夢見る霧〜狼の子
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月08日〜01月13日
リプレイ公開日:2005年01月16日
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●オープニング
青年の手には、一振りの剣があった。冷たく表情の無い顔は端正で整っており、一片の無駄も感じられない。軽く一振りすると、青年は剣を鞘に納めた。
その様子を壮年の男が、微笑まじりにその様子をじっと見ていた。青年がちらりとそちらを見返す。
「‥‥これは貰っていく」
「好きにするがいい」
すう、と青年は男に背を向ける。が、そのまま背後に居る男へと声をかけた。
「また村に戻ったらしいな」
「俺はもう五十五だ。安定した生活を求めて、何が悪い?」
「何が安定した生活だ‥‥ロイ、それは逃げているだけだ」
歩き去る男の腰に下がった二本の剣。一本はさきほどロイから得た銀の剣。もう一本は‥‥もう一本の剣の剣帯には、狼の紋章が付いていた。
ギルドに、ロイ・クローゼットの名前で依頼が上がったのは、年明け早々だった。ギルドの年寄りの口振りからすると、どうやら元々パリで活動していた元冒険者らしい。頬には特徴的な傷があった。
「フェールには、いつも困らされる。‥‥親父“ウルフマン”そっくりだ」
「父の名は出すな」
短く、フェールが言った。ロイは肩をすくめ、黙って地図を差し出す。
「シャンティイの外れに森がある。‥‥年中霧がかかった森でな、そこに人探しに行ってもらいたいんだ‥‥こいつとな」
とロイはフェールを指した。フェールはしばらく無言だったが、老人の視線を受けて口を開いた。
「探しているのは、ある女だ。シャンティイの領主に仕えるリアンコートの領主の屋敷で、働いていた。しかし十日ほど前に解雇されている」
「解雇された召使いを、何故捜すんじゃ」
「嫌疑は、屋敷からワインを盗んだというものだ。しかし、その女は普段領主の婦人の世話をしている。ワインより高価な宝石を目の前にして、何故ワインを盗んだのかがわからない」
シャンティイの領主レイモンドは、その娘を連れ戻して来いとフェールに言った。詳細は、フェールは聞かない。与えられた役目を果たし、レイモンドを信じる。それがフェールの騎士道だからだ。
「娘が突然解雇された‥‥何かきな臭いと思わないか?」
ロイが言うと、フェールは黙った。
「与えられた役目だけをこなせばいいなら、信頼なんか要らない。フェール、お前が何をすればいいのか‥‥レイモンド卿はお前に何が言いたかったのか、分かっているはずだ」
「俺は一人で行く。‥‥人の手はいらない」
「‥‥まあいいから、連れて行け。きっと為になる」
不服そうに黙り込んだまま、フェールは背を向けた。
●リプレイ本文
シャンティイは、パリからもほど近く、比較的大きな街である。領主レイモンドは若くしてこの周囲一帯を治める人物。彼が保有する騎士団“メテオール”は、剣の腕もさることながらレイモンドへの忠誠心厚く、彼が最も信頼する“盾”であった。
「クレイユやリアンコート、クレルモンといった周辺都市も、彼に従属する小領主です。中でもクレイユは、つい最近居城を移転したようですね」
前を歩く銀髪の騎士の後へ、静かに付き従いながら、彼女が話しを続けた。まだ幼なさが残る顔立ちながら、剣鞘は使い込まれた鈍い光を放っている。エルリック・キスリング(ea2037)はすいと振り返ると、彼女、エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)を振り返った。
「エルフェニアさん、ありがとうございます。あなたが調べてくれたおかげで、色々と情報を集める事が出来ましたね」
「いえ。‥‥私も、リアンコートの領主の事は気になっていましたから」
キスリングの視線の先には、教会から出てくるエルフの女性の姿が見える。マリー・アマリリス(ea4526)は、キスリングとエルフェニアを見つけると駆け寄った。
「他の方はもう森に出発されたのですか?」
「そのようですね」
キスリングが答えると、マリーは少し心配そうに眉を寄せた。
「森に入っていってしまわなければいいのですが‥‥」
「そういえば、マリーさんは先日もあの森に迷い込まれたとか」
キスリングが聞いているのは、つい先ほどマリーが依頼の帰りに森へ迷い込んだ時の事を言っているらしい。一応、パリのギルドに記録が残っている。身をもって経験したマリーは、今回の森の探索に最も慎重であった。
「すぐに合流しましょう。‥‥フェールさんが先に行っていなければいいのですが」
マリーはそう言うと、足早に歩き始めた。
森の奥は、濃く白く濁っている。森の近くを歩いているフェールを最初に発見したのは、遊士璃陰(ea4813)であった。遊士が背後に立って腕を掴むと、フェールは少し驚いたように遊士を見た。
