孤高の魂〜領主崩御
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:5〜9lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 63 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月07日〜07月13日
リプレイ公開日:2005年07月14日
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●オープニング
クレルモン城内は、あわただしく人が駆け回っていた。
ずいぶん長い間意識を取り戻す事のなかった領主バーグ・シアンが、ついに息を引き取ったのである。折しも、来月ジェラールの騎士叙勲を控えての事。
普段は仲の良くない宰相ラルムと騎士隊長ルナールも、それぞれ葬儀の準備に協力しあっていた。だが、これが今のうちだけなのは誰もが理解している。
葬儀が終われば、次の領主がだれなのか‥‥いずれ、決着を付けなければならなくなるのだ。
夜遅くまで明かりのともった城の窓辺に、何かがふいと近づいた。
こん、と窓を叩く音に気づき、彼女は窓を開けた。夜の月明かりが照らす中、小さな影が自分を見上げている。ひらひらと手を振り、それはぐるりと彼女の周りを回った。
「泣いてた? もしかして、泣いてた? お邪魔だった?」
「な、泣いてなんかないわ」
「そう。あのね、あたしリィって言うの。レイモンド様の使いよ。よろしく、セレスティン様」
リィはにっこりと笑うと、セレスの目をそっと手で拭いてやった。小さな彼女の手は、セレスの涙でぐっしょりと濡れたが、平然とした様子で窓辺にちょこんと腰掛けた。
「本当にお邪魔じゃなかった? 領主様が亡くなったって聞いたわ。あなたのお父さんなんでしょう?」
「わたくし‥‥お父様とお話した記憶なんか、ほとんど無いの。だから、亡くなったのが悲しいとかじゃないわ」
「じゃあ、全然平気なのに泣いてたの?」
「‥‥町に居る子達は、お父様やお母様とお話ししたり、友達と遊んだりしているのね。何かお祭りがあれば血族で集まってパーティーをしたりするの。‥‥でも、わたくしには誰もいないわ。ジェラールは良い子だけど、それとはまた別よ。‥‥羨ましい」
領主バーグは、彼女の父親である。しかし母は旅の踊り子で、領主バーグに見初められて城に入った。その後、セレスティンを生み、次の子を身ごもっている間に死亡している。
城内では、暗殺されたという噂であった。
それというのも、それよりしばらく前に正妻アガートの子が死亡していたからであった。それもまた、城内の誰かに殺されたという噂がある。
この頃から父は体が悪く、次の領主が誰になるのか、決断を迫られていた。
「レイモンド様からの伝言よ。‥‥あなたにしばらく護衛を付けてやってくれって」
「‥‥護衛?」
こくりとリィはうなずいた。
「一つ。次期領主が決まるまで、セレスティンの身の安全を守ること。二つ。‥‥フゥの樹に関する情報を集めること」
フゥの樹。シャンティイ近郊に出没する、悪魔崇拝団体である。以前、セレスはギルドから来た仲間とともに、フゥの樹のメンバーであるヒスを捕まえた事がある。
そのヒスが、つい先日シャンティイに護送されていた。
だが、ヒスを護送するという情報はフゥの樹に漏れ、結局ルートを調べられてしまった。
「この情報元として考えられるのは、シャンティイかクレルモン。クレルモンで、フゥの樹に関して調べて欲しい‥‥だそうよ」
●リプレイ本文
彼女の来訪に、門番は少し驚いたような表情を浮かべた。
報告書で、聞いてはいる。彼女と同じようにセレスティンの依頼を受けてシシリーを追った男が、門番に相手にされなかったと。それだけ彼らにとって、印象は強いのであろう。
ちらりと、門から出ていくエルフの男が彼女に視線をやる。
「おい、墓場はこっちだぞ」
