もう一人の狼2〜逃げ続ける男

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月16日〜05月22日

リプレイ公開日:2005年05月24日

●オープニング

 剣を手にして、その鋭く冷たく、そして柔らかな瞳を注ぐ。
 レイモンドは、狼の紋章の入った剣をじっと見下ろしていた。声も発さず、それをデスク越しの向こうからカレン・マクファが見守っている。
 カレンは、言いたい事をこらえてレイモンドの言葉を待っていた。
 やがてレイモンドが剣を置いて顔を上げると、ようやくカレンは話し始めた。
「レイモンド様、何故‥‥何故フェールさんは死ななければならなかったのですか! それはそんなに大切なものなのですか?」
「少なくとも、領主としての私はそう決断しました」
 きっぱりと、レイモンドは言い切る。
「カレン、あなたもパリを歩いてきたのならば気づいているはずです。現在パリ近郊で悪魔に関する事件が増えているという事に。‥‥私は悪魔から人々を守りたい‥‥その為ならば、私は感情の一つを犠牲にする事は何でもありませんよ」
「悪魔との戦いは、命を捨て去る事で守る事は出来ません!」
「カレン、あなたを呼んだのはフェールに関する文句を聞く為ではありません。あなたには、次の依頼を受けてもらわなければならないのですから」
 カレンは、レイモンドを睨んだまま口を閉ざした。そうっ、と剣をカレンの方に押し出す。その剣には、狼の紋章がついていた。これは、おそらくフェールが所持していたという剣だ。
「これを、ある男に渡してもらいたいのです」
「ある‥‥男?」
「名前はガスパー・クラーク。フェールの兄です。現在、パリ近郊の村に滞在している事が確認されています。しかし、ちょっとした事情からその村に踏みとどまっていましてね」
 ガスパーは、フェールの義兄である。幼い頃に父親が死に、フェールの母は別のクラウリットという男性と再婚している。ガスパーは、フェールの実の父親の兄の子であった。
 騎士見習いとして一度はレイモンドの元に付いたが、騎士叙勲を前にして逃走。それ以来、彼はのらりくらりとレイモンドの召還を断って逃げ続けているという。
 その上、現在はパリ近郊の村に滞在し、熊退治に精を出しているとか。
「滞在している村に熊が出没するらしくてね‥‥それを退治するまでは村を出ていかない、とこう言うわけです。‥‥本来ならばここでフェールの訃報を知らせるはずだったのですが‥‥カレン、この剣を持ってガスパーに合流してください。ガスパーにフェールの訃報を知らせ、剣を渡し、私の元に来るように言ってほしいのです」
「そ‥‥そんな‥‥でも、ガスパーさんはそれを嫌がっているのでは」
「彼には、一刻も早く狼(ルー)を継いで‥‥クレイユ領の騎士隊を編成して欲しいのです」
 私‥‥と、カレンは口ごもった。
 パリで会った騎士、フェールが自分達を行かせる為の囮となって死んだ事‥‥その事がまだ頭に残っていて離れない。それなのに、次の依頼なんて聞いていられない。
 フェールは囮になって、死んでいった。無惨に獣に囓られた躯は、道端にうち捨てられていた。それなのに次の継承者‥‥?
 そんなのは嫌だ!
 混乱するカレンの手に、剣は押しつけられた。

 ‥‥俺の名前を知りたい? ハッ、止めておきな。俺なんかに惚れたって、いい事はありゃしない。
 ほら、これを見ろ。このボロっちい剣帯‥‥これについている狼の紋章はなぁ、我がクラーク家に伝わるものなのさ。ご大層な印だが、これで驚いちゃならねえ。
 よく聞けよ。
 俺達クラーク家の男は、騎士になると皆“狼(ルー)”と称する。だが、こいつがいけねぇ。この狼を継いだら最後、みーんな早死にしちまうのさ。そうさな、30から33才位かねぇ、よく生きても。
 俺の実父も28才で死んだ。ちっちゃい俺は、親父の弟の家で育てられた。親父が死んで‥‥義父も死臭アスターってのと戦って死んで‥‥俺は怖くなって逃げた。今? 今は義弟が狼(ルー)を継いでいるはずさ。
 まぁ、あいつは堅物の上に冷めた奴だから、めったに死にゃしねぇさ。その頃になったら、狼(ルー)を次のちっこい弟に譲ればイイんだ。そうすりゃ、皆生き残れる。
 賢い考えだろ?
 何で死んじまうのか‥‥言い伝えじゃ、悪魔に呪いを掛けられたんだとか聞くが、そんなの嘘だね。親父も義父も、みーんな自分から進んで戦って死んじまった。これは“血”なのさ。
 俺達大いなる狼“グラン・ルー”は、血と殺戮を求めている‥‥だから早死にしちまうんだ。‥‥でも俺は嫌だね。
 冗談じゃねえ、人殺しをするのも、殺されるのも‥‥俺は怖いから嫌だね。だから逃げて逃げて‥‥逃げ続けるのさ。