「やっぱ先に行ってもうたか。‥‥フェール、あかんで‥‥こんな霧の中に一人で行ってしもて迷うたら、どないする気やったんや」
「‥‥お前達はロイが頼んだのだろう。俺には関係無い」
「ずいぶん自信たっぷりな口調だな」
腰に手を当てた若い青年が、フェールを軽く睨んだ。まあまあ、ラシュディア‥‥と遊士が彼に声をかける。ラシュディア・バルトン(ea4107)は、後ろから歩いてくる仲間を振りかえりつつ、フェールの前でぴたりと足を止めた。
「騎士だってのは聞いたが、あんた森の中を歩き回った経験があるのか? 霧の中で正確に方向を計れるか? そういう時に、ウィザードやクレリックが役立つんだと思うけどな」
ぱたぱたとあわただしく駆けてきたマリーは、息をきらせながらフェールや遊士達を見回した。
「‥‥皆さん、この森で野営するのは危険です。きちんと計画して少しずつ探索していかなければ、この霧の中で一夜を明かさなければならなくなりますよ」
「見張りを立てれば安全なのでは?」
キスリングが聞くと、マリーが首を振った。
「この森には幻が出るのです。‥‥私も仲間も悪夢や幻を見ました。それだけではなくて、森で亡くなった方の霊も出没します。ここで一夜を明かすのは、私は反対です」
「じゃ、皆で一緒に行動しよう。その方がいいだろう」
ラシュディアは明るい口調でフェールに言った。無言で返すフェール。しかしその腕を、小柄な少女が取って引いた。
「まあまあフェール、一緒に行こうよ。僕たちと一緒に行く方が、きっと成功率が高くなる。ね?」
フェールが嫌と言おうが、彼女は手を離してくれなさそうである。ラシュディアはブレスセンサーで周囲を確認し、キスリングはグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)と何やら話している。
「あ、僕はベルシード。ベルシード・ハティスコール(ea2193)だよ。よろしくね」
にこり、とベルシードが笑った。
リアンコートの領主‥‥その名前をエルフェニアから聞いて、遊士が声をあげた。彼には、その名前に覚えがある。エルフェニアはリアンコートについて調べていて、それを知っていた。
「以前‥‥鉄の爪という盗賊団に関わって、あなたはリアンコートに関わっていますよね」
「そういや、こないな事があったなあ‥‥」
遠い目で語る遊士。すっかり忘れていたという事は内緒だ。
リアンコートの領主が、クレルモンの領地にある鉄の爪の隠れ家に人をやり、勝手にそのお宝を奪っていった。鉄の爪の一員であるリィゼが、そのお宝を奪い返そうとした依頼であった。
「リアンコートの領主は、クランツ商会という架空会社を持っているそうですね。その架空会社を使って、金儲けをしているという噂を聞きました。かなり悪どい事もしているとか」
「‥‥その話は、もうずいぶん前から知っている。しかし、証拠がつかめない為にレイモンド様も手を出しかねている。どうかすれば、血を見る事になるからな」
フェールが低い声で言った。が、その真剣なフェールとエルフェニアの話を割ったのがベルシードである。
「何か‥‥陰謀渦巻く領主‥‥そして追放された謎の侍女‥‥てワクワクするよね。何か面白そう!」
「‥‥ベルシードさん‥‥そういう話では‥‥」
思わず、エルフェニアが突っ込みを入れた。
霧は次第に濃くなっていた。キスリングは、木に傷をつけて印を残している。ヒルダはエグゼ・クエーサー(ea7191)とキスリングにリボンを渡し、木に結びつけてもらっていた。
エグゼも、こんな森の中で木登りをするハメになるとは思いもしなかっただろう。その下に、小さくヒルダが何かを刻んでいる。
「ヒルダさん、何をしているんですか」
キスリングが聞くと、ヒルダがそっと手を退けた。そこには、小さく何か印のようなものが刻まれている。
「‥‥何かの印ですか?」
「シャンティイのレイモンド様の紋章を刻もうとしたんですが‥‥巧くいきませんね、こういう手先の作業に慣れていないものですから」
「何でまた、そんなものを?」
リボンを結び終えたエグゼが聞く。
「娘さんが見つけた時、すぐに分かって頂けるかと思って‥‥。いけませんか?」
ちらりとヒルダが、フェールを見やった。フェールは、あまり気にしていないようだ。
エグゼはため息をつくと、空を見上げた。日が暮れていくにつれ、霧が濃くなっていく。それと、先ほどから‥‥何か臭いがする。微かに刺激臭のようなものが。マリーは、ここにゴーストが出ると言っていた。
「早く見つけて差し上げなければ、日が暮れて‥‥もしマリーさんが仰るようにゴーストが出没すると大変です。これから夜は冷え込みますし」
それに‥‥何か頭がぼんやりとする。このにおいのせいだろうか。ヒルダが額に手をやると、エグゼも同じように目元に手をやっていた。
すう、とラシュディアが視線をあげる。
「‥‥見つけた!」
