死守せよ、殺人鬼

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 18 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月23日〜06月29日

リプレイ公開日:2005年07月01日

●オープニング

 おや、いつもより警備が厳しいですねぇ。
 馬車の御者が、街道に立っていた騎士に問いかけた。街道の端にある小さな砦は、いつもは使われていない。しかし、今日にかぎって明かりがともっていた。
 騎士は御者と、後ろの荷馬車をちらりと見る。
 商人が使うには、やや大きめの荷馬車だった。
「どこに行んだ? ここから先の道は迂回してくれるとありがたいが」
「そいつは困った。‥‥急いでいるんですけどねえ」
 うつむき加減で、御者がつぶやく。騎士は苦笑しつつ、御者へと近づいた。
 ガタン。
 何か、蹴ったような物音が聞こえた。荷馬車の中から、荷台をけりつけたような‥‥。
「何か騒いでいるぞ?」
「‥‥ええ。ちょっと‥‥猫がね」

 三人がかりで押さえつけてもコレか‥‥。
 くっ‥‥大人しくしろっ!
 かすかな声が、耳元で喚いている。体の中がざわざわする。
 自分が誰か。
 ここがどこか。
 分からない‥‥何も。
 視界の端に、少女が立っている。少女は淡々と自分の弓を取り出し、矢を番える。視線は、荷台の前に向けられていた。
 この荷台の中と外は、幌で区切られている。だが、少女の目には‥‥見えているのか。外に居る男達が。
 体を駆けめぐる激しい衝動に、思い切り荷台の手すりを蹴りつけた。するといっそう、体を締め付ける鎖がきつく床に縛り付けた。

 ちらり、と御者が荷台を見返す。
 騎士は、ゆっくりと荷台に向かっていった。
 にいっ、と御者は笑みを浮かべる。
「気をつけてくださいよ。‥‥荷台にゃ、猫が居ますから」
「分かった分かった」
 騎士は軽く言った。砦の方から、さらに二人歩いてくるのが見える。
 猫が居ますから‥‥。
「ええ。暗殺者の子猫と‥‥狂った狼ですがね」
 小さな声で御者はつぶやくと、荷台の幌を突然跳ね上げた。
 奴の視線が、自分をにらみつける。狂った狼の視線が。騎士は呆然としていた。目の前の荷台にゃ、鎖で押さえつけられた男が一人と‥‥自分に向けて構えられた弓。
「‥‥お菓子が欲しいか?」
 御者が、男に顔を突きつける。彼の手には、荷台においてあった枯れ草が握られていた。単なる枯れ草‥‥。だが、あの狂った狼には、ちゃんと分かっている。
「お菓子は‥‥こいつらを皆殺しにしてからだ。‥‥離せ!」
 合図と同時に、鎖が解かれた。弾かれたように、男が駆け出す。荷台を飛び降りざまに、腰の剣を抜いた。手前の男には、すでに少女の放った矢が刺さっている。続けて二本、三本。
 少女の矢にあわせて、男の剣が風を斬った。
 ちらり、と御者は荷台の横を見る。
 先ほどの騎士は、まだ息があった。
「さて、こいつにゃ聞きたい事があるからな。‥‥連れて行け」
 狂った子猫と、狂った狼。御者“鬼”は満足そうにそれを見つめていた。

