模倣せし鬼4〜魂、鮮血に沈む

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月25日〜05月30日

リプレイ公開日:2005年05月29日

●オープニング

 クレルモン監獄‥‥十数年前までは、凶悪な犯罪者を収容していたその館も、今は立ち入る者もほとんど無く、森の中で朽ちゆくばかりである。
 彼女は、静かに騎馬を返す。地図によれば、廃墟となったこの監獄の横に細い道があり、さらに森の奥へと続いている。監獄と墓場を挟んで反対側の奥にすすんでいくと、ひっそりと小さな小屋があった。
 森の中に逃げた囚人を監視する為の作られた小屋であり、生活するに困らない広さと暖炉が作られている。もっとも、室内の様子は遠目からではよくわからないが。
 これで最後になればいいけれど‥‥。
 セレスティンは、パリの地を踏んだ。

 カウンターの前に立つと、セレスティンは地図を広げた。
「ヒスから聞いた所によると、この監獄の奥にシシリーが居るようね。おそらく、住んでいるとすればこの小屋だと思うわ」
 かなり古いが、セレスが確認した所によると、いくらか修繕されているようだったという。修繕といっても屋根をなおした程度のようだが。
 この際、また一人で様子を見に行ったのか、というつっこみはさておいて。
「方法は二つ。おびき出すか、それとも乗り込むか。どうするかは任せるわ。最終的にシシリーをとらえる事さえ出来れば、私は方法は問わない」
 まだ十二歳の少女は、毅然とした表情で話を続ける。
「‥‥それと、もう一つ相談があるの。今回の件の処理よ。シシリーとヒスをわたくしの指示で捕まえた事にするかどうか‥‥実はお父様のご容体がもう、良くないの。ジェラールの叙勲が終わったら、本格的に後継者選びの為の会議が行われる事になったわ。だから、今回の件を公開するかどうかによって‥‥」
 セレスは少し伏せ目がちに、声を小さくした。
「わたくしの立場が変わるわ。‥‥わたくしはクレルモンの次期領主になりたい。城でのんびりお茶を飲んでいる騎士ではなく、義母さまでもなく、叔父様でもなくて‥‥わたくしやあなた達が彼らを捕まえたの。だから、今回の功績は誰にも譲りたくないのよ」
 きっと、今はおとなしくしている方がいいのね。
 セレスティンはそう言うと、うっすらと笑った。
「さあ、それもこれも‥‥シシリーを捕まえなければ意味は無いわ。でも気をつけて‥‥シシリーは手強いわ。それに、不穏な噂を耳にしたの」
 夜歩きする人が減ったというのに、酒場にめずらしく客が訪れた。見た事のないよそ者の男が三人‥‥彼らは、酒場で酒を買うと、出て行ったという。しかし、町に宿泊した様子は無い。
「シシリーが人を雇ったか、仲間を呼んだかどうかしたのかもしれない。シシリーは人殺しを楽しんでいると言ったわね‥‥わたくし達の様子をうかがって、殺そうと伺っているのかもしれない。ヒスを捕まえた冒険者達を、切り刻む為に」
 かつて鮮血に染まった、クレルモン監獄の奥に‥‥再び、血の臭いが漂う。

 めずらしく、監獄に住む老人はその気配に気づいていた。
 なにせ、この廃墟にふさわしくないモノだったから。
「‥‥何じゃ、このにおいは」
 よい香りが、ふんわりと漂っている。
 誰かが通ったのだろうか。誰が?
 こんないい香りの香水を付けているのだから、きっとお城かどこかに住んでいるんだろう。今日日、騎士や侍女も身なりに気をつけているというから、まあこんな事もあるだろうさ。
 老人はあまり興味を持たず、廃墟の奥へと戻っていった。

