使徒の音色1〜救いの手を‥‥

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月03日〜02月09日

リプレイ公開日:2005年02月11日

●オープニング

 荒く息を吐きながら、少女は階段を駆け上がる。後ろを振り返らず、ただまっすぐに階段を上っていく。屋上につづく螺旋階段は、とても長く感じる。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
 少女はようやく視界が開けた所で、足を止めた。
 屋根と手すりの間の切り取られた空間に、死臭をかぎつけたのか鴉が集まっている。静寂‥‥そして悲鳴。
 少女は意を決し、鐘に飛びついた。渾身の力を込めて、鐘を鳴らす。この鐘が遠くに届くように‥‥どこかの誰かが聞いてくれるように‥‥。

 鐘が響く。
 ちら、と男が窓の方に視線をやった。
 どうやら、外の鐘突堂の方から聞こえてくるらしい。
 ふ、と微笑すると、男は正面を見すえた。聖なる母の像が、静かにこちらを見つめている。それは、凄惨なこの光景に嘆いているのか、それとも‥‥。
 すう、と手を横に伸ばす。横合いから彼に向けられた剣は彼の腕をかすめたが、彼の腕からは血の一滴も流れなかった。そのまま男は、自分に剣を向けている男の額に触れる。
 凝視する男の目に恐怖の色が浮かび、やがてじわりじわりと感情という色が失せていった。
 慈悲深き母よ‥‥願わくば、我らに救いの手を‥‥。
 男はそれだけ呟くと、ゆらりと体から力を抜いた。
 感情を失った目は、仲間を見つめる。仲間‥‥いや、かつては仲間であり同志であった神父達は、四肢をもがれて冷たい躯と化していた。かつては、信仰深い生者で溢れていたこの教会には、今や生者の気配は無い。
 墓場からはい出る屍が生者を襲い、体を裂き、血を滴らせる。抵抗した者も、やがて死者のように意志を失い、かつての仲間に刃を向けていた。
 うつろなる瞳は、やがて死者との食い合いで‥‥本当の死者と化す。
 意志を持つものは、ただ一人‥‥。
 これは夢か、幻か‥‥男はかえり血を浴びた神官服を揺らし、身を翻した。教会が静かになったのを確認すると、男はそのまま扉に向かって歩き出した。

「‥‥サン教会が?」
 驚いたように声を上げ、コールは祖母マリアを振り返った。馬を飛ばしてコールに知らせてきた男は、コールの返事を聞くより早く更に畳みかける。
「時間がありません、サン教会にはまだ生きている者が居ると思われます。一刻も早く、救助に向かわれますよう‥‥」
「むろん行くが‥‥サン教会はリアンコートの領地じゃなかったか? 何故リアンコートから向かわない」
「コール、サン教会はクレイユ領ですよ。街道の関係上、あちらからの参拝客が多いだけで、教会自体はこちらの領地にあるのです。‥‥それより、その知らせは誰から?」
「は‥‥はい、これはシャンティイ領主レイモンド様からです」
「レイモンド様が‥‥」
 コールは少し考え込み、口を開いた。
「すぐにパリに人をやってくれ」
「すでにレイモンド様の指示により、コール様のお名前で依頼を出してあります」
「‥‥わかった、僕もすぐにそこに向かう」
 サン教会‥‥。
 コールが小さく呟く。どこかで聞いた気がするのは、気のせいだろうか。

●今回の参加者

 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4820 メディクス・ディエクエス(30歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6128 五十嵐 ふう(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9248 アルジャスラード・フォーディガール(35歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

