幻夜〜後編
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2005年01月06日
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●オープニング
霧の森の夜が明けた。
屋敷を包み込んでいた乳白色のカーテンはやや薄まり、屋敷の前から伸びた道が次第にはっきりと見えてくる。
八重は迷い込んだ冒険者達に朝食を用意すると、静かに窓から外を眺めた。
「昼頃までは霧が薄まるから、今のうちに行かれるのがいいわ」
どこか、いつもと違う言い方。
何か言いたげな表情をしている。それを問うと、彼女がすうと悲しげに笑って語り出した。
「あなた方が、様々な要望に応えて難関を切り抜けた方なのであれば、お頼みしたい事があるの。‥‥ここで会ったも何かの縁、一つお話を聞いていただけるかしら」
それは、もうずっと昔の話。
森の中に立った洋館。ここに一組の夫婦が住んでいた。裕福な貿易商人であった夫と、ジャパンから嫁いだ妻。しばらくの間、彼女達はこの屋敷で幸せに暮らしていた。
その小さな幸せが壊れたのは、それから暫くしてからであった。
物取りの強盗に襲われ、それに抵抗した夫の死。
盗賊達も、とっさに殺してしまった事の負い目があったのだろう、何も盗らずに出ていってしまった。
ただ呆然とするだけで‥‥。妻は一人、遠い異国の地に残されてしまった。
その話が、八重の事なのか。八重は黙って笑った。
「もう昔の事‥‥私はこの森で一人暮らしていても、何の不自由も無いわ。ただ‥‥この霧のせいかしらね」
毎晩、彼女を苦しめるものが‥‥。
夜の暗い闇の霧の向こうから、それはそっと忍び寄る。
“影”が、彼女を深い森の向こうに誘う。
一つ、二つ、三つ‥‥。
夢か、幻か。三人の夫が、霧の向こうに見えるのだと言う。彼女は思わず彼を追って駆け出すが、居るはずのない盗賊、夫の幻、古い故郷。それらが彼女を惑わせる。
そして気が付くと、夜の明けた森に一人倒れているのだと言う。
「霧の森には、ゴーストが彷徨っていると聞くわ。三人のうちの何れかが夫なのではないかと思うの。ただ‥‥私には分からない」
夫が何を言いたいのか‥‥。何を伝えたいのか。
だから、確かめて来てもらえないだろうか。
「霧に分け入ると、容易には戻って来られないわ。夢や幻を見る方が、多く居るそう。‥‥お気を付けて」
おいでおいで。
霧の向こうに、死の世界からこちらを誘い語りかけるモノは、そこに彷徨っている。あなた達の大切な人の姿を借りて、あなたを惑わせるでしょうね。
でも気をしっかりと持って。あなたは今を生きているのだから。
八重はそう、何度も伝えた。
森の向こうから、死んだ男が語りかける。
一人は、ずっと僕とここに居よう、と彼女に思いを語る。
一人は、君の心が癒されるまで、僕はここにずっと居る、と言う。
一人は、何も語らず、怖い顔で彼女を睨み付けている。
おいで‥‥君に伝えたいことがあるから。
●リプレイ本文
何かの予感‥‥だろうか。
祈りの言葉を口にして食事についた、マリー・アマリリス(ea4526)は、暖かいスープを見下ろした。昨夜の夢のせいだろうか、まだ少し体がだるい。皆を見ると、やはりどこか浮かない顔つきだった。
さすがに、年輩のレーヴェ・ツァーン(ea1807)は疲れを顔に出さずに黙々と準備をはじめている。レーヴェは皆がどこか精神的疲労感を覚えている事を察しているのか、声をかけた。
「行けそうに無ければ、ここに残っているといい」
「‥‥私は大丈夫です」
マリーは、すかさず言った。クレリックである自分が行かなければ‥‥そういう思いもあったし、昨夜の夢が浮かんでは消え、マリーを惑わせていた。
軽い口調で八重に話しかけているメディクス・ディエクエス(ea4820)は、もう食事を終えていた。
「皆さんだけで大丈夫?」
八重が問うと、メディクスが微笑を浮かべた。
「ありがとう、八重さん。でもご心配なく‥‥きっと見つけて帰りますよ」
「八重さん‥‥旦那様のお名前は、何と仰るのですか」
マリーは食事を手早く終えると、メディクスと話している八重に聞いた。
「夫の名前はヴェルクと言います。夫の事を、どうかお願いします」
八重は、丁寧に深くお辞儀をした。
深い霧の中に、五人の影が飲み込まれていく。
先頭にレーヴェとメディクス。ウィザードのアヴィルカ・レジィ(ea6332)とクレリックのマリーを挟み、最後尾はメディクス同様に神聖騎士のリア・アースグリム(ea3062)が立った。昨夜リアがうなされていた事を気にするマリーは、リアの様子が少しだけ気になる。しかし、外見によらずアヴィルカはしっかりとしているようだ。リアの事は任せても大丈夫かもしれない。