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4159 リーニャ・アトルシャン(27歳・♀・ファイター・人間・ロシア王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea5512 シルヴァリア・シュトラウス(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)

●サポート参加者

フラン・ポー(ea7515

●リプレイ本文

 ぼんやりとたき火を見つめる、青い瞳。彼女が何を思っているのか少しだけ“知って”いるユーディクス・ディエクエス(ea4822)は、声をかける事も出来ずに視線をちらちらと向けていた。
 かつて、彼女は婚約者をモンスターに殺されて失い、動ける死人となったその婚約者を倒すという依頼に臨んだ事がある。村を守る為に死んでいった婚約者と、フェールを重ね合わせているのかもしれない。
 沈黙を破るように、すう、と横合いから手が伸びた。たき火を見つめていたカレン・マクファの瞳が、彼女を見つめる瞳をとらえる。猫のような金色がかった茶色の瞳が、カレンをまっすぐに見つめていた。
 リーニャ・アトルシャン(ea4159) は、彼女の目の前にぐい、と保存食の干し肉を差し出す。いい具合に焼けた干し肉が、おいしそうなにおいを漂わせていた。
「食え‥‥。元気‥‥無い」
「‥‥ありがとう」
 カレンはリーニャから干し肉を受け取ると、口にした。ふわりと赤い巻髪が視界に入る。カレンの顔を、シルヴァリア・シュトラウス(ea5512)がのぞき込む。
「不機嫌な顔は、可愛げが無くってよ」
「‥‥あ‥‥はい」
 カレンが無理に笑顔を作ろうとすると、シルヴァリアが笑顔を浮かべた。
「駄目よ、無理に笑おうとしても。哀しい時は哀しそうにしているのが一番だけど、哀しんでばかりじゃ駄目ね」
「そう‥‥だとは分かってるんですけど」
「みんな心の中では哀しんでいますわ。でも、それを口にしないだけで。レイモンド様だって、そうだと思います。でも、フェールさんの命を掛けた行動が無駄にならないように、冷静さを装っているんですわ」
 シルヴァリアのかけた言葉に、レイ・ファラン(ea5225)が視線だけ投げる。
 悲しんでいたかどうかは分からないが、卿の行動が的確であったのは確かだ。それはレイも分かっている。それが納得出来るかどうかを別とすれば、だが。
 なぜ死ななければならなかったのか。カレンは言った。
 なぜ‥‥。それを、皆それぞれ考えていた。マリー・アマリリス(ea4526)はカレンの様子を気遣いながら、それを口にした。
「なぜ‥‥と聞きましたよね」
 カレンが、マリーの方を向く。何の事を言っているのか、わかっているのだろう。
「私は‥‥なぜ死ななければならなかったのかではなくて‥‥死ぬ事がわかっている依頼を、なぜ引き受けたのか‥‥それが知りたいのです」
 何の為に‥‥なぜ死にゆく事を決意したのか。その問いに、仮面をつけて姉とすり替わった、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)がふ、と笑みを浮かべて答えた。
「なぜか‥‥それは今までの彼の行動に、答えが隠されているのではありませんか?」
 すう、と細い肢体が立ち上がる。マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)は、カレンへと手を差し出した。
「行くわよ。‥‥あたしたちには、事実を伝える義務があるの。彼の為にも‥‥立ち止まる事は許されないわ」
 ルー“狼”を継ぐ者‥‥ガスパーがどういう男なのかはわからない。しかし、この手の中の剣と意志を伝える為、カレンは立ち上がってマリの手を取った。

