孤高の魂〜罠

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 13 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月19日

リプレイ公開日:2005年06月20日

●オープニング

 それは、彼女がパリから帰還した日に起きた。
 喧噪、動揺、そして焦燥感。
 彼女は努めて冷静に受け答えしようとしていたが、相手のペースの巻き込まれるうちに怒鳴り合いになり、愛馬の白い馬を駆って飛び出した。
 しんとした静寂が、戻る。
 それを、じっと見つめていた人影が二つ‥‥あった。
 暗闇の中でしばらく話をすると、一人は馬を連れて外に。もう一人は、中に戻っていった。

 窓辺に立つ影は、月明かりの元で一つの小さな影と話していた。
 長身の影は、緩やかで長い髪を腰まで伸ばし、ほっそりとした体を薄い夜着で覆っている。彼は手元にランタンを持ってくると、かざして読んだ。
「‥‥なるほど。状況は分かりました」
 手紙を横に置くと、彼は小さな影を見返した。影はきょとんとした様子で彼を見つめている。
「それで、どうしますか〜レイモンド様。セレスティン様が、ピンチですけども」
「そうですね‥‥直接介入する事は出来ませんが、何もしないと困った事になりますね」
 少し思案すると、レイモンドは視線を小さな影に向けた。影、シフールの少女はレイモンドの答えを待っている。彼の手紙を各地に届けるのが彼女の仕事だ。
 手紙は、レイモンドの治めるシャンティイの地とも近い都市クレルモンの城に忍ばせていた侍女からのものだった。長い間、レイモンドの元に情報を流している。
「街の噂によると〜、セレスティン様は妾の子だから時期領主候補としては重要視されていないそうです。でも、街の人からは信頼されています。‥‥そして〜、一番有力視されているのが‥‥」
「騎士隊長のルナールですね。彼には正妻のアガーテが着いている」
 レイモンドは答えると、続けて話した。
「そして、現在病に倒れて意識が無い現領主の弟、宰相ラルム。彼は、子が居ないアガーテと違って、正当な血を引いた息子ジェラールが居る」
 すい、と顔を上げるとレイモンドは、息をついた。
 クレルモンはシャンティイと主従関係にあるとはいえ、悪魔がノルマンで活動を活発化している現在、政権争いによる混沌を見過ごす事は出来ない。このまま続けば、悪魔の手に落ちた組織や人間が関与して来るかもしれない。
 その為に、最も領主として適任なのが誰か。
 レイモンドは顔を上げると、ペンを取った。
「少し待っていてください。‥‥パリに行ってもらいます」
「パリ‥‥ですか?」
「そうです。セレスティンを護衛してもらうのです‥‥ギルドに依頼を出して、ね」
 今ならば、クレルモン城内に正面から入れるかもしれない。
 少し、城内の様子を探ってもらいましょうか。レイモンドは呟いた。

 そわそわとした足取りで、男性が部屋を歩き回っている。その側には、五十才程の年齢だろうか。男が一人立っていた。服装からして、神官のようである。
「‥‥ラルム様、少し落ち着きなされ」
「落ち着いてなど居られるか。‥‥セレスティンはどうなった。もう着いたのか」
 ラルムが聞くと、男は首を振った。
「まだそれほど間がたっておりませぬ。‥‥詳細は、また何れ伝えて来ましょう。少し落ち着いて待たれなされ」
 男にそう言われ、ラルムはようやく足を止めて肩を落とした。ゆっくりと椅子に掛け、カップに手を伸ばす。茶は既に冷え切っていた。
 ごくりとのどを、冷えた茶が流れる。すると、ドアの外から声が掛けられた。すう、とドアを開けて中に入って来たのは、一人の使用人だった。
 ゆっくりとラルムの側に寄り、小声を出す。
「ジェラール様は予定通り‥‥。セレスティン様は、街道を南下した所が確認されました。明日の夜にも、アジトに到着するかと思われます」
「そうか‥‥これで明日には安心して眠れるという訳だな。‥‥後は、ルナールの奴さえどうにかすれば‥‥」
 ラルムは笑みを浮かべ、椅子の背にもたれかかった。

