死者の森3〜殺しのルーツ

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月23日

リプレイ公開日:2004年11月26日

●オープニング

 30年ぶりだというのに、この男は何の遠慮もなしに床に座り込んでいた。そしてその様子を、あきれ顔で老人が見下ろしている。
 男の周囲には、ここ数十年間蓄積されたギルドの報告書が、積み重ねられていた。老人はひとつため息をつくと、男に声をかけた。
「‥‥バグベア、おぬしも因果な男じゃな」
「そうかもな」
 バグベアことロイ・クローゼットは、頬の痣を引きつらせ、苦笑した。
 ギルドの報告書に彼、バグベアの名前が出てくるのは、もう30年以上前である。そしてその報告書は、ある男を倒したという依頼解決の報告書でしめられていた。
 アスター。
 死臭アスターと呼ばれた男。かつて、34人もの罪もない人々を殺した男は、静かに眠りについているはずであった。
「しかし、ローゼは何故消えてしもうたんじゃ。霊魂となり、アスターを見張っていたはずでは無いのか?」
「誰かが倒したらしい。‥‥誰が倒したかはしらんが、今はアスターを追う方が先だ」
「心当たりはあるのか」
 老人が聞くと、ロイは顔をあげた。
 彼の脳裏に、ローゼ、そしてウルフマンと旅した頃の記憶がよみがえる。
「‥‥たしかアスターは、元々クレルモンあたりで死刑執行人をしていた‥‥んじゃなかったか」
「行ってみるというのか。‥‥じゃが、あの監獄はもう誰もおらんと聞く。廃墟同然じゃぞ。居たとしても、大コウモリやゴブリンが巣くっているくらいじゃろうて」
「だが、何か手がかりがあるかもしれん。‥‥思えば、アスターが何故何の目的で人を殺していたのか‥‥俺は何も知らずに戦っていた」
 アスターのルーツを知れば、もしかすると‥‥アスターの行く先も分かるかもしれない。ロイは報告書をテーブルの上にぽんとのせると、立ち上がった。
「さて、それでは行くとするか」
 今の、あの男は‥‥ロイの仲間を殺し、罪もない人々を惨殺したあの男はどこかに居る。死霊となり、どこかでまた人に手を掛けているやもしれない。
 だとすれば、放っておくことなど出来ない。

 行くしかない。
 あの男が居たという‥‥監獄へ。

●今回の参加者

 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2649 ナスターシャ・エミーリエヴィチ(30歳・♀・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3147 エルフェニア・ヴァーンライト(19歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4813 遊士 璃陰(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5780 ラヴィ・アン・ローゼス(28歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea5797 エリナ・サァヴァンツ(26歳・♀・ファイター・シフール・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 吹きすさぶ冷たい風を身に浴びながら、テュール・ヘインツ(ea1683)はこの光景をどこかで見たような‥‥と思い返していた。行き交う人々は、テュールが何故ドアの前に立ちつくしているのか知らず、ちらりと見て通り過ぎていく。
 知った所で、逃げていくだけなのだろうが。
 身をかがめ、顔をのぞき込んだマリー・アマリリス(ea4526)の柔らかな笑顔が映り込む。テュールは、眉を寄せた。
「どうして誰も話してくれないのかな」
「そうですね‥‥」
 マリーは、顔を上げてドアを見つめた。
 この光景は、どこかで見た事がある。そう、あの死者の森に居た老人達と同じ反応だ。テュールがアスターの名前を出したとたん、クレルモンの人々は顔色を変えた。アスターの名前は、聞きたくない、暗く恐ろしい記憶の一つであった。
「せめて、処刑場がどこにあるのかだけでも聞いておかなきゃ」
「それなら‥‥私に考えがあります。行きましょう」
 彼女はテュールを連れ、歩き出した。