 静かに、窓辺のベンチに腰掛けて彼は話しを聞き続けた。
 よりによって、彼の支配下にある領土で、このような事件が起ころうとは。シャンティイ領主レイモンドは、深くため息をついた。
 報告によると、殺害されたのは街道警備にあたっていた騎士四名。そして彼らの命を受けて街道警備をしていた近隣の守備隊員が六名。
「うち一人は、少し離れた場所で発見されました。大聖堂の神聖騎士を派遣して、死体から魔法で聞き出した所‥‥いくつか分かった事があります」
 騎士が、レイモンドに報告を続ける。だが、彼の表情はあまり芳しくない。
「‥‥少なくとも、3名挙がりました。一人は、弓を持った少女。もう一人は御者。こちらは正体がよく分かっていません。‥‥最後に」
 騎士がレイモンドの顔を見る。レイモンドは、静かな頷いて、先を促した。
「‥‥最後は‥‥フェール・クラークです。彼らを殺害したのは、フェールと少女と思われます」
「‥‥そうですか。どうやら、彼らは情報を得ていたようですね。‥‥近々、クレルモンから彼らの仲間がシャンティイに輸送されるという事を。輸送経路の選抜はどうなっていました?」
「はい、一つはクレイユを経由した主街道を通る最短ルート。もう一つは、クレルモンの西にあるムイ砦を経由した迂回ルート。最後に、ガスパーが派遣されている東のアブリテを経由した迂回ルートです」
 地図を見ながら、レイモンドは考え込んだ。
 事件があったのは、ムイ砦を経由したルートの途中の砦。主街道のクレイユルートを通す事も出来るが、襲撃があった際、民間人を巻き込みかねない。
「主街道とアブリテの東ルートに騎士団から二隊派遣なさい。街道周辺の守備隊も協力を仰ぎ、街道警備を強化するように。残りはシャンティイ防衛。輸送は囮を使って三ルートとも同時に動かしてください。本物は‥‥西ルートで。おそらく、フェールと少女はここに出没するでしょうね‥‥残りはシシリーと‥‥イングリートといった所ですか」
「では、西ルートの防衛はどうするのですか! 西ルートに騎士団を派遣してください。フェールに手を下すのは‥‥騎士団に任せてください!」
「いいえ。‥‥前はフェールを囮にしましたし‥‥様々な要素を考えると、騎士団を西ルートに派遣するのは得策ではありません。西ルートはギルドに頼みます」
 騎士達は頭を振った。フェールは元々自分たちの仲間。だったら、自分たちで始末をしたい。そういう思いがあった。その上、西ルートは本ルート。
 しかしレイモンドの意志は揺るがなかった。
 そして、ギルドに使者が入る。

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ラックス・キール(ea4944

●リプレイ本文

 クレルモン。シャンティイの北にある、城下町である。クレルモンの騎士、そしてシャンティイのメテオールの騎士達が合同で準備に当たっていた。
 クレルモンの騎士達はともかく、シャンティイ“メテオール”の騎士達は、ちらちらとこちらを見ていた。それに気づいた、本多風露(ea8650)が静かに黒い髪を揺らして一礼する。騎士達は、それに気づいて、すうと視線を逸らした。
「ほら、準備が先やで」
 軽い口調で源真霧矢(ea3674)が風露に声をかける。風露は振り返ると、馬車の荷台前でロープを持っている霧矢の所に戻って来た。
 騎士隊から借り受けた馬車は、霧矢が自分で改良している。幌はしっかりと荷台を覆うようにし、馬具も良いものを使わずに出来るだけ商人の荷馬車に見えるようにした。
 霧矢自身、いつもの和装から洋装に変えている。また、ヒスが入る牢は木製の箱にした。さすがに閉じこめたままにすると息苦しくなってしまうから、隙間を空けた箱にしてあるが。
 服装に気が回らなかった風露は、霧矢が洋装に変えてきた事を知って、自分も御者が着るものを借りてきた。
 風露とウリエル・セグンド(ea1662)の二人が交代で御者をする為、和装だと目立つという判断からである。
 ユーディクス・ディエクエス(ea4822)と霧矢の3人は護衛として乗り込み、マリー・アマリリス(ea4526)は商人の小間使い。残るフランシア・ド・フルール(ea3047)は巡礼者としてセブンリーグブーツで追いかける。サーラ・カトレア(ea4078)は特に何も考えてきていなかったので、霧矢達に商人という事にしてはどうかと提案された。
 また、シャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)はすこし後ろを馬に乗り、旅姿で尾行する事にしていた。
 いつもの黒い装束の上から外套を羽織った姿のフランシアは、馬車の後ろをちらりと見た。運ばれていくヒス・クリストファは大人しくしているようだ。
「悪魔崇拝などという愚かものを護るなど、価値無き事ではありますが‥‥強敵に相対するという試練をお与えくださったことに感謝します」
 胸元の十字架を握りしめ、静かにフランシアが目を閉じる。フランシアは黒派。だが、ウリエルはフランシアの言葉に、珍しく速く反応を返した。
「悪い‥‥俺‥‥感謝、出来ない」
「まあ、この姉ちゃんは黒の信仰やし、別にフェールの件が良かったとは思うてへんて。あんたも気ぃ付けて行きや」
 霧矢はフランシアを庇うように、ウリエルの肩を軽く叩くと、フランシアは一礼をすると、馬車から離れた。自分の愛馬の馬具を点検していたシャルロッテも、馬に乗って手綱を取った。