声を掛けられ、レーヴェ・ツァーン(ea1807)は視線を戻した。
正式に堂々と正面からセレスティンとの面会に望んだグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)とジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)に対して、レーヴェは葬儀の間の手伝いという名目で城の周辺に張り付いていた。
教会から紹介してもらう事の出来たサラフィル・ローズィット(ea3776)と違い、レーヴェは何の手がかりもなかった為、結局葬儀の間の通りの警備やクレルモン教会においての準備などの肉体労働によって隙を見つけるしかなかった。
サラに協力を仰ごうとも考えたが、それではサラに迷惑がかかってしまう。
レーヴェはひたすら駆け回り、葬儀の間のコースの確認をし、その合間を見つけて城に戻ってきた。
さすがに警備は厳しく、騎士の数も多い。
レーヴェが門を抜けようとすると、立っていた門番がこちらを見た。
「おい、どこに行く」
「倉庫に忘れ物をしまして‥‥」
レーヴェが言うと、忘れ物? と門番が聞き返してきた。何を忘れたんだ、どこに置いてきたと聞かれたが、あまり普段慌てる事のないレーヴェは間を置いて考えながら答えていく。
「私も暇では無いので、行ってもよろしいですか」
レーヴェが聞くと、門番が仕方ない、と呟いた。
「ああ、誰か案内を‥‥」
「よう門番さん、どうだい調子は」
拍子抜けしそうな調子で門番に突然男が話しかけた。レーヴェが、話しかけた男‥‥鉄劉生(ea3993)に視線を向ける。
劉生は調子よさげに門番の肩を掴んだ。
「何だ、お前は」
「ヒルダ‥‥お嬢さんの御付で来たんだけどな、あんたどう? 驢馬とかいらない?」
「なんで御付きが商売なんかしているんだ。商人なのか、御付きなのかどっちだ」
「どっちだっていいじゃないか、まあまあ」
その間にレーヴェは、城の中へと入っていった。
レーヴェの目的は、城内にある倉庫を探る事だ。フゥの樹が関わっているなら、大麻がどこかに隠されているかもしれない。とすれば、部屋の中であるよりも、むしろそういう倉庫の奥にあるのではないか‥‥。
そう考えたが、始終人が出入りする倉庫では、落ち着いて捜し物など出来なかった。
倉庫ではない‥‥とすれば‥‥。
ヒルダの考えが正しければ、彼女の手の者が出入りしやすい場所にあるはずなのだが。
バーグの遺体は、礼拝堂の安置台に置かれていた。礼拝堂はセールエルという司祭が管理していた為、現在はめったな事で出入りが出来なくなっている。レーヴェが聞いた所、遺体は教会の地下墓地に安置されるという。
「どうやら、棺の担ぎ手の一人が騎士隊長であるルナール様だそうです。それからジェラール様、あとはセレスティン様と夫人のアガート様は後ろに控えて歩かれるそうです」
人目を気にしながら、サラはレーヴェに話した。城に入り込めないレーヴェは、それを警備の傍らで見かける事になるだろう。
「ルナール様が先頭を歩く事になったものですから、城内ではルナール様が次期後継者となるのではないか、という意見が強くなっています」
「サラ、フゥの樹が関与しているなら、必ず大麻が飛び交う。それらしきものを見つけた場合、知らせてほしい」
「ええ。分かりましたわ」
おおかたの容姿をレーヴェに伝えると、サラは足早に城内へと戻った。
この臨時の間だけ行う仕事は、たくさんある。騎士達は城に戻ってきていたし、クレイユやシャンティイからも人が来るという。夫人やセレスティン、他領からの客の接待や部屋の清掃は任せてもらえなかったが、クレルモンの騎士達の部屋の掃除はサラが行っていた。
その合間に、通り過ぎていく様々な人たち。正妻のアガートは三十才前後だろうか。美しい黒髪と、涼しげで美しい顔立ち。騎士隊長のルナールは、アガーテよりもやや年上に見える。体つきはがっしりとしていて、隊長を務めるだけあって隙が無い。