 話し合いの場所にロイが宿の部屋を選択したのは、正解だっただろう。酒場や屋外でアスターの名前を出せば、人が避けて通るに違いないからである。それを身をもって経験した、マリーとテュール。
 各自情報収集に向かった遊士璃陰(ea4813)も、それを感じ取っていた。一方、エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)は遊士やマリーとも別行動をしていた為、少し遅れて合流することとなった。部屋に入ってきたのは、彼女が最後である。彼女は部屋を見回し、遅れた事を詫びて椅子にかけた。
「何か分かりました?」
 ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)が、エルフェニアに聞いた。エルフェニアはこくりと頷く。
 当初、彼女はギルドで調べ物をするつもりであった。しかし、彼女が調べたい内容を伝えると、ギルドは騎士団に行った方がよい、と言う。彼女が調査していたのは、アスターに殺害された人々の特徴等だった。
「殺害されたとされる34名は、監獄で死刑執行人では無くなった時から数えられています。彼は監獄で囚人を殺し、逃走。それ以降、パリやこの街の周辺各地で殺人を繰り返し、2年の間に34人を残虐な手口で殺戮しました」
「アスターがつとめていた監獄は、この街の外れにあると聞きました。ここから半日ほどですから、遠くない距離ですね」
 マリーが、地図を出してきて指さした。クレルモンのはずれの一角に、印が付けられている。テュールは、ちょっと尊敬のまなざしで、マリーを見返した。
「僕一人じゃ、とても調べられなかったよ。あの村と同じで、みんな怖がって教えてくれなかったんだ。‥‥でもマリーさんが、教会に連れて行ってくれて、話を聞いてくれたんだよ」
「街の人々は、きっと恐怖の為に口を開く事は無いだろうと感じていましたから‥‥。それでも教会の方々は、この恐ろしい出来事に終末が訪れるよう、力を貸してくれます」
 マリーが説得した結果、教会の人々は監獄の場所を話してくれたのだった。
「方々が話してくださった話によれば、監獄は蝙蝠がわずかに生息しているのと、ゴブリンがたまにこの付近を通りかかる村人を襲おうと、巣として使用する位なのだそうです。あまりモンスターの姿は見かけませんけれど‥‥」
 言葉を濁したマリーにかわり、ナスターシャがすかさず継いだ。
「場所は、廃れたとはいえ監獄。アンデッドのたぐいが出没して、おかしくありませんね」
「はい。‥‥しかし、あまり見かけないそうなので、問題は無いでしょう」
 わざわざモンスター退治をしよう、と言い出す者は居ない。すると、テーブルの上にちょこんと座ったエリナ・サァヴァンツ(ea5797)が、ひょいと立ち上がってロイの前にとてとて歩いた。
「‥‥ロイ、俺はあんたに話を聞いてないんダ。一体アスターが何をして、どういう経緯で討伐したのか、さっぱりわからない」
「あら、そういえばエリナは前の時に居なかったわね。ごめんなさい、どこかでおいて来ちゃったかしら」
 しれっと言い放ったレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)を、エリナが睨み付ける。
「起きたら、お天道様がてっぺんに登ってたんダ、文句あるカ! ‥‥で、ちゃんと話してくれるんだよナ」
「どうもこうも、ありません。‥‥アスターは大量の罪もない人々を殺戮した。それだけでしょう? ロイは、ギルドを通してその依頼を受け、アスターを倒した‥‥ですね?」
 ナスターシャの冷たい言葉に、エリナが眉をしかめる。
「殺したって何ダ?」
「先ほども言いましたように、監獄から逃走して以降、人を殺害して回っています」
 エルフェニアが、騎士団で聞いた事を話し始めた。
「その手口は残忍で、剣で足の筋を切った後、ナイフで切り刻むというものです。女性や子供が主で、老人や男性は少ないようです。‥‥これは性癖と思われます」
「アンジェのような可愛い子供達を泣かせ、怖がらせるとは‥‥あまり楽しくない趣味ですね、アスターは」
 ふ、と笑みをラヴィ・アン・ローゼス(ea5780)が浮かべて言った。
「アスターは、あっという間に殺しちまった。だから、ギルドにパリや近隣の村の領主から依頼が舞い込んだ時、すでにアスターは20人近く殺害したあとだった。‥‥後は、聞いた通りだ。俺は仲間とともにアスターを倒した」
「そのアスターなんやけど‥‥ちょっと話してええかな?」
 かると手を挙げ、遊士が皆の顔を見回した。
「近くの街で聞いたんやけど、殺人事件が起きたっちゅうて‥‥。殺人て言うても、傷口が無いし‥‥ゴーストの仕業やないかと言われとるようやな」
「それはアスターなのカ?」
 エリナが聞くと、遊士はすこし首を傾げた。
「それは分からへんなぁ。せやけど、だんだん近づいとんのは確かやで」
「‥‥それなら、ここで待つんダロ?」
 くるりとエリナがロイを振り返ると、ロイはじっと押し黙って考え込んだ。

