黒馬車ロンド1〜炎の十字架
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月03日〜10月08日
リプレイ公開日:2004年10月12日
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●オープニング
今年も又、この時期が巡ってきた。
町の人々は、不安そうに彼の顔色をうかがっている。町人たちの視線の先に、一人の青年が立っていた。
プラチナブロンドの細く柔らかそうな髪は、緩やかに吹く風を受けて揺れ、その奥の蒼い瞳はじっと手の先を見つめていた。
微かな詠唱の声が途切れると同時に、青年の体が淡い赤光に包まれた。彼の手の中の十字架が一瞬にして炎に包まれ、周囲を照らしていく。深紅の炎が、ゆらりと彼の髪を彩る。
青年が顔を上げると、人々がたまらず声を上げた。
「コール様‥‥やはり、あのレディ・ロンドに逆らうのは無理では‥‥」
コールは炎に包まれた十字架を地に突き刺すと、町民を睨むように見返した。
「無理かどうか、やってみなければ分からない。ギルドに手勢を頼んでおいたから、とにかく三日、二つの門を死守すれば、第一の襲撃は防げる。それだけでも皆に対する被害はいくぶん防げるだろう」
「しかし、まだ第二、第三の襲撃があります」
「心配するな‥‥私も付いているから。皆はこれから、襲撃が終わって私が声をかけるまで、家の中でじっとしているんだ」
彼らが牙をおさめ、あの城に引き上げていくまで‥‥。
もう数十年前からだろうか。
一年に一度、この土地にレディ・ロンドと呼ばれるゴーストが現れていた。レディ・ロンドはいつも骨の馬にひかれた黒い骨の馬車に乗ってやってきて、骨の兵士達や大蝙蝠達が人々を襲っているのを、後ろからじっと見ている。
ロンドは、黒いローブに身を包んだ若い女性の霊だ。しかし表情は全く無く、無言で事を見つめている。
彼女の住処は、ここから一日離れた湖畔にある廃城。
年中城に籠もっているが、一月だけ‥‥年に一ヶ月、三度。この町を訪れ、牙を向けた。一度目より二度目、二度目より三度目、襲撃は激しくなる。三度目の襲撃で、彼女は町の人を一人だけ連れ去っていく。
それで彼女は再び一年の間、城に籠もってしまう。
連れ去られた人は‥‥帰ってこない。
過去の領主はギルドに頼んでロンドを倒そうとした事があったが、配下に邪魔されてロンドを倒す事は出来なかった。
毎年のようにギルドに頼んでいるんだがね、とコールは苦笑まじりに冒険者達へと話をはじめた。
「‥‥配下をまず倒さなければ駄目だ。奴等は三度襲撃する。その二度のうちに、出来るだけ配下を倒しておこう。‥‥しかし、町を守れないのでは本末転倒だ。南門、北門、二つの門を死守しつつ奴等の数を減らして置いてくれ」
コールはそう頼むと、手に持った十字架に視線を落とした。
「‥‥これか? ‥‥何故かはわからないが、彼女は十字架を嫌うのだ。十字架ではなくとも、十字の形をしていれば何でもいい。ただ、この十字架は元々あの廃城の装飾として使われていたものらしい。これだけを特別嫌うから置いてある門には近づかないし、門さえ死守すれば今の所は飛び越えて来るモンスターが襲撃して来ていないようだからな。この炎の魔法は、アンデッドである彼女に対する対策かな」
この炎の十字架とともに、町を守って欲しい。
しばらくの間、頼むよ。コールは皆にそう言うと、うすく笑った。
●リプレイ本文
暖かく明るい日差しが照りつけるというのに、人々は深刻な表情をしていた。母親は家のドアの前に立って、子供をぎゅっと抱きしめており、老人達は遠巻きにじっと作業を見つめている。
若い男は、皆門の前に集まっていた。
南門には2m近い長身の赤毛の騎士が、金髪の少年と話しをしている。少年は町の若い男達に混じって、鍬を持たされていた。
「ねえフェザント卿、まだ掘るの? ‥‥僕、戦いに来たんだけど‥‥」
と小さな声で呟いているバルザ・バルバザール(ea2790)の地道な作業を、赤毛の男アレクシアス・フェザント(ea1565)が見下ろしている。
バルザと町の人々は、門の下に溝を掘っていた。
「ウォルターは、両門に脛ほどの深さの溝を歩幅間隔で開けろと言っていた。村人を守るのは騎士のつとめ、だとすれば守る為に溝を掘るのも又お前のつとめだ」