来た方角、向かう方角を確認しながら、レーヴェが足を止める。深い森は、正午を過ぎた頃から再び霧を濃くはき出しはじめ、うっそうと茂る木々が光りを遮っている。彼女を苛むモノが出没するのは、夜。
そろそろ、日が暮れはじめていた。
「‥‥一つ確認しておこう。三人のヴェルクが出没して、誰が本物だと思う。私は‥‥何も言わない夫だと思うが」
「俺も‥‥何も言わないゴーストが気になるかな」
メディクスが答えると、レーヴェは頷いた。
「ではメディクスは俺と来るか? ‥‥マリー、アヴィルカ、リア。どうする?」
「可能性は低いと思いますが‥‥思いを語るというヴェルクさんが気になります」
「では、私は最後の一人に」
アヴィルカが答え、最後はマリーだけとなった。誰の元に行けばいいのか分からないが、皆結局、さまよっているゴーストなのだ。
「私も何も語らないゴーストが気になりますが‥‥でも、最終的には皆浄化して欲しいと思います。ここでさまよい続ける事に、安らぎはありませんから‥‥」
マリーは祈りの言葉を呟くと、デティクトアンデットをかけた。この周囲に、まだゴーストの気配は無い。霧が深い為よく見えないが、すぐ近くに居ないのは確かだ。
「一人になるのは、危険だ。確率が低い二人には、三人で向かってもいいと思うが」
レーヴェがそう言うと、リアがマリーを振り返った。二人よりも、三人の方がいいかもしれない。こくりとアヴィルカが頷いた。
再び、マリーがピースとを探知する。
霧が濃くなっていくに従い、意識がぼんやりとする。何か、どこか‥‥刺激臭が‥‥。
誰かが泣いている。
昨夜聞いた泣き声だ。マリーの目の前に、少女が立っていた。恐怖に震えている。
「どうしたの?」
マリーが聞くと、少女はマリーを振り返った。どこかで見たことのある子だ。
「来る‥‥が来る‥‥弟が‥‥お父さんが‥‥殺される‥‥」
少女は、血まみれの体で震えていた。やがて、目を見開くと駆けだした。
「やめて、返して! 殺さないで!」
「待って!」
マリーは、彼女を追うように駆けだした。
行かせては駄目だ。また‥‥殺されてしまう。今あの時のように、小さな笑顔を無惨に引き裂く事だけは、させてはならない。
「私が行くから‥‥弟は返して! 私が行くから‥‥」
少女の腕を、マリーが掴んだ。その体をぎゅっと抱きしめる。
ふい‥‥と振り返ると、リアの体をしっかりとマリーが抱きしめていた。
マリー‥‥泣いている?
「ご免なさい‥‥私、守れなかった‥‥皆を守れなかった」
私も‥‥守れなかった。小さく、リアも呟く。
一緒に居よう。影がぽつりと言った。リアが影を見つめる。マリーもそちらを見つめた。
ここで一緒に居ればいい。もう苦しまなくていい、もう悲しくなくていい。あの時のまま、一緒にここに居よう。
違う、とまた違う所で声が聞こえた。白い影が、語りかける。
ここで見ている。あなたの心が癒されるまで‥‥ここに居るから。待っている。
「また‥‥一緒に居られる?」
リアが、眉を寄せて影を見た。
あの日のように、弟と父と一緒に居られる‥‥。
待っていてくれる? マリーの事を、あの子達はここで見ていてくれる?
「それは、ぜんぶ幻」
突如、マリーとリアの背後から声が掛けられた。
彼女がこちらに手をかざすと、何か呟いた。彼女の体を赤い光が包み、ふわりと消えた。
「かなわない幻だと、私達自身が気づいている。悲しいとか寂しいとか思うのは、弱さだとも思う。でも‥‥」
アヴィルカは、リアとマリーの横に立つと、影にしっかりと視線を向けた。
「私は私がこうやって生きていく道に付きあうのだと思っているし、そう決めている。だから‥‥私は立ち止まらない」
ここに居るのも、待つのも愛情ではない。リアはふ、と微笑した。
ぎゅっと剣の柄を握る。
「私は‥‥ここに生きている。だから戦って‥‥戦って戦い続けて償うと決めたのです!」
リアは剣を振って影に斬りつけた。白と黒の影がゆらりと揺れる。
「去れ! 私達は進まなければならないのです」
「悲しい、迷える魂よ‥‥どうか安らかな眠りについてください」
あの日失った小さな魂の笑顔も、そしてここで会った事も忘れないから。
マリーは、影に浄化の言葉を呟いた。
じっと黙って、マリーとリアの横に立つアヴィルカは、二人の顔を交互に見つめていた。
「ありがとうございます。‥‥あなたが居てくれて、よかった‥‥」
「違う‥‥私は強くない」
ふるふるとアヴィルカが首を振った。
「‥‥無理な願いだと気づいている。‥‥本当はその事を、八重も‥‥マリーもリアも、気づいている」
澄んだアヴィルカの瞳が、リアとマリーを捕らえていた。