●今回の参加者

 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1987 ベイン・ヴァル(38歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3855 ゼフィリア・リシアンサス(28歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7210 姚 天羅(33歳・♂・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 やけに、しんとした夜だった。
 誰もが、これからの戦いを考えて緊張していた。パリから長い間馬に揺られてクレルモンに足を踏み入れると既に日は落ち、夜が訪れていた。
 ひとまず宿を取ると、セレスは、酒場の入り口で後を止めて仲間を振り返った。すう、とグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)が前に進み出る。
「ヒスによれば、シシリーは森の奥に居るとの話でした。ですが、今までにも不意打ちしてきた彼のことですから、後ろから来る可能性が高いと思われます」
「そうですね。‥‥私に襲いかかった時も、シシリーは気配を悟られずに接近し、斬りつけてきましたし、まともに待ち伏せしているとは思えません」
 この中では唯一シシリーに接触している、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)が言った。ニルナはヒス逮捕の為の警戒中、シシリーと接触して斬られていた。傷は深く、一度でニルナの体から自由を奪った程である。
「それで、対峙するのは誰がよろしいでしょう」
 ニルナが、ヒルダに問いかけた。この中だと、最適を選ぶならば歴戦の戦士であるベイン・ヴァル(ea1987)と最強の料理人ともいえるエグゼ・クエーサー(ea7191)、そして若いが剣をよく使うジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)。回復の為にゼフィリア・リシアンサス(ea3855)が同行するのが良いだろう。
 だが、気になるのは3人の不審者。
「おそらく、彼らを前面に押し出した隙に、背後から斬りつけるのではないかと思いますが」
「では、俺達はその辺りを少し調べて来よう。お前達は、セレスを送り届けなければなるまい」
 ヒルダに、ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)が言った。ヴェリタスとベインは、あらかじめその3人について、情報を集めておきたいと考えていた。
「では、4人ずつに別れましょう。私はセレスを送り届けて来ますから、ベインさんとヴェリタスさんは酒場に向かってください」
 ヒルダの案に従い、セレスの護衛には対シシリー戦に向かうジラとゼフィリア、エグゼを加え、ここに残って情報収集をする者は残るベインとヴェリタス、そしてニルナと姚天羅(ea7210)となった。
 夜の街に消えゆく4人。ベインが酒場に入ると、ニルナは足を止めて彼らを見送った。
 あの時の、自分が斬りつけられた夜を思い出す。ニルナは傷跡がある部分にそっと手を触れた。
「どうしたんだ」
 ドアの所で、ヴェリタスが自分を振り返っている。ニルナは笑顔を取り戻し、首を振った。
「何でもありません」
 不安を抱えつつおとずれた酒場は、客が1人、2人。あれでも、夜出歩く者は何人か居るようである。
 ベインとヴェリタスが、酒場の主人に話を聞いている。その間、姚とニルナは周囲を警戒するように見まわした。
「ああ、その話か」
 主人は、思い出すように少しずつ、その日の事を語り出した。
「まあ、何日か前の話さ。この通り開店休業なもんでね。あんた達は最近よく見るからいいんだけどね、そいつらは見た事がなかったもんだから」
「武器装備や格好などで気づいた事があれば、教えて欲しい」
 ヴェリタスが聞き返すと、扉がからり、と開いた。ベインがちらりと振り返る。と、即座に手が剣に伸びていた。
 同時に、彼らが剣を抜いた。入り口付近にいたニルナと姚も剣を抜く。一瞬の間も置かず、ベインが抜きざまに剣を薙いでいた。
 ニルナと姚の間を縫うようにして、剣撃が襲いかかる。ニルナは彼らが盾を所持してない事、軽装である事を確認すると、ベインに続けて剣を振りかざした。
 ニルナの剣先が一人を捕らえ、食い込んだ。姚は一人に剣先を向けつつ、切り上げつつ軌道を変えて切り込む。更に後ろから迫っていた最後の一人が姚に短刀を突きつけたが、姚は剣を引き戻しながらそれを交わした。
 交代に、ヴェリタスの剣が襲いかかる。姚は一人をヴェリタスに任せると、突きつけてきた男の短刀の刃に自分の刃を水平に滑らせて流し、踏み込んだ。
 確かな手応えが、刀に伝わる。刀が鞘に収まる頃には、他の2人も片づいていた。ヴェリタスは、相手をしていた一人の服を掴んで引き寄せる。
「シシリーに雇われた者だな」
「し、しらねぇよ‥‥」
 男が苦痛に顔をゆがめつつ、答える。ヴェリタスは、手をゆるめずに更に問いかけた。
「どこの誰だ!」
「シシリーってのが誰だか、しらねぇって言ってんだろ。くそっ、ひでぇ目にあった‥‥」
 男は仲間見ると、舌打ちした。
 どうやら、本当に何も知らないようである。彼らは金で雇われ、彼から連絡があり次第、自分達を襲うように言われていたらしい。
「ヒトを殺す事に興じるとは‥‥奴と大差ない、快楽殺人者だ」
 姚が冷たく言う。
 ほんの少し前に、シシリーは、裏道で彼らと会っていた。待ち伏せていたのだ。セレスがパリから戻って来るのを。そして、自分達が二手に分かれたのを確認すると、シシリーは彼らを酒場に行かせた。
「では奴は‥‥」
 ヴェリタスが手を離すと、入り口に居たニルナと姚がドアを開いた‥‥。
 と、突然外から何かが飛び込んでニルナにぶつかった。ニルナは軽く声を上げ、それに手を伸ばす。影が二つ‥‥その一つは、しっかりと手を握っていた。セレスの手を。眉を寄せ、泣きそうな顔をした‥‥ゼフィリアだった。
 ゼフィリアはベインの姿を捕らえると、声をあげた。
「すぐに来てください! 皆が‥‥」
 悲痛な声が、酒場に響いた。

