もう一人の狼〜grand loup
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 40 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月26日〜05月02日
リプレイ公開日:2005年05月02日
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●オープニング
凛とした、冷たく冷静なその気配に老人は顔を上げた。
見知った顔だ‥‥珍しく一人で居るようだが。老人は、その事を彼に問うた。いつも連れが居るというのに、今日は一人でギルドに依頼かね、と。
彼は少しだけ表情を和らげ、頷いた。
「‥‥レイモンド様の頼みでな。もうじきここに、教会からある少女が来る事になっている。その娘を、シャンティイまで護衛して欲しいのだ」
「護衛ならば‥‥フェール、お前さん一人で十分出来るだろうに。馬に乗せれば、シャンティイまでさほどかかるまい」
老人が言うと、フェールは首を振った。
「いや、彼女は重要な物を持っている。だから今回は、いつもの北東に続く街道を通らずに迂回して欲しい。‥‥何が襲ってくるかわからないのでな」
フェールが示した道は、一度北の川まで抜けた後、それから東に真っ直ぐ川沿いの道を取る。すると、余分に半日ほどかかるがシャンティイに到着するという。
フェールは更に半日延ばして、行きに片道3日かけて欲しいと言った。帰りは普通通り2日で戻れば、レイモンドの元へ彼女を送り届けるには十分である。
パタパタと慌ただしい足音とギルドに駆け込み、老人の視線がそちらに向けられる。フェールもちらりと振り返り、声をかけた。彼女はフェールを見つけると、荷物をぎゅうっと胸元に抱え込んだまま、二人の元に来た。
胸元にシンプルな十字架が掛けられており、また服装は麻色のワンピースにローブを羽織っただけの質素な出で立ちだった。
「すみません、お待たせしてしまって‥‥あの、フェールさんですか?」
「‥‥ああ。話は既に済ませた。カレン、君はここでしばらく待って、人が集まったら出発すればいい」
フェールはそう言うと、老人の方を向き直った。
「彼女はカレン・マクファ。レイモンド様の所まで護衛、よろしく頼む」
「え、あの‥‥フェールさんは来てくださらないんですか? ‥‥だって、私一人でこんな大切なものを‥‥」
驚いたカレンが声をあげると、フェールはカレンを静かに見下ろした。
「カレン。今回は隠密行動を要する。‥‥ソレが悪魔に狙われている事は承知しているはずだ。だからこそ、君には十分警戒してシャンティイまで旅をして貰いたいのだ。俺が居る方が目立ってしまう」
「‥‥はい」
ぎゅう、とカレンは荷物を抱えた。荷物は一抱えほどだろうか。中で何か乾いたものが掠れる音が聞こえる。
フェールはすう、と視線を上げてギルドの中を見まわした。それからもう一度老人の方を向き直った。しばらく見ていた後、フェールは荷物から何かを取りだし、それをカレンへと手渡した。
やや厚めの封筒であった。
「それは、到着したらレイモンド様に渡してくれ。‥‥俺はまだ任務があるのでな。ではよい旅を」
フェールがカレンに言って立ち去ろうとした時、老人が声をかけた。
「フェール!」
振り返ったフェールの体に、老人が指をさす。
「剣はどうした。親父さんの剣じゃ」
「ああ、目立つから置いてきた」
フェールはふ、と笑うとギルドをゆっくりとした足取りで出ていった。
●リプレイ本文
その依頼を3人が見つけたのは、丁度彼‥‥フェールが出ていった後であった。
先日の、パリ市内での依頼の報告書を見に来ていたウリエル・セグンド(ea1662)とリーニャ・アトルシャン(ea4159)、そしてユーディクス・ディエクエス(ea4822)の3人は、護衛任務の依頼と、その下に立つ少女を見つけた。
荷物を抱えてそわそわと辺りを見回しているカレン。その横で、赤いの髪の細身の女性が立ってあたりを見まわしていた。ウリエルと、フレイハルト・ウィンダム(ea4668)の二人が移動手段の調達に向かって、もう一刻。
ウリエルはともかくとして、フールが手間取るとは思えない。待たされたあげく、ようやく現れたウリエルとフールが連れてきたのは、荷馬車であった。
シルヴァリア・シュトラウス(ea5512)は、眉を寄せてため息をついた。
「どこまで行っていたの?」
「‥‥荷物‥‥取りに」
ウリエルが指さした、馬車の荷台には何だか分からないが、荷物が積み込まれていた。レイ・ファラン(ea5225)は、その荷物を手元に引き寄せて中身を改める。