 フゥの樹。シャンティイ近郊で暗躍する、悪魔崇拝団体である。それがはっきりと確認されたのは、リアンコート領主が冒険者達によって捕縛された一件があってからの事である。
 また、ヒスもフゥの樹の一員であった。このクレルモンにおいて、ヒスとランズ・シシリーの二名は殺人を繰り返し、結果ヒスは捕まった。
 シシリーは、彼を追っていた冒険者達三名を血の海に沈めて逃走。已然として行方は掴めていない。
 フランシアが、シャンティイの使者に聞いた所によると、その情報の詳しい所は知らされていないという。
 そのほとんどは、レイモンドによりギルドに依頼が出され、シャンティイ騎士団“メテオール”は街道警備や城内に詰めているらしい。
「フェールなる者が確認されたそうですが、ご存じではありませんか」
 フランシアが聞くと、使者は顔色を曇らせた。
「ああ、メテオールの騎士だった人だな。愛想は良くないが、熱心でいい人だったよ」
 フェール・クラークと謎の少女。特にフェールの顔は、マリー以外よく判別が出来ない。ウリエルやユーディは一度顔を見た事があるらしいが、判別できるという程には覚えていない。
 フランシアはフゥの樹に関する依頼には顔をあまり出した事が無い為、相手から覚えられては無いが、かわりに自分も相手を認識出来ないであろう。
 ただでさえシシリーの一件が噂として広まる一方だというのに、更にメテオールの騎士であった男が殺害を繰り返していると知ると、人々の動揺はいかばかりであろうか。
 これも、神の試練‥‥。
 フランシアは、クレルモンを後にすると仲間の後を追った。

 出発して一日目、風露の御する馬車は何事もなくムイ砦を過ぎた。クレイユ手前で、夜を明かす為に馬車を停める。
 マリーは、簡素ながらサーラと風露が作った料理を持って、ずっと閉じこめられたままのヒスの所へと向かった。
 ヒスは、あれからずっと箱の中であったが、騒ぐ事もなくじっとうずくまっていた。
 痩せた、背の高く若い男だ。
 最初マリーは女性だとばかり思っていて、荷台に運ばれる際にヒスの顔を見て驚いてしまった。おどおどとした態度で、とても何人も人を殺したようには見えなかった。
「どうぞ、ヒスさん」
 マリーが優しい口調でヒスに皿を差し出すと、ヒスがじいっとマリーの目を見つめた。
 にこりと笑顔を向ける、マリー。
「‥‥あ、ありがとう」
 ヒスは皿を取ると、食事を口に運んだ。無言でその様子を見ているマリーの横に、いつの間にかシャルロッテが立っていた。
 鋭く静かな視線が、ヒスを見つめている。
「ヒス・クリストファとおっしゃいましたね」
 ヒスが、ちらりと顔を上げる。マリーが心配そうにシャルロッテを振り返るが、彼女は言葉を続けた。
「報告書は拝見しました。‥‥あなたは沢山の人を殺したと」
「‥‥血‥‥」
 血?
「‥‥だって、血が‥‥沢山出たんだ。僕が歩いていたら‥‥みんなで、お母さんは帰ってこないんだって僕に言うんだ。だから‥‥死んで無いって言おうとしたら、血が‥‥血が沢山出た‥‥」
「‥‥血の話はもういいですから」
「血が怖かったんですね。お母さんが帰って来ると‥‥フゥの樹に言われた。帰ってきて欲しかっただけなんですね」
 シャルロッテに反して、マリーは彼の言葉を受け止めるようにそう話した。
 ヒスの心の闇は、とても深い。今彼を否定する言葉は、逆効果だ。
 荷台から降りると、マリーはシャルロッテに話した。たき火の側で同じく食事を取っていたサーラが振り返る。
「どうでしたか、ヒスさんの様子は」
「ええ、大丈夫ですよ」
 マリーが答える。
 シャルロッテは、もう一度荷台を見返すと、息をついた。
「何故‥‥彼はこのような事をするのでしょうか。フェールさんは満足なのでしょうか」
 シャルロッテが呟くと、ウリエルがぽつりと口を出した。
「フェールさん‥‥何か理由があると‥‥思う」
「そうですね‥‥私も、彼は自分の意志ではないと思います」
 ウリエルとマリーが言った。ウリエルはフェールが行方不明になる事になる依頼に、マリーはフェールがレイモンドの依頼によって関与した霧の森の事件に関係している。
 この中では、マリーが一番よくフェールを知っている。
「囮になって‥‥俺たちを庇ってくれた」
 パリからカシェ写本を運ぶ依頼で、レイモンドが下した作戦。騎士団であるフェールを囮にして、冒険者達にカシェ写本を託すというものであった。結果、フェールは命を落としたが、遺体が運ばれる途中、こつぜんと姿を消した。
 一方マリーは、別件でフェールと何度も会った事があった。
「私は、霧の森にあるという大麻をフゥの樹が採取し、栽培している件でフェールさんと知り合いました。‥‥もしかすると、大麻が何か関係しているんじゃないかと思って‥‥」
「大麻‥‥って、何?」
 霧矢が聞く。この中のほとんどは、幻覚作用の強い植物としての大麻は知るまい。
「霧の森に生息していると言われている、幻覚作用の強い植物です。一度その作用に当てられた人を見た事がありますけど‥‥一度その効果を知ると、また手を出してしまう‥‥強い精神依存を生じるそうです」
「マリーさんやウリエルさんの言うように‥‥俺も何かあるんだと思う。もし余裕があったら、調べてみてもいいかもしれないね」
 ユーディが言うと、一同は深く考え込んだ。
 余裕が‥‥あるだろうか。