 夜の闇を、ひたひた歩いていた。
 セレスを中心にして、シシリーを警戒するエグゼとジラはそれぞれ前後に。セレスの横に、ヒルダとゼフィリアが立っていた。セレスは、領主候補として立つべきかどうか、考え込んでいるようだった。
 ヒルダが、黙ったままのセレスを見て何か口を開こうとした時。
 それは突然やって来た。
 闇から。
 突然に。‥‥ひっそりと。
 誰も、それが接近している事を察知出来なかった。その静かな足音を捕らえる事は出来なかった。気づいたのは、キン、という金属音だった。
 とっさに剣に手をやったエグゼの体に、次の瞬間剣が深々と食い込んでいた。エグゼが言葉を飲み込み、力なく後ずさりをする。
 町中で、誰が剣を抜いて盾を持って歩いているだろうか?
 エグゼは後退しつつ、自身の血が滴る剣に手をかけた。ヒルダも剣に手を掛けている。だがシシリーはその間に標的を変え、ジラに接近していた。
 ジラはオーラソードに頼っていた為、すぐに抜いて出せるものが無い。何も出来ないまま、シシリーの剣は‥‥二人目を喰った。ジラの装甲が、かろうじて致命傷を避けている。
「エグゼさん!」
 ゼフィリアはエグゼに駆け寄って、傷を見た。エグゼの傷は深く、ゼフィリアでは治癒出来ない。うろうろと視線を泳がし、はっとゼフィリアは鞄の中の薬に気づいた。
 エグゼが立てない場合、ヒルダとジラが相手をするしか無い。ヒルダが剣をかざして切り込んだ。
 するり、と剣をギリギリの隙間で縫い、盾でヒルダの剣を受け流すとシシリーは長剣を胸元に力任せに突きつけた。
 剣の半分近くまで、ヒルダの体を貫通‥‥引き抜かれると同時に、血が大量に吹きだした。剣が突かれた、と思った時には、痛みを感じる間もなくヒルダの意識が暗転していた。
 地面に人形のように転がったヒルダの横を、シシリーが抜ける。
 エグゼは、傷も構わず突撃した。
「シシリーっっ!」
 決死のエグゼの剣をシシリーはかわそうとしたが、エグゼの勢いは止まらない。
 ジラはセレスを庇うように立つと、ナイフを構えた。
「行け!」
「ジラさん‥‥」
 ゼフィリアが、悲痛な声を出す。ジラは更に声を荒げた。
「セレスを巻き込む気か!」
 何も言えない。何も‥‥出来ない。ゼフィリアは何も返答を返さずに、かわりにセレスの腕を掴んだ。セレスは何か叫んでいたが、立ち止まる事が許されない事は分かっていた。
 ジラは彼女達が去るのを確認すると、二人の戦いに視線を戻した。
 シシリーはエグゼの次の攻撃は受けずに、軽く体を斜めにして致命傷を避けると、真っ直ぐに見据えた。傷を避けない‥‥その代わりに、シシリーの体はエグゼの、真っ直ぐ前に位置している。