ウォルター・ヘイワード(ea3260)が北門と南門を駆け回り、各門を死者の群れから守る為に防衛戦を布いていた。ウォルターはまだ若くておっとりした性格だが、北門のベイン・ヴァル(ea1987)と南門のアレクシアスをしっかりよくフォローしている。
「だったら、僕だけじゃなくてフェザント卿も手伝ってよ」
「‥‥ベインとコールが来た」
ふい、とアレクシアスは、ベインの方に行ってしまった。
ベインは手に持っていた鐘の一つを、アレクシアスに渡した。持ち運び出来る位の大きさしか無い為南門まで聞こえないが、これ以上のものとなると逆にここまで持ってくる事が至難だ。
「町の中心部に連絡用の鐘楼があるから、南門や北門から鐘の音を聞いたら慣らしてくれるように頼んである。あの鐘なら北門南門のどちらにも聞こえると思う」
コールはそう言うと、作業を見回した。
ここで作業しているのは町の者と、アレクシアス、バルザ。これにウォルターを加えたメンバーが、南門の防衛者となる。
「本当はもう一人来るはずだったんだがな、都合が付かずに今回は七人だ。‥‥あの十字架はコール、お前が持っていてくれ。俺達と北門に居てもらう。俺が北門、南門はアレクシアスが指揮する。悪いがフォルテシモ、南門に加勢してくれるか? 一人足りないから、南門の人手が足りない」
「分かった、ではそちらは頼むぞ」
フォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)は軽く手を挙げると、バルザの方へと向かった。
北門と南門、それぞれに足が浸かる程の深さの溝を等間隔に掘り、十字の形に組んだ木材で松明を作り、門の両脇に設置した。
襲撃してきた時の為、お互いに鐘で合図を鳴らす事にしてある。一つは襲撃してきた時で、一定の間隔で鐘を鳴らす。もう一つは危険な状況に陥っている時で、短く鐘をうち鳴らす。
バーニングソードを掛けた十字架はコールが持ち、北門で待機する事になった。
作業が終わる頃には日が暮れはじめ、人々は早々と家に帰ってゆく。戸締まりをし、誰もが窓もドアも開ける事なく、閉じこもっていた。
「北門の方も終わりましたよ」
ウォルターが戻ってくると、南門の方も人が居なくなっていた。
作業から開放されたフォルテシモとバルザが、ウォルターとアレクシアスの所に集まる。
「アレクシアス、スカルウォリアーが来るというが、どの程度どのように来るのじゃ」
アレクシアスがちら、とフォルテシモを見る。作業の合間に居なくなったと思っていたら、アレクシアスは町を回って過去の襲撃に関して話を聞いて回っていたらしい。
「一度目の襲撃は、ロンドは襲って来ずに見ているだけのようだな。来るのはスカルウォリアーのみが数体、ズゥンビも出るが、大抵門の外でウロウロしている程度だ。スカルウォリアーは短剣を所持しているが、防具などは付けていない」
「どっちもアンデッドだけど普通に武器で攻撃出来るから、問題は死霊が居ないかどうかだね」
バルザが答えた。
「さて、襲撃は今晩か‥‥久々に労働を強いられた事じゃ、ゆるりと待つとするかの」
フォルテシモは、腰に手をやった。
雲間から、月が光を降り注ぐ。街の中から人声は消えたが、決して眠る事なく息を殺し、様子をうかがっているのかわかった。
青白い月光が銀色の長い髪を照らし、その端正な顔立ちに影を作る。
「来たぞ」
短くベインが言うと、門にちらりと視線を向け、イルニアス・エルトファーム(ea1625)はコールに声をかけた。
「‥‥コール、用意はいいか?」
コールの表情が、引き締まる。コールは三名の剣、そして十字架にバーニングソードをそれぞれ掛けると、十字架の後ろに立った。
十字松明の明かりの中、何かが森の中を移動している。
街の西側に位置する湖にある、あの廃城から何かが迫ってくる。細い道を伝い、それは街の外壁の前で南と北の二手に分かれ、門に向かって移動してきた。多くは様子をうかがっているだけであるが、その何体かがこちらに向けて、歩き始めた。
すらりとベインとイルニアスが剣を抜く。
イルニアスは後ろから来るズゥンビと骨の兵士達が接近して来ると、剣で牽制した。避けようとした骨の兵士やズゥンビが、足を取られていく。
戦いに突入した瞬間、コールが合図の鐘をうち鳴らす。鐘は鐘楼を経由して、街に響き渡った。
溝に足を取られてバランスを崩すのを待っていたベインは、メディクス・ディエクエス(ea4820)に目で合図を送り駆けだした。メディクスがホーリーライトを呼び出し、後ろから迫る兵士達を制する。その間に、ベインとイルニアスが前に狼狽している兵士達に斬りつけた。