 それに最初に気づいたのは、フランシアであった。
 行けども行けども、彼らの馬車が見つからない。
 仕方なく、フランシアは道中商人達の馬車にお世話になり、聞いてみる事にした。
 巡礼中のクレリックには、商人たちも心優しく対応してくれた。
「‥‥馬車?」
「はい。大変お世話になった方です故、一言お礼申し上げたいのです。少し大きめの馬車なのですが‥‥そう、ジャパンの方が御者をしておりました」
 彼らは首をかしげた。
 他でも聞いてまわったが、どうも見あたらない。途中まで居たのは、間違いなさそうだ。
 どこかではぐれてしまったとしか、思えない。しかし自分の進む道が間違っていないのは、フランシアはしっかり確認していた。

 迷子‥‥?
「‥‥あれ‥‥」
 ふと、ウリエルが声を出した。
 後ろから、ユーディが顔を出す。交代している風露は、荷台で休んでいるようだった。
「ウリエルさん、どうかした?」
「‥‥ごめん‥‥」
 きょとんとしたユーディの方を、ふいとウリエルが振り返った。
「迷子になった‥‥かも‥‥」
「迷子?」
 ユーディが声を上げると、後ろに居た霧矢が顔を出した。
「何やて、迷子て‥‥どういう事なん?」
「‥‥俺‥‥すぐ迷子に‥‥なるから」
「そないなん、なんで先に言うとかへんねん!」
 激しい突っ込みが霧矢から入った。ユーディが霧矢を押さえようとするが、霧矢は収まらない。
 前部の異変に、後ろの荷台に居たマリーとサーラも気づいていた。
 互いに顔を見合わせる。サーラは立ち上がって前に居るユーディと霧矢に声をかけた。
「ともかく、道を確認しましょう。まず優先しなければならないのは、元の道に戻ってヒスさんを輸送する事です。フェールさん達に追いつかれてはなりませんし」
「そうだね」
 ユーディは振り返ると、荷馬車を降りた。風露とウリエルは、ここに居た方がいい。後ろに居たシャルロッテにも、手を振ってしらせる。
「やはり迷っていたのですか‥‥申し訳ありません、わたくしがもっと先に気づいていれば」
「いえ、シャルロッテさんのせいじゃないよ。ともかく、道を確認して来よう」
 ここで。後に報告を聞いたレイモンドは、にっこりと笑顔でこう言ったという。
 よかったですね、相手がシシリーだったらまずあなた方2人が離れるのを見届けて尾行して、順番に滅多切りにされていましたよ。
 フェールは、いやフェールを連れていた彼らは待たなかった。
 地を駆ける、車輪の音にユーディが気づいたのはすぐ後だった。
 ウリエルが迷ったこの場所に、誰が通りがかってきたというのか。馬車が近づいて来る。ユーディが剣に手をかけると、ウリエルが気づいて後ろに知らせる。
 きらりと何かが光りユーディが盾を構えたが、時既に遅し。2本の矢は深々とユーディの体に食い込んでいた。
 鎖と‥‥人影と。剣を抜いて斬りかかったシャルロッテの目に見えたのは、正気を失った獣のような目。
 鎖から解き放たれたフェールは、剣を手に風を斬った。
「風露、行くんや!」
 馬車から飛び降りつつ、霧矢が叫ぶ。後方から更に矢が飛び、それは炎を撒き散らしながら馬車へと刺さった。立て続けに2本が、馬車の幌に刺さる。
 炎は、あっという間に燃え広がった。
