●リプレイ本文
森で発見した当初に比べ、彼女の精神は落ち着いてきていた。ギルドの仕事を受けている日以外は看護人をしているエルリック・キスリング(ea2037)とマリー・アマリリス(ea4526)は、霧の森で発見した女性とフェール・クラウリットに案内された教会で面会した。
その教会はシャンティイのレイモンド卿が懇意にしており、娘が運び込まれた事も表向きには秘されている。キスリングは娘に、一通りの方法でアンチドートを施したが、改善された様子は見られない。相変わらず、どこか落ち着かない様子であった。
マリーが部屋から出ると、外で待っていたエグゼ・クエーサー(ea7191)がマリーに娘の様子を聞いた。とラシュディア・バルトン(ea4107)はマリーと交代に、部屋に入る。
エグゼに頼みたい事があったマリーは、エグゼをつれて教会の厨房へと歩きながら話をした。
「おそらく、植物による中毒症状だと思います。あそこまで重度の症状は希ですけど、幻覚や記憶の錯乱なども見られますし、間違いないかと思われます」
「そうか。それが森と何か関係がある‥‥って事だな。その鍵が‥‥」
エグゼは、手狭な教会のキッチンに着くと、見回した。調理器具と薪と‥‥目立って気になるものは存在しない。立っていても仕方ない、エグゼは袖をたくし上げると、キッチンに立った。
「さて、それじゃあ何か体によさそうなものを作るとするか」
「そうですね。よろしくお願いします」
ぺこり、とマリーは一礼すると、エグゼを手伝って竈に火をいれた。使うものは教会にある野菜と‥‥。
「薬草か何かがあるといいんだけど‥‥」
とエグゼが、振り返った‥‥その時、エグゼがふと動きを止めた。
「薬草‥‥」
「‥‥薬草‥‥が関係ありますか? やっぱりエグゼさん‥‥」
マリーはエグゼの顔を見つめる。料理をしていれば、何か霧に関係する事が思い出せるかもしれない。マリーはそう考えて、エグゼを料理に誘った。確かに、エグゼは何か思い出しかけたようだ。
「なあ、幻覚症状の出る薬草‥‥ってあったかな?」
「そうですね。この大陸で広く使われているのは、やはり大麻でしょうか。東の国で取れる大麻には強い幻覚効果があると聞きますが、この辺りで栽培されているものは、そんな話は聞きませんね。幻覚作用といえば、他には‥‥」
少し考え込み、エグゼは口を開いた。
「じゃ、やっぱりその線で合っているかもしれない」
その頃、マリーと交代で部屋に入ったラシュディアはキスリングと交代していた。ラシュディアは、他の者が情報収集に出ている間様子を見ているつもりだった。
「他の方はどうしました?」
キスリングが聞くと、ラシュディアはマリーとエグゼが料理を作っている事を話した。
「遊士とエルフェニア、それからヒルダは情報集めに出てる。‥‥ベルシードは、何かあちこち駆け回っているみたいで、どこに居るのか捕まらないな。フェールはヒルダ達に同行している」
「そうですか‥‥」
すう、とキスリングとラシュディアの視線が、女性の前で交差する。
彼女の身に何が起こったのか、あの森に何があるのか、全てはじきに判明する‥‥。
遊士璃陰(ea4813)が、エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)とグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)、そしてフェールと4人で霧の森に到着すると、彼らに先行してマリーやラシュディアが到着していた。
周囲を見回し、フェールが口を開く。
「‥‥一人居ないな、よく喋るのが」
よく喋るの‥‥ベルシード・ハティスコール(ea2193)は、まだ到着して居なかった。予想外に、情報収集に時間がかかっているようだ。
「じきに追いつくでしょう。打ち合わせはしたのですから、先に森の散策に手を付けませんか?」
ヒルダが言うと、キスリングも頷いた。
「そうですね。‥‥森での散策の目的は、ここに幻覚作用のある植物が生息しているかどうか‥‥でよろしいですか?」
「生息している事自体は、違法ではない。問題は、それを利用して悪事を働く者が居るかどうか、だ」
キスリングの問いかけに、フェールが短く答えた。
森の中には、霧が立ちこめていた。マリーやキスリングの指示で、皆出来るだけ霧を吸い込まないように、口元を布などで覆っている。手がかりは、マリーやキスリングの知識のみ‥‥大麻にしろ何にしろ、知識が無い者には見分けがつかない。
濃厚な霧の流れる様を見つめ、ヒルダが足を止めて位置を確認するように見まわした。
「‥‥霧の濃さと臭いには、関係は無いようですね。霧が薄くても臭いが濃い所もありますし、そうではない所もあるようです」
「幻覚作用が植物によるものであれば、おそらくそれを燃やしている為だと思われます。大麻やケシなどはそうですから‥‥」
