10年以上前の書類は、この短期間で見つける事は出来ませんでした。ただ‥‥」
 ナスターシャは、しっかりと前を見据えたまま言葉を続けた。
 ギルドでナスターシャが、数十年前の書類からロイ、アスター、ローゼという名前を探していた時、ギルドの年輩者から話しを聞く事が出来たのである。
「ロイ‥‥どこかで聞いたが‥‥」
 ギルドの老人は、ナスターシャの告げた名前に反応した。
「アスター‥‥という名前はどうですか?」
「‥‥アスター‥‥アスターじゃと?」
 死臭アスター。
 それは30年ほど前の事。その名前はパリ近郊を恐怖に陥れた。
 30人以上の人々を殺戮し、騎士団にも追われていた男が居る。彼の名前はアスター。彼からは常に死臭がする為、ついたあだ名が死臭アスター。
 彼を追っていた冒険者がロイ‥‥通称バグベア、そしてローゼ、ウルフマンの3人だ。老人は、ナスターシャにそう教えてくれた。彼らがどういった戦いを繰り広げ、どういう結末を迎えたのか‥‥それは、この膨大な報告書の山から探し出す事は出来なかった。
「ロイはかつてアスターを追っていた‥‥だから、今回の事件にも関わったという事ですか?」
「そう、考えられますね」
 ただ‥‥ローゼは、ウルフマンはどうなったのか。何故ロイしか姿を見せないのか‥‥。

 何度も村を振り返りつつ歩くマリー・アマリリス(ea4526)を、先に歩いていたロイが足を止めて呼んだ。マリーは名を呼ばれて足を速めるも、やはり村が気になるようだ。
「‥‥残るのか、行くのか。どっちだ」
「いいえ‥‥行きます」
 マリーは答えると、前を向いて歩き出した。
 村にラヴィが残ると聞いた時、マリーは一瞬迷った。殺された子供達の両親や村人の、心のケアをする為に村に残るという彼の行為に、自分の考えは及んでいなかったからだ。
 しかし何か手伝えないかと言ったマリーに、ラヴィは“ズゥンビを倒す為には、クレリックのあなたの力が必要でしょうから”と、マリーを送り出したのだった。
「この森に安全を取り戻す。‥‥それも、大切な役割の一つじゃないかしら、マリー」
「‥‥はい」
 レオンスートに言われ、マリーは頷いた。
 この森でまず自分たちがせねばならないのは、ズゥンビ達を追い払う事。デティクトアンデットでシルアがズゥンビを探そうとしているようだが、範囲は狭く、効果範囲に入ってくる頃にはテュールの鼻が死臭をかぎつけているか、視界に入っているだろう。
「僕がサンワードでだいたいの位置を聞くよ」
 テュールがサンワードで、確認出来るズゥンビの位置を聞き出すと、二体がこの近くに居る事が分かった。ここからそこに向かう直線上に、もう一体。
「廃屋の方角も、その方向だ。丁度良い、片づけながら行くぞ」
 ロイは、皆を先導するように先に立って歩き出した。
 風に乗って、次第にテュールの鼻を死肉の臭いがつく。眉を寄せるテュールの後ろで、レオンスートがハルバードを取り出した。
「さっそく寄ってきたわね」
 森を駆け抜けると、ゆらりゆらりと歩くズゥンビにハルバードをたたきつけた。腐った体が、簡単に崩れていく。後方から、ナスターシャのウィンドスラッシュがズゥンビを切り裂いた。
 反撃される間もなく、ズゥンビは土に紛れていく。
 ふう、と息をつくとレオンスートがハルバードを振って死肉を落とした。顔を上げると、すぐ横をまっすぐ、ロイが通り抜けていく。
 ロイの行く先は、頭上から光りが降り注いでいる。どうやら、その向こうは開けているようだ。と、マリーが足を速める。
 柔らかな光が振る森の中、古い朽ちた小屋が建っていた。蔦が生い茂り包み隠し、その木の壁は崩れかけている。おそらく、山に出入りする猟師達が使っていたものなのであろう。それが、死者の森と呼ばれるようになってからは、誰も立ち入らなくなった‥‥。
 マリーは外れ落ちたドアを踏みしめ、中に足を踏み入れた。天井部分が落ちている為、直接日の光が注ぎ込んでいる。
 ふと視線を落とすと、誰のものなのか、古い聖書が置かれていた。そっと手を伸ばすと、風雨にさらされていた聖書は乾いた音をたてた。
「‥‥これ、誰が使ってたの?」
 錆びた長剣を、テュールが引っ張り出している。外で見守っていたレオンスートは、テュールには大きすぎる剣を見て、苦笑した。
「あんたには、ちょっと大きいわね」
「どっちにしろ、錆びちゃってるよ」
 テュールが笑って答えた。
 ロイがテュールの持っている剣を、すうっと見下ろす。その視線は、懐かしい友に会ったかのような、柔らかなものであった。
「‥‥あなたのものですか?」
 聞いたナスターシャを振り返り、ロイは深く頷いた。
「あなたはかつて、パリのギルドで仕事を請け負う冒険者だった。ローゼとウルフマンという仲間とともに、死臭アスターと呼ばれる連続殺人鬼を追っていた‥‥そうですね」
 ロイは笑った。その笑顔は、頬の傷によって引きつって悲しそうに見える。
「昔話だ。‥‥三〇年も前の、な」
「アスターさんは‥‥ローゼさんやロイさんを憎んでいるのですか?」
「憎んでいる?」
 静かな口調でシルアが問うと、ロイが聞き返した。
「‥‥憎んでいるかもしれないな。自分の運命を終わらせた相手、だからな」
 ロイは、ゆっくりと小屋の一番奥へと向かった。テュールが探っていたテーブルの下に手を差し込むと、そこから細長い木の箱を取り出した。
 大切そうに布にくるまれていたのは、一ふりの剣だった。
 すらりと抜きはなった剣は、いまだ光を失ってはいない。
「聞いての通りだ。‥‥俺達3人は、かつてお前達と同じようにギルドから仕事を請け負っていた」
 剣士のバグベアことロイ・クローゼット。クレリックの女性ローゼ・クロン。そして同じく剣士のウルフマンことレイウッド・クラーク。
 彼らの元に、依頼が舞い込んだ。
 殺人鬼、死臭アスターを倒せ、と。
「ここで全ては終わった。‥‥アスターは死んだ。ローゼも、ウルフマンも‥‥死んじまった。残されたのは、俺一人だ」
「その剣は、その時に持っていたものなのですか?」
 マリーが聞くと、ロイは頷いた。
「だがアスターはもともと、単独犯だ。アンデッドなんて連れちゃ居ないし、神聖魔法の使い手でもない。‥‥この剣は、たまたま冒険者だった頃に俺たちが持っていた剣だ。アスターは殺したが、あいつは死霊となって舞い戻るかもしれない‥‥俺はそれが怖くて、ここに剣を置いていった。いつ誰が使ってもいいようにな」
「その‥‥ローゼさんも死霊に?」
「さあな‥‥俺はあの時、仲間を失い‥‥力も使い尽くした。俺の冒険者としての人生はここで終わっている。あれ以来、俺はここに足を踏み入れていなかった」
 と、外で地を蹴る音が聞こえた。入り口に居たレオンスートが、ハルバードを手にする。それより先に、テュールがサンレーザーを唱えていた。
 駆けたのは、エルフェニアだった。外で周囲を見回っていたエルフェニアは、森の中から忍び寄る死者の影にいち早く気づき、剣を振りかざした。一太刀、そして二撃目をふるうと、後方からサンレーザーがズゥンビを襲った。
 続けて駆けつけたレオンスートが、さらに後方に迫っていたもう一体にハルバードを振る。
「‥‥これで終わり?」
 レオンスートは舌打ちするとズゥンビの拳を身をかわして避け、頭上から刃を振り下ろした。
 立ちつくすエルフェニアの後ろから、マリーが崩れ落ちたズゥンビに歩み寄る。そっとその側に腰を下ろすと、その体に触れた。すっかり見る影も無いが、わずかに身に張り付いた衣服や装飾品からすると、この村の者‥‥というよりも、もう少し裕福な街に住む者であるように見られる。
「‥‥この人、どこから来たんでしょうか」
「どこからって‥‥ズゥンビはズゥンビじゃないの?」
 レオンスートが聞くと、マリーは首を振った。
「この村の遺体では無いとすると‥‥どこかからか、この森に来た‥‥という事でしょう。何かおかしいですね。ズゥンビがこんなに大量に、しかも一カ所に‥‥」
「‥‥この森には、ローゼの霊が居たと聞く。そのローゼも居ない。ローゼが居ないから、アスターも居ない。‥‥誰かが何かしたのかもしれんな」
 ロイはすうっと顔を上げた。
「どうやら、この森が安全になるには‥‥まだ時間がかかりそうね」
「僕も‥‥お手伝いします。この森が安全になるように‥‥ロイさんに力を貸すよ!」
「あら‥‥気が合うわね」
 レオンスートがにっと笑みを浮かべ、くしゃっとテュールの髪をなでた。

