模倣せし鬼〜影に潜む爪

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 63 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月18日〜03月24日

リプレイ公開日:2005年03月27日

●オープニング

 まだ幼さの残る顔立ちの少女一人‥‥。
 ギルドに顔を出したのは、その場に似つかわしくない、上等な服を身につけた少女だった。胸元には小さな宝石がついたペンダントを下げており、荷物らしいものは特にない。
 髪は美しいプラチナブロンド。波打つ髪は頭の上で結び、腰の辺りまで伸びていた。アイスブルーの瞳は、凛とした表情を醸し出している。
 少女はギルド員を見上げると、口を開いた。
「お金は出すわ。だから、わたくしの頼みを聞いて」
 彼女は、ずっと年上のギルド員に、やや命令口調で言った。悪気があるようには見えない。おそらく、誰かに傅いた事がないのだろう‥‥そういう様子だった。
「パリから少し離れた街で、連続殺人事件が起こっているの。その事件の解決を依頼したいのよ」
「‥‥お嬢さん、誰かお父さんやお母さんは?」
 父と母‥‥。少女は少し、表情を曇らせた。
「居ないわ。‥‥わたくしには、誰も信じられる人が居ないの。誰も頼れないの。‥‥レイモンド様にもお願い出来ないのよ、“今”は‥‥」
 レイモンドという名前をどこかで聞いた事がある気がするが、ギルド員はさして気にせず話を続けた。
「でも、ちゃんとお金はあるかな」
「ええ、あるわ。持っている宝石を売れば大丈夫。わたくし、お金を持ち歩く事が無いのだけれど、それでもいいかしら?」
「ええ、まあ、かまいませんよ。‥‥それで、事件が起こっている場所はどこですか」
「‥‥クレルモンよ」
 クレルモン‥‥パリから馬車で一、二日で到着する静かな街だ。そんな街で、一体何故殺人事件が起こっているのだろうか。
 少女は、顔色を曇らせたまま話しを続ける。
「最初は‥‥いつだったかしら。二ヶ月ほど前だといわれているわね。正確な所は、わたくしにはわからない。人の噂では、この二月でもう六、七人死んだらしいわ。それも残忍な手口で‥‥。遺体は二つの手口で殺されていて、一つはバラバラ遺体。もう一つはちょっと特徴的な痣が体中にあるけど、五体満足だと聞いたわ」
「そんなに死んでるのに、どうして領主様は何もしてくださらないんだい」
 当てにならない領主なのか?
 ギルド員の問いに、少女はすう、と笑った。少し悲しそうに。
「‥‥そうね。何かしなければ‥‥ね」
 そう呟くと、少女は胸元のペンダントを、ぎゅっと握った。

 暗くて見えない。
 ゆっくりと歩く男の目的地は、自宅であるはずだった。
 家では、妻がイライラしながら帰宅を待っている事だろう。帰るのが怖いが、帰らないわけにもいかない。だからゆっくりゆっくり、歩いていた。男からは少し、酒の匂いがしている。
 ‥‥どこだろう。笑い声が聞こえた。
 あたりを見まわすと、木々の茂みの向こうに家の明かりがあちこちに見える。街の中にあっても、ここは木々が残された森林地だ。こうして夜足を踏み入れると、人の気配は全く無くなっていた。
 男は少し足を速める。
 どこかで‥‥聞こえる。笑い声が。
 もっと‥‥もっとだ!
 声が‥‥。男が視線をめぐらせる。姿は見えない。強は月も出ていない夜だ、周囲は真っ暗だった。若いの男の声が‥‥。
 そのとき、ぎゃあ、という悲鳴があがった。けたたましい叫び声。恐怖に彩られた声が続く。単語すら出てこない、恐怖の声を上げ続けている。
 男は駆けだした。ここから早く逃げなくては‥‥。
「‥‥早く殺さないと、俺が勝っちまうぜ?」
 笑っていた男の声。続けて、叫び声と重なるようにして、違う笑い男の声が聞こえた。
「嫌だ‥‥嫌だ、僕はそこに居られるだけでいいんだ‥‥母さん母さん母さん‥‥母さん‥‥」
「フン、何時までも母親の事呼びやがって、てめぇムカツク野郎だぜ。てめぇみたいなのが“フゥの樹”に居るのが信じられない。‥‥早く殺しな、勝負は俺が勝っちまうぜ」
 早く早く早く、早く!
 急かすような男の声‥‥。
 聞きたくなかった。男はただ、声もあげずに駆けていた。

