死者の森4〜汝、生まれし地に還れ

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月03日〜12月08日

リプレイ公開日:2004年12月12日

●オープニング

 どこかで、鳥の鳴き声がする。けたたましい、耳障りな鳴き声だ。
 ここで生まれた。その男、アスター・ケイニッヒは、この街外れにあるうす暗い森の中、冷たい石造りの建物の中で、生を得た。それは一人の囚人が生み出した、小さな命。
 アスターを産み終わった後、その囚人は出産後の体調変化で命を落とす。彼女は死の間際、この命がいずれ大きな罪を犯すことを予想していただろうか?
 母のぬくもりを知らず、父の顔も知らず、アスターはこの監獄で、成長していった。
 何を思い、何を感じ取っていたのか、それは彼自身にしか分からない。ただ、彼は与えられた仕事をこなしていただけだ。死刑を執行する、という仕事を。
 ロイは、頬の傷にそっと手をやった。
 ここで彼がどうしていたかなんて、関係ない。自分はただ、このアスターという亡霊を消し去るのみだ。死臭アスター‥‥この名前を、再びノルマンの地に轟かせる事のないように‥‥そして死んでいった仲間達に今度こそ安息を捧げる為に。
 一本の、銀色の輝く剣を取り出し、ロイはすうっと前に差し出した。
 さあ、この剣を取れ。
 あの死者の森から、アスターを追い続けてきたお前達が手に取り、そして戦い、あの男を消し去るべきだ。俺は、今や過去の遺物‥‥今のアスターを倒すのは、今生きるお前達なのだから。
 そしてロイはアスターを追う最後の依頼をギルドに届ける。
 ‥‥最後であって欲しい、という思いを込めて。
 さあ、行こう。あの男を迎える為に、あの暗い森の中の監獄へ‥‥。

●今回の参加者

 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2649 ナスターシャ・エミーリエヴィチ(30歳・♀・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3147 エルフェニア・ヴァーンライト(19歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4813 遊士 璃陰(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5780 ラヴィ・アン・ローゼス(28歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea5797 エリナ・サァヴァンツ(26歳・♀・ファイター・シフール・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 土埃と湿った臭いが鼻をつく狭い室内に、ほのかな明かりが灯った。ラヴィ・アン・ローゼス(ea5780)が掲げた先に、白い聖なる光が輝いている。ラヴィの詠唱をじっと横目に見つめながら、小さな羽を羽ばたかせながら、エリナ・サァヴァンツ(ea5797)が周囲を飛び回った。
「‥‥それ、どれ位保つんダ?」
 エリナが聞くと、ちらとラヴィが顔を上げた。
「1時間ほどですね」
「1時間以内に来てくれタラ、精神力が無駄にならないのにナ」
 そうですね、とラヴィは笑いながら、もう一つ灯す。八つばかり付けたら、ラヴィも戦うだけの力が無くなってしまう。二つも付ければ、行き届くだろうか。
 ラヴィとエリナの後ろでは、それぞれが武器の確認をしていた。
 クレリックであるラヴィとマリー・アマリリス(ea4526)はともかくとして、ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)は魔法を使う。エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)はオーラを使い、テュール・ヘインツ(ea1683)とレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)はそれぞれ小さいながら銀の武器を持っていた。
「あんた、何も持ってないの?」
 レオンの碧の瞳が遊士をじろりと見る。遊士璃陰(ea4813)は肩をすくませ、口を開いた。
「い、いや‥‥すまんなぁ、レオンの兄ちゃん」
「じゃ、あんたがこの剣を使う?」
 とレオンが差し出した銀の剣を見て、遊士はふるふると首を横に振った。とてもじゃないが、使える自信は無い。
「俺より、もっと上手いひと居るんちゃうか。兄ちゃん使えばええやん」
「俺?」
 とレオンが自分を指すと、テュールが頷いた。
「そうだよね。エルフェニアさんのオーラは渡せないし、レオンさんが一番いいと思うな。それで遊士さんがレオンさんのシルバーナイフを借りたら、数が合うよ。‥‥あ、ロイさんが無いか」
「俺は少しの時間だったらオーラが使える。心配はない」
「そう? ‥‥じゃ、俺が使うわね。後で文句言わないでよ?」
 眉を寄せ、レオンが遊士にナイフを差し出した。ナイフを受け取りつつ、ぱっと立ち上がる。
「言わへん、言わへん! 存分に戦こうてや。じゃ、俺はちと見回りに行ってくる」
「あ‥‥それでは私も」
 とマリーが立ち上がった。