ベインの剣を受け、さらに足場を溝に取られた兵士達をイルニアスが次々に斬りつけ、バラバラにしていく。
メディクスのホーリーライトが、更に後方をゆらりと照らしつけた。はっとメディクスが目を見張る。
漆黒の森の中に、何かがあった。黒い‥‥。
すう、とその影は森の中へと消えていった。
コールが書斎に入ると、老女が一人、本を読んでいる。
「婆様、ロンドの話を聞きたいと人が来ています」
老女は振り返ると、にこやかに笑い会釈した。上品そうな顔立ちと、質素だが質のいい服を着ている。
「こんにちは。私はコールの祖母で、マリアといいます。どうぞ、こちらにいらっしゃい」
マリアは窓辺に案内すると、椅子にかけるように言った。コールは門の方が気になるのか、ドアの前に立ったままだ。メディクスは察すると、手を軽く振ってこたえる。そのまま彼は、ドアの向こうに消えた。
「ロンドの事が知りたいの?」
「はい、お願い出来ますか?」
窓辺のソファに腰掛けながら、ウォルターが頷いた。
「残念ながら、ロンドが現れたのはもうずいぶんと昔の話なのよ。それに古い羊皮紙の書類はみんな傷んでしまっていて、最近では開いた事すら無いの。わたしも詳しい事はお話出来ないかもしれないけど‥‥」
マリアが話すには、ロンドの話はマリアの母の頃にはもうあったらしい。マリアの母が生きていれば八十数歳。となると、それ以上前の話だという事になる。
「ただね、あのお城は元々私達の祖先‥‥ずっと先代の領主が住んでいたと言われているわ。だから今もほら、細い道が続いているでしょう?」
「では、彼女は領主の家系だと?」
イルニアスがマリアに聞く。
「いいえ、彼女はお城の侍女だったと伝え聞いているわね」
マリアは立ち上がると、書庫の端を指した。
「その棚に古い書類を入れているわ。でも崩れやすいから、読めるかどうかわからないわよ。いつでもお調べになってね」
町で書物らしきものを置いてあるのは、領主の屋敷しか無い。そもそもここもまた田舎町であるから識字率は低く、その町の殆どの者は読み書きが出来ないのである。
メディクスは十字架について調べる為、マリアから町の事について書かれた書類を見せてもらった。とりあえず、古いものは損傷が激しい為、比較的新しいものから見ていく事にする。
メディクスとは別に、ウォルターとイルニアスはマリアからロンドの事や当時の話を聞いていた。
「ロンドについて伝わってきている事は、少ししか無いわ。何故それに関する話が伝わっていないのか、わたしには分からない。ロンドは昔あのお城に侍女として住んでいて、私達の祖先に仕えていた。そして彼女は三度殺され、四度目についに息を吹き返す事は無かった‥‥と伝えられているの」
マリアはイルニアス達に紅茶をいれたカップを差し出しながら、話を続けた。書庫の端に納まったメディクスの大きな引き締まった体が振り返る。
「どうも、レディ・マリア」
微笑してカップに手を伸ばした。そして又、書物に視線を落とす。マリアはくす、と笑うと窓辺に戻ってきた。
「この時期以外のレディ・ロンドは、外にも出ずに廃城の中に隠って大人しくしているようなのよ。しいていえば、配下のアンデッド達が時折彷徨っている位かしら。でもこの時期は駄目ね」
「殺された‥‥とはどういう事ですか? 彼女が十字架を恐れる理由などと、何か関係があるのでは‥‥」
ウォルターは、ちらりとメディクスを見た。とりあえず十字架に関しては、メディクスが調べている。思案していたイルニアスが、ふと口を開く。
「彼女は何故十字架を恐れるのか‥‥何か虐待を受けた記憶があるのでは無いか」
「何故そう思うのですか?」
眉を寄せ、ウォルターが聞いた。十字架と虐待との結びつきが、想像出来ない。
「十字架は救いの象徴‥‥救いを求めながら、それを恐れる。‥‥それに、四度も殺されるなど尋常ではない」
年に一度の誘拐‥‥それは、まるで何かの生け贄のようではないか。イルニアスが呟くと、メディクスが顔を上げた。
どうやら、ほとんど何もつかめなかったらしい。
「十字架があるという事には、信仰厚いジーザス教の者なんだろうとは思うのだが‥‥レディ・マリアは何か信仰しているのですか?」
そう言って、ふとメディクスは気付いた。この町には教会が無い。