●今回の参加者

 ea1987 ベイン・ヴァル(38歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3147 エルフェニア・ヴァーンライト(19歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3855 ゼフィリア・リシアンサス(28歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7210 姚 天羅(33歳・♂・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 食堂とは賑やかな場所であるはずなのに、エグゼ・クエーサー(ea7191)は一人落ち着かない思いをしていた。美味そうに料理を口にする者、仲間と談笑している者、一人で愚痴っている奴。いや、暴れる奴もいる。
 暴れてもいい。むしろ、この空気よりはマシかもしれない。
 エグゼを除き、皆積極的におしゃべりしたり冗談を言い合うような者が、一人も居なかったから。ベイン・ヴァル(ea1987)は、ただでさえ寡黙なのに、マントで顔を隠して黙って聞き役に徹している。深紅の髪のベインと対照的に銀色の髪をした、英国の騎士学校の生徒ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は、ベインと同じ位‥‥いや、もっと口数が少ない。
 マイペースのゼフィリア・リシアンサス(ea3855)は、じっとエグゼの持っている包みを見ていた。
「‥‥これ?」
「あの〜‥‥それ、何なんですか?」
「これは‥‥商売道具だ」
 断じて剣では無い、と言い張るエグゼだが、2mもあるラージクレイモアは、どう偽装しようと無理がある。これを調理道具だと言い張るのならば、いったいこれで何を切り刻むのか‥‥。
 かたん、と椅子が動く音が聞こえ、エグゼとゼフィリアが顔を上げると、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)が立ち上がっていた。ヒルダの視線の先には、まだ幼さの残る顔立ちの少女の姿があった。
 柔らかそうな金色の髪、そして清潔で上等な服。
 その何れもが、このような庶民の足を踏み入れる食堂に似つかわしくは無い。
 ヒルダは彼女の前で膝をつくと、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ウィンダム家オーギュの娘グリュンヒルダと申します」
 ベインが、ちらりとヒルダを見る。少女は、ヒルダを見下ろして口を開いた。
「わたくしはセレス。‥‥こんな所で頭を下げる必要なんて、無いわ。それにわたくしは、礼儀を尽くされるような地位の者では無いもの」
 とは言うものの、食堂の空気が明らかにおかしい。静まりかえっている。
「‥‥場所を変えるか」
 周囲の雰囲気を察し、ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)は立ち上がって皆に声をかけた。
 日が暮れかけた街の路地は人の気配が無い。セレスはどこかに歩き続け、やがて新緑地に足を踏み入れた。ここは、他の所よりなお人の気配が無い。
「ここが、事件があった場所よ。‥‥いえ、起こる場所、と言うべきかしら。昼間にここを、騎士が巡回するの。時々遺体が発見されるものだから、ね」
「彼らと連携を取る事は、可能なのでしょうか」
「‥‥期待しない方がいいと思うわ」
 セレスはそう、微笑を浮かべて返した。騎士は巡回している。それなのに、騎士には頼れないという。姚天羅(ea7210)は、何故領主が出てこないのか、セレスに聞いてみた。
「領主や騎士が何もせず、何故一介の少女のお前が依頼をする。それこそ妙な話ではないか?」
 その件は、他の誰もが気にしていた。エグゼがはたと口を開き、間に入る。
「ま、まあいいじゃないか。無理強いしたって仕方ないし‥‥俺達、会ったばかりなんだしさ」
 姚は、静かな表情でエグゼを見つめる少女の様子に、やはり違和感を感じていた。