 夜が更けていく。
 少女は、マントを抱え込んで、木の下にうずくまった。馬は大人しく側で草を食べている。そっと見上げると、月が照らし付けていた。
 獣道は避ける。
 街道の近くに居る。
 危険が迫った時の為に、横になって眠らない。荷物は手元に置いておく。
 セレスティンは、パリで冒険者達が教えてくれた事を思いかえして、呟いた。明日にはアジトに着く。そこに、ジェラールは居るだろうか?
 ラルムはパリから戻った自分に、ジェラールが居なくなったと言った。ジェラールが姿を消した事、シャンティイからクレルモンに続く街道の山道に出没する盗賊達が、ジェラールを人質に取った可能性がある事。
 彼は、ジェラールがそんな目に遭ったのは、セレスがパリに連れて行ったからだと叫んだ。そればかりか、セレスが意図的に陥れたかのように‥‥。
 何故パリら行った事を知っているのだろう。二人が同時に居なくなったからだろうか? それともジェラールがうっかり父親に、自分と一緒にパリに行くとでも話したんだろうか。
 ともかくも、先日自分とジェラールがパリに行った事にラルムは気づいていた。
 だとすれば、これは罠。
 急がば回れ‥‥だ。仲間達は言っていた。今は忍ぶ時だと。もう少し、ここに居よう。明日になれば、パリに行って‥‥ギルドで仲間と合流しよう。
 セレスティンは、すうっと眠りに落ちていった。