 うっそうと生い茂った木々の合間に、その建物はあった。
 苔むした石造りの建物で、窓に取り付けられていた木枠は朽ちて外れ、ドアも形を無くしてしまっている。壁には蔦がからみつき、10年の間で監獄であった建物は廃墟と化している。
 地図を手に立ちつくすテュールの手元を、ひょいとレオンスートがのぞき込んだ。テュール達に、この監獄の見取り図の作成を持ちかけたのは彼である。彼の頼みを受けて、マリーとテュールは教会の人々や監獄に過去関係していた従業員から話しを聞き、地図を作製した。
「監獄に居た人の話だと、ここにお爺さんが居るらしいんだ」
「お爺さん? ‥‥こんな所に?」
 レオンスートは、腕組みをして監獄を見上げる。こんなみるみる朽ちていく建物に、誰が住んでいるというのだろう。何の為に?
「それは、私も酒場で聞きましたよ。‥‥元々、この監獄に居た人だそうですよ。アスターがつとめていた頃から、働いていたんだそうです」
 ラヴィが言った。老人はかつてここで、看守をしていたという。アスターがつとめていた頃からあの監獄で働き、アスターが起こした事件を見てきた。
 彼は監獄が無くなった後職に就く事もなく、ここで一人、ひっそりと暮らしているという。
「会ってみれば、何か分かるかもしれませんよ」
 ちら、とラヴィがロイを見返して言った。ロイはむっつりとした顔付きをしている。
「分かった」
「じゃあ、私は資料を探す事にするわ。二階に看守の部屋や執務室があるようだし」
 レオンスートがロイに言うと、エルフェニアと遊士もレオンスートに続いた。固まって移動した方がいいと言うナスターシャに対し、レオンスートがナイフを出してみせる。
「いざとなったら銀のナイフもあるし、ナスターシャはオーラが使えるわ。大丈夫よ」
「それでは、私も同行しましょう。それで均等配分‥‥ですね?」
 ラヴィは、すうっとレオンスートの横についた。

 ランタンを持って真ん中を歩くラヴィを挟むように、レオンスートとエルフェニアが前後に歩く。遊士は、周囲に気を走らせていた。使われなくなってまだ10年しか経過していない監獄は、木製部分こそ朽ちてしまっていたが、それ以外はまったく綺麗なまま残されていた。牢に残された毛布、手枷、それらがかつての監獄の生活を物語っている。
 牢に足を踏み入れたレオンスートに続き、後ろから遊士が入る。
「こないな所に閉じこめられた末にバッサリやられるとは、思わへんかったやろな」
「そうね‥‥あら?」
 こつん。レオンスートの足に何かが触れた。かがみ込んで手を伸ばしてみる。
 牢の中に落ちていたのは、十字架のネックレスだった。

 ブレスセンサーを頼りに指示をするナスターシャの後ろで、マリーは張りつめた表情で監獄の内部を見つめていた。窓の外に見える墓は、誰かが今も訪れるのであろうか?
 ふとナスターシャが振り返る。その視線は、マリーを見つめていた。
「‥‥すぐそこの部屋に、誰かひとが居ます」
 ゆっくりと部屋に近づいていくテュール、その後ろをロイが続いた。

 ラヴィが壁にランタンを掛けると、部屋がふわりと暖かい光に包まれた。昼間とはいえ、木々で遮られたこの建物は、薄暗い。痛んだ書類を読みふけるレオンスートとエルフェニアを手伝って遊士も書類に目を通そうとしたが、遊士の使うゲルマン語では書類を理解するに至らなかった。
 ふう、と息をついて遊士が窓の外に視線を向ける。遊士と交代に、ラヴィが書類を手に取った。
「‥‥で、何か分かった?」
「ちょっと待って、急かさないでよ」
 レオンスートとエルフェニアが読む間、ぱたんとラヴィが書物を閉じる。ラヴィはぱらぱらとあちこちの書物をめくると、窓に背をあずけた。
「‥‥どうやらこの監獄は、移転してしまったようですね」
「早っ! ‥‥あんた、何時の間に読んだの?」
「書物の解読は得意な方ですから」
 にこりとラヴィが笑う。エルフェニアも、本を見つめながら口を開く。
「ここにも、そう書いてあります。別の場所に移転するから、この監獄は使用しなくなる、と。理由は、囚人が増えた為だそうです」
「世も末やな、監獄の部屋が足らんようになったら」
 ふるふると遊士が首を振った。
 書物に記された事実。それは、アスターがどこから訪れ、何故ここを去ったのかを簡潔に記していた。それは30年と少し、時をさかのぼる。