 セレスをひとまずゼフィリアとエグゼに預け、ベインと姚がまず夜闇に消えた。市場で聞き込みをするつもりのヒルダとジラは、明日の昼から行動開始。年若いエルフの騎士、エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)は先ほどの食堂で話を聞いていた。
 パリからそれほど遠く離れていないとはいえ、さすがに東洋出身の姚は目立っていた。元より愛想がいい方では無い姚だったから、必要な情報を聞き出そうとすると、どうしても事務的になってしまう。
 すると、道中押し黙ったままであったベインが声色を変え、陽気に喋り始めた。あっけに取られたままの姚をさりげなくフォローしつつ、酒場の店員に話しかけた。
「なあ、さっき他の店員から聞いたんだが、最近この街は物騒な事件が起こっているんだそうだな」
「ああ‥‥あの事件ね」
 あまり話したくなさそうにしている店員に、ベインは酒を勧めた。
「素面で話したくない事なんだろうけど‥‥旅の土産話をくれると思って、聞かせてくれよ」
「ぞっとする話だぜ」
「わかってる、こいつもこう見えて怖がりなんだ」
「恐がっ‥‥。まあいい」
 姚は言い返そうと思ったが、黙って聞いておいた。さっきのベインは幻だったのかもしれない、と思う程の豹変に、いつも以上に姚は口数が少なくなっていた。さっきも同じくらい喋ってやれば、エグゼも居心地悪い思いをせずにすんだだろうに。
「この先の緑地帯に、死体が転がってるのさ。何日かに一回発見される。それも、殺されるのは年よりから若い男まで、様々だ。‥‥か弱い女が殺されるのは分かるがねぇ、男を殺すってのはよほど力があるのか、どうかだか‥‥」
「まだ捕まって無いって事は、誰も見た奴が居ないのか」
「声を聞いた、とかいう話はしてたぜ‥‥誰だったかな」
 姚が聞くと、男が答えた。嘘なんじゃないのかとからかうベインに、男はムキになって言い返す。
「いや、確かこの向こうにあるパン屋の男だ。そう‥‥何日か前に来た時に言ってたんだ」
「人が何人も殺されて何もしない領主、とは一体どんな“御方”だ」
 姚の質問に、男はため息をついて声を潜めた。
 まあ‥‥もう長く無いって話だからねえ。

 どこの街でも、やはり活気が一番あるのは市場だ。ヒルダは上等の服を着て、市場の中を颯爽と歩いた。やや後ろから、ジラが続いている。彼は口数少なく、ヒルダの後を付いて回っていた。
 ヒルダの目的は、ここ最近の街の変化について、何かかわった勢力が介入していないか聞いて回る事。ジラの目的は、依頼でもある事件について聞く事だった。
「‥‥市場に居る女性は、噂好きですからね」
 とジラにヒルダが話しつつ、歩き続ける。ヒルダは市場などでの駆け引きが多少得意だし、ジラも相手の話を引き出すのは、苦手ではない。加えて話が大好きな市場の女達とくれば、自然と話は弾む。
 街の噂は、やはり殺人事件の話で持ちきりだった。彼女達が噂するには、どうやら殺された人物は、数日前から姿が見えなかったらしい。
 続けて話題に上がっているのは、最近リアンコートの領主が殺されたという事件。
 この街での話に関するところでは、領主の病が思わしくないという話など。歩きながら、ジラにヒルダがリアンコートの話をはじめた。
「あのリアンコートの件、私もギルドの依頼で関わっていたのです。エグゼさんともご一緒しました」
「悪魔崇拝絡みだと言っていた、あれか?」
 ジラが聞くと、市場の売り物に目をやりながらヒルダが頷いた。
「はい。たしかフゥの樹と言っていましたか。神父姿の男が現れて、領主を殺していったのです。夫人の方は無事で、裁判にかけられるという話を聞きました。‥‥領地はレイモンド様の支配地になるのですね」
 レイモンドというのがクレイユ、リアンコート、クレルモンの上位にあるシャンティイ領主です、とヒルダがジラに言った。ジラは英国から渡ってきたばかりで、まだこのあたりの事はよく把握していない。
 ふ、とヒルダは笑い、市場を見渡す。
「さて‥‥私はもう少し見て回りますが、ジラルティーデさんはどうしますか?」
 調べておきたい事がある。ジラはヒルダにそう言うと、雑踏の中へと姿を消した。
 ジラが合流したのは、ヴェリタスだった。教会で調べ物をしていたヴェリタスは、調査の後彼と合流していた。
「それで‥‥ディエクエス、おまえはどこに行くつもりだ」
 ジラが聞くと、ヴェリタスは街はずれの方へと視線をやった。そこには、深い森が広がっていた。
「この奥に、今は使われていない監獄があるという。そこに老人が一人、住んでいるらしい」
 ジラは、昔同様の事件が起こらなかったか、古くから住む人間に聞こうと思っていた所だった。
「ならば、俺も行く」
「お前が昔の事件を聞くと言っていたのを思い出してな。‥‥行ってみるか」
 ヴェリタスは無理に向けて歩き出した。