 窓から見える風景は、次第に闇に包まれていく。それをじっと見つめるラヴィに、エリナがふいに声をかけた。
「なあ、ラヴィは白派を信仰してるんダロ?」
「そうですが」
 エリナは、何か色々と考え込んでいる様子だった。ラヴィは、外の様子をうかがいながら話を続ける。
「英国の神学者によれば、現世には三柱の神が居るとされています。そのうちの一柱が黒の再生神です。黒派では、いずれ救世主が降臨し、賢明なる者により統治された新たな国が建設される、と信じられています。その為に地上の愚者を廃し、賢人を選びだすことを目的としています」
「アスターと会った黒派の修道士が居る、と聞いた」
 エリナはラヴィの顔をじっと見上げる。
「どうしてローゼが消えたンダ。どうして突然ズゥンビが現れた。‥‥どうにも、アスター以外の誰かが見え隠れしているような気がして、ならないんダ」
「それは、アスターに聞けばどうでしょう?」
 火の側に立っていたナスターシャが、エリナに答えるように声を上げた。二人の視線がナスターシャに向けられる。
「‥‥もっとも、自分を解放してくれた者の事など、既に興味は無いかもしれませんが」
 ナスターシャは、ランタンの火から視線を逸らさずに言った。それから、すいと視線を動かす。何かの気配を感じ取ったのか‥‥?

 ちら、と遊士が顔を上げた。マリーが遊士の顔を見やると、遊士は視線を戻した。
「あ、いや何でもあらへん。獣の鳴き声や」
「そうですか‥‥何か異変を感じ取られましたら、仰ってください」
 マリーはそう言うと、再び話しを戻した。目の前に座り込んでいる老人は、何の話だったかのう、とつぶやきながら、しばし考え込んだ。
「そう‥‥修道士の話だったかのう」
「はい。彼に接触していた黒の修道士が居たと仰いましたよね。その修道士について、まだ何かご存じではないでしょうか」
 遊士は、周囲の気配を察しながらも、老人の動向にも気を配っていた。遊士は、彼が何故こんな所に一人で居るのか、疑問に思っていた。もしかすると、彼がアスターの親だったりしないかと考えているのだ。しかし、マリーはそう考えていない。実際、老人からはアスターに対する特別な感情は感じられないし、話してみた所黒派であるようにも感じられなかった。
「当時‥‥三十才前後だったか‥‥。まあ、生きておっても、もう老人じゃ。アスターを復活させたり悪さが出来る程力を持っているとは、思えぬがのう‥‥。すまんが、名前までは思い出せん」
「‥‥なあじいちゃん、何であんたはこんな所に住んでるんだ?」
 ここ、ゴーストとか出たりしないのか。遊士はそう聞きたげだ。老人は口を開いて笑う。
「まあ、こんな所に住むのはわし位じゃろうて。‥‥わしも若い頃は監獄で‥‥あまり良いとは言えぬ仕事をしておってのう。年を経て身よりもない、こんな老人が住む所など有りはせんのじゃ」
「お爺さん‥‥」
「しっ、マリー!」
 遊士がマリーの口元に手をやる。遊士の表情が険しくなっていた。マリーが、そっと小さな声で詠唱する。そろり、と遊士が歩き出した。
 居る‥‥。獣たちが、騒いでいる‥‥。