●今回の参加者

 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 木の陰に立っていた小さな影を見つけ、レーヴェ・ツァーン(ea1807)が手綱を引いて声を上げた。その小さな影は六騎の騎影を見て身をすくませたが、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)とジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)が外套のフードを上げると、月下に姿を現した。
 少し、安心したように、表情を和らげている。ヒルダは馬を下りてセレスに近づくと、膝をついた。
「お怪我はありませんか?」
「どうしてここに‥‥?」
「レイモンド卿からの使者がギルドにあってな」
 レーヴェが言うと、セレスは驚いて声をあげた。
「レイモンド卿が?」
「しかしレイモンド卿自身の協力は仰げません。‥‥セレス、でも」
 彼女に怪我がない事を確認すると、ヒルダが笑みをうかべた。
「よく頑張りましたね」
「‥‥この間パリに行った時にジラやヒルダやみんなから教えてもらった、野営の方法を思い出していたわ。‥‥でも、こんな所で一人で野宿なんて、わたくし初めてよ」
 少し汚れた服を見下ろしながら、セレスが苦笑した。
 駆けつけたのは、ヒルダとジラ。そして騎士のセシリア・カータ(ea1643)、サラフィル・ローズィット(ea3776)、レーヴェ、オレノウ・タオキケー(ea4251)という面々。うち、レーヴェはかつてクレイユ領のコールからの依頼を受けた事がある。
「クレイユもフゥの樹の活動が活発化しているようだが、ここもまたそうか」
 レーヴェが低い口調で聞くと、セレスがちらりとレーヴェを見た。
「クレイユも‥‥?」
「クレイユを中心として、現在各地で悪魔の影が見え隠れしている。クレイユ、シャンティィ、クレルモン。レイモンド卿はそれを心配なさっているのだろう」
 レーヴェが言うと、セレスが続けた。
「おそらく、フゥの樹はこのクレルモンを拠点として狙っているのでしょうね。悪魔を相手にするには、叔父様やジェラールは‥‥不安だわ。今回の件も、関連していないとも限らないもの」
 セレスが言うには、盗賊達のアジトはこの近くの山中であるという。
 面が割れていないレーヴェが一人、アジトの場所に向かい、その様子を確認して戻ってきた。
「それほど大きくない山荘だな。アジトとは言っても、常時住んでいるのではあるまい。おそらく、あちこちを点々としているのだろう」
 距離はここから馬で行くとそれほど遠くはなく、道は狭く分かりづらい。
 人数は、表に二人、中にまだ何人か居る様子があるという。
「安全を求めるならば、ここから引き返して城に戻るという選択もある。‥‥どうする、セレスティン」
 レーヴェがセレスに聞いた。黙っているセレスに、ジラが静かに近づく。ふいと顔を上げて、セレスがジラを見上げた。
「俺は一足先に、クレルモンに戻る。少し調べておきたい事があるのでな」
「そう‥‥」
「後は頼む」
 ジラがヒルダを見ると、こくりと頷いた。
 彼が馬を駆ってクレルモンに出立すると、オレノウがふと手を顎にやって口を開いた。
「さて、それでセレスティン嬢。やはりアジトに乗り込んでジェラールの所在を確認するつもりかな」
「そう‥‥ね。そうしなければ、ここまで来た意味が無いわ」
「身分の高いものは、それ相応の義務が生じる。あなたは、それに突き動かされて生きようとしているのだな」
 オレノウの言葉に、かみしめるようにセレスは深く頷いた。
「そうとなれば、嬢を置いてはいけませんな。いざ、賊のアジトへ」
 オレノウは手を差し出して膝をついてみせた。くす、とセレスが笑う。すうとオレノウは立ち上がると、アジトがある山へと視線を向けた。
「さて、問題はそこにジェラール殿が居るのかどうかだな」
「おそらく、私たちギルドの手の元が来る事は予想しているのではないか? ジェラールが居るかどうかは別として、フゥの樹の手の者が居る可能性も視野に入れねば‥‥あのシシリーのような」
 シシリーの名前を聞き、ぴくりとヒルダの肩が動いた。ヒルダ、そしてここには居ないがジラや、あの場に居た仲間にとって、シシリーという名前は特別な意味を持つ。
「シシリー‥‥万端の準備の無い状態で戦いたくはありませんね。それに、今回はシシリーと戦う事が目的ではありませんから。ジェラールが居るのであれば、彼にも危険が及びます」
「ジェラールは‥‥ここには居ないんじゃないかしら。もし今回の件が叔父様の仕業なら、我が息子を危険にさらすような真似をするかしら? もし謀が暴露しても、誰か一人を生け贄の罪人にすれば、叔父様の身は安泰だわ。でも、ジェラールが居なければ意味は無い」
 セレスが言った。
 すう、とサラが頷く。
「分かりました。‥‥では、その賊を捕まえて誰に雇われてジェラール様がどこに居るのか、返り討ちにして尋問すればよろしいのですね」
 周囲の視線が更に向けられる。
 あれ?
 とサラがきょとんと見まわした。
「どうかなさいました?」
「ああ。サラ嬢、貴殿は‥‥さらっと凄い事を言うね」
「まあ‥‥もうしわけありません。わたくし、そのようなつもりでは」
 顔をうっすら赤くして、顔を手で覆った。
 唇の端を引きつらせてヒルダが笑い、手にした仮面を顔にあてる。
 姉と同じ、仮面。さて、ここからはヒルダではなくフール・プディングで。
「その案で参りましょう。‥‥皆さん、後始末も忘れずに‥‥残した獲物が後に化けぬとも限りませんから」
「ヒルダ、お前はそのままで行くのか?」
「むろん。‥‥目立つ事が良策という事もありましょう。‥‥では」
 そうレーヴェに答えると、ヒルダはセレスを見下ろした。
 ヒルダの語った案に、セシリアが先に反対した。
「彼女を危険にさらす事には反対致します。‥‥もし賊が襲ってくれば、あなた方だけで護る事になるのでは?」
「まずは分散させるのです。少数で、なおかつシシリーが居ないのであれば、我々だけでも各個撃破出来るでしょう」
「‥‥どうしてもと仰るなら、私も参ります。私がセレスティン様を護りましょう」
 セシリアの強い口調に、ヒルダは肩をすくめた。