サラが、侍女達からもっともよく話を聞いたのは、司祭の話である。司祭であるセールエルは、白派の司祭である。しかし、彼の助役は黒派であった。それもまたおかしな話だ。
「ルナール様は、黒派を推しておられるのですわ。ほら、殺人鬼が出たでしょう? あれから、ルナール様とアガート様は黒派の助役カシム様を大層お気に入りですの」
彼女に話してくれた侍女もまた、白派だ。白派であるサラが教会に頼んで入り込んだ部署なのだから当然ではあるが。白派は弟であるラルムと懇意にしているという。
「あの‥‥それでは、領主様の治癒はどなたがされていたのですか?」
「ああ、それはお医者様が居ますわ。もう長い間のことですからねえ」
城の祭儀を取り仕切る聖職者もまた、権力争いの中にあるという訳だ。むなしい人間同士の争いに、サラは深いため息をついた。
白い喪服に身を包み、静かな佇まいで彼女はヒルダを迎えた。ヒルダの横に居るセレスティンには、一瞥しただけ。
「あなたの事は、騎士隊長から伺いました。殺人鬼を捕まえてくれたそうですね」
アガートが言うと、ヒルダは跪いて彼女の元に頭を垂れた。
「ウィンダム家オーギュの娘、グリュンヒルダと申します」
ヒルダが名乗ると、アガートはええ、と答えた。
「セレスティンに、こんなにお行儀の良い友が居るとは思わなかったわ」
嫌みともとれる一言を言い放ち、アガートは更に後ろに視線を向ける。セレスの後ろに立っていたのは、ヒルダの護衛として付いてきたジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)であった。
すう、とアガートが目を細める。
「良いわねセレスティン‥‥グリュンヒルダにジラルティーデ‥‥二人とも、いい名前ね。素敵な人が二人もいて」
「光栄です」
背筋に冷たいものを感じて黙っているジラだが、ヒルダは平常を装って答えた。
「父君を亡くされて、セレスも動揺しているようです。‥‥逃走しているシシリーが彼女を追っているとご存じですか?」
「いいえ?」
「ヒスを捕らえた事を根に持っているのかもしれません。アガート様、どうかセレスティンの事をよしくお願いします。‥‥彼女はまだ子供ですから」
わ、わたしは子供じゃないわ、とセレスが思わず怒鳴った。ふ、とヒルダが笑う。アガートはセレスの頭に手をやった。
「そうね、セレスは私の子も同様だもの。騎士隊長にも、よく言っておくわ」
アガートの言葉に、そっとヒルダが頭を下げた。
彼女には、まだ自分が彼女を疑っていると知られてはならない。ヒルダは彼女にそれとなく、ラルムの話をした。ラルムがセレスティンを襲おうとした事、ジェラールという息子の話。
アガートは、丁寧にヒルダの話に聞き入っていた。
劉生が部屋に戻って来ると、セレスの部屋でジラはむっつりとした顔をしていた。
きょとんとして劉生が二人を見返す。
「どうした、仏頂面して」
「何でもないわ、アガートの顔が怖かっただけよ」
セレスが言うと、ジラが顔をあげた。
「‥‥何だ、あの女は」
「アガートはヒルダとかジラとか、綺麗な子が好きなのよ。あんまり気にしない方がいいわ、気にすると、朝まで付き合う事になるわよ」
「朝‥‥セレス、そういう話は子供のする事ではない」
ジラが怒ったような表情で言うと、セレスは笑ってこたえた。
「だって、あのひとの部屋って私の部屋の斜め上なのよ?」
「なんだ、色恋沙汰か‥‥俺、そういう話はちょっと‥‥」
劉生が頭を掻くと、ジラが声をあげた。
「色恋沙汰ではない!」
ふう、とジラは息をついた。
「‥‥それでセレス、辛い事を聞くようだが‥‥領主の御典医とはどんな人物なんだ」
「お父様のお医者は、若い頃からずっと見てくれている人よ。もう五十過ぎで‥‥毒殺じゃないかと思っているの?」
ジラがこくりと頷くと、セレスが首をかしげた。