どうやら、装飾品のようである。
「商人を装うならば、荷物が無ければおかしいだろう?」
「そんな金をよく持ち合わせていたな」
レイが聞くと、フールは微笑した。
「質は問題では無いよ。それに、向こうについたら売り払うから、元手くらいは戻って来るだろう」
「御者は‥‥俺が‥‥」
馬を操る事に長けているのは、ウリエルとフール。そしてユーディの三人だ。道中は、この三人が交代で御者をする。
レイとリーニャは護衛。マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)とカレン、シルヴァリアは商人。マリー・アマリリス(ea4526)は商人でも僧侶として護衛を通しても、どちらでも問題なさそうだ。
商人らしく見えるように化粧や服装を少し替えてやっているマリに習い、マリーもクレリックとしての服装を改める。
「旅芸人でも良かったですね」
「あら、いいわねそれも」
マリーが言うと、マリとカレンも楽しそうに笑った。
「旅芸人だったら、わたくしは座長でいいかしら?」
シルヴァリアがふふ、と笑いながら言うと、カレンが頷いた。
「今でも、商人の取り締まりとして通じそうですよ。シルヴァリアさん、とても身のこなしが上品ですから」
「じゃあ、わたくしが商人。商売の知識があるフールはわたくしの腹心‥‥といった所かしら。後は護衛と御者ね」
「それではお嬢様、そろそろ行きましょうか?」
フールがもったいぶった口調で聞くと、シルヴァリアはあごを少し上げてフールを見た。
「いいわ、出してちょうだい」
ウリエルは皆が乗り込んだのを確認すると、ゆっくりと馬車を走らせた。
道中での話題は、もっぱらフールのするたわいもない話だった。
時々斥候に出るレイは緊張した面もちだったし、リーニャとウリエルは相変わらず緊張しているのかそうでないのか、あんまり見分けがつかない。
「カレン、きみは恋をしたりするかい?」
「え?」
フールの質問に、カレンは目を丸くして声をあげた。しかし、すぐに沈んだ表情になり、苦笑を浮かべた。
「‥‥私、婚約者が居たんです、半年前まで‥‥。だけど彼は村を守る為に死にました。村に大切な天使像があって‥‥その像と村を、ゴブリンの群れから守って命を落としました。彼は死んでもなおズゥンビとして徘徊していました」
それを手伝ってくれたのが、ギルドの冒険者達だった。
離れた所で聞いていたユーディが、口を開く。
「ヴェリタス兄さんから聞いた事があるよ。ズゥンビになった人‥‥死ぬ直前にカレンさんの事を心配していたって」
「兄さん‥‥って、ユーディクスさんは弟さんなんですか?」
ユーディの兄は、ズゥンビとなった婚約者を探す際、手伝ってくれた冒険者のうちの一人だった。ユーディの兄弟達については、マリやマリー達も会った事はある。
「でも、それから半年も経ったなら‥‥いい人の一人や二人居てもおかしくないんじゃないかしら? まさか、一生死んだ恋人を思って生きる‥‥なんて事は無いわよねぇ?」
シルヴァリアの問いに、カレンは笑顔を取り戻した。
「そうですね‥‥一時は自暴自棄になりましたけど、今はもう大丈夫ですから」
元気そうなカレンを、ユーディは安心した様子で見た。と、同じようにカレンをじいっと見ている視線に気づく。その視線の主は、リーニャだった。ウリエルもリーニャに気づき、同じようにちらりと荷物に視線をやる。
リーニャの視線の正体にいち早く気づいたのは、一番つきあいが長いマリであった。
「リーニャ、食べられないものよ!」
カレンの荷物を見るリーニャに声を上げる。そして深くため息をついた。
「ウリエル、あなた“お兄さん”ならもう少ししっかりしたら?」
「兄‥‥」
確かに雰囲気が似ては居るが、リーニャとは他人‥‥と言おうと思ったが、そのうち、もうそういう事にしておいた方が楽だという結論に達し、ウリエルは口を閉ざしてマリの話を聞いていた。
リーニャも、反論する気配がない。
マリが二人に視線を向け、腕を腰にやると、ようやくウリエルはリーニャの方を向いた。
「リーニャ‥‥あれ、食べちゃいけないもの」
「‥‥食えない‥‥のか」
「向こうに着くまで‥‥油断しちゃ‥‥駄目だ。食べ物は‥‥二番目」
こくりとリーニャが頷いた。
依頼の話を避けるように場の空気をよく調整しているフールの考えを察したのか、皆昼間は深刻な話は避けていた。
昼間ずっと馬車を操っていたウリエルが、カレンの横で寝息をたてている。マリはウリエルと反対側のカレンの横に座ると、静かに口を開いた。