 この剣帯は、我がクラーク家に伝わるものなのさ。
 肩まで伸ばしたセミロングの金髪と、澄んだ青い瞳。その顔立ちは、フェールにやや似ていた。だが、フェールは彼のように軽い口調で語ったりはしない。マリは黙ってガスパーの話を聞いている。少し後ろで、マリとガスパーの話にリーニャやヒルダ達が耳をすましていた。
 マリは、神に仕える身であるマリーや、騎士位にあるヒルダやユーディのように、相手の思慮や本意をうかがう事が得意ではない。得意であったとしても、きっと今は許せなかったかもしれない。
 静かに視線を落とし、長い銀色の髪をもて遊ぶ振りをしながら苛つく気分を紛らわせていた。
「それで‥‥騎士見習いさんが、どうしてこんな所に滞在し続けているの?」
 マリが聞くと、ガスパーは笑って答えた。どこか、空虚な笑い方をしている‥‥そう感じるのは気のせいだろうか。
「熊退治。‥‥ていうのは言い訳だけどね」
「じゃ‥‥熊なんて出てこないの?」
「いや、熊は出るさ。ただ、ふつうならギルドに頼むか、村の男が総出で片付けるだろうな。でも‥‥俺ならタダでいい。飯代と寝床さえいただければ、な」
 マリはうつむいたまま、声を発した。
「‥‥熊退治をしていれば、行かなくていいから‥‥なのね?」
「まあな。卿には悪いが、俺はまだ死に神が怖いもんでね」
 マリはカウンターの下で、拳を握りしめていた。この男がのらりくらりと逃げている間に、その弟が自ら命を投げ出したなどと、気づきもしていない。がたん、と椅子を蹴ってマリが立ち上がった。
「あんたが死にたくない、って思うのは自然な事だと思うわ。だから“一緒に来て”とは言わない。でも、これは受け取ってもらうから」
 マリが振り返ると、横合いから細い手が伸びた。黒い服に十字架を首からさげた少女が、ガスパーに剣を差し出している。ガスパーはその剣に視線を落とし、顔色を変えた。
「‥‥なんであんた達がその剣を‥‥」
「死んだからだ。あんたの義弟が」
 皆の後ろで背を向けていたレイが、顔をちらりとガスパーに向ける。表情をかえず、レイはガスパーに話した。
「レイモンド卿の依頼で、ある重要な荷物がシャンティイに輸送された。フェールは荷物を持った俺達を行かせる為、囮になって殺された」
「馬鹿な‥‥囮だって? あいつは‥‥」
 あいつは、囮になって死ぬような性格じゃない。お互い、受けた依頼はそれぞれの自己責任で行う。自分の仕事は敵を引きつけておく事であって、死ぬ事じゃない。
「だが、死んだ。最後まで、奴らを引きつけて‥‥」
 レイに続いて、ウリエル・セグンド(ea1662)が黙って手紙をガスパーへと渡した。それは、フェールがレイモンドへと宛てた手紙であった。ウリエルの手からひったくるように奪うと、ガスパーが手紙に目を走らせる。
「あいつはめったな事じゃ死なない。‥‥そして、もう一人の弟に引き継げたかしら? あなたが逃げて、フェールから弟に引き継いで、みんなで逃げられた?」
 マリの問いかけに、呆然とした表情でガスパーは手紙を見続けていた。マリーが、そうっと歩み寄る。
「私‥‥フェールさんと少しの間旅をしました。確かに、あなたの言う通り‥‥自分一人で戦っているような人でした。でも‥‥」
 マリーは剣にそっと触れると、眉を寄せて悲しそうに笑った。
「あなたが言うように、血と殺戮を求めて戦っていたとは思えません。あの人が求めていたのは、そうして戦って死んだ父であり、その子である自分自身です。あの人は、きちんと見つける事が出来たんです‥‥“誇り”を」
「‥‥死んじまったじゃないか‥‥結局、あいつも死んだじゃないか」
 焦点の合わない視線でそう言うと、ガスパーははじかれたように背を向けて飛び出した。ヒルダがカレンから剣を受け取り、その後を追って出て行く。
 カレンは顔を両手で覆うと、俯いた。
「私‥‥はっきりと悲しんで欲しかったのかもしれない。苦しんでいるのはわかります。でもたぶん‥‥泣いて欲しかったんだわ。剣を受け取ってもらえなかったら‥‥どうしたらいいの」
「まだ捨てた訳じゃありませんよ」
 マリーは、笑顔を浮かべた。
「ガスパーさん、まだクラーク家の剣帯を持っていました。だからきっと、まだ継ぐ事も家も捨てた訳じゃないと思います」
 ガスパーがボロっちい剣帯、と言った、ルーの紋章のついたもの。マリーは、ガスパーが冗談まじりにマリへ見せたその剣帯を、しっかりと見ていた。
「そうよ、本当に要らないものなら、持って逃げたりしないわ。‥‥ほら、しっかりなさい。フェールの為に‥‥護られた命を、しっかり使わなきゃ」
 マリは、軽くカレンの頬を叩く真似をして、そう言った。