 外の様子を見に行っていたエリナが、窓から飛び込んだ。
「来たゾ!」
 ぞろりと暗い気配が、接近する。遊士とマリーが部屋に駆け込むと同時に、それが窓に映った。一つ、二つ‥‥いや三つ。そして遊士達の後ろから一体。
「‥‥余計なものまで寄ってきたようですね」
 ラヴィは、周囲を見回しながら呟く。
 ロイは剣を抜き放つと、声を張り上げた。
「後方支援を守るように四方に立て!」
 即座にマリーがラヴィの側に寄ると、ナスターシャとテュールも集まってきた。エリナは、注意深く様子を伺いながら、四人の頭上を飛び回っている。四人を囲むように、レオンとエルフェニア、そして遊士にロイが立った。
 ロイの視線の先に、黒い影がある。
 黒い‥‥ボロボロのマントをかぶった男が居た。痩せた顔、ぎらぎらと光る目。服のあちこちには、黒いしみが付いている。
「アスター‥‥俺を覚えているか。この傷を‥‥」
 ロイが自分の顔を指す。アスターは、ぎろりとロイをにらんだ。
『う‥‥う‥‥バグ‥‥ベあ‥‥か』
 バグベアと呼ばれた男。自分を殺した男。アスターの意識には、その名前だけが深く刻み込まれていたのであろう。ごう、と部屋中を飛び回りはじめた。
 アスターにつられ、部屋の外ではゴーストが飛び回っていた。しかし、ラヴィが作って置いたホーリーライトのせいで、なかなか入ってこられない。
「ライトは二つしか設置してありません、ゴーストはすぐに中に入ってきます。‥‥そちらは私達が相手をしますから、アスターは頼みますよ」
 ラヴィは、壁の方に視線をやりながら叫んだ。窓辺にはライトを置いたが、壁にはおいて無い。案の定、ゴースト達はライトの効果外の壁から侵入して来た。ラヴィが向いているのと反対側で、ナスターシャがゴーストにウィンドスラッシュを放っている。
 ロイはナスターシャの前を守っており、レオンとエルフェニアがアスターに向かっていくのが視界に入る。ナスターシャもアスターに対して魔法を掛けて援護したいが、ゴーストをまずどうにかしなければ、こちらがやられる。
 テュールも銀の短剣でゴーストに斬りかかっているが、相手の方が素早く、うまく避けられていた。テュール自身はゴーストの攻撃を避けられては居るが、攻撃が当たらない。
「僕達だけじゃ、ゴーストを倒せないよ‥‥ゴーストを引きつけている間に、アスターをお願い!」
「分かって居るわよ‥‥」
 レオンは、剣を握り直した。
「‥‥悪いけどねぇアスター、俺もあんたの境遇に同情しなくもないわ。でもねぇ、一応これでも俺は黒派の神聖騎士なわけよ」
「ええっ!」
「ちょっとそこ、ええってどういう意味?」
 くるりと振り返り、レオンは遊士とテュールをにらんだ。
「‥‥だってレオンさん、一度も魔法を使った事が無いし‥‥」
「使えないもの、当たり前じゃない。‥‥その代わり、こっちは使えるわよ!」
 と、レオンが剣を横薙ぎに振る。アスターが上空に避けると、それを追ってさらに切り上げる。
 エルフェニアは、レオンの邪魔をしないようにうまくタイミングを計りながら、アスターの動きを反対側から逃がさないように押さえ込んでいた。
 マリーが、エルフェニアの後ろに立つと、彼女にリカバーを掛けた。アスターの攻撃は剣や盾などの物理的なものをすり抜けてしまう為、闘っているレオンとエルフェニアのダメージは蓄積している。
 すんでの所でかわすレオンに対し、エルフェニアはアスターの体がかすめる度に、そこから体力を奪われていた。
「エルフェニアさん、避けなければ駄目です。‥‥ゴーストの攻撃を受けてはいけません」
 マリーの声が、エルフェニアに届く。
 しかし避けられない‥‥。だったら‥‥。
 エルフェニアは、避ける事をやめてアスターを静かに見返した。避けられないなら、攻撃あるのみ。アスターに体力を奪われていくのも構わず、エルフェニアは攻撃を続けた。マリーが、自身もアスターの攻撃を受けながらも彼女の傷を回復していく。
 やがて、マリーがアスターを悲しげに見上げた。
「アスター‥‥あなたは何故ここに戻ってきたのですか。‥‥ここが故郷だから?」
 それとも、何者かに呼ばれたのか‥‥。
「‥‥私に出来るのは、あなたの魂を浄化すること‥‥それがあなたの為です」
 マリーが手をかざすと、彼女から白い光が迸った。光がアスターを襲う。するとアスターは悲鳴を上げ、飛び退いた。すかさず、レオンが剣をふるう。
 掛けてやるべき優しい言葉は、誰も持ち合わせてはいない。それを彼自身が拒否して来たから。
 レオンの強く鋭い一撃と、エルフェニアの渾身の一撃とが、アスターの体に叩き込まれた。