「‥‥レイモンド様の所に届ける荷物‥‥何だと思う?」
マリの言葉を聞いて、レイが口を開いた。
「例のマント領関係じゃないのか?」
「そうかしら‥‥」
マリは前に受けた依頼の事を語っている。レイもマリと同じ依頼を受けていたから、何の話かは理解していた。
「マリー、あなたはあのフェールの依頼に同行した事があるのよね?」
「はい。“神父”とフゥの樹に関連して‥‥麻薬調査ですけども」
フゥの樹と呼ばれる謎の組織、そしてその背後に見え隠れする、神父の姿をした男。
「あたし‥‥あれ、カシェ正本かフゥの樹関係のものだと思うのよ」
カシェ正本は、シャンティイ周辺に伝わる伝承について正確に書かれたとされる本の事だ。それは、七つの写本に分けられた‥‥と壁画にはあった。
「カシェならば、写本の可能性もあるな」
レイが答える。
辺向こうに見えるカレンの荷物に、シルヴァリアが蒼い瞳を向けた。
「昼間わたくしが魔法を掛けさせてもらったんだけど、魔術反応は無かったわ。魔法物品では無いようよ。‥‥やっぱり、あれは偽物なんじゃないかしら」
不機嫌そうにシルヴァリアが言うと、レイは首を振った。
「いや‥‥あれが写本か正本であったら、魔法物品である意味は無いんじゃないだろうか。あれは伝承を‥‥」
と言いかけた時、マリが手を挙げて制した。レイが剣を掴み、ウリエルも目を覚まして剣を取る。
マリーがデティクトアンデッドを掛けた時には、すでにソレは接近してきていた。数体の小さな影が、飛び交っている。彼らは甲高い声を投げかけてきた。
どこに行くんだ? シャンティイか? パリから来たのか?
カシェを持っているのはお前か?
警戒するレイを押し退け、フールが前に進み出る。
「インプに襲われるような覚えは無いが」
周囲には誰も居ない‥‥居るのはインプだけだ。
そうとなると、逃がす訳にはいかない。
テレパシーを使ったフールの指示を受け、リーニャとリーニャとマリが背後に回る。
「出された食事は、残さず平らげろと躾を受けているもんでね。‥‥逃す訳にはいかない」
フールがすう、と笑うと、後ろからインプに向けてリーニャが襲いかかった。リーニャのシルバーナイフが切り裂き、マリのシャドゥボムがインプ達に炸裂する。
もう一体はユーディとレイが。ある程度ダメージを与えた所で、残さずシルヴァリアのアイスブリザードでなぎ倒した。
無言でレイが空を見上げる。
もう、そこに悪魔の姿は無かった。ふい、とリーニャを振り返る。
「斥候に行く‥‥リーニャ、行くぞ」
「‥‥分かった」
ナイフを終うと、リーニャはレイの後に続いた。
どうやら悪魔は本当にすぐ其処まで迫っているようだ。フールは呟くと、首をかしげた。
「ふむ‥‥カシェ関係だというマリの予想は当たっていたようだな。それにしても、あのフェールという男。とても大切なものの護衛を他人に任せる事出来そうにない性格のようだったが」
「俺も‥‥そういった風に聞いた」
「ねえ。彼、何故半日も遅らせるように指示したのかしら。もしかして、わたくし達、敵をおびき出す為の囮にされたんじゃない?」
シルヴァリアの言葉にありえると言う、フール。しかしマリーは否定した。
「フェールさんは、確かに人を信じない所がありました。でも、霧の森の依頼を経て変わっていったと思います。私‥‥考えたんです。悪魔が探しているといっても、誰が持っているのかは分からないはずですよね」
「どういう事だ?」
ユーディが聞きかえす。
「たとえば、悪魔達は近々パリから大事なものが輸送されると知った。ですけど、誰がどうやって運ぶか分からない限り、シャンティイに向かう者全てを襲わなければならなくなります。それは不可能ではないですか? だとすれば、当てのある者を襲おうとするはずです」
「囮としてわたくし達に目を付ける事は不可能だ‥‥という事かしら?」
シルヴァリアは、頬に手をやって小首をかしげる。マリーは首をゆっくりと横に振った。
マリーは、パリから出発するまでの間、自分達が目を付けられたのでは、と言おうと思っていた。が、ここでふとユーディがカレンの荷物に目をつけた。
「悪いんだけど、あの‥‥預かった手紙、見せてもらえないか」
「レイモンド様宛のですか? 開けてしまってもいいのでしょうか」
「封はされていなかったようだよ」
フールが口を挟む。ユーディはカレンから手紙を受け取ると、その中から羊皮紙を取り出した。
我が主へ
これをお読みになったならば、きっと無事カシェ写本が運ばれ、私は任務を全う出来たのでしょう。
何の為に戦うのか、何の為に死ぬのか?