 まだ日が上らぬ早朝、熊退治をすると言って出ていったガスパーに付き添ってレイとリーニャが宿を出ていった。昨夜のうちに、熊が出没するというポイントを聞いておいた二人は、それをガスパーに伝えた。
「熊‥‥リーニャも獲る」
 リーニャがじいっとガスパーを見上げて言った。レイは何も言わないが、同行するつもりで居るようだ。
「どうしても俺を連れていきたいのか」
「あんたが行こうが行くまいが、それはどっちでもいい。選択まで俺達がしてやるつもりは無いからな」
 レイが冷たく言うと、ガスパーは苦笑した。
「はっ‥‥そりゃどうも」
 ガスパーは諦めたのか、森に向けて歩き出した。リーニャ達が調べた所によると、熊は一頭。オスの灰色熊だ。村近くまでやって来ては、畑を荒らしていた。
 本当に熊が出るのか。逃げるんじゃないのか。到着前、マリやヒルダはそんな事を考えていた。そんな二人に、レイは否定を返した。
「あの卿が懲りずに召還命令を出している程の男だ、嘘じゃあないだろう」
「逃げるのと嘘と、差があるとは思えませんがねえ」
 ヒルダ=フールが言った。フールにとって、あの卿、はあまり関係が無いのかもしれない。そう、すり替わっているヒルダではなく。
 ガスパーの剣の腕は、フェールに劣るものではなかった。
 リーニャやレイの動きをよく読んでおり、しかもとにかく速い。避ける事に関してはリーニャも相当速いが、レイはそれほど得意ではない。
 深く皮膚を割いた熊の爪痕が、レイの腕にはくっきりと残っていた。ガスパーはレイにゆっくり近づき、腕を取る。
「あ〜ぁ、やっちまったな。早めに帰って手当しておきな。獣につけられた傷は、すぐ腐っちまう」
「ああ」
 レイは腕に布を巻き付けると、ちらりとリーニャを見た。死んだ熊を連れて行こうとしているのか、引っ張っている。呆れた様子で、ガスパーがリーニャに声をかける。
「おい、そいつを連れていくのは無理だ」
「熊‥‥鍋にする」
「そのデカイ熊を担いで行くなら、見ていてやる」
 冗談なのかそうではないのか‥‥相変わらず表情の読めないレイに言われ、リーニャはしばらく考え込んで、ナイフを出した。そう、切って必要な分だけ持っていけばいいんだ。全部は無理。
「死んでも‥‥糧になる。だから‥‥寂しいけど‥‥悲しくない」
 ガスパーは黙っていた。レイは無言でリーニャの側に寄ると、ぽんと頭に手をやった。リーニャは、何か考え込んでいる様子だ。
「‥‥行くぞ」
 ふい、とリーニャはレイを見上げた。