キスリングに付け加えるように、マリーが話す。
「でも、ノルマン周辺国に生えている大麻は、幻覚作用がある事すらあまり一般的に知られていません」
「誰かがあえて、そうしている‥‥という事ですか? そんな事を、この付近の村の人達は全く知らずに居るんでしょうか」
ヒルダが疑問を感じたのは、そこである。それには、遊士が聞き込みをしていた。遊士の聞き込みによると、この森に幻覚作用がある、と言われはじめたのはここ数十年の事らしい。それまでは、確かに霧の濃い森ではあったが、幻覚を見るという話は聞かなかった。
「幻覚を見るっちゅう噂と同じくらいの時期に、悪魔が出るいう噂も流れはじめたらしいで。森の奥に悪魔がおって、その悪魔の仕業やとか何とか‥‥ホンマかどうか分からへんけどな。元々霧が濃いせいか、迷って死ぬ旅人が多うて、それでゴーストが出没するんで村の人は近づかへんらしいわ」
「でも、それでどうして森に娘を放ったんでしょうか。ワインを盗んだから、と言いますが‥‥森に放つ意味がどこにあるのか‥‥」
ヒルダが首をかしげる。エルフェニアは、しばらく口を閉ざしていたが、考えをまとめるように少しずつ、言葉を出した。
「それが何であるにしろ‥‥その元となる植物なり何なりこの森にあって‥‥それを知っている者が居るならば、それを利用している可能性もあるのではないでしょうか」
ふい、とフェールがエルフェニアを見る。
「それがリアンコートの領主だと言うのか?」
「そうですね‥‥どうやらリアンコートの領主は、裏会社を持っているそうですし‥‥その辺りの事は、ベルシードさんが調べています」
遊士とエルフェニアの調査でも、この森に最近誰かが出入りしている様子がある、と聞いている。
「何や夜中に、この森をうろうろしとるらしいで。この森に出入りする地元民は居らんらしいからな、地元のもんや無いやろ」
「‥‥フェールさん、私はやはり外で見張っている事にします。誰かこの森に来るかもしれない‥‥」
エルフェニアが言うと、遊士とエグゼもエルフェニアに同意した。
「フェール、あんたはどうする」
エグゼがフェールに問いかける。またフェールがスタンドプレーをしたら、この間と同様に幻覚にとらわれてしまうかもしれない。エグゼはそれを心配していた。
「‥‥ここに誰かが来るというのならば、俺は捕まえて問いつめたい。真相が聞き出せるかもしれないからな」
「じゃ、決まりだ。‥‥後は頼んだよ」
エグゼが軽く手を挙げると、ヒルダが会釈をした。冷静なヒルダやキスリングなら、森での捜索も心配は無いだろう。
街道から少し離れた所で、じっと皆の帰りを待ちつつ様子をうかがう遊士とエグゼ、エルフェニアの目に影が映ったのは、日が暮れた後であった。
「‥‥エグゼさん」
小さな声で、背後から声を掛けたのはエルフェニアだ。エグゼは、エルフェニアが指す方向に目を向ける。街道の向こうから、誰かがこの森の方へと向かって来るのが見えた。主街道を外れ、細い踏みならされた道を歩いてくる。
三人、そして馬に牽かれた小さな荷車が一台。
遊士とフェールは少し離れた所で、様子をうかがっている。暗闇の中、静かに人影が近づく‥‥。
ざっ、とエグゼが茂みを蹴って飛び出した。エグゼに続いて、フェールと遊士が彼らの背後を取るように駆け、エルフェニアがエグゼに続く。
正面に居た一人に勢いをつけて剣を突くと、剣を抜きざまにもう一人に斬りつける。斬られた男と、エグゼに向かっている男はそれぞれナイフと剣を抜き、斬りかった。荷車の横に居る男は、フェールが相手をしている。
「な、何だお前ら‥‥」
男が声をあげる。フェールは何か言おうとした‥‥おそらく名乗ろうとしたのであろうが、エグゼが止めるまでもなくフェールはそのまま答えようとはしなかった。今名乗ってしまったら、全てが台無しになってしまう。
だが、どう見ても普通の旅人が持つ剣ではないし、エルフェニアにしてもエグゼにしても、装備が万全で腕が立ちすぎる。男は仲間と目配せをすると、森の方へと走り出した。
「逃がすか!」
追うエグゼと、フェール。続こうとしたエルフェニアは、遊士の様子に気づいて街道の方へ向いた。
森に向かった男達のうち、一人はエグゼから負った傷のせいで思うように動けず、あっさりフェールの腕に捕まれた。男達は、それでも仲間を見捨てて森に逃げ込んでいく。
ふわ、と霧が揺れる。男が視線を正面に向けると、何かが光った。あっ、と声を上げた足を止めた時には、風が霧を割っていた。
霧の向こうで、詠唱をするラシュディアの姿が見える。ラシュディアの前を駆け抜け、すらりと抜いたヒルダの剣筋が男の腕を捕らえ、手に持っていた剣を払い落とした。
「ヒルダ、そっちは任せた」
「分かりました」
ヒルダは答えると、日本刀を男ののど元に突きつけた。
