使徒の音色4〜その奥で待つモノ

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月28日〜04月03日

リプレイ公開日:2005年04月05日

●オープニング

 その日、シャンティイ領主レイモンド子爵の元に手紙が送られた。送り主は、コール・マッシュ。それは、暗躍する悪魔についての報告だった。

 ランタンをかざすと、ずっと下に土が見えた。しばらく降りた所で下穴は途切れ、そこから空間が広がっているようだ。コールはランタンを戻し、穴をのぞき込んでいた体を起こした。
 先ほどまで居た、あの神父の姿は無い。また、それらしい気配も無い。この奥に向かったのだろうか‥‥。
「いや‥‥確認しておけ、とあの神父は言った。という事は、本人は居ないと考えていい。この奥に居るのは、あのブルーメだけだ。‥‥生きているモノは」
 微かだが、何かが蠢く音がする。死者‥‥それとも、獣か‥‥インプなどの低級悪魔か。
 教会の門前には先ほど倒した死者の躯も置き去りにされており、教会の中は先の殲滅作戦のおりに散らかされたままの家財がたくさんのこされている。
 ふい、とコールが歩き出した背後、穴から何かが飛び出した。びくりとコールが振り返ると、小さな蝙蝠が数匹、上空を飛んでいた。

 森の中の、小さな教会‥‥。この教会を何故神父は襲ったのか、何の為にブルーメが生き残ったのか、何の為にブルーメは教会に戻ってきたのか。
「フゥの樹‥‥どうやら、これについてはレイモンド様も気に掛けているようだ。この神父の姿をした悪魔は、シャンティイ周辺の各地で目撃されている。そして、その神父と関連があると思われるフゥの樹という組織。‥‥彼女を生かして捕らえる事が出来れば、何か分かるかもしれない」
 最初に‥‥30年前、死臭アスターという男の周辺で目撃された。
 そして、クレイユの城の墓と、アスターの墓から遺体が持ち去られた事件。
 リアンコート領主の悪魔崇拝。
 静かに、しかし確実に悪魔の手が伸びている。何かが起こっている。
「‥‥ここ最近、パリ周辺には悪魔に関する事件が多すぎる。‥‥何か嫌な感じだ」
 コールは眉を寄せ、ため息をついた。

 レイモンド卿にはお目にかかる事も出来ず、このような形で報告する無礼をお許しください。
 クレイユ、そしてシャンティイに悪魔が活動する気配あり。
 その者は神父の姿をしており、年は30才半ば程。当領地にて遺体を奪い、死臭アスターの遺体を持ち去った件にも関係していると思われます。
 フゥの樹、と呼ばれる団体に関連し、リアンコートで闇商人を使わせて大麻を得ていた事も、卿の指示の元判明したとフェール・クラークから聞きました。
 悪魔の手は、小さな教会にも及びました。伝承の七使徒の血を受けたといわれる鐘が遺された、小さな教会に。

 レイモンド卿はその手紙を受け取ると、すぐに早馬を出した。
「現地の事はコールに任せます。コールがブルーメという少女を捕まえた後、教会も遺体も、全て焼き払いなさい。‥‥また死体に動かれてはかないませんからね。‥‥それと、鐘は回収して来てください。シャンティイ大聖堂の神聖騎士には、教会周辺で悪魔へ対する警戒体勢を取るように、と」
 指示を一度に下すと、レイモンド卿はすう、とカップに手を伸ばして茶の香りを楽しんだ。

●今回の参加者

 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4820 メディクス・ディエクエス(30歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6128 五十嵐 ふう(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9248 アルジャスラード・フォーディガール(35歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