ギリギリ、3度目のブレスセンサーにかすかに反応があった。こんな森の中で、散歩している人間が何人も居るわけがない。しかし、ヒルダがすっと剣に手をやった。
「どうやら、他のモノも見つけたようですね」
「囲まれています‥‥右に二体、左に一体‥‥どちらも幻ではありません」
マリーが言うと、素早くベルシードはフェール、そしてキスリングにバーニングソードを掛けていった。
「‥‥俺が戦う」
「何言ってんだ、一人で戦って一人で人探しが出来るとでも思っているのか? それが君の言う騎士道だとでも?」
エグゼが剣を抜きつつ、フェールに声をあげた。その剣にベルシードが魔法をかける。頑張ってね、と手を振るベルシードにエグゼは笑顔を返すと、剣を握りしめた。
深い霧の中を、走っていた。誰かが声を掛けている気がする。
息をつくたび、頭がぼんやりと重くなる‥‥。
向こうにまだ敵がいるんだ、敵が‥‥。突如、その腕を誰かが掴んだ。これはエグゼだ。エグゼは自分をひっ掴むと、地面に倒した。
「キスリング、こっちも手当頼むよ!」
エグゼの声が聞こえてしばらくすると、キスリングが顔をのぞき込んだ。
「‥‥これがマリーの言う、幻覚症状か?」
「はい。‥‥多分、フェールさんはここに私たちよりずいぶん前から、探索に来ていたんじゃないかと‥‥そのせいかもしれません」
エグゼが聞くと、マリーの声が答えた。彼女は少し離れた所で、誰かの様子をうかがっている。一人の女性を介抱しているようだった。ベルシードが毛布を彼女に掛けている。フェールははっと意識を取り戻し、体を起こした。
「な、何が‥‥」
「あんた、ゴーストのとの戦闘中に一人で駆けていったんだよ。でも、探していた人も見つかったよ。‥‥あの人だろう?」
ラシュディアが、マリーとベルシードの側に居る女性に視線を向けた。ああ、確かに‥‥。フェールが頷く。よろりと立ち上がると、フェールは女性の側に歩み寄った。
ベルシードが振り返る。彼女が肩を抱いている女性の視線はうつろで、時折何か声にならない言葉を呟いている。はっきりとした意識が、感じられなかった。
「‥‥どういう事だ」
ふるふるとマリーが首を振る。
「こんな症状‥‥見た事ありません。何故こんな事になったのか‥‥魔法でもないようですし、さっぱり理由がわからなくて‥‥すみません」
これでは、話を聞くどころでは無い。ベルシードが毛布でくるむと、ラシュディアがキスリングと二人で抱き上げ、馬に乗せた。キスリングは女性を抱えたまま、馬の手綱を取る。
ふ、とラシュディアがエグゼに視線を向けた。
「どうした、エグゼ」
先ほどから彼は、何か気にしているようなそぶりを見せている。
「うん‥‥あのな、ずっと気になってたんだけど‥‥俺、どこかでこの森の臭い、嗅いだ事があるかも」
「えっ、どこでだ!」
突然口を開いたエグゼを、ラシュディアが驚いて振り返った。エグゼの肩を掴み、揺らすラシュディア。
「あんまり揺らさないで、今思い出すから」
視線を空に向け、考え込むエグゼ。しかし、いっこうに思い出せない。
「‥‥意外な事をしている時なんだ。‥‥多分キッチンだと思うんだけど‥‥」
「キッチン? ‥‥この臭いの元となるものをか? 思い出せ、エグゼ!」
「多分‥‥ごめん、思い出せない。何かきっかけがあれば思い出せるかもしれないんだけど。でも、料理の材料じゃ無いと思う。‥‥おかしいな、料理の材料じゃないのにキッチンで嗅いだのかな‥‥」
もう少しで思い出せそうなのだが‥‥。この森の幻覚と、そして臭いと‥‥。
一方、遊士はいつになく真剣な表情をしていた。遊士は少女の様子を気遣っていたヒルダの横に並んで歩き出す。少女の乗せた馬を守るようにして、ラシュディアとエルフェニアが前に立っていた。
「俺、ほんまは‥‥この子が密偵か何かやったんじゃないかと思うててん」
遊士の言葉に、ヒルダが少し表情を変えた。彼には言わないが、ヒルダも同じ事を考えていたからである。シャンティイのレイモンドの密偵‥‥その可能性が高いと考えていた。それを、フェールも知っていたのではないか、と。
しかし、遊士が次に言ったのは、それとは反対の事であった。
「せやけど‥‥この子、どう見ても密偵なんかには見えへん。普通の女の人や。俺は忍び者やから、この子が密偵かどうか、少しは分かるつもりや」
「密偵が皆、密偵らしくあるとは限らないと思いますけど」
「思うねんけど‥‥最初っから知っとったなら、この森に置いていくかもしれへんな。どういう理由にしろこの子が邪魔やったなら、この森に置いていくのは都合がええ、と」
遊士はそう言うと、ヒルダと視線をあわせた。
「‥‥この森の‥‥この霧の事を何か知っている、というのですか」
「そう考えたら、つじつまが合うやん」
ふ、と遊士は表情をゆるめた。大きく伸びをして、フェールを見る。
「まあ、何にしても一つ確かなんは‥‥あの兄ちゃんも、この森の事は何も知らん、ちゅう事やな。‥‥何か、ヤバい事やないとええけど」
こくり、とヒルダは頷いた。
(担当:立川司郎)