 音もなく死者が彷徨く教会を、黒い馬に乗った人影が見下ろしていた。後ろから近づく騎馬の嘶きに、ちらと影が振り返る。白い馬に乗ったコール・マッシュの横に、五十嵐ふう(ea6128)が自身も馬に乗って着いた。
 眼下に、小さな教会が映っている。教会、そして右脇に鐘突堂と思われる細長い建物がある。それ以外は低い木々が囲むのみ、民家には接していない。
「よくもまぁ、こんなに集まったもんだ。ふん、死臭ってやつがプンプンするぜ‥‥この教会は」
 すう、と目を細めてふうが教会を見つめる。
「ねえコール、この周囲には他に民家は無いの? このズゥンビ達‥‥周辺の民家を襲ったりしていないのかしら」
「ズゥンビが簡単に移動出来る範囲には、民家は無いよ。ここは森の中の一軒家だから」
 リョーカ‥‥レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は、それを聞いて少し安心した。少なくとも、これ以上の犠牲が出る事は無いだろうから。それにしても、何故こんなに死者の群れが溢れてきたのか‥‥。
「この教会には、何かあるのか? 死者に襲われるような原因が‥‥」
 メディクス・ディエクエス(ea4820)がコールに聞く。コールは少し首をかしげて考え込んだ。このたびの件は、コールも急いで出てきた為に、詳しく調べている余裕が無かったという。加えて、レディ・ロンドの事件によりここ何十年も領地の隅々にまでは目を向ける余裕が無かった。
 メディクス、そしてシャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)の神聖騎士二人はロンドの事件でコールに協力し、城を取り戻した仲間である。
「急いで教会に向かいましょう。お話しによると、生存者が居るかもしれない‥‥との事。一刻の猶予もありません」
「僕のバーニングソードは、僅かしか保たない。だから、陽動に向かう人を先に掛けるとしよう。‥‥落ち合うのは、ここで‥‥いいかい?」
 コールが見まわすと、皆こくりと頷いた。

 小さな教会の周囲に、死者の群れがのろりのろりとした動きで、徘徊している。まず真っ先に、手に長槍を持ったメディクスが騎馬で突っ込む。その後ろから、日本刀を持ったレイ・ファラン(ea5225)が続く。
 最後にアルジャスラード・フォーディガール(ea9248)が、ひょいと石を拾うと鐘突堂の周囲に群がっているズゥンビ達に石を投げた。鐘突堂に居たうちの数体が、こちらに体を向ける。
「お主等の相手は、そっちじゃない‥‥こっちだ!」
 更にもう一つ、アルジャスラードが石を投げる。アルジャスラードの背後に立ったレイは、彼の動きにも気を付けつつ、刀を振るう。しかし一撃二撃でズゥンビの腕を切り裂いても、まだ何体も彼ら目指してのろのろと近づいて来る。
「‥‥多すぎる‥‥くっ‥‥すまないな、やはり駄目か。‥‥お前は下がっていろ」
 メディクスは馬を下りると、軽く馬の首筋をなでてやった。リーチの長い槍を振るう先に、ちらりと人影が映る。先頭にふう、そしてリョーカと続き、コールとマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)を挟んでレーヴェ・ツァーン(ea1807)が最後尾を守って鐘突堂を目指していた。
 シャルロッテはと言うと、少し離れた教会の入り口付近で声を上げている。
「おい、あんまり離れるな‥‥囲まれるぞ!」
 レイの声に気づき、シャルロッテがこちらを見た。開いた教会の扉から這い出たズゥンビに剣を一突きし、シャルロッテが返す刃で背後に居た一体をなぎ倒す。
「まだ教会の中にも‥‥居るかもしれません」
 そんな所に居たら、生きてなど居るものか。レイはそう思ったが、ちらりとアルジャスラードを振り返った。アルジャスラードは積極的に攻撃はせず、メディクスの周囲でズゥンビを引きつける事に徹底していた。
「アルジャスラード、ここは頼むぞ」
「分かった。‥‥生存者は居るまい」
 呟くようにアルジャスラードも言う。レイが駆け寄ると、シャルロッテは剣を振るいながら、教会の中に声をかけていた。
「誰か居ませんか!」
 無言でレイが、シャルロッテの背後を取った。教会の中は、ズゥンビで一杯‥‥死臭が立ちこめていた。中には、神職者と思われる服を着た者や、首からクロスをさげたズゥンビも居る。
 腐植度合いからいうと、ここ数日のうちに死んだと思われる。ほとんど腐敗しておらず、あちこちに傷がある以外は綺麗なものだった。
「‥‥死んだばかりの遺体‥‥」
 それも、神聖騎士や戦士と思われる者も混じっている。これ程人数が居て、死者に立ち向かえなかったというのか‥‥。それには、シャルロッテの後ろに居たレイも気づいたようだ。
「レイ、何もなかったならこっちを手伝え!」
 アルジャスラードの声を聞いて、レイがじりじりと教会から下がる。残念だが、ここには生者は居ない‥‥。シャルロッテは、眉を寄せるとたたきつけるようにドアを締めた。