■使徒の音色4〜その奥で待つモノ
 地の底に伸びる狭い縦穴の奥に、微かな光が差している。光は、ちらちらと揺れていた。
「馬は連れて行けないわね」
 穴を見下ろしながら、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が言った。穴の上を塞いでいる長身のリョーカの後ろで、いや、連れて行きたいなら連れて行ってもいいぞ、と冷たくレイ・ファラン(ea5225)が答える。
「こんなちっちゃい穴に、あんな大きい体が入るわけないでしょ。‥‥ちょっと、待ちなさいよ!」
 冗談だったのか、レイは答えずにさっさと下に降りていく。リョーカはむっとしつつ、後に続いた。灯った淡い光の持ち主は、先に降りたメディクス・ディエクエス(ea4820)であった。ゆら、と銀色の髪が揺れる。
 メディクスは、悪魔‥‥もしくはズゥンビやゴーストの類が居るかもしれない為、そうしてホーリーライトで照らしつづけていた。
「お前、ずっと照らしていて途中で燃料切れ起こさないの?」
 ランタンを灯そうと思っていた五十嵐ふう(ea6128)が、メディクスに聞く。メディクスの力では、自分の周囲を照らすくらいが精々だが、全員が移動する分には十分だった。
「ここを捜索して出る位だったら、十分に保つ。ランタンより邪魔にならないだろ?」
 ふ、と笑ってメディクスがふうを振り返る。確かに、左手にランタンを持っているより、ずっと楽だ。いざとなったらアルジャスラード・フォーディガール(ea9248)も松明を持っているから、その辺りに投げておけばいい。
 ふうを先頭にして、その後ろをメディクスが続いて歩き出した。
 地の底は地上より若干暖かく、どこからか少しばかり風が吹いている。
 ふうは、妙な臭いがしないか、獣の気配がないか意識を集中させてた。‥‥と、ふうが眉を寄せた。
「‥‥何か変な臭いがするな」
 どんな臭い‥‥と説明するのは難しいが、風に乗って何か違う臭いがする。ふうの話を聞いて、レーヴェ・ツァーン(ea1807)が外套の襟を上げた。どうも嫌な感じがする。
 コールの側を歩いていたマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が、レーヴェをちらりと見る。
「まさか、火を焚いてたり‥‥なんて事はないわよね」
「こんな狭い場所で燃やしていれば、熱が伝わってくる。しかし、そんな気配は無いな」
 レーヴェが気にしていたのは、そんな事ではなかった。
 地下は狭い道が続いているが、壁は岩壁だ。下も踏み固められている。マリは奥の方を見つめながら、静かに話しかけた。
「‥‥ねえ。あの神父がフゥの樹って悪魔崇拝団体に関係あるのは分かったけど‥‥あのブルーメ、どういう関係なのかしらね」
「さあな。‥‥協力者か崇拝団体の者‥‥と考えるのが妥当だろうな」
 レイが答える。しかしマリは、首をかしげた。ちらりとコールがマリを見返す。
「どうしてそんな事を?」
「いいえ、あたしもフゥの樹の関係者って言うなら納得するんだけど‥‥。騙されていただけだというなら‥‥いいのにね」
「そうだろうか‥‥俺は、あの笑みが気になる」
 最後に、レイを見て笑った‥‥あの笑み。マリは、レイを見返した。
「笑み?」
「‥‥」
 レイは口を閉ざし、視線を逸らす。マリは肩をすくめると、奥を見やった。
「無駄だってわかっていても‥‥説得はしてみていいかしら」
「いいと思う。‥‥説得もせずにいきなり斬りつける‥‥っていうのは、理性的じゃないし‥‥もう少しだけ信じる気持ちは持っていたいから‥‥ね」
 コールは、笑ってマリに答えた。
 悪魔。悪魔とは戦うべきもの。白を信奉していても黒を信奉していても‥‥それは変わらない。その悪魔を崇拝するなら、それもまた戦うべき定めにある。
「ただ‥‥相手が人間であるなら、殺すわけにいかない。そもそもブルーメは人なのか‥‥それとも神父と同じなのか」
 とメディクスが、レイやマリを見返す。神父は、ふうの小太刀を意にも介さなかった。あれはヒトではない。その意見は皆一致していた。
 ただ、ブルーメはヒトであるか悪魔なのか‥‥。
「どっちにしたって、関係ないね。あたしは一発‥‥いや十発だって殴ってやんなきゃ、気が済まないよ。‥‥遺跡の探索は、皆に任せるからさ」
 ふうが、後ろを歩くメディクス達に、ひらひら手を振って言った。この地下道の奥に待つものは、ヒトか魔か。それとも聖者か聖遺物か。
「あるとすれば、遺骸か、石版のようなものか」
「はん、骨なんか、数百年も経ったらとっくに塵になってるんじゃないか」
 レイに、ふうが軽く言い返す。
「地下だから、壁に書いてあるのかもしれないな。壁画は長く残る」
 そういうメディクスへ、アルジャスラードがすうと足を速めて並ぶ。
「何かが待っているとしても、俺達は引くわけにいかない」
 ぽつり、とアルジャスラードが答えた。
 そう‥‥。ふうが唇をきっと結び、視線を正面に向ける。
「来たね」
 臭いが‥‥強くなる。ふうは構わず、突き進んだ。闇の奥から何かが羽ばたいて向かって来た。右手の小太刀と拳を使ってそれらを叩き伏せつつ、奥に駆け込む。
「‥‥来たぜブルーメ! あんたに一言言いにさぁ!」
 じっとこちらを見るブルーメが、そこにあった。
 アルジャスラードは松明を投げつつ、ふうに声を上げる。
「五十嵐!」
 周囲は、蝙蝠と‥‥それに混じってインプが飛び交っている。ふうの小太刀が突かれ、確かにその切っ先はブルーメを捕らえた。が、逆にブルーメの範囲内にふうが立ち入った事にもなる。
 ぐらり、とふうの体が揺らいだ。何とか足を踏ん張りつつ、ブルーメに蹴りこむ。
 だが‥‥視界が揺れる‥‥。
「何だ‥‥」
 ふうが額に手をやる。
「やはり‥‥魔法‥‥黒の神聖魔法か」
「それだけではないな」
 ブルーメの様子を見て言ったレイに、レーヴェが言った。どうもしっくり来ない。確かにあのふうの様子は、神聖魔法黒の魔法を受けたせいかもしれない。だが、ふうが思ったように戦えていないのは、それだけではないようだった。
「‥‥そうか‥‥この臭い、あの森の‥‥」
 以前レーヴェが迷い込んだ、あの森で嗅いだ匂いだ。あの霧の森の‥‥。
「いかん、この臭い‥‥幻覚作用があるぞ!」
「霧‥‥? 霧ってもしかすると、この間大麻が発見されたっていう‥‥」
「大麻? ‥‥あの匂いの元は大麻なのか?」
 コールの言葉に、レーヴェが眉を寄せてブルーメへ視線を向けた。ブルーメは甲高い笑い声を上げて、インプと戦う自分達をあざ笑っていた。
 既に、彼女も冷静ではないのかもしれない。
「‥‥大麻? だから何だってんだ!」
 ハイテンションのふうはブルーメに襲いかかる。何とか冷静なレイは、アルジャスラードとリョーカを見返した。
「‥‥銀の短剣で俺達がインプを相手にしている間、あんたはふうのフォローを頼む。大分、キレているぞ」
 こくりと頷くレーヴェの剣に、コールが炎を付与する。コールは、沈んだ表情をしている。それでも必死にレイやリョーカ達に魔法を付与している。
「大丈夫?」
 とリョーカ。
「‥‥多分。ブルーメがロンドに見えて、壁から手が生えている位かな‥‥」
「この狭い空間だもの‥‥イイカンジに効いてきたわ。ふふ、今だったら俺もコールやレイに抱きついてもいいかもしれないわ」
「‥‥止めろ、お前が言うと洒落に聞こえん」
 狭い地下道に、煙が立ちこめる。視界も悪く、換気も悪い。銀のダガーや短剣で戦うアルジャスラードも自分の精神力には自信はあったが、大麻を使用して自分がどうなるかなど、試した事が無かった。
 インプを両手に握った短剣で切り裂きつつ、自分の意識がぼんやりとして来たのを感じ取っている。アルジャスラードは、頭を振ると短剣を握りなおした。
「‥‥駄目だ‥‥っ」
 今引く訳にはいかないが、このまま大麻に身をゆだねると‥‥。
 アルジャスラードの様子に気づいたリョーカが、レイに声をかけた。ずっと旅を共にしてきた仲間だ。多少なりと人を見る目を持っているリョーカやレイには分かっている。
「下がれアルジャスラード、正気を失うぞ!」
「レイ‥‥しかしっ‥‥」
 するとメディクスが剣をふるいながら、その先を道の先へと向けた。
「向こうに光がさしている。‥‥風が吹いているんだ、どこかに抜け穴があるのかもしれない。行け!」
 アルジャスラードは、メディクスがさした方向へと真っ直ぐ駆けた。短剣で蝙蝠を切り下ろしつつ、光がさすほうへ‥‥。
 煉瓦造りの壁の隙間に、光が漏れていた。短剣を拳ごと突きつけると、鈍い衝撃が拳に走った。崩れ落ちる煉瓦が、腕をかすめる。
 ざあっ、と風と光が流れ込む。足下を見下ろすと、水があった。そうか、ここは井戸の途中なのか‥‥。
 ようやく、アルジャスラードの意識が和らぎ、ゆっくりと後ろを振り返った。
 風が吹いた事で、コールやふう達の意識もやや楽になった。しかし、大麻の影響が残っているのは違いない。ブルーメを攻撃する手を妨害するように、インプ達が飛ぶ。その後ろで、確実にレーヴェやふうの体力を魔法で奪っていくブルーメ。
「‥‥ブルーメ。麻薬で体を蝕んでまで‥‥あなた、本当にあの悪魔に従っているというの? ‥‥今までの事、全部嘘だったというの?」
 マリの問いに、ブルーメが笑いながら答える。ブルーメの腕が、ずるりと伸びる。自分の体の形を魔法で変え、ふうとレーヴェの首にのばした。ふうとレーヴェは腕をかわし、同時に腕へと剣を薙いだ。
 ブルーメの悲鳴が響き渡る。
 マリの視線が、その腕に何かを捕らえた。翼ある獅子の姿の“印”を。
 体が血まみれになりながらも‥‥笑い続けるブルーメ。
 マリは視線を逸らし、深く息をもらした。
 せめて、静かに眠らせて終わらせたいから。

