●リプレイ本文
セレスティンが領主の座につくという話は、クレルモンの町中に伝わっていた。その話は、商人を伝ってあちこちの街や村に広がっていく。
レーヴェ・ツァーン(ea1807)は前回と同じく商人達の間を聞き回りながら、大麻の情報について集めていた。
だがそもそも、あちこちを渡り歩く商人は城内の事情には詳しくはない。日常的に城内を出入りしている訳では無いし、そのような商人達にまで大麻の情報が流れていれば、既に騎士隊も把握していておかしくない。
城外で行われている取引もあるのではないか。
シシリーの被害者の間に大麻が広がっている事から、レーヴェは考えた。しかし、やはり表だって情報は流れた様子は無い。
「兄ちゃん、俺達に聞き込みしても無駄だぜ。知ってる奴がいるとしても、どこのだれだか分からん奴に、そんな事を話しゃしないって。そりゃあアンタが、あのセレスティン様やレイモンド様を連れて来るでもすりゃあ、話は別だがなあ」
それもそうだ。
騎士隊についてもこれといった情報は掴めなかった。
結局最後の最後でも、無駄足を踏んだか。レーヴェはため息をついて、路上に立った。
町中はセレスティンが領主となる事により、アガートやラルムの身の振りについて、噂をし合っていた。
よもやラルムを含めて皆が城外に追い出されるとは思えなく、ひっそりと引退するのだとか、セレスティンに謝罪するのだとか言われている。
結局今回も色好い情報を得られなかったレーヴェは、オレノウと合流してアガート達の逃走阻止に専念する事にしたのだった。
セレスティンの戴冠式を控えた城内。力関係が逆転したせいか、城内の空気は一変していた。城内での話題はやはり、ラルムとアガート、ルナールの処遇である。
ルナールを退かせてサリサを隊長に据えるという話は、侍女達の間に広まっている。アガート達をちやほやしていた侍女や使用人等城内の者も、口を閉ざしていた。
グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)とジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は、セレスティンの母親とアガートの子供の死亡について、洗い直す事にした。
まずジラはサリサに同席を頼んで、騎士達に。ヒルダは宰相ラルムと、司祭のセールエルに話を聞く事にした。
当然話す気などないラルムは、セレスティンが領主と決定した今でも、強気の態度は崩さない。ヒルダは執務室にラルムだけを呼び、セレスと二人でラルムに詰め寄った。
「フゥの樹の活動が活発化している事は、ご存じだと思います。私はレイモンド様から、フゥの樹に繋がる者を探し出して処分するように、命令を受けています」
ヒルダがラルムに言うと、ラルムは肩を揺らした。
「あの悪魔崇拝団体か。むろん、わしが領主となっていれば、きちんと対処していた」
「もしも、の話はお止めて叔父様。下らないわ、起こらなかった事をお話になるなんて」
ぴしゃりとセレスが言うと、ラルムは眉を寄せてむっつりした表情を浮かべた。
「わたくしが聞きたいのは、わたくしのお母様とアガート様のお子の暗殺についてよ。以下、まだ色々とあるようだけれど」
「特にアガート様のお子は、当時第一位領主候補だったとお聞きしました。ジェラール様より上だったとか」
ヒルダの言葉に、ラルムが黙る。ヒルダは手を腰にやり、じっとラルムを見据える。
「既に、個別にセールエル司教にもお話を聞きました。当時はセールエル様は助祭であったとか‥‥ある方が口添えなさって司祭の座についたそうですね」
そのある方、という言葉を発しながら、ヒルダがラルムを見る。彼は、がんとして口を割らなかった。そこでまず司祭から落とす事にし、ヒルダとセレスは彼を経由して当時の話を知る者を探し出した。
一方騎士に聞き込みをしていたジラは、セレスティンの母の暗殺に荷担したと思われるルナールとアガートについて調査を進めていった。
次期騎士隊長最有力であるサリサは、長い間政権争いから遠ざかっていたとはいえ、騎士隊の中の派閥については一通り把握している。
まず、当時ルナールに見習いとして着いていた若い騎士を捕まえて詰問した。
ルナールはその当時騎士隊長になったばかりで、騎士隊内でも城内でもあまり発言権が高い方ではなかった。まだ領主が健在であった事もあり、ルナールは騎士としての役目にひたすら励むしか、地位向上の道はない。
しかし、その領主が病に伏し、状況が変わる。若いアガートがルナールを部屋に連れ込むようになり、子が生まれた。城内ではルナールの子であると噂されていた。
また、ラルムは病に倒れた領主を補佐する為に宰相となり、次期領主を狙っている。
「一番手を下しそうなのは誰だ」
ジラがサリサに聞くと、サリサは目を閉じて考え込んだ。