 小太刀を振り、縦横無尽にふうが駆け回る。先行して前方に立ちふさがるズゥンビに斬りつけると、ズゥンビの腕を避けながら切り刻む。
 小太刀に炎の魔法を付与してなお、ズゥンビに致命傷を与えるまでに至らないが、それだけふうは素早く動き回っていた。身軽なステップで敵の攻撃を受けず、こちらから倍斬りつける。
 対して、動きの鈍いズゥンビが相手となると、リョーカの力任せの一撃も軽く命中する。見る間にズゥンビを動けなくしていくリョーカ。
「‥‥早く行きなさい、上にもズゥンビが居るわよ!」
「ここにゃ三人も要らねえ。‥‥レーヴェ、あんたも行ってやりな」
 リョーカとふうに言われ、レーヴェがコールとマリの前に躍り出た。狭い螺旋階段の所々にも、ズゥンビが徘徊している。バーニングソードを掛けたダガーでズゥンビをかわし、コールとマリを行かせながら、レーヴェも二人に続いて上がっていく。
 マリの耳に今聞こえるのは、静寂と‥‥何かを叩く物音だけだった。
「何の音だ」
 レーヴェが耳をすます。
 ‥‥屋上の手前‥‥ドアか何かを叩くような音だ。
「ズゥンビが屋上のドアを叩いているわ。何か、屋上に居るのよ。急いで!」
 視界の先に待ち受けるズゥンビにレーヴェがダガーで斬りつけると、ズゥンビがよろりと振り返った。振り返る間に、更にレーヴェが切り裂く。だが、ダガーではなかなかズゥンビの動きを止める事が出来ない。
 レーヴェはズゥンビの破れ掛けた服を掴むと、後ろに引きずり倒した。
 まだ動き続けるズゥンビを押さえ、レーヴェが声をあげる。
「中を確かめろ、ここは私が防ぐ」
「分かったわ‥‥」
 マリはドアの前に立つと、木のドアを叩いた。数日前まで、ここから鐘の音が聞こえていたという。それは、確かに誰かがここに居るという証拠だ。
「誰か居るの? ‥‥ここを開けて!」
 しいん、と静寂がかえる。マリが再びドアを叩く。
「ギルドから来たのよ! ‥‥あたしたち‥‥」
「クレイユ領主の子コールだ。‥‥誰か居るなら、ここを開けてくれ!」
 コールの言葉に、小さな声がかえった。
「う‥‥嘘でしょう? あなた達‥‥アレの仲間なのね‥‥」
「違うわ。お願い、ここを開けて‥‥早くしなければ、仲間ももう保たないわ」
 マリの話しを聞いて、かたりと足音が聞こえた。声の主は、下の様子をうかがっているようだ。やがて、きしむ音を響かせてドアが開いた。
 まだ二十才にならぬ頃の少女が、ドアに手をかけて立っていた。顔色は悪く、やつれている。マリは両手を差し出すと、少女をぎゅうっと抱きしめた。冷えているが、確かな温もりを感じる。生きたヒト‥‥死者では無い。
「もう大丈夫よ‥‥さあ、歩けるかしら」
「あ‥‥は、はい」
 ふらつく少女の足取りを見て、マリがコールとレーヴェに視線を向けた。
「ほら、二人ともぼさっとしないで。背負ってあげる位しなさい!」
「あ‥‥ああ、ごめん」
 コールが慌てたように、少女に手を貸した。