 一方、ヒルダと同じく市場に来たのはゼフィリアとエルフェニアである。堅い性格のエルフェニアだが、今回は市場での聞き込みであるから、それなりに気を遣っていた。
 ヒルダやジラはともかく、まだ十代の二人は、知らない土地で歩き回るには少し目立つ。ゼフィリアは市場で“今度ここに引っ越してくる”と言って聞いて回っていた。
「‥‥で、こっちの子はあんたの何なんだい」
「ええと‥‥エルフェニアさんはエルフェニアさんです。私の友達です」
 ゼフィリアはそう言うと、ぎゅっとエルフェニアの手を握った。つい騎士としての自分が出がちなエルフェニアと違い、のんびりおっとりしているゼフィリアは、街市場の女達に警戒心を抱かせない。
「あの‥‥ゼ、ゼフィリア‥‥」
 姿は街娘の格好をしていても、エルフェニアはゼフィリアのように、特に聞き込みをする際の言い訳を考えて居なかった。街を流せば話が聞けると思っていたから、ゼフィリアが居てくれるのは助かっている。
「すみません、ゼフィリア」
 エルフェニアが謝ると、ゼフィリアがにこりと笑った。
「だって、エルフェニアさんに服の事を言われて、良かったと思いました。これでお互い様ですよ。‥‥ね?」
「ありがとう」
 エルフェニアは街娘らしく、微笑を返した。ゼフィリアはもうそんな事は気にしておらぐ、市場の向こうにエグゼとセレスの姿を見つけて手を振っていた。
 手をひらひらと振ると、向こうのエグゼもセレスの手を引いて人をかき分けてやってきた。

 食堂で飲む安ワインに驚いた顔をしているセレスと談笑するエグゼの会話をうち切ったのは、ヴェリタスの声だった。話をやめて、ヴェリタスの話に聞き入る。
「教会に行って来たが、そこで正確な話を聞く事が出来た。まず遺体が運び込まれる日付だ。最後に運ばれたのが三日前の昼、そしてその前がその七日前。更に前はまた七日前だ」
「デッドコマンドを掛けたと言っていたが」
 ジラが聞くと、ヴェリタスは眉を寄せて首を振った。
「駄目だ、痛みを訴えるばかりだった。それ以外の事は出てこない」
「七日前、と言いましたけど、殺される何日か前に行方が分からなくなるそうです」
 ヒルダが言った。
「決められた日に誘拐されたり殺されているなら‥‥囮になって、おびき出す事は出来ないでしょうか」
「それって‥‥とても危険ですよ、エルフェニアさん」
 ゼフィリアが言い返す。それは承知だ。しかし7日置きに事件が起きるなら、次の事件の日、誘拐される日も予測しやすく、遭遇する確率も高くなる。ヴェリタスは、更に被害者の事と、老人に聞いた話をした。
 まず、被害者の傷についてである。一つが、バラバラに切られた遺体。これは、刃物による傷だ。そしてもう一つが、特徴的な痣。
「それは、魔法か何かではないでしょうか」
 エルフェニアがヴェリタスに答えた。何の魔法かまでは分からないが、少なくとも炎で焼かれた痕では無いらしい。最後に、老人に聞いた話。
「実は、この手口‥‥三十年ほど前に起こった、死臭アスターと呼ばれる殺人鬼の事件に酷似しているそうだ」
「死臭アスター!」
 きょとんとした顔でゼフィリアが、声をあげたエルフェニアを見返す。
「あの、どうかしました?」
 その事件は、エルフェニアも知っている。死してなお森でさまよっていたアスターの霊と戦った事がある。しかし、何故アスターの名前が今出てくるというのか‥‥。エルフェニアが考え込んでいると、酒場で聞き込みをしていたベインと姚が、犯人と思われる声を聞いたパン屋の話を語った。
 今度驚いたのは、エグゼである。
「何っ、フゥの‥‥むぐむぐ‥‥」
「大声を出すな」
 姚に口を手でふさがれ、エグゼは声を出すのを止めた。
「この近辺でそれらしき怪しい連中を見なかったか聞いてみたが、特に思い当たりは無いようだった」
 あれが‥‥謎の神父が悪魔であるなら、確実に殺人鬼の背後に居る。何も語らずとも、それはエグゼやエルフェニア達も感じていた。