縛り上げたまま、男の傷の手当てをマリーとキスリングが行っている。重傷を負っていた男をひとまず横たえ、残った二人へフェールが剣を突きつけた。
「‥‥お前達は何者だ」
「‥‥」
二人とも、答えない。すると、遊士がちらりと後ろを見た。
「黙っててもええけど‥‥まあ、話を聞いたらええわ」
すう、と前に進み出たのは、ベルシードだった。ベルシードは笑いながらごめん、と一言口にした。
「思ったより時間がかかっちゃって‥‥。でも、うまく捕まえられたんだね」
「二手に分かれたんですよ。私達は森の散策へ、エグゼさんや遊士さん達は外で見張りをしていました」
キスリングはそう答えると、革袋を差し出した。
「おかげで、拾いものをしました」
「‥‥じゃ、そろそろ仕上げって事だね」
ベルシードはくるり、と男の方に向き直ると、うろうろと前を歩きだした。
「僕達はどうしても、あの霧が自然に出たものだって思えなくて、色々調べたんだ。森の事については、時間がなくて調べきれなかったけど、そのかわりキミ達の事は分かってきたよ」
ベルシードは、ぴたりと足を止めた。
「この森に追放されたっていうあの侍女の女の人と、リアンコート領主‥‥そしてこの森、どういう関係があるのか分からないけど、この森には何かがあって、リアンコートの領主はそれを知っていた。だから侍女をここに追放した。そうだね」
ベルシードの問いに、男は無言のまま‥‥。
「まぁいいや。リアンコートの領主が動くにしろ、表向きに騎士を派遣するとは思えない。そこで、僕はリアンコートの領主が使っているって噂の会社‥‥クランツ商会に目を付けたんだ。僕は今まで、クランツ商会とリアンコートの領主について調べてきたんだ」
「クランツ商会とリアンコートの関係は今までも取りざたされてきたが、商会がどう関わってくるというんだ」
「まぁフェール、焦らないで。クランツ商会は実際には活動していないけど、その下で動いている組織がある。クランツ商会は、それらとリアンコートを繋ぐ為の会社だった‥‥その組織が行っていたのが、闇市でのある物品の取引‥‥」
「‥‥大麻ですね」
ベルシードの言葉を、ヒルダが継いだ。ヒルダがキスリングと視線をあわせ、彼から革袋を受け取った。その中からヒルダが出したのは、ある草だった。
「この辺りで見かけるものとは少し違いますけど‥‥これではありませんか?」
男達の顔色が、わずかにかわる。遊士がそれを察知し、軽く足の先で突いた。
「ほら、黙っとらんで何か言いや」
「いっそ、痛い目にあってもらう、ってのは‥‥」
ラシュディアの言葉に、男がうめき声をあげた。
「‥‥な、何が目的だ」
「あなた達が何をしていたのか、それを教えて頂ければいいのです」
ヒルダが言うと、男が深く息をついた。
「それは‥‥確かに大麻だ。この辺で売り買いされるものとは違って、樹脂に強い幻覚効果があって‥‥気持ちよくなるんだ。何で生えているかは知らない‥‥」
「どうして、あの人をこの森に置いていったのですか」
「‥‥あの領主の屋敷の女か? よく知らねぇが‥‥大麻を売買している事を、知られたって聞いたぜ。屋敷に置いていたのを、見られたか何かしたんだろうさ。殺しちゃマズイから、適当に分からなくしろって言われただけだ」
ヒルダはふるふると首を振った。ワインというのは、言い訳に過ぎなかったのだ。本当は、領主の裏の顔を見てしまったが為に巻き込まれただけで‥‥。
「‥‥最後に一つだけ聞くで。この森、何でこない幻覚が強いねん。あの悪魔っちゅう噂も、あんた達が流したんか?」
遊士が聞くと、男がくっ、と笑った。
「風向きやその日の天気によって、大麻の煙が強い部分や流れて無い部分があるのさ。俺達はその抜け道を知ってるだけだ。それでも、森の最深部までたどり着いた事ぁ無い。ただ、森の中で誰かがうろうろしているのは何度か見た事があるぜ」
人の心を惑わせる煙の奥で、一帯どんなモノが平然と彷徨いているというのだろうか。
やあ、リリィさん。
ラシュディアが語りかけると、リリィと呼ばれた女性がすう、とラシュディアの方を向いた。ベッドの端に立ったマリーが、笑顔を浮かべる。
「大分顔色がいいようですね」
「大麻の治療って、何をしたらいいんでしょうか」
ヒルダが聞くと、マリーが少し首をかしげた。マリーも、このような強い中毒症状の治療は行った経験が無い。
「大丈夫さ、ほら‥‥この間会った時より、大分落ち着いて来たみたいじゃないか」
「ありがとうございます‥‥」
静かな口調で、リリィが答えた。
この娘の身は、これからしばらくはこの教会が預かる事になったらしい。
「あんたは、シャンティイの領主さんや騎士さんが守ってくれるらしい。俺達も、ここに居る間は話しに来るからさ、安心しろ」
ラシュディアの明るい口調に、リリィはすうと微笑を浮かべた。
(担当:立川司郎)