 人影を見つけ、こちらに灯りが差し向けられた。
 ゆっくりと歩いていく。影は3つ。一つは‥‥仮面を付けている。道化か?
 もう一人は小さな人影で、その側にはぴたりと騎士が付いていた。
「やあ、ご苦労さん」
 道化が話した。誰だ、と腰の剣に手をやるが、気にする様子も無い。よく見ると、側に連れているのは縛り上げられた少女だった。
「‥‥どうやら行き違いがあったようだね。まぁ、所詮上のやることなんていい加減なものさね」
「追加が来るとは、聞いてなかったが‥‥」
 と男が、後ろの騎士を見る。
「さあ‥‥あなた達に任せておけない、とのお考えからではないですか?」
 ふ、と微笑を浮かべつつ、騎士が言った。カチンときたのか、男が近づいてくる。
「はっ、それじゃあ偉い人は偉い騎士様と連んでりゃいいじゃねえか。俺たちみたいな山賊五、六人捕まえて金出して、女の子一人殺したぁ‥‥大層な身分なんだねぇ」
「五、六人ですか」
 にやり、と道化が嗤う。騎士は少女の側を離れない。視線が何かを追っていた。ゆっくりと口を開く。
「そうですか。では、私達だけでも十分‥‥相手が出来そうですね」
 すらりとセシリアは刀を抜いた。

 セシリアとヒルダが表に居た二人を始末すると、中に居た残りの四人はオレノウのスリープとレーヴェによって、全て縛り上げられていた。
 剣を置き、そのうちの一人を見下ろす。
「さて、それでは聞かせてもらおうか。ここにジェラールという少年は居るのか?」
「‥‥お前達、何なんだ一体」
 山賊がレーヴェを見上げて聞く。サラは彼らの側に膝をつくと、それぞれの目を見つめた。
「わたくし達は、何故あなた達がこんな所で一人の少女の待ち伏せをしているのか、知りたいのです」
「それを言えば、解放してくれるのか」
 山賊が聞く。ええ、解放しますよ。
 その声に、レーヴェが振り返った。仮面の青年が、にこやかに笑いながら立っていた。

 その頃、ジラは一足先にクレルモンに入っていた。クレルモンに居る情報屋を探す為である。しかし探すとはいえ、なかなか見つけられるものではない。
 当てといえば、クレルモンの酒場しか無い。ジラは剣士としての格好から鎧を外し、外套を上から羽織った。だが、やはり酒場の主人には分かってしまうようだ。
「‥‥また何の用だね」
「すまないな」
 ジラは小さく言うと、グラスを取って酒をあおった。
「情報を流してくれる者を探している」
「やれやれ‥‥あんたは本当にやっかいごとが好きだねぇ。何故だね」
 ジラは黙っていた。主人はため息をつく。
「あの殺人鬼を逃がしちまったそうだな。‥‥まぁ、それでもあんた達はよくやった」
「俺は奴を逃がさない。‥‥絶対に見つけて、あの笑いを止めてみせる。‥‥セレスの側に居れば、その機会が必ずやって来る」
「それだけが理由か? ‥‥嬢様も、あんたのようなしっかりした騎士が側に居てくれりゃあ、安心だろうて」
 飲み干したグラスをすう、と引き下げると、主人が呟いた。
 あの事件のあった緑地帯に行け、と。
 ジラがそっと酒場を抜けてあの緑地帯に行くと、月が出ていた。じっと月を見上げる。いまにも、側にあのシシリーが現れそうな、月夜‥‥。
 と、ジラは腰の剣に手をやっていた。
「ありゃりゃ、あたしを切っちゃダメですよぅ」
 ふわりふわり、とシフールが目の前を舞った。シフールはジラの目の前を行き来すると、にこりと笑った。
「これはいい男。でもレイモンド様には負けるかな」
 ジラは眉を寄せた。

 街道沿いの小さな石造りの山荘。いつもは鍵がかかっており、時折治安維持の為に人が出入りしている。騎士の立ち寄り所にもなっていた。
 ジラは建物が見える所まで来ると、足を止めて振り返った。セレスは、ジラを見上げる。
「‥‥ここにジェラールが居るの?」
「レイモンド卿の使いの調べでは、ここ数日騎士隊に動きがあるらしい。そのうちの一人、ジェラールの面倒を見ていた騎士がこの近辺に出向いている」
 ジラが思ったような民間の情報屋は結局探す事は出来なかったが、城内にも一人二人、レイモンドの手の者が居るという。シフールからは、あえて接触せずに情報のやりとりをする方がいいとレイモンドが言っていた事を伝えられ、結局情報屋は探す事なく引き返してきた。
 セレスは、山荘をじっと見据え、やがて歩き出した。その腕を、セシリアが掴む。セレスは振り返ると、大丈夫、と呟いた。