「そうだな‥‥まず城内を出入り出来るものに限られる。当時ラルムもルナールもアガートも、城内で目撃されている‥‥すなわち、彼らが直接手を下したわけではない‥‥という事になる」
となると、やはりルナールに見習いとして付いていた騎士、そして‥‥あの女性の手のかかった者だという事に。
彼らが城内を駆け回っている間、サラフィル・ローズィット(ea3776)は教会に向かっていた。教会で、黒派の動きと大麻の流れについて追ってもらう為であった。何度かの調査で、このクレルモンに大麻が流通している事が判明している。
かつてこの町を荒らし回っていたシシリーの被害者達の間で、精神を楽にしてくれる薬としてひっそりと出回っているらしい。その話を聞きだしたのは、シャンティイ会議に当たって調査をした、ジラであった。
「遺族の方々には、その大麻がどのような経路で入手されているのか教えて頂きました。遺族間で受け渡される大麻は、出所を探る事は出来ませんでした。しかし、それとは別にクレルモンで売り買いされている大麻があると聞きました」
サラが話すと、教会の司祭は首をかしげた。
「しかし、闇取引までは我々も把握出来ないものでな‥‥」
「ええ‥‥。そこでわたくしも考えたのですが、大麻が流通し始めた時期と黒派が活発に活動しはじめた時期、重なるのではないか、と」
サラの言葉に、司祭は眉を寄せた。
「黒派だと? 黒派の目立った者は、城の助役カシム殿くらいだと思うが」
黒派がもし大麻を売っているのであれば、断罪されねばならない。引き続き黒派について調べてもらうように頼んだ後、サラは被害者達の慰問に回った。
術で薬の効果を抜く事は出来るが、それも一時的なもの‥‥。サラは白派の教えを説きながら、町の人達に教会を頼るように説得して回った。
自分が去った後も、町の人達が再び大麻に手を染めないように。
そっと手に押し込まれた指輪を、ジェラールはじいっと見つめた。
「‥‥?」
ジラは、ジェラールを静かに見返す。ジェラールには、彼の様子に変化は感じられない。だが、後ろに立って腕を組んでいる鉄劉生(ea3993)は、何か気になるのかちらりとジラに視線を向ける。
「いつかその時が来たら、お前から渡してやるといい」
「うーん‥‥えっと」
やっぱりジェラールは分かっていないようだ。それを見て、劉生がぷっと吹き出した。
「あんまり考えんな。まあ、どういう意味か分かったら渡しゃいい、って事さ」
「そうなんだ‥‥じゃ、でもずっと分からなかったら、どうしたらいいのかな」
そんな事まで、ジラは保証しかねる。
「まあ、当面は‥‥セレスの周辺に注意してて欲しいって事さ。‥‥アガート達が、セレスの母親殺しに関わってるらしいからさ」
ラルムの話はしなかったのは、劉生の優しさかもしれない。父親が誰の暗殺に荷担したとかいう話を聞くのは、あんまり楽しくは無いだろうから。
ジラは視線を逸らすと、頷いた。
「お前も辛い立場だろうが‥‥いつまでも俺たちがここに居るわけではない。いつでも守ってやれはしないんだ」
この先ずっと見守ってやれるのは、ジェラールだけだ。
ジラはそう心中で呟くと、きびすを返した。
薄々疑問には思っていた。
何故ここ最近、アンリエットの所を訪れるとぼんやりするのか。何故かアンリエットの所に来たくなる、それは何故なのか。
まさか‥‥恋?
なんていう可能性よりまず疑ったのは、サラが調べていた大麻である。自分は大麻に汚染されているのだろうか、オレノウ・タオキケー(ea4251)は大麻にやや詳しい仲間に処置法を聞いたサラに、城で看てもらったりもした。
「大麻に治療薬、というものは残念ながらありません、オレノウさん」
「ない‥‥とは随分きっぱりはっきりと」
がっくりと肩を落としたオレノウ。サラは慌ててふるふると首を振った。
「いえ、あの‥‥効果を体内から抜き去るだけなら、アンチドートを使えばいいだけです。しかし、効果は消えても症状は若干残る、と伺いました。でも‥‥精神的に依存してしまったが最後、この誘惑から逃れるのは難しいとも聞きました」
結局、症状の少ないオレノウが大麻を飲まされているのかどうか、分からなかった訳だが。
オレノウのつれない人は、アンリエットとアガートをギリギリまで捕まえずに逃亡を待つと言っていた。逃亡した所を捕まえるつもりなのだ。
「これをつれない人に渡しておいてくれないか」
そっとオレノウがサラに香水を渡すと、サラは頷いて香水を仕舞った。ヒルダはどうやら、香水の事すら忘れているらしいし。
さて、自分はアンリエットの所に行かねばならない。
念のためにヒルダにテレパシーを繋げているが、オレノウの効果範囲で城内全てはカバー出来ない。
不安を感じつつオレノウがアンリエットの元を訪れると、彼女はアガートと何やら小声で話しをしている最中だった。