 近くまで送ろうというジラに、セレスは首を振った。
 彼女が酒場を出ると、ジラも彼女の後を追った。一瞬遅れて、エグゼも立ち上がる。やはり、気になるらしい。
 ヒルダは軽く息をつくと。口を開いた。
「‥‥護衛を断るのは、ジラルティーデさんやエグゼさんが暗殺される事を恐れているから、ですね。既に何人か暗殺されているようですから」
「だが、事件との関連性は見えてこない」
 姚が言う。明確に事件との関連は見えない。話を聞いた所、彼ら城の人間は人を雇って事件を起こす事よりも、次の覇権を誰が握るか、その事しか頭にないようだから。
「でも、それが利用されるおそれはあると思います。‥‥この地図」
 ヒルダが見せたのは、セレスに頼んで置いた地図である。
「地図とは、ひとたび戦争が起これば貴重な情報源になります。ですから、どこの土地であろうと大切に保管されているはず。‥‥この地図、これほど詳細であれば領主や騎士団が保管していておかしくありません」
「それが分かっていて、頼んだのか」
「はい。‥‥あの子がどれ位の地位に居る方なのか、確かめておきたかったものですから」
 ベインの問いかけに、ヒルダは目を細めた。
 市場でヒルダやゼフィリア、エルフェニアが聞いたのは、領主や城内の支配者に対する不信感だった。ヒルダが、少しずつ小声で話し始める。
「現領主は現在床に伏しています。謁見する事が出来なくなってもう長いようですから、病状は思わしくないと思われます。意識が無い、とも噂されていました。そこで問題になるのが、領主の継承者。彼には本妻が居るのですが、彼女の子は数年前に突然死亡しています。第一の継承候補は、現領主の弟である宰相の、その息子です。十五才になるそうですが、現在は騎士見習いとして城を出ているようですね。次の継承候補としてあがっているのが、遠縁にあたる、現在の騎士長です」
「その人‥‥領主様の奥様と不倫してるって聞きましたよ」
 ゼフィリアが言うと、ヒルダも頷いた。
「最後の候補が‥‥セレスティンという十二才の少女。彼女は本妻の子ではなく‥‥妾の子だそうです。ただし、その妾も生きては居ません。彼女も死亡しています」
「城内は、暗殺合戦‥‥だそうですよ」
 街で殺しが起きているというのに、次の覇権が大事ですか。ヒルダが呟いた。

「ここでいい。早くお戻りなさい、夜道は危険だから」
 セレスティンは大通りまで来ると、足を止めてエグゼとジラに言った。周囲に目を走らせ、ふたたび二人を見つめる。
 少女の姿の遙か向こう側に、夜闇に映える城が見えた。
(担当:立川司郎)