 高く高く、煙が立ち上っていく。見上げるリョーカの耳に、マリの歌声が心地よく届いている。これは教会と犠牲者達への鎮魂歌。そうマリは言った。
「旅の途中で寄った教会で習った‥‥んだったかしら」
 と答えると、マリは歌を続けた。リョーカは鎮魂歌は、歌える事は歌えるがマリのように本職ではない。
「悪魔に占拠された教会なんて、縁起が悪いものね」
「そんな事ないわ。‥‥そうやって忘れられるより、この方が良かったのかもしれないわ」
 マリは小さく呟くと、井戸の方から戻ってきたアルジャスラードとコール、そしてメディクスへ視線をやる。メディクスは口元を覆っていた外套を下げ、大きく深呼吸をした。
「奥まで壁画が続いていた」
「‥‥で、どうだったの?」
 マリが聞くと、メディクスが中にあったものについて話した。
 この教会の地下にあったもの‥‥それは、やはり壁画だった。
「正本の内容じゃないと思う。書いてあったのは、その後‥‥って感じだったかな。彼らは伝承の事を“カシェ”と呼んでいて、カシェ正本の内容を7つに分けた‥‥という下りだ。その7つそれぞれを書き写してカシェ写本を継いでいる。後は‥‥」
 ゲルマン語よりラテン語の方が得意なメディクスの読みが正しければ、伝承の領主の名前がカーティス。レイモンドと同じだという事くらいか。
「もしかすると‥‥僧侶の聖なる血を使った聖遺物‥‥それを使う者がいつしか使徒と呼ばれるようになったのかもな」
 詳しく調べなければ分からないが、とメディクスは付け加えた。
「あたし、この教会の事は忘れないわ。そして、この事はうたい継ぐの」
「いいんじゃないかしら」
 腕組みをし、リョーカも笑って答えた。
 ‥‥ところで、ふうはどうしたのかしら。そう問いかけるリョーカに、コールが指さした。