「そうね‥‥でもあのお医者様にとって、お父様が亡くなっても何の得もないのよね。むしろ、代替わりして自分の地位が落ちる可能性だってあるでしょう? お父様が亡くなるなら、もっと早くにそうなっていると思うわ」
「うーん‥‥」
腕組みをして、劉生が眉を寄せた。
「‥‥あんたの所じゃ、いつもこんな死んだだ殺しただって話が飛び交ってるのか?」
「そうよ。寝物語みたいなものね」
あっさりとセレスは、劉生に答えた。
静かに、夜が更けていた。
ヒルダは窓辺に行くと、窓を開け放った。
セレスの部屋のテラスは、街が一望出来る。ちらりと振り返ると、セレスは既に寝息をたてていた。劉生は隣室で寝ていたが、ジラは自分の荷物をまとめてセレスの側に椅子をおいて、座ったままそこで寝入っていた。
やや離れた上階の部屋、窓辺に同じようにエルフの男がベンチに掛けていた。声無き問いかけを、投げかける。その先は、ヒルダに繋がっていた。
ヒルダ殿、ようやく静かにあなたとお話する事が出来ましたね。
‥‥そちらの様子はどうなっていますか。
オレノウ・タオキケー(ea4251)が話しかけると、ヒルダはぴしゃりと答えた。ヒルダは、彼と個人的な交流を持とうとは思っていないらしい。
オレノウは肩をすくめた。
「残念だな‥‥せっかくこっちは、いい雰囲気だというのに」
ちらりと視線を、部屋の奥に向ける。薄い布一枚で仕切られたベッドの向こうには、たった数日前に夫を亡くしたばかりの未亡人と、そして将来性のある騎士が一人‥‥。
「どういう事ですか?」
ヒルダが聞くと、オレノウはいいえと答えた。
「エロチズムとは隠される事にあり‥‥といった所であるかな。‥‥いえ、嫁入り前のお嬢様にお聞かせする話しでは無いか」
オレノウは、静かに声を上げた。
竪琴に乗って、オレノウの歌声で部屋に響く。彼の歌声によって、夫人と騎士の情事は隠され(ている、とも思えないが)ていた。
「‥‥オレノウさん、そちらが本命だと分かっていますか?」
「もちろん」
彼女が、アガートを怪しんでいるのは分かっている。様々な状況証拠を考えると、結局アガートしかフゥの樹と繋がっていると思える人物が居ないのである。
ちらりとオレノウがベッドを見る。どうやら、騎士はお帰りのようだ。しらん顔をして歌を続けていると、ルナールは部屋を出ていった。するり、とベッドから細い足が床につく。カーテンの向こうから、髪を下ろした女性の顔が見えた。
「‥‥吟遊詩人さん‥‥お暇かしら?」
って‥‥こういう時はどうすればいいのだろうな。オレノウの呟きに、ヒルダはにっこりと笑った(ように、オレノウには感じた)。
「どうぞ、ご自由に」
「‥‥ええ、歌を歌うほどには」
とオレノウが答えて腰をあげようとした時、ドアの向こうから一人の女性が入ってきた。四十前後の年の、髪を詰め上げた女性だ。表情は穏やかだが、視線は厳しい。
「アガート様、そろそろお休みになった方がよろしいかと」
「あら‥‥アンリエット、そんな時間だったかしら」
アンリエットは、アガートをベッドの方へと誘導した。彼女を寝かしつけると、毛布をかけてやる。それからちら、とオレノウをふり返った。
「もうよろしいですよ」
オレノウは、ちょっと残念に思いながら黙って一礼した。
アンリエット。彼女はアガートの側近中の側近の、侍女長だ。オレノウは、テレパシーでヒルダに伝えた。
オレノウが部屋を出ると、続けてアンリエットは部屋を退出し、呼び止めた。
「‥‥分かっていますでしょうが‥‥アガート様とルナール様は」
「お会いしなかった‥‥」
「そうです」
アンリエットはこくりと頷くと、踵を返した。オレノウが、彼女を呼び止める。
「あの‥‥」
ちら、とアンリエットが顔をこちらに向けた。
「さっきのは‥‥どうすれば良かったんでしょう?」
「ご自由に‥‥ただ、ルナール様に知れて‥‥そのまま永遠に姿をお消しになった方も多い、とお伝えしておきましょう」
くす、とアンリエットは笑うと、闇の向こうへと‥‥廊下を歩いていった。
(担当:立川司郎)