「ジェラール‥‥」
「セレス、どうしてここに‥‥」
 きょとんとしているジェラールを、厳しい表情でセレスは見つめていた。それから周囲を見まわし、部屋に立っていた騎士の一人を睨み付ける。柔らかい赤い髪をした、女性だった。年齢は三〇才前後だろうか。引き締まった細い体躯に、鋭い目。
「‥‥サリサ、どうしてここに?」
 サリサと呼ばれた騎士は、静かに口を開いた。
「すぐさまジェラールと合流し、街道警備に当たるようとの命令でしたから。‥‥ご存じないのですか?」
「騎士隊でもルナールに継ぐ地位にあるあなたが、見習いであるジェラール一人を連れて? あなたがどこかの派閥に属しているなんて、聞いた事がなかったわ」
「もちろん‥‥そのような事に、私は関心ありませんから。私が尽くすのは、この土地‥‥それだけです」
 サリサはそう言うと、壁に置いた剣を手に取った。
「‥‥お帰りになるのであれば、道中護衛いたしましょうか?」
「いえ、結構よ」
 セレスが身を翻すと、背後からジェラールが声をかけた。
「セレス!」
 無言で部屋を出たセレスに、セシリアがそっと声をかける。
 セレスはむっつりとした顔で、歩いている。
「セレスティン、何故ジェラールに一言掛けなかったのですか? ‥‥ヒルダのさんの言うように、あの場合は声をおかけになるべきではありませんか?」
「‥‥サリサはいいのよ。あの人は本当に後継者争いに全く興味が無い人だから。でもジェラールは、当事者」
 くるりと振り返ると、セレスは皆を見まわした。
「分かる? ‥‥ジェラールはいつもああなの。わたくしがどれだけ命を削っていても、どれだけ心を痛めていても、全然頼りにならない。あなた、確か言ったわよね」
 とセレスがオレノウの方を見た。
「身分の高い者には、それ相応の義務があると。‥‥義務がある事にすら気づかない愚かな連中は、その身分を手にする権利があるかしら」
「セレス」
 諫めるように、ヒルダが名前を呼ぶ。
「わたくし、高望みなんかしないわ。ただ、当たり前にして欲しいだけなの」
「セレス。お前にとっての当たり前が、皆にとっても当たり前に出来るとは限らない」
 セレスはすう、とジラを振り返った。
 ジラが、澄んだまなざしでセレスを見つめている。やがて視線を逸らし、床に落とした。サラは、そんなジラの様子を見て何か察したのか、そっとセレスの手を取った。
「セレスティン様。あなたの御心はとても孤高で気高く咲いています。けれど、それ故はかなく感じます。あなたの苦労は、あなた一人では重すぎます。それを心配している人がいる事を、お忘れなく‥‥」
 そう伝えると、サラは手を離した。
「今しばらく、セレスティン様にはお守りする者が必要かと存じます。‥‥わたくしがおそばに居てもよろしいでしょうか?」
「‥‥わたくしの側に居るのは、危険が伴うわよ?」
「危険だと? ‥‥あのシシリーとフゥの樹はもっと危険な存在だ。今更恐れているのか?」
 ジラがちらりとセレスを見る。
 むろん、頷くはずがない。
「誇り高き貴族を目指し‥‥彼女はいざ戦地へ。美しき騎士と老兵‥‥」
「悪いが、私はまだ老いてなど居ない」
 レーヴェの突っ込みを受けて、オレノウは訂正した。
「練達した戦士に優しき聖女。‥‥それから道化師の仮面を持つ騎士に‥‥復讐を誓いし騎士」
「褒めて頂いたのは光栄ですけど、あなたは何なのですか?」
 セシリアに聞かれ、オレノウはしばし考え込んだ。
「私は吟遊詩人ですよ。このセレスティン嬢の物語を、いずれ謡い広めましょう」
「‥‥道化が二人‥‥になりそうですね」
 手の中の仮面を見つめ、ヒルダが首を少しかしげた。

(担当:立川司郎)