 ようやく大麻効果による吐き気が治まったふうは、レイとレーヴェによって縛り上げられたブルーメの襟首を掴み上げていた。
「‥‥あたし等を騙しやがって、笑ってる場合じゃねえぞ!」
「五十嵐、止せ」
 レーヴェに止められ、ふうは手を離した。レーヴェはまだ大麻の影響が抜けきらないブルーメに、静かな口調で聞く。
「ここには、正本は無かったはず。‥‥それほどにあの壁画が意味を持っていたというのか」
「ふふ‥‥」
 ブルーメが笑い声をあげた。
「ここは伝承の地の一つ‥‥。写本が継がれていた地。その写本もここには無かったけれど‥‥だからこそ、意味があったの」
「意味だと?」
 ふうが聞き返す。
「いずれここは、フゥの樹の者で溢れるはずだった。‥‥新たにやって来る者を迎え入れる、庭であるはずだった。‥‥残念だわ、せっかく巧くいくはずだったのに。あの汚らわしい血の鐘も、始末してもらえるはずだったのに」
「‥‥血だと? 血に汚れも何も無い」
 ブルーメに歩み寄り、アルジャスラードが強い口調で言った。くす、とブルーメが笑う。
 あるわ。黒と白が混じり合った世界。混沌の世界が来るのよ。

(担当:立川司郎)