 真っ赤な炎を前に、フェールはシャルロッテの剣を盾で受け止めると、合間をすり抜けるように剣を突き刺した。鮮血が散り、シャルロッテの体が崩れる。
 何とか剣を振ったが、もうその剣先は彼に届いていなかった。
「ここは引き受けますから、風露さん」
 サーラが風露に一言言うと、太陽を見上げた。まだ、“ツキ”は残っている。
 光を集め、サーラが光線を放った。
 サーラ、そして霧矢が油壺を投げて近寄らせないようにしているが、それも時間の問題だった。
 ウリエルは馬車から馬を外すと、荷台に戻った。
「では‥‥少しの間、眠っていてもらいましょうか」
 手刀を叩き込んでヒスを眠らせると、ウリエルと風露は荷台から抱えて下ろした。ヒスを馬に乗せ、風露も馬に乗り込む。
 だが、あちらの荷台に乗り込んでいる少女の矢は、確実にこちらも捕らえていた。ウリエルは、とっさに盾を持って馬を庇う。
 その軌道を捕らえる事はウリエルには出来ず、矢がウリエルの肩口を貫通した。
 ちらり、と振り返る。
「速く‥‥行け」
「すみません。お任せします」
 風露は、後ろを振り返らずに馬を走らせた。とにかく、ヒスを連れて行く事‥‥それが、自分に与えられた仕事だからだった。
 ウリエルとて、それは覚悟で引き受けているはず。そして、自分も‥‥。
 お願いです、無事で戻ってください‥‥。
 風露は心中で呟いた。

 燃えさかる荷台と、血を浴びて倒れたシャルロッテ。ユーディは自分の腕の中に崩れているし、マリー自身も血まみれであった。
 たいした傷を負っていないはずなのに、彼は息をきらせていた。
 彼の目は、正気を失った‥‥あの、霧の森のリリィのような‥‥。
「フェールさん‥‥」
 フェールという名前すら忘れたのか、反応が無い。
 その時、少女の矢を喰って崩れていたサーラが、体を起こした。最後の力で、光の力を借り受ける。
「少しの間‥‥時間かせぎを‥‥いたしましょう」
 血の流れる体を奮い立たせ、サーラは踊った。
 フェールの剣が届く、その直前サーラの体が激しく光った。
 光がサーラの体を覆い尽くす。そのあまりの光量に、フェールが目をそらした。祈りが届いたのを確認し、ずるりとサーラが再び地に伏す。
「“ルー”、戻れ! ヒスを追うぞ」
 フェールは、ぼんやりと立っていた。声が再びフェールに届く。
「おい狼‥‥おやつの時間だ」
 ようやくフェールは振り返ると、馬車へと戻っていった。

 風露がようやく騎士達に合流したのは、クレイユの街に到着した後である。
 クレイユの城では、領主代行であるコールが、街の人をかり集めて警戒にあたっていた。風露を城に連れて行った後、フランシアとも合流する事が出来た。
 ヒスは、シャンティイの騎士団が連れて行ったという。
「大丈夫、無事ヒスはシャンティイに到着したそうだ」
 風露はそれを聞くと、フランシアと目を合わせた。
 静かに目を閉じ、フランシアが神に祈りを捧げる。そして、風露をそっと振り返った。
「あなたや彼らの強い意志があってこそ、この苦難を乗り越える事が出来たのでしょう」
「‥‥そうですね。それで、彼らは‥‥」
 ウリエルや霧矢‥‥サーラ達はどうなったのだろうか。風露が聞くと、コールは優しく笑みを浮かべて頷いた。
「大丈夫、皆命は取り留めたそうだ」
 それを聞き、風露はようやく安堵の息を漏らした。

(担当:立川司郎)