 冷たい視線で、ナスターシャがじっと地面を見つめている。ぱたぱたと飛んできたエリナが、ナスターシャの様子を見て、声をかけた。
「‥‥どうしたんダ?」
 エリナの問いに、ナスターシャが指さす。彼女の視線の先には、ぽっかりと開いた穴があった。その側には、墓石が立っている。
「何だこれ‥‥アスター‥‥アスターの墓なのカ?」
「そうです。‥‥しかも、墓が荒らされています。いったいどういう事ですか?」
 ナスターシャが振り返ると、ロイが墓を見下ろした。
「騎士団がここに葬ったんだろう。俺は酷い傷を負っていたから、あのあとアスターがどうなったのか知らなかったがな」
「いや、ロイ。そうじゃないダロ。‥‥なんで墓が荒らされているんだ!」
「しらん」
 ロイは立ち上がると、くるりと背を向けた。
 アスターの墓からは、すっかり遺骸が無くなっていた。どこに持ち去られたのか、分からない。誰が行ったのかも、分からなかった。
「結局、アスターを誰が解放したのか‥‥分からず終いでしたね」
 エルフェニアが、何も入っていない墓を見下ろしながら呟く。するとナスターシャが、口を開いた。
「今回はアスターを死者の国におくった‥‥それで良しとしましょう」
「‥‥ナスターシャさん‥‥アスターという脅威は、葬られるべきものでした。だから、今回はこれで良かったと私も思います。これが、私の目指しているものですから」
 すう、とエルフェニアがナスターシャを見返す。
「私は別に、アスターを見送ろうとかそういう気持ちがあって言った訳では無いのです。私は聖職者ではありませんから‥‥死者におくる言葉は、持ち合わせては居ません。ただ‥‥記憶する事は出来ます。アスターという名前を」
「そうですね。記憶と名前は‥‥語り継がれますから」
 それこそが、アスターの望みだとしたら‥‥。
 二人が振り返ると、苦笑を浮かべたロイが立っていた。

 あの森が、視界に入る。
 テュールは思わず駆けだしていた。彼の後ろを歩くラヴィは、うっすら笑みを浮かべると、足を速めた。
 なつかしい顔が見える。名前が刻まれた小さな十字架の前に、可愛らしい少女が立っていた。テュールとラヴィは、戻ってきたのだ。あの少女達に‥‥そしてローゼに報告する為に。
「アンジェ!」
 テュールの声に反応し、少女が振り返る。
 少女の前には小さな三つの十字架が立っていた。嬉しそうにアンジュの手を取ったテュールの後ろから歩み寄ったラヴィの目に、二つの墓が目にとまる。
 一つはローゼ。
 そしてもう一つは、ウルフマンのもの。
 ラヴィは、そっと目を閉じると祈りの言葉を捧げた。

(担当:立川司郎)