ちらりとアンリエットがこちらを見て、話を中断する。室内は、やや片づけられている様子だ。アガートは、あまり楽しそうな表情ではない。
椅子に掛けて、微笑する。
「どうぞ」
アガートに進められて向かいの椅子に掛けると、アンリエットが別室に出ていった。じきに、カップを持って戻ってくる。
ちらり、とオレノウはカップへ視線を落とした。
「セレスティン様が領主となられるとお聞きしました。‥‥てっきり、ルナール様かと思っておりましたが」
オレノウが聞くと、アガートはふ、と唇の端をつり上げた。
「そうね。‥‥でも城内の総意ですもの、仕方ないわ。ルナール様も、これからきっと‥‥セレスを支えていってくれるでしょう」
「ああ、そのような悲しそうな顔をしないでください。貴女にそのような暗い顔色は似合いません」
オレノウが答えると、アガートは目を閉じてくすくすと笑った。
「あら、そうかしら」
横からアンリエットがお茶を入れるのをじっと見つめる、アガート。オレノウは、口を開いた。
「‥‥そういえば、昨今近辺で“大麻”という危険なものが出回っている、と聞きました。元々薬であるはずなのですが、それはとても強い作用を持ち、人を甘美な心持ちに誘うのだとか‥‥それは貴女にとてもよく似ている」
「あら、興味があるのかしら」
アガートに答えよう‥‥としたオレノウのの意識が狭まるのを感じた。二つ三つの景色を一度に見ているような‥‥。
ぐらりと倒れたオレノウを、アンリエットが静かに見下ろす。アガートはため息をついた。
「ちょっと面白い子だったのよ、アンリエット」
「‥‥しかしレイモンドの手の元です」
その時アンリエットの耳に、けたたましくドアを開く音が響いた。
床に倒れたオレノウを見つけ、駆け寄る。アンリエットはアガートを庇いつつ、後ろに下がった。
「何の用です」
「何の用です‥‥ってのはちょっと図々しいだろう?」
劉生はオレノウを抱えると、ぺちぺちと頬を叩いた。どうやらダメらしい。
あーあ、と低い声で息を漏らすとオレノウを床に寝かせる。
「今日の運勢はダメだったから、もしかすると間に合わねえかもしれねえと思ったんだが‥‥まあいいか。主賓も間に合ったみたいだし」
背筋を伸ばし、ちらりと劉生はドアの方を見やった。
ヒルダに促され、ゆっくりとセレスが前に進み出る。
「アガート様、アンリエット。あなた方を拘束させて頂くわ。わたくしのお母様と兄弟を奪ったあなたを‥‥裁いて頂くために」
「憎んでいるのかしら、セレス」
アガートがすう、と目を細める。
「憎んでいるわ。‥‥でも裁くのは憎しみじゃないわ、正当な“法”よ」
セレスはアガートを見据えた。
その日。
アルジャンエールとの攻城戦に向かうシャンティイ騎士団“メテオール”五十名を加えた八十名がクレルモンの城下に揃った。
残った隊員は旅に出ていた者も含めて全て、シャンティイの城に詰めて警備に当たっている。これだけの数がシャンティイ以外の地に見られる事は、ほとんど無い。
町の人々も、城の城門前に整列するメテオールやセレスティンを見る為に、詰めかけた。
微動だにせず見守る隊員の間を抜ける、白い馬車。
窓枠に肘をついたレイモンドは、ちらりと騎士達の向こうに見える人影に目をやった。パリへと引き返す為に騎馬を連れた、ジラやヒルダ達が居る。
ヒルダが深く一礼すると、レイモンドは微かに笑ってゆっくりと頷いた。
城内でセレスと面会したレイモンドは、そこで改めて経緯と今後の事について聞いたという。
「暗殺事件についての調査は、アガートの指示でルナールが若い見習騎士と侍女にやらせた事が判明しました。アガート様のお子に関しては、乳母が関与していると聞きました。乳母は見つかりませんでしたが、当時助役であったセールエル様が荷担したと証言しましたから、間違いないでしょう。大麻の流通経路等は、依然調査中です。おそらく侍女、アガートの招いていた城の商人、そして黒派の牧師達であろうと‥‥」
「そうですか‥‥何事もなく無事にこの日を迎え、領主となれた事‥‥まずは喜びましょう」
レイモンドに声を掛けられ、セレスはほほえんだ。
久しぶりに、心から笑った気がする。セレスは肩の力を抜くと、視線を落とした。
「ありがとうございます。これからもわたくしは‥‥あなたとともに、悪魔との戦いに全精力を尽くすと誓います」
サリサを騎士隊長に据え、セレスの元新体制が発足する‥‥はずであった。
その3日後。クレルモンが陥落したという知らせが入った。
わずかな騎士隊しか持たないクレルモンは、120名ものフゥの樹の兵に抵抗する術などない。
折しもメテオールはアルジャンエールとの戦いに出向いており、片が付いて帰還の途。むろんシャンティイには、出せる残存兵力は無い。
なにより、それは‥‥わずか一夜の事であった。
セレスティン、ジェラール、そして騎士隊のサリサも含め、行方は掴めぬまま‥‥。
(担当:立川司郎)