“一人で戦って一人で人探しが出来るとでも思っているのか? それが君の言う騎士道だとでも?”
“父は戦いから幼かった私や母を守り、同じようにして民の為に命をかけて‥‥死にました。ですが、私は父を誇りに思います”
“自分の気持ちに正直になってみるのが一番だよ”
見たことのないモノ。
死者とは思えないスピードで、彼らはフェールの馬に接近した。蹴散らそうとした所に、上空からインプ達が飛びかかり阻害する。手で払おうとしたフェールの馬は、死者に噛みつかれて横転した。
どこかから声がする。
「‥‥写本を渡せ!」
一人で戦った。だが民の為に戦った。今の俺は自分に正直に生きている。
仲間のために命を失う事を、惜しいと思わない。
二体の死者達は、フェールの剣で斬りつけられてなお、怯む事が無かった。全く無反応に、フェールに襲いかかる。その上、そのスピードはズゥンビの域を超えている。空には、インプ達が舞っていた。
どうか仲間達よ、俺が時間を稼いでいる間にもう少しゆっくり歩いて来い。そうすれば、奴らはお前達を見失い、無事シャンティイにたどり着けるから。
最後にレイモンド様、俺の部屋に残した剣‥‥“牙”は、兄に渡して頂けますよう、お願いします。
嫌な予感がする‥‥レイとリーニャが戻るなり、皆は先を急いだ。この手紙、どう見ても遺書にしか見えなかった。シャンティイでは騎士達が町をうろうろしていたし、城でもぴりぴりした空気が漂っていた。
カレンは荷物を抱えたまま、レイモンド卿と面会を果たした。カレンの持っていた荷物。それが、今レイモンドの手によって明かされる。布に包まれていたモノは‥‥薄い木でつづられた本だった。
カシェ写本・五。
「確かに。ご苦労でしたね、カレン」
「あの‥‥それと、この手紙を預かっていたんです」
カレンが、読んでしまった手紙をレイモンドに差し出すと、レイモンドは手紙に視線を落とした。カレン達の顔色から、レイモンドは読んでしまった事に気づいたのかもしれない。
口を閉ざしたまま、じっと見つめ返している。
そこに、扉を開けて騎士が一人入ってきた。騎士はカレン達を見つけ、ちらりとレイモンドを見る。
「かまいませんよ」
レイモンドが言うと、騎士は部屋に一歩入った。
「フェール・クラークの遺体と荷物を回収しました。現在、こちらに搬送中です」
「そうですか‥‥では、すぐにガスパー・クラークの消息を掴んでください」
騎士は了承すると、部屋を退出していった。
しん、とした室内で、マリが口を開く。
「‥‥どういう事?」
レイモンドは、静かに見返している。
「死んだ‥‥フェールさんが‥‥?」
マリーが呟く。一緒に霧の森に行った。冒険者として死んだ、騎士の父について悩んでいた。何の為に戦うのか、何故冒険者として死なねばならないのかと。
「フェールには、囮になってもらいました」
何故フェールが剣を置いてきたのか。そして何故、手紙を自分で渡さず、カレンに託したのか。“同行してくれないのか”と聞くカレンに対して自分は知られているから目立つように答えていたのに、剣が目立つから置いてきた、と答えた‥‥ささやかな矛盾。
それは、自分の命と引き替えの任務だと分かっていたからだった。
狡猾な悪魔を、罠に掛けようというのです。餌は“本物”でなければ食いついてはきません。
フェールだから、餌になれたんですよ。
静かにレイモンドが答えた。
偽物の写本。ただの、薄い木の切れ端。
男がフェールの荷物から探し出したのは、それだけだった。
「くそっ!」
男は、それを地面に思い切りたたき付けた。怒りをあらわに、拳を握りしめて声を震わせる。
「レイモンドめ‥‥よりによって‥‥メテオールの騎士を捨て駒にしやがったのか!」
背後に立つ気配に気づき、男が振り返る。神父の姿の男が、黙って立っていた。
「次期メテオールの騎士団長と言われた男だぜ? 誰が餌にすると思うんだよ! あの野郎め‥‥俺をハメやがって!」
神父は、冷たい視線をフェールに落とす。
棺に入れられたはずのフェールの体が消えていた事に気づいたのは、シャンティイに到着する直前の事だった。
(担当:立川司郎)