 熊鍋の用意をしているリーニャ(と鍋)が気になるのか、ウリエルは厨房の方を見ている。しかし、ヒルダがガスパーの所に近づくのに気づいて、側から離れずに彼らの元へと向かった。
 まだ、剣はヒルダの元にある。
 ヒルダより先に口を開いたのは、シルヴァリアであった。
「わたくし達がレイモンド卿から受けたのは、この剣をあなたに渡す事なんですの。ですから、これはあなたのものですわ」
「‥‥そいつは死に神だ。まっぴらごめんさ。そいつを継いだら、みんな死んじまう。‥‥親父も‥‥義父も‥‥あいつも死んだ」
「そうですねえ‥‥確かにあなたの主張通り、フェール君の死は後か先かの問題だったかもしれませんね、彼が選んだ選択ですから。まあ、犬死にでないだけマシだったでしょうか。死にたいならご自由にどうぞご勝手に」
 ヒルダ=フールの言葉に、ウリエルやシルヴァリアの視線が向けられる。しかし、皆黙っていた。ウリエルは、視線をガスパーへと向ける。
「誰が死にたいもんか。‥‥皆、死にたい奴なんか居るものか。あいつだって、死にたくて死んだ訳が無え。俺だって‥‥死にたくないんだよ!」
 低く感情を抑えた口調で、しかしガスパーは手を剣にかけていた。すると、今までフールを装っていたヒルダが、突然拳をガスパーへと叩き付けた。からり、とヒルダの仮面が落ちる。
「そんなに嫌なら、私が継いでやる!」
「ヒルダさん!」
 止めようとするマリーの手を、シルヴァリアが掴んだ。首を横に振ると、マリーが眉を寄せる。
「‥‥私は、逃げるなどという半端を許さない! そんな中途半端な位置で、希望を煽るな。‥‥捨てるか背負うか‥‥ルー“狼”に少しでも誇りと敬意を持っているならば‥‥」
 ヒルダは声のトーンを落とした。
「選べ。‥‥と、妹“ヒルダ”ならば言うだろうね」
 ヒルダは剣をそっとウリエルに渡すと、背を向けた。
 ウリエルはじっと剣を見下ろしていたが、剣を差し出した。
「‥‥これは‥‥ガスパーさんのものだ」
 ガスパーは剣に手を伸ばさなかったが、じっと見つめていた。ウリエルは、剣を持ったまま続ける。
「分かった。‥‥怖いんだ。大切な人が死んでいくのが‥‥怖いんだ」
 父と‥‥義父と‥‥そして、幼い頃から共に育ってきた義弟と。
「俺も‥‥それは耐えられない。‥‥だから‥‥走り続ける。でも‥‥もっと怖いのは‥‥何か出来たかもしれないのに‥‥何も出来ないまま‥‥死んでいく事だ」
「怖いのは、あなたの家族だってそうだったんじゃないかしら。でも、騎士の道を選んだ。それは、ウリエルが言ってる事そのものなんじゃなくて?」
 シルヴァリアが言うと、ガスパーは深く息を吐いた。

 ぽつん、と外に立ったヒルダに、後ろからそっとカレンが近づいた。ヒルダが振り返ると、カレンが仮面を差し出した。ふ、と微笑してヒルダが仮面を受け取る。
「‥‥まだまだ未熟ですね、私も」
「いいえ‥‥そんな事はありません。言ってくださって、ありがとうございます」
「そうねえ‥‥でも少し残念なんじゃない?」
 ヒルダとカレンが振り返ると、ドアの前にシルヴァリアとユーディが立っていた。
「ルーを継げたかもしれないのに。いえ‥‥まだ希望はなくなって無いかしら」
「あの人‥‥戻ってきますよ」
 ぽつり、とユーディが言った。
 ユーディは、柔らかな表情で笑みを浮かべている。
「ああ見えて‥‥あの人、自分の気持ちを誤魔化して生きている。ウリエルさんと聞いてまわって、なんとなくそう思ったんだ」
 子供の相手をしてやったり、剣の使い方を教えてやったり、農具の手入れをしてやったり、時には仕事を手伝う。そんなガスパーの一面が、見えた。
「誰より悔やんでいるのは、きっとあの人なんだ」
「‥‥そうですね。私もそう思います」
 カレンが頷く。
 ガスパーは、黙って剣を受け取ると、翌日村から姿を消した。
 だが‥‥戻って来る。きっと‥‥。

(担当:立川司郎)