 開け放たれた窓から、さわさわと風が吹き込む。ラヴィは、森に入っていった仲間を思いながら、窓辺で足を止めた。
「無事済めば、今晩にも戻って来るでしょうね」
 ラヴィは、椅子に掛けて本を読んでいる少女に声を掛ける。少女はラヴィの顔を見返した。ふ、とラヴィが笑うと、少女は視線を本に落とした。
 ラヴィが前に立っても、少女は‥‥アンジェは、逃げ出さない。最初は人を怖がっていたが、母親が安心してラヴィに話しをしているのを見て、ラヴィに対して安堵感が若干生まれてきているようだった。
「‥‥」
 じいっ、とアンジェが、テーブルの上に飾られた一輪の華を見つめる。数日前に摘まれたその華はしおれかけていた。エルフェニアがアンジェにあげた、一輪の華。
「きっと帰ってきますよ」
 こくり、とアンジェが頷く。その指が、本の上の文字をなぞった。
 女性。
「‥‥ローゼ」
「ローゼ?」
 ローゼ。いつも、守ってくれていた人。森の中に居るゴースト‥‥彼女はいつでも、アスターから自分達を守ってくれていた。
 そのローゼが‥‥あの日は、居なかった。
 アスターから守ってくれていたローゼが居ない。
 そして、あの死霊が姿を現した‥‥森から外へと。
「‥‥アンジェ、もう大丈夫です。私たちは、あの霊を倒す為に来ているんですよ。だからほら‥‥その証拠に、森からズゥンビは居なくなる」
 アンジェは、ぎゅっと手を握りしめたまま、ラヴィを見た。ラヴィが手を取ると、少女は震えていた。

(担当:立川司郎)