 エグゼの攻撃に隙が出来るのを待つと、シシリーは腕をかざした。シシリーの剣が迫っているのに気づきリュートをかざそうとしたが、傷ついた体でその剣を完全に受け止めきる事が出来ず、再び剣が傷を抉った。
 右腹部から生ぬるい液体が噴き出し、冷たいモノが体を抉る感触が伝わる。
 エグゼの体が崩れた。
「よう。残るは俺とあんただけだがどうする、やるか?」
 ジラは、頼りないナイフだけを手に、あの殺人鬼に対峙していた。
 ‥‥死? エグゼの脳裏に、大切な人がじっとこちらを見上げるあの顔が思い浮かぶ。ヒルダは、剣を握りしめようとしていたが、力が入らない様子だった。
 たった一人に‥‥抜刀状態では無かったとはいえ、ヒルダは一撃で‥‥エグゼも立て続けにダメージを受け、二度目はカウンターで反撃する余力も無く‥‥。
 ジラは、凍り付いたように立ちつくしていた。あのヒルダへの攻撃のカウンター‥‥間違いなく、今自分が仕掛けたら同じように地面に転がる事となる。だが、その時シシリーがくく、と嗤って呟いた。
「来ないのか。じゃあ、俺はあの餓鬼の始末に行くぜ」
「貴様!」
 後ずさりしたシシリーに向け、ジラは思わず掛かっていた。シシリーの剣が唸り、ジラの顔面が真っ赤に染まる。膝をついたジラに、シシリーの声が掛けられた。
「‥‥ヌルいぜ‥‥三人も居て、俺を満足させられないのか」
 シシリーは唇をゆがめて嗤うと、腕の傷をぺろりと舐めた。
「ヒスがペラペラ喋っちまうのは分かってた。なのに、俺がお膳立てして大人しく待っていると思うか? その上お前達に、剣を抜いて魔法を詠唱する隙まで与えてやらなきゃならねぇ理由はねぇな。俺が奇襲攻撃を使うって分かってたはずだぜ。それなのに、接近するこの俺の動きを察知出来るやつが一人もいないとは笑わせる。その上、わざわざ薬を出してからじゃなきゃ回復一つ出来ないなんて、お粗末だな」
 警戒していたニルナの背後に接近した、シシリー‥‥その押し殺した気配。そして、ヒスを陥れ、ニルナに抜く隙も与えず斬りつけた非道。
 セレスに攻撃の手が伸びたのは予想出来なかったにしても、突然の強襲を予想していなければならなかったのだが。
「なんで俺がここに居て夜盗を雇ったと思う。頼まれたからだよ、あの餓鬼を殺せと。どこかの偉いヒトにな」
 シシリーは腰に下げた麻袋を放り投げた。乾いた金属音とともに、貨幣が転がり出る。ふと、シシリーが振り返った。
「おっと、そろそろお暇しなきゃならんようだな。俺も暇じゃないんでね、“狂った狼”を一人調教しろ、と言われているもんでな」
「なっ‥‥待て!」
 止めようとしたジラに、冷たい刃が襲いかかった。