「そうですね‥‥生きているのですから」
リアの表情が、ようやく和らいだ。
霧が濃くなった。一瞬ためらったが、レーヴェは歩き出した。向こうに見える影が、八重の言っていた人物の容姿に酷似していたからだ。
後ろに続くメディクスは、いつになく深刻な表情だった。いつ術を使おうか、とタイミングを計っているようにも見える。
レーヴェは立ち止まると、メディクスを振り返った。
「あの三人と出来るだけ離れないように、ここからあまり遠ざからない方がいいだろう」
「‥‥そうだな」
メディクスが短く答える。
ふ、と息を吐くと、レーヴェは影の方に視線を向ける。
もしかすると、このまま追っていくと森の外に出てしまうかもしれない。そう、ふと感じた。だとすれば、これ以上進んで皆とはぐれる訳にいかない。
ちらりとメディクスが周囲に視線を向けた。
彼にしか見えないもの。
メディクスの目に、霧が‥‥見えるはずのないものが、映っていた。
どうして‥‥どうして助けてくれなかったの。
「‥‥」
メディクスはぎゅっと目をつぶった。ぐい、と誰かが肩を掴んだ。はっと目をあけると、レーヴェが心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫か?」
「いや‥‥」
ちらりと視線を落とすと、木々の間に少年が立っていた。黙って両手をこちらに差し出している。
ふ、と笑った気がした。
分かってるんだ。‥‥ふふ。もう何も気にしていないから‥‥だから‥‥。
「駄目だ‥‥!」
「メディクス!」
レーヴェの声と同時に、ごうと強い風が吹いた。
何だ‥‥? もう一人、立っている。あいつが‥‥怖い顔をして、こちらをみていた。
去れ。ここは人の住む所ではない。
「‥‥お前が八重の夫か?」
レーヴェが静かに問うと、それは黙ったままにらみ続けた。メディクスには小さな少年の姿に、レーヴェには懐かしい仲間の姿が映っている。
「何が‥‥何が言いたいんだ。何でそんなににらむんだ。何を‥‥伝えたいんだ」
まるで、その幻に問いかけるように、メディクスが聞く。すると影は、すう、と姿を変えた。悲しげな表情の青年が、そこに立っていた。
何も語らない。彼は、レーヴェと視線を交わすと、ゆっくり背を向けた。
「待て!」
「‥‥メディクス、もういい」
「しかし‥‥」
影は、ゆっくりと森の奥に消えていった。
霧の奥に光りを見つけ、ようやくマリーが元気な声をあげた。
「みなさん、見えましたよ」
疲労の色が濃いメディクスは、無言で続く。結局何が言いたかったのか、あの影からは聞き出せなかったからだ。対して、マリー達はどこか吹っ切れたような顔をしている。
レーヴェはというと、最初から彼が本人ではないか、とアタリをつけていたようだった。彼がどうしてそう思っていたのか、メディクスには分からない。
ともかく、八重に報告しなければ。
ドアノブに手を掛けると、奥へと押し込んだ。
木が軋み、ぎい、と音をたてる。
ふわり、と暖かい風が吹き込んだ。
「八重さん?」
メディクスが声をかける。だが、そこには何の影も無かった。ふい、とランタンの光が消える。眉を寄せ、マリーが中に足を踏み入れる。早足にレーヴェが部屋に入ると、ランタンに再び火を入れた。
綺麗に片づいた部屋の暖炉の上には、うっすらと埃がたまっている。ベッドルームの窓はきっちりと閉まっていたが、人の気配は無い。
そこには、八重の姿すら無かった。
まるで、それ全てが夢であったかのように。
「‥‥夢‥‥だったのでしょうか」
リアが呟く。
マリーは、部屋の中をゆっくりと歩き出した。彼女の脳裏に、あの八重の言葉が思い浮かぶ。あなた達は、今を生きているのだから‥‥と。
その視線の先に、まだ火がついたままの暖炉があった。
メディクスは、確認するようにレーヴェをみた。
「‥‥なあ、レーヴェ。八重の旦那‥‥どうして何も言わなかったんだ」
マリーやリアの視線が集まる。
レーヴェは、ふるふると首を振った。
「死者に、語る言葉は無い。あれは死んだ者だ。生者を導く為の存在ではない」
「そう‥‥」
アヴィルカが継いだ。
「幻を望んだのは、私たち自身。死者を招いていたのも‥‥八重本人かもしれない」
「‥‥」
リアは無言で、がっくりと椅子に腰を下ろした。
「一つだけ確かなのは‥‥」
口を開いたのは、アヴィルカだった。アヴィルカは入り口に前に立ったまま、一声に振り返った皆をじっと見返す。
「確かなのは、ここで私たちが一夜を過ごしたという事。ここで起こった事は、夢でも幻でもなく‥‥事実」
八重と出会った事、夢を見た事、そして森の中であった事‥‥。
それは全て、事実。
入り口からさあっと風が吹き込み、暖炉の残り火をかき消した。
(担当:立川司郎)