「うちの領地の者は皆、白のジーザス教を信仰しているわね。でも教会が無いなんて変でしょ? 私もそう思うのよ。それにどうやら、昔はジーザス教を信仰している様子も無かったって、わたしのお婆様から聞いたわ」
「しかし、十字架があったならば領主はジーザス教を信仰していたのでは無いですか?」
メディクスがマリアに聞くと、マリアはすこし首を傾げた。
結局コールは、一晩十字架を担いだまま見張りを続けていた。スカルウォリアーが襲撃して来るとファイヤーボムを後方に打ち込み、それを動きの機敏なベインが片づけていくという手法を取った。
それにより、しとめたモンスターは総計十体余り。
モンスターの骨や死肉を片づけていたベインの横で、十字架を見ていたフォルテシモが屋敷に続く道に視線をあげた。
「‥‥コール、屋敷に戻ったのではないのか?」
「彼らが婆様と話しているから、僕は戻ってきた」
コールは十字架の前にかがみ込んでいるフォルテシモに、顔を近づける。
「何か分かった?」
フォルテシモは十字架を裏返すと、指さした。
「ここにつり下げる金具がついておる。おそらく、内装として飾られていたのじゃろう」
「何故十字架が怖いのか、僕にはさっぱり分からない」
コールは肩をすくめて苦笑した。
それを見ていたベインが、静かに口を開いた。
「コール、何故お前はそうして笑う。‥‥絶望しているのか? そうでないなら、何故深刻そうな顔をしない」
「僕たちはもう絶望は、充分すぎるほどしたよ。それにただでさえこの時期はみんな憂鬱そうなのに、僕までむっつりしていると、みんなもっと落ち込むんだ。上に立つ僕だけでも笑っていたら、みんな安心する。気力が落ちると、戦う気も失せる」
いつも元気で皆を励まし、笑顔で居る事。それがコールの町を活性化させる方法だと言う。
「笑ってくれ、ベイン。『大丈夫』と笑顔で言う事が、絶望の闇に微かな希望と勇気をくれるから」
いつも無表情なベインの顔を、フォルテシモが見上げる。彼に笑顔を求めるのは、難しいだろう。
「そうじゃな。笑顔は何にも勝る、武器であり防具じゃな。しかし、時として笑いを消す事も、必要じゃ」
合間を取るように、フォルテシモが二人に言った。
そして三晩目。数はだいぶん減ってきていたが、それでも死したる兵士達の襲撃は続いていた。さすがに三晩となると、若干皆、疲労が現れている。
飛びだそうとしたバルザの前にそっと剣を出し、フォルテシモが制する。兵士達が接近するのをじっと見計らいながら、ウォルターが詠唱を開始した。
直線上に黒い影のようなものが、ウォルターから兵士達に向かってのび、次々に範囲内の兵士達に衝撃を加える。それをうけて転倒した兵士達に、バルザとフォルテシモが斬りかかった。
オーラパワーをかけた剣で、骨の兵士達をバラバラにしていくアレクシアス。しかしフォルテシモとバルザは、アレクシアスに比べると若干剣技が劣り、兵士達相手に苦戦していた。次々現れるズゥンビや兵士達に、バルザの頬に汗が浮かぶ。
すると後方から、植物を操ってウォルターが兵士やズゥンビの足を取って転倒させていった。
「バルザ、転倒しているものから、一気に片づけてゆくぞ!」
「くっ‥‥僕だって‥‥僕だって騎士なんだ!」
カウンターアタックを狙って、何とか骨の兵士達に攻撃を加えるバルザ。フォルテシモは自分にレジストデビルを掛け、回避も考えずに突撃した。その上品そうな容姿と対照的に、荒々しく兵士達を切り裂いていくフォルテシモ。
バルザ達の戦いぶりには興味を示さないアレクシアスだったが、全く興味が無いわけではない。バルザの戦いぶりより戦況の方が重要だ。
一方バルザは兵士達をカウンターで溝に追い込む事で、ようやく一体の動きを止める事に成功した。動かなくなるのを確認すると、周囲を見回す。
「‥‥次は誰だ。ここは絶対に通さないぞ!」
一夜目は北門にロンドらしき影が現れた、とメディクスが言っていた。どんな女性なのか、ほんの少し期待しながらバルザは周囲に目を配る。
最後の夜だから、必ず出てくる。と、ベインが森の方へと視線を向けた。
ウォルターとフォルテシモも、ベインの見ている方を見つめる。
そこには、黒い馬車があった。手綱を取る、無表情の女性。
「わあ、綺麗な人だね‥‥」
「普通じゃ、普通」
小さな声でバルザに、フォルテシモが言う。
すう、と視線をそらし、レディ・ロンドは手綱をぐいと引いて馬車を返した。
そして再び、黒い馬車が漆黒の森の中へと消えていく‥‥。
第一の襲撃が、終わる‥‥。
(担当:立川司郎)