 ベイン達が現場に駆けつけると、そこには血まみれのヒルダを庇うように崩れ、意識を失ったエグゼと‥‥同じく血だまりに顔を突っ込んで昏倒するジラの姿しか、残されていなかった。
 ベインがジラを抱え上げると、彼はかろうじて目を開けた。
「すま‥‥ない‥‥」
 いつもおっとりしているゼフィリアが、涙を流していた。止めどなく流れる、涙。
「ごめんなさい‥‥なにも出来ませんでした。私の力じゃ‥‥」
 戦う皆を支える事すら出来なかった。そればかりか、セレスを連れて逃げ、仲間を連れてくる事しか出来なかった。
 何も出来ない自分を、嗤っていたのだ‥‥あの鬼は。

 重苦しい空気が、一同の間に流れた。怪我人をのせた馬車をゼフィリアに任せて走らせると、セレスは酒場の仲間に合流した。何も語らず、彼らはセレスの顔を見返す。
 セレスは彼らの顔を見返すと、静かな口調で言った。
「わたくしは命を掛けた者を責める言葉は、持って無い。彼らの受けた痛みを、せめて次に生かす事が出来れば、それが反省の全て‥‥そうでしょう」
 負傷した四人がパリへと戻った今、ここには残る4人しか居ない。この状況では、シシリーを追う事など出来なかった。
「シシリーの追跡はまたいずれ‥‥残念ながら、今のクレルモンではそれが出来ませんが」
「俺から、クレイユのコールに手紙を出しておく。奴は次期領主‥‥実質、父のかわりに執政を行っている。以前の依頼で奴の事は知っているから、手紙を出せばレイモンド卿にも連絡を取ってくれるだろう」
 ベインが言うと、セレスはふう、と目を伏せた。
「レイモンド様にはご迷惑をおかけするわね。わたくしが、もっと力を持っていれば‥‥」
「セレス、お前の心意気は認めよう。だが、現状では領主候補として立つのはやめておいた方がいい」
 姚がセレスに、言った。セレスが仲間を見まわすと、やはり皆同じようにセレスを見返していた。セレスが領主として立つのに反対‥‥一致した意見だった。付け足すように、姚が更に続ける。
「俺達はなにも、お前が領主としての才覚が無いと考えているんじゃない」
「そうだな。お前はよくやった。それは俺たちも認めている」
 ベインは姚に同意すると、更に続けた。
「だが、お前は城内では一人きりだ。政とは、いくらなんでも一人では出来まい」
「パリに戻ったヒルダ達も、心配していたぞ。‥‥もし城内に味方の無い今セレスが立つと、暗殺される事になるのではないかと。まだ、その気が無いように見せておいて、しっかり足場を固めてから立てばいい」
 ヴェリタスは、やんわりとセレスに言った。セレスはしばらく口を閉ざした。しかし視線を上げると、きっ、と皆を見据えた。
「味方無き今は、堪え忍ぶ時‥‥。わかったわ、皆の意見を聞いて、今はそのときに備える事とする。でも、時間が無いの」
 フゥの樹が、この地で活動していた事。
 城内で、政権争いが行われている事。
「重要な地位にありながら、不義密通を行う者‥‥息子を領主にせんが為、暗殺を企てる者‥‥対立者の子を暗殺した者。城内には、悪魔が付け入る隙がたくさんある。‥‥分かっていて? もしこの城がフゥの樹に介入されれば、クレルモンの地はフゥの樹に支配されてしまうのよ。わたくしには、時間が無いの。‥‥どうしても引く事は出来ない」
「急がば、回れ‥‥」
 姚の言葉に、セレスが視線を向ける。
「急いでいる時こそ、回り道をするべきだ。着実な根回しと組織作りを行ってからでなければ、全てが灰燼に帰する事にもなりかねない。まずは、ベインの言うように、周辺の領主と連絡を取ってみる事だ」
「ありがとう。わたくし、あなた達にあえて良かったと思う。シシリーは捕まえられなかったけど、きっとわたくし‥‥また必ず尾を掴んでみせるわ。その時は‥‥きっと来てね」
 セレスはふわりと笑った。
(担当:立川司郎)