 まだ‥‥死者の群れが、裏手から出てくる。
 メディクスは槍を手元に引き寄せると、アルジャスラードの側にじりじりと下がった。
「何だ‥‥一体、何体出て来るんだ、こいつら‥‥」
「見ろ、あれを」
 アルジャスラードが指しているのは、崩れた死体だった。あれは、先ほどまで動いていたズゥンビだ。
「全部が全部、ああして崩れていく訳ではないが‥‥何体かは、どうやら魔法か何かで動いているようだな」
 躯は、それきり動く事は無かった。

 死者の群れを振り切って丘まで戻ると、少女はメディクスの乗っていた馬の上で疲れ切ったようにぐったりしていた。
 マリが少女を下ろしてそっと頭を胸元に抱えてやると、少女がうっすらと目を開けた。
「気が付いたかしら?」
「‥‥あ‥‥あの‥‥皆さんは‥‥」
 少女が、視線を動かす。自分を救い出してくれたマリと‥‥コール・マッシュ。そして、庇ってくれていたレーヴェ。
「よくお休みだったねえ。教会から出るまで、メディクスの馬の上でぐっすり‥‥だったんだよ、あんた」
 ふうがにやりと笑って少女に言った。
「で、あんた名前は?」
「‥‥ブルーメと言います。教会にお世話になったばかりの‥‥修道女でした」
 名前を聞いて、メディクスがほっと息をついた。ちらりとリョーカがメディクスの顔を見る。
「何なの、メディクス‥‥何か言いたいみたいね」
「いや‥‥な、何でもない」
「あら、もしかしてひ・と・め・ぼ・れ‥‥とか?」
「残念だけど、人違いなんだ。思っていた人じゃなかっただけだ」
 肩をすくめて、メディクスが答えた。いや、正直に答える必要など無かったのか。メディクスは一人苦笑いを浮かべた。
「さて、あの教会で何が起こったのか‥‥聞かせてくれるか」
「‥‥分かりません。‥‥突然、神父さんがやってきたんです。旅の途中だと言って‥‥」
 三十前後位の年代の、痩せた男だった。その神父は、突然旅の途中だと言って教会に立ち寄ると、自分達に話しを聞いた。
「このような山の中の教会に、何の用があるというのだ。‥‥そもそも、あの大量のズゥンビは不自然ではないか?」
 レーヴェがブルーメに疑問を投げかける。
 たしかに‥‥。ちらりとアルジャスラードが眼下を見下ろしたが、ざっと二十体は居る。中に隠れているものを含めると、もっと居るに違いない。
「あの神父さんが‥‥ズゥンビをつれてきたんです。それに‥‥教会の神父様や神聖騎士の方を操ったり‥‥ズゥンビに殺された者がまたズゥンビとなって‥‥私は怖くて、逃げ出しました。それ以外は‥‥何も分かりません」
 震える少女の肩に、マリが手を伸ばした。

 剣をぬぐいながら、シャルロッテが教会を見下ろしている。
 レーヴェの言葉を思いかえしていた。不自然だ‥‥と。
「確かに不自然ですね。あの方の話し‥‥そして私が見た真新しいズゥンビ。あのズゥンビは、神父に操られて仲間を襲い‥‥やがて死んでズゥンビとなった事になります」
「神父だと言うが‥‥本当の神父なのかどうか」
 レーヴェが呟く。神父‥‥。その単語を聞いて、リョーカが声をあげた。
「そういえば‥‥前に死臭アスターっていう殺人鬼の死霊を追っていた時、神父の話を聞いたわ。‥‥といっても、もう三十年も前の話しだけど」
「エルフであれば、三十年とて長い年月ではないが」
「さあ‥‥エルフかどうかは聞かなかったわね」
 死臭アスター‥‥。コールは顔を上げて、ブルーメにすうっと視線をやった。
「教会に出た神父‥‥放っておく訳にはいかない。この件が片づいたら、いずれ調べよう。まず、教会のズゥンビを一掃しなければ」
 そりゃあ、手応えがありそうだねい。
 ふうがうごめく死者達を遠目に、にぃっと笑った。

(担当:立川司郎)