 監獄の建物のうち、一番奥の一番薄暗い部屋で、老人はじいっと座り込んでいた。暖炉が作られ、鍋が置かれ、寝床にわらを敷き詰めて毛布を敷いている。人の消えた監獄の中、そこには今も誰かが住んでいる‥‥生物の臭いがした。
 火の側に座っている老人の側に歩み寄ると、テュールが最初に話しかけた。
「‥‥お爺さん、僕はテュール。パリのギルドから来たんだ。話を聞いてもいいかな?」
 老人が、ゆっくり顔を上げる。
「ご老人。死者の森と呼ばれていた所でアスターが殺され、死霊となりました。それはご存じですか? ‥‥そして、その死霊のアスターが姿を消した事を‥‥」
 ナスターシャが聞くと、老人は一息ついて、口を開いた。
「アスターを追っておるのか?」
「パリのギルドに依頼が来ました。依頼主は彼ですけども」
 とナスターシャがロイを見やると、老人はロイをまじまじと見つめた。その顔が、頬の傷に向けられる。
「もしや、アスターを倒したという、バグベアか?」
「ああ。‥‥すまない。アスターはしとめたが、ゴーストとなってこの世にとどまっていたのだ。しかし、1ヶ月ほど前から姿が無い。奴は、ここに向かっているらしい」
「そうか‥‥生まれた所に戻るが定めか‥‥」
 老人の言葉に、ナスターシャが口を挟んだ。
「生まれた所‥‥?」
「おぬしらは何も知らずうちに依頼を受けたのか? ‥‥まあ、アスターが居ったのも遠い昔‥‥若い者は知らぬか」
 老人は、悲しげな笑みを浮かべた。
「もう何年前か、わしにもはっきりとは覚えて居らぬ。アスターは、ここの囚人がここで生んだ子供なのじゃ。ここで生まれ、ここで育った。アスターはそうして育ち、剣を覚えた。人の命を奪う為にのう」
 数々の人の命を奪ってきたアスター。しかし、彼の心に変化が訪れる。監獄を訪れていた修道士から、ジーザス教の教えを聞いたのである。困難な試練にうち勝つ強き者は、新たな神の国の住人となる。黒の教義に触れたアスターは、弱きものを駆逐しはじめる。
「そうしてアスターは、看守を殺して‥‥行ってしもうた。あとは、おぬしらが知る通りじゃて」
 老人は、口を閉ざしてからり、と木片を暖炉に投げ入れた。

 薄暗い森にわずかに落ちていた日が、消えていく。森に夜が訪れる。
 ラヴィはランタンの火を調節していた。
「ここにはもう誰もいないというのに、こんな所に来て何をしようというのでしょうね」
「アスターは、ここで生まれて育ったんでしょう? でも、墓参り‥‥って感じじゃないわよねえ」
「人殺しながら墓参りって、全然死者の霊を弔ってへんやん」
 レオンスートの言葉に、遊士ががっくりと肩を落とした。
「‥‥それよりそのアスターに会ったっちゅう修道士? そいつ、何者なんやろ」
 ラヴィがちらと顔を上げる。
「何者‥‥とは?」
「いや、ローゼはんを消したり、ズゥンビを呼び出したりした神聖魔法の使い手が居るはずやん。‥‥そいつ、何者なんやろな」
 考える遊士の目の前を横切るエリナに、遊士が眉を寄せて手を振った。
「何や、邪魔すんな」
「考えてもしかたない事考えてるからダ。‥‥今はアスターの事が先ダロ」
 エリナはぱたぱたとロイの目の前に飛んだ。
「どうするんダ、ロイ。‥‥これからどうする気ダ」
 エリナは、強い口調で言った。
 俺達はお使いで来たわけじゃない。そういうエリナに、マリーが静かに答えた。
「死刑執行人とは‥‥人に蔑まれる、酷い職業です。その職務を果たす間に心が壊れたとしても‥‥不思議ではありません」
「同情するのカ、マリー?」
 反論したそうな口振りのエリナ。ナスターシャも冷たくマリーを突き放す。
「罪もない人々を虐殺する事が、壊れた心の代償ですか? 次々と人を殺すなど、唾棄するべき行為です」
「それは、私も良い事だとは思っていません! ‥‥しかし、ここに残されたものは‥‥悲しすぎます」
「マリー、アスターは人を殺シながらこっちに来ているんだゾ? 大量殺人犯ダ!」
 エリナと今度は、ロイの周りをうろつく。
「ロイもロイダ! ‥‥はっきりしろ、ロイ!」
「アスターは、この監獄を目指している。ここが始まりの地‥‥とすれば、決着をつけるのはここでしか無い」
 ロイは、低い声で言った。

(担当:立川司郎)